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第2章の32 涙の逃走

 

 記念すべき弥生の完食が終わり、嵐も来ることなく如月は朝を迎えた。

 勇輝はすっかり朝の習慣となった剣の素振りを鍛錬場でやっていた。弥生は超早起きなのですでに終わらせ姿はない。

 ほどよく汗をかいたら朝風呂に入ってさっぱりといい気持ちだ。

 そして朝食を食べるとさっそく勝負だと弥生の部屋を訪ねる。学習したのでもう返事無しにドアを開くことはしない。はっきり名前を告げるようになった。


「弥生~勇輝だけど勝負しよ~」


 弥生~あそぼーのノリでドアを叩くと、弥生が顔を出した。その顔にはまたか、とはっきり書いてある。


「今日は厨房で料理対決だ!」


「わかった」


 あっさり了承した弥生は、勇輝につれられて部屋を出たのだった。




 ということで厨房。

 広い厨房の真ん中に机が置かれ、まな板が二つ並んでいる。その上には包丁も置いてあった。それらの隣にはざるに入った玉ねぎが五個。


「で? これで何を?」


「玉ねぎのみじん切り対決」


 そのセットを見て首を傾げる弥生に、当然だろと胸を張って勇輝が答える。答えになっていない答えに進行役及び審判である零華が説明をする。


「ざるの中には皮を剥いた玉ねぎが五個入っています。それの上と根の部分以外をみじん切りにしてください。早く終わらせたほうの勝ちです」


「みじん切り?」


 と料理素人の弥生に、勇輝はやれやれと言わんばかりに余っている玉ねぎをまな板に置き、包丁を握った。


「見てて」


 そこから勇輝のわかりやすいみじん切り講座が始まった。包丁の持ち方、手の添え方から教え、みじん切りを披露した。


「なるほど。わかった」


 弥生はふむと頷いて包丁を手に取った。持ちやすい場所を確認するように何度も持つ位置を変える。

 その様子を見て、普段は剣を持つ弥生が包丁を持つととたんに女の子らしくなるなと、勇輝は少し頬を緩めた。エプロン姿も似合うだろうと妄想しかけたところで、雑念を振り払う。今は勝負に集中しなくてはならない。


「では、用意始め!」


 零華の合図で二人は玉ねぎに手を伸ばしまな板に置いた。

 玉ねぎの根の部分を切り、縦に半分にする。無数の線を入れて後はひたすらに包丁を動かす。

 弥生は慣れない手つきで根を切り取り、二つにした。力を入れすぎてまな板がガコッと嫌な音をたてる。


「弥生頑張れ~」


 観客席から秀斗が声援を送る。そこには癒慰と錬魔もおり、対決を見守っていた。ようするに皆暇なのだ。


「勇輝君早い!」


 癒慰はいけいけ~と勇輝を応援していた。

 弥生が玉ねぎに線を入れている頃、勇輝は二つ目の玉ねぎに手を伸ばしていた。勇輝は刻んでいくスピードが尋常じゃない。まな板からは小刻みに音が聞こえてくる。


「おりゃぁぁぁ!」


 その顔には鬼気迫るものがあり、弥生が一個目を終えたころには四つ目に入ろうとしていた。

 勇輝はちらりと弥生の状況を盗み見て、内心高笑いをする。


(あ~はっは! どうだ! この俺の美技!)


 弥生は目にも留まらぬ速さで玉ねぎの原型を失わせていく勇輝を見て、舌打ちをした。


「つまりは、この状態になればいいのだろ?」


 と弥生は二個目の玉ねぎを取り、それを空中に放り投げた。続けて残りも空中へと送り出す。

 勇輝は突如舞い上がった玉ねぎに視線を奪われた。


「気の毒だな」


 錬魔の呟きは、誰に向けたものだったのか……。

 弥生は四つの獲物に狙いを澄ますと、包丁を縦横無尽に振るった。その速さに包丁はその姿を視界に見せることはなく、銀の軌跡だけが残る。そして玉ねぎはその形を失い、まな板には非食部と、大量の玉ねぎのみじん切りが出現した。

 最後の仕上げと、弥生は包丁についた玉ねぎを振り払った。その所作は剣そのものである。


「どうだ。私の方が早かっただろ」


 そう問われても、呆然自失の勇輝は何も答えられない。

 勇輝のざるに残る一つの玉ねぎが、悲しそうに勇輝を見ていた。

 確かにみじん切りではあるが、みじん切りとはその工程も含めてみじん切りなのであって、空中のあれをみじん切りとは……と頭の中はうるさいほどに言葉を並べているが、何一つ口からはでなかった。


「えっと、勝者弥生ちゃん」


 零華はこれでいいの? とためらいがちに勝者宣言を出した。あまりにも勇輝が可哀想だ。

 その勇輝は負けという事実に打ちのめされた。そこに玉ねぎのあの現象が追い打ちをかける。

 ツンと鼻から眼へと刺激臭が突き抜け、目がしらが熱くなってきた。泣いてたまるかと勇輝は息を止めるが、


「だが、これほどの腕前なら勇輝はいい嫁になるな」


 と弥生が言葉で止めをさした。

 勇輝の手からカランと包丁が滑り落ち、厨房に虚しい乾いた音が響いた。


「弥生のバカァァァ!」


 主人公、涙の逃走。涙を零しながら走り去った勇輝を、可愛いと思ってしまったのは癒慰だけではなかっただろう。


「少しは手加減して負けてあげたらいいのに」


「何故? 手加減などしては勝負ではない。それに、負けてしまえば終わってしまうではないか」


 これはいい退屈しのぎだからな、と弥生は無表情で、それでいて少し楽しそうな声で言った。


「ほんと、気の毒ね」


 癒慰がしみじみと同情する。



 勝負四本目、勇輝の負け。プライドにキズあり。



 一日中部屋に引きこもり自暴自棄になった勇輝は、夕方癒慰とともに立った厨房で、憂さ晴らしと言わんばかりに野菜を渾身の力でみじん切りにしていった。

 本日の献立は野菜たっぷりのスープとなりそうだった……。


いろいろ訳ありで短め。

初めてプロットを失敗した。なんてこった。最終二話で順番を入れ替えるはめになりました。しかも二話で終らないことが決定してますし。

これについては次回、もしくは次々回くらいに詳しく。


次回は一度、休戦して新たな敵と戦います。


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出張神の名の下にを短編で載せました。内輪の企画作品です。

 弥生ちゃんが闘いにいってます。レアな弥生が見れるので興味のある方はどうぞ足をお運びください。

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