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第2章の22 俺、家出する!

「ただいま~」

 

 行く時と比べればやや疲れ気味の勇輝の声が如月のホールの響く。


「おかえり。どうだった?」


 ホールには癒慰をはじめ、全員が待機していた。


「……大変だった」


 その一言に尽きるだろう。

 そして彼らの視線は勇輝の隣にいる弥生へと注がれる。


「……ちゃんと、会って話をした。服も用意した」


 やや心外そうに弥生は答えた。弥生の性格を知っている彼らは気が気ではなかったのだ。

 誰かに喧嘩を売ってはいないだろうかと。

 くしくもそれは当たったのだが……。


「無事でよかったです」


 そう和やかに笑う零華を見て、勇輝は攫われたことは言わないでおこうと心に決めた。


「あぁ。それと、暁美《あけみ》さんが帰ってくる」


「暁美さんが?」

 

 弥生がその名を口にすると、ホールは喜びの声でいっぱいになった。


「十年ぶりか……」


 めずらしく錬魔も表情を和らげている。


「……あけみさん?」


 一人事情を飲み込めない勇輝が、頭に疑問符を浮かべる。


「暁美さんってのは、龍牙隊の幹部で、俺らの後見人をしてくれてた人。ここ最近はずっと海外で活動してたんだ」


 すぐに秀斗がフォローを入れる。

 勇輝はへぇと頷いた。そしてその名前にひっかかりを覚える。


(あけみってどっかで聞いたよな……こないだやったゲームのヒロインだっけ?)


 少し考えてみるが、たいしたことではないだろうと考えを打ち切る。一度思ってみれば、ゲームのヒロインだったような気もする。


「それで、暁美さんはいつ帰ってくるの?」


「一週間後だ」


「どこに迎えに行けばいいのかしら」


「……クーコー?」


 弥生は龍牙から聞いた言葉をそのまま口にした。弥生の知識に空港はない。弥生の一般常識は深窓の姫君よりも少ないのだ。

 彼らはすぐにそれを空港と変換して、理解する。


「じゃぁ、みんなで迎えにいこうぜ」


「俺も?」


「いいんじゃねぇの? 早いとこ会っとけば」


 感動の再会に自分がいていいのか、と勇輝は少々不安になるが、決定は決定である。

 そして、この日はこれで解散となった。








 その翌日、勇輝は憤然と如月のソファーに座っていた。その隣にはリュックがでんと置いてある。

 そしてこう宣言した。


「俺、家出する!」


 時は少し遡る。

 勇輝は朝から派手な口喧嘩を繰り広げていた。相手は父親である。

 喧嘩の理由は、勇輝が寝坊したせいで朝食を作れなかったことだった。母親がいないので、家事の全てを勇輝がやっているのだ。

 いつもなら何か食べられる物を昨晩の内に作っておくのだが、昨日は色々あり、疲れた勇輝は全ての家事を明日へ回して眠りについたのだった。

 そして寝過した。

 目覚ましは父親の、飯を作れ、の催促。

 勇輝は跳ね起き支度をするが、その間にも父親の催促は止まらない。

 味噌汁はわかめを入れてほしい、あと豆腐も、目玉焼きがいい、のりは韓国のり、それと……。

 勇輝がわたわたと朝食を作っている間も、父親は後に立っていた。

 まだか、あと何分? 遅れそうなんだけど、云々……。

 勇輝が注文通りの朝食を作り、それを食べていると、父親に恨みのこもった目で見られた。


「味噌汁熱い。火傷した」


 ブチッと、勇輝の血管が切れた。

 勇輝は食卓を蹴りあげてぶち壊したい衝動に駆られるが、ここにあるのは自分が作ったご飯。そんなことできるはずがない。

 そうなれば、口が出てくるのは当然である。


「文句言うならお前が作れバカ親父!」


 勇輝はぐいっと味噌汁を飲みほし、味噌汁茶碗を乱暴に食卓に置いた。

 確かに少々熱かった。


「誰に向かってそんな口きぃてんだ?」


 父親は目玉焼きに醤油をひとかけすると、醤油さしを勇輝に投げつけた。

 勇輝はそれを受け止め、自分も目玉焼きにかけてから食卓に叩き置く。


「お前だよ。この自活能力ゼロ野郎が!」


 父親は怒りにまかせて、海苔の袋を引き裂く。


「男らしくていいだろーが! あ~あ。母さんだったら、ちゃんとした朝食を作ってくれるんだがな!」


 勇輝は目玉焼きをご飯の上にのせ、黄身を憎々しげに箸で潰して嘲笑った。


「母さんに逃げられといて何言ってんだよ! 親父がそんなんだから母さんはどっかいったんだろ!」


「違うわ! 母さんは泣く泣く俺の所から旅立ったんだ! 父さんは笑って送りだしたぞ!」


 父親は海苔巻きご飯を口にいれつつ反論する。海苔は全て消費されていた。


「毎年離婚記念日だとか言って、泣いてんのはどこのどいつだよ!」


 勇輝はご飯をかきこむ。味が足らないのか醤油をもう一かけ。


「お前には分からんのだ、父さんの愛が! 母さんは今にもどこかで死んでるかもしれないんだぞ!」


 父親は味噌汁を冷ましながら、喉奥に流し込む。


「別れた女に未練持つなんて全く男らしくないんだよ! こんなことなら俺は母さんと一緒に出て行きたかったよ!」

 

 勇輝は米一粒までかきこむと、茶碗を味噌汁茶碗の上に重ねた。

 そして両者湯呑のお茶を一気飲みし、同時にそれを置くと言い放った。


「ごちそうさま! 出ていきたいなら出ていきやがれ!」


「ごちそうさま! あぁ、出て行ってやるよ! せいぜい俺のいない間に野たれ死なないように気をつけやがれ!」




 そして、今に至る。





 勇輝は数日分の着替えをリュックに詰め、如月に駆け込んだのだった。今日の学校はさぼりだ。

 鼻息荒い勇輝の前で心配そうな顔をしているのが制服を着た癒慰と零華。面白そうに見守っているのが私服の秀斗である。


「あのバカ親父……せいぜい、俺のありがたみを思い知ればいいんだ。毎日毎日、俺が家事をやってるからって調子に乗りやがって……」


 いつになく黒い勇輝になかなか声をかけられないでいた。


「……てことで、しばらくここで世話になるから、よろしく」


 勇輝は心の毒を吐き終えると、晴れやかな顔でそう言った。


「おう。好きなだけいりゃぁいいぜ」


 楽しくなりそうだとケラケラ笑って迎える秀斗に対し、女の子二人はまだ心配そうだ。


「でも、お母さんには言っておかなくていいの?」


「そうです。心配なさるのでは?」


「いいんだよ。俺母親いないから」


 勇輝は笑いながら手を振って打ち消すと、三人がはっとしたような顔をした。


「それは御不幸で……?」


「違う違う。母親は親父に愛想尽かして出ていったんだ」


 どうしようもないよなあの親父、と再び黒いものが渦巻く。


「そっか、お前母親いねぇのか」


「秀斗たちは? すでに一人立ち?」


「私たちは両親ともにもう他界しています」


「あ……ごめん」


 勇輝は少し申し訳ない気持ちになって、目を伏せた。


「龍牙隊は孤児の保護もやってるから、こうやってお世話になってるの」


「そうなんだ、……あっ!」


 急に大声を上げた勇輝に、三人はびくっと肩を震わせた。


「秀斗たちって何歳?」


 勇輝はぜひ訊かなくては、と思っていたことを思い出した。


「ん? 俺は八十六」


「あはは、またまた~。癒慰は?」


 と勇輝が癒慰へと顔を向けると、彼女はひきつった笑みをみせていた。


「うふふふ。勇輝君、女の子に歳を聞くつもり?」


 その表情で、勇輝はその数字が事実であることを知った。


「信じられないかもしれませんが、見た目よりは五倍ほど長く生きてます」


「……そっかぁ、やっぱり」


 頷きながら、この屋敷に電化製品がないのも時代のせいかも、と余計なところまで納得していた。


「私たちの歳のことは置いといて、勇輝君の部屋を探しにいこうよ」


「部屋ならいっぱいあるじゃねぇか」


「その中からいい部屋を探すのよ」


 屋敷は二階建て、部屋の数は相当ある。部屋の趣も様々なのだ。


「あの、俺ここから近いところがいいな。迷いそう」


 それぞれに勇輝に合いそうな部屋を考えていた彼らは、それもそうだと、ホールに一番近い部屋に案内したのだった。







「うわ~広~い」


 部屋に案内された勇輝はきょろきょろとせわしなく首を動かし、感嘆の声を上げていた。

 要望どおり、ホールから一番近い部屋。ドアを開けて首を出せば、ホールの扉が見える距離だ。


「俺の部屋の二倍はある」


 家具はベッドと机のみというシンプルな部屋だが、奥にはトイレもついており、ホテルの一室のようだ。

 勇輝は靴を脱いでベッドに飛び乗り、頬を埋めた。


「やわらか~い」


 今すぐにでも寝てしまいそうな寝心地の良さだ。


「嬉しそうね」


「気にいったのなら、なによりです」


「餓鬼みたいだな」


 ベッドの上を転がる勇輝を見ながら、孫を見る老人のような心境になっていた。

 そしてリュックから出ている剣に気がつく。さっき勇輝がリュックを投げ置いた時に飛び出たのだろう。


「そういやぁさ、お前弥生との対決どーすんの?」


 剣を見て、そのことを思い出した秀斗が勇輝に声をかけた。

 勇輝はぴたりと動きを止めて、飛び起きた。


「……やばい、忘れてた」


 弥生に勝って、自分の存在を認めさせる。

 そう言ったのは一昨日のことだ。


「剣でやんのか?」


「まさか……俺そこまで馬鹿じゃない」


 あれほどの力を見せられれば、挑戦しようとすら思わない。死にたいですと言っているようなものだ。


「じゃぁどーすんだよ」


「う~ん。弥生ってなんか弱点とかない?」


 やはり強い敵に立ち向かうには弱点を責めるべきだと、後ろめたい気持ちをごまかしながら訊いた。


「弱点? 性格かしら」


 さらりと零華は答えるが、それは弱点ではなく欠点だ。


「言語能力かな。話が噛み合わないことも多いし」


「弱点があっても弥生は可愛い」


 一人色ぼけが入った。


「……どこで勝てと?」


 勇輝は彼らのアドバイスを諦めて、ベッドの上から下りた。

 おもいつくかぎり勝負していくしかなさそうだ。


(スポーツで俺が得意なのってなんだっけ?)


 色々な部活を覗いたことはあるが、どれも二か月ほどで飽きてしまい、どれも基礎どまりだ。


「では私たちは学校に行きますね」


「二人はどうせさぼりなんでしょ?」


 と制服の二人はあきれ顔だ。


「あ、ごめん。時間とらせちゃって」


「いいのよ。じゃ、また後で」


 ドアが閉められ、部屋は静かになった。秀斗はまだ何か考えているようで、腕を組んでいる。



「勇輝……寝込み襲いにいくか?」


「誰が行くか!」


 秀斗の言葉に、まともに考えなければと、危機意識を持った勇輝だった……。








 そして時は過ぎ、夕方。

 勇輝は台所にいた。だが台所というのは、勇輝の家では、という意味で、そこは厨房だった。

 部屋の大きさが違えば台所の大きさも違うのか、と驚きをとおりこしてもはや感心してしまう。

 勇輝は鼻歌交じりに鍋をかき回す癒慰の隣で野菜を切っていた。

 

 暇だったので目印をつけつつ屋敷を探検していたら、癒慰が調理している現場に行き合わせたのだ。料理は勇輝の得意分野。暇つぶしをかねて、手伝いを買って出たのである。


「勇輝君って料理上手なのね」


 勇輝の慣れた手つきを見て、癒慰が感心する。


「癒慰がいつもご飯作ってんの?」


「ううん。零華ちゃんと交代制。他の人は色々と危ないから」


 弥生は料理ができないのか、と勇輝は頭の中のメモに書きつける。弱点を一つ見つけた。


「うん、おいしい」


 癒慰は味見をして、それをお皿に盛りつける。お皿の数は四つ。勇輝は首をかしげた。


「二つ足りなくない?」


「いいのよ。錬魔君は研究してるみたいで声かけても返事がなかったし、弥生ちゃんは食べないから」


「なんで? こんなにうまそうなのに」


「う~ん。なんていうか、小食? 偏食? 絶食? みたいな感じで、ほとんど食べなくても生きてられるし、食べても果物だけなのよね」


 勇輝は再び頭のメモに弥生は好き嫌いが多いと書き込む。


「アレルギーとかあんのかな」


「ないと思うわ。昔あまりにも食べないんで、心配した錬魔君が無理やり食べさせてたことあるもの」


 だが弥生は味が気に入らなかったのか、食後の運動のように荒れまくった。それが数回続き、弥生の健康問題よりも屋敷の被害の方が大きいと、弥生の食事問題は放置されたのだ。


「ふ~ん。じゃぁ俺、秀斗を呼んでくる」


「じゃぁ私はこれを食堂に運んどくね」


 勇輝は厨房から出て秀斗の部屋に向かう。秀斗の部屋の位置はすでに覚えていた。

 そして秀斗を誘い、長い机のある食堂で夕食を食べたのだった。

 薄暗くなりつつある夕暮れ時、夜がゆるゆると如月に迫っていた。






 勇輝はお風呂に入り、ホールでほっと一休みをしていた。風呂と言っても大浴場だったわけが……。

 そして風呂上がりにと、秀斗とともに牛乳を飲む。背が伸びるようにと、気づいた時には飲むようにしているのだ。

 時計があるのはこのホールだけで、その大きな時計によれば、十一時を少し回ったところだ。

 勇輝がそろそろ寝るかと思った時、一つのドアが開いた。そして入って来た人物に目を見開く。


「え、誰?」


 入って来た長身の男は、腰まである長髪で、まだ濡れているのかルビーのように赤い輝きを放っている。そして彼が着ているのは浴衣で、それが不思議とよく似合っている。

 勇輝の呆けた顔を見たその男は、眉を吊り上げた。


「なぜいる?」


「え、錬魔?」


 不愉快そうな低い声は間違いもなく錬魔ものだが、容姿が昼間と全く違う。昼間は普通の髪の長さだ。


「へ? 髪伸びた? まさかこれが夜の姿とか?」


 錬魔の変化とも言える変わりように、動揺する勇輝を見て、秀斗は吹きだした。


「ちげ~よ。もともと錬魔は髪がなげぇんだぜ? お前錬魔の後姿みたことねぇのか? 昼間は後ろで束ねて垂らしてんだ」


 錬魔の髪は襟足だけ長く残してあり、あとは短く切りそろえられている。ひとたびそれを解けば、混じりあって見事な長髪になるのである。


「すげぇかっこいい。でもなんで和服?」


「なんか錬魔の故郷の服装に似てるんだとよ」


 その問には秀斗が答えた。


「で、なぜお前がここにいるのかと聞いているのだが?」


「へ? 家出したから」


 錬魔は大変嫌そうな顔をすると、寝ると短く吐き捨てて開けたドアから出ていった。


「おやすみ~」


 自分の存在に慣れてもらおう作戦実施中の勇輝はこれぐらいではめげない。


「俺も寝よ」


 勇輝はあくびをしながら、自室へと戻っていった。


「おう。おやすみ」


「おやすみ~」



 そして勇輝はふかふかのベッドに入るやいなや、夢の中へと旅立った……。






 実は髪が長かった錬魔。

 そう、これが書きたかったんだ! 作者の趣味が100パーセントつまった彼。

 主人公周辺に長髪が一人はいて欲しい、でも学生が長髪とか、現代もので長髪とか……いやや。とか思い、普段は普通の長さってことで落ち着きました。

 

 実は彼が長髪だという伏線があったのですが、それはどこでしょう?





 答えは第2章の13 最後の文です。

 

 ではまた次回。

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