クルードの執着
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本当にありがとうございます。
興味が親しみになり、親しみが好意になり、好意が羨望になり、羨望が執着になったのはいつからだっただろうか。
自分の平凡さはわかっていた。大体の事はある程度できるけれど、飛び抜けたものは何一つなかった。だから、なるべく起伏の少ない平易な道を選んで進んで行こうと思っていた。面白みがなかろうと、堅実に生きていこうと思っていた。
ただ、殿下の乳兄弟という立ち位置だけが少し特殊だった。
まあ、たまたま母親が殿下の乳母だったというだけの話なのだが、そのおかげで特に何も持たないにも関わらず、他人から羨まれる場所にいる。そのことを、私は持て余していた。
だから、いよいよ権力争いに巻き込まれた時は本当に面倒くさかったし、別邸に落ちついた時にはホッとした。これでまた平穏な毎日になると思っていた。
だから、ディアナ嬢の事もおもしろい女の子だとしか思っていなかった。カーライルの気が紛れたらいいなと思った程度だった。
ディアナ嬢は私の世界を変えてしまった。
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ディアナとフィリスに会いに行くようになって、カーライルは明るくなった。
カーライルは、特にフィリスとの語らいを楽しみにしているようだったので、クルードはその手助けをしようと考えた。
フィリスにべったりなディアナを引き離して、カーライルがフィリスと話ができる時間を作ろうとしたのだが、クルードには女の子が好みそうな事なんてわからない。
ただ、フィリスの部屋にずっといるディアナは元気が有り余っているように見えたので、苦し紛れに自分の鍛錬を見学しないかと誘ってみた。
少し考えれば、令嬢が惹かれるはずもないとわかる誘いだったが、意外にもディアナは誘いに乗った。そして、クルードの鍛錬を見るどころか、自分まで見よう見まねで鍛錬をしだしてしまった。
令嬢がやるようなことではないし、危ないですよ。とクルードは何度かやんわり注意したのだが、ディアナは止めない。それどころか、どう見ても苦しそうなのにクルードと同じことを意地でもやろうとしてくるので、クルードは困ってしまった。
結局、「年齢も性別も体付きも違うのですから、ディアナ嬢に必要な鍛錬と私の鍛錬は違います」と説明した上でディアナ専用のメニューを用意することになった。
あの小さく可愛らしい外見のどこにあんな根性があるのだろうか。というよりも、何が彼女をつき動かしているのだろうか。クルードは不思議に思いディアナに尋ねた。
「わたくし、男だったら騎士になりたかったのです」
ディアナはハキハキと答えた。
「騎士ですか?お父上のような文官ではないのですか?」
「わたくしは頭脳では父上やフィリスには敵いません。だから、もしわたくし達が男だったなら、フィリスが文官として父を継ぎ、わたくしは騎士になるのが良いと思っているんです。わたくしは思慮深さが欠ける代わりに度胸と思い切りの良さを持っていますから、きっと騎士の方がお役に立てると思うのです」
10歳にして、なんとも早熟な自己分析だった。
「残念ながらわたくしは女なので、自分の能力を活かすことは難しいですけど、鍛えておいて損はないわ。クルードは自分の能力をどう活かすつもりなの?」
クルードは、答えるべき考えを持たずに口籠もった。
「そうね。クルードは何にでもなれそうだから、焦って決めることはないと思うわ」
クルードは天地がひっくり返った気分だった。
これといった得意も不得意もなく、面白みのない器用貧乏な自分は、平坦な道しか歩けないと思っていたのに、ディアナは真逆の事を言った。
ディアナは至って真剣だった。決して答えに詰まったクルードにおざなりな対応をしたわけではなく、自分の「目」に自信を持っていた。
クルードは何者にもなれないのではなく、何者にでもなれるのだと。
それから、クルードにとってディアナは、フィリスの部屋から連れ出したい少女ではなく、クルードが一緒にいたい少女になった。
クルードが護衛騎士の道を選んだのも、「騎士になりたいが女なのでなれない」と言ったディアナの寂しそうな瞳を覚えていたからかもしれない。あの時、彼女が悔しそうな瞳ではなく、寂しそうな瞳をしたのが、やけに印象的だった。
ディアナは才気溢れると共に、道理を理解していた。それに、彼女は権力やら富やら名声やらにさっぱり興味がなかった。
だから、女性であるが故に宝の持ち腐れとなっていた彼女の力が、一気に花開いたのはカーライルの婚約者になった時。彼女の目標が定まった時だった。
妹のフィリスに皇太子妃を円満に譲り、自分はフィリスの邪魔にならない所まで静かに退場する。と。
女としての幸せを結婚に見出せない自分と違い、フィリスはカーライルとの結婚を夢見ている。ディアナにとって、それはとても尊かった。自分には見つけられない幸せを見つけたフィリスの願いをなんとしても叶えたかった。
ディアナは、その度胸と思い切りの良さを遺憾なく発揮し、見事にやり遂げた。
クルードはどういう人間か、周りの人間に聞いてみると、返ってくる答えは大体「実直で真面目」「信頼できるが面白みに欠ける」「粘り強く柔軟性もあるが意外性はない」そんな答えだ。
乳兄弟で主人であるカーライルが有能な分、その影にすっぽり隠れているようだった。
カーライルに言わせるとこうだ。
「クルードの評としては合っている。ただ、あいつの実直さと粘り強さが一般的な感覚から飛び抜けているだけだ」
クルードにとってディアナは、いつまでたっても黒薔薇姫ではなく、鍛練で汗だくになりながら無邪気に笑う少女だった。
黒薔薇姫という鎧と剣で戦う彼女から、透けて見える「ディアナ」をクルードはずっと見てきた。真っ直ぐ。飽きずにずっと。
そして、クルードもやり遂げてしまったのだ。何者にでもなれるのなら、ディアナを幸せにする者にもなれるのではないかと思って。
ユグダ帝国から帰国する馬車の中。
馬車が揺れた事で、クルードの胸に飛び込む形になったディアナは暴れた。
しかし、まだ馬車の揺れが大きく、今動いたら危ないと思ったクルードはディアナを離さない。やんわりとでもしっかりとディアナを囲んで抱きとめたままである。
と、暴れていたディアナが急に大人しくなった。
クルードの胸元に掴みかかった状態でおでこをクルードに押し付ける格好のまま、ぽつりと呟いた。
「あなたはどんな未来でも選べたのに。私はそんなあなたが羨ましかったのに。なんでこんな無駄使いするのよ」
クルードがディアナの顔を覗き込もうとするが、ディアナは絶対に顔を上げない。クルードの動きに合わせて顔を逸らし続ける。でも、耳まで赤い。
「どうしてだと思います?ちなみに私は今、とても満足しています」
ディアナが落ち着いたところを見計らって、クルードは半端な姿勢で立っていたディアナを横の席に座らせる。が、ディアナの手とおでこはクルードの胸元から離れない。
仕方ないので、クルードは上半身をディアナの方に向けた体勢を取り、ディアナが辛くないように肩を支える。
「私、これからどうすればいいのかしら・・・」
やっと顔をあげたディアナの瞳は、迷子になった子どものように不安気だった。
「とりあえず、私と一緒に外交官としてがんばりましょうか。帰国したら大忙しですよ」
「・・・え?」
「言ったでしょう。あなたは外交官としてユグダ帝国に行ったことになっていると。そして、あなたは今回の功績を認められて、王国で初めての女性外交官として正式に任命されます」
「は?」
「私も、あなたと一緒に外交官として任命されます。私もあなたも騎士より、きっと外交官の方が適任です。とりあえず2人で王国の平和を、カーライルとフィリス妃の幸せを守りましょう」
ディアナの困惑の表情がじわじわと憤りになり、更にじわじわと奮起の色が瞳に宿り、そして顔から笑みが覗いた。新しいやりがいのあるおもちゃを見つけた子どもみたいに。
「そして、そのついででいいので、私とあなたの幸せも望んでくれると嬉しいです」
久しぶりに、すごく久しぶりにディアナが素直な喜びの表情を見せたのが嬉しくて、愛おしくて堪らなくなりクルードはディアナの額にそっと口付けた。
ぼんっと破裂したかのように一瞬でディアナの顔が真っ赤に色づくのを見て、クルードは笑みを深める。
妖艶で知られた黒薔薇姫のこんな姿を知っているのは自分しかいないのだ。
同時に先が思いやられるとは思ったが、待つのには慣れているし、何よりディアナが間違いなく自分の隣に存在しているのだから、それだけで幸せだ。
ディアナが隣にいてくれるなら、どんな回り道でも険しい道でも問題ない。道を切り拓くのも川に橋を渡すのも厭わない。
クルードは羞恥に打ち震えているディアナを嬉しそうに見つめ続けた。
「ディアナ、今頃どうしているかしら?ああ見えて、恋愛方面が赤ちゃんだから心配だわ」
ユグダ帝国では、4人の妃と皇帝が恒例のお茶会をしていた。
「そうねえ。意地っ張りなところがあるしねえ」
己の女としての武器を最大限に活用する術を知りながらも、情緒面が純粋培養な黒猫ちゃんを思い、妃たちは心配する。
「まあ、いいんじゃないか。あの男なら後10年でも20年でも待つだろうよ」
ディアナが安全に過ごせるように緩く囲いながらも、ストレスにならないように自由にさせてやる。まさに理想的な里親のあの男を思い浮かべながら、皇帝は香り高いお茶を口に含んだ。
「次回、あの2人が外交官として帝国に来るのが楽しみだ」
ブクマや評価が本当に励みになって本当に嬉しくて、つい書いてしまいました。
この話は本編3部で綺麗に終わってるので、蛇足になってないか心配ですが(^-^; 楽しんでもらえたら嬉しいです。




