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第2章の14 不良は喧嘩がお好き

 錬魔がテントから出た時には、皆屋上に集合しており、弥生から状況を聞いた後のようだった。

 すでに辺りには秀斗の障壁が張られており、学校内からは見えないようになっていた。もちろん防音もついている。勇輝対策で、前回よりも厳重に重ねがけを施していた。


「また錬魔君朝寝坊よ」


「……コーヒーを飲んでくればよかった」

 

 錬魔は肩を回して、あくびをこらえる。


「朝からきついものを飲んではいけませんよ。コーヒーはこれが終わってから淹れてあげますから」

 

 零華は朝でも夜でも変わらない穏やかさで錬魔に微笑みかけた。


「お前の淹れるコーヒーは薄い」


「スプーンで三杯も入れる貴方がおかしいんです」


「カフェインは怖いよ~」


 戦闘前とは思えないほど和やかな会話を楽しんでいると、予鈴が鳴った。


「じゃぁ、私たちは教室に行くね」


「くれぐれも無理をしないでくださいね」


 そう残る三人に声をかけると、二人は階段を下りて行った。今回の戦いは相手がヤクザという人間なので、やすやすと魔術を使うわけにもいかない。

 人間相手だと力加減も難しい上に、人の目についていいものでもないのだ。よって接近戦に不向きな癒慰と零華は教室で万が一敵が侵入してきた時に備えることになった。


「んで? 敵はどんくらい来るんだ?」


 フェンス越しに校門付近を見ながら秀斗が訊いた。


「五十は超えるだろう」


 武闘派三人の筆頭である弥生が答えた。弥生の得物はもちろん愛剣の月契だ。


「やっぱ喧嘩は大勢でやるのが楽しいよな」


 秀斗は守りが専門だが武道の心得はある。喧嘩に近いが貴重な戦力の一人だった。


「怪我はするなよ。しょうもない理由で怪我したら治さないからな」


 そして錬魔は拳法を得意としていた。

 医者である自分が他人を傷つけるのはおかしいと武器は持たない。見た目に反して、彼は三人の中で一番思考が平和的だった。


「ん? 雪か……」


 錬魔が視界に映った白いものに釣られて空を見上げた。灰色の空からはぼとぼとと白い雪が落ちてきていた。


「雪……」


 弥生はその一欠けらを手のひらで受け止めた。

 それはすぐに水になって溶けてしまう。


「ほ~ら。そうこうしてるうちに団体様の御到着だぜ?」


 秀斗は四方から押し寄せてくる人ごみを見て、愉快そうに口笛を鳴らした。彼らが一歩校門に足を踏み入れた瞬間、彼らは外から遮断され、出ることができなくなる。

 先陣をきって歩いて来た、いかつい男たちが敷地内に入った。


「私達に刃を向けたからには、殺されても文句は言えないな」


 弥生はその手に月契を出現させると、太陽の光を反射させて、刃の具合を見た。


(人間の血を吸わせるが、今日は敵の血だ。とくと味わえ)


「如月~。てめぇらがこの学校にいることは分かってんだ。さっさと出て来やがれ!」


 下ではドスを聞かせた声でわめいているヤクザたちが殺気を立ち昇らせていた。


「それじゃ、呼ばれたんでお片付けと行きますか!」


 秀斗の言葉を合図に三人は別々の方向に屋上から飛び降り、それぞれの方法で戦いを始めた。

 



 その頃教室では、ざわざわとうるさい中で勇輝と歩がひそひそと頭をよせて話をしていた。


「お前、あんな怖い人の下で働いてんのか?」


「俺がリーダーの本性知ったの、つい最近なんだよ」


 二人の脳裏には高圧的な目が蘇る。


「歩、頑張れよ」


「お前も、目をつけられるなよ」


 互いに手を握り合い、固く誓う。

 危険な人には逆らわない、近づかない。

 不審者注意の標語みたいな言葉が二人の胸に刻まれた。


「なんか怪しいよ?」


「お二人とも密談ですか?」


 頭の上でした声に、二人は顔を上げた。朝から見目麗しい二人が立っていた。


「今日も二人だけか?」


「みんな忙しくてね」


「じゃぁ遊びにいっても相手にしてもらえない?」


「えぇ、おそらく」


 そう言って零華は窓の外に視線をやった。彼女には、雪が降る中乱闘を繰り広げている三人の姿が見えていた。

 ちょうど金髪が蹴りを決めて、一人落としたところだった。


(秀斗君、楽しそうですね)


 闘志を漲らせて闘う秀斗に対し、錬魔と弥生は無表情で敵を片づけていく。


「なんか外に……あ、雪だ」


 零華の視線に釣られて窓の外を見た勇輝は、吸い寄せられるように窓を開けた。


「これ積もるかな」


 勇輝は、うきうきしながら空を見上げた。


「お前、何ガキみたいなこと言ってんだよ」


「いいじゃん。みんなで雪合戦。楽しいって」


「積もるといいですね」


 雪が積もればこの赤く染まった地面を隠してくれだろう。零華は違う意味で積雪を祈った。

 そして勇輝が不可解な行動をしていることに気付く。


「何をしているのですか?」


 勇輝は両耳を引っ張ったり叩いたりしていた。

 耳を下に向けて片足でジャンプ。懐かしいプールでの水抜きの方法だ。


「なんか耳鳴りがしだしたからさ」


「寒さで?」


「ていうか、そんなんで耳鳴りは治らないと思うよ?」


 勇輝はもう一度耳を引っ張った。キーンと高い耳鳴りの上に、その奥がちくちくと痛む。


(これが噂の中耳炎?)


 勇輝が不安になり始めた時、急に視界の端に金色が飛び込んで来た。驚いて下を覗き込むと秀斗がいた。


「あ、秀斗」


「え⁉」


 女の子二人が同時に声を上げた。


(秀斗君が境界からはみ出してる!)


(だからもっとぎりぎりまで障壁を張ればよかったのです!)


 秀斗は回し蹴りを見えない何かに喰らわすと、消えた。境界の内に戻って見えなくなったのだ。


「あれ? 秀斗の奴消えやがったな」


「今秀斗闘ってなかった?」


 事情を知っている二人はだんまりを決め込んだ。

 勇輝がじーと二人を見つめる。二人はそれに微笑みを返した。なんとかしてごまかしたい。


「あの三人が闘ってるんだよな」


「勇輝君が気にすることはないよ」


「……もしかして、組の連中が攻めてきた?」


 歩が顔を強張らせてそう言った。歩の耳にも、そういう動きがあることが入っていたのだ。


「どういうこと?」


「如月を気に食わない組が、喧嘩売りに来てんだ。そうだよな」


 歩が二人を見ると、二人はしぶしぶ頷いた。


「俺行ってくる」


 言うなり駆けだした勇輝の腕を、癒慰が掴んだ。


「何言ってんのよ! 相手は銃とか刃物とか持ってんのよ?」


「そうです。私たちはここで見守っているのが一番なのです」


 勇輝はぐっと拳を握って二人に向きなおった。

 まっすぐ二人の目を見る。


「俺は、友達が闘ってるのに黙って見ているなんてできない。それに、俺は如月の仲間になりたいんだ!」


 勇輝は癒慰の手を振り払うと、止める声も聞かずに駆けだした。ちょうどその時本鈴が鳴った。

歩がその後を追う。

昇降口から出た瞬間、奇妙な感覚に襲われたが、気にしている余裕などない。


「勇輝! ちょっと待てよ!」


 昇降口の扉の前で歩が叫んだが、勇輝は振り返らずに走っていく。

グラウンドに見える人だかりを目指して……。

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