第2章の16 開戦宣言
「人間に庇われたか」
グラウンドでは、戦場跡を眺めながら二人が話をしていた。意識を保っている者が少ないのか、グラウンドは先ほどまでの喧騒が嘘かのように静まりかえっていた。降り積もる雪が音を消していく。
「それはあれが勝手にやったことだ」
「だろうな」
錬魔には勇輝を治療をする気はさらさらなかった。言葉をかけるとすれば自業自得。先ほどの勇輝の戦いぶりを見ても、仲間だと言うにはまだ一歩踏み出せない。
「……あいつは、私たちが人間と同じだと言った」
唐突に弥生が独り言のように呟いた。
「人間と何も変わるところが無いと……」
「ほう。あの餓鬼がそんなことを」
錬魔は興味深げに返した。今まで真正面から同じだと断言されたことはなかった。
むしろ化け物、と吐き捨てられることの方が多い。
「やっぱり、私は人間が嫌いだ。人間は非力なくせに頑張ろうとする。危険だと分かっていても意志を曲げない。その上体はもろい……だから人間は嫌いなんだ」
「ああ。俺も好きではない」
錬魔から弥生の表情を知ることは出来なかったが、いつもどおり無表情に違いなかった。
弥生の背中から空に視線を移す。ゆったりと雪が顔に降ってくる。
(やはり人間はこんなものか……何一つ変えることはできない)
錬魔はその瞬間、勇輝に期待していた自分を見つけて自嘲の笑みを浮かべた。
(馬鹿らしい。弥生は人間を嫌ったまま。そして俺も……)
ふと、先ほどの弥生の言葉にひっかかりを覚えた。今までにない違和感があったような気がする。
その違和感に気がついて、錬魔は弾かれたように弥生を見た。
(弥生が人間という言葉を使うのを、初めて聞いた……まさか……)
「錬魔、用が出来た。私は先に帰る」
弥生はそう言い置き、当惑している錬魔を置いて歩きだした。
「おい、こいつらはどうするんだ?」
錬魔はとっさに呼び止めた。弥生はぴたりと歩みを止める。
死んでいる者はいないといえ、自力で帰ってもらうまで待つとなると生徒に見つかる危険性がある。
「燃やせ」
弥生の断定的な言い方に、つい頷いてしまいそうになる。
「いや……殺しては意味がない」
ヤクザたちを消し炭にしてしまえば今までの苦労が水の泡だ。
「別に殺しはしない。火をつければ逃げるだろ?」
「……それは人道と俺の主義に反する」
確かに驚いて逃げていくだろうが、逃げ遅れる者も出てくるに違いない。弥生に足をやられたものは間違いなく丸焼きになるだろう。
「なら送り届けろ」
「え、ああ」
急にまともな案が出たので錬魔驚きつつもすぐに頷いた。
「後は任せる」
弥生は残る死体もどきには一瞥もくれずに、校舎に向かって歩き出した。
(まさか、俺が一人でやるのか?)
錬魔は颯爽と立ち去る後姿を見ながら、深いため息をついた。
その後、零華と癒慰に協力してもらい全てのヤクザをそれぞれの組に送り届けた。寒空の下に放置したが、誰かに気づいてもらえるだろう。
そして三人は証拠隠滅作業へ入った。血で染まった地面は砂を巻き上げて隠し、落ちている武器は燃やして灰にする。
雪が降っているというのは本当に都合がよく、うまい具合に荒れたグラウンドを隠してくれる。
一通り修復作業が終わり、彼らは屋敷へと帰って行った。
そしてそこで見たものは……
「痛い! きついって!」
「悪ぃ。じゃぁこうか?」
「ぎゃぁぁ!」
傷の手当に奮闘する秀斗とさらに傷が広がっている涙目の勇輝だった。
三人はそれを無言のまま見詰める。二人の足元には失敗した血染めの包帯が落ちていた。
錬魔は眩暈を感じた。
「秀斗どけ」
錬魔はそう言うなり秀斗を押し避けて勇輝の前に座る。治療をする気などなかったが、あまりにもひどい秀斗の手当を見て、医者の良心が頭を出したのだ。
勇輝は何が飛んでくるかと身構える。
「腕を出せ」
命令されるままに従う。逆らいでもしたら焼き殺されそうだ。
「……掠り傷か」
錬魔はもくもくと傷の手当をする。さすが医者というだけあって手慣れたものだった。
(全く嫌な性分だな。俺が人間の手当をするとは)
「すごい。やっぱり錬魔は医者なんだな」
きれいにまかれていく包帯を見ながら勇輝は感心する。
「錬魔にかかればどんな傷もすぐ治せるんだぜ」
秀斗は自慢げに言った。背後で零華が治癒魔術と言います、と付け加えた。
しかし錬魔がその力を使うのはよっぽどの時だった。普段は通常の治療をしている。
「へ~。でも俺は包帯巻いてるほうが好きだな」
錬魔は包帯の端を切って結んだ。止血も完璧で、痛みも和らいでいる。
「なんで?」
「だって、怪我は不良の勲章だから」
もちろん勝った場合に限る。
錬魔はそうにこやかに言った勇輝の顔をじっと見た。少し当惑しているように見える。
「お前は、変な奴だな」
「は?」
錬魔はふっと落とすように笑って、勇輝の目を見て言った。
「弥生を守ってくれたこと、礼を言う。お前が助けてくれなければ厄介な怪我人が増えていた。ありがとうな」
無表情で、声にも抑揚のないまま言われた言葉に、勇輝は雷に打たれたような衝撃を味わった。
(れ、錬魔が俺に礼を言った。秀斗にも言われてないのに!)
勇輝は口を閉めるのも忘れて、錬魔の顔を食い入るように見つめる。
(錬魔って本当はいいやつかも)
「が、これ以上怪我をするなよ。次はその命が無いと思え」
錬魔に対して好感を持ったのもつかのま、三白眼で睨まれ背筋が凍りついた。
「あ、はい」
錬魔が勇輝の傍を離れ、勇輝がほっと肩の力を抜いた時、上で扉が開く音がした。
吹き抜けとなっている廊下に皮靴の音が響く。
二階の廊下に姿を現したのは弥生だった。無言で下を見下ろしている。
「お、弥生じゃん」
秀斗が弥生にむかってひらひらと手を振る。弥生はそこに勇輝たちの姿を認めると、手に持っていたものを投げつけた。
それは正確に勇輝の足もとの床に突き刺さり、勇輝は驚いてソファーの背にすがりつく。
音を鳴らして震えているそれは、剣。
遅れて鞘も投げ込まれる。
「それをお前にやる。勝負の続きと行こう。いつでもかかってくるがいい」
勝負、その言葉に勇輝の不良としての、男としての血が騒ぐ。
勇輝は弥生と剣を交互に見てから柄を握った。剣を引きぬき、きっ先を弥生に向ける。
「受けて立ってやるよ! 絶対お前に俺の存在認めさせてやるからな!」
勇輝は勝気な笑みを見せる。
弥生は何も答えずに、踵を返して見えなくなった。皮靴の遠ざかる音だけが響いていた。




