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第4章の18 鳥籠は壊された

 鷺が黒騎で過ごすようになってから十日が過ぎた。少しずつ秀斗といがみ合うことも少なくなり、戦争の意識が遠ざかって行く。


 朝。今日も子ども三人はスープの具を採りに森にいた。


「なぁ秀斗」


 もくもくと座って茸の選定をしている秀斗の後ろに鷺が近づく。


「何だ?」


 秀斗は作業を止めずに言葉だけ返す。


「お前、弥生のことが好きなんだよな」


 秀斗はその言葉にバッと鷺を振り返ると、素早く弥生の姿を探した。幸い、彼女はだいぶ離れたところで薪を集めていた。


「うるせぇな。だったらなんだよ」


「いや? 観察しようと思って。恋をすると人は愚かになると聞いたからな」


「お前……馬鹿にしてんのか?」


 秀斗の拳がプルプルと震えている。うんと年下の子どもに恋愛について話されると何だか腹立たしい。


「で、弥生のどこがいいわけ?」


 秀斗は気恥ずかしくなって鷺に背を向けて作業を続けながら答えた。


「かわいいから」


 ぶっきらぼうな言い方に鷺はおもしろいと思った。常にふざけて笑っている秀斗を照れさせたり、嫉妬で怒らせたりする。恋は強い力を持っているのだろう。


「俺には無愛想に見えるけど……」


「お前にはわかんねぇよ。そうだな、後……すっげぇ綺麗なんだ」


 秀斗の顔が蕩けたように緩みまくっていた。そろっと秀斗の表情を伺った鷺が目をぱちくりとさせる。


(幸せって顔だな。……けど不思議だ、なんかこの顔見てるとムカムカする)


 秀斗は形のよい茸を籠に入れて立ち上がった。


「ま、お子様にはまだ恋愛なんて早ぇよ」


 にっと笑うと、秀斗は向こうで薪集めをしている弥生に声をかけた。弥生はひょこっと顔を上げて、すぐに近づいてくる。


「な、俺お前のこと好きだもんな」


 その言葉に鷺は目を丸くした。


(こいつ告白した⁉)


 以前潜入先で読んだ恋愛小説では告白は最大の山場だった。それがこんな簡単に目の前で行われてしまったことに動揺する。鷺はゆっくりと告白された側を見た。


「……だから何だ?」


 淡泊かつ冷淡な返答に鷺は急いで秀斗へと視線を移す。ショックを受けたのではと思ったが、秀斗はにかっと笑ったままだった。


「別に?」


 二人は並んでテントへと歩き出した。ぽかんとしていた鷺は慌てて二人の後を追う。


(確信した。これ、絶対脈ない……片想いだ)


 鷺は一抹の憐みを感じながらテントへと帰ったのだった。




 そしてこの日の午後。楽しかった生活は急変した。

 テントの中で食休みを取っていた五人は、天空から聞こえる音に気付いて外へと出た。仲間の多くが空を見上げている。


「なんだあれ」


 秀斗が空を見上げて呟いた。


「ヘリコプターだ。何かが吊るされてるけど……」


 現代を生きる鷺はそれが何かすぐに分かった。人間界にしかないそれにはアメリカの国旗が描かれ、まっすぐ丘の向こうへと飛んでいく。


「増援か?」


 手を額につけて空を見ていた鎖羅が呟く。


「わからんが、警戒した方がよさそうだ」


 阿修羅が眉間に皺を寄せて空から視線を戻した時、森の方から二三人の仲間が慌ただしく戻って来た。


「阿修羅さん! トラックもたくさん走ってます。あいつら何か持って来ました!」


 一気に陣内の空気が張り詰め、皆の視線がまとめ役である阿修羅に注がれた。彼はぐるりと全員を見回すと、すっと顔つきを変える。傍観者の顔から、リーダーの顔へと。


「全員武器を持って警戒に当たれ。もし攻めてきたら徹底的に追い返せ!」


 覇気を込めて阿修羅がそう言い放つと、彼らは雄叫びをあげてそれぞれの持ち場に散って行った。


「秀斗は結界を、鎖羅と弥生は好きに動け」


 秀斗は一つ頷いて額に星鎧を出し、鎖羅と弥生は剣を具現化して帯刀する。

 阿修羅はもう一度空を見上げた。プロペラの音は鳴りやまず、今は荷を下ろしたヘリコプターが空の切れ目から人間界へと帰っていた。


(あの大きさの穴を維持できるとは……向こうには高度な空間術を使える奴がいるのか)


 阿修羅は陣の中央へと歩き、そこで森を向いてたった。四人もその傍で待機する。

 鷺は硬い表情をした阿修羅を見上げながら、荷物のことを考えていた。


(あれは何だったんだ? アメリカから何かくるなんて聞いたことないしな……)


 そして森へと目を向け、自分がするべきことを考える。鷺は諜報員、隠密がその仕事であり戦闘能力は武術を少しできるぐらい。隠密の戦闘は化かし合いであり、戦場でも敵に化けて逃げれば終わりだった。


(今から来るのは味方。そして戦うのは……敵である黒騎)


 龍牙隊の戦力はそんなに高くはない。能力者は二人で、そのうちの一人は鷺だ。もう一人は治癒能力を持ち、戦闘は出来ない。


「鷺」


 ふいに阿修羅に名前を呼ばれて、鷺は弾かれたように阿修羅を見上げる。


「お前は……」


「来たぞ!」


 前衛の仲間が声を張り上げた。森がガサガサと動き、それは飛び出してきた。


「なっ、なんだこれは!」


「ば、化けものだ!」


 ざわめきと動揺が黒騎陣営に広がる。森から飛び出してきたのは、獣だった。だがその形は歪。虎でありながら、翼を持ち、巨大な牙を持っている。ゴリラの身体でありながら、その表皮は鱗で覆われている。狼は角を持ち、狒々は二足で立ち身体に対して長すぎる手をしている。その獣、全て大きさが常を逸し、狂気に駆られた目をしていた。

 次々に異形の獣は突進し、秀斗の結界によって跳ね返される。


「ぐっ……なんて力だよ。これじゃぁ長くは持たねぇ。あれは魔獣か?」


 秀斗は苦しそうに顔を歪ませ、陣営の周りに張った結界へさらに力を注いだ。

 「なんだあれは……」


 絶句する阿修羅に女二人が視線で問う。

 阿修羅は闇誡《あんかい》を発現させ、その獣を視ると目を見開いた。


「あれは魔獣なんかじゃない……あれは人工的に作られた獣だ」


「……あれは実験体だ。人間兵器の実験体だ」


 呆然と鷺はうわ言のように呟いた。


 戦争に関するアメリカの資料の中に人間兵器に関することも載っていた。アメリカ、ソ連は遺伝子操作技術を応用して人工的に能力者を作ろうとした。どんな実験も人体実験に入る前には動物実験を行う。これに関しても例外はなく、多くの動物が遺伝子を操作され本来持つはずのない特性を持つにいたった。

 だが動物の知能では完全に命令に従わせることはできず、さらに凶暴化した彼らを止めるすべを持たない人間は実験室の地下へと封じ込めたのだ。人間なら教育することで従わせることが可能であるという結果だけを残して……。


「人間兵器? あの人工的に異能を作るというあれか」


 鎖羅が苦々しく吐き捨てる。最初聞いた時、これだから人間は浅ましいと憤りを覚えた。


「あぁ……そうだ」


 彼らが話をしている間にも獣たちの突進は続き、獣の数は増えていく。そして新たにやって来た黒色の豹に似た獣は口から炎を吐いた。


「くっ……もう、持たねぇ」


「かまわん……お前ら! 獣ごときに怯えるな! 来るぞ、構えろ!」


 阿修羅が声を張り上げて仲間を奮起させると同時に秀斗の結界が弾け飛んだ。とたんに雪崩のように獣が押し寄せ、その後ろから龍牙隊が大声を出して突撃してきた。前衛が銃や剣で応戦し、後衛が砲弾を浴びせる。すぐに混戦となりあちらこちらで血しぶきが舞う。


「鷺、お前は龍牙隊へ帰れ」


「はっ⁉」


「秀斗、弥生。お前らは鷺を送ってこい」


 二人はこくりと力強く頷いた。


「阿修羅、なんで!」


 鷺が阿修羅の服のすそを掴むと、阿修羅はその手を右手で払う。それと同時に阿修羅の周囲に闇が立ち込めた。


「俺と契約せし者どもよ、俺の求めに応じ敵を喰い殺せ!」


 阿修羅がその右手で前を指すと、闇の中から魔獣の群れが飛び出した。地をかけるもの、空を飛ぶもの。形も様々でそれぞれ敵へと駆けて行く。そして最後に闇から出て来た一匹の虎の体躯をした獣は鷺の前で身を伏せた。

 意図を理解した弥生と秀斗がその背に飛び乗り、秀斗が鷺を引っ張り上げる。


「お、おい!」


 鷺が阿修羅の姿を見ようとした時にはもう獣は上昇を始めていた。そして阿修羅と鎖羅の向こう側に彼らへと走ってくる熊の姿が見えた。


「鎖羅、久々の狩りだ」


「左遷されたとはいえ、獣如きに劣る我らではないわ!」


 阿修羅は己の闇を操り、鋭利な刃と化したそれで熊の脳天を貫いた。その熊を踏み越えて闇宵《あんしょう》を手にした鎖羅が獣の群れへと突っ込んでいく。

 大人二人が戦い始めた様子は空の上から見てとれた。黒騎の陣営が足元に見え、煙と炎で陰っている。


「鷺、しっかり掴まれ」


 弥生は手綱を握ると魔獣の速度を上げた。


「うわっ」


 鷺は風の抵抗を感じて弥生の服を握りしめる。秀斗はそんな鷺を後ろから支えていた。


「なんて数だよ」


 上空から戦況を眺めた秀斗が舌打ち混じりに呟いた。鷺はそっと目を開け、顔を強張らせる。森は獣によって薙ぎ倒され、多くの獣が蠢いていた。至る所で炎が上がり、烈風が吹き荒れている。

 魔獣の足は速く、すぐに龍牙隊の陣営が見え始めた。龍牙隊の陣営もテントを張り、大きさも黒騎のものと大差なかった。高度を下げて着陸態勢にはいる。


「これはっ……」


 近づくにつれてはっきり見えて来た龍牙隊の状況に三人は息を飲んだ。テントは崩れ落ち、所々火が燻っている。だんだん強くなってくる臭気。木々が焼ける臭いと、肉が焼ける臭い。

 鷺は震えていた。


「な、なんで……?」


 着地して見れば、その状況は燦々たるものだった。龍牙隊の人たちは腹を食いちぎられ、首を噛みちぎられて転がっていた。

 鷺は呆然と仲間たちの死を眺めている。


「これは獣の仕業か」


 弥生は剣の柄に手をかけながら辺りを注意深く観察する。


「鷺……お前、鷺か?」


 ふと名を呼ぶ声に顔をそちらに向けると、よろよろと森から歩いてくる仲間の姿があった。同じ隠密部隊の者だ。


「よかった。生きてたんだな……」


「何があった! これはなんだ!」


 鷺は彼に駆け寄り問い詰める。彼は怒りに満ちた顔できっと唇を噛みしめた。


「アメリカのごみさ。奴ら、実験動物を実践に投入して来たんだ。獣とともに黒騎に奇襲をかけろって……それがこの有様さ。リーダーも、仲間もみなやられた」


 彼は怒りに目をぎらつかせそう吐き捨てた。


「あの人が……?」


 自分を育ててくれた人が死んだと聞かされたのに、思ったよりも動揺がなかった。彼は続ける。


「制御できない獣は敵味方関係なく人間の喰い始めた。奴らは俺たちにごみ掃除をさせようとしたのさ……しょせん捨て駒の俺らに!」


 あちらこちらで獣の咆哮が響き、それは怒りの声のようだった。己の本来の姿を失ってしまった獣たちの怒り。


「鷺、ここはだめだ、逃げるぞ」


 彼は鷺に手を伸ばし、鷺は彼の後ろに影を見た。手を動かそうとした瞬間、視界は赤に染まる。


「……え?」


 何が起こったか分からなかった。気づけは仲間はおらず、血の雨が降っている。そして目の前には大きな足があった。のろのろとその足の先を見上げて、それが象のものだと知る。だがその象は、棍棒のように棘がついた鼻を持ち、全身に角を生やしていた。

 鷺はどさっとその場に座り込み、その血にまみれた鼻が鷺に向かって振り下ろされた。


「鷺!」


 ガチンと物と物がぶつかる音がし、鷺は目の目に秀斗の背中を見た。秀斗は己に張っている結界で象の攻撃をしのぎ、その間に弥生が空中から象の脳天を月契で串刺しにした。

 鮮血が迸り象は断末魔の叫びを上げてその場に倒れ伏した。


「しっかりしやがれ!」


 秀斗はがつんと鷺の頭を殴って正気を取り戻させる。弥生も鷺の傍に立ち、周囲に気を張り巡らせた。


「ほぅら、敵さんのお出ましだ」


 秀斗がひゅうと口笛を吹いた。彼らの周りには生きている人の匂いを嗅ぎつけたのか十数頭の獣が集まっている。そのどれもが食べたくてたまらないとでも言うように舌を出し、涎を垂らしていた。


「弥生、どっちが多く倒せたか勝負しようぜ」


「望むところだ」


 弥生は月契を鞘から抜き、獣へと突っ込んでいった。


「弥生!」


 鷺がひっ迫した声をあげた。


「心配すんな。魔術師舐めんじゃねぇよ」


 秀斗はにっと笑うと掌から光の珠を発射して攻撃を始めた。

 鈍重な獣はそれを浴びて地に倒れるが俊敏な獣はそれをよけ二人に襲いかかる。


「星の光、矢となりて敵を払え。流星!」


 秀斗が右手で水平に空を切ると光の矢が迫りくる獣に降り注いだ。


「秀斗、右!」


 鷺の声に急いで右を向くと、狒々が拳を振り上げていた。秀斗が舌打ちをすると同時に狒々は呻き声をあげ、大地にどうっと倒れる。その背には弥生が乗っており、胸に突き刺した月契を引き抜いた。


「世話がかかる奴らだな」


「助かった」


 秀斗は引き続き魔術で敵を倒し、弥生は三人に襲いかかってくる獣を切り刻んでいく。

 鷺はただ弥生の剣に見惚れていた。弥生は舞うように闘い、銀の髪を赤く染めている。


(あいつ……笑ってる)


 動くたびに髪がなびき、獣に刃をかけるその姿は美しかった。そして弥生の顔には楽しそうな笑みが浮かんでいた。

 血しぶきがあがり、鷺の目の前にいた虎の首が落とされる。弥生はその体を飛び越えて次の獣に躍りかかる。獣は次々に増え、一向に減らない。


(なんて、綺麗なんだ)


 鷺の心臓がドクンと跳ねた。絶望的な状況にいるのに、悲嘆にくれるどころか心は浮きたっている。鷺の目には弥生しか映っていなかった。


(欲しい)


 心の底が渇望している。


(あいつの全てが欲しい)


 彼女を取り巻くもの。彼女を作ったもの。彼女が思うもの。彼女が生きる道。


(全てを知りたい)


 情報こそが全ての価値基準。彼女に対する全ての情報が欲しいと思った。表面の彼女ではなく、過去、今、未来、全てを持った彼女を知りたい。


(そっか、これが俺か)


 鷺の中に眠っていた自分が、初めて欲したもの。想いが育ち、身体を認識する。自分の存在を鷺は知った。


(欲しい。知りたい。弥生の全てを、俺を目覚めさせてくれる彼女を)


 鷺は金属がぶつかりあった音ではっと我に返った。鱗を持った巨大蜘蛛がその牙を結界に突き立て、自身の重みで壊そうとしている。


「にゃろう」


 秀斗は鷺の手を引いて立たせ、自分の傍に引き寄せると星鎧の守護を解いた。足場を無くした蜘蛛は地面に落ちて秀斗たちに向き直る。


「星の光、悪しきものを貫け。星呀波《せいがは》!」


 蜘蛛がいる地面が淡く光ったかと思うと、光の柱が上がった。蜘蛛は光に焼かれ塵となって消える。

 鷺は周囲を見回し、銃剣が落ちているのを見つけるとそれ目がけて走った。


「おい鷺!」


 結界を張り直した秀斗が慌ててその背を追う。銃を拾い上げた鷺は決意をこめた目で秀斗を振り返った。


「俺も戦う。援護ぐらいはできるさ」


 鷺が受けた戦闘訓練の中で一番出来がよかったのが射撃だった。


「そいつは頼もしいぜ」


 秀斗は自分の半径二メートル以内にいろと告げると、自分も攻撃を再開した。鷺は的確に獣の眉間を打ち抜き、弾が切れたら近くの死体から貰い撃ち続ける。秀斗は光の弾丸を発射するほか、術を織り交ぜて戦う。弥生は二人の近くで刃を獣の身体に沈めていた。

 増えていく屍。それを踏み越えて襲い来る獣。疲れていく身体……限界が近かった。


「弥生! いったん戻れ!」


 秀斗は迫って来た一体を倒すと、熊の眉間に剣を突き立てて葬った弥生に声をかけた。


「なんだ?」


 さっと秀斗の結界に入って来た弥生は掌から光を放ち、獣を威嚇しながら問う。


「これじゃあ埒があかねぇ。魔術を使う体力は残ってっか?」


 二人が会話をしている間、鷺はじりじり近づいてくる獣を撃ち殺していた。


「無論だ」


 口では強気に言うものの、弥生がかなり疲れているのは秀斗にも分かった。


「星鎧。我が壁は鋼のごとく、全てを拒絶し絶対不可侵の領域となせ」


 秀斗は自身の結界を強化し、弥生と視線を絡ませた。二人は同時に頷き、敵と向かい合う。


「星は礫となり敵の頭上に降り注ぎ、静寂に帰す」


 秀斗の詠唱に弥生も合わせた。


「月は邪を払う光をもって敵を滅ぼし、浄化せよ」


 そして二人の声が一つになる。


「星月夜《ほしづくよ》!」


 二人が言い放った瞬間、空から無数の光が落ちて来た。それは流星のように尾を引きながら獣たちに降り注ぎ、血の雨を降らし、屍を大地に増やす。

 それは秀斗の結界の上にも落ち、その度に結界がきしんだ。

 鷺はその圧倒的な光景に息を飲む。美しい光。地面に落ち、弾け飛ぶ。土煙りの間からも光は漏れた。

 それが止むと、もうそこには何もない。半径一キロを中心にテントも森も粉砕され、屑と化していた。

 鷺が呆然と周りを眺めていると二人が地面に倒れた。結界が消え、月契も消える。


「疲れた~」


「さすがにきつい……」


 魔力をぎりぎりまで使った二人はぐったりと身を休めた。鷺は二人の傍に座る。


「弥生、秀斗……ありがとな」


 二人は一瞬虚を突かれたような顔をしたが、秀斗が、


「いいってことよ」と照れ笑いを浮かべながら答え、弥生が、


「気にするな」


 と無表情だが柔らかい光をもった目をして答えた。

 鷺は跡かたも無くなった龍牙隊の陣営を見まわす。


(ここは全滅……後は黒騎と森にいる仲間がどれだけ生きてるかってところか)


 黒騎は無事だろうかと考えて、鷺は自嘲の笑みを浮かべた。


(敵の心配? 何やってんだよ俺は)


 三人が身を休めて一時間もしたころ、魔獣に乗って阿修羅と鎖羅がやって来た。二人は立ちあがって手を振る。鷺も立ちあがってその黒い魔獣を見上げた。阿修羅と鎖羅は大きな怪我はしていなかったが疲労の色が濃い。


「弥生、秀斗! 鷺! 無事か!」


 魔獣から飛び降りた鎖羅が三人の下に駆け寄ってきた。鎖羅からは血の臭いがし、戦場の激しさをあらわしていた。


「俺たちは無事だ。そっちはどうなった⁉」


 秀斗が緊迫した声で問う。


「獣は全員殺したが、被害が甚大だ。まともに動けるのは我らぐらいだ」


 鎖羅の表情に悔しさが滲んだ。鎖羅が守れるのは剣が届く範囲、その外にいる仲間は次々に倒れていった。


「……やはりこちらにも獣がいたか」


 獣の残骸を見て阿修羅が苦々しげに呟いた。

 戦場で獣の加勢を受けて突入してきたかに見えた龍牙隊の隊員は、混戦となると次々に獣に喰われていった。そうなればもう陣営同士の闘いではなくなり、獣退治に全てを費やしたのだ。


「鷺……迎えが来たぞ」


 鎖羅にそう言われて、鷺は鎖羅の視線の先に目をやる。そこには龍牙隊の服を着た人々が立っていた。陣の状態を呆然と見ている。


「俺……」


 向こうにいるのは仲間だ。おそらく戦闘を聞いて本部から派遣されたのだろう。同じ隊の仲間。では今隣にいる彼らは何なのか。


「黒騎にいる時、お前はよく丘の方を見ていた。あっちがお前のいる場所だ」


 阿修羅が顎をしゃくって鷺の仲間を指した。行け、そう言っているように見える。


「鷺、何しけた面《つら》してんだよ」


 秀斗は鷺の頭を軽く小突き、にっと笑う。


「またどこかの戦場で会える」


 弥生は敵同士だが、と付け足して薄く笑った。


「そう、だな。また黒騎に潜入することもあるだろうし、こっそり見に行ってやるよ」


 鷺はにっと無理やり笑おうとした。少しひきつって不自然なものとなる。

 龍牙隊の人たちはゆっくりこちらに歩いて来ていた。黒騎の人間と言うのは一目で分かるので警戒しているのだろう。


「次はもっとうまく化けてみせろ」


 阿修羅の言葉に鷺は強く頷いた。


「じゃあな」


 鷺は踵を返して仲間の下へと歩き出した。


(あいつらは敵じゃない……ただの、友達なんだ。……そして弥生は)


 鷺はあっと呟いて立ち止まり振り返る。


「秀斗、一つ言い忘れてた」


 鷺はくいくいと秀斗を手招きする。秀斗は? を頭に浮かべて鷺へと歩み寄った。


「秀斗、俺確信したんだ。お前は一生、弥生を自分のものにすることはできない」


「は⁉」


 秀斗は予想もしなかった言葉に目を見開いた。


「俺が弥生の全てを手に入れるからだ。俺は部分的な弥生じゃなく、全体の弥生を手に入れる。お前なんかには負けねぇよ」


 止めとばかりに人の悪い笑みを浮かべて鷺は去って行った。秀斗は、はい? と固まっている。


「このクソ餓鬼がぁぁぁ!」


 鷺が仲間と合流したころ、思考機能を再開させた秀斗の絶叫が未だ煙がかかる空に響き渡った……。





 鷺はぱちりと目を開け、視界が捕らえたものが見知らぬ天井であることに首をかしげた。

 ぼうとする頭で身体を起こし、次に視界に入ったものに目を見開く。


「鷺、起きたか?」


 弥生は向いのソファーで剣の手入れをしていた。一瞬昔に戻ったのかと錯覚しそうな光景だ。


「俺、寝てたのか」


「あぁ」


 鷺は部屋が薄暗いことに気づき、窓の外に視線を投げた。空がほんのり赤い。ずいぶん時間が経ったようだ。


「いい気分だ。帰るとするか」


「なら、少しホールを覗いてくれ」


「わかった」


 鷺は一度弥生に視線を投げかける。目があった弥生は小さく首をかしげた。


「また会おう」


 鷺は軽く手を振って扉へと歩いて行った。


(また、弥生を知ることができた)


 鷺はくすぐったいような気持ちを噛みしめながら部屋を後にしたのだった。


ぐったり。この話がこれほど長くなることを誰が予想しただろうか、いや誰もしていない。


でも、充実した話になりましたね~。自分にとってですが。


はぁ、これ今月中に終わるかな……。ファイト、自分。


次回はほっとするものを「ウソつきは泥棒は始めないが殺人未遂を起こす」。ん? なんか長い?


前話に入れ忘れていたシーンを付け足しました。興味のある方は17話の最後をお読みください。弥生が鷺の下から抜け出すまでのやりとりです。

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