第5章の10 密談・脅迫・秘め事
ふかふかのソファー、細かな装飾が施された机、天井は吹き抜けになっており豪奢なシャンデリアがぶら下がっている。本部とはまた違った重圧を感じさせる如月に、いつもなら緊張を解ききれず小さくなって座っている歩は、今眉間に皺をよせてドカッとソファーに座っていた。
「いや~、悪かったって。謝るからそんなに怒るなよ」
不機嫌露わの歩の前には、頭を下げその上で手を合わせている勇輝の姿があった。
「本当なら俺は今日久々の休みだったんだぜ?」
「うん、いや~急用でさ」
「今頃女子高生とエンジョイしてたはずなのに!」
万感の思いを込めて歩はこぶしを握り、くっと奥歯を噛みしめる。
「誰!? 女子高生って何!?」
まさか彼女ができたのかと勇輝は腰を浮かせる。
「今日は街へナンパに繰り出そうと思ったのによ……」
はぁっとわざとらしく溜息をつく歩に勇輝は一瞬遠い目をし、静かにソファーに座りなおした。
「せっかく来てやったのに、誰もいなくて俺はどんなに寂しかったか」
「あはは……いつもならここには誰かいるんだけど」
よほど運が悪いというか、皆自室に引きはらったところだったのだ。
「ちぇっ……この埋め合わせはなんかしろよ?」
「わかってるって」
歩はひとまず怒りを治め、改めて勇輝を見た。
「で? 俺を呼び出したのは何なわけ?」
さすがに呼び出されるということは何かあったのだろうと見当はつけている。歩の問いかけに、勇輝は半笑いを浮かべた。
「うん……それがさぁ」
「歩~やっと来たのか~」
勇輝が話し始めた時、ドアが開いて呑気な秀斗の声がホールに飛び込んで来た。
「実は歩を呼んだのは秀斗なんだ」
「そうそう。まぁゆっくりしてけ」
秀斗はにかっと笑って勇輝の隣に腰を下ろす。
「もう何でもいいから、何があったのさ」
歩は半ば投げやりな口調で、ソファーに背中を預けた。
「そーだな。ひとまず、監禁されとっか?」
人懐っこい笑みとは乖離した言葉に、歩は三回頭の中で反芻した。何度繰り返しても監禁だ。換金ではない。
「秀斗、順番間違ってる」
「結論から言った方が早ぇだろ?」
「まず説明しやがれ」
説明されても監禁は御免こうむるが。
キレかけてる歩に秀斗は面倒くさそうな顔をして、勇輝に目配せした。
話してやれ、と。
それに対して、自分で話せよ、と勇輝も目で返す。
しばし視線を合わせた後、諦めたのか秀斗が口を開いた。
「怪奇現象の任務で、その首謀者と接触した」
「え? 早いな」
聞くなり歩はそれをメモに取る。
「敵の数は首謀者含めて6人、全員が能力者だ」
「うわ……厄介」
「結果的に全員逃がし、錬魔が負傷」
「はっ?」
反射的に訊きかえした歩の顔には信じられないと書いてあった。如月は龍牙隊最強とも言われる小隊。しかも負傷したのは隙のなさそうな錬魔だ。歩はぽかんと口を開け、放心している自分に気づくと慌ててメモに取った。
「錬魔は大丈夫か? 見舞いに行ってもいいか?」
「いや……怪我人は何かと気が立ってるから、今近づいたら解剖されっぞ」
その言葉に歩は顔をひきつらせた。その反応を見て秀斗は内心爆笑中だ。冗談だと分かっている勇輝は、秀斗の楽しみを邪魔するのもまずいので大人しくしている。
錬魔は昨日よりはだいぶ落ち着き、暇を持て余している最中だ。
「じゃぁひとまず、お大事にと伝えておいてくれ」
「はいはーい」
歩は大変だな、と呟きメモに視線を落とした。
「如月が苦戦するほどの敵……背後に組織とかはいるのか?」
「ん? あぁ、おそらく黒騎だと思うぜ。しかも末端じゃなくて上の方」
さらりと発せられた言葉に歩は目を剥いた。
「はぁ!? あの黒騎!? お前ら……何を敵にしてんのか分かってんのか!」
歩は顔の色を無くし、無意味に口を開け閉めしている。
「ぎゃーぎゃ喚くなよ。黒騎って言っても組織全体を相手にしてるわけじゃねぇ。幹部の一人だってだけだ」
秀斗は知られるべきではなない情報を惜しげもなく口にする。
「こいつは急いで報告しねぇと……」
歩はぱたりとメモ帳を閉じた。硬い表情で秀斗に視線を向けると、彼はにぃっと悪党の顔で笑っている。何か嫌な予感がした。
「さぁて、歩君はこの件について全部知ってしまいました。しかし俺たちはこのことを知られたくありません。では、次に俺たちはどうするでしょう」
わざとらしい口調で、園児に話しかけているように歩に問う。
歩の中で最初の言葉とつながった。
「答え、監禁」
秀斗が人生の終わりになりそうな答えを口にすると同時に歩は立ち上がり脱兎のごとく逃げる。
しかし、巣にやって来た憐れな子ウサギをライオンが逃がすはずなかった。
秀斗はヘアバンドの下に星鎧を発動させ、全てのドアの鍵をかけた。ここ如月は秀斗の能力によって守られており、秀斗の力に満ちている。その空間を自在に支配することなど朝飯前なのだ。
「か、鍵があかねぇ!」
ドアノブを激しく回す歩に、秀斗はドSな笑みを浮かべながら近づいた。その様は洞窟内にウサギを追い詰めたライオンの如し。
「さぁさぁ歩君。楽しい監禁ライフの始まりだぜ?」
「秀斗~せめて軟禁にしてあげて」
勇輝が友人を思って助け船を出すが、ランクが下がっただけで根本的な解決にはいたっていない。
「勇輝! 俺のことを思うならここから逃がせ!」
「……いやぁ。ごめん、俺お前と友だちだけどこいつらの仲間でもあるから」
あははと勇輝は軽く笑い、顔の前で手を合わせた。それはごめん、ともご愁傷様ですとも見える。
「こんの、薄情者ぉぉぉ!」
「俺からは逃げられねぇよ」
秀斗は歩の肩に手を回し、がしっと捕らえた。そして歩の胸元に手を入れ、メモ帳を奪いとる。
「な、何すんだ!」
「スパイがメモなんて形に残るもんを使うなっての」
歩よりも背の高い秀斗はそれを高く上げて、取り返そうともがく歩をいじめっ子の表情で見ている。
「長引きそうだし、俺ジュース持ってくるわ」
勇輝はぴしっと片手をあげると、すーっとフェイドアウトしていった。
「あいつ……逃げやがったな」
「なんだ、気を使わせちまったな。さぁ歩……まだ帰さねぇぜ。俺と遊んで行け」
先程までの遊びが入った声音ではなく、低い美声。女の子なら腰砕けになるだろうが、歩は心臓にナイフを突き立てられている気分になる。
(あ~、俺の人生今日までかな)
歩は秀斗にずりずりと引っ張られながら、遠い目をするのだった。
錬魔の部屋は二階の奥まったところにある。そのドアの前で零華は深呼吸をし、自分が取る行動を頭に描いてからノックした。
ややあって、錬魔の声が返ってくる。零華は高鳴る鼓動を抑え、ドアを開いた。
「……なんだ零華か」
錬魔は大人しくベッドで半身を起こし、本を読んでいた。横になる時に邪魔なのか、髪は下ろしたままにしている。寝間着である浴衣の胸元から覗く包帯が痛々しい。
「本が、山のようですね……」
ベッド脇のサイドテーブルにはこれでもかというほど本が積まれている。
「あぁ……暇だからな。半分は勇輝が押しつけた漫画だが」
確かに、重厚なハードカバーの間に楽しげな雰囲気を醸す本が挟まっていた。
「暇なら、早く治せばよろしいのに」
零華はベッド脇のテーブルに座り、錬魔をじっと見つめる。彼の瞳は灰色で、今は何の感情も見いだせない。
「無理を言うな」
錬魔は落とすように小さく笑って、本を閉じた。
「で? 何の用だ?」
錬魔は本をサイドテーブルに置き、切れ長の目を零華に向けた。その瞳に零華は覚悟を決める。彼の瞳に悲しみや苦痛の色を映す覚悟を。
「錬魔君。貴方の能力は、治癒の瞳ではありませんよね」
前置きも何もせず、零華は問う。その言葉に錬魔は一瞬虚を突かれたような顔をしてから、ふっと笑った。
「長年一緒にいて何を言い出す」
「昨日、錬魔君の瞳は全て赤く染まっていました……」
次の瞬間、錬魔の表情が凍りついた。そして何かを言おうとしたが、零華が言葉を被せる。
「あの瞳は、神祈の瞳ですよね」
畳みかけられた言葉に錬魔は言葉を失った。耳元に心臓があるかのように鼓動が激しく、全身から冷や汗がでる。
(なぜ、知られてしまった……)
人間界に渡ってから、細心の注意を持ってその存在を隠していた。この存在が明るみに出ると、必ず争いが起こってしまうから。
錬魔は否定しようと試みたが、彼女の瞳を見て諦めた。零華は確信している。そして覚悟を決めていた。
「……あぁ、そうだ」
錬魔は力なく呟く。その様子が零華の胸を締め付けた。
(ごめんなさい、錬魔君……)
錬魔はふっと笑い、零華から視線を外すと宙を見つめた。
「しかし、よく瞳を見ただけでそれだと分かったな……」
「向こうで、その眼に関する伝承を読んだことがあったので」
だが記憶が曖昧だったため、図書室で一度調べたのだ。
「伝承……か。こんな眼は記録からも、この世からも消えればいい。この眼がなんと呼ばれているか知っているか?」
「神の眼……ですか?」
零華は伝承の言葉をそのまま口にした。それに対して錬魔は皮肉をこめて鼻で笑う。
「まさか、災いの眼だ」
「そんな、確かに私の国では……」
「俺の国ではこの眼は災いだ。必ず争いを生む」
零華ははっとして、口をつぐむ。
「お前はこの眼について何を知っている?」
「……どんな難病をも治し、死者をも蘇らせる神の眼、と」
「あぁ、その通りだ。だが、この眼は不幸しか呼ばない」
錬魔自分の能力を否定し、憎悪すら見せる。
そして厳しい目を零華に向けた。
「それで? お前は俺の能力を知ってどうするつもりだ? 使いたい奴でもいるのか?」
怒りの混じった声。凄絶な笑みを浮かべた錬魔の背後に、この眼のせいで彼が背負ってしまったものの深さを垣間見てしまった。
「違います! 私はただ……」
零華の心がキシリと痛む。
「……お前がそんな顔をする必要はない。ただの八つ当たりだ。気にするな」
零華は、彼の胸元の包帯に目をやった。その傷を負わせた女の子に対して、怒りの感情がよぎる。
「錬魔君……錬魔君はその傷を治せないと言いましたよね」
零華は慎重に言葉を選ぶ。
「あぁ」
「でもその眼の能力では可能ですよね」
その先は、錬魔の心の底に踏み込むことになる。だが零華は足を止めなかった。止めたくなかった。
「……あぁ。まぁ、治癒の眼では傷を塞ぐのが精いっぱいだがな」
神祈の瞳よりも位が下である治癒の瞳は他者を治すことはできるが、自身となると制約がある。だが神祈の瞳はそれがない。
「――カレンという女のせいですか?」
錬魔はその名を聞いた瞬間、傷が熱を持った気がした。彼女の淡く優しい微笑が脳裏によぎる。
そして錬魔は自虐的な笑みを浮かべた。
「そうか……そんなことまで口走ったのか」
「聞いてしまい、すいません……」
「お前は、ずっとそれを気にしていたのだな……」
錬魔は再び宙に視線を飛ばし、零華は彼の自虐的な横顔を見つめた。
「訊いてもいいですか……その人について」
その質問を予想していただろう錬魔は、静かに息を吐いた。遠い視線の先に、彼はカレンを見ているのかもしれない。
「カレンは……俺が初めて死なせた、患者だ」
錬魔の瞳に映っているのは悲しみと、絶望。そしてその瞳を零華に向けた時には、拒絶の色に変わっていた。
その瞳が零華の心に突き刺さる。
「零華、もう帰ってくれ。お前に話すことはもう何もない」
はっきりとした拒絶に零華は知らないうちに拳を握っていた。
「教えくれて、ありがとう……」
「他言は、するな」
「わかっています」
零華は軽く一礼し、足早に部屋を後にした。
錬魔はその背を見送ることもなく、ただ虚空を見つめるだけだった……。
零華は廊下に出、しばらく歩くと立ち止まった。深呼吸をして心を落ち着かせる。このままだと、泣いてしまいそうだった。
(ごめんさい……錬魔君)
どうしたいのかと問われて、とっさに答えることができなかった。ただ、苦しまないで欲しいという言葉がでなかった。
彼を気遣う言葉をかけるよりも、自分勝手な考えが浮かんでしまったのだ。もうあのような思いをしたくない。もし錬魔君が手を下せないのであれば、自分がと思っていた。だが、彼女のことを口にした錬魔の顔に、その気持ちは断たれてしまった……。
(錬魔君は、この間私を助けてくれた……今度は私が力になりたい)
零華の妹が現れ、心を乱した時に錬魔は助けてくれた。それが、とても嬉しかったのだ。半分迷惑を被ったにしても……。
(錬魔君……どうか一人で抱え込まないでください)
零華は再び足を動かし、前に進む。
(うだうだ考えていても仕方ありません……何か、気晴らしを)
廊下の角を曲がると、ホールのドアが目に入った。
(そう言えば、歩君が来ていたのでしたね。少し覗いてみますか)
零華はドアをあけ、吹き抜けの廊下から下の様子を見る。だが、勇輝と秀斗はいるが歩の姿は無かった。
零華は螺旋階段を使ってホールに降り、彼女に気づいた二人に向かって声をかけた。
「歩君はどうしたのですか?」
それは普段の零華と全く変わらなかった。
「あぁ。ちょっと遊んでたんでけど、なんか半泣きだったから帰したぜ」
「……あれ、遊びかなぁ」
得意げに話す秀斗に対して苦笑いの勇輝。零華は二人の近くに座る。今はこの二人のばかな会話が欲しかった。
「歩ってけっこうとがってる奴かと思ってたけど、けっこう可愛いとこあるよな」
「あはは……」
勇輝が厨房からジュースを取って来た時点で、歩は攻めに攻められ息も絶え絶えだった。
何を言われてそこまで精神的に追い詰められたのかは知らないが、その表情に勇輝も少し苛めたくなってしまった……。
「では、歩君を監禁しないのですね」
「なんか残念そう?」
勇輝の問いかけに、零華は微笑を浮かべた。
「いつかゆっくり話してみたいと思ってたのです。色々と……」
(うわぁ……ここSばっか)
ちなみに如月は勇輝も含めて全員S属性だ。しかしそれだとバランスが取れないのでその中でもドSが上に立ち、優しく気弱なSが下になる。誰が上に立ち、誰が被害者となるのかは……言わずもがなだ。
「あぁ、そうだ。歩が言ってたんだけど、やっぱり隊長には報告するべきだってよ」
「まぁ……それは当然ですね」
任務を受けたということは報告の義務も生じる。如月はそれを怠ることが多いが、今回は相手が黒騎だ。さすがに隠しておくとまずい。
「では、明日にでも行ってきますね」
そして隊長に報告をする役目は内容が厄介になるほど零華に一任される。
「悪ぃな」
「構いませんよ」
そして話は、途方もなくばかばかしさを増していった。零華の気も紛れるどころか、呆れてしまうほどに……。
今になって、もう少し主人公を彼らの過去に絡めていけばよかったと思います……。主人公、気を遣いすぎました。空気をよみすぎましたね。さて、話を詰めて行きましょうか。




