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第4章の19 ウソつきは殺人未遂を犯す

 四月に入った、最初の日。本日は四月一日である。

 勇輝はカレンダーをめくってニタリと笑った。三月分のカレンダーを細く丸めてごみ箱に捨て、鼻歌まじりに部屋を出る。


(四月一日はエイプリルフール~)


 いつ誰が決めたのかは定かではないが、今日この日は嘘をついてもいい日なのである。人間常日頃から嘘をついているが……。

 そして勇輝はまず厨房で適当に朝食を食べてから、最初の標的の下へと向かったのであった。


 彼は大抵そこにいる。

 勇輝は扉を開けた時にその金髪の後姿を見つけると嬉しさに頬を緩めた。如月のホールに入った勇輝は、おはよと挨拶してきた秀斗に近づく。後ろ手に何かを隠しながら。


「秀斗~、これあげる」


「何?」


 ソファーにだらっと横になっていた秀斗は身を起して座りなおした。

 勇輝は無邪気な笑顔を振りまきながら持っていた瓶の中からチョコレートをつまみだした。それを掌で受けた秀斗はパッと顔を輝かせる。


「うまそ~、ありがとな勇輝」


 そして彼はなんの疑いもなくそれを口に入れた。すっと溶ける口どけ、ほどよい苦さ。なかなか絶品だ。

 幸せそうに食べている秀斗に勇輝は心底申し訳なさそうな顔を見せた。


「それ……実はお詫びのしるしなんだ」


「え……何したんだよ」


 秀斗は深刻そうな勇輝の様子に、嫌な予感を覚えながら秀斗は恐る恐る尋ねてみる。


「ごめん……弥生とキスした」


 勇輝はくっと唇を噛む。もちろん笑いを堪えるために。


「え…………」


 そしてその告白を聞いた秀斗は、石になった。茫然自失の秀斗に勇輝はさらに畳みかける。


「秀斗が弥生を好きだってことは分かってた。分かってたんだけど、止められなかったんだ……ごめん」


 少々オーバーな口調も吹けば飛びそうな今の秀斗では何もひっかかりを覚えない。秀斗の脳内では弥生と勇輝のキスシーンがモザイク付きで流れている。悲しい失恋のBGM付きで……。


「勇輝……」


 やがて秀斗は地の底を這うような声で呟き、すっと立ち上がった。反射的に勇輝は一歩後ずさる。


「歯ぁ食いしばれ……」


 秀斗はおぞましいほどの殺気とともにゆっくりと拳を振り上げた。身の危険を察知した勇輝はバッと両手をあげて降参のポーズをとる。


「嘘! 嘘だから! 殴るの止め!」


 焦ってばらした勇輝の目の前で拳が止まり、秀斗はきょとんと勇輝を見た。


「へ? 嘘?」


 拳を下ろし、もう一度その手をあげて今度は勇輝の首を掴んだ。殺気ではなく怒気が秀斗から放たれる。


「おいこら勇輝、てめぇ嘘ってどういうことだぁ? 俺のショックをどーしてくれんだよ」


 じわじわと絞められ、勇輝は掴んでいる秀斗の腕を叩いてギブと呻くが目をぎらつかせた秀斗は容易には離さない。


「え、エイプリル、フール、なんだ……よ」


 秀斗はキューと呻く勇輝を解放し、胡乱気な顔で反復した。


「えいぷりるふーる?」


「そう。四月一日はエイプリルフールで嘘をついてもいい日なんだ」


「へぇ、人間って面白いことするよな」


 秀斗はソファーに座り、なにやら考え始めた。勇輝もその隣に腰をかけて話を続ける。


「嘘はなんでもいいんだ。弥生は実は男の子、とか癒慰は幽霊だったとか零華はアンドロイドとかさ」


「あら、それはおもしろいですね」


 勇輝はびくっと肩を震わせた。扉の開く音もさせずに零華がそこにいた。


「あ……いやぁ、嘘だよ?」


「あたり前です」


 零華はつかつかと違うドアへと向かう。


「どっか行くの?」


 零華が開けようとしたドアはホールから玄関へと続くドアだった。ホールは如月の真ん中にあり、ホールから東西南北様々な部屋へと廊下が伸びている。


「えぇ、街で本を買ってこようかと」


「あ、癒慰も街に行ってるぜ。春ものを見てくるって言ってた」


「え、癒慰って普通の服も着るの?」


 コスプレ少女の癒慰が普通の服を着ているのを見たことがあっただろうかと勇輝は自問自答する。


(う~ん、記憶にない)


「たまにはまともな服を着てますよ?」


 本当にごく稀にだが……。


「へぇ、いってらっしゃーい」


 勇輝はひらひらと手を振って零華を送りだした。それに零華はふんわりと微笑んで返す。

 パタンとドアが閉まった。


「あ……いいこと思いついた」


 ドアが閉まると同時に秀斗が呟きニタァっと笑う。


(絶対いいことじゃない……)


 勇輝は嫌な予感をひしひしと感じつつも何も言わない。内心何をするか楽しみになってしまったのだ。


「勇輝ぃ……ちょっと耳かせや」


 秀斗はいたずらを思いついた子どものようにうきうきしながら勇輝にコソコソと思いついたことを話すのだった……。




 二人はコンコンとドアをノックした。今立っているのは錬魔の部屋の前である。


「入っていいぞ」


「おじゃましまーす」


 勇輝がドアを開けると、錬魔は壁際の診察兼実験スペースで何かの薬品を作っていた。コポコポとフラスコ内で沸騰している液体は赤い。


「また実験かぁ? 今度は何作ってんだ?」


 秀斗がひょいっと覗き込んですぐに顔を離して目を押さえる。


「痛ぇ! なんか目に来た!」


 勇輝もそっと近づいて匂いを嗅ぐ。その香りに舌がぴりりとした辛さを思い出した。


「唐辛子?」


 普段食べるキムチ鍋とは濃度が違うがその赤色と香りは唐辛子を思い浮かばせた。


「そうだ」


「そんなのどーすんだよ」


 どう見ても料理には見えないが、唐辛子は薬になっただろうかと二人は疑問に思う。


「最終的にはこれを球状にして衝撃で気化するようにする。春になると浮つくからな、勇輝の護身用だ」


「え、俺の?」


 どうやら催涙爆弾でも作っているらしい。勇輝は心の中で痴漢撃退じゃん? とつっこんでいた。


「あぁ……春になると色々危ねぇからな」


 うんうんと秀斗が頷きだしたのを見て、勇輝はへ? と不思議そうに錬魔を見た。


「まぁ、簡単に言うと襲われやすくなるから気をつけろってことだ」


 裏社会の管理機関龍牙隊、その死堅牢如月において一番弱そうに見える勇輝。春には牙軍の担当地区が変わることもあり、一発逆転を目論む一家が出てくることがある。となれば真っ先に狙われるのは、言わずもがなだ。


「そっか、新学期だもんな」


 違う方面でも襲われる心当たりがある勇輝は遠い眼差しで明後日を見ていた。


「あ、そうだ。俺錬魔にこれをあげに来たんだ」


 勇輝は手に持っていた瓶からチョコを錬魔に渡した。錬魔はしばし何故? と不思議そうな顔をしていたが、勇輝にじっと見つめられてそれを口に入れる。


「……うまい」


「それ、実は毒入りなんだ」


 勇輝が意地悪そうな笑みを浮かべながらそう言うと、錬魔は眉間にしわを寄せて舌で口の中を探る。


「特に毒物の味はしなかったが……勇輝、俺の薬を使ったのか?」


 驚きもせず、怒りもせずに錬魔は冷静に勇輝に問う。予想外の切り返しに勇輝が言葉をつまらせていると錬魔が再び口を開いた。


「まぁ、俺はそれぐらいの悪戯範囲の毒では死なん。医者として毒には耐性をつけてあるからな」


「ごめんなさい。全部嘘です」


 勇輝は早々と兜を脱いだ。嘘をつく相手を間違えた。錬魔に毒物、医療関係はNGだった。


「嘘?」


 怪訝な顔で眉をひそめる錬魔に先程から少し離れたところで興味深げに様子を見守っていた秀斗が事情を話した。


「エイプリールフールって日だから嘘をつくんだってよ」


「酔狂だな。騙されるべきだったのか……すまん。で、お前は騙されたのか?」


 錬魔はフラスコを揺らしながら秀斗に訊いた。秀斗はあははと苦笑いを浮かべ、勇輝が鼻高々に頷く。


「もうきれいに引っかかった」


「だろうな」


 錬魔は狼狽する秀斗が目に浮かんでくすりと笑った。


「うるせぇな。……てことだからよ、錬魔、ちょっと協力してほしいんだけど」


 にっと笑ってから、秀斗は錬魔にあるものが欲しいと頼んだのだった。




 弥生はホールへと足を運んでいた。部屋で外を眺めていたところ、秀斗が五分後にホールに来るようにと言いに来た。弥生の部屋に時計はないので三百秒を数えた後部屋を出たのである。


(奴が呼びに来るなど……何を考えている?)


 秀斗がまともに用事を持って彼女の部屋を尋ねることは滅多にない。そして用事があれば、その用事はろくなものではなかった。

 弥生は考えるのはそこまでにしてドアを開けた。


「秀、来たぞ」


 だが広間に秀斗の姿はなかった。


「秀?」


 訝しげにホールを見まわした弥生は、一つのソファーから足が出ているのを見つけた。


「秀、人が来たのに寝ているとはいい度胸だな」


 弥生は秀斗が寝ているソファーへと近づき、見下ろした。だが秀斗は硬く目をつむり一向に気づく気配が無い。


「おい秀斗、目を覚ませ」


 弥生はソファーをドンっと蹴った。秀斗の身体が少し揺れたが目を覚まさない。


「秀……」


 弥生の声に苛立ちが含まれ、出現させた月契の鞘で頭を小突いた。二度三度と突いても起きない。


「……秀?」


 おかしいと感じた弥生は身をかがめて秀斗の顔を覗き込む。彼の顔は白く、精気が感じられない。弥生はその頬に触れ、その冷たさに目を見張った。


「秀!」


 弥生は秀斗の胸に耳を当て、驚愕に目を見開いた。


(音が、しない)


 弥生はゆっくりと身体を起こし、膝をついた。壊れものに触るようにそっと秀斗の頬に手を添える。


「嘘……だよな」


 思わず声が漏れる。指先から伝わる温度は非常なほどに冷たく、まるで現実だと伝えているようだった。


「目を開けろ、秀!」


 悲痛な弥生の叫びがホールの静けさに呑まれる。

 その時、一つのドアが開いた。


「秀斗はいるか?」


 白衣を着た錬魔を、弥生は表情のない顔で見上げた。瞳は不安げに揺れており、いつもの覇気がない。


「れ、錬魔……」


 弥生はそっと秀斗の頬から手を離す。


「なんだ、秀斗は寝ているのか?」


 錬魔は先程秀斗が持っていった薬品について使用目的を問い正そうと思ったのだ。彼はストーカーで困ってる奴を助けるためと言い、深く考えずにその薬品を貸した。だが勇輝のエイプリルフールという言葉を思い出すと、どうにもそれが嘘のように思えたのだ。


「目を覚ませ秀斗。毒入りのチョコを食ったわけじゃないだろ?」


 呆れ顔で錬魔はソファーを二度蹴った。だが秀斗は起きない。


「錬魔、毒って何だ!」


 もっと強く蹴るかと足を引いた錬魔に、弥生は詰め寄る。鬼気迫る弥生の表情に錬魔は目を瞬かせた。


「いや、さっき勇輝が毒入りだといってチョコを持って来たんだ。まだお前のところには行ってないのか?」


 あっけなく嘘だと白状してつまらないと拗ねた勇輝を思い出して錬魔は少し頬を緩めた。


「勇輝が……毒を?」


 弥生の声は震え、握りしめた拳の爪が肉に刺さっていた。


「あぁ、まぁそれは……」


「弥生! どうしよう!」


 弥生の目に殺意が宿り、錬魔が事の結末を言おうとしたその時、運悪く、そしてタイミングよく勇輝が駆け込んで来た。


 弥生が部屋に入ってから三分後。それが秀斗から言われた突入の時刻である。


「弥生、俺!」


「勇輝、殺す」


 スッと弥生が消えたかと思うと勇輝の重心が後ろへと傾いた。背中に痛みを感じ、顔をしかめて目を開けるとそこには冷酷な笑みを浮かべた弥生がいた。弥生は勇輝の上に乗り勇輝を床に縫い付けている。そしてその笑顔のすぐ下には銀色に光る長いもの。


「や、弥生?」


 月契を首元に突き付けられて、勇輝は本日三度目の降参ポーズを取った。


「秀の、敵」


 抑揚のない声。いつの間にか笑みは消え、全ての感情が抜け落ちた顔で弥生は勇輝を見下ろしていた。


「ままま待って! 違う、これは違うよ、断じて違う! 弥生、弥生、目を覚まして落ち着いて!」


「おい弥生、勇輝相手に何をやっている」


 やるなら秀斗にしろとぼやきながら錬魔が近づいてくる。だが弥生は錬魔の言葉には一切耳を貸さずにただ勇輝を見下ろしていた。


(秀が死ぬ時は私が死ぬ時。だが、その前に勇輝を殺す)


 仲間を傷つけたものには死を。弥生がただ一つ彼らと誓ったものだ。


「秀はお前が殺した。だから私はお前を殺す」


 もう正常な判断などできなかった。秀斗が死んだ。それ以外は何も理解できない。ただ自分の誓い、信じるものに従うのみ。


「わわわ、秀斗! 助けてよ! れ、錬魔も見てないで助けてぇぇ!」


 勇輝は涙目で懇願するが弥生の表情は一切揺るがない。


(あ、これ殺される)


 秀斗がいつも剣突き立てられているのを黙って見ていてごめん、と勇輝が懺悔をしたその時、爆笑がホールに響き渡った。

 弥生の表情に柔らかさが戻って、目がぱちぱちと動いた。


「あはははっ、ひっ、やばい、腹痛ぇ。ははははっ、あはははは~!」


 ソファーの上には二人を指差し、腹を抱えて笑う秀斗の姿があった。うずくまってソファーをがんがん叩く。


「……秀?」


 弥生は勇輝の上から降り、のろのろと秀斗へと近づいた。その手からカランと月契が滑り落ちる。


「くくくっ、最高! 嘘だよ嘘! やーい、弥生ひっかかってやんの」


 秀斗は最初の方の記憶はないが、錬魔が入って来たころからの記憶はある。最初はちゃんと死んでいたのだ。錬魔から貰った仮死剤によって。


「秀斗。あの薬を自分で使ったのか」


 錬魔はストーカーを追い払うには彼を一度死んだように見せかける必要があると言われたので仮死剤を注射器に入れた。打ってから五分で効き、二、三分で切れるように調合した薬だ。五分以上の効用を求めると蘇生にも薬が必要と言うと、秀斗は短い効用でいいと答えた。


「今日、エイプリールフールって言って嘘をついてもいい日なんだ」


 ほっと生きた心地を取り戻した勇輝がそうネタばらしをする。

 弥生はそれを聞いてすっと目を細めた。治まっていた殺気が瞬時に立ち上る。


「嘘を、ついてもいい。そうか……」


 弥生はゆっくりと笑い転げている秀斗に近づき、にっこりと笑った。それを見た瞬間、勇輝と錬魔は秀斗の命日を悟った。


「秀斗、私はお前が好きだよ。大好きだ……つい殺してしまいたくなるほど」


 冷え冷えとした声で告白され、さすがに秀斗も事態のまずさに気がついた。さっと血の気が引いて口をパクパクとさせている。


「あ、や、弥生……許すのがエイプリぃっ!」


 秀斗が横に跳ねると同時にソファーに短剣が刺さった。場所はちょうど秀斗が座っていたところだ。

 秀斗は星鎧を出現させて一目散に逃げ出す。それを追う途中で、弥生は愛剣、月契を拾った。


「嘘をついてもいいなら、うっかり殺していいよな?」


 連続して弥生の掌から光の弾が放たれ、それは全て秀斗の結界によって受け止められる。

 勇輝と錬魔はその様子を黙って見ているしかなかった。心に思うことは同じ。“自業自得”である。

 弥生の集中攻撃を浴びた秀斗の結界は多くの波紋を描き、その部分が他よりも薄くなる。破壊のスピードに修復が追いつかないのだ。

 結界が弱まった隙を見つけて弥生は剣をそこに突き刺し、一気に破る。星鎧の結界は破られると次を出すのに少々時間がかかるのだ。


「秀、遊ぼうか」


 弥生は笑みを浮かべながら秀斗を追い詰める。秀斗はじりじりと後退していき、壁に突き当たってしまった。


(やべぇぇ、逃げ場無くなった!)


 ホールの隅に追いやられた秀斗は間近にある弥生の顔にアハッと笑い返した。弥生との距離は一歩。この距離は守護圏内であり、どれだけ結界を狭めても弥生を弾くことはできいない。


(あ、俺今日が命日だわぁ)


 いつもは何だかんだで手加減されていた。ちょっとした挨拶程度である。だが今は……。


「弥生……お前が動揺してくれて嬉しかったぜ」


 最後にと秀斗がキラリとそう弥生に言い、弥生が剣を振り上げた時、ドアが勢いよく開いた。


「大変よ! 零華ちゃんが!」


 駆けこんで来たのは癒慰。おろおろと動揺している癒慰の背中には零華がいた。

 全員が動きを止め、二人を見る。


「零華ちゃん怪我してるの! 早く治療して!」


「ソファーに寝かせろ!」


 怪我という言葉に錬魔が即座に反応し、指示を飛ばした。勇輝もおろおろと錬魔の後について行く。弥生は不満そうに秀斗を一瞥して零華へと身を翻した。解放された秀斗はへなへなとその場に座り込む。


(マジで死ぬかと思ったぁ)


「零華に何があったのさ!」


 ソファーに寝かされた零華の顔は青く、左腕から出血していた。細い一筋の傷から流れ出る血は服の袖を赤黒く変色させている。


「癒慰、包帯を持ってきてくれ」


 錬魔は火煉を発現させ、傷の状態を視る。赤く縁取られた瞳には、傷口の上に青い花のような印が浮き上がって視えている。


「命にかかわるようなものではない」


 錬魔の言葉に皆がほっと息を吐いた。錬魔はその印に触れ、自分の魔力を注ぎこむ。するとみるみるうちに傷口が塞がり始めた。


「すごい」


 癒慰が持って来たタオルで血を拭うと傷口は跡だけになっていた。それに包帯を巻き、後は自然治癒でその傷口が消えるのを待つだけだ。


「すぐに傷口も消える」


 鮮やかな治療に勇輝はおぉっと見惚れていた。


「それで、何故こうなった」


 月契の鞘を握りしめて治療を見守っていた弥生がそう尋ねる。癒慰は近くのソファーに座り、彼らも話を聞くために手近なソファーに座った。


「買い物をしてたら、路地の方から零華ちゃんの声が聞こえて、駆けつけてみたら刃物を持った男に囲まれてたの」


 零華一人に対し、敵は五人だった。ナイフで左腕を斬られた直後だったらしく、零華は腕を押さえて痛みを堪えていた。


「男はどうした」


 錬魔が苦々しい顔でそう尋ねる。


「あいつらは蔓でぐるぐるにして、きつい幻覚を見せて放置して来たわ」


 ふんっと癒慰は鼻を鳴らす。

 だが運悪く抵抗してきた男が持つスタンガンに当たり、零華は気を失ってしまった。


「それで気を失った零華ちゃんを、こうやってここに運んできたわけ」


 ざっくりとした説明に秀斗が舌打ちをした。


「その男たちってのは……」


「おそらく以前私たちが潰した組の残党ね」


 薄汚れていたが、雰囲気は以前にましてとげとげしく、飢えていた。


「残党が集まり始めているのか?」


 予想はしていたが、と錬魔は呟く。こういう事態に備えて勇輝の対ヤクザ武器を作っていたのだ。


「まだ旗揚げはしてないはずだけど……かなりヤバい雰囲気だったわ」


 近いうちに一戦交えるかもとため息交じりに呟く癒慰を見て、勇輝も物憂げな溜息をついたのだった。


「まぁそれは今はどうでもいい。そいつらを転がしてある場所を教えろ。アジトを吐かせて抹殺してくる」


 弥生の低い声が並々ならぬ怒りようを表している。隣に座る勇輝はぞぞっと寒気を感じた。


「今回は俺が行く。今お前が行けば街が無くなるからな」


 そう名乗りを上げた錬魔の判断は正しい。秀斗による怒りの上にさらに零華を傷つけられた怒りが乗り、今弥生が制裁に行けば街が廃墟となる可能性が高い。


「そうだよ。どうせまたやりあうんだし、その時おもいっきりやればいいって」


 勇輝も街が死ぬさまがありありと見えてしまい、なんとか弥生を押しとどめようとする。


「……わかった。今回はお前に譲る」


 弥生は舌打ちをして月契の具現を解き、ソファーに深く座りなおした。一同ほっと胸を撫で下ろす。

 その時零華が呻き声を漏らした。


「零華?」


 錬魔がその様子に気づいて視線をやると、零華はうっすらと目を開けた。


「おっ、気がついたか」


 しばらく視線を彷徨わせた零華は突然がばっと跳ね起きた。とたんに眩暈に襲われて前のめりになったところを錬魔に支えられる。


「血を失っているんだ。無理をするな」


 支えられた手をまじまじと見、零華は視線を錬魔の顔に移した。そしてその背後で心配そうな顔をする四人に、部屋全体にと移動させる。


「あの……ここはどこですか?」


 怯えたようなか細い声。全員が目を丸くした。


「あなた方はどなたですか?」


 不安に瞳を揺らして零華は辺りを伺う。


「零華……?」


 錬魔はやっと仲間の名を呼ぶことができた。だがその声はかすれ、全身の血が抜けていくような感覚に陥る。


「れい……か?」


 彼女は眉をひそめ、少し顔を歪ませた。


「もしかして記憶喪失?」


 勇輝はおろおろと零華の様子を伺う。なんだか零華にいつもの凛とした雰囲気がない。


「倒れた時に頭打ったのかも」


 癒慰がどうしようと医者である錬魔を見上げた時、ドアが開いた。


「ただいま戻りました」


 戸口に立っていたのは微笑を浮かべた零華。

 彼らはソファーに身を起こしている零華と、帰って来た零華を交互に見た。全く同じ顔をしている。


「やっぱりアンドロイド⁉」



 頭を抱えた勇輝の叫びが、波乱の幕開けとなった。


何が問題かといいますと、時間がない。私の時間ではなく、作中……春休みは短すぎますね。二週間少ししかない。プロットからいくつか小話が消え、五章に回されました。四月は多くて一週間くらいしか春休みないと思いますからごたごたは二つで終わりです。

この話も詰め込みすぎたかなとも思いますが、ひさびさに続く感を出してみました。


タイトルは長かったので短くしました。

次回「華は一輪ざし(仮)」です。さて、どこまで続くかしら。

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