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第0章の1 春の風が桜の枝を揺らすころ

 とある高校には、一クラスだけ全く異色な科があった。通称不良科。内容はやや体育系で、座学が少ないのが売りだ。そのせいでそのクラスは不良が大半を占める。

 たとえ真面目な人がいても、不良に染まってしまうか、登校拒否となってしまうので、結局不良しかいなくなるのである。


 季節は春。桜の花びらが風に舞い上がり、やわらかな日差しが人々の心を和らげる季節。

 そして、学校には新入生が来る季節である。

 校門を通って登校してきた新入生は熱い体育会系の部員から熱烈な歓迎を受けている。だが、誰でも歓迎を掲げる彼らも、近づけない新入生がいた。カラフルな頭をして、目をぎらつかせた新入生である。


「知ってるか? 今回の新入生の中によ、なんかやばい奴がいるんだって」


 少し不真面目な勧誘役の先輩たちが、噂話を始めた。


「どうせいきがった不良だろ?」


「不良でも、中学のトップだってよ」


「うげ、また熊みたいな奴じゃねぇの?」


 と二年の彼らは、自分たちの学年の不良科トップの熊男を思い出した。

 すぐに忍び笑いが漏れる。


「いやいや、それが女たちが言うにはよ。ちょーかわいいんだってさ」


「なんだそれ」


「ちっこいらしいぜ。こんくらい」


 と一人の男が自分の肩くらいで手を止めた。


「ちっせぇ」


「あ、あれじゃねぇの? ほら、あの金髪のチビ」


 一人の男の子が生徒の波を指さした。そこだけ頭一つ分沈んでいる。

 彼は勧誘の女の先輩たちから手を振られていた。彼はそれに目線で答えていた。それはもう、眼尻を吊り上げ、凶悪そのものの目線で。

 その隣には凶悪顔の友人にやや呆れ顔の男の子がいた。頭一つ分は高い彼は、何か言葉をかけているようだった。

「本当にあんなんが中学のトップか?」


「ま、金髪でいきがってんのは確かだよな」


「高校の不良ってのを、教えてやるさ」


 突然割って入ってきた声に、彼らは体をこわばらせた。


「せ、先輩」


 三年の不良科トップの先輩だ。熊ではないが、それなりにいい体つきをしている。


「くくく、挨拶は大事だからな」


 彼らはもう一度小さな不良新入生に目をやって、彼の不運を不憫に思った。

 いくら中学で強くても、ここには上がいる。あの体では体格差のある先輩たちには瞬殺されるだろう。可愛い顔が台無しだな、そう彼らは笑いあった。




 そして登校しただけで多くの方々に話題を提供した彼は、教室で憮然と大きな態度で椅子に腰を下ろしていた。


「勇輝、眉間にしわ。目が三角」


 勇輝と呼ばれた少年は、金髪をいじりながら目つきをますます悪くした。大きな目が細くなり、眉がつり上がる。春日勇輝、成りたてほやほやの高校一年生である。


「あぁ? なんだよ歩。文句あんのかよ」


 森本歩は黒髪に白いメッシュを入れており、カラフル不良のなかでもなかなか目立つ。


「いや、ねぇけど」


 勇輝と歩は同じ中学でツートップとなり、ともにこの高校に入学した。

 勇輝は登校中、毎日喧嘩が出来ると言ってご機嫌だったのだが、校門での熱烈な嬌声にすっかりつむじを曲げたのだ。

 あからさまに可愛いやら、ちっちゃ~いと叫ばれれば無理もない。


「くそっ、イライラする」


 歩は可愛らしい友人の頭に手を置いた。険悪な顔の友人を撫で撫でしてみる。とたんに顎に拳骨が飛んできた。

 怒りも上乗せされ威力は常の二倍だ。


「死ね!」


「……ちょっとすっとしたか?」


 勇輝は少し悪いと思ったのか、頬づえをついて歩から顔を背けた。


「けっ、このクラス全員をぼこぼこにしなきゃ治まんねぇよ」


 どこまでもとんがっていて、ご機嫌ななめで、歩はお手上げと隣の席に座った。

 うるさいクラス。互いにガンを飛ばしている男たち。その中で女子は数少ない。

 勇輝は、始終イライラしてクラスメイトを眺めていた。

 片っ端から殴って行ってもいいが、手当たり次第にやっても自分が疲れるだけだ。ある程度序列が出来たところで殴りこみに行くのが、楽で確実だ。

 そうやって歩と数多の他中学のボスを潰して行ったのだ。


「勇輝、俺たちはここに戦争しに来たんじゃねぇだろ? 一番強い奴をさくっとやって、その後ザコが絡んでくるもよし、俺らにひれ伏すもよし、だろ?」


「その前に喧嘩売ってくれても俺は即高価買取するけどな」


 まずはストレスを発散したいが、まだ顔見せの段階であり、喧嘩は勃発しそうにない。

 勇輝は、入学式をぶーたれて過ごしたのだった。




 桜も散って葉桜となった頃、勇輝は喧嘩に身を投じていた。クラスの中で決闘が始まり、強さの序列ができ始めていたのだ。そして、トップが出現し始めたので、横やりと取られかねない殴りこみをし始めたのである。


 今回の敵はクラスの三強の一人だった。あと二人はすでに倒している。

 場所は教室。タイマンだ! 外に出やがれ! とはなかなかならない。その場で挑発し、その場で喧嘩が起るのだ。喧嘩が始まればクラスの気の利く人たちが机をどけていく。


 勇輝は不規則に出される拳や蹴りを避け、または受け。相手を見極める。

 相手はもちろん自分より背が高い。しかも体重もあり打撃に重みがあった。しっかり足で踏ん張っておかなければ飛ばされてしまう。

 相手は大きく腕を振りかぶって横殴りを繰り出した。勇輝は身を沈めてそれをかわすと、相手の懐に入る。そして足払いをかけ、相手の重心が傾いたところでその襟を掴み、背負い投げを披露した。この技は歩の多大な犠牲の上に物にしたものだった。


 教室にがたいのいい男を叩きつける。埃が舞い上がり、みしっと、何やら嫌な音がした。

 彼の体の悲鳴ではない。彼の、下。教室の床。木造のそれにひびが入っていた。

 ギャラリーも危険を察知して壁際に後退する。


「……これ、まずくね?」


 歩も闘う勇輝を気にしつつ壁際へと下がる。だが、背負い投げは連続技の始まりだった。

 勇輝は不穏な音を耳にはしていたが、一度動き出した技の勢いはなかなか殺せず、ふり上げた足を彼目がけて振り下ろした。


「あの、バカ」


 歩は額に手をやった。訪れる結末を見たくないというように。

 それが最後の一撃だった。バキッという音とともに、二人の姿はギャラリーの視界から消えた。勇輝の悲鳴とともに……。


 すぐに聞こえる硬い衝撃音と、人々のざわめき。歩は誰よりもさきに教室に出来た穴を覗き込んだ。そこからは階下の教室の机の上に、木片とともに横たわっている二人の姿が見えた。

 二人とも小さく身じろぎをしている。呻いているようだが、小さくて聞こえない。


(良かった、生きてる)


 歩は携帯で救急車を呼びながら、不幸にも上から人が落ちて来るという事件に遭遇したクラスへと向かった。一番心配なのは誰かが下敷きになっていないかということである。

 だが幸いというか、はじめのひびが警報となってクラスの人々はそこから逃げており、最悪の事態は回避された。


「勇輝!」


 下の階は二年生。歩は人々を掻き分けて勇輝へと駆け寄った。

 近くで見るとその状態はやや深刻だった。頭から血がドクドクとはなっていないが、手が不自然に曲がっていた。


「い、痛ぇ」


 そりゃそうだろうと歩は思う。喧嘩をしてもここまでの重傷は負わない。

 ほどなく救急車と騒ぎを聞きつけた先生が駆けつけ、二人は病院へと送られていった。

 この事件以後、不良たちの間には暗黙の了解が出来た。曰く、喧嘩は外でやる。

 教室でやると全治二週間の怪我を負うぞ、と自らを強く戒めたのである。

 有名な、勇輝の名を学校中に轟かせた事件だった……。




 勇輝は三日を病院のベッドの上で過ごし、松葉杖をついて登校してきた。

 左手を骨折し、右足には罅が入っている。よって、右手で松葉杖をつき、左足一本でけんけんして歩くという可愛い、いや無様な姿での登校だ。隣に歩がいて鞄を持ってあげている。

 喧嘩相手は勇輝よりも重症だったらしく、まだベッドの上である。


「お前らのおかげで、授業はなし。しかも床が張り替えられて綺麗になったぜ」


 歩は階段を上る勇輝に肩を貸しながら、面白そうにそう言った。


「それはよかったじゃぇの? くそっ、動きにくいな」


 少しずつ階段を上りながら悪態を付く勇輝に、歩は苦笑いを浮かべた。ひょこひょこと、見る者の同情を引くほど可愛らしい、いや痛々しい。


「おい歩。次その顔にやけさせたら、階段から突き落すからな」


「俺が落ちる時はお前も道連れだぜ?」


「やだね。お前だけ落ちやがれ」


 教室に入ると、確かに床が新しくなっていた。周りの壁が汚いのでやたらと浮いてしまう。

 クラスメイトは二人を遠巻きに見ている。クラスのトップを下し、教室を破壊した勇輝は、近づかない方が良いと判断されたらしい。


「ちっ、ヘタレ野郎が。誰一人かかってこねぇ」


 勇輝は皆の視線が不愉快なのか、どかっと椅子に座ってギプスがハマった足を投げ出した。


「いや、さすがに怪我してる奴に挑もうとはしねぇって」


「来たらこの松葉杖で応戦してやんのに」


 松葉杖は怪我人を助けるものであって、新たに怪我人を増やすものではない。

 勇輝の松葉杖生活は、歩の苦笑いとともに始まった……。



 ひょこひょこ歩く勇輝が人々の目に馴染み始めた数日後。この日歩は用事があるからと学校を休んでいた。つまり勇輝が自力で何とかしなければならない。

 右手に松葉杖を持ち、けんけんで教室まで階段を上る。鞄は邪魔なので持ってこずに、財布だけがポケットに入っていた。

 なんとか教室につき、授業を寝て受けたが、困ったのは昼食だった……。

 勇輝は父と二人暮らしだ。毎朝自分でお弁当を作っていたのだが、怪我人が台所に立つことはできない。よって朝と夜はレトルトやデリバリーで済まして、昼食は売店で買っていたのだ。人だかりができるので歩が行ってくれていたのだが……。


(くそっ、この足じゃ着いたころにはほとんど売れてるよな)


 そもそも人ごみを掻き分けるのが困難だろう。不良たちなら松葉杖を使って一人一人沈めていくが、一般の生徒も多く利用する売店だ。勇輝も無関係の人間を巻きこむのは好きではない。

 一階の売店につくと、人はちらほら、商品もちらほらの状態だった。


(ちっ、先に買った奴殺す!)


 内心穏やかではない勇輝は残り物があるだけでもましだと思い直して、売店のおばちゃんに商品を渡した。いちごミルクロールという、激甘の菓子パンだ。隣にあったミックスジュースも追加する。


「三百八十円です」


 勇輝はポケットから財布を出したが。片手では上手く開けることができない。鋭く舌打ちをして売店の人に頼むかと思った時、その手から財布を抜き取られた。

 勇輝が驚いて脇に立った人を見ると、女の子だった。彼女は勇輝の財布から小銭を出して、おばちゃんに渡す。


「二十円のお釣りだよ」


 その二十円を財布に戻すと、怪訝そうな顔の勇輝に渡した。


「はいどうぞ」


 勇輝はその財布をひったくると、ポケットにねじ込んで礼も言わずに松葉杖を前へと動かした。大きく前に突き出して、ずんずん進んでいく。

 女の子はその後姿を見て、不敵な笑みを浮かべていた……。




 ちっ、とまた勇輝は舌打ちをしていた。手がふさがっている。階段の一番楽な上り方は手すりをもって片足で上っていく方法だが、先ほど買い求めた商品が邪魔をする。資源節約のためビニール袋はなく、パンは右手の人差指と中指ではさみ、ジュースは左手を吊っている布の中に入れてある。

 松葉杖をつきながら階段を上ってもいいが、パンかジュースかどちらかは振動で落ちてしまうだろう。


(歩の野郎……)


 歩はたまにふらっと二三日学校に来なくなる。本人は用事だよ~と言っているが、怪しいことこの上なかった。


「お困り?」


 と声が聞こえると同時に勇輝のパンが抜き取られた。続いてジュースも取られ、松葉杖も手から無くなる。


「何しやがんだ、この女《あま》!」


 そこにいたのは先ほどの女の子だ。にこにこと勇輝の荷物を持っている。

 にこにこと、愛らしい笑みを浮かべている女の子は動いた。その手はまっすぐ勇輝の胸倉に伸び、掴んだ。


「あまぁ? 人が親切にしてあげてるのに、なんなのその口の利き方は!」


 張り手でも飛んで来そうな勢いで怒鳴られて、勇輝は身をすくめた。

 笑顔が一瞬で般若の相になる。女は怖いと勇輝は思った。


「うるせぇよ。誰も頼んでねぇだろ! 失せろ!」


 とは言いつつも、勇輝は荷物を彼女に持たせたままで階段を上っていく。

 女の子は先に階段を上ると、踊り場で振り返り荷物をひらひらと見せつける。荷物質を取ったとでも言いたいらしい。


「遅いわね~。カメ?」


「あぁ? その口塞がねぇと張り倒すぞ」


「そんななりでよく言うわ」


 そんなやりとりを続けて、二人は教室に帰った。勇輝が席に着くと、彼女はその前に座った。椅子を反対に向けて、向い合う形になる。


「何やってんだてめぇ」


 女の子は勇輝のパンを開け、ストローを刺して勇輝の机に置くと、自分も売店で買った物を並べた。


「え? 昼ごはん食べるの悪い?」


「自分の教室で食べやがれ」


 勇輝はパンを一齧りする。いちごの香料が鼻孔を突き抜け、砂糖の甘さが舌をつく。

 甘党の勇輝には、他人が胸やけする甘さも守備範囲だった。


「えぇ! 私ここのクラスなんだけど?」


 彼女は自分のメロンクリームパンを開けながら、驚愕に目を見開いた。


「は?」


 勇輝はそう言われて、もう一度彼女の容姿を見る。彼女の髪は黒で、スカートは短いがピアスもしていない。化粧もゴテゴテメイクではなく、ふんわりと品の良いナチュラルメイクだ。このクラスの女子とは正反対である。


「ひどっ、こんな可愛い私が目に入っていないなんて!」


 自分で言うなよと思いつつ、確かに可愛い部類には入るなと勇輝は評価していた。しかし、全く記憶にない。


「で、お前は誰なわけ?」


 ジュースを飲みながら訊いてみる。名前が分かれば情報通の歩に詳しいことを聞けるからだ。

 彼女はため息をついて、こう答えた。


「私は桜田彩。よろしくね、可愛い可愛い春日君」


 勇輝は、ジュースの紙パックをぶん投げそうになった。






「で、その子誰?」


 二日ぶりに歩が登校した時には、彩はごく自然に勇輝の傍にいた。自然に、勇輝は仏頂面ではあるが……。


「桜田彩。迷惑で乱暴な女」


 勇輝がむすっとした顔で答えている間も、彩は笑顔で、勇輝にでこピンを喰らわせた。


「いだっ」


「いや、それは知ってるけど。なんでここに?」


 勇輝へのプチ制裁を無視して、歩は彩に問いかける。


「ん? だって春日君ひょこひょこして、可愛い、可愛そうだったから」


 故意に間違えている。

 歩が友人に目をやると、彼はふるふると震えていた。歩はそれから容易に彼がこの二日で感情線をぶち切る言葉をたらふく頂いたのだと理解した。


「なぁ歩。お前を友達と見込んで頼みがある」


「なんだ?」


 あまりいい予感がしないが、訊いてみた。


「お前を三発ほど殴っていいか?」


「八当たりは勘弁してください」


 そのやりとりに彩は鈴のような声で笑った。



 そして不良二人に女子がプラスという、奇妙な友達関係が始まった。


勇輝と彩の馴れ初め編。


彩ってもう出てこないの? と数度訊かれ、そういや二人の馴れ初めって考えてなかったなぁと気づく。

このタイミングで投下。零章となりました。


勇輝君が可愛い。ツンケンしてます。とんがった不良ですね。

作者的にもいろいろ発見がありました。それは次に……。


次の話は、タイトルが決まり次第投下します。めずらしく、タイトルが決まらない……。


では次回。


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