第2章の17 お飲物は何にいたしましょうか?
叩きつけられた挑戦状を自信満々に受け取った数分後、勇輝はソファーが凹むほど落ち込んでいた。
それを遠巻きに秀斗と癒慰が見ている。錬魔と零華は出ていった後だった。
「どーしよ。勢いに任せて勝負受けちまった」
ソファーの上で体育座りをし、後悔の念に小さくなっている勇輝。旅行先の高いテンションで変な土産を買ってしまった記憶が蘇る。
「俺、絶対殺される」
勇輝は鞘に収められた剣を少し抜いた。刀身に自分の顔が映る。
弥生から投げ渡された剣は、軽めの中剣。質感、長さとともにバットに近かった。鞘には細かくレリーフが施されており、柄も上品に飾られていた。美術館に飾られていてもおかしくない品だ。
「何落ち込んでんだよ。良かったじゃねぇか」
突然秀斗に背中を叩かれて、勇輝はむっとして振り返る。
「どこが! 何一つ進んでないのに!」
「は? 何言ってんだよ。お前仲間に入れたじゃねぇか」
「……え?」
勇輝はきょとんと秀斗を見た。その間抜け面に秀斗は思わず噴き出す。
「弥生ちゃんは、仲間として認めた人にしか剣をあげないの。だから、勇輝くんは如月の仲間って認めてもらえたのよ」
笑いを堪えている秀斗の隣で、癒慰が言葉を付け加えた。
「……俺、認めてもらえるようなこと何一つしてないんだけど?」
「まぁ、弥生なりに筋が通ったんじゃね?」
「ひとまず、勇輝くんの仲間入りを祝おうよ」
いまいち納得のいかない勇輝に、二人は畳かけた。
「そうだぜ勇輝。騒いで酒を飲もうぜ!」
「そうよ、ぱーっとしましょ!」
その言葉に釈然としない顔がぱっと明るくなり、目を輝かせた。
「飲む飲む~」
近年お酒業界と諸外国の制度を鑑みて、16歳から飲酒可能となった。成人は18歳だ。
「よ~し! 俺の取っておき出してやるから待ってろ!」
「じゃぁ私はなんか作ってくるね~」
と、さっそく二人は酒宴の準備を始める。
二人が意気揚揚と出ていった後、勇輝は自分の手にある剣を見てはたと気付く。
(もしかして弥生との勝負って、真剣勝負?)
勇輝はちらりとよぎった嫌な予感を、頭を振って払うと久々の酒に思いを馳せた……。
錬魔は自室で湯を沸かしていた。暖炉の火に、キャンプのようにやかんが吊るされている。
暖炉の火はごうごうと燃え、時たまやかんを飲み込んだ。
錬魔は薬品が並ぶ棚の一つから瓶を取り出した。その棚に入っている瓶は全て趣味で集めた嗜好品だ。コーヒーから緑茶までさまざまなものが薬品のように詰まっている。
(今日はこれだな)
錬魔はその瓶からコーヒー豆を取り出すとミルで挽いた。ふわりと芳しい香りが昇る。すぐに飲みたいので今回はドリップで入れることにした。
挽き終えた粉をフィルター入れていた時、ドアが開いた。
「やっぱりコーヒーを飲もうとしていますね」
零華は錬魔をみるなり呆れ顔で、その手から粉を奪い取った。
「一体何杯入れるつもりだったんですか?」
零華がフィルターを覗き込むと、すでに並々粉が入っている。その上でまだ積もうとしていたのだ。
「人の好みだ」
「カフェインの取りすぎは体に良くないんですよ? 先ほど私が淹れてあげますと言ったのに勝手にしてますし……」
「……お前の淹れたのは薄い」
零華はそう言いながらフィルターから余分な粉を取り除く。
量が減っていくにつれ、錬魔が不服そうな顔になっていった。
そして零華はお湯を入れようと暖炉に近づき、燃え盛る炎の前で足を止めた。
「止めてくれません?」
暖炉は湯を沸かしていると言うより、やかんを燃やしていると言った方がしっくりくる。
「ああ……」
錬魔が暖炉に手を向けてちょいと動かすと、暖炉の火は瞬く間に普通の大きさに戻った。
火に包まれていたやかんの取っ手は赤みを帯びるほどに熱されている。コンロさえない部屋に、ミトンなどあるはずなかった。
零華は火傷防止のため水の膜で手を包んで、取っ手を掴んだ。たちまち水蒸気が上がる。そして煮えたぎっている湯をフィルターに注いだ。
こぽこぽと静かな部屋に音が響き、一層香りが花開く。
「……それで、何をしに来た?」
「コーヒーを淹れに」
「お前がそれだけで来るはずがないだろう」
零華は抽出したコーヒー錬魔に手渡し、錬魔はそれを受け取ると机の側にある椅子に座った。
「ええ。どうやら今日は酒宴のようですよ」
「は?」
「先程廊下で秀斗君が言っていました。久しぶりに蔵を開けるそうです」
錬魔は渋い顔をすると、コーヒーを煽るように飲んだ。
(薄い……)
飲み終えたカップを机の上に置く。
「浮かれ馬鹿が」
「あら、参加しないのですか? 秀斗君のコレクションが飲めますよ?」
零華は苦笑を浮かべた。
「……酒は飲みたいから行く。だが祝うつもりはない」
「弥生ちゃんが認めたのですよ?」
「だから俺は反対しない。だが奴を認めたわけではない」
零華は大袈裟に溜息をついた。
(どうして二人はこうもそろって頑固なのでしょうね)
零華は粉の残りを違う瓶に入れ、豆の瓶と一緒に棚へ戻した。
「酒宴は六時から始まります。ではまた」
零華は最後にそう告げると、錬魔に背を向けて歩きだした。
「おい」
「……なんですか?」
歩いて数歩のところで呼び止められ、零華は振り向いた。
「何故奴の仲間入りに賛成した?」
「おかしなことを訊くのですね。私は人間のことは嫌いではありませんから」
零華はにこやかに返す。それは本心を見せない完璧な笑顔だった。
「だが好きでもないだろう」
「ええ、まあ」
「俺はお前が一番、如月にこだわると思っていた」
零華はくすりと笑った。錬魔は不愉快そうに顔をしかめる。
「確かに私は如月が好きです。でも貴方と一緒なのですよ」
「どういう意味だ」
「期待したのです。少し、変革が欲しかったのです」
その言葉に錬魔の顔はますます苦くなる。
では、と言い残すと、零華は部屋から出ていった。
(期待……か)
“怪我は不良の勲章だから”
脳裏に甦った言葉に、自虐的な笑みをみせる。
(人間と俺たちが同じ……か。やれるものならやってみろ)
錬魔は時計で時刻を確認すると、体を休めるためソファーに横になった。寝過しても誰かが起こしにくるだろう。深い眠りに落ちる一歩手前で、昼間の戦う勇輝の姿が目蓋に映った。
錬魔は小気味のいい笑みを浮かべると、すぐに眠りに落ちた。
そして酒宴は盛大に行われ、秀斗によって年代物のワインや珍しい酒が、癒慰によって軽くつまめるものが用意された。
弥生は出てこず、錬魔は隅の方で苦い顔をして飲んでいた。
零華は飲む量は少ないが、全種類の酒を飲んでいた。
勇輝は秀斗とともに飲んで馬鹿騒ぎをし、女の子二人が笑いながら盛り上げる。
酒宴は夜中まで続けられ、翌日、勇輝は二日酔いに苦しむことになった……。
はい。第二章の前半終了です。
次回予告
ズバリ、テーマは龍牙隊と迷惑な人たち、プラス負けず嫌いによる戦い。
酒宴の詳しい内容と、龍牙隊の人たちと、後は意地をかけたバトルです。
そして見どころは個性的な龍牙隊の皆様と、弥生の問題児っぷりです。




