第2章の34 クリスマス? 関係ないな勝負の続きだ!
クリスマス? 今の季節なんて関係ないな。
本日はクリスマス。だがイエスの誕生日など知るか! と勇輝は次の勝負を考えながら朝から特大ケーキを作っている。勇輝は完全に美月から与えられたショックからは立ち直っていた。
癒慰も零華も夕食の準備をしている。
プレゼントなどはないが、せっかくなのだから豪華にしようと、イベント好きの癒慰が張り切ったのだ。ちなみに本日の衣装は真っ赤なサンタである。ミニスカートに帽子も全て赤なので目が痛い。目のやりどころに困る衣装だ。
「これで下ごしらえは完了ですね」
「クラッカーも買ったよ~」
勇輝は作ったスポンジケーキの生地を型に流し込んでオーブンに入れた。
「後は焼いてデコレーションだ」
「楽しみだね~」
うきうきと並べられた食材を見ている癒慰。
勇輝がオーブンのタイマーをセットしていると、零華が耳打ちをしてきた。
「勇輝くん。例のもの、準備できました」
「ほんと? よし、じゃぁこれ焼けたらやろう」
「ちょっと~何そこで内緒話してるの?」
こそこそと囁き合う二人に、癒慰は口を尖らせて自分もいれろと言ってきた。
「後で分かるよ」
「楽しみに待っていてくださいね」
と二人は意地悪な笑みを浮かべたのだった。
厨房でケーキの良い香りがしている頃、広間には舞台が出来ていた。腰の高さの台にボタンが一つつけられている。そのボタンを押せば台に備え付けられた点滅灯が光る仕組みだ。背後には掲示板がつき、点数が出るようになっている。一言で言い表せば、クイズ番組のセットである。
もちろん役者は勇輝と弥生。両者とも、そのセットをまじまじと見ていた。セット正面には観客席も用意され、おなじみ三人が座っている。秀斗と癒慰が頑張れーと盛り上げてくれていた。
零華は司会者なので少し横の司会台にいる。
勇輝が零華にお願いした内容は、弥生と国語能力クイズをしたいので、その問題を作ってくれというものだったのだが……。
(まさかクイズ番組になるとは思わなかった)
無駄に博学な零華は、雰囲気が出るだろうとセットを用意してくれたのである。
「で、これは何だ?」
「クイズ勝負。早押しだよ」
勇輝は青い台の後ろに立ち、ボタンを押した。とたんにポーンと音がしてライトが点滅する。
「答えがわかったら押してくださいね。問題は諺、慣用句。難読語、四字熟語。古文からでます。ちなみに古文はこの間のテスト範囲ですから、もちろんわかりますよね」
零華はにこやかに笑って、クイズを開始した。
「では最初は諺と慣用句です。始まりを言うので、それに続く言葉を答えてください」
二人は頷いて、問題に集中した。
「花より?」
ポーンと勇輝のランプが青く点灯する。
「団子!」
するとピンポーンと効果音がなった。勇輝の後ろの掲示板に十点と映し出される。
観客席からは拍手が上がった。
「次。犬も歩けば?」
次は弥生のランプが赤く点灯した。
「犬も歩けば……道に迷うだろう」
ブーと派手にブザーがなった。それをポーンと勇輝のボタンを押した音が消す。
「棒に当たる!」
「犬はそんな馬鹿なことをしない」
音は正解を告げているのに、弥生は納得できないと不満顔だ。
「迷うこともないって」
勇輝は本当に何も知らないのかと逆に感心していた。どう生きればこれらの言葉を知らずに生きてこれるのだろう。
「鬼に?」
「金棒!」
と続く四問も勇輝が答え、只今六十対ゼロという勇輝の圧勝だ。
「最後に、清水の舞台から?」
問題が出るが、なかなかランプは光らない。
勇輝も首をひねっている。弥生は先ほどから全く動かなかった。
「時間切れです。答えは飛び降りる。清水の舞台から飛び降りるという諺です」
「それ死ぬじゃん」
勇輝の素朴な感想を零華はさらりと聞き流した。
「危険を顧みずにやるという意味です。次は難読語と四字熟語です」
一旦区切りがつき、勇輝は勝ち誇った顔で弥生を見る。日本人を舐めるなよ、と。
それに対して弥生は、それが何ださっき答えられなかっただろ、と目で答えた。両者水面下で激しく戦っている。
「漁火を何と読みますか?」
零華はフリップを取り出して、立てた。
勇輝と弥生がともにボタンを押したが、ランプがついたのは勇輝の方だった。
「いさりび!」
これで勇輝の得点は七十となった。
「魑魅魍魎を何と読みますか?」
続いて光ったのは弥生のランプだ。勇輝は手を動かすことも出来なかった。
「ちみもうりょう」
正解音が響いて、勇輝がうっそぉと声を上げる。
(マグレだマグレ。次は俺が取る)
勇輝は再び集中して問題を待った。
「薔薇は?」
「ばら!」と答えたのは勇輝。
「柘榴は?」
「ざくろ」と答えたのは弥生。
この問題に入ってから弥生が追い上げを見せ始めた。漢字は読めるらしい。
問題は続いていく。
「四面楚歌……」
「しめんそか!」
零華が問題を読む声を遮って、勇輝が答えた。自信満々の勇輝をブーというブザー音が叩き斬る。
「四面楚歌ですが」
(お決まりのパターン来たぁぁ!)
「四面楚歌の言葉が生まれた場面の主人公は誰でしょう」
(知るか!)
まんまと早とちりして嵌められた勇輝は内心逆ギレだ。
ポーンと音がして、勇輝は驚いて弥生を見る。
(まさか分かるのか?)
弥生は無表情で、淡々と答えた。
「項羽」
ピンポーンと正解音が鳴り、勇輝はあんぐりと口を開ける。彼女はただ知らないのではない、あまりに知識が偏りすぎているのだ。
そしてこの問題で、二人は九十対九十と同点となっていた。
「次は古文の問題です」
これが分からなかったら零華にどやされると、二人は真剣に問題に集中した。
「源氏物語の作者は?」
勇輝はこんなの常識だとパーンとボタンを押し、ランプが点灯する。気分はカルタ取りだ。
「枕草子!」
そう叫んでから何かが違うと気付く。それを肯定するのがイラっとするブザー音だ。
続いて弥生がボタンを押した。
「清小納言」
勇輝の答えと繋げれば正解だが、間違いである。残念、勇輝につられた。
「答えは紫式部です。二人とも? テスト、復習しましたか?」
零華の冷ややかな笑みが怖い。二人は黙って頷いた。もちろん複習などしているはずがない。
「光源氏の初恋の相手は?」
勇輝は知らね~と内心絶叫する。本当にテストでこんな問題は出たのだろうか。
「……藤壺?」
やや疑問形で弥生が答えた。本で読んだが記憶がやや曖昧だ。
零華がにこりと笑って、ピンポーンと小気味いい音が響いた。
「では史記の作者は?」
勇輝はえいやっとボタンを押した。
「司馬遷」
ありがとう世界史。丁度テストでも出ていた。
零華はニコニコとご機嫌である。問題は続き、勝負は百四十対百四十の接戦にもつれこんだ。
「これが最後の問題です」
二人はぐっと身を乗り出した。
「源氏物語の作者は」
勇輝は押しそうになった手を寸前で止めた。先ほどと同じ問題のはずがない。
「紫式部ですが、彼女が仕えた女性は誰でしょう」
もうそれ歴史じゃん! やべぇ、藤原の女二人いる! と心の中でつっこんだのがいけかなかった。 ボタンを押す手が鈍り、弥生のランプが点灯した。
(終わった~!)
勇輝が頭を押さえて天を仰いだ時、弥生の淡泊な声が耳を通過した。
「藤原定子」
負けたと勇輝はがくっと肩を落とした。その名前は勇輝の頭にもある。
が、広間に響いたのはブーという嘲笑ったような音だった。
一縷の希望を見出した勇輝は、水を得た魚のように元気になって、ボタンを渾身の力で叩いた。
勇輝は頭の中にあるもう一人の女性の名を叫んだ。
「藤原彰子!」
しばしのタメがあり、ピンポンピンポーンと軽やかな祝福の音が勇輝を包んだ。
「勝者、勇輝君!」
お~っと秀斗が立ち上がって拍手を送った。
全員が拍手を送って勇輝を称賛する。
「弥生、俺の勝ちだ!」
勇輝は満面の笑みを弥生に向けた。弥生はついと視線をそらして、拗ねた子どものような行動をとる。無表情ではあるけれど……。
勇輝は台から下りて前に出た。弥生もそれに倣う。二人が向かい合った。
目的を果たす時である。
勇輝は肺をめいいっぱいに膨らませて、目的を叫んだ。剣を投げ与えられた時に、宣誓した言葉。それを今……。
「弥生! 俺が男だと認めろ!」
感動のクライマックスを聞いていた全員が、ん? と首をかしげた。確かこの勝負の始まりは弥生に人間の存在を認めさせることでは無かったか。
「あぁ、お前は男だ。心配するな。認めている」
答える弥生も頭の半分に疑問符がちらついていた。
(本当にいいのか勇輝)
だが勇輝は目的のすりかえにも気付かずに、弥生に認めさせたとご満悦だ。ふんぞり返っていて、もう少しで頭を床で直撃するだろう。
外野四人は固まって勝負の決着を微笑ましく見ていた。
「勇輝君らしいよね~」
「ほんと、抜けてるっていうか、なんというか」
ひたすら喜ぶ勇輝に無表情の弥生。ただ、男、男とメロディー付きで口ずさんでいる勇輝を見る弥生の口元には、微かな笑みが刻まれていた。
「まぁ、勇輝の勝負は全て無駄だったがな」
錬魔が勇輝を見る目はどこか優しく、以前のとげとげしさはない。少しずつ皆が勇輝を中心にして変わって来ている。
零華はふわりと笑った。
「えぇ、弥生ちゃんは、もう人間を認めていますから」
誰でもない、目の前の少年によって。
秀斗と癒慰が二人に駆け寄った。秀斗は良かったなと勇輝の頭を撫でまわし、勇輝にアッパーを決められた。
癒慰もクリスマスのついでにお祝よ、とはしゃいでいる。
「目論見は成功したか?」
錬魔は零華に視線を落として、そう訊いた。両者の視線が絡み合う。
「あら、何のことです?」
零華はにこやかに返した。以前錬魔が問うた時と同じ、本心を見せない笑みだ。
「俺も弥生もお前の掌の上か」
錬魔は苦々しげにそう言うと、視線を外した。
「何ですかそれ。まるで私が悪者みたいですけど」
憮然とする錬魔に零華はクスクスと笑って、彼らに呼び掛けた。
「癒慰ちゃん、勇輝君。晩餐の準備の続きをしましょう。今日はお祝も兼ねて、おいしいものを作りますよ」
二人は元気に返事をして厨房へと走っていった。
そして夕食。長机いっぱいに並べられた料理に皆の心は躍った。
「メリークリスマス!」
魔術師たちは初めてその言葉を口にする。
どこか心が浮き立つ、不思議な言葉。
楽しい食事はみんなに笑顔を与える。弥生も少しではあるが口に運んでいた。
サンタからのプレゼントは、毎日の小さな楽しさ。退屈な日々に風を吹き込む小嵐。
零華は和やかな空気を肌で感じ、ずっと笑みを浮かべていた。先ほど錬魔に問われたことを思い出す。
(目論見? まさか、まだ成功なんてしていませんよ)
零華はワインを一口飲み。空になっていた錬魔に注いだ。
勇輝と秀斗はまた飲み比べをやっている。
「勝負になるはずがありませんのに」
「本人たちが楽しんでいるんだからいいだろう」
飲み比べは癒慰が煽ることでますますヒートアップしている。勇輝は明日二日酔い決定だ。
零華はその様子を見ながら、グラスを傾ける。喉を滑り落ちるまろやかな風味。秀斗が蔵から厳選してきた極上のワインだ。
(メリークリスマス勇輝君。感謝していますよ)
そして晩餐は、完全に夜の帳が落ちるまで続けられたのだった。
作者もびっくり、クリスマスだってさ。
さてと、プロットをねじまげてこの話を最後に持ってくることになった原因は、ずばり零華。この話を書き終えて、首をひねる。
あれ? なんか零華がきれいにまとめてしまったぞ?
なんか、これで終るノリじゃない?
さて困った。この後に美月の爆弾を落とす雰囲気ではないぞ?
となり、慌てて美月編を書くこととなった。
ほんと、おいしいとこ持って行きましたね、零華ちゃんは。
いつもホールでスタンバイしてくれている二人よりも、途中からドアを開けてやってくる人たちのほうがおいしい役を奪っていくのは理不尽じゃないかい?(お前のせいだろ)
さて、次はエピローグですね。ではまた。




