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第4章の5 100話記念 小さくなっても……

 そして一時間が経過し、そこには嬉しそうにはしゃぎまわる弥生とそれをやさしく見守る両親、観察日記を書いている家庭教師、只今ふて寝中の自称許嫁、そして、体力を根こそぎ奪われて床にへばっているお兄さんがいた。


「ゆー兄。もっとあそぼーよ!」


「ごめん、弥生……俺、もう限界」


 勇輝はすぐにでも砂になりそうな勢いだ。

 しかし何故弥生はこんなにも元気なのか、並の子どもの体力でない。


(そもそもあの無口で愛想のない弥生はどこに行った!)


 勇輝は助けて光線を零華に送る。零華は日記を閉じて椅子から立ち上がった。


「じゃあ、私が弥生ちゃんに勉強を教えます」


「何教えるの?」


「そうですね。――まずは歴史あたりから」


「ママー。あそぼー」


 弥生は勇輝が脱落したのがわかったのか、癒慰に目標を変えた。


「そうね。遊ぶのもいいけど勉強しよっかぁ」


「勉強? なにそれ」


「大切なことよ」


「パパもそう思うの?」


 と弥生は熱烈な視線を錬魔に送った。

 錬魔はそんな弥生に後ろめたさを感じながらも頷いた。

 実際彼は、見た目年齢四歳、推定年齢二十歳の子どもに歴史を教えてどうするのかと思っていたのだが……。


「じゃぁ、がんばる」


 そう意気込む弥生を癒慰が抱きしめた。そんな光景を零華は微笑ましく見ていたのだった。


(自分は母から抱きしめてもらったことはありませんでしたが、嬉しいもののようですね)


 だがそんな幸せな光景を映していた零華の視界が突然ぐにゃりとねじ曲がった。

 なんとか踏みとどまり目頭を押さえる。


(おかしいですね、風邪でも引きましたか……?)


 そして錬魔と癒慰が顔をあげるとそこに零華の姿は無く、だいぶ視線を下げたところに藍色の頭があった。


「いやぁぁぁ!」


 誰よりも早く状況を把握した本人は悲鳴をあげた。その声に勇輝と秀斗が飛び起きる。


「な、何ですかこれは! どうして私が、小さくならなくてはならないのです!」


零華の体がワンピースに埋れている。これはこれで一種の萌えだが、その場にいる全員がしばし呆然とした。

 これは、ひょっとすると最悪の事態になるのではないだろうか、という考えが全員の頭をよぎる。


「まさか……光線だから、効果が持続するのか?」


「放射能のような感じなわけ?」


「……あぁ、たぶん」


「これ、たぶんみんなもなりますよ」


 小さな女の子が敬語を話すと違和感があるな、と何の脈絡のないことを思った大人たちは投げ込まれた爆弾にとっさに返すことができなかった。


「え、何で?」


 打ち返したのは勇輝である。


「私はあの部屋に最初に来て長い間いたのですぐに効果がでたのでしょう。あなた達もあの部屋に近づいたのですから効果がでて当然です」


「うそだろ~」


 すでに秀斗の顔がひきつっている。


「そういえば零華ちゃんは完全な子どもにはなってないのね」


「えぇ……たぶん光線を直接浴びてないからでしょう」


 そして子どもには重すぎるため息をついて続ける。


「こんなことなら何かも忘れて子どもになりたかったです」


 自分たちもああなるのか、大人たちは自分たちの運命を知って憂鬱になるのだった。

 だが逆に喜ぶ者がここに一人。


「わぁ、女の子。だれ? 名前は?」


 弥生が目を輝かせて零華に駆け寄った。初めて見る自分以外の子どもに興味津津のようだ。

 こうなったら彼女と友達になるしかない、と零華は覚悟を決め弥生に向きなおった。


「私は零華といいます。あなたと勉強するために来ました」


 どこまでも勉強にはこだわるらしい。


「そうなんだ……いっしょに勉強かぁ」


 弥生は遊び相手ではないことを知って少し残念そうだ。口の先がとがっている。


「さぁ、いきましょう。歴史は楽しいですよ」


 と零華は有無を言わさず弥生の手を引っ張って部屋から出て行った。どうせ行先は書庫であろう。

 子ども達が出て行ったホールに突如笑い声が巻き起こった。さすがに零華の前で笑うのは失礼だと我慢していたのである。


「あの姿であのしゃべり方はねぇよな!」


「かわいいわ~子どもが増えちゃったぁ」


「あいつを弥生の妹にするつもりか……?」


「お姉さんがあってるって」


 と各々好き勝手に盛り上がったのであった。






 そして匠製の服に着替え、書庫にいる零華はというと、憤慨していた。

 一つはホールで笑っているであろう四人に、そしてもう一つは自分の不甲斐なさにであった。


「……届きません」


 今の零華の身長は元の半分以下だ。椅子を使っても本棚の上の方に手が届かなかった。


「れーか、何してるの?」


「本が取れないのです。この忌まわしい体のせいで」


「よじ登れば?」


 と弥生は身軽に本棚をよじ登っていった。瞬く間に一番上まで登っている。


「どれが取りたいの?」


「や、弥生ちゃん! 降りて来なさい、危ないから!早く!」


「ねぇ、どれ?」


 零華がハラハラしながら見ていることなど気にせず、弥生は器用に棚を移動していた。

 幼少時から運動能力は高かったらしい。


「その列にある創世記です! さぁ、早く降りて!」


 弥生はその本を取ると飛び降りた。着地もきれいに決まり、架空の拍手が鳴り響く。


「はい」


 弥生は満面の笑みで本を零華に渡した。その表情に零華は卒倒しそうになった。弥生の見たこともない笑顔にもやられたが、それよりも時々みせる向こう見ずな性格がすでに現われていたからである。


(これは直さないといけません!)


「弥生ちゃん。本棚に登るなんて危ないです! 女の子がこんなことをしてはしたないですよ!」


 弥生は突然の説教に目を白黒とさせた。弥生としては零華のためを思ってやったのだ。なぜ怒られなくてはいけないのか、と目が訴えていた。


「はしたない?」


「そうです。もうしてはいけませんよ。こういうのは大人の手を借りるものなのです」


 とその時存分に笑い終えた大人たちが書庫に入ってきた。


「ほら、あそこにいる人達は愚か者ですが多少の役には立ちます。いいですか弥生ちゃん、馬鹿とハサミは使いようです。覚えておいてください」


 零華は愚か者達を睨みながらそう力説した。その愚か者たちは気まずそうな笑みを浮かべている。


「バカとハサミは使いよう」


「そうです。さぁ、秀斗君。この棚から残りの創世記を取ってください」


 指名を受けた秀斗は笑いを噛み殺しながら棚から数冊の本を取り出した。


「こっちの世界に創世記あったんだな」


「えぇ、なんでも昔、鷺君が見つけてくれたそうですよ」


「げぇ、奴が?」


 その名を聞いたとたん秀斗の顔が苦々しく歪んだ。そして本を机に乱暴に置き、手を払って


「あいつの触ったもんにこれ以上触れてられっか!」


 と捨て吐いた。


「そうですか。さ、弥生ちゃんこっちに座って」


 秀斗の鷺嫌いは今に始まったことではない。零華は気にせず弥生を自分の正面に座らせた。大人たちは周りの椅子に座って授業参観をするらしい。


「まず、私たちの国ができた話からします」


 本を開くとそこには勇輝が見たこともない文字が書かれていた。


「その昔、人間界には特殊な力を持った種族がいました。それを魔術師といいます。彼らは部族で固まり、人間と共存していました」


「それが歴史?」


 零華の言葉に弥生が割って入った。


「そうです」


「それ知ってる。その後いじめられて異空間に逃げるんでしょ?」


 子どもらしい解釈だがそのとおりである。


「歴史ってお話のことだったんだね。過去の人の日記だと思ってた」


「……日記ではないです。それで、どなたから教わったのですか?」


「え……あれ、だれだろう」


「やはり記憶は混乱しているようだな」


「まぁ、急に可愛くなったから、仕方ないかもね」


 親はあまり気にしないらしくのんびりとその状況を見ていた。


「ということは歴史のみならず、その他の学問も習得しているのでしょうね」


「国語以外じゃねぇ?」


 秀斗の言葉に全員が納得した。

 弥生は国語、特に慣用句やことわざといった類の一歩踏み入った日本語が全く理解していないのだ。


「この機会に勉強させれば?」


 と勇輝が提案すると


「そうですね。少しは会話が成立するようになるかもしれません」


 と零華が即決した。


「では弥生ちゃん、次は言葉の勉強をします」


「え~。まだするの?」


「まだ十分もしてません」


「きゃ~。スパルタよ、やっぱりスパルタなのね!」


 癒慰が茶々を入れた。


「スパルター」


 母の言葉を娘が受け継いだ。弥生の語彙が一つ増える。


「ちょっと癒慰ちゃん。変な言葉教えないでください」


「弥生。俺が大人の付き合方教えてやろうか?」


「そこ! 秀斗君、弥生ちゃんをたぶらかさないでください!」


「たぶらかす」


「スパイ映画なら教えるよ」


「結構です!」


 早くも学級崩壊寸前の授業に錬魔は頭を悩ましたのだった。




 そうこうするうちに日は暮れて、子どもは寝る時間になった。

 ホールには困っている大人一人とふくれっ面の子ども一人、それを面白そうにみている大人三人と子どもがいた。


「やだ。パパと寝る」


「い、いやそのだな。弥生、お前女の子だぞ」


「パパと寝ちゃだめなの?」


 弥生は潤んだ瞳で錬魔も見上げた。錬魔の心にジャブが入る。


「ママ……と寝たらどうだ?」


 錬魔は癒慰に助け舟を要請するが相手は漕ぎだすどころかこちらに大砲を向けて来て……。


「パパぁ、寝てあげてよ~。もしかしてパパ、ロリコンなの? やばいの? きちゃうの?」


 と、特大級の砲弾を撃ち込んできた。


「そんなわけあるか!」


「じゃぁ問題ないじゃない」


 撃破、取りつく島もない。錬魔は海底に沈むしかなかった。


「お前……覚えてろ」


 錬魔は癒慰を一睨みすると弥生を抱きかかえてホールを出て行った。


「ほんと、素直じゃないんだから。可愛い物好きなんだから絶対弥生ちゃんストライクゾーンだと思うのに」


「それ、ちょっと危なくない?」


「大丈夫よ。秀斗君と違って錬魔君は愛でて見てるだけだから。手なんて出さないよ~」


「うらやましいぜ、弥生と添い寝。俺もしてぇ」


「貴方がやったら犯罪で捕まりますよ」


 零華の言葉はいつだって容赦がない。子どもに言われると効果は倍である。


「差別だ!」


「「「区別!」」」


 三方から反論をくらい、秀斗はすねて部屋に帰って行った。

 勇輝も自分の部屋に戻ろうとソファーから立ちあがった時、零華に声をかけられた。


「明日から、隊員服を着てください。それが嫌なら癒慰が持ってるコスプレでもいいですよ」


「なんで?」


「いつ小さくなるかわかりませんからね。備えあれば憂いなしです」


「うわ……俺急に憂鬱になってきた」


 目の前の零華に自分を重ねて、沈む勇輝だった。


「子どもの姿も楽しいですよ?」


「……それ、厭味だよな」


「さぁ」


 零華は微笑を浮かべホールを後にした。その姿を見送って、子どもらしさが微塵もないよなぁ、と勇輝はおもったのだった。

 そしてそれぞれ夜はゆるゆると明けて行く。



百話記念第二弾~。

本日は、特に書くことはないのです。


では、次回「小さな弥生、姉さまと遊ぶ」です。

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