第4章の4 100話記念 小さい〇〇見いつけた
ぽかぽかとした春の陽気に包まれながら、春日勇輝はベッドの上であくびをした。窓から零れる光は優しく、今日もいい天気らしい。
時折冷たい風が吹く日もあるが、気分はもう春である。
勇輝がちらりと目覚まし時計を見ると、もう九時を過ぎていた。誰も起こしに来なかったのでゆっくり寝ていたようだ。
勇輝は服を着替えて階段を降りる。洗面所で簡単に顔を洗って鏡で寝癖を直す。今日も可愛い顔が鏡には写っていた。
黒髪黒眼の童顔不良はあくびをしながら、いい匂いのするリビングへと入っていった。
「おはよー」
「おはよう、勇輝」
「今日も元気か~不良少年」
母親は鍋に火をかけ、父親は椅子に座ってテレビを見ていた。勇輝は父親のからみを無視して食卓につく。
すぐにご飯と目玉焼き、そして味噌汁が出てきた。
「いただきまーす」
勇輝はまず味噌汁を飲み、ほっと優しい味に息をつく。やはり味噌汁は日本の心だ。
「あ、俺今日からしばらく家に帰らないから」
目玉焼きに醤油をかけながら、勇輝は向いに座っている母親にそう言った。今日から勇輝は如月に泊まり込むつもりなのだ。ただ遊び目的で。
「みんなといるのね。いいわ、いってらっしゃい」
「青春だな」
事情を知っている母親、龍牙隊の幹部である暁美と不良仲間とつるんでいると思っている元不良の父親は快く息子を送り出した。
勇輝は残さず朝食を食べると、食器を流しへ持っていく。食器洗いは、いいと言われたので、脇にある冷蔵庫の冷凍室を開けた。
そこには春日家に常備されているアイスクリームが二三種類入っている。その中の一つを勇輝は取り出してビニール袋に保冷剤とともに入れる。
「父さんのアイスをどうする気だ!」
突如父親が立ち上がり長い人指し指をビシッと勇輝に向けた。
「いや、これ昨日俺が買った奴だし。親父のはこっちだろ」
と勇輝は呆れ顔で特大アイスを冷凍庫から取り出した。春日家でアイスを消費するのは主に父親と勇輝の二人。個々に好きなカップアイスを買ってくる時もあるが、母親が棒アイスを買ってきた時は争奪戦が始まる。
二人とも重度の甘党だった。
勇輝はさっさと二階に上がり、自室に入るとクローゼットを開ける。向うの部屋を思い浮かべて開ければあら不思議、如月につながるのだ。
勇輝はよいしょと如月の自室に入り、ホールへと向かう。すぐにこのアイスを冷凍庫に入れないと溶けてしまうからだ。
勇輝は鼻歌まじりで、ホールのドアを開けた。
「おはよ~」
「あ、勇輝君だぁ。おはよー」
ホールのソファーには癒慰が座っていた。手にはティーカップ、背後にはお花畑が広がっている。職業柄コスプレが好きな癒し系の女の子、ちなみに本日の衣装は事故で両親を亡くした不幸なお嬢様らしい。
「アイス持ってきたよ」
「わぁ、アイスかぁ。いいね」
癒慰が満面の笑みで勇輝に寄ってきて袋を覗き込んだ。勇輝の買ったアイスはひと箱に様々な種類の入っているもので、個人の好みがはっきりしている彼らにはぴったりのものだった。
「私冷凍庫に入れてくるね」
と、癒慰は厨房へと姿を消した。
ひとまず勇輝はソファーに座りホールを見渡した。自分以外誰もいない、耳を澄ましても銃声の一つも聞こえない。静寂そのものであった。
(たまにはこんなのも悪くないよな……)
彼はもともと不良であり静かな生活を送ってはいなかったのだが、癒慰を含む五人に会ってからは以前とは比べ物にならないほど賑やかになったのだ。
彼らと街を歩けばヤクザは道をあける、かと思えば襲撃される。拳銃も見たし、扱えるようにもなった。人質にされたこともある。
そんな勇輝がしばしの安息にホッと一息つくのもしかたのないことだろう。
しかし勇輝がうとうととまどろんでしまったのもつかの間、彼は非現実的な音で飛び起きたのだった……。
「な、何? 今の音!」
それは勇輝の耳に間違いがなければ爆発音と呼ばれるものであった。化学の実験で水素に火をつけたような可愛いものではなくもっと本格的な映画で聞くような……。
「ん~。ちょっとまずいかも」
癒慰がその音の方角を探り、眉を寄せた。弥生は如月の中で一番感覚が優れており、覇動の察知にも長けていた。
「弥生ちゃん、実験に失敗したかも」
「えっ、弥生の実験?」
弥生は剣技に優れ、暇さえあれば本を読んでいるか新たな魔術を創り出している如月のリーダーである。つい先日その実験現場を見た勇輝は、悲惨な現状を想像して真っ青になった。
「助けにいかないと! 瓦礫に埋もれて死んじゃう!」
あの爆発音だ、被害は相当なものだろう。それに巻き込まれたりしたら……。
勇輝は不吉な推測を彼方へ飛ばし、全速力で走ったのだった。
「ちょっと、勇輝君。弥生ちゃんはそんなことで死なないってば!」
駆け出した勇輝に気づいて癒慰もその後を追った。彼を一人にしたら何をしだすか分からない。
「弥生は大丈夫でも火が出てるかもしれないって!」
「そんなの零華ちゃんにまかせればいいでしょ!」
癒慰はすぐに勇輝に追いつき二人は並列となって走る。
二人して角を曲がるとそこは火の海ならぬ瓦礫の山だった。そこには既に人影があり、あたりが濡れていることからすでに消火活動が行われたことがわかった。
「うわっ、すごい状態」
と勇輝は眼を見開き瓦礫を飛び越えて実験室の中を覗き込んだ。
中は電球が破壊され薄暗かったが人がいるくらいはわかった。その人影に勇輝は声をかける。
「零華、弥生は生きてる?」
部屋の中央にいた女性は無言で頷いた。どこか呆然としているようなのはこの事態に呆れているからだろうか。
「珍しいな。弥生が失敗するとは」
勇輝の背後で声がした。先ほどから悠然とこの事態を観察していた錬魔であった。
彼の態度を見る限り弥生はほぼ無傷なのだろう。けがを負っていたら彼が治療しているに違いないからだ。
零華が瓦礫の中から人を抱きかかえた。その人は零華が軽々しく抱けるほど小さかった。
弥生は小柄とはいえ、一般女性と同じくらいはある。あれはどう見ても子どもぐらいしかない。
(まさか弥生……人体実験でもしてたんじゃ)
部屋の外で事態を見守っている三人が同じ疑問を抱いたとき、慌ただしい足音が近づいてきて風を感じた。
「弥生は無事か!」
まさに風のごとく駆けてきた秀斗は蒼白な顔で部屋の中をのぞいた。勇輝と並ぶとその背は頭一つ分以上高い。金髪に黒い ヘアバンドをつけている。
「無事……なんですけど」
歯切れ悪く零華は言って、こちらに歩いてきた。廊下の明りで彼女に抱きかかえられた子どもが照らされる。その子どもを見て、彼らはゆうに三秒は身動きができなかった。
長い銀髪の女の子、それは弥生の外見によく似ていた。
一番早く驚愕の淵から這い上がったのは弥生を愛してやまない秀斗だった。
「ア~ハッハッハッハッハ! ヤベェ! アハハハハッ!」
彼の遠慮のない爆笑が廊下に響き渡る。廊下の壁を叩き笑い転げている。その笑い声に残る三人も現実に立ち戻った。
「や、弥生か」
錬魔がうめく。医者の常識を超える現象に目を見張っている。だがその顔をすぐにいつもの涼しい無表情に変わった。医者の常識は超えても彼らのもう一つの顔、魔術師の常識は超えなかったのである。
彼ら、勇輝を除く全員が魔術師であった。彼らは異世界で生まれこの国に渡ってきたという。一応同じ高校の同級生だが、彼らは勇輝の五倍は生きていた。彼らの奇抜な外見も人外のものであることを現わしているのだ。
「なんでちっちゃくなったわけ?」
勇輝は眼の前にあるものが信じられないといった顔をしていた。さんざん非常識な中にいても人は常識からは逃れられないものである。
「そーいえば、弥生ちゃんが創ろうとしてた魔術って人の強制幼児化だっけ……」
勇輝の問に癒慰が苦笑いを交えて答えた。彼女にとっては常、性格以外は完璧な弥生の失敗が微笑ましいのであった。
「え、毒薬じゃないの?」
(あれ、それは副作用だっけ?)
「いや、たしか特殊光線のはずだが……ひとまず、弥生をホールへ運ぼう」
「そうですね、すすまみれの顔を綺麗にしてあげましょう」
零華は微笑んで腕の中の少女を見た。普段は仏頂面の弥生なだけにその寝顔は可愛さ倍増であった。
彼らはホールへと移動し、ソファーに弥生を寝かした。
そしてまじまじと可愛くなった弥生を眺めた。それと同時に弥生の服が小さな体に合っていることに気づく。
「ほう、伸縮性に優れた服だと言っていたがこれほどまでとはな」
簡潔に錬魔が答えをだした。弥生が来ているのと似ている服を秀斗も着ていた。入隊とともに裏技術研究所の所長、匠から隊員服として渡されたのであった。
一見制服ともとれるが、軍服と言った方が合っている気もする。このまま街を歩いたらなんのコスプレかと思われる格好なのは確かだ。
「そういう問題なの?」
「そういう問題だ」
「へへっ、弥生が目を覚ましたらどんな反応をするか楽しみだぜ」
勇輝と錬魔の会話に割って入った秀斗は向いのソファーに腰をおろした。さなぎが羽化する瞬間をみようとしている少年の顔だ。
「暴れないかな」
「大丈夫よ。子どもの弥生ちゃんが暴れたって止められるわ!」
やけに自信満々で癒慰が答えた。
「ひきこもりになるかもしれませんけど」
零華はハンカチで弥生の顔を拭いていた。白く柔らかい肌が現れる。ふにふにとマシュマロほっぺを触りながら零華は常日頃からこれくらい可愛さがあればよろしいのに、と残念に思うのであった。
「元に戻るの? 弥生」
勇輝の問は疑問より確認に近かった。
「戻るだろう。弥生は何を創るにしてもその効力は三~四日で切れるようにしている。長くても一週間もすればもとの体に戻る」
錬魔はすっかりきれいになった弥生の顔を覗き込んだ。とその時、弥生が目を開けた。
「おっ」
秀斗が身を乗り出す。
弥生はうつろな目で錬魔を見返し、小さな口を開いた。
「パパ?」
これにはさすがに錬魔も意表をつかれた。言葉をつまらし、混乱する頭で分析を試みる。
(頭を打ったショックで記憶が錯乱しているのか、いや、記憶喪失ということも……それ以前に弥生の口から、パ、パパなどと、もしや悪質な嫌がらせ……)
「や、弥生?」
錬魔はようやくその言葉をしぼりだした。まず本人にこの状況を把握させなくてはならない。だが彼の努力を弥生は一瞬で蹴飛ばした。
弥生が錬魔に抱きついたのである。
「パパぁ」
さながら木に抱きつくコアラのように弥生は錬魔を掴んで離さなかった。錬魔はぐらぐらする頭で必死に考えた。
(この重みは何だ、なぜ弥生が俺に抱きつく。そしてパパというのは父親に対する言葉で……)
「ずりぃ! 俺にもやらせろ!」
今にも倒れそうな錬魔に秀斗がつめよる。錬魔が倒れても弥生を守れるよう両手がスタンバイされていた。
これはすりこみという現象ではないか、と錬魔はようやく結論にたどり着く。
だが解決策がわかったわけでもなく、錬魔はそのままストンとソファーに座った。
そしてゆっくり顔を勇輝たちに向ける。衝撃のあまり放心状態である。
「な、なあ、あれ何? どうなってるのさ」
四人は怪奇現象から少し距離を置き、小さな声で話あった。
「俺に聞くなって」
「記憶喪失かなぁ」
「それですりこみかよ」
「でもあれ、アヒルとかの習性じゃ」
勝手な憶測を飛ばす三人の傍らで弥生を見ていた零華がようやくその口を開いた。
「もしかしたら、光を浴びすぎたのかもしれません。効果が強く出てしまい、完全に幼少時代に戻ってしまったのではないでしょうか」
これも憶測の範囲にすぎないが前のどれよりも説得力があった。
「あ、なるほど」
三人が納得顔で頷いたところで、錬魔が苦渋に満ちた顔でうめいた。
「これからどうする」
「そうだな~ひとまず、家族構成決めようぜ!」
錬魔とは打って変わった明るい声で秀斗が提案した。
「家族ねぇ……やっぱりお母さんは零華ちゃんかな」
「はい? 私はそんなのごめんです。貴女がなってください」
「え、私がお母さん? なんで?」
零華ちゃんの方がちゃんとしつけとかできそうだし、錬魔くんともお似合いじゃん、と癒慰が続けようとしたが、零華が言葉をかぶせてきた。
「貴女ほど弥生ちゃんの母親にふさわしい人はいません。料理も洗濯も掃除もできますし、子どもの扱いには慣れているでしょう。たっぷりの愛で弥生ちゃんを育ててくださいね」
零華は一息でそれを言い切り、結果癒慰はそれに圧倒される形になった。
「……まぁ、いっか。数日のことだし」
と癒慰は割り切って弥生の隣に屈んだ。気配を感じたのか弥生が癒慰を見る。
「弥生ちゃん。ママだよ~。こっちにおいで」
やさしい聖母の笑みで癒慰は弥生に語りかけた。ひとまず錬魔をこの状況から救わなければならない。
「ママ?」
だが弥生は顔をフイッと逆に向けて
「パパの方がいい」
とはっきり言い切ったのである。
間、五秒。
「何この子! 全然可愛くなーい!」
早くも癒慰がブチ切れた。
「お、落ち着け癒慰! 弥生が小さくなったんだ。性格はひねくれていて当然じゃねぇか!」
「そうだよ。弥生はお父さんが好きなだけだよ」
「なによ。いろいろ頑張ってるのはお母さんの方なんだからね!」
負け惜しみの捨て台詞を吐いて、癒慰はホールから出て行った。
「悔しかったんだな」
「子どもにはよく好かれるタイプでしたから」
だが消えたのもつかのま、癒慰はすぐに手に袋を持って帰ってきた。その顔は何かを企んでいる笑みを浮かべている。
「餌づけをするわ!」
意気込んで袋から出したものは先ほど勇輝が持ってきたアイスであった。箱を開け、一本取り出して弥生の目の前につりさげる。
「なあに、それ」
「アイスよ。欲しい?」
「……欲しい」
「じゃあこっちにおいで」
弥生はしばしためらったがアイスの誘惑には勝てなかったようで、錬魔のひざから下りた。
「いい子ね。はい、あげる」
弥生はママの顔を正面から見つめて、
「ありがとう」
とお辞儀をした。
「きゃ~。かわいいー」
さっきの怒りはどこへ行ったのやら、癒慰はアイスを舐める弥生の頭を愛おしげになでたのだった。
「それで、俺たちはどうするの?」
「私は弥生ちゃんの家庭教師をします」
「零華らしいね」
「え~、スパルタ教育は止めてよね」
「失礼ですね、ちゃんとしますよ」
「じゃぁ、俺お兄ちゃんやる」
勇輝が元気よく挙手をした。
「いいね。勇輝君にぴったり」
そんな大きな子どもはいらん、と錬魔は思ったのだが考えてみると勇輝との年の差は親子を超えておじいちゃんと孫だったことに気づく。深々とため息をついた錬魔であった。
「じゃぁ秀斗は一番上のお兄ちゃん?」
「やだね。俺は弥生の許嫁になるぜ!」
秀斗は声高々に宣言した。
「ロリコン」と勇輝。
「少女趣味~」と癒慰。
「最低ですね」ととどめに零華。
そして錬魔は無言で抗議の視線を送っている。
「何? なんでそんなに反対すんだよ」
「この子にはそんなものに縛られずに自由に恋愛してほしいの!」
癒慰はわが子を抱き寄せた。騒動の張本人は素知らぬ顔でアイスを食べている。
「俺は汚れた男どもから弥生を守るだけだ!」
「一番薄汚れているのは貴方です」
「うるせぇ! おい勇輝、お前は俺が潔白だって信じてるよな!」
必死の形相で振り向かれた勇輝は曖昧な笑みを浮かべて
「信じてるけど、弥生が結婚できる年になったら秀斗はもうおじさんだよ?」
と現実を突きつけた。
「お、おじさん」
「そうだよ~。先に死んで弥生ちゃんを悲しませたいの?」
「そうです。弥生ちゃんは若い男の子がいいかもしれません。貴方は愛するといいながら弥生ちゃんの自由を奪うのですか?」
二人はここぞとばかりに追い討ちをかけた。弥生を魔の手に渡してはならない。
「でも弥生は年上好きがもしれねぇし、愛があれば年の差なんて……そうか、今俺がふられてんのは年が足りねぇんだ!」
「そんなわけあるか!」
「違うでしょ!」
「そうじゃないでしょう!」
三人から一斉に反論されて秀斗はひるむ。
賑やかな輪を見ながら、何年この弥生といるつもりだろう、と不安になる錬魔だった。
「弥生」
溜息混じりに錬魔が弥生の名を呼ぶと、弥生は癒慰の腕をくぐりぬけ錬魔の膝の上によじ登った。どうやらそこが定位置らしい。そのうえキラキラとした目で錬魔を見ていた。
(完全に懐かれている。これは、どうすればいいのか……)
そこで錬魔は他人に押し付けるという手段に出た。
「弥生、暇なら勇輝と遊べばいい。お前のお兄さんだ」
「おにぃ?」
「そうだよ。お兄ちゃん。ゆう兄って呼んでくれたらいいよ」
勇輝は簡単に自己紹介をすると弥生を抱きかかえた。それと同時に秀斗の痛い視線を感じる。
「ほら、高い高―い」
勇輝に兄弟はいないが近所の子どもの面倒を見たことがある、小さい子をあやすのもお手の物だ。弥生は嬉しそうに声をあげた。さらに秀斗の視線が突き刺さるのだった……。
この話は二年前に書いた話です。完全に短編のつもりだったので、キャラ説明が入ってます。キャラの違いは、ないはずですが、何か違和感があれば二年の差です。
というか、一章を放棄してこれをかいてたんですよね、私。
これは地味に長く、全部で五話編成です。
最後に、ここまで読み進めていだだいた読者の方々、ありがとうございます。
では、次回「小さくなっても!?」です。




