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第2章の27 手始めに稽古といきますか

 五時間目の化学も終わり、彼らは如月に帰っていた。

 勇輝は着くなり全力で部屋に駆け込み、籠城した。ドアは鍵がかからないので私服に着替えたら窓の近くで待機する。

 もし癒慰が来たら、速攻で逃げるためだ。

 そして三十分が過ぎたころ、誰かの足音が聞こえてきた。勇輝は窓を開け、ドアの向こうの気配を窺う。その人物は勇輝の部屋の前で足を止め、軽くノックをした。


「おーい。勇輝~、服が来たぜ」


 勇輝はその声が秀斗だったことに、心底ほっとしてドアを開けた。


「服って……あの?」


 勇輝の頭に変態所長の姿が浮かぶ。


「普通のだといいなぁ」


「普通って、あいつの作る服はけっこういいんだぜ?」


 そういやまだ秀斗が隊員服着ているところを見たことがないな、と思いながら勇輝は秀斗についていく。

 そしてホールに入ると、癒慰と零華がいた。彼女たちが囲んでいる机の上には段ボール箱が二つ。床にはアタッシュケースが一つ置いてあった。

 そして一番目を引くのは、癒慰の服装だ。

 制服でも可愛い私服でもない。フリルをあしらった上着は短めで、太めのベルトを可愛らしく見せている。ショート丈のキュロットから伸びる細い脚に、もこもこのついたブーツ。何かのキャンペーンガールにも見える。

 型は弥生と似ているが、弥生のものが動きやすさを追求されているのに対し、癒慰のものは可愛さを追求されていた。

 そして、胸元には弥生と同じ紋章が入っている。


「それって隊員服?」


「そうよ。正装は、上に羽織を着るんだけどね」


 癒慰は二人を手招きして、小さな段ボール箱を勇輝の前に押しやった。


「匠のところに頼んでた服を取りに行ったら、ついでに渡されたの」


「え、これ全部癒慰が運んだの?」


「まさか、隊員に手伝ってもらったよ。さ、開けてみて」


 癒慰がコンコンと叩く段ボール箱には、勇輝君へと書いてある。名前の隣にはご丁寧にハートまでついている。


「う、うん」


 どうか着られるものでありますように、と念じながら勇輝はそれを開けた。


「……うわぁ」


 勇輝は出てきたものを手に取ってまじまじと見る。


「かっこいい」


「な? いいって言っただろ?」


 服の色には明るい茶色とベージュが上手く取り込まれている。弥生も癒慰もこの色を身にまとっていることから、龍牙隊統一のカラーのようだ。

 服の型は勇輝の着ている制服に似ている。だが白やこげ茶のラインがそのデザイン性を引き立てた。両胸にはポケットもあり、機能性にも優れている。


「でもこれ、サイズ大丈夫?」


「平気よ。匠製はフリーサイズだから」


「いや、フリーってでかいじゃん」


 勇輝は毎回服を買う時に苦労をしている。男もののSは数が少なく、Mでは少し裾が余るのだ。


「大丈夫、伸縮素材だからぴったり合うの」


 勇輝は疑わしそうに制服の上着を脱いで、それを着てみた。


「やっぱりブカブ……えぇ!」


 袖を通した瞬間袖は短くなって勇輝の腕にぴったり合っていた。裾も縮んで体にフィットする。


「す、すごい。なんで?」


「長年の研究の成果らしいですよ」


 勇輝はぴったりサイズに感動し、服一式を段ボールから取り出した。服以外に小物は色々入っている。


「じゃ、俺部屋で着替えてくる」


「いってらっしゃーい」


 と癒慰に送り出されて勇輝が出ていくと、入れ替わりに弥生が入って来た。上機嫌な勇輝の後姿を肩越しに見て、不思議そうな顔をしている。


「弥生ちゃんの分もあるわよ」


「私の? 私は服を頼んだ覚えはないが」


 不審顔の弥生の隣で、癒慰は期待に胸を膨らませて段ボールを開ける。それにも弥生へ、と書いてあり、ハートは二つに増えていた。 

 四人の目が段ボールの中身に注がれる。


 まず出てきたのはコートだ。彼らの羽織をアレンジしたもので、女子のコートには毛皮も使われ、暖かそうだ。それが人数分。勇輝の分もあった。


 そしてその次に出てきたのは弥生の隊員服だった。ただ今着ているものに比べれば、生地は厚く、色合いも濃い。スリム系のズボンもついていた。


 その下に埋もれていたのはタイツ類。ストッキングやレギンスと手当たり次第に投げ込まれたようだ。

 弥生はそれらを無言で見続けている。

 色とりどりのタイツをどけると、こまごまとしたものが出てきた。

 その雑然とした物に彼らはしばし無言で、癒慰がそっとその内の一つを手に取った。


「これ、猫耳ね」


「そのようですね」


「……殺す」


 物騒な言葉が混ざったが、彼らは黙殺することにした。秀斗も普段なら笑い転げているが、横に立つ弥生の怒気が恐ろしくて笑い声一つあげられない。


「これとか使えんじゃねぇの?」


 と秀斗が取り出したのはカメラだった。見た目は使い捨てカメラだが……。


「はい、チーズ」


 秀斗は勝手に弥生を被写体にしてシャッターを押した。とたんにポンッと音がしてレンズからぼよーんとミニグローブが飛び出した。

 ボスッとそれを受けるのは弥生の頭。

 どうやらびっくり箱仕様だったらしいが、笑いを生むはずのおもちゃは災いを呼んでしまった。

 その場がスーッと冷えていく。


「秀……」


「す、すんませんでした!」


 秀斗が逃げの態勢を取ろうとした時、バタンとドアが開いて勇輝が転がるように入って来た。


(ナイスタイミング!)


 秀斗は助かったと、その主を見る。そして、その仕上がりを見て、口をぱかりと開けた。


「全然、違和感ねぇ」


「よく似あっていますよ」


「あぁ」


「可愛い~」


 制服を常に着ているからか、動きも自然で、隊員の中にもすぐに溶け込めそうだ。癒慰の言葉に少し反応した勇輝だが、今日は流しておくらしい。


「剣ホルダーもついてるし、すっげぇ動きやすい」


 勇輝の腰には弥生から貰った剣が提げられている。


「弥生の中身は何だったの?」


「……冬服」


 弥生は出したものを段ボールにしまって、蓋を閉める。後でじっくり見定め、相応の対価を与えるつもりだ。


「癒慰、渡されたのはこれだけか?」


「ううん、そっちのケースもよ」


 と癒慰が指差したのは現金がぎっしり入っていそうなアタッシュケースだ。重量感が溢れている。

 弥生はそれを机の上に置き、留め具を外して開けた。


「ふむ……なかなかの出来だ」


 ケースの中身は現金ではなく、拳銃が六丁並んでいた。どれも小型である。その一つを手に取って、弾倉を確認する。中には銃弾の代わりにケースが三つ入っていた。その内の二つは液体が入っている。 一見水鉄砲のように見えるが。


「拳銃⁉」


勇輝は驚き半分、興味半分でケースに近づく。黒光りするそれに、勇輝は唾を飲み込んだ。


「もしかして、こないだ俺が言った奴か?」


 秀斗がその一つを手に取って、弥生に訊く。

 弥生が本部へ行く前に、射撃場で勇輝が言っていたことを伝えたのだ。


「あぁ。勇輝、お前が言っていた麻酔銃だ。説明書きによると、痺れ薬も追加したようだな」


「実現した……」


 勇輝はそっとそれを持ち上げる。拳銃は思ったより軽く、ポケットに入れておいても邪魔にならない大きさだ。


「あれ? オートマなのになんでシリンダーもついてんの?」


 スパイものの映画にはまった時、ついでに銃にもはまったので、勇輝は人より銃器に関する知識を持っていた。


 勇輝の掌にある拳銃は、弾倉があることからオートマチックタイプなのだが、そこには本来リボルバータイプで銃弾を込めるシリンダーも備わっていたのだ。


「それで液の種類を変えるらしい」


 勇輝はカチカチとそれを回していく。シリンダーには窓があり、発射される液体の色が見える。憎い匠の技だ。


「後で錬魔君にも見せないとね~」


 錬魔は現在夢の中。寝不足だと言って、帰るなり自室で寝ている。


「よし、服も届いて、新しい武器も届いたことだし、弥生。ちょっと付き合ってくれよ」


 勇輝は勝気な笑みを浮かべて、腰の剣を叩いた。弥生はその意図を解したようで、口角をあげた。


「いいだろう。鍛錬場に行こう」


 それを見て秀斗が慌てる。


「ま、待てよ、俺も行く!」


「私は着替えてくるね~」


「怪我をしたら、すぐに錬魔君を叩き起こしてくださいね」


 女の子二人は闘いには我関せずと、各々の部屋に帰って行った。








 鍛練場は、丸太が数本あるだけの砂地だった。広さはグラウンドの半分ほど、野球がぎりぎり出来る広さだ。

 ここで朝、体を動かすのが弥生の日課である。その弥生は中央に立つと、勇輝に向き合った。受けて立つと言わんばかりだ。


「おい、勇輝……考え直せ」


 勇輝の横で、秀斗が耳打ちする。絶対守護で守られている秀斗ならともかく、生身の人間が弥生と闘えば、死ぬのは確定事項だ。


「大丈夫」


 勇輝は弥生に歩み寄り、毅然と言い放った。


「弥生。俺に剣を教えてください!」


 背後で秀斗がガクッとこけそうになった。


「もしもーし」


「勇輝。勝負ではないのか?」


 心配が大空振りし、気の抜けた秀斗と、期待が外れ、残念そうな弥生だ。


「俺そこまで馬鹿じゃないし、どーせやるならもっと強くなってからじゃないとな」


 ぐっと伸びをして、勇輝は剣を抜いた。


「てことでよろしく!」


「……俺帰るわ。弥生~、いいか? 勇輝は人間だからな。手を抜いてやれよ」


 秀斗は軽く手を振って屋敷の中に入っていった。

 弥生はふぅと息を吐いて、その手に月契を召還した。


「仕方無い。少し付き合ってやる。適当に打ってこい」


 弥生は空いている左手で勇輝を誘う。


「え、マジでこれでやるの? 木刀とかは?」


 勇輝は木刀か模擬剣での練習を想定していたのだ。前のくだりは少し格好をつけただけだったのだが……。


「その剣に慣れないでどうする。その重さで剣を振り続けなければいけないからな。そもそも、お前の剣が当たるか」


 平然とそう言われ、勇輝は少しへこむ。実力差は自覚しているが、初心者にはもう少し優しくてもいいのではと思う。


「じゃ、お言葉に甘えて」


 勇輝は剣を握る手に力を込めて、地面を強く蹴って踏み込んだ。振り払った剣は弥生に易々と受けられ、流される。勇輝は続けて二撃、三撃と打ちこんだ。

 鍔迫り合いに持ち込み、反動をつけて後ろに飛びずさる。その間弥生は値踏みをするように勇輝を見ていた。


「動きは悪くない。次はこちらから行くぞ」


 と言うや弥生は一足飛びで勇輝に接近し、斬り上げた。それを自慢の動体視力で捕らえた勇輝は、剣で受け止めた。衝撃に手が痺れる。


(見えてても、耐えられなきゃ意味ないか!)


 その後の剣の応酬もしのぎ、再び間合いを取る。剣は振るうほどに手に馴染む。


(か~、手が痛てぇ)


 だが負けじと勇輝も斬りかかる。弥生とのやりあいはヤクザとの戦いの折に経験している。その時に比べれば殺気がない分、やりやすい。

 弥生は考えるようなそぶりで、勇輝の剣を受けている。すばらしい跳躍で勇輝と距離を置くと、


「勇輝。少し素振りをしてみろ」


 と剣を休めて観察を決め込んだ。


「え、あ、うん」


 素振りと言われるとバットを連想するが、すぐにそれを打ち消して一心に剣を振る。剣道とはまた違う、片手での素振り。足が自然と開き、重心が剣とともに移動する。


「勇輝。お前、剣を教わったことがあるのか?」


「え? ないけど」


「そのわりには慣れた感じだな」


 弥生はヤクザ襲来の折に勇輝と剣を交え(勇輝はバットだったが)、やけに闘いに慣れているという印象を持った。それだけなら不良だということで片がつくが、剣の扱いは別だ。


「そう? …………あ、あれかな。俺ちっちゃい頃、よく剣士ごっこしてたんだ」


 素振りを止めて首をひねる勇輝は、記憶の中に答えを見つけたようだ。


「剣士ごっこ?」


「うん。母さんが師匠役で俺が弟子。朝から晩まで素振りさせられてた。他にも、スパイごっこや、王様ごっこもしたな」


「人間は母親とそうやって遊ぶのか」


「いや、母さんの仕事が劇団員だったから、その役作りも兼ねて」


 母親の仕事柄、ことにごっこ遊びに関しては容赦がなかった。一度遊びが始まれば、劇が始まったも同然。終わりが告げられるまでその役でいなくてはならない。

 剣士役であれば剣をしごかれ、スパイ役であれば体を鍛えさせられ、王様役では所作の細かいところまで練習させられた。

 ごっこ遊びの中で最も回数が多かったのは召使ごっこで、その間は母親が主人、勇輝が召使として家事の手伝いを強要された。勇輝の家事能力はここで磨かれたのだ。


「げきだんいん?」


「えっと、お芝居する人。分かる?」


 疑問符を浮かべている弥生に勇輝が説明を加える。言語能力が不自由とは聞いたが、どうやら知っている単語の数が常人よりずいぶん少ないようだ。


「何となくは」


「もし俺が慣れてるって言うんだったら、たぶんそのせいだな」


 ごっこ遊びで使っていた剣は、重さのある小道具だったからだ。

 母親は自室に大量に小道具を持っていた。なんでも劇団が小さくて管理しきれないらしい。今でも残っている母親の部屋には様々な民族衣装や、モデルガン、剣のレプリカが散在しているだろう。


「ふむ……母が師か」


 弥生は納得したようで、剣を持ち直して大地を蹴った。


「予告ぐらいする!」


 慌てて剣を握り直し、それを受ける。連撃が放たれ、勇輝は剣を立てて顔をそらした。手への衝撃は止まることがない。手の感覚が無くなりそうだが、歯をくいしばってそれに耐える。


「剣の筋を見ておけ、目を離せば……死ぬぞ」


「はい!」


 そうして一時間ほど打ち合い、鍛錬場は汗にまみれてぐったりと地面に座り込む勇輝と、息も乱さず、汗一つかいていない弥生という、圧倒的実力差を表す図となっていた。

 勇輝はフーと息を吐いて、額の汗をぬぐうと弥生にニッと笑った。


「ありがと。いい運動になったよ」


「毎日鍛錬を積め」


「了解。ほんと弥生って強いよな、弥生の師匠って誰? もしかして親が師匠だったりするわけ?」


 剣道道場の子どもは強い、それと同じかと考えた勇輝だ。


「師はいない」


「そーなんだ。剣術一家かと思った。弥生の親……」


 ってどんな人だった? と訊こうとしてはっと口をつぐんだ。秀斗に両親のことを訊いた時に『俺たちに親はいない』と言われた。つまり、弥生もということだろう。


「親は……私が殺した」


 冷たい、凍てるような声。顔も瞳も、何の感情も映していなかった。


「いや、その、ごめんなさい」


 弥生は剣の具現化を解き、勇輝に背中を向けた。今日の稽古は終わりにするらしい。


「勇輝、私は剣の基礎を教えることはできる。だが、私の剣を教えることはできない。強くなりたければ、他を当たれ」


 弥生はそう言い残すと、颯爽と去って行った。


 如月最強の弥生に他を当たれと言われた勇輝は、砂漠に一人放り投げられたような気分になった。


(あ~、機嫌損ねたぁ)


 勇輝はあ~と呻いて空を仰いだ。弥生と近づけないかと稽古を頼んでみたが、逆に遠くなってしまった。

 はぁと重い溜息をつく勇輝は、もうしばらく休んでいこうとそよ風を身に受けていた。

 



 背後に忍び寄る影に気づかずに……。


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