第2章の26 手始めに勝負といきますか
週が明け、月曜日。
勇輝は少し早く如月を出た。ドアを開ければ学校の屋上にあるテントなので、登校は楽々だ。
勇輝は鼻歌交じりに階段を降り、教室へと向かった。
錬魔のことが少し分かったので機嫌がいいのだ。あの後から錬魔が勇輝を名前で呼ぶようになり、それも勇輝がご機嫌の理由だ。
(後は弥生だよな……何で勝負しよっか)
考えながら廊下を歩いていると、すれ違う不良達が挨拶をしてくる。それは下級生だけではなく、上級生もだ。皆勇輝に負けた人達である。
勇輝はそれらを適当に流して、教室へと入った。
教室は、珍しく不良の着席率が良かった。いつもならふらふらとそこら中でしゃべっている不良たちは、机の周りに固まって、何やら話しこんでいる。
その上、歩も席について教科書を広げていた。勇輝は雨でも降るのではないかと窓から空を窺う。まだ空気は冷たいが、晴天だ。
勇輝は歩の隣の席にかばんを置いて
「なんで勉強してんだ? 珍しー」
と声をかけた。
歩は、奇妙な生物を見る目を勇輝に向け、ややあって言葉を返した。
「お前、もしかして今日がテストだって、忘れてねぇか?」
「え?」
本気で訊き返した勇輝に、歩は呆れ果ててため息をついた。
「お前な~、こないだの中間赤点ギリギリだったんじゃねぇの? ちょっとは勉強しやがれ」
「……マジで今日テスト?」
「あぁ。みんな勉強してんだろ?」
そう言われて周りを見ると、皆何らかの教科書を持っている。先ほどの怪しい塊はどうやらヤマを張っているらしい。
「テスト、点数がつく……勝負。よっしゃ! 俺あいつら連れてくる!」
「えっ、おい」
知らねーぞー、という歩の声を背中で聞いて、勇輝は走り出した。
(俺は今日テストのことを知り、今まで授業にろくに出てない。それは弥生だって同じだ。というか俺よりひどい。てことは、勝てる)
勇輝は内心ガッツポーズをしながら階段を駆け上がり、テントの布を開けた。
ホールには制服姿の零華と癒慰。登校しようとしていたようだ。
「忘れもの?」
「今日テストだって」
「知ってますよ? 先週葉月さんが言ってましたし……」
葉月の言葉を適当に聞き流していた勇輝は覚えているはずもなく、零華の言葉にも返さずにホールを飛び出して行った。
「俺あいつら連れていく!」
バタンとドアが閉まり、女子二人はしばし無言だった。ややあって零華が口を開く。
「みなさん起きてましたっけ?」
「弥生ちゃんは起きてたと……」
確実に起きていないのは錬魔だ。だが起こすにしても、弥生の部屋に入るにしても、もそれなりの技術が必要なのだが……。
「大丈夫かしら」
二人は一抹の不安を抱えながら、学校へと向かった。
勇輝は廊下を走り、まず秀斗の部屋をノックして入った。返事など待たずに、
「おはよ~。学校だよ!」
と音に驚いて目を覚ました秀斗に元気な挨拶を送った。
秀斗は暗がりの中枕もとに置いてあったヘアバンドを掴みとると額に当たるようにつけ、じろりと勇輝を睨む。
「少しは待ちやがれ。寝込み襲う気かコラ」
勇輝はそんな苦情はどこ吹く風と、カーテンを開ける。
「今日テストだから急げ!」
射し込んできた太陽は秀斗の金色の髪に反射してきらきらと光る。それを黒いヘアバンドが引き立てていた。
「早く学校に来いよ~」
やるだけやると、勇輝はすぐに出て行った。
次に近いのは弥生の部屋だ。
秀斗は無言で勇輝を見送り、少しずれていたヘアバンドを直すと、呟いた。
「テストってなんだ?」
勇輝は再び走っていた。全力ではないので息が切れることはない。もともと日々の喧嘩と逃走で走りには自信がある。
勇輝は弥生の部屋で止まり。少しためらったが、ノックをして入った。
(寝てたらごめんってことで!)
勇輝は入った瞬間何かが飛んでくる気配を察知し、しゃがもうとする前に、ドスッと頭上で音がした。
見てはいけないと思いつつ、上を向くと、ドアにナイフが刺さっている。反動でまだ揺れていた。
「……勇輝?」
正面の窓辺に腰をかけていた弥生がやや驚いた声をあげる。
「弥生……おはよ」
弥生は朝から一分も隙なく隊員服を着込んでいる。勇輝は弥生がそれと制服以外の服を着ているところを見たことがなかった。
「秀かと思った。命拾いしたな、秀の身長だったら、丁度頭を貫いていたところだった」
「そ、そう」
自分の身長が悲しくも低いおかげで事なきを得たらしい。
「で、何かようか?」
「あ、今日学校でテストがあるんだ。だからそれで勝負しよう。俺が勝ったら認めてくれるんだろ?」
「……テスト?」
弥生は耳慣れない言葉に小首を傾げる。
「学力試験。行けば分かるって」
そうか、と弥生は頷いておもむろに上着を脱ぎ始めた。
「ぎゃぁ! 弥生ストーップ!」
下にアンダーウェアを着ているとはいえ、薄いそれは弥生の体の輪郭をはっきりと映し出していた。勇輝は回れ右をして弥生に背を向ける。
「……あぁ。お前は男か」
「弥生、絶対勝つからな!」
勇輝は捨てゼリフを吐いて、部屋から出て行った。
(ぜってぇ勝って、俺が男だって認めさせてやる!)
少し目標がずれた勇輝だが、それを気にすることもなく最後の部屋へと向かう。一番奥まった場所にある錬魔の部屋だ。
荒々しくドアを叩いて入る。部屋は明るく、ベッドはもぬけの殻だ。だが部屋に錬魔らしき人影は……。
「あ、いた」
錬魔は机に突っ伏して寝ていた。机には分厚い本が積まれ、夜遅くまで研究をしていたらしい。
(うわ~。研究熱心)
勇輝はすやすやと眠る錬魔の寝顔を覗きこんだ。普段の険しさが消え、少し優しい顔つきになっている。顔にかかっている髪もさらさらと艶がある。
一房だけ長い髪は、変わった装飾品で止められていた。金属の輪っかで、幅のある面には複雑な模様が彫り込まれている。
(よくこんなんで止まるよな……ってそんなこと気にしてる場合じゃない!)
勇輝は錬魔を起こそうとその肩に手をかけ、揺すった。
「錬魔~。朝だ……」
最後まで言い終わらないうちに錬魔はカッと目を開け、勢いよく立ちあがった。その勢いで椅子が倒れるが、勇輝は椅子の横に立っていたので直撃は免れる。
が、視界を何かが高速で横切り、続いて風を感じた。
「へ?」
勇輝の目の前には錬魔の足。正確にはふくらはぎの辺りが鼻先に来ている。
「あ? 秀斗ではない……勇輝?」
眠そうな声を出して、錬魔は足を下ろした。
錬魔の回し蹴りは正確に秀斗の頭の位置を捉えており、勇輝の身長がもう少しあれば……今頃床に転がっていただろう。
「……何か用か?」
「えっと、今日学校でテストがあるから、行かない?」
「……テスト?」
どうやら彼らは今までにテストを受けたことがないらしい。
「ま、行けば分かるから。着替えて来て」
勇輝はじゃ、と踵を返して部屋を後にする。胸に手を当てると、心臓は忙しなく動いている。朝から二度ひやりとした。
(二人とも秀斗に照準を合わしてたってことは、いつもあいつら起こしているのって、秀斗なのか?)
毎回あの攻撃を受けているかと思うと、胸の痛む勇輝だった。むしろ、絶対守護の能力のある秀斗だからこそ、できることなのであるが……。
そして勇輝が学校に戻ると、朝のショートホームルームが終わったころだった。弥生と秀斗がテストについて零華から説明を受け、錬魔がやって来ると、試験監督の先生が入ってきた。生徒が着席していく。
テストの時だけは、不良もちゃんと名簿順に並ぶ。勇輝がその時知ったのは、彼らに苗字があったことだ。ただ読み上げられただけなので覚えられなかったが、当たり障りのない普通の苗字という印象だった。
そして答案用紙が配られ、チャイムとともにテストが始まった。
勇輝が通う学校は通常一週間がテスト期間となる。だがそれは通常だ。勇輝のいるクラスは皆さま不良なので、集まった時に一気にやらせろと、全てを二日間で終わらせる強行スケジュールとなる。
勇輝のクラスは科が違うので、他のクラスより科目数も少なく、実技系統が非常に多い(それも不良が集まってくる理由でもある)。
よってテスト一日目は計五科目。世界史、数学、英語、化学、現代文プラス古典といった内容だ。
勇輝は勘と鉛筆コロコロに運命を託し、午前中の四科目を乗り越えた。見事に記憶に引っかかるものすら無かった。もう清々しいほどに。
「お昼にしよ~」
癒慰がお弁当を持って勇輝の席にやって来た。零華も机を動かし準備する。歩と秀斗も加わって楽しいお弁当の時間だ。
弥生と錬魔は四時間目が終わるなり姿を消した。午後もあることを知っているから時間までには帰ってくるだろう。
「俺の分は?」
一人お弁当がない秀斗は、ん? と首をひねる。
「ないわよ。来るなんて思わなかったもん」
お弁当は朝に癒慰と勇輝が作ったのだ。数は三つ。秀斗の分は含まれていない。
「マジで?」
「購買で買ってこいよ」
歩も自分で作った弁当を持参している。一人暮らしは節約が大事らしい。
「俺金持ってねぇ」
「貸すよ?」
と勇輝はポケットから財布を出して、五百円玉を秀斗に渡した。
「サンキュー」
秀斗は恩に着るぜ、と教室を出て行った。
「後で返せよ~」
その背中に声をかけ、勇輝は弁当の蓋を開けた。彩りも考え、バランスもばっちりのお弁当だ。
「いただきます」
と各々口にして、食べ始める。
「ねぇ、昨日中学でトップになったって言ってたけど、ここでもそうなの?」
談笑の始まりは、癒慰の勇輝への質問だった。
「どうだろ。この学校、小ボスはいるけど大ボスはいないから……分かんない」
全学年に不良はいるが、リーダーとして誰かを祭り上げているわけでもなく、ただ個人同士が気に食わない奴を血祭りにあげるぐらいだ。たまにグループが出来るが大抵内部分裂で消滅してしまう。
「あ~。たぶん、一番強いんじゃね?」
「そうなのか?」
「ほら、ちょっと前に喧嘩売って来た三年がいるじゃん。角刈りの熊のような奴。あれ、一応三年のトップだったから」
勇輝は記憶を手繰り、熊男を発見した。あれは、丁度昂乱の件に片が付き、彼らが学校に姿を見せなかった時だった。
「あ~。あの、隙ついて鳩尾殴ったら気絶した奴か」
勇輝は廊下で喧嘩を売られ、その場で即買い取った。そして相手の大ぶりで威力のある拳を避け、相手の体力を奪い、ふらついたところを懐に入った。驚く相手に極上の笑みを見せ、鳩尾に拳を叩きこむ。見物人が慌てふためく様が愉快だった。
「拳は壁にひびが入るくらい強かったけど、遅い奴だったよな」
勇輝はその闘いを思い出して、しみじみと感想を述べる。
「だから、今お前が暫定一位」
「あ、だから俺、あの後三年に絡まれてたのか」
その後絡んできた三年も全員床に沈めたのは言うまでもない。
「へ~やっぱりトップなんだ」
癒慰がやけに嬉しそうにしている。
「でもなんで?」
「ん? えへへ、実はさぁ、誰かかっこいい人紹介してくれないかなぁって。この学校のトップなら、出来るでしょ?」
つっこむべきところは二つある。
「え、かっこいい人って何?」と勇輝が、
「トップ関係なくね?」と歩が、
それぞれつっこんだ。
「私さ~、甘い恋がしたいの。だって高校生よ? 高校生って彼氏の一人や二人、いるもんじゃない?」
二人のつっこみはスルーして、癒慰はきらきらと乙女の望みを告白した。
「気にしないでください。恋愛小説の読みすぎですから」
さらりと零華が氷の言葉で癒慰を刺したが、癒慰は太陽のような笑顔でそれを溶かし、話しを続けた。
「だから、かっこいい人いない?」
と相談された不良二人は、顔を見合わせ、同時に答えた。
「いない」
「え、なんで?」
「だってよ、癒慰。この学校に秀斗と錬魔以上に顔のいい奴なんていないし」
「つーか、あの二人でよくね?」
勇輝と歩は思いつく限りで生徒の顔を並べたが、あの二人に敵う顔はいない。
「だめよ。秀斗君は弥生ちゃんが好きだし、錬魔君はタイプじゃないから」
バッサリとかっこいい男の代名詞二人を斬り捨てた癒慰は、ぐるりと教室を見まわした。
「ここにはいないしね。タイプの人」
「……ちなみに聞くけど、タイプって?」
勇輝は鋭い目で男たちを観察する癒慰にそろっと尋ねる。
「イケメン」
断言する癒慰に、やっぱりと肩を落とす二人だった。
「大人っぽい人で、私の趣味に付き合ってくれる人がいいなぁ」
「趣味?」
勇輝は訊き返したが、癒慰の顔を見てすぐに後悔した。にやーと笑っている癒慰は、かなり危険人物に見えた。
「知りたい?」
「いえ、全然」
「うふふ、実はずっと我慢してたんだぁ。帰ったら、教えて、あ、げ、る」
獲物を狙う鷹のような目で、癒慰は勇輝を見ていた。勇輝は背中に嫌な汗を感じ、スーッと視線を逸らした。
「ご愁傷様です」
そこにもくもくと食べていた零華が一撃を放つ。それは正確に、勇輝の体を貫いた。
(か、帰りたくね~)
そうこうしている内に秀斗が帰り、楽しい昼食時間は過ぎていった。
原稿用紙換算で10ページ後半(空白除く)。気づいたらどんどん長くなる一話。なんでだろ。
とっくに、一章の分量を越し(まだ話数が下なのは一章の一話ごとが短かったせい)、どうすればスリムになるのか。
書きたいことが多すぎる。それだけ、内容が濃くなればいいなぁと思ってますが……薄い? 気のせいですよ。まぁ、2章には中ボスすらいませんからね。
さて、作者は伏線を張るのが大好きです。そこらじゅうにちりばめておきながら、回収を忘れ、存在を忘れていることも多々あります。
どこかで伏線の存在に気がついたら、それが回収される日を、お楽しみに。
では、また次回~。




