第6章の7 嵐が過ぎ、いまだ雲行きあやし
日も昇り、朝食を済ませた彼らはホールに集まっていた。癒慰が何やら話があるらしく、呼び集められたのだ。
勇輝は純とデートで今日はいない。
火が消えたように静かなホールに、癒慰の声が響いた。
「今日、八月二九日が何の日か知ってる?」
癒慰はフリフリのドレス姿で皆の前に立っている。問いかけられた魔術師四人は互いに顔を見合わせ、首を傾げた。
癒慰はその様子を見てやれやれと呆れた表情を浮かべた後、にんまりと秘密を教える子どものようにもったいつけてこう言った。
「今日はね、勇輝君の誕生日なのよ」
「そうなんですか?」
それにいち早く反応したのは零華で、後の三人はいまいち言葉を理解できていないらしい。
「誕生日?」
秀斗が怪訝そうに言葉を反芻する。
「生まれた日のことよ」
「あぁ、生誕祝の日か!」
国によって呼び名が違うのか、秀斗はやっと理解したようだ。
「俺の国では火灯りの日だな」
「へぇ、国それぞれなのね」
癒慰と零華の国では一般的に誕生日で通じるのだ。
「んで、お祝いでもすんのか?」
秀斗がわくわくした様子でそう訊く。祭り好きの血が騒いできた。
「もちろんよ! 盛大なものにするためにみんなの意見を聞きたくてね」
そのために癒慰は彼らを集めたのだ。
「お祝いっていったらまずは肉だろ。草原で狩ってきた肉を熟成させて、丸焼き。うめぇぜ?」
さすが国土の三分の二が草原の国、ステラグニュールである。
「俺のところでも夕食は豪華だったな。親族やらを集めてパーティーを開いていた記憶がある」
ちなみに城下では酒が無料で配られ、料理が振舞われていた。
「そうですね。私のところも基本パーティーだった気がします。国中の料理や舞踊などがありました」
「私もそんな感じだったかな……。絵を描かれた記憶が強いけど」
まだ幸せだった頃の話。闇の子であることが分かってからは、祝われることなどなかった。
癒慰は思い出しそうになった過去をふりはらって、
「弥生ちゃんは?」
と、先程から黙っている弥生に問いかけた。
「私は、そのようなことをした記憶はない」
「え」
癒慰はまずいことを訊いたかと焦るが、弥生は気にした風はない。
「弥生、自分の生まれた日、知らねぇのか?」
弥生の隣に座る秀斗が気遣わしげにそう尋ねた。思い起こせば氷騎にいた頃も一度も誕生日について触れたことはなかった。
そして如月でも一度も誕生日を祝ったことはない。
「生まれた日か……冬だったかな」
なんとも曖昧な弥生の返事に、秀斗は感極まったのか、
「冬になったら俺が祝ってやる!」
と両手を広げて弥生に抱きつこうとする。
それと同時にヒュッと風を斬る音が秀斗の耳元で聞こえた。後ろの壁に突き刺さる短剣。
「いらん」
抱きつこうとした形のまま固まった秀斗を癒慰が強制的に別のソファーに座らせた。植物の蔓による楽々輸送である。
「まぁ、弥生ちゃんの誕生日のこともまた考えるとして、まずは今日の勇輝君の誕生日についてやりましょ」
癒慰が仕切り直して、皆は再び意見を出し始める。
庭の噴水から酒を出す。
珍獣を連れてくる。
空の旅をする。
さまざまな案が飛び交う中、零華がはたと気づいたように尋ねた。
「これ、私たちの国の祝い方ですが、勇輝君には人間界の祝い方をした方がいいのではありませんか?」
「あ……」
四人は言葉を失った。忘れそうになるが、勇輝は人間なのだ。
「それに、私たちの出自も考えると、私たちのやり方ではまずいような気も……」
一応王族。祝われ方が国を挙げてというのは普通ではない。
「そう、よね」
企画した癒慰ががっくりと肩を落とす。
「えっと、前に小説で読んだのは小さなパーティーを開いてケーキを食べてプレゼントを贈ってましたよ」
落ち込む癒慰を零華は慌ててフォローした。
途端に癒慰の表情がパッと明るくなる。
「そうね! プレゼントを贈りましょ。何がいい?」
「え……本ですかね」
「酒~」
「薬草」
「剣だな」
癒慰がガクッとうなだれる。
それは自分たちが欲しいものでしょ、と癒慰は心の中で呟いた。
「もう、町に買い物に行くわよ! さぁ、私服に着替えてね。みんな目立つから!」
「一番目立つのはお前だよ!」
秀斗のつっこみに全員同意しつつ、私服へ着替えるために部屋へと戻っていく。
「しかし、今日勇輝君がいなくてよかったですね。気にせずに用意ができます」
「あたり前じゃない。そのために会員一号を使ったんだから」
「……え」
「まぁ、それだけじゃないけどね」
意味深な癒慰の笑みに、波乱の予感がする零華だった……。
如月で勇輝の誕生日パーティーについての企画が練られていた頃、美月は本部の廊下を歩いていた。向かう先は隊長室。
「あ、美月さん。今隊長はいな……」
「別にかまわないよ」
美月は控室にいた女の子の言葉も無視してツカツカと入っていく。
女の子が言った通り隊長はいなかった。
常に威圧感を放っている部屋は主がいないだけでからっぽになったような感じがする。
「隊長~」
美月は呼びかけながら、本棚へと近づいて行った。たくさんある本の中から一つを取りだし、本をずらしていく。
「隊長の~秘密の、部屋~」
変な節をつけて美月は本を動かしていく。そしてガタリという音がし、本棚が扉のように開いたのだった。
「隊長~、ちょっとお話があるんですけど~」
いつもの軽いノリで入って来た美月に、一人用のソファーに腰かけていた龍牙は眉をひそめた。
「また君は勝手に入って来て……」
龍牙の私室。白を基調とした部屋に、床は大理石。歴代の牙軍の写真がならび、重厚な雰囲気を醸し出している。龍牙が考え事をする時によく使う部屋だった。
「何度来てもここは懐かしいですね~」
美月はぐるりと写真を見回して、一人の女の子の写真に視線を留めた。無表情な白髪の少女。
美月はたっぷりとその写真を見てから、龍牙の向かいにあるソファーに座り、足を組む。
この部屋の主よりも主らしい寛ぎ方に、龍牙はまったくと諦める。
「それで、何の用だい。雑談をしに来たわけでもないのだろう」
渋い顔の龍牙に対し、美月はにこりと笑った。正解だと言わんばかりに。
「まずは、隊長の快癒をお祝いに。祝いの品は後で部下に届けさせますから」
龍牙は少し意外そうな顔をして、珍しいこともあるものだと呟く。
「いやだな~。僕は隊長への忠誠心で出来てるんですよ?」
わざとらしいその言い方を龍牙は聞き流し、
「まともなものを期待しているよ」
と返した。今代の美月の感性はどうも他とずれている。美月を襲名した時の献上品はリアルな悪魔をたるに入れた、下級悪魔危機一髪だった。
龍牙がまためんどうなことになりそうだと思っていると、
「それで、あとどれくらい持ちそうですか?」
真面目な口調で美月がそう訊いた。
相変わらずの落差だなと感じながら、龍牙も表情を改めて言葉を返す。
「百年だと言われたよ」
「錬魔くんの能力を持ってもそれぐらいですか」
「それで十分だ」
美月は遠い目をして、龍牙を見る。まるでその向こうに見える何かを見るように。
「思えば、隊長もずいぶん年をとりましたね」
しみじみと言う美月に、龍牙もそうだなと相槌を打つ。
二人が出会ったのはおよそ百年前。
龍牙には名のついた能力というものはなかった。ただ生まれ持って莫大なエネルギーを持っていただけだ。人が扱いきれないような膨大なエネルギーは、彼が青年になると同時に成長を止めさせた。
時の流れから置き去りにされた身体は気味悪がられ、人と関わらなくなった。仙人と称されるようになった頃に美月がふらりと現れたのだ。
“私がその力を使わせてあげますよ”
見たことのない青い髪の女性。会った時はその美しさに神かとも思ったが、今となってはなぜあの時ついて行ったのかという後悔の方が強い。
「僕たちの付き合いも百年をこえて、もうすぐ百五十年ですね。何かお祝いでもします?」
おどけたように言う美月に、龍牙はいらんと手を横に振る。
「まぁ、隊長はそのエネルギーが切れたら死んじゃうんですから、気を付けてくださいよ?」
有り余っていたエネルギーは空間維持や戦場での敵軍殲滅、平和の時は農業でと効率的に使用し龍牙も年を取っていった。
龍牙隊を組織してからは空間維持にだけエネルギーを使用していたが、そのエネルギーが極端に削られたのが冷戦。
冷戦の裏で起きた能力者どうしの血で染まる争い。龍牙隊と黒騎との戦いにおいて、龍牙のエネルギーは一時危険値まで削り取られたのだ。
エネルギーは回復する。だがそれ以上の速さで消費されていく。
錬魔が治療を行うようになって少し歯止めがかかったものの、本調子とは程遠かったのだ。
錬魔による治療は隊内でも一部のものしか知らないのだが、その快癒を察したのはさすがというべきか。
龍牙は過去を懐かしみながら、言葉を返す。
「私が死ぬのは、彼らが世界を滅ぼす時だよ」
龍牙隊を組織し、未来を予言する少女に会った時自分が何をするべきなのかを理解した。
「私は抑止力だからね」
それが龍牙が存在する理由。
「また運命ですか」
美月は辟易した態度で、運命という言葉を口にする。
「もし彼らの選択がこの世界を破壊するものならば、私は彼らを消さなくてはいけないんだよ」
何度も何度も、少女が伝えた運命。
彼女は全てを伝えることはできない。
ただその断片を、彼女は見せてくれた。
「隊長、今日僕はその運命について話をしに来たんですよ」
声を聞かせることのなかった少女を思い出していた龍牙の耳に、苦々しそうな美月の声が届いた。
龍牙は興味深そうに目で話すように促す。
「昨日、僕のところに勇輝君が来たんですよ」
「勇輝……」
聞き覚えのあるその名に、顔を思い出そうとするがぱっと出てこない。
「如月に入った人間ですよ」
「あぁ」
龍牙の記憶から、挨拶をしにきた少年の姿が飛び出してきた。
(暁美君の子か……)
その後も如月とはうまいことやっていると報告は受けていた。
「それがどうしたんだい?」
「隊長はご存知なのですか? 彼が何なのかを」
龍牙は美月の問いに、すっと目を細めた。
「どういう意味だい?」
「彼には生後一カ月から前の記録がありません。これはありえないです。僕には何ものかが干渉したようにしか思えません」
「彼の全てを見たのかい?」
知らず知らず、声が固いものになっていた。龍牙の鋭い眼差しに、美月はやはりと確信を持つ。
「いいえ。彼が視てくれと言った生まれる前後だけです。僕だってここで理を犯して捕まりたくありませんから」
美月の過去視の能力も万能ではない。霊界以外で使えば、リスクを伴うのだ。
「隊長、これもエリーのいう決められた運命ですか?」
美月の強い問いかけに、龍牙は困ったように笑った。
「それは、あの子にしかわからない。私たちは運命を見守るしか出来ないのだから」
それを聞くと美月は腕を組み、ふんと盛大に鼻を鳴らした。不機嫌が前面に出ている。
「また僕は蚊帳の外なんですね。運命さえなければ、黒騎だってすぐに潰してやるのに」
美月のかつての仲間もたくさん黒騎に殺された。その仇を討ちたくても、指をくわえて見ているしかない。黒騎も運命を担う者。
運命の輪を破壊すれば、その反動で世界が滅びる。
少女が繰り返し美月に伝えたことだ。
「堪えなさい、美月。運命はもう動いているのだ。私たちの手の届かないところで」
「つまらない。やはり僕には運命が決まっているなんて思えませんよ。どうにかしたいとあがいて生きた人生が、全て決まっていたなんて馬鹿げている」
霊界で、多くの人の人生を見てきたからこそ思うこと。英雄と呼ばれる者たちもあがいてあがいて人生を切り開いていた。
それが全てシナリオどおりだとは、思いたくない。
「弥生も、運命については信じていないようでしたけど」
「弥生?」
突然出てきた名前に、龍牙は怪訝そうに眉をひそめた。その名前が出てくると碌なことがない。
「勇輝と一緒に来たんですよ。二人にエリーの運命の話をしたんです」
龍牙はそれを聞くとぐっと黙り、深刻そうな表情を浮かべる。
「そんな顔をしなくても、運命は決まってるって言った人がいるって言ったくらいですよ?」
「君は……エリーをなんて紹介したんだい?」
龍牙は言葉を選ぶようにゆっくりとそう問う。
「え……普通に知り合いって……」
そう答えたとたん、龍牙はこめかみを押さえた。小さく馬鹿かと呟く。
「エリーが生きている間、君はいないだろう」
「あ!」
そこまで言われてやっと美月は自分がやったミスに気づいた。
エリーがいたのは美月の初代から三代目まで、今代の美月は知るはずがないのだ。
そこに矛盾が生じる。
「……でも、弥生と勇輝君だし、気づかないと思いますよ?」
勇輝はてへっとわざとらしい笑みを浮かべる。
龍牙ははぁと重い溜息をついた。
「これからは気をつけますって」
美月は軽い調子でそう言って、ソファーから立ちあがった。都合が悪くなったらさっさと退散。
美月は肩越しに龍牙を振り返り、
「無理はしないでくださいよ」
と言い残してさっさと出ていった。
美月の脳裏には写真で見た少女の姿がまだ残っている。
(しょうがないから、もう少しだけ見守ってあげるよ。運命は認めないけどね)
美月は記憶の中の少女へと言葉をかける。
そして少女は返すのだった。
運命は、決まっていると……。
あぁ……美月が暴走した。
知らん、知らんぞそんな話。
やはり美月が一番扱いにくいですね。作者の知らないことを話す話す。
そのせいで主人公そっちのけ。
でもまぁ、いつかは明らかにしないといけないことなのでOKとしましょうか。
勇輝と純のデートシーンは次回ということで……。




