第2章の30 テスト返しだ!
朝、母親にいってらしゃーいと送り出された勇輝は、心を弾ませながら学校へと向かった。
少しこそばゆいが、母親が戻ってきたのである。
家事の手伝いはするが、勇輝の負担は軽減した。よって、何時もよりもだいぶ早い登校となる。
暁美は幹部だが隊で働く必要はなく、必要に応じて呼び出される。国内での幹部の仕事は国家レベルに及び、その数はそう多くない。それ以外はすることがないのだ。
勇輝は鼻歌を歌いだしそうなほど上機嫌で教室に入る。
今日はテストが返ってくる日だ。勇輝はこの日をテストの嵐デーと呼んでいる。
お前たち(不良)にテストの解説などなんの薬にもならん、と通常の授業時間が半分にされ、一日で全ての教科が返ってくるのだ。
(絶対負けない)
勇輝は歩の隣の席にかばんを置いて、口元に笑みを浮かべた。
テストのほとんどの問題が記号問題。
不良に記述をさせたら全員卒業など出来んわ! という先生たちのありがたい配慮である。
(俺、運いいからな)
どうやら勇輝は実力で勝とうとは、思っていないようだった。ボロボロのテストの時の神頼み、コロコロ用鉛筆は苦楽を共にした相棒である。
「……勇輝、気持ち悪りぃ」
隣の席に座っていた歩が、おぞましいものを見るような目で勇輝を見ていた。
「勝者の笑みだ」
「意味分かんねぇよ。……そういや、お前のとこ、幹部が戻ってきたんだって?」
さすがスパイ。情報が早い。
勇輝は椅子に横座りして、歩と向かい合う。
「あ~うん。帰って来た……俺の母さんが」
「は? 母さん⁉」
歩は目を見開いて、口も開けている。
「いいね~その顔。そう、母さん。ついでに離婚話も嘘だった」
「……びっくりだな」
「だろ」
朝目覚めて、昨日のことが全て夢だったらどうしようかと不安になった勇輝だった。それはおいしそうなご飯の匂いですぐに解消されたが……。
「そっか、じゃぁ組織で困ることはねぇんだな。良かったじゃねぇか」
「……おっ、組織で思いだした。俺誰かに訊こうと思ってたことがあったんだ」
突然の思い出しだが、勇輝には多いことなので歩は特に驚かない。
「なんだ? 先輩として何でも答えてやるよ」
ニッと笑って先輩面になった歩に、ノッた勇輝は、
「お願いします、先輩」
と軽くお辞儀をした。
ふんぞり返った歩は、うむ、苦しゅうない、とでも言いたそうだ。
「俺、本部の廊下を歩いた時、牙軍っていう言葉を聞いたんだけど、それは何?」
弥生に向けてささやかれた言葉だ。
「あ~。牙軍ってのは、能力者達の総称。強さによって階級を与えられるんだ。牙軍の人たちは羽織がもらえるんだぜ」
勇輝は弥生が来ていた羽織を思い出した。癒慰は来ていなかったが、簡略したのだろう。
「へ~。その人たちのこと教えて」
「そうだな……じゃぁ一番上から。夜一星の美月さん」
「女の人?」
「いや、今回は男だ」
勇輝は歩の説明にふんふん、と相槌を打つ。
「鎌堂二の綾覇さん」
「その人、会ったことある」
勇輝は勝気で魅惑的な女性を思い出した。マシュマロのようなあの感触まで思い出して、勇輝は慌てて頭を振る。これを思い出してはいけない。
「マジ? やるな……で、吟三鉈は欠番。その次が死堅牢の弥生たちになる」
「数字が入ると分かりやすいな」
「本当は十まであるけど、欠番も多いし、そもそも死堅牢とは関係を持たないだろうからカット」
歩はバサリと手ぶりも付けて、カットした。
「後は、俺のいる黎冥の鷺さん。それと裏技術研究所の匠さんかな。匠さんは人間だけど」
「……匠さんにも、会った」
強烈な個性、もとい変態の匠を思い出して、乾いた笑いを浮かべる勇輝だ。
会ってきたメンバーを並べると、鷺が一番まともに見えてくる。
「てことは牙軍のほとんどのメンバーに会ってんじゃん」
そもそも如月だけで牙軍の大半をしめているのだ。
「そーなるね」
牙軍の危険度はよく承知しているので、できるならばもう会いたくないと願う勇輝だった。
(……これだけ会っといて、あの人がいないなんて。……怖いな)
歩はふと疑問に思うが、考えるのを止めた。
彼に刷り込まれた恐怖はなかなか消えない。あの笑顔の下が怖い。
(どうか、勇輝が危険に会いませんように)
そう願うだけだった。
他にも二三、気になることを訊いていると、如月のみなさんが登校し、チャイムがなった。
怒涛のテスト返しの始まりである。
紙切れ一枚に一喜一憂し、互いに点数を見せ合う不良たち。
勇輝も一枚一枚にリアクションを取りながら、赤点のスリルを楽しんでいた。
そしてテストの嵐が過ぎ去って、現在勇輝は如月にいる。
ホールには弥生と秀斗と勇輝が一つのテーブルを囲んで立っていた。互いに緊張感を漂わせている。
勇輝は全員に点数の競い合いを提案したが、錬魔はくだらんと一蹴し、零華はみなさんを落ち込ませたくないので、と回避し、癒慰は秘密だよ~、と着がえに行った。
「よし、行くぞ」
ルールは簡単。受けた順にテストを出していき、その合計点を競うというものである。
「まず、世界史」
勇輝の言葉を合図に、三人が答案を机の上に出す。
「俺、四十二。弥生、四十五。負けか。秀斗四十一」
「みなさん同じくらいですね」
審判役を押し付けられた零華が感想を述べた。彼女がそれらの倍以上の点数を取っているのは言うまでもない。
「次、数学……俺、五十一。弥生、五十。俺の勝ちだな。秀斗、三十二、赤点ギリギリ」
零華がそれぞれの得点を足してくれている。
その横で、弥生は点数は高い方がよいのか、と呟いていた。テストを知らない弥生にとって、点数は数字でしかなかったようだ。
「英語……俺、三十五。弥生、四十。負けた……秀斗、三十六。うわ、秀斗にも負けてる」
「おい、俺だけなんかなげやりじゃねぇか?」
勇輝は秀斗には勝てると思ったのに、とぶつぶつ呟いた。少し勇輝のプライドが傷ついた。
「次、化学。俺、三十。弥生……百⁉」
勇輝はもう一度弥生の答案に目を通す。丸しかない答案の上には、百の数字と花丸がある。
「弥生ちゃんは、昔化学を教わってましたからね」
ショックに打ちひしがれる勇輝の隣で、零華が頷いている。当然の結果ということだ。
「俺、五十二ね」
さりげなく秀斗が主張するが、あっさり勇輝は無視する。
「くそっ、次国語!。俺、七十九! どうだ!」
勇輝は昔から国語だけが得意だった。作文には自信がある。
「弥生、十八、十八⁉」
勇輝は先ほどとの落差に驚く。弥生の言語能力の未熟さが、ここにも表れていた。見事に赤点である。
「よっしゃ~! 勝ってる! あ、秀斗は五十四か」
満足気に勇輝は言って、二日目のテストに移った。
「生物、俺五十三。弥生、五十二。秀斗、六十……。次、政経。俺、六十。弥生、五十三。秀斗、五十二」
勇輝は俺の勝ち、とガッツポーズを作って、テストは最後の保健だ。
「保健。俺……二十三。弥生、六十五。秀斗……三十七。俺、赤点」
筋肉は総外れ、記号も見事に外していた。
以上、とても優秀とは言えないテストの公開は終了した。
「え~っと、では合計を発表します」
三人は、零華の計算結果をじっと待つ。運命の瞬間である。
「一位、三百七十点。弥生ちゃん」
「マジかよ! 負けたの俺!?」
「ふん、当たり前だな」
勇輝は化学のせいか~と頭を抱えた。百点取るなんて想定外だったのだ。
「二位、三百十三点。勇輝君」
「げっ、俺勇輝に負けたのか!?」
秀斗は勇輝には勝てる自信があったらしい。
「はい。秀斗君は三百四点です……が、みなさん? 八科目あって、半分にも満たないとは、何事ですか? しかも皆さん赤点が一つずつありますね?」
零華の視線と言葉が痛い。三人はすっと視線を逸らせた。
「ちゃんと授業にでればもっと良い点が取れるのです。それを貴方達はさぼりにさぼって、一体高校生をなんだと思っているのです? そもそも貴方達は……」
優等生、零華のお説教はその後一時間続いた……。
勝負一本目、勇輝の負け。
今回は少し短め。
神名の設定公開
本文中でカットされた五番以下の名称です。
5 五鎗斬
6 六迅穹
7 七幻刀
8 凰八兜
9 鎧九浪
10 渾十盾
考えたけど、使われなかった階級です。
では、また~。