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第2章の18 はしゃぐのもほどほどに

 

 木枯らしが窓ガラスをがたがたと揺らしている。

 雪が降らないのが不思議なくらい寒い。

 コンクリートで固められた学校は巨大な冷蔵庫に等しく、冷気が体を蝕む。いかに暖房があろうとも、割れた窓ガラスからは容赦なく風が吹き込み、ガラスはその用をなさない。

 そんな教室で、勇輝は机に突っ伏していた。


「おーい、勇輝? 何朝から死んでんだよ」


 背後からやって来た歩が背中を叩いて朝の挨拶をする。


「しゃべるな……頭が割れる」


 地面から這い上がるような低い声が返り、歩は吹き出した。


「だっせぇ。二日酔いかよ」


「うるさい……」


 のろのろと頭をあげた勇輝は体を起こし、歩をじとっとした目で見た。自分より酒に弱い歩に馬鹿にされるのは癪だ。


「お前けっこう強いのにな。一体どんだけ飲んだんだよ」


「覚えてない。仕方ないだろ? 注がれたら飲んじゃうし」


「サラリーマンかよ」


「飲み比べ仕掛けられたら受けてたつだろ」


「ナイスファイト。で、負けたと」


 そもそもの原因である飲み比べはむろん秀斗が仕掛けたものだった。ジン、泡盛、白酒、テキーラと、様々な酒で返杯すること五回。

 勇輝の意識が朦朧としだしたところで錬魔が杯を取り上げた。

 呂律の回らない状態で抗議し、飲み比べを続けようとした勇輝だが、さすがにその事は覚えていない。


「あいつら底なしだって……全員顔色一つ変えないしよ」


「うわ~、なんていうか、さすがだぜ」


「うぇ……俺、昨日世界中の酒を飲んだ気がする」


「ま、親睦が深まっていいんじゃねぇの?」


「親睦、ねぇ」


 仲間にはなれたが完全に認められたわけではない。少なくとも二名とは今後ぶつからなくてはいけないだろう。


(どーすれば親睦が深まるんだ?)


 ガンガンに痛む頭で考えてみるがすぐに思考は止まる。


(やめやめ。考えたって、なるよーになるだろ)


「おっ、勇輝見っけ!」


 勇輝が面倒な悩み事を払った頭を、今度は陽気な声が直撃した。


「うがぁ……いてぇ」


 呻く勇輝を見て秀斗はにやにやと笑っている。


「なっさけねぇなぁ」


「自力で帰っただけでもすごいことですよ」


 そう言った零華は少し呆れ顔だ。


(辛いのなら家で寝ていればよかったのに)


 だが酒如きに負けて学校にこられないとは不良の恥だと、勇輝は体を引きずって登校したのだ。

 零華の後ろには癒慰と錬魔がそれぞれ対照的な顔で立っていた。


「無理するからだよ~」


 と朗らかに笑う癒慰と、


「脆弱だな」


 と鼻で笑う錬魔だ。


 これだけの人数がいて弥生がいないのは不自然だと勇輝が教室を見回すと、隅に立っている弥生を発見した。

 これで久々に全員が登校したことになる。


「……え~っと、弥生は一体」


 弥生はものすごく孤立していた。カラフル頭の不良も弥生には話しかけにくいのか遠巻きに見ている。


「まぁ、人間嫌いは変わってねぇから……威嚇してんじゃね?」


「あぁ……確かに今にも剣出しそうな雰囲気だね」


「つーか全員が出てくるって珍しいな」


 ひとまず弥生は置いといて、歩が言葉を投げた。


「まーな。たまには学生っぽいことをするのもいいかなってよ」


「頑張って弥生ちゃんと錬魔君を連れ出したの」


 その錬魔もいつのまにか遠くの席に座っており、一欠片も交流の意思が見えない。


(うわ~。まずどうやって話しかけるかからだよな)


 人間拒絶オーラを発する二人に、早くも勇輝は頭を悩ますのだった。


「ま、俺たちも協力すっから、あの二人を落とせ」


「耳元で声を出すなって……頭に響く」


「ほーそうか苦しいか、なら可愛そうな勇輝のために優しい秀斗様が施しをやろう」


 突然、尊大になった秀斗の態度に、勇輝は訝しそうな眼差しを向ける。これは何かを企んでいる顔だ。

 勇輝が身構えていると、秀斗は胸ポケットから小瓶を取り出した。


「ほら、飲めよ」


「……毒?」


 ついそう言ってしまうほど、その液体はおどろおどろしい色をしていた。その色が全力で飲むな危険と訴えている。


「んなわけあるか。二日酔いに効く薬だ。錬魔のとこからくすねてきてやったぜ」


「それ本当に薬? 騙されてない?」


 錬魔の所から、と聞いてますます疑う勇輝である。


「大丈夫。俺も飲まされたことあっから」


 秀斗の笑顔に後押しされ、恐る恐る喉に流し込む。少々苦味があり、甘党の勇輝は顔をしかめた。


「う~、なんか効きそう」


「れっきとした医者ですからね。ああ見えて病人はほっとけないのですよ?」


 ちらりと錬魔へ視線を投げかけながら、零華は微笑む。

 が、どうも腑に落ちない顔で勇輝は、


「……医者、か?」


 と、いまだに半信半疑のようだ。

 二言三言と会話を進めた時、担任の葉月がやってきた。彼を見るのも久しぶりである。


「おはよ~。おやぁ? なんか久しく来てなかった顔もいるねぇ。先生は嬉しいよ」


 先生、を強調した葉月は満面の笑みで彼らを見るが、誰ひとりとして担任と目を合わせる者はいない。

 そして勇輝は教室の異様な静けさに驚愕した。ありえない事態だ。たとえ鬼のような体育教師に怒鳴られようが反抗する彼らが大人しく座っている。


(一体、俺がさぼってた間に何があった?)


 荒くれどもを手中に収めた担任に、ただならぬものを感じた勇輝だ。


「今日の連絡は特にな~し。あ、来週からテストだから忘れないように」


 とってつけたようにそれだけ言って、葉月は早々と出ていった。彼がいなくなると、すぐに教室はいつもの無法地帯に戻った。


(そ~いやあの人も隊の人だったもんな)


 今さらながら自分が入った組織の恐ろしさを知った勇輝だった。



 そしてまじめに全ての授業を出た彼らは、口数少なく屋敷へと帰ったのだった……。


「は~。零華と癒慰は毎日あんな苦痛を受けてたんだな」


 ぐったりとソファーにもたれかかって感心した風で言うのは秀斗だ。

 ずっと座っているという苦行に一早く脱落し、午後はずっと机に突っ伏していた。


「別に苦痛でも何でもないわよ。あれが普通なの」


「そうです。いつもさぼっているからそう感じるだけです」


 二人の正当な言い分に秀斗は返す言葉がない。

 錬魔も疲れているのか普段にまして口数が少なかった。


「やっぱ不良はさぼってなんぼだと思う」


 勇輝は固まった筋肉を伸ばしながら秀斗を援護した。腕をぐるぐると回して体操をしている。二日酔いは薬のおかげですっかり治っていた。


「だよな~」


 秀斗も肩を鳴らして体をほぐすと、一日中ご機嫌が麗しくなかった弥生の姿を探した。

 やはりというか、すでに部屋に戻ったらしい。


(会話の場にすら出てこねー)


 今弥生の部屋に行って無事に出てこられる可能性はどれくらいかと思案する。


(地雷踏んで剣突き立てられんのは勘弁だし、そーいや昨日遊びに行ったら拳銃向けられたっけ)


 全て秀斗の言動が原因で起こっているのだが、改めるつもりは毛頭ない。


(銃かぁ……うん、そーだ!)


 秀斗はそれがいいと一人で納得し、勇輝に声をかける。


「なぁ勇輝。お前に銃の使い方教えてやるよ」


 唐突にそう言われて、女の子二人と会話中だった勇輝は目をぱちくりとさせた。


「銃?」


 勇輝の頭の中に水鉄砲、拳銃、マシンガン、ロケットランチャーと銃から連想された武器が浮かぶ。


(いやいや。さすがにそれはないって。ということはなんかの隠語?)


 このご時世に高校生が銃の扱いを覚えてどうするんだと思いはやった自分を戒める。


(俺は平和主義者。そんなものかっこいいとか思っちゃだめだ)


 一人勝手に頷く勇輝に、秀斗はまた一人どっか行ってるなと呆れ顔だ。


「ま、行くぞ」


 説明するより見せるのが早いと、秀斗は勇輝の腕を掴んで歩きだした。


「え、どこに?」


「射撃場」


(……まじで?)





  そうして勇輝が連れてこられたのは紛れもない射撃場だった。白い壁に囲まれた殺風景な部屋の端には人をかたどった的が置かれ、向いの壁には大小様々な銃器がかけられている。

 勇輝はそれらをまじまじと見つめていた。


(うわ~かっこいい。すっげぇ年代物)


 自称平和主義者は好奇心にあっけなく敗北した。


 秀斗はその中から適当な物を一つ取って弾を込め、勇輝に手渡した。

 それもずいぶんと重い銃で型も古く、昔の西洋映画に出てくるようなものだ。

 勇輝は手の中にあるそれをじっと見た。歩と交わしたやりとりが思い出される。


「え~っと、これは?」


「撃ってみろよ」


 冗談を期待したが、秀斗はさらりと的を顎で示す。勇輝の顔がひきつった。


「いやいや、待ってよ。まじで? なんで?」


 歩といい秀斗といい、龍牙隊には親睦を深めるために拳銃を渡す文化でもあるのかと思ってしまう。


「お前もいつ狙われるかわかんねぇからな。自分の身くらい守れるようになれ」


「守るどころか相手殺しそうな勢いですけど?」


「じゃぁ足狙え、足」


 相変わらず甘ぇな、と秀斗は手近な拳銃に弾を込めて撃った。銃声が鼓膜をつんざき、弾は的の足の部分に当たった。火薬の匂いが鼻につく。


「お~すげぇ」


「次お前な」


 と促され、勇輝はしばしためらい拳銃を構えた。

 撃ち方を覚えておけば威嚇ぐらいにはなるだろうと考えなおす。


「最初はちゃんと両手でもっとけよ。んでよく狙え」


 勇輝が集中して引き金を引くと、銃声とともに衝撃が腕から肩へと突き抜けた。想像以上の痛みである。弾はどこへ行ったのか、的に当たった気配はなかった。


「う~、痺れる」


「慣れだ慣れ」


 秀斗は連射し、その全てを的に当てた。

 それを見せられれば負けず嫌いの血が騒ぐというもので、勇輝は再び拳銃を構えた。

 そして十発ほど練習した後、勇輝は思っていたことを口にした。


「なぁ秀斗。この銃古くない?」


「そーなのか?」


「俺の記憶では八十年くらい前のやつに似てるんだけど」


 秀斗は自分の手のものに視線を落とす。


「まぁ、前からここにあったやつだからな。けっこう古ぃかも」


「いっそ麻酔銃にすればいいじゃん。そうすれば人も死なないし」


 そうすれば心おきなく撃つことができる。

 さすがに甘いかと、勇輝は半笑いを浮かべるが、秀斗は麻酔銃か、となにやら思案顔だ。


「まずは足に弾が当たるようにしないと」


 かすりもしない銃弾に、途中で消えているのではないかと本気で疑ってしまう。


「心を落ち着かせて狙え」


 勇輝は息をゆっくり吐いて狙いを定めた。

 狙いは足、確認してから引き金を引き、衝撃を足で受け止める。

 銃声とほぼ同時に今度は破壊音も聞こえた。


「お、ナイス」


 勇輝の弾は的の頭を撃ちぬいており、小さな穴からは向こうの壁が見えている。


「いや、だめじゃん。あれ即死だって」


 その後二人は数十分射撃練習をし、勇輝の腕に限界が来たところで引き揚げたのだった。


 停止前の予告で、フルコメディーと言った作者ですが。


 ちょっぴりまじめが入ることをここにお詫びいたします。


 めりはりってことで、甘さも塩で引き立つように、神名を楽しんでください。

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