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第6章の8 晴れ渡る青空と、突然の雷鳴

 外の世界はまだまだ暑く、街ゆく人々は半袖かタンクトップ。どこかで蝉が鳴いており、アスファルトからは焼けるような熱が上がっている。

 いわゆる猛暑であった。


「それで……なぜこうなっている」


 低い声で錬魔が呟いた。タンクトップに半袖のシャツをはおり、綿パンをはいている。

 彼らがいるのはビルの影。丁度日射しを避けられてよいのだが。


「決まってるじゃない。おもしろいからよ」


 ピンク色のワンピースを着た癒慰が当然のように答えた。外出なのでフリルはいつもの八割減だ。

 彼らの視線の先にいるのは勇輝。

 勇輝は純と街をぶらぶらとしているらしかった。

 デート中の二人を見つけた彼らはそのまま尾行へと移ったのである。


「癒慰ちゃん。もしかしてこのためですか?」


 ブラウスにロングスカートをはいている零華が呆れた口調でそう言った。


「いいんじゃねぇの? 楽しければ」


 Tシャツにカーゴパンツ姿の秀斗はニヤニヤと勇輝に視線を注ぐ。


「違うわよ~。勇輝君の尾行してるのは勇輝君の好みを探るため」


 語尾にハートをつけてウインクをする癒慰を見て、尾行したかったんですねと零華が呟く。


「うふふ……可愛い少年二人がデート……」


 熱烈な視線を注ぎ、ついもれる本音。


「……帰りたい」


 一番後ろにいる弥生がぼそりと呟いた。

 その声は全員が驚いて振り返ってしまうほど小さく弱弱しかった。


「弥生?」


 秀斗が心配そうな視線を投げかける。


「……暑い」


 弥生の服装は長そでのカッターシャツに制服の長ズボン。本人曰く、私服はないとのこと。

 彼らの中で一番浮いている服装だ。


「暑いに決まっているだろう」


 夏を舐めているのかと夏国育ちの錬魔。


「焦げそう……」


 対する弥生の国の夏は短く冬が長い。


「弥生ちゃん。そんな服じゃだめよ。服を買いに行きましょう!」


 今にも溶けそうな弥生を見て、癒慰がぐっと握りこぶしを握る。おしゃれ好きの癒慰にすれば、弥生のかっこうは許せない。


「勇輝はどーすんだ?」


「すぐにどっか行くわけじゃないし、弥生ちゃんの服を買いに行く組と勇輝君を見つつプレゼントを買う組に別れましょ」


 癒慰はがしっと逃さないように弥生の腕を掴む。さっと弥生の顔が強張った。


「さぁ弥生ちゃん、可愛くなりましょうね」


 そう言って大通りへと出ていく癒慰。


「や、やめろ。服ぐらい自分で何とかする!」


 本能で危機を感じたのか弥生が抵抗をし始めた。


「じゃ、そーゆうことでよろしくな」


 秀斗も嫌がる弥生の背中を押して歩いて行った。爽やかな笑顔を残して……。

 残った二人は顔を見合わせて、のんびりしますかと勇輝に視線を戻すのだった……。







 尾行され、そして弥生が拉致されたことも知らない勇輝は純を連れて街をぶらぶらしていた。

 本部で会うなりすいませんと平謝りされ、どっか行きたいところあるのと訊けば、一緒にいられるだけで幸せですと返って来た。

 男二人でデートスポットに行くのもなんだと、勇輝はなじみの町へと誘ったのだった。

 そして先程から純は物珍しそうにあちらの店、こちらの店と目移りをしている。


「勇輝さん、ここはたくさんの物が売ってるんですね」


 きょろきょろと忙しなく首を動かす様子は小動物のようだ。


「珍しいの?」


「はい。僕が以前住んでいたところはもっと田舎でしたので」


 その言葉に勇輝は、


「ここもそんな都会じゃないけどな」


 と笑う。


「勇輝さんはずっとここに住んでいたんですか?」


「そう。生まれた時からずっと……」


 ぞわっと、また嫌な考えが浮かんでしまった。

 本当に、ここで生まれたのか。自分はここで育ったのか。


(そんなこと、考えたくもない)


「……勇輝さん?」


 急に押し黙った勇輝に、心配そうな顔で純が声をかけた。


「あ……なんでもないよ」


 純の声に意識が現実に戻った勇輝は、純に笑いかけた。

 ぱちりと目が合えば、純はあわわと照れたように俯く。


(可愛い……)


 勇輝も不良真っ盛りの頃は弟分に熱いまなざしを注がれていたこともある。だがそこに込められているのは畏敬の念であって、純のような敬愛ではない。

 なんとなくこそばゆい気持ちになりながら、勇輝は一つの店を指差した。


「あそこで遊ぼう」


 指を指したのは中学時代のたまり場だったゲーセン。


「うわぁ、楽しそうです」


 勇輝は俺のテクニックを見せてやると意気込んでゲーセンへと入っていく。

 勇輝が一番闘志を燃やしたのは格ゲーだが、射撃もカーレースもUFOキャッチャーも全て網羅している。

 ゲーム機が所狭しと並べられている中を縫うように歩いていると、純が一つのゲーム機の前で足を留めた。


「これ、かわいいです」


 それは可愛らしいぬいぐるみが並べられているUFOキャッチャーだった。大きな目をしたクマがうるうると二人を見上げている。


「へぇ、やってみる?」


 勇輝がコインをいれ、純をボタンの前に立たせた。


「え、でも僕やったことありません」


「大丈夫だって。この二つのボタンで上のアームを動かして取るだけだから」


「わ、わかりました」


 純は一世一代の大勝負に挑むような顔つきでえいやとボタンを押した。狙いは手前にある大きなぬいぐるみ。

 右へ、後ろへ。ゆっくりとアームは降りていき……


「あぁ!」


 アームはぬいぐるみにひっかかったものの、カタンと落ちてしまった。


「まぁ最初はそーなるって」


 勇輝はずーんと落ち込んだ純の肩を叩き、見てろとコインを入れる。

 こここそ腕の見せどころと、勇輝は神経を研ぎ澄ましてアームを動かしていく。

 狙いは首の少し上。


「うわぁ、あがりました!」


 見事アームはぬいぐるみを捉え、ゆっくりと運んでいく。

 そしてぽとっと、ぬいぐるみが出てきた。


「はい」


 勇輝がぬいぐるみを渡せば、


「いいんですか?」


 と純はぱっと顔を輝かせた。


「うん、あげる」


 実をいうと、クローゼットの半分が景品で埋まっているのだ。これ以上増えたら雪崩が起きる。


「ありがとうございます!」


 純は宝物を抱くようにぎゅっとぬいぐるみを抱いた。


「さぁ、もっと遊ぼうか」


 そして、射撃ゲームでは迫るゾンビにビビる純を見て勇輝は爆笑し、カーレースでは純の暴走車に勇輝の車も巻き込まれた。

 ホッケーゲームでは純が勝って平謝りをし、パンチゲームではけんかで鍛えた拳ともやしっこの拳の差が明らかになった。

 UFOキャッチャーに再挑戦し、純が失敗しては勇輝が取ってあげること数回。

 そしてゲーセンを出た純の手には戦利品がたくさん入った袋が二つ提げられていた。


「持とうか?」


「いいえ、僕が持ちます」


 重くないですし、と純はにっこりと笑う。


(そういや、訓練の時はあんまり笑ってなかったな)


 なんだか、ここにきて初めて純の本来の姿を見られた気がする。

 勇輝は携帯電話で時間を見た。そろそろお昼だ。お腹もすいてきた。


「どっかで食べない?」


「あ、あの……お願いがあります」


 勇輝が提案すると、純は何やら俯いて上目遣いで勇輝を見上げた。

 つい可愛いと思う心を抑え込む。


「何?」


「僕、ファーストフードを食べてみたいです」


 純からのお願いに、勇輝は目を瞬かせ、もちろんと笑うのだった。







 窓際の席でハンバーガーにかじりつく勇輝を見つめる二つの影。

 零華と錬魔は向かいにあるカフェで昼食を食べていた。荷物が増えており、袋から覗くウサギの耳。


「ゲームセンターには初めて行きましたが、なかなか面白いところでしたね」


 ちゃっかり自分たちも楽しんで、景品をゲットしていた。


「あぁ」


 錬魔はコーヒー片手にちらりと小さく見える勇輝へと視線を移した。


「あぁやってみると、普通の人間だったんだなと思ってしまうな」


 如月で見る漫画を読み、剣に打ち込んで前線に立とうとする勇輝ではなく、友だちと遊び、語らう勇輝。


「私たちの、知らなかった世界ですよね」


 零華が少し寂しそうな表情を浮かべた時、店の扉が開いて聞き覚えのある声がした。


「離せ、自分で歩ける!」


「だめ~。弥生ちゃん逃げちゃうから」


 二人は扉の方へと視線を向けたが、すぐに言葉が出てこなかった。


「あ、いたいた」


 癒慰がすぐに二人を見つけて近づいてくる。

 店員が気を効かせて椅子を用意してくれた。


「どう? 私のコーディネイトは」


「よく似会ってます」


「……あぁ」


 弥生はタンクトップを着て、その上にゆったりとした半袖のTシャツを着ている。襟ぐりがだいたんに開き、タンクトップが色を引き立てる。上着はところどころほつれたようになっており、覗く白い素肌が色っぽさをだしていた。

 下はショート丈のキュロットスカートで、サンダルをはいている。


「ほんとはスカートがよかったんだけど、そこだけは譲ってくれなくて」


 癒慰はふぅっと息を吐いて椅子に座り、水を飲んだ。


「なんなんだこの上着は、穴だらけではないか」


 弥生も椅子に座るがそわそわと落ち着かないようだ。


「そういうデザインよ」


「やっぱ弥生は清楚っていうよりもそっちだよな」


 フリルのワンピースを着て欲しい願望はあるが、二人してなんか違うという結論となったのだ。


「勇輝君たちは?」


「向かいの店で昼食を食べている」


「だから私たちも昼食をと思いまして」


 そっかぁと癒慰はメニューに目を通し始めた。どれにしようかなぁっと始終楽しそうである。


「弥生は何にする?」


 秀斗もメニューを見ながらまだ服に馴染んでいない弥生に訊いた。


「りんご」


 それだけは譲れない、と目が訴えていた。


「店の人に訊いてみるか」


「私スパゲティーにしよ」


 こうして合流した三人もお昼ご飯となったのだった。







 ハンバーガーを食べながらまったりと雑談していると、勇輝の携帯電話が鳴った。

 ちょっとごめんと言って見てみると、メールが来たようだ。


(……歩?)


 勇輝はなんだろうとメールを開けると、誕生日おめでとうと絵文字付きで書かれていた。

 かわいいひよこが跳ねている。


(そういや今日誕生日だった)


 朝も母親から今日は帰って来てねとメールをもらっていたのだ。


(誕生日……)


 胸の奥にあるわだかまり。

 本当に今日生まれたのかは、わからない。

 誕生一カ月前からの記録はない。

 また思考が囚われる。


(これも、嘘なのか?)


 何度も重ねた問いに答えてくれる人はいない。


「勇輝さん……何かあったんですか?」


 純の気遣わしげな声に、勇輝はばっと顔をあげた。


「え、ううん? 全く」


「すいません。難しい顔をなさっているので、仕事のことかと……」


「大丈夫。ごめんな、気を使わせて」


 勇輝は捉えられそうになった魔の手を振り切り、歩にありがとうと返信した。

 携帯電話をポケットにしまって、食事を再開する。

 純は楽しそうにポテトをつまみながら、いろいろな話をしてくれた。

 その大半が如月のすばらしさを語っていたのだが……。

 勇輝はハンバーガー二つを食べ終わると、ジュースを飲む。

 勇輝がジュースを飲んでいると、じっと見つめている純に気づいた。


「どうかした?」


「あ、いえ……本当に、夢のようだなって思って」


 しみじみとした純の言葉に、勇輝はジュースを飲むのを止めた。


「僕、如月に人間が入ったって聞いた時、本当に嬉しかったんです」


 純は少し恥ずかしそうに、小さな声で話し始める。


「如月に入った勇輝さんは、どういう人なんだろう。如月の方に認められたのだから、僕なんかより、ずっと強くてすごい人なんだって……ずっと考えてました」


 突如如月に入った、年の変わらない少年に憧れ、憧れるほどに同じ人間である自分の弱さが情けなくなった。


「僕のような弱い、役立たずとは違うんだって……」


 純の瞳をよぎった悲しい色に、勇輝は言葉をかけようとしたが、純は話し続ける。


「でも、朧月夜であって、話をして、一緒に訓練を受けて……僕と同じ人間なんだって思ったんです。僕も頑張れば、勇輝さんのようになれるって思えたんです」


 純はぐっと膝の上で拳を握っていた。自分の気持ちを言葉にするのにも勇気がいる。

 それを勇輝が聞いてくれていると思うと、嬉しかった。


「勇輝さんは、僕にとってヒーローなんです。勇輝さんの存在が、僕にどれだけの力をくれたかわかりません」


 恥ずかしそうに笑う純の言葉が、勇輝の心にしみいっていく。


「純……」


 心が澄んだ水で満たされたような心地よさ。いつの間にか心に巣くっていた塊はない。


(俺の存在が力になったんだ……)


 檻から解き放たれたような清々しい気分。

 自分の人生が、自分が偽りかもしれないと思い悩んでいた。だが、偽りかもしれない自分に勇気づけられた人がいる。


(俺が、いるんだ……)


 勇輝は静かに息を吐いた。


「ありがとうな、純」


 穏やかな声。

 自分の過去で悩んだところで、自分は存在している。過去がどうあろうが、今の自分は変わらない。

 そう思うと、とたんにバカバカしくなった。

 もし謎の答えを知る時が来ても、今ここにいる勇輝の存在は留まり続ける。純や、彼らの中に。


「い、いいえ! 僕こそ、こんなによくしてくださって……僕は、感謝を伝えるくらいしかできなくて……」


 純は慌ててぺこぺこと頭を下げる。

 その様子が純らしくて、勇輝は笑った。

 そしてそろそろ行こうかと立ち上がる。


「はい!」


 純はさっと立ち上がり、勇輝と目を合わせると照れたように俯く。

 勇輝は次はどこに行こうかと考えを巡らしながら、晴々とした日射しの中へと出ていったのだった。







 そして二人はファーストフード店を出て大通りを歩きながら、気になった店へと入っていく。

 とりわけ純が目を輝かせて入っていったのが雑貨屋で、可愛い小物がたくさん並んでいた。客は若い女性がほとんどで、勇輝は肩身が狭くて仕方がないのだが純は全く気にならないらしい。


“見て見て、あの二人かわいい~”


“兄弟かなぁ”


 ひそひそと交わされる楽しそうな会話に、勇輝は猫のぬいぐるみを見て怒りを抑える。


(耐えろ、耐えろ俺!)


 勇輝が猫のぬいぐるみと睨みあいをしている間に純は買い物を済ませたようで、てててっと近づいてきた。


「お待たせしました」


「次行こう」


 溜まったストレスをバッティングセンターで解消し、ソフトクリームを舐める。

 そうこうしているうちに、夕方になった。

 公園のベンチで一休みしていると、あの……と純が何か言いたげに勇輝を見た。


「どうした?」


 そうやって促してやらないと、純はなかなか自分の意見を言わない。


「その、これ……」


 そう言って紙袋から出したのは、可愛く放送された小箱だった。


「今日、お誕生日ですよね」


「え、何で知ってんの?」


 突然そう言われて驚く勇輝。


「如月のファンですから」


 さも当然と純は誇らしそうに答える。


(そうだった。こいつは信者だった……)


 自分のことがびっしりと書かれたファイルを思い出す。


「お誕生日、おめでとうございます」


「……ありがとう」


 勇輝は照れくさそうにプレゼントをもらった。誰かに誕生日プレゼントをもらったのは、彩以来だ。


「開けてもいい?」


「はい!」


 勇輝は慎重に包装をとき、箱を開く。


「これ……」


 中から出てきたのは、ピンバッチだった。

 如月の紋章がかたどられ、その中に六色のガラスが中心へと弧を描くように円状に並んでいた。中心には七色に輝く石が嵌められ、六色が仲良く、溶けあったようだった。


「すげぇ……」


 色は銀、金、赤、青、茶、そして白。


「俺が、この白?」


「はい。勇輝さんは僕のヒーローで、光輝いてますから」


 そんな言われた方が赤くなりそうなことを純は口にする。


「ありがとう、純」


 勇輝はその箱を大事そうに閉めた。


「大切にするよ」


 そう満面の笑みを純に向ければ、純は顔を赤くして俯いた。


「ほ、ほんの、気持ちですから」


 そしてばっと立ち上がり、大通りを指す。


「そ、そろそろ帰りましょう。いい時間になったので」


 どぎまぎとする純がおもしろく、悪戯心を刺激されたが勇輝は黙って従うことにした。

 今から帰ればご飯の支度に間に合う。如月で少し時間を潰して、家に帰ろうと勇輝は立ち上がった。


「今日は楽しかった……」


 楽しかったか? と訊こうとした勇輝の口が引き締まった。目つきが鋭くなる。


「どうかし……」


 二つある公園の入り口から多数の男たちが入ってくるのが見えた。それも、まっとうではない雰囲気を纏っている。


「これは、簡単には帰してもらえないかもな」


 公園で遊んでいた子どもたちも、やってきた男たちに驚いて逃げていく。勇輝はぐぐっと伸びをし、首を鳴らしてやる気満々だ。

 狙いは自分だと分かっている。


「ど、どうしましょう……」


 勇輝の後ろで純は子うさぎのように小さくなっていた。


「離れて、あとこれ持っておいて」


 勇輝は常に持ち歩いている護身用の麻酔銃を純に渡した。


「くれぐれも俺を撃つなよ」


 そう念を押すのも忘れずに。


「は、はい! あれから練習したので少しはましです!」


 純を離れさせ、勇輝は迎撃態勢に入る。

 男たちは二人を取り囲み、止まった。その手に持つのは木刀やバット、中にはパイプを持っている者もいる。


(ふ~ん……。やばそうな武器はないな)


 拳銃を持っている者もいない。隠しているのかもしれないが、すぐに殺してどうこうというわけではなさそうだ。


「おっさんたちがどこの誰かは知らないけど、容赦しないよ」


 男たちは何も答えない。ただそれぞれが持つ武器を握りしめ、勇輝を見ていた。

 どちらが動いたのが先か。

 デートのシメが始まった。





 その様子を少し離れたビルの屋上から眺める五人。三人が瞬間的に飛び出しそうになったのを、二人が止めたところだった。


「少し様子を見ましょう」


「勇輝君ならあれくらい一人で倒せるわ」


「くっそ~、あいつらせっかくのデートを邪魔しやがって」


 秀斗がけっと悪態をつく。


「ほんとハートが飛んでたわね。あ、このけんかも写真に撮っておこ」


 先程からカメラのシャッターを切りまくっている癒慰。誰もその写真を何に使うのか、勇輝が憐れすぎて訊けていない。


「なぜあいつばかり……」


 月契の柄に手をかけながら、弥生は舌打ちをする。


「弥生……うらやむことじゃねぇよ」


 秀斗はまぁ落ち着けと弥生の肩を叩く。自分も飛び出し組だったので人のことは言えないが。


「だが危ないと判断すれば割って入るぞ。怪我をされると面倒だ」


 錬魔がそう言っている間に、勇輝は敵を地面に沈めていく。途中からは敵の木刀を奪い、見事な剣さばきを見せていた。

 その後ろでうっとりとした視線を送る純。

 今のところ麻酔銃は威力を発揮していない。


「しかし、どこの組でしょうか。あんな甘い武器で如月に敵うと思ったのですかね」


 零華は冷静に敵を分析し始める。

 その隣で弥生が弾かれたように遠くへと視線を向ける。ざわりと何かを感じた。


「零華、癒慰……。近くに何かの気配はないか?」


「え?」


 二人はそう言われて辺りに神経を巡らせる。


「いえ……」


「おかしな気配はないわ」


「何か感じたのか?」


 錬魔がそう問えば、弥生は静かに首を振り、


「わからん。一瞬、何か嫌なものを感じたが……何なのか」


 弥生も神経を集中させるが、あの感覚はすっかり無くなっていた。


「おい……あいつらおかしいぜ」


 公園を見ていた秀斗の険しい声に、全員公園へと視線を移す。


「倒れても、すぐに起き上がりやがる」


「勇輝君、手加減してるの?」


 勇輝は木刀でパイプを弾き飛ばし、男の喉元を突く。振り下ろされた木刀を避け、男の背後から頸椎に一撃を喰らわせた。


「いや……急所をしっかり狙ってやがる」


 普通なら、起き上がれない。

 秀斗はそれを見てにぃっと笑い、フェンスに足をかけた。


「これは、行ってもいいよな?」


 何度も立ち上がってくる敵に、勇輝も押されかけている。

 何かがおかしいと感じさせるには十分。


「仕方がありませんね。魔術は禁止ですよ?」


 やれやれと零華がそう言った。


「了解!」


 次の瞬間には屋上から三人の姿は消えた。ビルから電柱を飛びわたり、公園へと向かう。


「血気盛んなお年頃ね~」


「結局ばれてしまいましたね」


 それを女の子二人が呆れ半分で追うのだった。








 倒しても倒しても起きあがる。

 何もしゃべらず、ただ攻撃を繰り返すのみ。

 そして攻撃を受けても、痛みも感じていないかのように表情一つ変わらない。

 皆無表情で勇輝に迫りくる。


「お前らはゾンビか!」


 勇輝はざっと敵を見渡して、どう攻めるものか考える。

 意識を飛ばしてもまた起きあがる。

 足を折るのが一番いいが、そこまでする必要があるかとわずかな良心が止めていた。


「純!」


「はいぃぃ!」


 木の後ろに隠れていた純が驚いて変な声で返事をした。


「麻酔銃パス!」


 くれと手を伸ばし、純は力いっぱい投げる。


(眠らせるのが一番早い!)


 麻酔銃は弧を描き地面へと落ちていく。

 落下予測地点は勇輝よりも五メートル前。


「まじか!」


 腕力もないことが判明。

 勇輝が慌てて銃を拾いに前へと踏み出した時、後ろから男が鉄パイプを振り下ろした。


(やっべ)


 勇輝は身体をひねって木刀でそれを受けようとするが、間に合わない。

 とっさに腕で受けようとした時、視界の端に金色の何かが割り込んできた。


「とっとと死ね!」


 男の顔面に秀斗の跳びひざ蹴りが決まった。

 間一髪のところを救われた勇輝はぽかんと口を開けて秀斗を見ている。


「え……?」


「ヒーロー登場ってな」


 爽やかスマイル炸裂。流れ弾が純に当たって、もだえ苦しんでいる。

 勇輝が呆気にとられている間に、弥生と錬魔も敵を沈めていく。


「うぉう……まじすぐに起き上がりやがんな」


 飛ばされても起きあがって来た敵を見て、秀斗はひゅうっと口笛を吹く。


「うん……なんかおかしいんだ」


「あの目……誰かに操られてるっぽいな」


 秀斗は胸糞悪ぃと吐き捨て、何もない空間から麻酔銃を取り出した。弥生と錬魔にも投げて渡す。


「眠らせて一人拉致るぜ」


 二人はそれを受け取ると、一度頷き麻酔針を放っていく。

 勇輝もそれに応戦した。

 四人がかりとなると、攻撃力はけた違いで、すぐに立っている者は彼らだけになった。


「最初から麻酔銃使えばよかった……」


 ぐったりとした様子で、勇輝は麻酔銃をしまった。


「つーかこいつら誰?」


 秀斗が一人の髪を掴んで顔をあげさせた。

 さっぱり見覚えがない。


「敵だ。それで十分だろう」


「そうですね。それに誰かに操られていたとなれば、黒幕がいますし」


「またごたごたがやって来たの?」


 零華と癒慰が事態が治まったのを見てやってきた。


「え、何でみんないるの?」


 全員終結に目を丸くする勇輝。


「みんな暇だから町に買い物にね」


 えへへと笑って癒慰はさっとカメラを隠した。それを見てしまった勇輝がげっとうめく。


「つけてたの?」


「ううん。見守ってたの」


 もはや隠す気ゼロの癒慰は、悪びれもせずそう言った。


「いや~、モテル男は大変だな」


 秀斗が親指を立てて勇輝にグッジョブとサインを送る。

 勇輝はどっと疲労が押し寄せ、はぁと息を吐いた。今日は盛り沢山な一日だ。

 そして純の存在を思い出して、はっと後ろを振り向いた。


(あ……飛んでる)


 純の周りだけお花畑のようだ。目を潤ませて木にしがみついてこちらを見ている。

 勇輝は頭をかきながら、もしもーしと純に近づいて行く。

 勇輝は純の前に立ち、彼の目を塞いだ。


「……はっ、僕は何を」


 正気に戻ったらしい純の顔をまっすぐ固定する。ここでまた彼らを見てしまったら、天国へ飛び立ちかねない。


「って勇輝さん……!」


 かぁっと純の頬が赤く染まる。


「純、お前今すぐ帰れ」


「きゃぁ! 勇輝君が純君を口説いてる~」


 るんるんした癒慰の声が届き、二人の写真を撮ろうとぐいっと視界に入って来た。


「あ! 癒慰!」


「ゆ、癒慰さん!」


 ぽ~っと純が魂を飛ばしかけている。

 癒慰は親指を立ててナイスとメッセージを送る。


「……で、勇輝。お前はそいつとつきあうのか?」


 さらりと、錬魔がとんでもないことを訊いてきた。


「はぁぁぁ!? そんなわけないじゃん!」


 純をほって、勇輝は錬魔につめかかる。

 勇輝の怒りを喰らった錬魔は、逆に驚いた表情で、


「すまん……俺の国では特に変ことでもなく……」


 と弁解した。

 勇輝はそれを訊いてどんな国だよと心の中でつっこむ。

 その間にまた憧れの如月を見た信者は、天国への階段を上っていた。


「あぁ……また」


「勇輝。デートとやらは終わったのだろ? なら帰るぞ」


 額に手をやろうとした勇輝に、弥生が声をかけた。

 秀斗も連れていく男を決めたようで、足元に転がしていた。


「う、うん。じゃぁ俺は純を送ってから、如月に戻るよ」


 さすがにこの状態の純を置いてはいけない。

 また後で、と彼らは公園を後にした。すぐに消えたので空間魔術でも使ったのだろう。

 人目がなくて、本当によかった。


「純。帰ろうか」


 どこかを旅している純の頭を優しく叩いて現実世界に連れ戻す。


「へ……あ、はい!」


 大変な一日だったと思いながら歩き出す勇輝の後ろを、僕すっごく幸せですと純はついて行くのだった……。







 そして純を送り、如月に帰った時にそれは起こる。

 着信音を鳴らす携帯電話。

 これから夕食を始めようかというところに、電話がかかって来た。

 相手は父親。




 内容は、母親が何者かに襲われたというものだった……。




 いいね、ほのぼのとしたこれぞ神の名の下に

 なんかラブ要素がおかしなところで発生してますが、なぜに?

 五章で出てきたときは、純がここまで働いてくれるとは思いませんでいたが……。ストーリーって読めない。

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