第4章 エピローグ(表)
阿修羅が来て四日目の昼、ホールでは優雅なティータイムが催されていた。各々昼食を食べて食休み中だ。
足を組んで大人な雰囲気を醸しながら飲むのは阿修羅。その右手に秀斗がおり、左手には幸にミルクをあげている勇輝がいる。そして残る椅子、阿修羅の目の前にはメイド服の癒慰がちょこんと座っていた。
「お味はいかがですか?」
「うまい」
「やっぱ癒慰のお茶はうめぇな」
「俺にとっては酒だけどね」
魔術師のカップにはブランデー、勇輝の湯のみにはほうじ茶が入っている。
「もう一杯くれ。こんどはラム酒で」
阿修羅はすいっとカップを癒慰の方へと滑らせた。悠然と待つその姿は主人のそれだ。
「阿修羅さん……何様ですか」
そう言いつつ秀斗も癒慰の前にカップを置いた。
「彼女が好きでメイドをやっているのだからいいだろ」
「もっと丁寧な頼み方がありますって」
「ほう……丁寧さをお前に言われるとは思わなかったな」
口元に笑みは浮かんでいるが目が笑っていない。
「いや~、何でもないです」
身の危険を感じた秀斗はいち早く会話から離脱する。そして新たに出されたラム酒を何事もなかった顔で口に運んだ。
阿修羅も香りを味わってから口に含む。
「うまい」
「うめぇ」
二人の声が重なった。称賛された癒慰は嬉しそうに微笑んでいる。
勇輝も幸のミルクを飲み終わらせると、幸を片手で抱いてほうじ茶を飲んだ。
「落ち着く~」
勇輝がほっと一息をついた時、コツコツと何かを叩いた音が聞こえた。
またコツコツと音が聞こえ、その方向を見ると窓の外に動くものがいる。
「あ、オム」
勇輝は立ち上がり、癒慰に幸を預けると窓へと歩み寄った。オムは近づく勇輝に気づくと、さっと窓枠から飛び立ち空中で待機する。
勇輝が窓を開けると同時にオムはホールへと入りまっすぐ三人がいるテーブルへと飛んでいった。
「ほんと頭いいよな~」
感心しつつ勇輝が席に戻る。
テーブルの上ではちょこちょことオムが跳びはね、嘴に加えていたものを置いた。
淡いピンク色の花。それが癒慰の前にある。
「この花……」
「昨日お前が見ていた花だ。好きなのだろ?」
その言葉に答えたのは阿修羅で、オムは役目を果たすと彼の肩に飛び乗った。
「昨日?」
話が見えない勇輝が小首を傾げて癒慰へと視線を向ける。
「うん、昨日庭園で阿修羅さんに会ったの」
言うと同時に昨日の複雑な感情が蘇って来た。なんとなくほろ苦い気分になって癒慰は内心苦笑する。
「それは茶の礼だ」
阿修羅はそう言ってオムの頭を数度指で撫で、オムの背後に闇を広げた。オムはクルクルと鳴くとその中に飛び込む。オムはすっかり阿修羅に懐いていた
「……ありがとうございます」
癒慰はガラス細工を持つようにそっとその花を持ち、柔らかい笑みを見せた。
(人からもらうと、また違って見えるのね)
どこかいつもより綺麗に見える花を癒慰はそっと自分の手元に置いた。
「そういえばなぜ昨日はあの庭園にいたのですか?」
癒慰はふと思い出したようにその疑問を口にした。
腹の中に一計があった秀斗は内心ひやりとする。
「散歩だ。庭を見るのは好きだからな」
「へぇ、なんか意外ですね」
勇輝の阿修羅像は淡々と仕事をこなす殺し屋であり、もの拾いのプロである。庭で優雅に花に囲まれている絵は思い浮かばない。
「だよな~。けど氷騎の庭は阿修羅さんが手入れしてんだぜ?」
勇輝と癒慰は同時にえっと声をあげてまじまじと阿修羅を見てしまった。失礼だが阿修羅が庭を手入れする姿が想像できない。
剣を持てばさぞ映えるだろうが、この男がスコップを持つとなんと滑稽に見えることか。
勇輝は自分の想像に危うく吹き出しそうになり、こみ上げてくる笑いをかみ殺していた。
「でも誰も阿修羅さんが手入れをしている姿を見たことがねぇんだ」
なのに庭は雑草一つなく、季節ごとに美しい花を咲かせていた。
「へ~、どうやってしてるんですか?」
好奇心に勝てずに勇輝は目を輝かせてそう尋ねる。
「どうやってって、普通に……」
(やっぱりスコップで?)
「闇を操ってやっているが?」
それと同時に阿修羅の足元から闇が立ち上り、その先は手の形となってひらひらと手を振った。
(これがスコップを持つんだ……)
スコップや鎌を掴んで庭の手入れをする闇の手たちと、何もせず座っている阿修羅という図が容易に想像できた。なかなか怖い絵ではある……。
「便利そうですね」
操れば何でもできるのだから、本人がものぐさになるのも頷ける。
阿修羅は闇を霧散させ、残りのラム酒を飲みほした。
「闇の魔術師の特性だな」
阿修羅は癒慰にカップを滑らせ、視線でもう一杯と頼む。
「そういえば、俺癒慰が庭の手入れしてるとこ見たことないや」
「まぁ……私も自分の手でやってるんじゃなくて、力を地面に流すことで花に元気をあげたり雑草を枯らしたりしてるからね~」
「えぇ……それあり?」
阿修羅といい癒慰といい、本職の庭師が聞けば呆れを超えて怒りを覚えるような手入れ方法である。汗の結晶の庭園美はどこに行ったのか……。
「別にいいじゃ……あ」
「魔術師だからな……うっ」
二人の声は重なり、同時に消えた。
「阿修羅……なかなか帰ってこぬと思えばこんなところでメイドと茶を飲んでいるとは……呑気なものだな」
突如空間を裂いて現れた鎖羅にいち早く気づいたのは癒慰で、背後に現れた覇動に阿修羅も短く呻く。
「あ、鎖羅……」
「鎖羅さん……」
二人も気づいたが、彼女の表情に言葉が続かない。鎖羅は笑っていた。それは恐ろしいほど綺麗な笑顔で……。
阿修羅は急いで立ち上がろうとしたがその前に鎖羅の腕が首に絡んで来た。後ろから首に絡みつかれ立ちあがれない。
まるでハートが無数乱舞するカップル図だ。鎖羅の腕が阿修羅の首を締めあげ、阿修羅が顔を青くしてさえいなければ……。
「そこのメイド。この馬鹿が何か迷惑をかけなかったか?」
鎖羅は数分締め上げた後阿修羅を解放し、癒慰へと視線をやった。
「あ、いえ何も」
「ならばよい」
鎖羅が一つ頷くと同時にドアが開き、弥生が入って来た。
「姉様!」
ホールに入るなり弥生は鎖羅の下に早足で近づき、鎖羅は弥生の頭を撫でる。
「弥生、阿修羅を預かってくれてありがとう。迷惑をかけただろう」
「いや、全く問題はない」
阿修羅はこの隙にホールから出たかったが、鎖羅に片手を肩に置かれ動くに動けない。
「今日はこいつを預かってくれた礼として二三、酒を持って来た。一緒に飲まんか?」
鎖羅はそう言うと指先で空を撫で、亀裂を生みだすとそこから瓶を一つ取り出した。
「アールグレイだ。なかなか美味だぞ?」
「それはいいな。秀、お前のコレクションからいいやつをだしてくれ。癒慰もいい茶葉を頼む」
弥生は嬉しそうに二人に指示を出す。二人はこくりと頷いた。
「宴会だ~」
酒が飲めるとわかって勇輝のテンションもあがる。
「錬魔に言っていいコーヒー豆だしてもらおうぜ」
秀斗もうきうきと楽しそうだ。
「あ、秀斗は飲んじゃだめじゃん」
ふと勇輝は秀斗の酒乱を思い出した。
「誰も飲ませたりはしない」
阿修羅が苦々しげにそう呟いた。どうやら彼も秀斗の酒乱っぷりを目の当たりにしたことがあるらしい。
「あ、てことは夕食は豪華にしないとね。阿修羅さんを送る意味もこめて」
「私も手伝うわ」
勇輝と癒慰は視線をかわして頷き合った。おいしいお酒にはおいしい料理を。二人の料理人に火がついた。
「そいつは楽しみだ。我らも何か手伝おう」
「そうだな俺も……」
「鎖羅と阿修羅さんはゲストなんで休んでてください」
鎖羅と阿修羅に料理をさせると味はよいが見た目は……の料理になることを知っている秀斗がさらりと断った。
「……しかたない、弥生と剣で遊ぶか」
「その後、この間見つけた剣を見てくれないか?」
「コレクションが増えたのか」
剣の話を嬉々としてする義姉妹の隣で、阿修羅はあくびを一つした。
「俺は庭で寝てる」
皆それぞれ好きなことを。それぞれ午後の活動を始めるのだった。
夜。一つの部屋に机とソファーが運ばれ、勇輝と癒慰と零華が腕によりをかけた料理が並べられた。 錬魔はよい豆をブレンドし、数種類のコーヒーを抽出してくれた。癒慰も世界各国のお茶を淹れ、秀斗も酒蔵から年代物のワインを出した。
幸は部屋の真中にベッドごと運ばれていた。天井にあるシャンデリアが気になるのか何度も手を伸ばしている。
立食形式のパーティーとなり、皆それぞれ好きな酒をグラスに注ぐ。飲み物は一つの長いテーブルに置かれていた。
「俺シャンパンがいいな~」
と勇輝はコルクを抜き、
「俺泡盛が飲みてぇ」
と酒が飲めない秀斗は酒瓶を粋におちょこに注いだ。
「キリマンジャロのブラックがうまそうだな」
「我も同じのを頼む。阿修羅、飲み比べをするか?」
闇の二人はグラスにコーヒーを並々注いでいる。
「私はローズティーかな、零華ちゃんは?」
「ゆず茶をください」
「はーい」
癒慰と零華もティーカップを持ち、錬魔もコーヒー片手に準備オッケーだ。
秀斗は全員を見まわし飲みものが回ったことを確認すると、こほんとせきをした。
「では、みんなの健康と幸の未来を祝して、乾杯!」
秀斗が乾杯の音頭をとり、それぞれ好きに食事をとって座る。
「幸~、黒騎で元気にやれよ~」
勇輝はシャンパン片手に幸にからむ。
「きれいな女の子なるといいですね」
零華もゆず茶を飲みながら名残惜しそうに幸の頬を撫でた。
「……そっか、こいつも結婚する日が来るのかぁ」
「勇輝君、ちょっと早すぎます……」
幸の話に花が咲くところもあれば、早々に飲み比べが始まっているところもあった。
「阿修羅、二杯目は緑茶だ」
と鎖羅が二人の前に湯呑を置いた。自身は料理と一緒にコーヒーを色々飲んでいる。
「負けるなよ錬魔」
鎖羅の隣に座る弥生も料理をつまみながら片っ端から飲んでいた。義姉妹のピッチは速い。
阿修羅と鎖羅の対決のはずが、いつの間にか阿修羅と錬魔の飲み比べになっていた。
両者同時に緑茶を飲み干す。二人とも一切顔色が変わっておらず、まだまだ余裕そうだ。
「ならば次は……ローズティーにするか」
鎖羅が次の品を選び、弥生は二人の対決を楽しそうに見ていた。
秀斗は料理を堪能し、勇輝に酒を飲ませてからんだ。
そして夜も更けていき、料理もあとわずかになったころ。
「えっと……二十九杯目は……カフェオレだ」
阿修羅と錬魔の決着はまだつかず、二人とも頬がほんのり赤いがまだ音をあげていない。
進行役の鎖羅の方が酔っており、ふらふらしていて手元がおぼつかなかった。
「姉様……次は抹茶がいい。くすくす、そう思わないか?」
弥生もそうとう酔いが回っているのか始終何だか楽しそうだ。
勇輝と秀斗は観客となって応援している。
「錬魔~、がんばれ~。いけいけ~!」
秀斗は素面だが勇輝はハイテンションで声援を飛ばしている。そこに二人が飲みほしてグラスを置く音が混じる。
そんな喧騒から少し離れたところで女の子二人が話をしていた。
癒慰は幸を抱きながら二人の飲み比べを見ている。
「阿修羅さんもお酒が強いのね……あの錬魔君と張れるなんて」
呆れ顔で呟き、癒慰の正面に座る零華は同感と頷く。
「そろそろ引き上げますか?」
「なんで? 飲み比べの勝敗見ていかないの?」
何気なく返したその言葉に、零華は目を瞬かせた。しばし間があったうち、零華が微笑を浮かべて口を開く。
「あ、いえ……癒慰ちゃんがここにいるのが辛くないならいいのです」
「あ……そっか、ごめんね気を使わせて……」
零華は闇が苦手な癒慰を心配してくれたのだ。
「意外と大丈夫なんだよね。あの飲み比べも純粋に面白いし」
なんでだろうと癒慰は照れたように笑った。
癒慰は二人から視線を外し、しばらく宙を見つめていた。そして零華へと視線を移し、はにかむ。
「私、ずっと自分は不幸だと思ってたの。そしてそれを闇の子のせいにしてた……」
お酒が入っているせいもあって、思っていることが素直に口から出て来た。零華はただ黙って頷き、次の言葉を待つ。
「だから闇の子である自分が嫌いだったし、闇も嫌いだった」
それは零華も抱いたことのある感情。いや、闇の子である彼ら全員が一度は自分を否定した。
「だから、闇の血を受け入れている弥生ちゃんや秀斗君が少し恨めしかった時もある」
それは二人がこの屋敷に来た当初。闇の魔術師に裏切られたと聞いて、闇への嫌悪を強くした。だが弥生は闇を恨みはせず、秀斗は己の闇を受け入れていた。疎外感を感じたこともあった。
「でも阿修羅さんと鎖羅さんに会って、話をしても……怖くないの」
最初に二人に会った時に感じた恐怖は、彼らの闇自体ではなく、自身の土の覇動が闇の覇動に押されたことに対する恐怖。
「えぇ。優しさをもった方たちですからね」
「うん、ずっと思い違いをしてた。闇は悪くて、冷酷で要らないものだって。だから、その血を持つ自分から逃げてた」
零華はグラスに入ったワインを飲み、ぽつぽつと語る癒慰をじっと見ている。
「でも、そろそろこの血と向き合わないといけないよね……」
癒慰は一度幸に目を落とし、その寝顔を見て淡く笑うと強い眼差しで零華を見た。
「私、闇の血を、闇の子である自分を誇れるような私になりたい」
実際に闇の血を誇りに思う弥生を見、そして闇に触れて得た思い。
「なれますよ。苦しくなったら何時でも言いなさい。私たちがいますから」
零華はそう微笑み、阿修羅へと視線を向けた。
(癒慰ちゃんが意識を変えた……あの人が……)
阿修羅と錬魔はまだ飲み比べを続けており、もう三十四杯目となっている。
(いい変化と取るべきですね)
仲間として少し複雑な気分になる。できるなら、自分たちで癒慰を楽にしてやりたかった。痛みを伴うと知っていても。
「零華ちゃん」
「なんですか?」
呼ばれて零華は視線を癒慰に戻した。癒慰は新しく二つのグラスにコーヒーを入れて戻って来たところだ。
グラスの一つを零華に渡す。
「今日はたくさん飲も!」
そしてとびっきりの笑顔で笑った。
「そうですね」
二人はグラスを打ち鳴らし、喉を降下させた。かなり濃かったらしく胃がかっと熱くなる。
零華は二人の飲み比べをみながら飲んでいる癒慰の横顔を見てくすりと笑った。
(不思議なものですね。弥生ちゃんだけでなく、癒慰ちゃんにも変化が訪れるなんて……)
零華はふと視線をグラスの中に落とした。
(変化……ですか)
グラスの中に自分が映った気がして、零華はすぐにそれを飲みほした。
「すげ~、四十杯目! いけいけゴーゴー!」
勇輝の大声が部屋に響く。
今宵の宴はまだまだ終わりそうになかった……。
申し訳ありません。エピローグ(裏)が間に合いませんでした。




