第5章の11 鳥がもたらすは
錬魔はベッドの上で伸びをした。今日でレガーシアとの戦闘からちょうど二週間がたった。錬魔は包帯を解き、傷の具合を見る。
傷口はすでに塞がり、跡が残るぐらいだ。包帯は綺麗に巻いて片付け、制服に着替える。
机の上に置かれた目覚まし時計(勇輝からのプレゼント)を見ると、すでに九時を回っている。他の皆はすでに学校に行っているだろう。
錬魔が負傷してしばらくは全員学校を休んでいたが、一週間を過ぎた頃暁美さんが突然やって来て説教をしたのだ。
曰く、卒業をする気はあるのか、と。
どうも担任の葉月が電話をしてきたらしい。
そしてこうも言った。ひきこもってないでおびき出すくらいの気持ちでいなさい、と。
そして最後に勇輝へ、たまには帰って来なさい、と。
如月側も、まだそんなに休んでいない、や自分の息子が危険な目にあうかもしれないという点はいいのか、など言いたいことは山ほどあったが、全て飲みこんだ。それほど暁美の剣幕が怖かったからだ。
錬魔はそれを思い出し、ふっと笑みを浮かべて鏡を見た。顔を洗い、髪を束ねる。短い横髪が顔にかかり、正面から見れば短髪に見えている。
血の色だと、何度も思った。だが、この髪色を美しいと言われてからは、自分の髪が好きになった。
それが今は……。
錬魔の脳裏に彼女の顔がよぎり、塞がった傷口から再び血が流れるような錯覚に陥った。
それが過ぎ去ると途端に笑いがこみ上げてくる。
それは乾いた、虚しい笑いだった。
(どれほど俺は脆弱なんだ……こんなに、動揺するなんて)
錬魔は最後に悲しさを含んだ曖昧な笑みを鏡に残して部屋を後にした。
癒えない傷を抱えながら……。
学校は日常であり、そこに非現実的なものは持ち込まれない。うるさい教室、カラフルな不良たちの頭。そんな中で一日を過ごすと、今自分たちが置かれている状況が嘘のように思える。
不良たちが自慢げにケンカ話を繰り広げる朝休み、勇輝は登校そうそう机につっぷしていた。
「おい勇輝、何寝てんだよ」
伸びている勇輝を脇に立っている秀斗がつついている。
「なんかだるい」
もごもごと返す勇輝の額に秀斗は手を当て熱の具合を見る。
「熱はなさそうだぜ?」
「身体が重いし、眠いし……」
「昨日、夜遅くまでゲームをしていたからではないのですか?」
後ろから呆れた声が飛んできた。零華は勇輝の後ろに座り、優雅に読書をしていた。
「あ~、それかも」
「は? もしかして、俺が寝た後もまだあれやってたのか?」
昨晩、ホールにて格ゲー大会が行われていた。もちろん主催者は勇輝。参加者は秀斗、癒慰、弥生だ。零華はつきあってられません、と自室に帰って行った。
数種類の格ゲーで戦ううちに負けっぱなしの癒慰が抜け、十二時を超えて眠くなった秀斗が抜け、最後は負けず嫌いで止められない勇輝と寝なくても平気な弥生の一騎打ちとなったのだ。結果は百戦やり、五十勝四十五敗五引き分けで弥生の勝ち。
涙がにじむ勇輝の目には、朝日が見えていた……。
それを思い出した勇輝は苦笑いを浮かべ、あさってのほうを見る。ちなみに弥生は癒慰と話をしており、疲れている様子はない。
「もうボロボロ……」
「弥生は勝負事になると容赦ねぇからな」
「俺、今日一日中寝てる」
勇輝は机から顔を上げずに手だけを振った。おやすみのサインだ。
「仕方ありませんね。では、十分に一度の間隔で後ろからつついてさしあげます」
零華は本を閉じ、ペンケースからシャーペンを取り出した。カチリカチリと芯を出す。
「それ嫌がらせじゃん! 止めてよ、人の安眠を邪魔しないで!」
勇輝はがばっと顔をあげて、身体をひねって後ろを振り返る。シャーペンを顔の位置に持ち上げてほほ笑む零華は、まるでナイフを持ってほほ笑んでいるようだった。
「授業中に寝るなんて、いい度胸ですね」
零華の背後から絶対零度の風が吹きつけた。勇輝はさっと両手をあげて降伏の意を表明する。
「すいません、まじめに授業を聞かせてもらいます」
「わかればいいのです」
零華はくすりと笑ってシャーペンを机に置いた。
だが、そのシャーペンがほんの二十分後に小さな悲鳴を呼ぶことになるとは勇輝は思っていなかった……。
意識を失っては悲鳴をあげてを繰り返した午前中が終わり、彼らはお昼ご飯を食べるため屋上に上っていた。テントの前にカーペットを広げてそこで食べる。すでに夏の日差しになってきたが、屋上で食べるのは気持ちがいい。
そして勇輝は背中をさすり、恨みがましい目を零華に向けていた。
「何か言いたいことでも?」
勇輝と癒慰特製の弁当を食べながら、零華はわざとらしくその視線に答える。
「いいえ、なんでもありません」
一つ言えば十になって返ってくるのがわかっているので、勇輝はおとなしく引き下がる。午後からは零華の前には座るまいと心に誓った。
「具合が悪いのなら、如月に帰ったらどうだ?」
遅れて登校してきた錬魔が気遣わしげに勇輝を見る。念のため火煉を発動させてみたが、これといった異常は見つけられなかった。
「う~ん、それほどじゃないし大丈夫」
「弱いな、もっと鍛えるべきか?」
弥生がうさぎりんごを食べながら、そう言う。
「いやぁ……今ので十分です」
勇輝は剣の鍛錬の他に、体力づくりもしていた。もともと体力はあるが、さらにということで如月のまわりを走っている。自主トレというやつだ。
体力づくりに関して弥生に聞いても自然についたと返され、考えたすえのスポーツ漫画でおなじみ走り込み。
勇輝が首を振ってたまご焼きに箸を伸ばした時、屋上のドアが開いた。
「お~いたいた」
歩がパンを片手に手をひらひらと振って近づいてきた。
「あれ歩……お前いたっけ?」
「ひでぇ! 俺真面目に朝からいたぜ? 朝はお前が伸びてっから気を使ってそっとしといたのに……」
歩はおおげさに悲しそうな顔をして、勇輝の隣に座った。
「ごめんごめん、見えてなかった」
歩はすぐにいつもの顔に戻ると、パンを食べ始める。
「悲し~」
歩はもぐもぐとパンを食べ、ジュースを飲む。手作りお弁当を目の前にすると、悲しさ倍増だ。
「あ、錬魔……もう怪我はいいのか?」
錬魔に気づいた歩は気遣わしげに彼の表情を見た。
「問題ない」
「そっか、ならよかった」
そして談笑をしているとすぐに昼休みが終わり、午後の授業が始まる。勇輝は上手に零華から逃げ、後ろの席で爆睡して二時間が過ぎた。
チャイムとともに目を覚まし、零華の冷たい視線をもらった。それにはにっこり笑って開き直るに限る。
心なしか寝て楽になったような気もした。
「よ~し勇輝、久しぶりに遊びに行こうぜ」
そして帰ろうと鞄を手に持った時、歩に肩に腕を回され止められた。
「遊び?」
勇輝は目の色を変えて歩の顔を見る。
「そうゲーセン。どうよ久しぶりに」
「勇輝君、具合悪いんじゃないの?」
近くにいた癒慰が呆れ顔で口を挟む。
「大丈夫~遊びは別!」
勇輝はぐっと親指を立てて歩の肩に腕を回す。
「ほどほどに帰って来てね……」
二人して雑踏の中を分け入っていく様子は、酔っぱらったサラリーマンのようだ。
「なぁ癒慰、弥生知らねぇ?」
秀斗がきょろきょろと教室を見回すが、そこに弥生の姿は無い。
「先に帰ったんじゃない?」
「ふ~ん……」
秀斗はもう一度教室を見まわしてから、廊下に出た。廊下にも弥生の姿は無い。
「じゃぁ俺、少し街を回ってから帰るわ」
「えぇ、よろしくお願いします」
「気をつけろよ」
軽く手を振り、秀斗は玄関へと歩いて行った。
学校に出てきてからは先手必勝ということで、誰か一人は毎日街の様子を見てから帰っている。暁美の説教の効果である。
秀斗が帰路につく生徒に紛れて見えなくなったのを見届け、彼らも如月へと帰るのだった……。
校門へと続く道はたくさんの生徒で溢れている。クラブへと行く者、家に帰る者、友だちと遊びに行く者。皆わいわいと楽しそうに校門をくぐって街へと出ていく。
その様子を弥生は教室から見ていた。生徒のいない教室は閑散としており、掲示物もないその教室はどうやら空き教室らしい。
(……ん、勇輝と歩?)
黒髪の小さな後ろ姿と、それより大きい黒髪に白メッシュの二人組を見つけた。
(やはりな……)
弥生は勇輝と歩が校門を出て見えなくなると、険しい目つきで
「で? 何の用だ?」
と今自分がここに呼び出した人物に声をかけた。
「あれ? 呼び出されたことに対してもっとドキドキして欲しかったんだけど?」
そう言って歩はいじわるっぽく笑う。
「わざわざ紙を本に挟むなどまどろっこしい」
「いや~、そこに胸キュンがあるんじゃん」
「知るか……それで、いつまでそれを続ける気だ?」
弥生の鋭い視線に射抜かれた歩は、さっと両手を挙げた。
「別にふざけてるわけではないんだ……」
観念したように彼は笑い、右手で顔を覆う。その手が離れると、その下には苦笑を浮かべた鷺がいた。
「俺がこの顔のままでここにいると何かとまずいだろ」
肩をすくめて見せる鷺を、弥生は上から下まで見てぽつりと呟いた。
「お前……あまり制服は似合わないな」
隊員服だと違和感はないが、さすがに学生服は無理があるようだ。
「歳を考えてくれ……」
それもそうかと弥生は納得し、目で話すように促す。
鷺は一呼吸を置いてから話し出した。
「お前ら、黒騎とやり合ったらしいな」
「もう漏れたか……歩のやつめ」
「歩を責めないでやってくれ。俺が無理やり自白剤を飲ませたんだ」
一応鷺は歩をフォローするが、その顔は全く悪いと思っていない。
「同情に値するな……」
弥生は自白剤の前にあったであろう、精神的苦痛に対して歩に同情の念を寄せた。鷺の手口に拷問はほとんどない。彼のネットワークを駆使してじわじわと精神をいたぶるのだ。
「それで……黒騎の幹部とか言っていたな……その、彼らは関わっているのか?」
鷺はいくぶん控えめな様子で、そう問うた。
「姉様たちか? いや、あの二人は無関係だ」
「そうか……ならいいんだ」
ほっとした表情を浮かべる鷺を、弥生は訝しそうに見る。
「お前は情報を聞きに来たのではないのか?」
鷺は仕事の顔をしていない。それが弥生はひっかかっていた。
「違う……今回は個人的に来たんだ。この間、鎖羅さんたちと接触したって聞いたから……」
鷺は弥生と秀斗が黒騎を出たいきさつを詳しくは知らないが、あの二人と不仲になったことぐらいは察していた。隊長から如月が黒騎の二人と接触したと聞いた時は、正直肝が冷えた。正面衝突に発展しないかと心配になったのだ。その後報告は無く、如月は日常に戻っていたが……。
「あぁ……姉様とは仲直りしたんだ。今は度々遊びに来てくれている」
「そうなのか? それは良かったな……そうか、あの二人は元気か?」
鷺は懐かしさに目を細める。当時は敵だったが、それでもお世話になったことには深く感謝している。
「元気だ。相変わらず暇そうにしている」
それを聞き、鷺は小さく笑った。
「十数年経っても変わらずか……」
鷺は弥生から視線を外し、窓の外を眺めた。下校する生徒の波は途絶え、野球部の声が聞こえる。
「弥生……気をつけろよ。黒騎は弱体化したとはいえ、強力な能力者を擁する組織だ。黒騎のボスは怪しげな術を使うと聞く……謎の多い人物だ」
「分かっている。今度こそ、この因縁を断ち切る……」
「全てが終われば報告をくれ。さすがに心配になる」
仏頂面でそう言う鷺を見て、弥生はくすくすと笑った。その自然な笑いに、鷺は目を見開く。
「その気になればいくらでも調べられるだろうに」
「……あ、まぁ、そうだが」
律儀だなと小さく笑う弥生に、鷺はしばし見惚れていた。
(弥生の笑顔……)
龍牙隊で再会してから、鷺は弥生が笑顔を見たことがなかった。弥生が持つ笑みは、冷笑か嘲笑だったのだ。
(いい顔だ……ますます欲しくなる)
彼女を変えさせたものを知りたい。そしてこれから彼女がどう変わるかが知りたい。
「弥生、俺はお前のことを調べたいんじゃない。俺は知りたい。お前の口から話してほしいんだ」
「お前は、面白い奴だな」
「そいつはどーも。んじゃ俺は帰るか……まだ仕事もあるしな」
鷺はさっと顔を右手で隠し、再び歩の姿になった。
「もうちっと、学校を楽しんでからにするけどな」
「ほどほどにな……」
鷺はいたずらめいた笑みを浮かべている。歩の姿を借りて好き放題するつもりなのだろう。それにはすぐに報告をしなかった意趣返しも含まれている。
「頑張るぜ! にしても、なんですぐにばれたんだ? けっこう自信あったのによ」
口調も素振りも歩である。歩は自身の部下でもあり観察済みなので完全にコピーできたと思っていたのだ。
「歩は私にそこまでなれなれしく話しかけないし、まず私の眼を直接見ない」
歩は秀斗、癒慰とはだいぶ打ち解けているが、弥生とはまだ距離を感じるようでどこか硬いままだ。
(……脅しが効きすぎたか)
その原因を一役買っている鷺は、内心反省した。だがその半面上手くいったとほくそ笑むことも忘れない。
弥生はむっと悔しげな表情を見せる鷺を見てふっと笑った。
(それに、歩は先程勇輝と帰っていったからな)
最大の証拠はあえて言わないことにした。悔しそうな鷺の顔が面白かったからだ。
「しゃーない。書類地獄で缶詰にしてる歩のためにも早く帰ってやるか」
「缶詰?」
「報告を怠ったからな。罰として今日一日あいつは本部に閉じ込めてる」
鷺は人の悪い笑みを浮かべ、手をひらひらと振って教室から出ていった。
すっと視線を前に向けた鷺は、その直後に弥生の顔が驚愕に歪んだことに気づかなかった。
(歩は……本部から出ていない? ならば、先程のあれは……誰だ?)
すーっと血の気が引く。心臓が掴まれているような恐怖。弥生は窓を開け、窓枠に足をかけた。
「勇輝……どこにいる!」
勇輝が持っているお守りの覇動を探っても、曖昧で正確な位置が分からない。
弥生は脳裏をかすめた最悪の事態を振り払い、飛び降りてかけ出した……。
五章が波乱すぎる……。全体的に、予想外に鷺が出しゃばっている。もっと出番が少ないキャラだったのにな。いつか、再会のシーンを書きたいなとおもいつつ。入れるところもないという……。




