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第2章の21 迅速の舞、綾覇

 

 地球が傾いたのだと思った。ゆっくりと景色が傾いていく。地に足をつけている感覚がなくなって、人類滅亡の文字が頭の中で点滅する。予言も何もあったものじゃない。

 世紀末、予言が外れて、恐怖を返せと叫んだ自分を思い出す。

 そして外れたことに心底ほっとしていた。だがこんなことなら当たった方がましだ。


(不意打ちとか、卑怯じゃん)


 だが、次に勇輝の目に映ったのは暗黒でも、隕石衝突による炎でも衝撃でもない。

 勇輝の目に映ったのは、高速で流れる風景だった。相変わらず向きは横のままだ。


「おわっ」


 一瞬体が宙に浮いて、今度は腹の辺りに圧迫感を感じ、靴が見えた。どうやらこちらが下らしい。

 ここまできて勇輝はなんとなく状態が掴めてきた。


(なるほど、気を抜いたら攫われるのか)


 勇輝は零華に言われた言葉の意味を理解した。

 しかも相手は片腕で支えられるほど力のある男だろう、と勇輝は推測する。小脇に抱えられるなんて経験はそうあったものではない。

 案外冷静なのは、昂乱に攫われ空を飛んだ勇輝にすれば、これくらいの誘拐は物の数にもならないからだ。

 走っているようで、小刻みに振動が伝わり、靴が視界を出たり入ったりする。


(よし、男の顔を見よう)


 勇輝は興味心で首を巡らせた。

 しかし、男の顔を見ることはできなかった。

 頬にあたる障害物、その感触はムニュッという表現がよくあっている。

 勇輝は首を元に戻して、自分が攫われている図を頭に描く。

 

 俺は小脇に抱えられている。つまり俺の頭は相手の腹の辺りのはずだ。

 そこから上に顔を上げると障害物があった。

 つまりそれは…………胸? といことは、今俺を攫ってるのは女?

 

 そう結論付けると、勇輝は決心した。


(よし、逃げよう。女からなら逃げられそうだ)


 勇輝は水から揚げられた魚のように暴れだした。


(男勇輝! 黙って攫われてたら不良の名が泣くぜ!)


 だが勇輝は、女の中には例外もいることを、身近によい例がいるにも関わらず、忘れていた……。


「わっ、ちょっと、暴れない! 絞めるよ!」


 はりのある声で一喝され、勇輝はびくりと身を震わす。強気な女性のようだ。

 そして逃がさないようにとさらに強く引き寄せられ、頬に柔らかいものが当たる。


「ぎゃぁ! ダメ! 放して~!」


 勇輝の頭は沸騰寸前。しばらくは手足を動かしていたが、やがてゼンマイが切れたように動かなくなった。

 勇輝、胸に負ける。

 不良にあるまじき、情けない負け方だった……。







 しばらく運ばれると、前方に大きな扉が見えてきた。首を起してよく見ると、死堅牢と同じ造りだ。 オブジェに刻まれた文字は、運び手の走りが速すぎて見ることはできなかったが、うっすら二の文字が見えたきがした。

 扉の隙間から入ると、わっと音が押し寄せる。男の掛け声、金属のぶつかり合う音。

 廊下には人もいたが、誰も勇輝に視線を向ける者はおらず、剣を持つ男たちの合間を抜けて、勇輝は一つの部屋で下された。

 

 勇輝はぼーとする頭で部屋を見回す。

 広い部屋で、壁には様々な武器が立てかけられている。剣の数が多いが、槍や鉄球まである。


「ようこそ。鎌堂二《れんどうじ》、朧月夜《おぼろづきよ》へ」

 

 女は誘拐などなかったように、カラリと笑った。赤いショートカットのいかにも勝気そうな女性だ。 弥生と同じ羽織を着て、その服は胸を強調したデザインとなっている。

 彼女の大きな胸を……。


「私は綾覇《あやは》。この朧月夜のリーダーを張ってるのよ。よろしくね」

「あ、俺は春日勇輝です。新しく如月に入りました……えっと、よろしくお願いします」

 

 雰囲気に押され、誘拐理由を問い詰めるのも忘れて自己紹介をしてしまう。

 そして勇輝は彼女の羽織に気づき、会釈して逃げるなんて無理だろ、と思った。


「知ってるわ。あんた牙軍でも有名だもの」


「え、有名?」


「うん。あのへそ曲がりの弥生に認められたたった一人の人間ってね。どんな男かと思えば、可愛い男の子じゃない」


可愛いのフレーズに反応しかけたが、殺されたくないと踏みとどまる。


「ねぇ、どうやってあの子に認めさせたの?」


綾覇は興味深々と勇輝に質問する。


「どうやってって……成り行きですかね」


彼女たちち出会うきっかけは彩だった。それからのことは色々なことがありすぎて、説明ができない。


「ふふふ、そんなあんたが攫われたと知ったらあの子、どういった反応を見せてくれるかしら。殴りこんでくれないかな」


 うふふと魔性の笑みを浮かべる綾覇に、背筋に冷たいものを感じた勇輝だった。


(この人絶対弥生と同じ戦い好きのタイプだ)


 勇輝は綾覇からすっと目を離し、壁の剣を眺める。

 彼女の体の真ん中にある兵器を見ていると、嫌でも先程の感触が蘇り、挙動不審になってしまう。


「剣に興味があるの?」


「あ、いえ。すごい数だなと思って」


「こんなの序の口よ。奥がコレクションルームになってるの。見る?」


「はい。見させてもらいます」


 断れるはずのない勇輝は綾覇について奥の部屋に入る。そしてその景色に圧倒される。


「すげぇ」


 壁を覆い尽くす剣の数々。それは大小様々で、時代はもちろん、国を越えて集められていた。遺跡から出土したようなものもあれば、宝剣のようなものもある。

 たいした剣マニアだ。


「これを集めるのに何年もかかったんだから」


 自慢のコレクションを褒められた綾覇は得意そうに説明した。


「あれは秦王朝ので、あっちはローマ王の宝剣……あ、これはグルシードの剣、伝説の剣闘士の愛剣よ。弥生のコレクションから頂いたの」


「弥生も集めてるんですか?」


「そう。以前勝った条件で入らせてもらったけど、ムカつくぐらい持ってたわね」


 綾覇はその時のことを思い出したのか、少し不満そうな顔になる。


「え、弥生に勝ったんですか?」


「当たり前じゃない。剣の腕は私の方が上よ」


 勇輝は勝ち誇った笑みを浮かべる綾覇に畏敬の眼差しを送った。

 弥生が最強だと思っていたが、上には上がいるものなのだ。


「そうだ。お近づきの印に、一つ剣をあげる」


 唐突な申し出に、勇輝は慌てて首を横に振った。


「いいです。俺、弥生から剣もらってるんで」


 正直、ここにある曰くつきの剣なんて持てない。豚に真珠の話どころではないからだ。


「へ~、弥生が剣を……見せて」


 綾覇の目がすっと細くなり、纏う空気が鋭敏なものに変わる。


「あ、今は持ってないです」


 と慌てて勇輝は手を上げて丸腰をアピールする。だが綾覇は気にする様子もなく、勇輝に近づく。


「クスッ、そんなの関係ないわ」


 綾覇は怪しい笑みを見せて、勇輝の胸に手を置いた。そのまま少し力を入れると、その手は勇輝の胸の中に入っていく。まるで吸い込まれるように滑らかに。


「え? ……ぎゃぁぁぁぁ!」


 剣のぶつかる音が響く夕方、朧月夜に絶叫が響いた……。











 時は少し遡り、裏技術研究所では、匠が命の危機を迎えていた。


「言い残すことがあれば聞いてやろう」


「ナース服着てみない?」


「死ね」

 

 見せたいものがあると言われ、奥の部屋に入った弥生は、可愛らしい小物かつ、武器などの実用品を見た。

 匠はそのうちの二三の武器を手にとって、勧めたり、使えるかどうかを訊いたりした。

 彼の発明品を使用し、評価していたのは昔から弥生を含む如月だったからだ。そのおかげで使用者も使用された者も迷惑を被ったこともある。

 そうやって武器を談じているうちはよかった。

 

 しかし、人間の本性というのは隠しきれないようで、匠は主に変装用に置いてある服の中から一着を取り出して、


「これを着てくれないかい?」

 

 と爽やかに弥生に勧めた。

 その手に握られているのは魔女っ子セット。

 返事は、弥生の掌に出現した光の玉だった。

 それを弥生は無言で投げつける。


「そんなものくらうか! 見ろ! 俺の発明千五十一号、匠の盾!」


 匠は後ろに立てかけられていた盾を掴んで防御した。弥生の攻撃も見事に弾く。

 これにはさすがに弥生も目を見開く。


「相変わらず最悪の名だが……おもしろい」


 弥生の闘志に火をつけてしまったらしい。

 弥生は先程より大きな玉を作ると、今度はそれを己の覇動で飛ばす。速さはざっと十倍だ。


「効かん、効かん!」


 匠は高笑いをして悦に入る。だがそれが弥生を本気にさせてしまった。


「弥生ちゃん。メイド服は?」


 匠は調子に乗って、メイド服をひらひらと弥生の前で泳がせる。

 弥生は月契を抜き、薄く笑った。


「殺す」


 弥生が剣を抜くがいなや、匠の盾は真っ二つにされ、あっけなくその切っ先を目の前に突き立てられたのだった……。







「ほら、俺はちょっと今の服じゃ地味かなってさ。女の子は着飾ってなんぼだしね?」


 冷や汗を流しながら匠は必死に弁明する。

 久し振りの再会にはめを外し、弥生の隊内三指に入る実力と、冗談が全く通じないことを少し忘れていた。

 弥生はしばらくその態勢のまま動かなかったが、やがて剣を納めた。


「……お前を斬ると癒慰が怒るからな。帰る」


 そう宣言するなり踵を返し、弥生は部屋から出ていった。

 匠は助かったと胸を撫で下ろした。


「彼の服は出来次第届けるね」


「あぁ。武器を早く頼む」


 弥生は振り返らずにそれだけを言い、その部屋を後にした。

 武器が飾られている部屋に戻り、弥生は勇輝の姿を探した。だが、どこにもいない。

 研究所の外にも目をやるが、そこにも姿はない。

 弥生は部屋で突っ立っていた少年に目を止め、声をかけた。


「おい。小さい男の子を知らないか?」


 呆然としていた少年は、ややあってゆっくり弥生の方を向いた。その顔は青ざめている。


「あ、あの……き、消えました」


「は?」


「急に、風が吹いたな、と、思ったら、いなくて……風が、赤くて……いや、赤い風?」


「赤い、風」


 弥生は動揺している少年には目もくれず、短く舌打ちをすると、走り出した。

 その脳裏にかつて自分を負かした女の顔がよぎる。


(あの女……)


 銀の髪がなびき、廊下を歩く隊員は皆一様に振り向く。綺麗な人、と口々にもらし、牙軍の方かしらと記憶をさぐる。

 その中の誰もが、道を、脅しともいえる方法で訊かれる時がくるとは思ってもいなかっただろう。








 弥生が全力で朧月夜の場所を探している頃、勇輝は激しく動揺していた。

 自分の胸に、他人の腕が入っているのである。今までどれほど非現実的なものを見ようが、それはあくまで他人の身に起こっていることだった。だがこうして自分の身に起こると、感嘆できるはずがなかった。


(俺、このまま心臓掴みとられて死ぬのかな)


 昔読んだ漫画のワンシーンが目に浮かぶ。

 不思議と痛みは感じない。だからといって、恐怖感が減るわけでもない。

 綾覇の手がゆっくり勇輝から抜けていく。


(あぁ……心臓とご対面かな)


 しかし、綾覇の手に握られていたのは心臓ではなかった。硬質な、剣の柄。


(え、剣?)


 傍から見れば、今しがた剣で胸を一突きされたようにも見えるが、実際はその逆、剣が体から出てきているのだ。

 柄が全て出たところで、綾覇は一気に抜いた。

 勇輝は奇術のような現象を見届け、床にへたりこんだ。膝が言うことをきかない。


(俺、体の中に剣を持っていたのか?)


 綾覇は勇輝から出た剣を、検分するように隅々まで見た。


「へ~。なかなかいいやつじゃない」


 勇輝はその様子を見上げ、気づく。


「それ……俺の剣」


 勇輝から出てきた剣は、間違いなく弥生がくれたものだった。


「ふふっ、驚いた? 私の能力って、身体強化の方が有名だけど、実はこういう小技もできるのよ?」


 綾覇の能力はその体の身体能力を極限にまで高めるもので、そのスピードと剣の才によって、隊内一の剣の使い手と呼ばれている。だがこの能力のことを知る者は隊内においても少ない。


「相手の体に触れれば、その人に関係するものを呼び出せるの。まぁ、実践では全く役に立たないんだけどね」


「……心臓に、悪いです」


 綾覇はいたずらっぽく笑うと、立てない勇輝に合わせてしゃがんだ。


「ふ~ん。弥生はけっこうあんたのこと考えてるみたいね」


「え?」


 綾覇は鞘から刀身を抜いて、それに手を添えた。


「うわっ、危ないですって!」


「大丈夫。刃は潰してある」


 綾覇の言うとおり、全く切れていないらしい。


「これは守り刀ね。元が何かはわからないけど、けっこういい剣を潰してる。強度も素晴らしいわ」


 綾覇が刀身を爪ではじくと、甲高い音が空気を震わした。透明な澄んだ音だ。


「こういう剣は、相手の剣戟から身を守るために使うの。いわば盾の代わりね。攻撃する時は殴る。まぁ、これくらいなら頭蓋骨陥没程度かしら」


 綾覇はためしにそれを振ってみた。ヒュン、と空気を切り裂く音がする。


「うん。邪念もないし、いい剣よ」


「邪念?」


 気になる単語に勇輝が訊き返した。


「そう。強い剣にはね、邪念が宿るの。刀鍛冶の念だったり、殺された者の恨みだったりね。そういう剣は人を狂わせ、殺人鬼にしてしまうの。……ぞくぞくするくらい素晴らしい剣よ」


 真剣に聞いていた勇輝は、最後の一言に剣マニアの真髄を知った。そしてある結論に達する。

 この世界から剣が消えれば、女の子は可愛らしいままでいるのではないか、と。


(いや、弥生が可愛くないとか、綾覇さんが女の子らしくないとか、そういうわけじゃないんだよ?)


 勇輝は誰に向けてでもなく、心の中で言いわけを始める。


(でもさ、剣がなかったら世界は平和で、女の子はふわふわと生きていけると思うんだ。弥生がトゲトゲしてるとか、そういうわけじゃないよ? ないけど……)


 ぐるぐると考える勇輝だが、妙な音が聞こえた気がして顔をあげる。

 綾覇はすっと笑みを消してその音に集中する。

 聞こえているのは男たちの声だ。しかしさっきまでの規則正しい掛け声ではない。不規則に上がっては消えていく、その内容もぎやぁぁ、やら、うがぁぁ、と穏やかではない。


(うわ~これ、もしかして)


 勇輝はここ最近の命中率百パーセントの嫌な予感を感じる。

 勇輝が攫われても助けを願わなかったのは、こうなると予想していたからかもしれない。


「あ、弥生が来たね」


 頭を抱えそうな勇輝に対し、声が弾む綾覇。

 その目はドアに注がれている。

 そしてほどなく、そのドアは荒々しく開かれた。








 現れた弥生はあくまで無表情。だが、勇輝には背後に鎌を持った死神が見えた。


「勇輝から離れろ。さもなくば、殺す」


 静かに告げる弥生から見れば、勇輝が綾覇に脅されていると見えなくもない。

 飛ばされる殺気から誤解を察した勇輝は慌てて弁解する。


「違うって、これは俺の剣を綾覇さんが見てくれて、それでいい話も」


「勇輝。こちらに来い」


 弥生の峻烈な言葉に、勇輝は背筋をピンと伸ばして、綾覇から剣を受け取り弥生の傍へと駆け寄る。


「その、弥生。俺大丈夫だから、もう少し表情を柔らかく……」


「ふふん、相変わらず無愛想ね、弥生。そんなんじゃそのぼうやに逃げられるよ?」


 綾覇はすっと立ち上がって、口角を上げる。

 その目は獣のようにらんらんと光っていた。


「だまれ、貴様に……あ?」


 苛立ちながらも首を傾げる弥生に、綾覇は得意そうに胸を張った。


「どう? 気付いた?」


「この間会ったときは平原だったと記憶しているが……」


「これが十年の重みよ」


 綾覇はびしっと弥生を指さし、ご満悦のようだ。


「あんたたちが亀みたいな歳の取り方してる間に、私はこんなに成長したのよ? どう? 羨ましいでしょ?」


「誰が、三十路を越えれば女は終わりだ、そうだな」


「なっ! 私はまだ二十九よ! それならあんたたちは私の何倍生きてると思ってるのよ! ふんっ、どうせこの胸に嫉妬してるんでしょ?」


 弥生は盛大に鼻で笑った。


「そんなものはいらない」


「あら? でもそこのぼうやは好きみたいよ? ね~勇輝くん。私の胸に顔を埋めてきたもんね」


 勇輝は先ほどの感触を思い出して、真っ赤になる。弥生の無言の視線が痛い。


「違う! 弥生、これは不可抗力で……」


「勇輝くんだって大きい方がいいよね~」


 勇輝は綾覇の背後に虎が見えた気がした。

 かたや弥生は無言で圧力をかけている。


「あ、いえ、俺は、大きくても、小さくても、あ~~! 男の俺にそんなこと訊かないでください!」


 耐えられなくなって勇輝は叫んだ。心臓が口から飛び出しそうだ。


「勇輝はそんなことどうでもよさそうだが?」


「うふふ、照れてるのよ」


「ふん、そんなもの、戦いにおいては邪魔なだけだ」


「あら? じゃぁ試す?」


「望むところだ」


 弥生が月契を鞘から抜いた。綾覇は手近にあった剣をとり、刃をむける。


(あ~あ)


 勇輝は壁際へと後退し、ひとまず自分の安全を確保する。ひとまず見物を決め込むらしい。

 今回自称平和主義の勇輝が止めようとしなかったのは、二人のノリが不良のものに似ていたからだった。

 つまり、

 よう、しばらくぶり。

 おう、元気だったか?

 からの殴りあいだ。彼らなりの手合わせである。


「行くわよ」


「来い」


 言うなり、綾覇の姿が消えた。部屋の中に風が巻き起こり、赤い残像を残していく。

 弥生はその中で動かずに、気配を探っていた。


「すげぇ」


 どうりで誰も視線を向けないはずだ、と勇輝は一人納得する。

 これだけ早ければただ風が吹いたようにしか見えない。

 

 勇輝は自慢の動体視力で二人の対戦を見る。

 漫画に影響され、俺ボクサーになる、とジムの門を叩いたのが二年前。入るなり、動体視力のみ神童と言われ、選手たちのパンチを避けまくった。

 しかし、お前体小さいからな……、の一言で勇輝は夢をあきらめた。夢見た三か月で勇輝が得たものは、動体視力に対する自信と、わずかな筋力という悲しい思い出がある。

 

 突如空間から綾覇が現れ、弥生に斬りかかる。弥生は即座に反応し、剣で受けながす。


「へ~、やるじゃない」


「いくら早くても、斬りかかる瞬間がわかれば十分」


 再び綾覇は消え、今度は弥生も動いた。駆けながら、剣を打ちあい、飛びずさる。

 弥生も早いがまだ目で追える範囲だ。

 金属がぶつかる音が響き、二人は近づき、また離れる。弥生が斬りかかったところに綾覇の剣があり、綾覇が斬り上げたところに弥生の剣がある。見事にかみ合った剣技だ。


(あ、壺が割れた)


 部屋の隅に置いてあった高級感あふれる壺は見るも無残な姿になり、


(あ、窓……)


 窓のそばで二人が打ち合えば、剣圧で窓が吹き飛んだ。

 それほどの被害の中、壁にかかっている剣だけは無傷である。


(さすが剣マニア)


「ふ~ん、この十年で強くなったってわけじゃないみたいね」


「お前は弱くなったんじゃないか? 歳には勝てないな」


「うるさい!」


 再び剣戟が続き、部屋はさらに無残な姿になる。

 いつ止めようかと思案していた勇輝は、人の気配に気づいて後ろを振り向いた。


(……ん?)


 いつのまにか戸口には人だかりができていた。よく見れば窓にも人が群がっている。

 これだけ派手にやりあえば人を呼び寄せるのも当たり前だが……。


「弥生~」


 ひとまず呼びかけてみる。もちろん聞こえるはずがない。

 勇輝は辺りを見回し、おもむろに近くの壁にかかっていた剣を掴むと、自分の剣と打ち合わせた。


「お~い。そろそろ帰ろーよ」


 要領はフライパンとお玉だ。耳障りな金属音に、二人は足を止めた。そしてギャラリーに気付く。


「なんだこいつらは」


「あらみんな……気づいちゃった?」


 ギャラリーは口々に綾覇さんが綾覇さんがと騒ぎ立てる。


「ちっ、この人だかりではやりにくいな」


「そうね。日を改めましょ」


 二人は休戦に合意し、剣を鞘に収めた。


「帰るか、勇輝」


「りょーかい」


 弥生はくるりと綾覇に背を向け歩き出す。

 その背中に綾覇の思い出したような声が届いた。


「そうそう。秀斗は元気?」


 弥生が同胞の名に振り向いた。


「秀? お前と何の関係がある」


「あら……やきもち? ちょっとタイプなだけよ」


「趣味が悪いな」


 そして前を向きなおり、ドアを塞ぐ人だかりに目を止めると、


「どけ」


 と短く命令する。


「はい!」


 威勢のいい返事とともに、人が通れる道が出来た。さっきの闘いから逆らわない方がよいと判断したらしい。

 弥生はその中を悠然と歩く。


「ぼうや。如月が嫌になったらいつでもおいで?」


「……いえ、俺は如月にいるのが楽しいんで。ではまた」


 勇輝も和やかに返して弥生の後に続いた。



「もぅ。如月ったら、ガードが堅いんだから」




 綾覇の呟きが、二人に届くことはなかった……。









 長い廊下を歩いている。如月に帰るはずだが、一向に見知った風景にならない。

 これほど広いのだったら、廊下に案内をかけておくべきだと、勇輝は一人龍牙隊改造計画を練っていた。

 ちらりと隣を歩く弥生を見て、気になっていたことを聞いてみる。


「あのさぁ弥生。弥生って今何歳?」


「歳? 八十六だが?」


「あ、そうなんだ」


 当然のように答えられたその数字を、勇輝は見た目で割ってみる。


(俺が今十七だから……ざっと五倍?)


 弥生はそれ以上訊いても答えてくれそうにないので、ひとまず勇輝はそこで打ち切る。


(なんとな~く、時代を感じた事はあったけど、ほんとに長生きしてたんだ)


 人間で言えばとっくにご老人だ。

 勇輝は少しおかしくなって小さく笑う。

 二人は果てしない廊下を如月に向って歩いていた。


一番長いんじゃないの? ってくらい長くなった。


神名の裏話的なもの


 リストラから正社員へ!


 匠のことです。

 彼は最初の設定では如月の隊員でした。武器専門の職人なのは変わってませんが……。

 大規模なリストラで彼もさよならをしたのですが、新たに小隊をつくっていると、武器屋がないことに気づく。

 う~ん。ここは匠かな。

 と、所長に格上げされての復活です。おめでとうと言っておきましょう。



 しかし、少々暴走しすぎたか?

 匠は普通の職人だったはずだし、綾覇は高飛車な女って設定が、両者ともにちょっと変人になってますね。

 まぁ、それぐらいじゃないとあそこじゃやっていけないんでしょうが……。

 二人ともいい歳してるから、次でるときはもうちっと自重してもらいますか。

 次あるか……わからないけど。



 では、また次にお会いいたしましょう。

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