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第2章の20 匠のお仕事

久しぶりに筆が進んだ。

 再びひそひそ声の中を二人は進んだ。隊長に挨拶したことはすでに広まり、時々、ようこそうちの隊へ、などと声をかけられるようになっていた。

 弥生は相変わらず無言で、勇輝は会釈を返しながらついていく。

 そして隊員を注意深く見てみると、隊員服にも種類があるようだった。

 一番多く見るのが、無地に線が入ったタイプ。

 時たま、胸に紋章をつけた隊員もいた。

 弥生の胸にある紋章とはまた違う文様だ。


(俺知らないことばっかだな。後で聞いてみよ)


 弥生に訊いても答えてくれなさそうなので、秀斗あたりにするかと検討をつけておく。

 進むにつれて、今度は人が少なくなってきた。

 そのかわり奇妙なオブジェが多くなる。石像があればブロンズ像がある。人を形どったものや、神話の生物、もはや名のつけようのないものまである。その間隔は徐徐に狭まり、その大きさは徐々に大きくなり、廊下は人一人が通れるほどの広さになった。

 そして急に廊下は開け、新たな建物が続いていた。上にかかる看板には、裏技術研究所と書いてある。


(裏技術研究所?)


 怪しいことこの上ない建物へ、弥生は迷うことなく入っていった。勇輝は裏、ってなんだ? と思いながらついてく。

 開け放たれたドアから入ると、そこは隊長室と同じような広間だった。回りには武器や、用途不明の物体が置いてある。どうやら展示室のようだ。

 そこを抜け、次の部屋に入るとそこも広間だった。さっきの部屋ほどではないがここにも武器が飾られている。


「あ、こんにちは。何か御用ですか?」


 その部屋で飾り物の手入れをしていた少年が尋ねてきた。歳の頃は勇輝と同じぐらいで、白衣を着ている。顔が理系だ。


「匠はいるか?」


「所長ですね。今お呼びします」


 少年は早足で部屋の奥へと消えていった。


「……所長?」


 呟く弥生の隣で、勇輝は匠が人名であることに気がついた。

 奥の部屋に入った少年は作業台の上で人形を作っている所長へと近づいて行った。

 その肩を叩いて来訪者を告げる。ただ呼びかけただけでは集中状態の所長を現実世界に呼び戻すことは不可能だ。


「俺に客? 今は忙しいから後にしてくれないか?」


「それが、どうやら牙軍の方のようです」


「癒慰かい?」


「いえ。銀髪の美しい女性です」


「……銀髪?」


 男はしばらく記憶を漁り、ややあって立ち上がった。頭を掻きながら戸口へと向かう。


(銀髪美人ちゃんねぇ)


 そして彼が見たのは、話どおりの銀髪の美人だった。




「うわ~もしかしなくても弥生ちゃんかい? 十年ぶり。美人になったねぇ」


「匠、か? そうか、十年……お前所長になったのか」


「そ、けっこう出世したでしょ」


 そう言って笑う男は三十代前半、髪はぼさぼさで着ている服もしわがよっている。そして何日も寝ていないのか目の下にはくまが出来ていた。彼がこの裏技術研究所の所長である匠だった。


「君は、とういうか君たちはほとんど歳をとってないみたいだけどね。あ、でも少し成長したかな?」


 と顎に手を添えて匠は弥生をまじまじと見る。

 しかし注がれる視線は全体でも顔でもなく、顔の少し下、胸であった。

 その視線を明確に感じ取った弥生は月契に手をかけた。


「冗談冗談。で、今日は何の用?」


 弥生は柄から手を離すと要件を切り出した。


「まずは武器を作ってもらいたい」


「武器?」


「麻酔銃だ」


 匠は顎をさすりながら考えるそぶりをみせる。


「型は拳銃。軽い方がいい。弾倉は複数に分けて、個別に取り外せるように。それを六つ頼む」


「職人殺しの要求だね。俺が人のくくりに入ってること知ってる?」


「一応だろ? 一週間不眠不休で動ける奴を人間とは言わない。それで、やってくれるのか?」


「麻酔銃ってのに惹かれるからね。なかなかいい目のつけどころだ。他には?」


「あと隊員服が欲しい」


 匠は弥生の隊員服を上から下まで見た。目には非常に嬉しいが、寒そうである。


「そうだね。生足は惜しいが、レギンスなんかどうだい? いや、タイツも捨てがたいか」


「いや、私ではなく勇輝のだ」


「ゆうき?」


 匠に首を傾げられて初めて、弥生は隣に勇輝がいないことに気がついた。

 部屋を見回してみるがいない。

 いつからだと思い返すが、会話をしていなかったので全く分からなかった。


「もしかして、さっきから向うの部屋でうろうろしている男の子かい?」


 そう言われて弥生が後ろの部屋を見ると、勇輝は壁の武器に目を輝かせていた。隣で先ほどの少年が説明をしている。


「勇輝、離れるなと言われただろ」


 その声に勇輝は弾かれたように弥生を見た。あ、と呟き慌てて駆け寄る。そして部屋にいる匠と対面した。


「君があの少年か。昂乱で協力したとか言う……へぇ、可愛いね。俺のとこにこれば、毎日楽しめるのに」


 にこにこと人当たりのよさそうな笑顔を向けているが、言葉の最後は怪しいものを含んでいた。


「もしかして匠さん?」


「そうだ。裏技術研究所の所長で、小女趣味のセクハラ変態親父だ……と癒慰が言っていた」


 弥生の言葉で心がえぐられた匠は笑顔をひきつらせた。


「ひどいよ癒慰ちゃん。お得意様だからいろいろよくしてあげたのに」


「毎回変な服ばかり作るからだ」


「君のその服も僕がデザインしたんだけど?」


 匠は恨みっぽい眼差しを弥生に向け、その後勇輝を査定するような目で見た。


「まぁいい。で、この子の服が欲しいわけか。う~ん。メイド服なんてどうかな」


 あまりに匠の顔が真剣だったので、勇輝は言葉の意味を理解するのに時間がかかった。


「なんでもいい。それにしてくれ」


「ちょっと待った! メイドって何? てか弥生メイド服って何か知らないだろ! お願いしますから普通のにしてください。他のみんなが来てるのと同じのにしてください!」


 脳内回路がつながった勇輝は早口でまくしたてた。これを秀斗が言おうものなら問答無用でぶん殴っていただろう。


「それは無理。あれは普通の隊員服だからね。君は牙軍の小隊に入るわけだから、あんなの着せられないよ」


「へ?」


「もしかして何も説明されてない?」


「はい。まったく」


 匠はそうかそうかと得意げな顔で頷いた。


「よし、では俺が説明しよう」


 そしてわざとらしく咳ばらいをすると、胸をはって説明を始めた。


「まず、弥生ちゃんのような能力者は牙軍と呼ばれ階級をもらうんだ。それが四剣琅で、その下にある小隊が如月だ。どの小隊でも入れる人は優秀な人間のみ。だから普通の隊員とは違う隊員服になるってわけ」


 新入隊員への説明というレアイベントをクリアした匠は大得意になっていた。

 それを見た弥生が何を思ったか小指の爪ぐらいの光の玉を指ではじいて匠へと飛ばした。


「ん?」


 匠の額に当たると、小爆発を起こした。ぼさぼさだった頭が見るも無残な形に変わった。

 絶妙な力加減だ。


「ちょっと弥生、何してんだよ!」


「確かに私はこいつに隊について教える気はないが、お前に説明されるのは死堅牢としてのプライドが許さない」


(理由になってないって……)


 匠は頭についたすすを払って


「すいませんでした。すこし舞い上がりました」


 と大人しく頭を下げた。


「さっさと勇輝の服を作ってくれ」


「了解。なるべく可愛いものにするから……脱いでくれるかい?」


 勇輝はその瞬間全身鳥肌がたった。


「サイズとかと測らせてほしいんだけど~」


 とじりじりと近づいてくる匠。


「ふつーのでいいんで! サイズとか適当でいいんで! とにかくお願いします!」


 勇輝は最速で三度お辞儀をし、全速力で隣の部屋に逃げた。


「あ~あ。逃げられた」


「お前が変態だからだ」


「つれないね~。そうだ、ちょっと見てほしいものがあるんだけどまだ時間はある?」


 弥生は後の部屋の勇輝に目を向け、勇輝がそこにいるのを確認すると頷いた。


「じゃぁちょっと奥に来て」






 後の部屋に避難した勇輝は再び飾られている武器を眺めていた。最新のものから、独自に開発されたものまでところ狭しと並べられており、勇輝の目をなかなか離さない。

 中には匠の発明なのか、怪しげな物もある。

 そうして時間を潰していると、部屋の中を風が通り抜けた気がした。

 窓が開いているのだろうかと振りむきかけた時、声が聞こえた。


「春日勇輝、見ぃつけた」


 


 次の瞬間、風景は傾き、姿を無くした。


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