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第4章の17 鳥は己の名を知らない

 黒騎陣営の朝は各自食糧調達から始まる。


「鷺、これ食べれるか?」


 弥生が数種類の野草を鷺に見せる。鷺はそれらに目を滑らせると、一つの野草を指差した。


「これは痺れるからやめたほうがいい」


「分かった」


 とは言うものの、弥生はそれを捨てるわけでもなく他のものとは少し離して籠に入れる。

 鷺はそれを疑問に思ったが、訊くこともなかった。

 鷺は現在捕虜として黒騎で生活し、最初の方こそ脱走を試みたが全て弥生に発見されて諦めた。


「薪はどれくらいいるんだ?」


 野草を集める弥生に対して鷺は枝を集めている。鎖羅からの頼まれごとだ。


「たくさんある方がいい。朝食が終わったら燻製を始めるから」


「あぁ、昨日の猪か」


 鷺の正体がばれた後鷺の身柄は一時秀斗に預けられ、鎖羅と弥生は剣の鍛錬だと猪狩りに行き、見事二頭の猪を仕留めて帰って来た。一頭は持ち切れず、後で秀斗と阿修羅が取りに行っていた。


「ほんと、色々ありえない」


「何がだ?」


「別に……」


 口を動かしながらも二人は着々と手を動かし、弥生の籠には様々な野草が、鷺の腕にはたくさんの枝が抱えられている。


「鷺ぃぃ! 何楽しそうに弥生としゃべってんだよ!」


 そろそろ帰るかと二人が立ち止まった時、秀斗が目を吊り上げて割り込んで来た。籠に茸や木の実を入れている。


「目の錯覚だろ」


 鷺がふんと鼻で笑う。


「はぁ? それ以上弥生に近づくんじゃねぇよ」


 秀斗は自分の姿で動き回られたこともあり、鷺に対して穏やかではいられない。その上鷺の見張りとして弥生が常に傍にいるものだから、イラつぼを刺激されまくっていた。


「度量の狭い奴」


「あぁ? つぅかてめぇは馴染むのが早すぎんだよ!」


 秀斗の言うとおり、鷺は捕虜だからと言って萎縮するわけでもなく、堂々と普通の仲間のように溶け込んでいた。それがまた秀斗の癪に障る。


「隠密の才能だ」


 どこにも違和感を与えずに入り込み馴染む。それは隠密の必須条件だ。取り分け鷺はその才能があった。


「くっそぉ、この餓鬼可愛くねぇ」


「同じ餓鬼に言われたくない」


「あ? こう見えて俺らは人間の五倍生きてんだよ」


 勝ち誇ったように胸を張る秀斗。鷺は、え、と二人をまじまじと見る。


「今年で私たちは八五になる」


 さらりと告げる弥生をじっと見ても、八十年生きているようには見えない。弥生は少し大人びているとは思ったが、秀斗などは普通に子どもだと鷺は心の中で呟く。


「お前ら、人間じゃないのか?」


「俺らは魔術師だ。そんじょそこらの人間と一緒にすんな」


「魔術師……」


 鷺は頭の中の情報を一瞬で検索し、魔術師というワードを探した。


(そういや、龍牙隊にもこれくらいの年の魔術師がいたような)


 龍牙隊に所属している者のプロフィールを見た時に魔術師という単語を見た気がする。確か医療部隊と夜一星に属し、二人の欄が異様に穴あきだったので記憶に残りやすかった。


「つぅか弥生もこいつと親しくすんな。こいつは敵なんだぜ?」


 今度は怒りの矛先が弥生に向けられた。弥生はいささかムッとした表情で秀斗を見る。


「私は見張りだ。一緒にいて何が悪い。それにこいつに戦う意思はないから敵ではない」


 弥生に正面からばっさり斬られて秀斗は少しショックを受ける。ぐっと拳を握り、唇を噛みしめた。


「……そうかよ」


 秀斗はぼそっと吐き捨てるとテントの方へ歩いて行った。その背中に嫉妬や憤りや寂しさを漂わせながら……。


 二人もテントへと向かうと、鍋をかき回しながら待っていた鎖羅に遅いと文句を言われた。本日の朝ご飯はお粥らしいが、黒い。匂いからして焦げたわけではないらしいが……。

鷺はその原因を考えるのを止めて丸太に腰をかけた。

 そこにはすでに阿修羅と鎖羅もいて、出来上がりを待っている。


「なぁ、お前たち二人も魔術師か?」


 お前たちと呼ばれた大人二人が鷺へと顔を向けた。


「仕事熱心だな。諜報か?」と阿修羅が、


「そうだが、それがどうした?」と鎖羅が答えた。


「てことはここには四人の能力者か……けっこう多いな」


 鷺は陣営をぐるっと見回した。鷺は多少なら人間ではないものの気配を感じることができる。神経を張り詰めさせれば四人からは人間とは違う雰囲気が感じられた。


「ということは、そっちはそんなにいないわけか」


 鷺はしまったという表情を浮かべた。


 阿修羅は人の悪い笑みを浮かべており、鷺は自分がもらした情報に舌打ちする。今ので阿修羅には要注意人物のタグが貼られた。


「そろそろいいだろう」


 味見を終えた鎖羅が深めの器にお粥を入れ、香りの強い野草を刻んで上に散らして配る。

 全員に器が渡され食べようとした時、こちらに近づいてくる人影に気づいて四人は手を止めた。


「お食事中すいません。これ、おすそわけです」


 と女が木の実を五つ鎖羅に渡した。彼女が持つ籠にはそれがたくさん入っており、たくさん見つけたので配っているらしい。


「ほう、すまないな」


 鎖羅はデザートだな、と空いている器に木の実を置いておく。


「では私はこれで」


 女は用を済ますとしっかりと礼を取って次の食事場へと歩き去った。

 二人の会話をじっと聞いていた鷺はぽつりと漏らす。


「やっぱり変だ」


「どうした?」


 女が歩き去るのを見ていた鎖羅が顔を鷺に向ける。鷺は謎の生物を見る目で鎖羅を見ていた。


「昨日から思ってたんだけど、お前らは何語を話してんだ? 俺には日本語に聞こえるし、さっきの女はロシア語で会話してた」


 鷺は潜入のためにロシア語をマスターしており、その他に英語と母国語の日本語を操った。この仕事を続ける以上、これからも話す言語は増えていくだろう。


「あぁ、それか」


 四人の視線が一斉に阿修羅に注がれる。阿修羅は内容を頭で纏めながら説明を始めた。


「俺たち魔術師は言葉自体に力を持っている。だからその力でこちらの言葉を相手の母国語に、相手の言葉を俺らの言葉に変換できるんだ。まぁ、魔術師の語彙力にも左右されるし、その国特有の言い回しなどは理解しにくいがな」


「……羨ましいな」


 言語習得が宿命の鷺は本音を漏らした。


「へぇ、弥生知ってた?」


「いや」


 子ども二人もそうだったのかとちょっとした疑問が解決する。


「なるほど。だからどの国へ行っても数日で言葉が分かったのか」


 ふむふむと鎖羅も納得顔だ。


「おい鎖羅。そこの二人は分かるがお前……知らなかったのか」


 脱力気味の阿修羅の問いに、鎖羅は悪びれもせず、うむと頷いた。

 魔術師の特性が一つ解明されたところで彼らは少し覚めたお粥を口に運び始めた。


「てか、なんでここの人たちはこんなにやる気がないんだ?」


 鷺はお粥を食べながら訊いてみる。

 昨日一日、鷺は黒騎の人たちを観察していた。阿修羅が彼らに捕虜だと説明し、彼らは子どもだ、灰色の髪だと各々感想を漏らした後はとくに接触してこなかった。彼らは鍛錬をするわけでもなく、のんびり自然を満喫していた。偵察に行ってくると出て行った者は、ついでなのか魚を釣って帰って来るし、夜も不寝番がいるわけでもなく、勝手に寝ていた。

 一方の龍牙隊は黒騎の襲来を警戒し、日々鍛錬を欠かしていない。仲間の諜報員も高台や木に登ってここを見張っているはずだ。

 黒騎のこの状態を見ると、自分たちの行動が虚しくなってくるのだ。


「俺たちは別に闘いに来たわけじゃないからな。まぁ、攻められたらやり返すが」


「ボスの指令にも攻めろとはないし、個人で指令を受けているのでな。一応阿修羅がまとめ役だが各々好きに動いている」


 粥を口に運びつつ大人二人が答える。二人に同じ指令が来るのは珍しく、戦争が絡んだものはこれが初めてだった。さすがに屋敷に子ども二人はまずかろうとこの異空間まで二人を連れて来た。


「……そんな情報、話してもいいのか?」


 さらっと答える二人に鷺は疑念を抱く。偽の情報を与えるのは敵を錯乱させる常套手段だ。


「疑い深いな。将来禿げるぞ」


 鎖羅が呆れた口調でそう返した。鷺はわずかに眉を上げ、怒りを押し殺す。


「ここにいる俺たちが持つ情報など取るに足らないものばかりだ。たとえ知られても黒騎に取っては痛くも痒くもない」


 阿修羅は粥を食べ終わり、自分でおかわりをよそう。


「ふ~ん。じゃぁここの奴らは黒騎でも下の奴らってことか」


 強いものは優先的に最前線で戦っている。となればこういう小さな戦場には残ったそんなに強くない者が送られてくるのだ。


「姉様はサセンだが強いぞ」


 下という言葉にぴくりと反応した弥生が会話に入って来た。


「お前、左遷の意味よくわかってないだろ」


 隣に座る秀斗にそうつっこまれて弥生は横目で秀斗を見た。秀斗はすぅっと視線をあらぬ方向へ飛ばす。親しさを感じさせるやりとり。


(こういう会話もあるんだ)


 情報交換でも、自分の利益のための会話でもない、触れ合いの会話。それは鷺の生活には無いもので、新鮮に思えた。


「そっちも似たようなものだろう?」


「……あぁ」


 阿修羅の言葉に少し違うことを考えていた鷺はつい頷いてしまった。後悔するがもう遅い。


(どんだけ失態してんだよ。これがばれたら殴られるな……)


 鷺の育て親はがさつで乱暴だった。何度殴られたか分からないほどだ。

 鷺は最後の一口を食べるとスプーンを静かに器の中に置いた。


(情けないよな。すぐにばれて、殺されもせず、自由まで与えられた。……すぐにでも、向こうに戻らないといけないのに)


 鷺は器をじっと見つめている。その耳には人々の笑い声。誰かが肉を焼いているのかいい匂いもする。


(……なのに、ここが心地いいって、思ってしまうなんて…………情けねぇ)


「鷺、何しけた顔《つら》してんだよ」


 その声にはっと顔を上げると、不機嫌そうな秀斗と目があった。


「……地顔だ」


「それはずいぶんな地顔で」


 秀斗はけっと悪態をついて立ち上がった。自分の食器をさっさと片付けてテントに戻る。


「秀斗。後で燻製の手伝いをしろよ?」


 鎖羅はそう声をかけ、阿修羅と目を合わすとクスクスと笑った。阿修羅も笑いを堪えているのか口元が緩んでいる。


(素直になればよいものを)


 そんな二人を弥生は不思議そうに見つめるのだった……。




 鷺が黒騎で生活を始めて三日が経った。この日、阿修羅と秀斗は魔獣に乗って偵察兼散策に行き、鎖羅はそろそろ魚が食べたいと森の中へと入って行った。

 そして弥生と鷺はお留守番だった。



「暇だな」


 テントの中で寝転がって、鷺はぽつりと呟いた。その呟きに隅の方で剣の手入れをしていた弥生が顔を上げる。


「山にでも行くか?」


 山は天然のアスレチックで、たまに血の気の多い獣が襲ってくるというイベントも発生する。弥生にとってはいい退屈しのぎになるし、食料も手に入るのだ。


「いい。俺にはあの山は登れない」


 鷺は乾いた笑みを浮かべて首を横に振った

 岩肌がのぞく山道に人間界よりも何倍も凶暴な獣。人間で子どもの鷺には不可能な道のりだ。


「そうか」


 弥生は月契の刀身をまんべんなく見、満足そうに頷くと具現を解いた。することがなくなった弥生はテントの布にもたれて空中を見る。

 しばらくして、おもむろに鷺が口を開いた。


「弥生。黒騎はいいところか?」


「……そうだな。私は本部に行ったことがないからなんとも言えないが、暮らしている屋敷は良いところだ」


 へぇと鷺は適当に相槌を打って、頭の中で龍牙隊を思い浮かべる。鷺も本部に行ったことはなく、隊長の顔も写真で見ただけだった。隠密の訓練施設で育ち、隠密以外の龍牙隊と顔を合わせたのはこの任務が初めてだ。


「リーダーの顔も知らないのか?」


「リーダー? ……あぁ、姉様たちはボスと呼んでた人か。あぁ、知らない。姉様たちもあまり会わないらしい」


 その答えに左遷されていれば当然かと鷺は内心納得する。会話が尋問のようになっていることに気づき、鷺は普通の会話を試みた。


「えっと、お前はいつも何をしてるんだ?」


 いざ会話を始めると、普通が何か分からなくなる。会話と詮索の違いがよくわからない。


「屋敷では剣の鍛錬をして、本を読んで、秀斗と遊んでいたな。たまに姉様と阿修羅が人間界へ連れて行ってくれた」


 弥生の遊びには普通の探索から、一歩間違えれば秀斗があの世行きの遊びを含んでいるが……。


「へぇ。楽しそうだな」


「鷺。お前は龍牙隊が楽しくないのか?」


 鷺の表情が陰ったのを見て、弥生はそう訊いた。


「ずっと、訓練か任務だったからな。楽しいなんて思ったことはない」


 鷺は自嘲気味に笑った。楽しかったどころか訓練で失敗すれば殴られ、訓練所の仲間は共に助け合うどころか他人を蹴落として真っ先にその訓練所を出ようとしていた。


「では、何か楽しいことをするか? 何がしたい?」


 そう訊かれて、鷺はしばらく考えた。そしてある答えに気づく。


「……ない。何もない」


 心の底が冷えていく。気づいてしまった。知ってしまった。


(俺、空っぽだ……俺は、自分の楽しみさえ知らない)


 他人を演じ、自分の中の他人を育て続けた。その中で自分の中の自分は忘れ去られていた。自分でいることは許されなかったのだ。


「ないのか。だが姉様たちが帰ってくるまでまだ時間はあるぞ」


「……昼寝」


「まだ午前中だが」


 鷺は顔を天井から弥生へと動かした。


「でもお前、ここ数日寝てないだろ?」


 鷺はテントの広さの都合上弥生と鎖羅がいるテントで寝ていた。ちなみに阿修羅と秀斗のテントはそのすぐ隣である。


「私はもともと三日に一度程度しか眠らない。今晩はちゃんと寝る」


「……それでよく動けるな」


 鷺はむくりと起き上がって伸びをする。


「暇だから薪集めにでも行くか」


 結局は雑用だがそれでも暇つぶしにはなる。


「そうだな。ついでに二三本切ってこよう」


 弥生も剣が使えるのでいい暇つぶしだ。


 二人は立ち上がってテントの布をめくりあげた……。




 トントン、とノックの音がし続いて扉が開けられた。その音に眠りに入りかけた弥生は目を覚まして視線をドアへと向ける。


「弥生ちゃぁ……きゃぁ! お、おじゃましましたぁ!」


 ぱちりと目があった瞬間、癒慰は顔を真っ赤にして扉をしめた。


(わわわわっ、や、弥生ちゃんの上にさ、鷺くんが! わ、私なんてところに!)


 ぐるぐると思考は回り、あれやこれやと妄想してしまう。


(とうとう鷺君、物にしたのね!)


 秀斗には悪いがそのカップルもありだと癒慰は興奮する。娯楽が少ない如月に置いて、恋愛イベントは極上の楽しみだ。


「おーい、癒慰」


(はぁ……灰色の鷺君に銀色の弥生ちゃん。なんていいカップルなのかしら)


「癒慰―。助けてくれ」


 ほぅっと溜息をつく癒慰の耳にやっと弥生の声が届いた。助けての言葉に癒慰は甘い妄想を振り払い青ざめた。


(ま、まさか襲われてるの⁉)


 癒慰は扉を勢いよく開けて中に突入する。


「弥生ちゃん今助け……」


 ソファーに走り寄った癒慰はすやすやと眠る鷺の顔を見て言葉を失った。


「癒慰。傍にいるってどれくらい距離のことを言うんだ?」


 癒慰は弥生の質問に頭を抱えた。なんとなくこの状況の意味が分かりだしたのだ。そしてその原因が自分だということも。


(もう少し弥生ちゃんに恋愛とは何かを教えないと!)


 癒慰はひとまず自分を落ち着かせて、未だ鷺の下で答えを待っている弥生に答えた。


「ひとまず、そこから降りなさい」


やってしまった。これで終わらなかった。なんで鷺はこんなに手間取るんだろう。こんなに書いては消しを繰り返した話は今までないです。なぜ鷺が!?

本当は弥生との会話をざっくりカットしようかとも思ったんですけどねぇ、あそこは鷺にとって大事なポイントなんですよね。今後の話に無利益無害のくせに、なぜ掘り下げてしまうのか……。疑問。

そして次の話とつなげてしまうと、かなり長くなりそうでした。

なので、前話で予告を「鳥籠は壊された」と書きましたが、壊されてません。むしろ鳥は羽を休めてしまいました。


では次回、今度こそ「鳥籠は壊された」です。

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