第2章の11 伝書バトってなんでハトなんだろう
勇輝の何度目かの命の危機から一夜が明けた。
秀斗は徹夜で障壁を直し、癒慰は植物たちを応援して中庭を修復した。
しかし壁は直しようがなく、本部つきの大工でも呼ぶかという結論に至った。彼らの魔術は基本、攻撃しかできないのだ。
休日だったことが幸いし、秀斗は修理が終わるとすぐにベッドに倒れ込んだ。
一方の勇輝は寝て疲れを癒そうとアラームをかけずに自然に目を覚ますまで寝続けた。
そして二人が目を覚ましたのは昼を少し過ぎたころになる。
(あ~よく寝た)
勇輝は伸びをして体をほぐす。カーテンから漏れる光はずいぶん強い。今日は晴れのようだ。
勇輝はゆっくり朝食兼昼食を食べると、あくびをひとつする。
(暇だな~)
勇輝の休日は歩と街を歩いて喧嘩をするか、ゲームに没頭するか、趣味の映画を見るかのいずれかだ。しかしゲームは昨日の深夜にめでたくエンドロールを迎えた。勇輝が昼過ぎまで寝ていた理由はこちらの方が大きい。
歩からメールも返ってこず、映画を見る気分でもない。
(よし、あいつらのとこ遊びにいこう)
勇輝はコートを羽織って学校へと向かった。
さすがに午後とあって人通りも多い。
勇輝は辺りを見回してから学校に入った。私服とあって、少し気兼ねしてしまう。
学校はクラブ員のために毎日開放されているので、生徒の影はちらほら見えた。
卒業生が訪れることも多いので、私服であろうと堂々としていればばれることはない。
勇輝はテントの布を引こうとして手を止めた。
すぐ脇に昨日までなかったものがある。
男子の間では度胸試しの一環としてピンポンダッシュに使われ、勇輝も何度も押し逃げした。間違いなく近代の科学、インターホンだ。
どうやってテントにつけたのか、そしてこれは機能するのかと疑問に思いつつ真ん中のボタンを押した。よく見るとカメラ付きだ。
ピンポーンとおなじみの音が鳴った。しばらくすると誰かが応答に出た。
「はーい。こちら如月です」
「勇輝だよ~」
「え? あ、どうぞ」
声の主は癒慰だ。勇輝は布を捲って入った。
「おじゃましまーす」
「……うわぁ、まじで来やがった」
と目の前には秀斗。彼も勇輝と同様カジュアルな私服だ。
「何その反応」
「いやぁ、昨日あんな目に遭ったのに普通にやってくるってすげぇなと」
昨日、と言われて勇輝は記憶を遡る。
そしてデンジャラス体験その二を思い出した。ゲームをし、爆睡してすっかり忘れていた。
「ま、昨日は昨日ってことで」
「うらやましい性格」
二人が手近にあったソファーに座ると癒慰がお茶を持ってきた。彼女の私服はフリルが多めで色は淡いピンクで統一されている。それがよく似合い、たちまち癒される。
「はいお茶。外寒かっただろうから」
机の上に湯呑が置かれた。なかなか渋く、この部屋から非常に浮いている。
「ありがとう」
勇輝はありがたく頂いた。ずずっと飲むと縁側にいるようだ。
(やっぱ日本人は緑茶だな)
それだけで幸せだ。
「それで? 今日は何しに来たの?」
「ん? 暇だったから遊びに」
「……その度胸に敬意を表すわ」
勇輝は少し胸を張った。中学時のピンポンダッシュ記録は回数、逃げるまでねばった時間ともに未だに抜かれていない。
「そりゃど~も」
勇輝がほっと一息ついていると零華が入ってきた。彼女も勇輝を見るなり驚いた表情をする。そしてややあって微笑にかわると、勇輝の隣に座った。彼女は清楚さが漂うワンピースだった。
「それで、今後どうやって弥生ちゃんに認めさせるつもりなのですか?」
「ん~ひとまず二人に俺の存在に慣れてもらおうかなぁって」
人間一番怖いのは慣れだと聞いたことがある。
魔術師だって例外ではないだろう。
「あ~まぁ錬魔はそれでもいけるかもな。でも弥生には殺されねぇようにしろよ」
そうして他愛のない話を続けていると、秀斗が急に黙った。
「どうかしたの?」
「――弥生ってどっか行った?」
「いえ、自室にいると思いますが?」
秀斗は考え込むような顔つきになって、皆次の言葉を待つ。
「誰か来たみたいだ。ただ弥生の覇動に似て……」
秀斗が言い終わらないうちにピンポーンと音がした。
いつもの習慣で勇輝はインターホンを探して受話器を取る。
「はい……」
春日ですがといいかけて止めた。ここは如月だった。しかし言い直す間もなく目の前のドアが開かれた。
(せっかちな人だな)
入ってきた人に挨拶をしようとした瞬間、後ろから声が飛んできた。
「あ~てめぇ鷺! 何しに来やがった!」
秀斗はソファーから身を乗り出し今にも殴りかかりそうな勢いだ。
勇輝は来訪者を見上げる。灰色の髪が目を引いた。
鷺は自分を見上げる少年に気がつくと、三拍じっと見つめた。
「俺は龍牙隊黎冥、隼のリーダーをやっている鷺だ」
見慣れない顔だと思ったのか、鷺は丁寧に自己紹介をした。
勇輝はこの人が歩のリーダーか、と彼の姿を上から下まで見る。
「お前が春日勇輝だな」
「あ、はい」
よろしくお願いします、と頭をさげようとした瞬間、頬に衝撃を感じてよろめき尻もちをつく。熱さの後に痛みが走った。
「痛ってぇぇ」
殴られたのだと気付くのに数秒かかった。いくらなんでも初対面の人に殴られるとは思いもよらなかったのだ。
後ろの三人も唖然としている。
「お前が昂乱に関わらなければ弥生が傷を負うこともなく、お前が捕まらなければ弥生の手を煩わせることもなかった」
勇輝は鷺を見上げたまま開いた口が塞がらなかった。ほぼ同じことを言われた記憶がある。
「鷺! てめぇ勇輝を殴りやがったな! 覚悟できてんだろーなぁ。如月は倍返しが主義だぜ?」
怒り心頭の秀斗を女の子二人が必死で押しとどめる。もう修理に追われたくはない。
(いや~秀斗。お前同じような理由で俺のこと殴ったよな)
完全棚上げの秀斗は拳を握って攻撃態勢に入っている。
目の前に立ちはだかっている鷺は無表情で勇輝を見下ろしていた。その姿は孤高の鷲を思わせる。
(秀斗といい、鷺さんといい……なんで俺ばっか……)
「あれ? もしかして鷺さんも弥生のことが好きなんですか?」
気づけば思ったことがそのまま口に出ていた。
「ちょっと勇輝君。そういうのははっきりと……」
「そこの馬鹿のような薄い感情と一緒にするな。俺は弥生の情報を集められればいい」
鷺は癒慰の言葉を遮り、指で秀斗を指しながら断言した。
(それ軽くストーカーですよ?)
「つ~かてめぇどうやって入ってきたんだよ」
馬鹿呼ばわりされた秀斗は低く呻く。彼の張った障壁を破られた気配はなかった。それ以前に鷺は障壁を破れるような能力は持っていなかったはずなのだ。
「あ? 弥生にこれをもらったんだ」
そう言って鷺は胸にかけていたペンダントを持ち上げた。
それを見た瞬間秀斗は全機能を停止した。
急に抵抗がなくなった秀斗を不思議に思って女の子二人は彼の顔を見上げる。
秀斗はまるで幽霊でもみたかのように顔面蒼白で、虚しく口の開け閉めを繰り返していた。
「秀斗。大丈夫?」
魂でも抜けたのではないかと、勇輝はおずおずと声をかける。
憎き秀斗の呆然自失の態を見て、鷺は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「いい顔だ。丁度いい。一発殴らせてもらおう」
鷺が秀斗へと足を踏み出した時、ドアの開く音がした。
「鷺……本当に来たのか」
鷺はその声にぴたりと歩みを止め、顔をそちらへ向ける。そこには相変わらずの無表情で弥生がいた。 勇輝はその姿に心臓が飛び跳ねた。逃げようにも足が動かない。
「当たり前だ」
「……来い。そこでは秀がうるさいからな」
弥生は勇輝には目もくれずに身をひるがえした。鷺は腰に付けていたカバンから書類を取り出すと手近にいた癒慰に投げ渡す。
「ここ数十年の外と中の動きだ」
短く内容を述べると、弥生の後を追ってホールから出て行った。
癒慰は確認のためパラパラと書類を捲る。
「細かいわ……」
勇輝は弥生出現により驚いた心臓を宥めながら秀斗へと近寄った。先ほどから言葉も発することなく固まっている。
「……一体どうしたんだ?」
勇輝が目の前で手を振ったり髪を引っ張ったりするが何の反応もない。
「きっと鷺君のペンダントが問題ね」
「あ~。なんか水晶ぽかったやつ?」
「私たちも持っているのですが……」
そう言って零華が見せてくれたのは青みがかかった水晶体で、中には水を流し込んだような模様が入っている。
「へ~これ何?」
勇輝は水晶のようなものを手にとって明りにすかした。水のように光を反射して綺麗だ。
「これは私たちの髪と血を媒体にして力を押しとどめたものです。微量ながら覇働を放っているので小石くらいなら弾き飛ばせます」
髪と血という言葉に危うく水晶を落としそうになる。
「でもなんで秀斗がやられてんの?」
「聞いた話では秀斗君の国ではプロポーズをする時にこれを上げる風習があるらしいのです」
それを聞いた瞬間、勇輝はなるほど~と納得した。
おそらく秀斗は弥生が鷺にプロポーズしたと思い込んだのだろう。
「可愛そうな秀斗」
「静かになっていいことです」
本当に憐れむべきはみんなの冷めた態度かもなぁ、と固まっている秀斗の隣で勇輝はぽつりと思った。
「でもさ、弥生人間嫌いなのになんで鷺さんは迎え入れんの?」
「弥生ちゃんの中では無能力な人が人間なんです。鷺さんは異能者ですから弥生ちゃんに言わせれば人間ではないのですよ」
「鷺さん超能力者なの? どんな?」
零華は少し考えるそぶりをみせてから口を開いた。
「詳しい能力は知りませんが、変装が得意のようです」
「諜報員やってるしね~」
鷺の能力は隊の中でも特殊で、名称も持たなかった。その特徴は人に化けられること。その目で見た人物であれば、骨格から全て写し取って化けられるのだ。
「それって能力?」
「身長も伸び縮みしてますから、能力だと思います」
勇輝はふっと遠くに目をやった。
(身長が伸びるなんてうらやましいな)
「だからあの顔が本当の顔かはわからないのよね~」
「へ~」
(ほんと、この隊って変な人ばっか)
勇輝がこれを言葉に出さなかったのは、懸命な判断だっただろう……




