第2章の15 人間なめんな!
ちょっと本格的に戦闘を書きたかったので上の警告をつけてみました。
どれぐらいが残酷か自分でもよくわかってない……。
しつこく言いますが、これはコメディーたまにシリアスです。
予鈴と本鈴の間の五分で、グラウンドは阿鼻叫喚の地獄絵図に変わっていた。
手を斬られ、足を斬られて、もがくヤクザたちが転がっている。人が屍のように積み重なって倒れているが、その大半は気を失っているだけだ。まだ正気を保っている人たちのうめき声が校舎に反響して、そこは戦場のようだった。
その光景を見て、勇輝は一歩後ずさりをした。
確かにヤクザが攻めてきたとは言っていた。だが勇輝は乱闘だと思っていたのだ。グラウンドに近づくと、その異様さに背筋が寒くなる。
赤く染まった地面。倒れ伏す人々。弥生が剣を振るう度に人が倒れていく。
息がつまるような鉄の臭いに、勇輝の胃から酸っぱいものがこみ上げた。
(なんだよこれ……これじゃぁまるで殺戮じゃないか)
勇輝は彼らの加勢をするつもりで来た。それがこれを見た瞬間、その決意が鈍る。
(ひるむな俺! 俺は、俺の正しいことをすればいいんだ!)
勇輝はその手に握るものをぐっと握りしめて、戦闘の中心へと入っていった。
開始直後は銃弾が飛び交っていたが、弾切れになったのかすぐに接近戦となった。
秀斗は力任せに殴って蹴って、敵を沈めていく。自分に張った障壁のおかげで無傷だ。
敵の数は思ったより多く。組の数も二三どころではなかった。敵の数は総勢百を超えている。
秀斗は振り下ろされた鉄パイプを避けると、その男の鳩尾に拳を叩きこんだ。
残る敵の数を把握しようと辺りを見渡した時、視界をすごい速さで誰かが横切っていった。
「げ、勇輝! あいつまた俺の障壁抜けやがって、前よりも強くしたのに!」
空間支配のプライドが傷つく。今回は障壁を四重にしたはずなのに。
声をかける間もなく、勇輝は走り去る。
秀斗は勇輝が走っていく方向へ首を巡らせた。一際大きな軍勢が取り巻いているそこは、弥生が闘っているところだ。
(あのヤローまた危険なことを……つーかあれでどうやって戦うんだ?)
秀斗は軽く舌打ちをすると、周りを囲む敵の片づけを再開した。
勇輝を援護するにせよ、まずこの囲いを突破しなくてはいけない。
(やられんじゃねぇぞ)
秀斗は集中力を高めると、前方の敵に殴りかかった。
勇輝は辺りを見ながら、弥生のところへ走っていた。
(俺は弥生を止める)
秀斗は血気盛んに敵を倒し、錬魔は無駄のない動きで相手の意識をかりとっていた。
勇輝は自分の手にある得物に目をやった。来る途中の体育館倉庫で拝借した金属バット。
手に馴染み、滑らないグリップ。最高威力は頭蓋骨陥没程度の安全仕様。先に向かって太くなり、殴る面が広くなっている使いやすさ。
どれをとっても一級品の武器だ。
それに対して敵の得物は使用済みの拳銃。幾度か使用されたであろうぼこぼこの鉄パイプ。
そしてヤクザと言えばこれ、長ドス。中には鉄拳を武器としている者もいる。
そして向かう先にいる弥生は剣。
(俺、なんて平和的なんだろ~)
はははっと乾いた笑みを浮かべ、人々の輪に割って入ろうとしたその瞬間、睨みあっていたヤクザが動いた。
一人の男の雄たけびと共に、四方を囲んでいたヤクザが一斉に弥生へと躍りかかる。
勇輝はその勢いに弾かれて後ろへ飛ばされ、尻もちをついた。
「弥生!」
弥生の身を案じた勇輝の目に飛び込んだのは、弾き飛ばされたヤクザたちと、灰色の空に雪にまじって点々と浮かんだ血の玉。
ヤクザたちの悲痛な叫びの中で、一人立っている弥生は剣に付いた血を振り払う。その顔にはうっすら笑みが浮かんでいた。それを見た瞬間、勇輝に寒気が走った。
「全員で来い」
その挑発に乗せられるままに、ヤクザたちは次々に弥生に躍りかかり、斬り伏せられていく。
ある者は手を、ある者は足の腱を斬られ地面に転がる。中にはぴくりとも動かない者もいた。
弥生が動く度に血しぶきがあがり、呻き声が二重三重に響く。瞬く間に弥生の周りに立つ者はいなくなった。
勇輝はその光景から目を背け、胃から込み上げる物を堪え切れずに地面に撒き散らした。
嗅覚も麻痺し、視界は涙で滲む。
「軟弱な。戦も知らずに、こんなところへのこのこ出てくるからそうなるんだ」
バットで体を支え、うずくまっている勇輝に冷ややかな声が上から降って来た。
勇輝はきっと見上げて、口の端を手の甲で拭うと立ち上がった。
(戦争なんて俺は経験したことはない。でも、何が悪いことかくらいは分かる!)
勇輝は震える足で踏ん張り、返り血に塗れた弥生と向き合う。
「人殺し……確かにこいつらは敵かもしれない。でも、殺すことないだろ?」
恐怖からか興奮からか、その声は震えていた。
「またお前はそんな甘いことを……だが」
弥生は足もとに転がっていた男の手の甲に剣を突き立てた。新たな血が飛び散って、男は叫び声を上げる。
「殺してはいない。虫けらに殺す価値などないからな」
虫けら、その言葉に怒りが込み上げる。
「人間は虫けらかよ」
勇輝はバットを痛いほど握りしめた。今までにこんな屈辱を味わったことわない。
「軟弱で、すぐに死ぬ。その弱さゆえに群れ、他を嘲る。醜い生き物だ」
「弱いことは、そんなに悪いことかよ」
一方的に価値を決めつけられて、存在を否定されることがこんなにも悔しく、腹立たしいとは思わなかった。
「この世界は強さが全てだ。弱ければ死に、捨てられる」
もう勇輝の視野には弥生しかいなかった。音もなくなり、怒りが全身を支配する。
「ふざけんな……」
足の震えも止まる。
「何だと?」
「ふざけんなって言ってんだよ! 俺たち人間だって、自分が出来る範囲で懸命に生きてんだ! そりゃ、お前らのような特別な力はないし、弱いし、すぐ死ぬさ。だけどそれが悪いことのように言われる筋合いはないんだよ!」
勇輝はバットの先を弥生に向けた。キッと、弥生を見据える。
「お前は人間のことを何も知らないだけだ!」
「貴様ら下等種のことなど知りたくもない」
「人間が劣ってるだって? お前らだって親から生まれて最後は死ぬんだ。魔術師も人間も同じじゃないか!」
勇輝がそう叫んだ瞬間、弥生はぴくりと剣先を動かした。
「……人間と私たちが同じだと言うのか」
弥生はすっと目を細めた。冷笑が消えうせる。
「あぁ。それを認めさせてやる。俺がお前に勝って、人間の存在を認めさせてやるよ!」
弥生は喉の奥でくつくつ笑うと、剣を構え直して切っ先を勇輝へ向けた。その目は獲物を狩る目だった。
「おもしろい。この私に挑むとは……いいだろう。その勝負受けてやろう」
二人が睨みあい、空気が緊迫した瞬間、大勢の足音と威勢のいい声が聞こえた。
「弥生がいたぞ~! 殺せ!」
二人は押し寄せる敵に体を向け、迎え撃つ態勢に入った。
「貴様との勝負は大将の首を取ってからだ」
そう言うと弥生は敵の中へ突っ込んでいった。
立ちはだかる敵を薙ぎ倒し、後方にいる男へと走る。
「待てよ弥生!」
勇輝もその後を追うが、すぐにヤクザたちに囲まれてしまった。弥生との勝負はひとまず後だ。
勇輝は小さく舌打ちをして、ヤクザたちと向き合った。
「チビは家でおねんねしてな!」
そう言って前方のヤクザが長ドスを振りかざした。だがヤクザは、その言葉がワーストスリーに入るものだということを知らなかった。
ぶちりと、脳内血管が切れる音を勇輝は聞いた気がした。
「あぁ? 誰がちびだってぇ?」
勇輝は怒りの瞬発力で、ヤクザが長ドスを振り下ろす前に相手の懐に滑り込み、バントの構えでその脛を打った。威力があがっているのは八つ当たりも含まれていたからだろう。
ヤクザの悲鳴を聞きながら一回転して、その勢いを殺さずにすぐ走る。顔を上げると、弥生は十メートルほど先にいた。
走りながら襲いかかってくる敵を地面にねじふせていく。辺りを見ると、秀斗の所も錬魔の所も終盤だった。おそらくこの一団が最後なのだろう。
(間に合え!)
勇輝は歯を食いしばって足を動かした。
弥生は敵を斬り、その頭を飛び越えて、今回の首謀者である組の頭の下へ降り立った。
鷺によれば、夜一星が管理していた時から裏で不穏な動きを見せていた野心家だ。
その男は目の前に現れた弥生を見ると、あくどい笑みを浮かべた。
「死堅牢如月。お前たちには私の覇道のためここで死んでもらう」
男は三十代後半で中肉中背。スーツのベルトに日本刀を差していた。
「子分どもの無念は晴らさせてもらうぞ」
男は鞘から刀身を抜き、上段に構えた。きっ先はぴくりとも動かず、まるで時が止まったようだ。剣術の心得があると見えた。
「貴様も部下と同じ苦しみを味わってみるか?」
つかのまの静寂の後、両者は同時に動いた。しかし、速度は弥生の方がはるかに上回る。
弥生は一足飛びで男に斬り込むと、男の利き手の腱を切断した。男が斬られたことに気付くのに三秒。そしてその痛みに叫び、手放した刀が地面に刺さると同時に、弥生はかがんで男の足の腱も切断した。
男は足を奪われてその場にもんどりを打って倒れた。弥生を見上げる目には、はっきりと憎悪が映っていた。
高校に通っている子どもに手も足も出なかった。その屈辱と怒りに、男は唇をわなわなと震わせている。
「やはり弱いな。残るはその左手と、首だけだ」
弥生は男の脇に立つと、月契を振りかざした。
「じわじわと殺そうとも思ったが、いささか飽きた。もう死ね」
「待ちやがれ~!」
転がるヤクザを飛び越えて、勇輝が弥生の前に躍り出た。
剣を持つ相手に一番隙が出来るのは最後の一撃のために大きく振りかざした時だ。
勇輝はそれを狙って割り込み、弥生の剣筋に集中する。大きく足を開き、バットは自分によせて構える。そしてタイミングを見計らい、渾身の力でフルスイングをした。
重い衝撃が走り、手が痺れる。それでも振り切ると、真夏の甲子園に響くようないい音がした。
ホームランのような爽快な音だが、飛んでいったのはボールではない。月契が回転しながら弧を描いて地面に突き刺さる。
弥生は痺れが走った手から勇輝へと視線を移し、激昂した。
「貴様はまた私の邪魔をするのか!」
「当たり前だ! 目の前で人が殺されたら胸糞わりぃんだよ!」
弥生はちらりと飛ばされた剣を盗み見る。その距離は十メートルほど、取りに行くよりは魔術でとどめを刺した方が早い。
「そもそも敵だから殺すなんて、単純すぎんだろ! 死が一番の苦しみとは限らないだろーが!」
勇輝は興奮と疲労とで息が上がっていた。
その言葉に弥生は一瞬虚を突かれたような顔をしたが、すぐに口角を上げた。
「肉体の死をも凌駕する苦しみを……か」
弥生は喉の奥で怪しげに笑う。
(忘れていた。私はいつもそうしていたではないか)
そして顔から一切の笑みは消え、男を見下ろした。
「幸栄に思え。この術は貴様らのために作ったものだ」
術と聞いて勇輝は後ろに飛び退いた。剣は打ち返せても魔術は無理だ。
「愚かなる者よ。神の裁きを受けよ……月華夢幻」
弥生がそう唱えた瞬間、弥生の目が怪しく光り、男は気を失った。弥生は男には目もくれず、月契のもとへ歩いて行く。
「おい。何したんだ?」
勇輝は光の玉を出すようなら服を引っ張ってでも男と引き離そうと思っていたが、術らしき術が発動しないので、そっと訊いてみた。
「一種の幻術だ。さて、こちらは終わった。勝負といこうか」
「……え」
その場の勢いで大変なことを言ってしまったと後悔してももう遅い。
弥生は月契を引き抜くと、構えた。あれだけ戦ってもまだ体力があるらしい。少しずつ勇輝へと近づく。
勇輝はバットで牽制しながら、戦い方を考えていた。
まともに戦えば勝ち目はない。当然相手の隙をつくことになる。速さが互角となれば、逃げ回って相手の隙を待つしかない。
「考え事などしている場合ではないぞ」
勇輝がはっと我に帰ると、弥生の顔が目の前にあった。慌てて後ろに飛び退き、バットを縦に構えて盾がわりにする。
身を縮めて弥生の剣戟を避けると、バットが急に軽くなった。走って弥生と距離を取りながら見てみると、先端部分が無くなっていた。
(勝てる気しないって!)
全速力で弥生と間合いを取っていると、地面を影が通り過ぎた。
(あ、やべ)
顔を上げると弥生が前方に立っている。
速さは互角でも、脚力は弥生の方が数段上なのだ。
(あの脚力は反則だろ……)
勇輝は急停止し、バットを構えてじりじりと間合いを詰める。
(覚悟を決めてやるしかない)
勇輝は気を鎮めて神経を集中させる。
弥生は右上段に構えて突きの態勢を取った。
(一撃目を避けて、その隙に気を失わせる)
少々手粗ではあるが、それ以外に思いつかなかった。
張りつめていた糸が切れた。二人は同時に動いた。やはり弥生が出した攻撃は突きだった。
勇輝はそれをぎりぎりまで引きつけて避ける。その瞬間、勇輝の目には弥生の向こう側で光る、黒い銃口が見えた。まだ拳銃を持ったヤクザがいたらしい。
(まずい! 弥生が危ない!)
弥生の二撃目の薙ぎ払いは、バットを犠牲にしてかわし、弥生に体当たりする。それと同時に銃声が二人の鼓膜を貫いた。
「くっ」
勇輝は、左腕に溶岩が染みだしたような熱と痛みを感じて、弥生とともに地面に倒れ込んだ。
弥生は受け身をとって立ち上がり、銃を持っている男を見つけるとその腕を斬り落とした。
その男は絶叫して気を失う。
勇輝は激痛が走る左腕を押さえながら、のろのろと立ち上がった。
「余計なことを」
弥生は勇輝の傷を一瞥すると、苦々しげに吐き捨てた。
「おい。そこは人間としてまず礼を言えよ」
「私は人間ではない。魔術師だ」
弥生は鼻で笑うと、月契の血を払って具現化を解いた。
「魔術師も人間も関係ない。人としての問題だ!」
そうしている間にも勇輝の傷口からは、とめどなく血が溢れる。幸い弾は掠っただけだったが、出血が多いのだ。
「弥生! 勇輝!」
険悪な雰囲気になりかけた時、切迫した声が聞こえた。顔を向けると秀斗が走って来ている。
「弥生。無事だな」
「誰に聞いている」
「勇輝……」
秀斗は勇輝に前に立つと、げんこつを落とした。
「この大バカが! 死にてぇのかよ! また俺の障壁すり抜けやがって何様もつもりだ!」
頭ごなしに怒鳴りつけられ、勇輝は少し反省する。幼いころに戻った気分だ。
(また心配させたなぁ)
「それになぁ! 弥生を守んのは俺の役目だ!」
(あぁ……また怒りが変な方向に)
「そもそもてめぇ……」
秀斗は赤い染みが広がっていく勇輝の腕に目を留めると、言葉と顔色を無くした。
「怪我してんだったら一番先に言え!」
「だって口はさめなく、うわっ」
秀斗は勇輝を抱きかかえると校舎に向かって走り出した。
「俺こいつの手当をしてくるぜ!」
「やめろ秀斗! 降ろせ! 恥ずかしいから降ろせ!」
お姫様だっこをされた勇輝は逃れようともがくが片手の自由も効かず、秀斗の腕にすっぽりと収まっている。
「俺がこの腕に抱くのは弥生だけって決めてんだ。幸栄に思えよ」
「そんな幸栄いらないって!」
秀斗は軽々と階段を駆け上り屋上へでると、テントの布を足で蹴り上げて中に入った。
そして近くのソファーに勇輝を座らせると、薬箱を探しに走る。
ほんの少し前と同じ状況。ただ傷の痛みは何倍もひどい。
勇輝はぐったりとソファーに身を沈めた。
二週間分の働きと量。長いけど、戦いって一気に読みたいかなぁ……って。
読んでくださった方、ありがとうございます。




