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第4章の28 慰めは花咲く庭で


 丈夫な雌鶏として生まれてこいよ~、と言いながらたまごを一撫でして眠りについた翌日。

 勇輝は目覚めるとすぐにサイドテーブルに置いたたまごに目をやった。


「オムおはよ、今日もずっと温めてやるからな~」


 勇輝は着替えるとたまごを掌で包んでそっと持ち上げる。


「今日は何の話をしようかな」


 勇輝は昨日、寝るまでずっとたまごに話しかけていた。夕食も共に取り、数名に奇妙でいて憐れみも含んだ目で見られてもたまごに語りかけることを止めなかった。

 時々、勇輝の話に相槌をうつようにたまごは動く。それがとても嬉しかった。


「さぁ朝の光を浴びよう」


 勇輝は慎重に片手でたまごを持つと、カーテンを開けた。まず自分自身が光を浴び、そして両手で包むように持つたまごに浴びせる。


「気持いい? あったかいよな~」


 たまごは元気よくカタカタと頷いた。内側から強い力が伝わり、ピキッとたまごに罅が入る。


「ん?」


 コンコンと罅は大きくなり嘴が覗いた。


「おぉ!」


 今まさにたまごを突き破って出ようとしている生命に、勇輝は目を輝かせてたまごを凝視する。コツコツと罅は広がり、体毛がちらりと見えた。

 うっすらとした黄色に勇輝の胸は高鳴る。


「オム、頑張れもうちょっとだ!」


 勇輝はがんばれ~と念を送る。手助けをしたくなるが、これはオムの問題だとエールを送り続けた。気持ちはすっかり父親だ。


「来た!」


 そしてついにたまごの上が砕かれ、雛鳥が姿を現した。

 が。


(…………ん?)


 薄黄色の体毛に薄茶の嘴。目は緑でお腹は白い。たまごを倒して転がり出てくれば、その尻尾は赤色だった。


「ひよこじゃねぇぇぇ!」


 つぶらな緑の瞳をきょろきょろさせて勇輝の掌を歩く雛鳥は、勇輝の知っているひよことは似ても似つかない。


「クルァ!」


 元気よく一声鳴き、ひょこひょこと方向転換をして窓ガラスの方を向いた。ぐいっと顔をあげて太陽を見る。


「クルックルッ! ルァァ!」


 掌で鳴く奇妙な生き物を勇輝は途方に暮れた顔で見つめていた。ひよこではない以上、新鮮なたまごゲットの夢は断たれたのだ。


「よく考えたら阿修羅さんから渡されたものがまともなもののはずがないじゃん!」



 なんと言っても彼は多数の魔獣を従えている魔術師だ。それなのになぜ普通のニワトリだと思ってしまったのか。


「どー見ても普通のたまごだったのに!」


 朝から声を張り上げる勇輝に賛同するかのようにオムはひときわ高く鳴き、強い光を発した。


「まぶしっ!」


「クルァァァァ!」


 思わずぎゅっと目を閉じた次の瞬間、掌の重みが増す。強い光は数秒続き、勇輝がそっと目を開けると目を疑う光景がそこにあった。

 じっと勇輝を見るきりっとした緑の目、羽は白く、身体の所々に模様が入っている。大きさはカラスぐらいで、尾は長く赤と黄色が混ざり、ばさっと広げた羽の内側は金色だった。

 勇輝の掌を強く踏み切って部屋を旋回するオム。一瞬で立派な成鳥に成長した。雛鳥の時間、わずか二分。


「うっそぉぉぉぉ!」


 朝から如月には勇輝の絶叫が轟いた。




 勇輝はその後十数分オムと格闘し捕まえることに成功すると、小脇に抱えてホールに駆け込んだ。

 目的の人物を見つけて一目散に駆け寄る。


「……ん、うまい」


 たまごを預けたご本人阿修羅は、ゆったりとお茶を飲んでいた。魔術師にとってのお茶なので中身はウイスキーである。

 阿修羅と丸テーブルをはさんで正面の椅子には幸を抱いたゴスロリの癒慰が、その間に秀斗が座っている。

 勇輝はその優雅な雰囲気に呑まれそうになったが気を立て直して詰め寄った。


「阿修羅さん! これは一体何ですか!」


 阿修羅は興奮して鼻息の荒い勇輝を一瞥し、抱えられているオムに目を留めると、


「あぁ、孵ったか」


 と呑気な言葉を返した。


「珍しい鳥だな」


 と秀斗はまじまじとオムを観察し、癒慰も物珍しそうに見ている。

 勇輝は目尻を吊り上げてさらに阿修羅に詰め寄り、オムを両手で持ち阿修羅に突き出した。


「これのどこがニワトリなんですか!?」


「……俺は一度もそれニワトリだとは言っていない」


 勇輝はうっと言葉に詰まった。


「じゃぁこれは何ですか!?」


 見たことのない雛だったうえに一瞬で成長した。どう考えても人間界にいる生物ではない。


「さぁな。拾いものだからよく分からんが、おそらく魔鳥だろう」


「それも拾ったんですか……」


 呆れ顔で秀斗が呟く。

 気に入れば深く考えずにすぐに拾う阿修羅の性格。だがむしろそれだけの数の落し物にめぐり合うことは一種の才能である。


「あぁ、なかなかいい輝きをしていたからな」


「あ~オムきれいですよね~って、そうじゃなくて! なんでこいつを俺に預けたんですか?」


 オムは大人しく勇輝に掴まれたままで、首をくるくると動かしている。阿修羅はオムの喉元に手をやり、指で撫でた。オムは嬉しそうにクルクルと鳴く。


「こいつは魔鳥だが光の性質らしくてな、闇の俺が持っていても孵化しなかったんだ」


 阿修羅が従えている魔獣はほとんど闇を性質に持つものであり、光もいるが数は少なくたまごを得たことはなかった。


「たとえわずかな闇でも影響を与えるから、人間のお前にしか預けられなかった」


「あ~なるほど」


 秀斗がふむふむと頷く。秀斗を含め如月の魔術師は闇の子であり、わずかながらも闇の血を体内に宿している。


「それに、純粋な心がいるとも聞いたのでな」


「それどーゆう意味ですか。阿修羅さんはともかく俺はちょー純粋ですよ?」


 唇を尖らせて反論する秀斗の頭を阿修羅は軽く小突いた。


「誰が、純粋じゃないって?」


 阿修羅は笑みを貼りつけて秀斗に向け、問う。その瞬間秀斗の表情が凍りついた。


「もう何も言いません」


 二人のやりとりが面白くて勇輝はつい笑ってしまった。肩を小刻みに揺らし、震動に驚いたオムが勇輝の手から飛び立つ。


「人間。ひとまずこいつを預かってくれたこと感謝する」


 いつの間にか阿修羅は勇輝に視線を戻しており、そう言うと立ち上がった。飛び回るオムを目で追いながら近づいてく。

 オムはしばらく旋回するとソファーの背に降りてきょろきょろと辺りを見回した。

 ゆっくりと近づく阿修羅の瞳が金色に変わり、白目が全て黒く染まる。

 それはまるで闇の中で爛々と輝く獣の目だった。

 オムは近づく阿修羅に気づき警戒を込めて見返す。阿修羅は逃げられるギリギリの距離を見極めてそこで足を止めた。

 じっと睨み合う両者を三人は興味深げに見守る。

 一分という短いようで長い時間が経ち、オムは突然バサッと羽を広げた。


「クルゥゥア!」


 猛々しく一鳴きすると阿修羅へと飛んでいき彼の肩に止まった。小さな頭を阿修羅の黒髪にすりよせる。


「口説き落としたな」


「えっ? 何も話してなかったけど?」


「俺たちに聞こえねぇだけ」


 阿修羅は三人を振りかえると、すっと右手を水平にあげた。彼の指は勇輝を指している。

 オムは了解とでも言うようにクルッと鳴くとまっすぐ勇輝目がけて飛んできた。


「……え?」


 迫りくる、自分が孵した魔鳥。足をぐわっと開き、標的はしっかり勇輝に合わせられている。


(食われる!)


 勇輝が身をのけぞらせるよりも早く、ずしっと頭の上に重圧がかかった。わしっと頭を掴まれている。


「……オム、重い」


「オム、存分に遊んでもらえ」


(なるほど、俺は遊ばれたのか)


「クル~」


 嬉しそうにオムは跳ね、肩に降りて来て頭をすり寄せてくる。


「オム……」


 その様子はなんだかんだで可愛いものだ。


「ご飯、食べにいこっか」


 勇輝は朝食をまだ食べていない。それなのに大声を出したり走ったりしたのでかなり腹ペコ状態だった。


「いってらっしゃーい」


 癒慰が手を振った。阿修羅はオムのことはもういいのかさっさと椅子に座ってお茶を飲んでいる。

 勇輝は朝食のメニューを考えながらドアを開けた。


「目玉焼きかな」


「クルァ!?」


 そしてその後、勇輝は厨房でフライパンにたまごを割り入れようとしたところオムに羽で邪魔されるのだった……。





 勇輝は癒慰が作ってくれたであろうスープとパンを食べ、オムはトウモロコシをつついた。目玉焼きづくりを邪魔された勇輝は食糧庫から首と足が落とされただけの鶏肉を取り出してオムに見せたところ、ギロッと緑色の目を光らせたので平謝りしてからかうのをやめた。鳥は鳥でも魔鳥。どんな技を繰り出すか分かったものではない。

 当分鳥料理は食べられないかもしれないと思いながら勇輝は皿を洗い、満腹となってご機嫌のオムを肩に乗せてホールへと戻った。


 ホールには阿修羅と秀斗がおり、ソファーで何かを話していた。幸の姿は見当たらないのでどうやら癒慰が連れていったのだろう。

 オムが勇輝の肩から飛び立ち阿修羅の膝に止まった。


「オム。服を破くなよ」


 オムはクルッと鳴いて、テーブルへと飛び降りた。


「オムって人語が分かるんですか?」


 勇輝は秀斗の隣に座り、先程の目玉焼き阻止で気になったことを訊いてみる。


「もともと魔獣でも力の強いものは人語を理解できる。それにオムは俺と契約を交わしているからな、知能も高くなっている」


「……さようですか」


 オムの前では料理の話は禁止。厨房に立ち入れることは厳禁。この二つが勇輝の脳内に掲げられた。

 その時ドアが開く音がし、いち早くオムがそちらへ首を向け遅れて三人もそちらを向く。


「弥生おはよ~」


「ん……たまごが孵ったのか?」


 勇輝の声に顔を向けた弥生は、その肩に止まるオムに目を留めた。


「オムって名前」


 たまご料理のオムレツから取ったとは口が裂けても言えない名前である。ばれた日には嘴でつつかれるだろう。


「そうか」


 そして突如、三人に近づく弥生の背後から黒いものが飛んできた。


「クルクルッ!?」


 短剣でも光の弾でもないそれは、黒い鳥だった。

 すーっと急降下してオムの隣に舞い降りた鳥は、カラスのように見えるが、尾が長く嘴が細い。そして目が金色だった。


「鎖羅の……」


 阿修羅の呟きに弥生は頷いて阿修羅の隣に座った。


「姉様からの手紙だ」


 よく見れば鳥の足には紙がくくりつけられ、紙の端に阿修羅と書かれている。


 阿修羅はその紙を取り、広げて読んだ。運び役を終えた黒い鳥はオムを見てせわしなく首を動かしている。一方のオムもクルクルと何かを話すように鳴いていた。

 阿修羅はざっと手紙に目を通すと畳んで上着の内ポケットにしまう。


「……元気そうだ」


「でしょうね」


 満足そうに頷く阿修羅に呆れ気味で秀斗が適当に相槌をうった。

 そして阿修羅は表情を改め、硬い声で言葉を続ける。


「あの赤子のことだが、本部の許可が下りたらしい。本部に連れてくるようにと要請があったそうだ」


「へぇ、よかったじゃないですか。親子一緒に黒騎にいれて」


 軽口を入れるのを忘れない。


 だが阿修羅に一睨みされて秀斗は明後日の方へ視線を飛ばした。


「じゃぁ母親はどうなるんですか?」


 勇輝は一番気がかりなことを訊いた。引き取り手が決まったことは嬉しいが、母親が不明なのに変わりはない。


「……もう見つからないだろう。あるいは、すでにこの世を去っているかもしれん」


「そんな……」


 絶句する勇輝に、秀斗はその頭をぽんぽんと優しく叩いた。


(母さんがいないって、すっごく寂しいのに……)


「父親もわかんねぇしな」


「それは阿修羅がなればいいのでは?」


 しみったれた声で呟いた秀斗に、当然のごとく弥生が返した。阿修羅の眉がひそめられる。


「遠慮させてもらおう。……そういうわけだから、明日にでも鎖羅が迎えに来るらしい」


 阿修羅はばさりと弥生の言葉を斬って話を続ける。


「よかったですね、鎖羅に見捨てられなくて」


 思わず竦みそうな眼光を向けられ、直に受けた秀斗よりも隣にいた勇輝のほうが寿命の縮む思いをした。


「俺はお前とは違うからな」


「いやいや~俺も見捨てられたりなんてしませんよ。なぁ弥生」


 秀斗は同意を求めるように弥生に視線を送ったが、弥生はそれに冷たい眼差しで答える。

 その目は確かにこう言っていた。もう見限っているのがわからんのか、と。


「もう遅いみたいだよ」


 それを的確に読み取った勇輝が同情の眼差しを秀斗に向ける。


「まじで!?」


 秀斗の素っ頓狂な声の後、二羽の鳥がクルクル、ガーガーと鳴いた。まるで秀斗を笑うかのように……。





 日は天高く、暖かい光を庭に降り注いでいる。昼食を境に育児を勇輝にバトンタッチした癒慰は、気分転換に庭を歩いて巡っていた。

 庭で元気よく顔を太陽に向けている花々は癒慰が通ると嬉しそうに揺れる。癒慰は花と花の間を歩きながら自分の力を分け与えていた。

 庭の中でも一番大きな庭は癒慰の部屋の前にあるものだ。そこには特に癒慰が気にいた花が植えてある。


(やっぱりこの庭はいいわね)


 ここが癒慰に一番安らぎを与えてくれる。

 癒慰はしゃがみこんで好きな花を眺める。

 淡いピンク色の花。小ぶりの五つの花びらがとても可愛い花だ。故郷にも同じ花があり、昔これを摘んで遊んでいた。

 楽しかった日々が思い出されてふと表情が和む。優しい記憶のかけら。


「いい顔をするじゃないか」


 突如かけられた声に癒慰の肩がぴくんと跳ねた。驚いて振りかえると四阿あずまやに半身を起した阿修羅がいた。どうもそこで寝ていたらしい。


「……驚かさないでください」


 阿修羅は四阿から出て、太陽の眩しさに目を細めた。癒慰は立ちあがり彼の動きを目で追う。

 阿修羅は四阿の柱に背を預けて癒慰に視線を投げかけた。癒慰の表情は知らず知らずのうちに強張っている。


「癒、慰……か」


 唐突に彼は癒慰の名を口にした。


「何ですか?」


「癒し慰める者。だが皮肉なものだな」


 阿修羅はふっと意味ありげに笑う。

 癒慰はむっとしてやや目尻をあげて阿修羅を見返した。


「どういう意味ですか?」


「お前の方が、癒し慰めて欲しそうだ」


 遠慮の一欠けらもない言葉が癒慰の心を凍りつかせる。顔から表情が抜け落ちた。


「……勝手なことを言わないでください」


 感情は一気に負に傾く。

 普通に接しようと思っていたことすら忘れていた。どうしようもなく、目の前の闇に対して敵対心が湧くのだ。


「だがお前はずっとそういう顔をしていた」


「そんなことありません」


「否定は無意味だ」


「何の根拠があるんですか!」


 とうとう癒慰は叫んでいた。感情が昂ぶって茶色の髪が焦げ茶に染まる。


「今もそういう顔をしているからだ」


 癒慰はぎゅっと唇を噛みしめた。


(何なのこの人! 人の心に土足でずかずか入って来て!)


 阿修羅は怒りをあらわにする癒慰を見ても涼しい顔をしていた。

 何を考えているか分からない。以前秀斗が言った言葉の意味を理解する。


「図星か?」


「黙って! やっぱり私は闇が嫌い!」


 つい反発して心の奥底の声が漏れた。はっと口を押さえたがもう遅い。

 だが、それでも阿修羅の表情が変わることはなかった。


「闇が嫌いか……お前の血にも闇が入っているのにか?」


 嘲笑を浮かべた阿修羅に、癒慰はさらに反発を強めた。


「だからよ! 私が闇の子だから闇が嫌いなの!」


 もう感情は抑えない。仲間には見せることのできない醜い自分を、嫌いな彼になら見せることができた。同じ闇の子の彼らには言えない言葉が心の奥からこみ上げてくる。闇を否定し自らを否定する言葉は、彼らを傷つけてしまう。

 悲しみも怒りも全てまとめて阿修羅にぶつけ、髪の色はどんどん黒に近づいていく。


「なぜ闇の子であるだけで闇を嫌う」


「私は闇の子に生まれたせいで人生を狂わされた。大切なものを全て奪われた……闇のせいで!」


 何事もなかった日常が、たった一つの事実によってひっくり返った。癒慰が閉じ込められたのも、母が狂ったのも、家族が死んだのも、全ては……。

 そこに行きついた瞬間、癒慰の心は冷えた。いつもたどり着く答えは同じ。


「私のせいで、みんな死んだのよ……」


 独りごとに近い言葉。阿修羅に聞かせるつもりなどなく、ただ力なく呟いた。


「お前がその手で殺したのか?」


 聞き様によっては傷口を抉るような残虐な問い。癒慰はきっと阿修羅を睨んだ。


「違うわ……でも結局は同じことよ」


 阿修羅は口角をあげ、意地の悪い笑みを浮かべる。


「お前、本当にそう思っているのか?」


 喧嘩を売っているようなその言い方に、癒慰はさらに目つきを鋭くする。


「……闇の子は災いを呼ぶのよ」


 何度も父親がそう言った。母親もそれを、そんな闇の子を産んだことを嘆いた。


「本当に闇の子にそんな力があると? 何もせずに人が殺せるものか」


 阿修羅は鼻で笑う。


「考えを改めろ、土の闇の子」


「なんで貴方にそんなこと言われないといけないの?」


「不愉快だからだ。闇の子だというだけで闇を嫌われてはいい迷惑だ。俺たちは何もしていないというのに」


 語気は荒くないが互いに言葉に棘を含んでいる。

 癒慰の目にじわりと涙が浮かんだ。だが彼の前では泣くまいと必死に我慢する。


「……しょうがないじゃない」


「何?」


「しょうがないじゃない。誰かのせいにしないと生きていけなかったんだから!」


 この不幸を何かのせいにしなければ、絶望から這いあがれなかった。闇を恨むことでどうしようもない悲しみと絶望を和らげることができたのだ。

 闇を否定し、自分を否定した。そして自分の土の部分だけを見ようとした。だがそれは父親や母親と同じ……。


「弱いな。そして未熟だ。闇を悪にしてお前は満足か?」


「……そんなことわかってるわよ。自分勝手な話だってわかってるわ! 私は弱い。私は弱くて、どうしようもない闇の子の私が一番嫌いなのよ!」


 感情の爆発。それと同時に体の奥底から闇の血が騒ぎ始め髪の色はほぼ黒に変わる。

  

(しまった! 暴走しちゃう!)


 自分で抑え込めるぎりぎりの状態。今癒慰が闇に呑まれれば、この庭園はもちろん如月の屋敷も無事ではいられないだろう。

 阿修羅はおもむろに柱から身を離すと癒慰へと早足で歩み寄りその頭を掴んだ。


「何を……!」


 外に出ようと暴れる闇の力に癒慰は苦しそうに顔を歪める。


「落ち着け」


 阿修羅は癒慰に自分の闇を送り込んだ。秀斗にも使用した闇化を鎮める方法。

 癒慰の身体に阿修羅の闇の力が流れ込んだとたん、暴れまわっていた闇の力は潮が引くように身体の奥底へと沈んでいった。

 癒慰の目が驚きに見開かれる。


「俺の闇は怖いか?」


 そう問われて、癒慰はゆっくりと首を横に振った。残ったのは包まれるような暖かい感覚。癒慰はしばらくその暖かさに身を委ねていた。


「泣いて……いるのか」


 困惑したようなその声に、癒慰は初めて自分が涙を流していることに気がつく。


「な、泣いてなんかないわ!」


 癒慰は乱暴に目をこすり阿修羅の手を払いのける。


「貴方に心配される義理なんかない!」


 癒慰はそう言い捨てるとくるりと阿修羅に背を向けて逃走した。


(もう意味がわかんない!)


 何よりも戸惑ったのは彼の闇を優しい心地の良いものだと思った自分自身。癒慰はぎりっと奥歯を噛んだ……。


 阿修羅は一息つくと、屋敷の中に戻るために踵を返した。一人しかいない庭園は先程よりもよけい静かに思える。ゆったりと景色を見ながら前に進む。

 少し小路を行くとすぐに正面玄関が見え、人影を見つけた。


「阿修羅さん……」


 秀斗は玄関の前で彼を待っていた。彼と視線が合うと、深々と頭を下げる。


「無理な頼みを聞いてくれてありがとうございました」


 秀斗は阿修羅に癒慰の体の奥底で活発になりかけている闇の血を鎮めて欲しいと頼んだのだ。


「気にするな。うまい茶をもらった礼だ」


 阿修羅は事もなげにそう返すと、秀斗の前で立ち止まる。


「それに闇の子がその血のせいで苦しんでいるのを見逃すわけにはいかん。俺は闇を愛し、闇の血を愛しているからな」


 秀斗は顔を上げ破顔する。この阿修羅の絶対的な闇への愛と誇りがあったからこそ、秀斗は自身の闇を受け入れることができた。それは弥生も同じだ。


「知ってます。だからこそ俺はこの血を誇りに思えるんです」


 無邪気な笑顔で言った秀斗の言葉を聞いて、阿修羅は彼の頭をわしゃわしゃと撫でた。


「まだ餓鬼のくせに……生意気だぞ」


 言葉とは裏腹にその表情は嬉しそうで、それはまるで子どもを褒める親のような表情だった……。


 ぐはっ……。長い。


 やっぱりオムださんかったらよかった……と後悔しました。これでもカットしたんですけどね、主に黒騎組の戯れを。だがオムがいないと勇輝の出番が……。


神名の解説


 癒慰は彼らの中で純粋に闇の子であること自体に苦しんだキャラです。他の方は闇の子から派生した問題に苦しみますし、スルーしてる人もいます。彼ら一人ひとりの苦しみについてはまたどこかでまとめて解説を……いらんか。


 うぅ、一応、いちおう次がエピローグです。

 4章が終わりましたら、見直し期間を設けようと思います。幕間にキャラ図鑑やプチ設定を公開する予定です。


 では次回「エピローグ」で。

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