第2章の9 錬魔を攻略せよ
翌日、勇輝は盗人のようにそっとテントの布をめくった。少し覗いて中の様子をうかがう。
見える範囲には誰もいなかった。
勇輝は身を滑らせて入り、そっとドアを閉める。ホールに人影はない。
隅々まで目をやってほっと息をつく。
(弥生はいないな)
だが逆に誰もいないのも困りもので、本当の空き巣になった気分だ。
呼び鈴とかはないかと周辺を物色するも、インターホンのような近代的な物はない。
しばらくうろうろしていると一つのドアが開いた。
勇輝ははっと身構えて、入ってくる人物に注目する。相手によっては、逃げる、隠れる、挨拶するのどれかの行動をとらなくてはいけない。
「よ~勇輝ぃ。ちょっと遅かったな」
間のびした声に勇輝は脱力する。気を張って損した気分だ。
「あ、秀斗か。いや、今日はちょっと寝坊した」
いつのまにか携帯の電源が切れていてアラームが鳴らなかったのだ。よって学校はさぼりだ。
「それはそうとさ。ここインターホンとかない? 誰もいないときどーすりゃいいかわかんないんだけど」
「あ? 別にお前が来れば分かるから必要ねぇだろ」
秀斗は手まねきをして、来たのとは違うドアを開けた。
勇輝は秀斗の後についていく。
「どーいうこと?」
「この屋敷は俺の障壁で守られてるから、誰かが入ってきたらわかんだよ」
「秀斗の力って守るのばっかだな」
「ま、俺の得意分野だからな」
逆にいえば守り以外の魔術はぼろぼろだ。
「へ~。で、どこに行ってんの?」
秀斗は先ほどからあちらのドアを開けたりこちらのドアを開けたりと忙しい。いくつのドアをくぐったかわからないほどだ。
「昨日弥生は駄目だっただろ。だからまず錬魔から落とそうかと」
零華はもう了承済み、と付け足して、秀斗は足を止めた。
「あ~、見込みは?」
「ない」
はっきりと断言すると、秀斗はそのドアを開いた。この部屋も弥生と同じ両開きのドアで、少し高さがあった。
「錬魔~ちょっといいかぁ?」
「え、俺心の準備が……」
有無を言わさずに連れ込まれた部屋は、全体的に白い印象を与えた。
正面にはソファー、壁際には大きな机が並んでおり、試験管やらビーカーやら実験用具が並んでいる。反対側の壁は本棚で埋め尽くされており、医学関係の本が並んでいた。
(錬魔って本当に医者だったんだ……いや、まだ一七くらいだし、医者志望?)
「秀斗、ノックくらいしろ……なんだその餓鬼は」
実験道具類の傍に置かれた机で、錬魔は分厚い本から目を離し、振り向いた。
すぐ隣で息をひそめている勇輝に気がついて眉をひそめる。
「錬魔。俺、勇輝を仲間に入れようと思う」
錬魔は回転椅子を回して、勇輝と向き合う。
錬魔はV字のシャツに白衣を着ていた。これが憎いほどよく似合う。これで眼鏡でもした日には、どこぞのゲームに出ていてもおかしくない。
「弥生は何と言っている」
「まだ了承はもらってねぇ」
「話にならんな」
そう切り捨てると、錬魔は椅子を戻し本へと視線を落とす。
「お前の意見が訊きたいんだ」
秀斗が錬魔に近づいて無理やり椅子をこちらに回した。
錬魔は足を組むとまじまじと勇輝に視線を注ぐ。勇輝はそれを正面から見返した。
(うわ~、三白眼で睨まれてる。怖~)
「俺はそこの人間が如月に入ろうが入るまいが興味はない。仲間かどうかは別だからな。弥生がそれを認めるなら俺は反対しない」
錬魔が勇輝に向ける敵意は、弥生のものとはまた違った。存在自体を否定するのではなく、人間というものを知ったうえで嫌っている印象を受ける。
勇輝はぐっと、握った拳に力を入れた。。
「――錬魔。なんで人間が嫌いなんだ?」
「その理由をお前に言ったところで何になる」
取りつく島もない返し方だが、勇輝は引き下がらない。
「俺は、お前らの仲間になりたい。そして、錬魔にも認めてもらいたい」
錬魔は小さく嘆息すると、立ち上がった。
秀斗がおい、と止めるのも聞かずに勇輝へと歩を進める。勇輝の前に立つと、見下ろした。
錬魔は彼らの中で一番背が高く、勇輝と比べると大人と子供ほどの差になる。
勇輝は負けじときっと見上げた。
「人間は……欲深い。自分のことしか考えない。だから嫌いだ」
錬魔はそう言い捨てると、勇輝を掴みあげてドアの向こうへほうり出した。
「勇輝! おい錬魔! 勇輝はちっちぇんだから優しく扱えよな!」
秀斗がボールのように投げられた勇輝を追って廊下に出ると、無情な音でドアが閉められた。
「勇輝……大丈夫か?」
「うん……ちょっと体が痛いだけ」
どうやら二人とも口より手が先にでるタイプらしい。勇輝は打ちつけた腰をさすりながら、話しあい以前の問題じゃん、と独りごちる。
人間は嫌いだと告げる錬魔の表情が脳裏に蘇る。
一瞬よぎった悲しげな表情。
その表情のせいで理由を深く追求することができなかった。
二人はホールにむかってとぼとぼと歩きだした。




