第2章の8 何事もまず話し合いから
最近何かと理由をつけて授業をさぼっていたが、そろそろ出た方がいいかというなけなしの良心に動かされ、勇輝は久々に教室にいた。最近まともに授業に出ている歩が珍しいなと驚いていた。
歩は如月におじゃましたら鷺になにをされるかわからないので自粛中なのだ。
しかし、いくらこのクラスが落ちこぼれ組であったとしても授業は進んでいる。長らくご無沙汰していた勇輝がついていけないのは当たり前だった。
只今の授業は化学。担任代理を務めている葉月がどんどん黒板を白くしていく。
数字とアルファベットしかないその黒板を見ながら、勇輝は違うことを考えていた。
弥生に人間を認めさせる方法だ。
秀斗達の話では弥生と剣の勝負をして勝つことができれば必ず認めてもらえるらしいが、学校の体育での剣道の経験しかない勇輝に到底勝てるはずがなかった。
(人間の偉大さを教えるってのはどうだろう)
人間は科学で空を飛べるようになった。遠くの人とも話せるし、世界中につながることができる。
(いやぁ、でもそんなこと言ってもな)
あの態度を見る限り聞く耳なんて持ってくれそうもない。逆に馬鹿にされてしまうかもしれない。
(俺個人のすごさとかをアピールするか……俺のすごさってなんだ?)
勇輝はそこで思考を止める。無駄なあがきだった。
(やっぱここは直接弥生に頼んだ方が早い気がするな~。何事も直球が一番って言うし)
そう結論付けると、弥生に言う言葉を考え始めた……
勇輝は本日の授業にフルで出て、学校の一日がかなり疲れることを知った。なによりも椅子にずっと座っているのが辛い。
そして、零華は毎時間授業を受けていることを知った。零華の姿を屋敷の中で見るのが稀だったのは、ちゃんと学生生活を送っていたからだった。癒慰もよく出席している。
そして放課後、勇輝は気合いを入れてテントの布を捲った。
ホールにいたのは秀斗と癒慰で、二人とも快く迎えてくれた。秀斗は授業に出ていなかったのになぜか制服だ。
(そういやこいつらの私服ってみたことないや)
勇輝はソファーに腰をかけ、水を一杯飲み干す。そして、目的を遂げるため尋ねた。
「弥生はどこ? 話をしたいんだけど」
その問いに二人は固まって、勇輝の顔をまじまじと見る。その顔は正気か、と問いたそうだ。
「――弥生は自分の部屋にいるけど、本当に会いに行くのか?」
「うん。話をしないと始まらないから」
勇輝の決心が固いことを見て、秀斗は立ち上がった。
「ついてこいよ。俺が案内する」
「ありがと」
勇輝は秀斗の後に続いて部屋を出た。
ホールの外は長い廊下が続いており、多くの部屋が立ち並んでいる。廊下は一本ではなく多くの筋に分かれている。
時たま現れる甲冑に目を奪われながら、そこをくねくねと曲がりたどり着いたのは、他と比べると一回りドアの大きい部屋だった。両開きのドアで、重厚感がある。
(うわ~どきどきする)
こんな気持ちになるのは、不良になることを父親に告げた時以来かもしれない。勇気を振り絞って宣言したが、あっさり了承され、その上頑張れと言われて拍子抜けを通り越して狼狽したのを覚えている。
秀斗がドアノブに手をかけて、ぴたりと止まる。
「ノックすんの忘れてた」
そう呟くと軽くドアを叩いた。
昔、ノックをし忘れて入ったところ、ナイフが飛んで来て壁に刺さった。忘れる度に得物が大きくなっていったからそろそろ銃あたりがきそうだ。
「秀斗だ。入るぜ」
秀斗は返事も待たずに部屋に入る。そっと勇輝もそれに続いた。
弥生の部屋は広かった。その広さは家具が少ないせいでより強調される。
ドアを開けて正面に机と椅子。後の窓は出窓になっている。そして窓の隣の壁には一枚の写真。勇輝の所からは誰が写っているかは分からないが複数名が写っているように見えた。
そして壁伝いに視線を動かすと、バルコニーがあった。部屋の奥にもう一つ部屋があるようだった。
弥生は正面の出窓に腰をかけていた。彼女は隊員服を着ている。
「なんの用だ秀」
そしてすぐに後ろの勇輝に気がつくとすっと目を細めた。
前に見た時は遠くてわからなかったが、今の弥生は彩がいた時よりも圧倒的に美しかった。
研ぎ澄まされた刃のような美しさは勇輝の体を萎縮させた。
「なんのつもりだ?」
「話だけでも聞いてやってくれ」
そう言うと秀斗は勇輝の背中を押した。
勇輝はそれに励まされ、弥生の威圧に呑まれそうになるのをなんとか踏ん張り気を奮い立たせる。
「や、弥生。俺はお前らの仲間になりたい。俺を、認めてほしい」
全身から声を振り絞った。
弥生はその言葉を聞くと口角をすっとあげた。
美しさは微塵も損なわれることなく、逆により鋭さをましていく。
冷笑、それを見た瞬間、勇輝は息が詰まった。
「笑わせるな。貴様のような下等な者が私たちの仲間になるだと? よほど首を刎ねられたいと見える」
弥生は冷笑を浮かべたまま覇動を勇輝に叩きつけた。向かってくる覇動を感じて秀斗が自分の覇動を障壁の代わりにする。
障壁を出せないほど、弥生の攻撃が早かったのだ。
勇輝は突然、水の中に突き落とされたような錯覚に陥った。全く息ができず、空気が上下左右全ての方向から迫ってくる。
秀斗が前に立ったことにより少しましになったが呼吸は正常にもどらず、喉を抑えて苦しそうに粗い息をしている。
(ちっ、こんな壁じゃぁ防ぎきれねぇ!)
秀斗は全身の力を集中させて弥生の覇動を押し返すと、一瞬の隙をついて勇輝を抱えてドアを蹴り開け、部屋から転げるように出た。
急に新鮮な空気が肺に流れ込んで勇輝は一気にむせる。苦しくて、その目には涙が滲んでいた。
(さ、さっきの、は、一体、なんだよ)
弥生の能力か何かかと勇輝は推測するが、混乱した頭では状況が把握できない。
「勇輝、立てるか?」
秀斗の問に勇輝はゆっくり頷く。
秀斗に手を貸してもらいながらゆっくり歩く。
「わりぃ、最初っから障壁張って守ってればこんなことにはならなかった」
「秀斗のせいじゃない……」
勇輝は荒い息を整えた。深呼吸をして気を落ち着かせる。
(正直、怖かった。本当に死ぬかと思った)
勇輝はぐっと唇を噛みしめた。
悔しさと悲しさがこみ上げてくる。だがそれらを押しのけて上がってきたのは怒りだった。
(弥生がなんで人間を嫌ってるかなんて知らない)
勇輝の怒りは人間を差別していることよりも、自分が人間としてではなく、春日勇輝として見てもらえなかったことのほうが大きい。
(俺は、春日勇輝だ。俺は必ず弥生に俺を認めさせる!)
二人はゆっくりとした足取りでホールへと向かった。早急に対策を練らなければいけない。
歩いていくうちに、勇輝の気分はだいぶよくなった。
そしてホールに入ると、癒慰が心配そうな顔で駆け寄ってきた。
「大丈夫だった?」
「まぁ、生きてるし」
勇輝はふう、と息を吐いてソファーに座りこんだ。精神力を持っていかれた感じだ。
「しばらく様子見だな。あいつの機嫌が悪いとまじで殺されかねねぇ」
「……今日も相当機嫌悪かったと思うけど?」
そんなに危なかったのか今日、と勇輝は非難の眼差しを秀斗に向けた。
秀斗はついと視線を明後日に向けて
「んじゃ、今後の対策を練りますか」
とごまかした。
そして、二言三言話しだすとドアが開いた。
いつも勇輝が使用しているテントへと通じるドアだ。
(零華が帰ってきた?)
三人が顔をそちらに向けると同時に、呑気な声がホールに響いた。
「おじゃましまーす」
戸口にいたのは藍色の髪の美女ではなく、ねぐせ頭に白衣の担任代理、葉月だった。
「げっ! 葉月!」
秀斗がものすごく嫌そうな顔で葉月を迎える。
「いや~なんかテントあるとか思ったら如月にでてびっくり」
あははと笑いながら葉月は勇輝の向かい、秀斗の隣に座った。びっくりとしたと言いながら、まったく驚いた様子ではない。
(ちっ、障壁の対象を一般人だけにしたのが悪かったか)
秀斗はこのテントが他の生徒や教師にばれないように四方を障壁で囲って姿を隠していた。
もちろん一般人から勇輝は外されており、組織の一員である歩にもテントは見える。同じ組織に所属している葉月もそれは同じだった。
(くそ~こいつの存在忘れてたぜ)
転校初日に会って以来、特になんの干渉もしてこなかったので記憶から抜け落ちていたのだ。
「それにしても勇輝君。君いろいろ大変みたいだね」
葉月は慣れ慣れしく勇輝に話しかけた。
勇輝はそのテンションについていけず、はぁと間抜けな返事をする。
「勇輝は俺たちの仲間だからな。やらねぇぞ」
「だいじょーぶ。僕のところは手が足りてるから」
二人のやりとりを聞いて、勇輝は突如閃いた。
「もしかして、組織の人?」
「そうだよ。僕は龍牙隊の化学分野研究員。この学校で彼らのサポートをやってるんだ」
そう言って葉月は爽やかに笑うが、どうにも胡散臭い。だが勇輝にとっては彼が初めての龍牙隊の大人だ。
怪しくても、口には出さない。
「勇輝。こいつに気ぃ許すんじゃねぇぞ。ろくなことしてねぇやつらだからな」
秀斗が騙されるなよ、と念を入れている隣で癒慰が紅茶を出した。
「どうぞ、お茶です」
ふらりとどこかへ消えたのは、紅茶を入れにいっていたらしい。
可愛らしいティーカップから立ち上る芳醇な香り。それだけで心を落ち着かせる効果がある。お茶菓子はクッキーだ。
「ありがとう。君は優しいねぇ……研究室に来てくれるのは零華ちゃんだけになったから寂しくてね」
葉月は一口紅茶を口に含むと、おいしいと呟いた。
いま一つ話が見えていない顔をしている勇輝を見て、癒慰が彼らの関係を話した。
「私たちは葉月さんに化学を教わったことがあるの。まぁ、最後までやったのは零華ちゃんと弥生ちゃんだけだったけど」
癒慰は難しくてやめ、錬魔は薬学の方がやりたくてやめ、秀斗は難しさとこんなガキに教わるなんてごめんだ、とやめた。
だが結局最後までやった弥生も、魔術とは相いれないとその後研究室を訪れることはなかった。
「国家規模の研究をしているすごいところなんだ」
「その研究自体が胡散臭いんだよ」
彼らが何の研究をしていようが勇輝は気にならなかった、それよりも訊きたいことがある。
「葉月さんは超能力者ですか?」
一応龍牙隊の先輩に当たるため敬語を使う。
「僕? 僕は違うよ。それに隊内にも能力者は数えるくらいしかいないんだ」
そして、右も左もやばい人たちだったら怖いだろ? といたずらっぽく笑った。
(今俺は右も左もヤバい人に囲まれてるってわけですか?)
「じゃぁ秀斗達ってけっこうすごいんだ」
立て続けにいろいろな非日常を見たせいで感覚が麻痺している。
「当たり前。つーか葉月、お前マジで何しにきたわけ?」
「ん? 勇輝くんを見に。そのついでにお迎え」
葉月は紅茶を全て喉に流し込むとカップを置いた。
「はい?」
秀斗と勇輝が同時に訊き返す。
「もうとっくに完全下校時間過ぎてるから。そろそろ校門しまるよ?」
勇輝が携帯を取り出して時刻を確認すると七時を過ぎていた。
この屋敷には時計らしきものが見当たらなかったから気がつかなかったのだ。
「あ、ほんとだ。俺帰るわ」
不良に門限は無く、校門は閉まっていようがよじ登るが、迎えにまで来られれば帰らないわけにもいかない。
「僕も帰るよ」
勇輝が立ち上がると葉月も立った。
「勇輝、気ぃつけて帰れよ。葉月、てめぇはとっとと出ていけ」
「また明日学校でね」
と二人はドアの前まで送った。
「じゃぁ明日~」
「上にばれない程度にさぼりながら君たちを見守ってるよ」
「お前はとっとと本部に帰れ!」
最後には二人ともドアから押し出されてしまった。
外は真っ暗で、冷たい北風がテントをはためかせている。ふと空を見上げると月が出ていた。ほぼ丸に近く、明日は満月だろう。
あまりの寒さに勇輝は自分の肩を抱いて温めた。
「勇輝君。彼らはけっこうくせものだけど頑張ってね。君に期待してるよ」
そう言い残すと葉月は颯爽と屋上から出て行った。
(くせもの……?)
勇輝は小さなくしゃみを一つし、結局彼が来たせいでなんの対策も練れなかったことに気がついた。
(ま、明日もう一度考えよ)
勇輝は早足で階段を駆け下り、家路についた。




