↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
63/301

第2章の25 赤き怒りに、春風の吹きわたる

長くなったので二分割。


(外、外、外?)


 勇輝は小走りに廊下を進み、首をかしげた。

 考えてみれば、勇輝は玄関を知らない。一度だけそこから入ったことがあるが、場所など覚えていないし。誰もそこを使っている様子もない。

 しばらく記憶を探ったが、諦め、目についた窓に近づいた。少し固い窓を開け、地面との高さを確認する。ここは一階、飛び降りられる高さだ。

 窓枠に足をかけて飛び降りる。


「ま、これが一番早いよな」


 そして勇輝は散策を始めた。




 温かい春の日差し、鳥のさえずりに、蝶が花の間で舞っている。


(この空間、季節違うよな)


 色とりどりの花に、音を立てて存在感をしめす噴水。どこか見たことがあると思えば、以前弥生に追われて逃げ込んだ庭園だった。


(昼寝して~)


 いい夢が見られそうだと思いながら歩いていると、前方に大きな黒い蝶が見えた。それは勇輝に向って飛んでくる。


「クロアゲハ? のわりには模様がおかしいか」


 その蝶は黒い羽根に銀色の模様を持っていた。それはふわふわと勇輝を通り過ぎると、屋敷の方へと飛んで行った。


(今度見たら捕まえて標本にしよ)


 ここは異空間なのだから、少し変な生き物がいるくらいありえる話だ。




 勇輝は庭園から遠ざかって、森の方へ歩いていく。その森は明るく、木もそれほど高くない。あまり人が入らないのか、道のようなものはなかった。だが深くはないらしく、すぐに視界は開けてきた。


「お~草原……?」


 勇輝は森の出口で立ち止まる。森の砂地は、そこでぷっつりと草に変わっていた。左右を向けば、同じようにそこで森と草原が分かれている。まるで線が引いてあるようだ。


 勇輝はどこか国境を超えるような気持ちになりながらそれを踏み越えた。その瞬間体の中をフワリと何かが通過した気がしたが、すぐに高揚感で忘れられる。草原の先に続くのは丘だ。異世界に来た気分になりながら、勇輝は歩き出した。



 柔らかい土の感触。風が草原を走り、音を立てる。

 ここで寝転がって昼寝をすれば最高だろうなと思いながら勇輝は丘を登る。半分ほど登ったところで振り向くと、如月はずいぶん遠くにあった。しみじみとその大きさを実感する。だがその大きさのおかげで帰りは迷わずに済みそうだ。


 なおも登っていくと、石が目立ち始めた。同じ大きさの石が等間隔に並んでいる。

 勇輝は疑問に思いながら足を進める。石はいびつで、ずいぶん古そうだ。


 なだらかな丘を登り終え、眼下に広がる景色に勇輝は息を飲んだ。

 丘の反対側は全て石で埋まっていた。そしてその先は荒野。地平線がくっきり見えるほど何もない裸地。黒っぽく、ところどころ焼けた跡がある。奇妙な風景だ。

 勇輝は言葉もなく石の間を通り抜ける。

 この世界はずいぶんと急激に景色が変わるようだ。


(まるでつぎはぎの世界だな)


 勇輝は丘を下り、そばに建物があることに気がついた。これも古い造りで、人気はない。

 覗く気にはなれずに草原を歩く。その先は荒野だ。

 その境界も、また線が引かれたように綺麗に分かれていた。勇輝の足もとには草が生え、青々としているのに、一歩先は砂しかない。

 砂漠ではない。まさに荒野だった。


「それ以上近づくな」


「おわっ」


 勇輝は突然かけられた声に驚いて、あげかけた足を下ろした。低い、不機嫌そうな声の主は丘の中腹から勇輝を見下ろしていた。


「れ、錬魔?」


「離れろ。死にたくなければ」


 切れ長の目はますます鋭く、放たれた言葉の不穏さに、勇輝は丘の手前まで後退する。


「なんで錬魔がここにいるんだ?」


「それはこちらのセリフだ。目障りだから早く失せろ」


 付き合いの浅い勇輝でも分かるほど機嫌が悪かった。昨日は追いかけまわしても迷惑そうに火の玉を飛ばしたぐらいで、これほど敵意は向けなかった。

 だが、ここで引き下がれば不良として名折れと、勇輝は錬魔と同じ高さまで登る。


「やだね。俺は錬魔に訊きたいことがあるんだ。それを訊くまでは帰らない」


「失せろ」


「教えてよ」


「失せろ」


 その言葉とともに掌から火の玉が放たれたが、勇輝はそれをなんなく避ける。勇輝は昨日一日で錬魔は決して人に危害を加えようとしないことを知っていた。今の攻撃も、弥生に比べればずいぶん遅い。


「俺は諦めが悪いんだよ。なぁ錬魔。お前が人間を嫌う理由ってなんだ? どーしたら俺を認めてくれんだよ」


「本当にしつこいな。それを知ってどうする」


「わからない。俺は錬魔が優しいことを知ってる。だから俺は錬魔の仲間になりたいし、仲良くなりたい。理由もわからずに嫌われるのは、嫌いなんだ」


 錬魔の眉がわずかに上がった。


(意志を曲げない……か)


 錬魔の脳内に弥生の言葉が反芻《はんすう》した。目の前の少年は強い目をしている。火の玉で脅しても顔色一つ変えない。


「……いいだろう」


 錬魔は苦りきった顔でそう言うと、手を石の上に置いた。見極めてやるのもおもしろいと思ったのだ。


「これが何か分かるか?」


「え、いや……」


 勇輝は改めてその石を見るが、特に変わったところはない。


「これはな、墓だ」


 低い声が重々しく告げた言葉に、勇輝は風が止まり、一切の音が消えたように感じた。


「仲間の、味方の、敵の……」


「これ、全部?」


 勇輝は丘を見回す。その数はざっとみても数百はあり、反対側を合わせればさらに増える。


「あぁ。俺が、救えなかった。見殺しにした、者たちだ」


 錬魔の声には抑揚がない。このことを悲しんでいるのか、怒りをもっているのかも分からない。勇輝は静かに聞き入った。


「あの荒野は、かつての戦場だ。つい数十年前まで、あそこで戦争をやっていた」


 勇輝は、錬魔の目線を追って荒野を見る。錬魔の目は遠く、昔を思い出しているようだった。


「アメリカとソ連、二つの大国がぶつかりあった。表の世界では冷戦と呼ばれているものだ」


「……でも、武力衝突はなかったって」


「あぁ。お前らの世界ではなかった。戦争は、全て異空間で行われ、俺もそこにいた」


 戦争という言葉が勇輝の胸に重たく圧し掛かる。勇輝は戦争を知らない。だがそれを経験した者が目の前にいる。このことは勇輝を当惑させた。


「あの戦争は、表の兵士は誰も戦わなかった。全て、人形兵器での戦いだ」


「人形兵器?」


「第二次世界大戦の頃、戦争の裏でDNA研究や脳の研究が急速に発達した。それはすぐに人間に適用され、ある兵器を作りだした。奴らは赤子で人体実験を繰り返し、人工的に異能を作った」


 錬魔の口調には不快感が滲み、憤りも感じられた。


「嘘だ……」


 反射的にそう返してしまう。


「事実だ。そして両国とも大量にそれを生みだし、成長を待って実践に投入した。お前と同じぐらいの年ごろの子どもだ。国への忠誠のみを教えられ、人を殺すことしかできない子どもたちだ」


「まだ子どもだった……」


「あぁ。最初は互いの成果を見せ合うために殺し合わせていた。だが次第に消耗戦になり、掃除が始まった」


 石の上に置く錬魔の手に力がこもった。視線は一点から動かない。


「敵兵として捕らえられることを恐れた奴らは、日暮れとともに自分たちの駒を壊し始めた。互いにまだ予備があることを誇示するためにもな。何故あの荒野がいまだに草一つ生えないかわかるか?」


 勇輝は静かに首を振った。


「掃除にはあらゆる爆弾が使われた。一番多かったのが原爆と水爆だ。放射能のせいか、別の原因か、あの土地はあと何千年も経たなければ再生しなくなった……」


 もともとは如月の空間と戦場は別空間だった。それがつい十年少し前に、二つの空間が衝突しあって結合したのだ。まるで忘れるなと言うように。



 錬魔は一息ついて、また話し始めた。



「だが、人形兵器をつくるには少なくても十年はかかる。すぐに両国とも品薄となった……。そして、ソ連が黒騎《こっき》と手を組んだ」


「黒騎?」


「俺たちと同じ、異能集団だ。今も存在し、その全てが不明。それを知ったアメリカも、大慌てで援軍を探した。そして、当時西側だった日本は、龍牙隊を献上した」


「もしかして他のみんなも?」


「知らん。戦場はここだけではないからな。だが、弥生と秀斗は従軍したと聞いた」


 勇輝の顔が暗くなる。弥生が、なぜヤクザに襲われた時に戦争という言葉を使ったのかがわかった。彼女は戦争を経験したことがあったのだ。


「もしかしたら、二人と会ってたかもしれないんだ」


「あぁ」


(敵同士だっただろうがな)


 勇輝は錬魔の横顔を見つめる。そこから何か読み取れないかと懸命に探す。


「俺は治癒の力を買われ、医療部隊としてここにいた」


「治癒魔術……」


 零華に言われた言葉をそのまま繰り返した。


「厳密に言えばこれは魔術ではない。能力だ」


 呆けた顔に疑問符を浮かべる勇輝に気づいた錬魔は仕方ない、と呟いて顔を勇輝へと向けた。錬魔を、その瞳を正面から見た勇輝ははっと息を飲む。


「赤い……きれい」


 錬魔の瞳は赤く縁取りされていた。錬魔は眉をわずかに動かす。


「魔術師は、同時に特殊な能力も持っている。俺は火煉、弥生の月契《げっけい》や秀斗の星鎧《せいがい》もそれだ」


「火煉……名前みたい」


「……当たり前だ。これはその能力固有の名だからな」


 錬魔はすぐに視線を荒野に戻した。その瞳は灰色に戻っている。


「だが、この力を持っても放射能に蝕まれている彼らを助けることは出来なかった。俺に出来るのは、ただ安らかに……殺してやるだけだった」


 勇輝はぐっと唇を噛む。この墓は、錬魔が作ったのだ。救えなかったことを悔いて、自分を責めながら。そう思うと、勇輝はやりようのない怒りがわいた。


「そして、唐突に戦争は終わった。ソ連側が停戦を申し入れた。聞いた話では、黒騎の中で騒動があったらしい。数えてみればたったの数年だ。その後も表で冷戦は続いていたがな」


 錬魔はやさしく石を撫でる。そこにいる人の頭を撫でるように。


「こいつらを生みだしたのはお前ら人間だ。あいつらを焼き尽くしたのもお前ら人間だ。そしてそれを闇に葬り、何食わぬ顔で生きているのも人間だ。……だから、俺は人間が嫌いだ」


 錬魔は苦々しげに吐き捨てた。


(ごめんなんて、言えない。言ったって仲間が生き返るわけじゃない……)


 錬魔は視線を勇輝に向けた。少年の答えを聞くために。


 勇輝はしばらく俯いていたが、意を決したように顔を上げ、錬魔と向かい合った。



「それでも俺は、諦めない。錬魔が、人間を許せないのは、わかった。許せないままでもいい。だけど俺は、俺を春日勇輝として見てくれるまで、ずっと錬魔の周りをうろついてやる」


「聞き分けの悪い……」


「悪いよ、俺は」



 まっすぐと錬魔を見つめる目。その目には恐怖も蔑みも映っていない。そこにあるのは、対等な目だ。今まで見てきた人間とは違う、純粋にそのままで彼らに接している。


“変革が、欲しかったのですよ”


 そう言ったのは零華だった。誰よりも如月を愛している彼女は、人間を迎え入れた。


(何を、変えたいんだ? こいつに何を期待している)


“貴方と同じですよ”


(俺も期待しているのか?)


 問いかけても答えはでない。目の前の少年は錬魔の答えを待っていた。


 錬魔は苛立たしげに舌打ちをする。まだ、答えはでないのだ。



「ならば、人間がどこまで出来るか見届けてやろう。春日勇輝、仲間に相応しくないと思えば、即刻追い出す」


 勇輝の顔が明るくなり、すぐにそれは挑むような顔つきになった。


「あぁ。よろしくな」


 錬魔は不愉快そうに顔をしかめると、無言のまま丘を上がり始めた。


「あっ、ちょっと待ってよ」


 なぜ呼び止めると言いたそうに、錬魔は足を止めて振り返った。

 勇輝は丘全体を見回して、静かに手を合わせた。丘全体に祈りを捧げるように。


(俺は、忘れないから。……安らかに眠ってください)


 錬魔はその姿を見て目を見開いた。そして複雑そうな笑みを浮かべた。それは困ったような、それでいて泣きそうな笑みだ。


(かなわんな)


 じんわりと氷塊が溶けていく。その水が渇いた心を潤していく。浸食されていくような感覚なのに、不快ではない。こそばゆいのが逆におかしかった。


「置いていくぞ」


 錬魔は再び歩き出した。


「ひどっ」


 その後を早足で勇輝が追う。



 ふわりと、森の奥から花の香が風に運ばれてやってきた。如月に咲き乱れる花の香。森でひっそりと咲く花の香。


「ここっていつも春?」


 勇輝が前を歩く錬魔に訊いた。長い一房の髪が背中で歩調に合わせて揺れている。


「春? ……あぁ、確かにそうだな。当分能天気な春が続きそうだ」


 錬魔は空気を肺の隅々まで循環させた。


(春も悪くない……)


 錬魔は口元に笑みを浮かべると、少しゆっくりと歩きだした。久しぶりに感じる、穏やかな空気を堪能しながら……。


スパイスを一滴。

錬魔の過去編パート1です。


そして忘れたころに出てくる黒騎。彼らが出てくるのは第3章の予定です。

第2章の折り返しもだいぶ終わり、後は……あけみさんと弥生を残すのみ。


春までには、3章に入っておきたいのですけどね……。


ではまた、次回。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。