表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
4/5

カーライルの葛藤

本編では影の薄かった王太子カーライルの話です。

 病弱な兄を擁立しようと企てる貴族たちによって、王宮の権力争いは激化していた。兄の母親は側妃ではあるものの高位貴族の娘で、血統は十分だった。


 比べて自分はというと、正妃の子ではあるものの王が47歳と高齢の時に誕生したため、王の退位までに帝王学の教育が間に合わないであろうことが問題視されていた。


 要するに、病弱な第一王子を傀儡かいらいにしたい勢力と、未熟な第二王子を傀儡にしたい勢力とのよくある権力闘争だ。


 まあ結局、父王は「まだまだ若い者に負けんわ!」と72歳まで元気に国政を取り続け、退位後もかくしゃくとし85歳で没する大往生を遂げるのだが。


 俺が13歳になる頃いよいよ争いが激化し、俺の食事に毒が混ぜられたり、側仕えの侍女が脅迫まがいの買収にあったりするようになるにつれ、俺は王宮を離れることになった。


 なんともモヤモヤした心持ちで、乳兄弟のクルードと共に向かった別邸。

 そこで俺は出会ったのだ。ハルトン姉妹と。


****


 王宮と違い、別邸ではできることは限られる。

 それに、王宮から自分だけ逃げ出して安全な場所にいるという状況に、まだ歳若いカーライルはやり切れない気持ちを抱えていた。

 自分だけ安穏と何かに興じる気にもなれず、日がな、クルードと鍛錬をするか、遠乗り先でぼーっと過ごしていた。

 どこに行くにもクルードがついて来るのは、いくら気心の知れた乳兄弟とはいえ今は鬱陶しかったが、こればかりは仕方がなかった。


 その日も、カーライルはなくクルードと遠乗りをしていた。

 粗方あらかた、乗馬に適した場所は行き尽くしたため、東に広がる林の先に行ってみることにした。

 木々の間隔や足場の状態によっては、馬に無理をさせずに引き返そうと考えていたが、どうやら大丈夫そうだ。カーライルとクルードは巧みに馬を操りながら林の中を進んだ。


 そうして林を抜けると、一面の花畑に出た。

 黄色い小ぶりな花が巨大な絨毯のように広がっている。

 

 と、黄色に埋もれて動く赤い塊が見えた。

 なんか、大きなリンゴがもぞもぞ動いてるみたいだな。と、カーライルは絵本の一場面を見ているような心地でぼんやり見つめた。

 しばらくすると、リンゴがぴょこんと顔を上げた。


 「あら、ごきげんよう。よろしかったら、お花を運ぶのを手伝ってもらえないかしら!」


 リンゴは、赤いドレスに赤い帽子を被った少女だった。

 少し舌足らずな幼い声ながら、随分と堂々とした物言いをする。


 少女の近くを見ると、なるほど。3つの籠に山盛りの花が積まれている。どう見ても少女の両手には余るだろう。


 カーライルとクルードは、顔を見合わせてどちらからともなく苦笑した後、少女を手伝うことにした。

 レディを助けるのは立派なことだし、何よりこの少女は面白そうだ。


 3人で一つずつ籠を持ち、馬を引きながら歩いて少女の屋敷に向かうことになった。

 最初は、少女の分の籠もカーライル達で持つとも、少女は馬に乗ったらいいとも言ったのだが、少女は頑として譲らなかった。


「これは、フィリスの為にわたくしが計画して、わたくしがおこなったのです。だから、わたくしの分はわたくしがやるのです」


 やはり、面白い少女だった。

 少女の名はディアナ。フィリスというのは妹らしい。

 

 屋敷に着き、ディアナに導かれて入った一室にフィリスはいた。

 レースのカーテンから穏やかな光が差し込む部屋の中、ベッドの上で彼女は本を読んでいた。

 黒々と波打つディアナの髪から、色味もカールも少し柔らかくしたような髪に、ディアナのエメラルドの瞳を薄くした湖のような瞳、そしてディアナよりも白い肌と、フィリスは全体的に淡い印象だった。


 当初、知らない少年を2人も連れてきたディアナにフィリスは驚いたようだが、ディアナの「フィリスのお部屋をお花畑にする計画」に巻き込まれ、ディアナの命令に従って部屋を花で飾っている2人を見ているうちに、くすくすと笑い出した。


 カーライル達も、なんでこんな事を自分たちはしているのだろう?とふと思ったりもしたが、小さなディアナには敵わず、いい様に使われながら最終的には口元から笑いが漏れ出していた。

 2人とも、久しぶりに自然に笑った気がした。


 そうして、カーライルとクルードはハルトン姉妹と知り合い、頻繁にその屋敷を訪れるようになる。


 ハルトン姉妹は、ディアナが10歳、フィリスが9歳。

 小さい頃に母親を亡くし、父親は王都で昼夜問わずに忙しく働いているらしい。主人が不在がちな本邸はどこか寂しく冷えた雰囲気がするようで、生来、体が弱いフィリスの療養も兼ねて姉妹でこの地に住んでいるらしい。


 この辺りは姉妹たちからではなく、「じいや」と呼ばれる執事から聞いた話だ。

 確かに、ハルトン侯爵と言えば勤勉家で有名で、父である国王が誉めているのをカーライルも聞いたことがある。今も、貴重な中立派として各所の調整に目が回るほどの忙しさだろう。


 ディアナは、その小さな体をめいっぱい使って、フィリスの分まで我儘に生きようとしているようだった。我儘とは言っても、他人を困らせる意ではなく、自分の思うままにという意味合いで。

 フィリスは、自分の部屋という聖域を治めることで、ディアナの分まで素直に生きようとしているようだった。素直とは言っても、物を知らない意ではなく、全てを受け入れるという意味合いで。


 ディアナに言わせると、私にはこんなに元気で丈夫な体があるのだから、この体を思う存分に活用して、自分の思う通りに生きるのだ。何かを諦めるなど許されないのだと言う。

 フィリスに言わせると、私はこの部屋のみで生きていくのだから、自分の限られた世界を活用して、外界や世間の物事に煩わされる事もない。自分の心を偽る必要もないのだと言う。


 カーライルは、フィリスの枕元でフィリスと語らうのが好きだった。


 最初は、兄王子と同じく病弱な事に同情して話をするようになった。カーライルは聡明な兄王子を個人的には尊敬していたが、不本意にも敵味方に分かれる形になってしまったため、その気持ちを埋める部分もあったのだろう。

 年上で王子としての教育を十分に受けさせられているカーライルが舌を巻くほど、フィリスは博識だった。それに、その素直さは、王宮の権力争いで心がささくれていたカーライルにとっては安らぎだった。


 フィリスは「恥」や「見栄」「恐れ」からくる偽りが一切なかった。

 常に王子として虚勢を張らなければならなかったカーライルにとって、それはとても新鮮だった。そして、そんなフィリスになら自分も何も偽る必要がなかった。


 

 やがて、病弱故に貴族たちに振り回されながらも、数年がかりで地道に準備を進めていた兄王子が、王位継承権を放棄した。

 騒動がひと段落し、カーライルがやっと会えた兄王子は、顔色が優れないながらも晴れ晴れとした表情をしていた。「おまえには大きな荷物を残して悪いけど、頼んだよ」そう、儚げに笑っていた。


 カーライルの王位継承者としての地位が確立すると、すぐさま婚約者選びが始まった。父王と歳が離れている事もあり、確かな家から婚約者を迎え後ろ盾を得ることが急務だった。


 そして、決まったのがディアナだ。


 権力争いでいくつかの有力貴族が没落したのと、再度混乱を招かない様に中立的な立場の貴族が好ましいことを考えると、選択肢は多くなかった。


 ディアナに決まったと聞いた時、カーライルはほっとした。


 フィリスを彼女の聖域から連れ出さなくて済んだことに安堵した。

 彼女には、あの場所で素直な彼女のまま生きていてほしいと思っていた。


 ・・・が、当のディアナは全然納得していなかった。

 婚約者としての顔合わせの後、カーライルを縫いとめるような強い瞳でこう言った。


「あなたの自由な体は何の為にあるのかしら?私は私自身の無駄使いなんてしないわ」


 ディアナはこう言っているのだ。「そんな立派な体があるのに自分の願いを端から諦めるとは何事か」と。


 言われて、カーライルは気づいた。

 婚約者がフィリスではなく安堵する気持ちの裏で、同じぐらい落胆していたと。

 本当は、彼女をあの場所から連れ出してでも、自分の隣にいてほしかったと。

 そして、ディアナがそのために動くということは、彼女もそれを望んでくれているのだということに、胸から暖かい何かが溢れ出しそうだった。


 ディアナは、宣言通り自分の野望に真っすぐ進んでいった。

 目的のために手段を選ばず、みるみる見事な悪役令嬢となっていく彼女にカーライルは焦るばかりだった。

 ディアナがわざと夜会で居丈高にするのをやめて欲しくて、つい素っ気ない態度をとってしまうものの、ディアナはそれすらも演出に組み込んでしまう。

 王子としての責務と自分の願いとの間で板挟みになっているカーライルには、手も足も出なかった。


 そんな時、クルードがこう提案した。


「フィリス嬢を交えて3人で相談しましょう。ちょうど今度の視察であの地の近くを通ります。その時なら時間が作れるはずです。もちろんディアナ嬢には内緒で」


 かくして、カーライルとクルード。そしてフィリスは話し合いの場を設けた。


 屋敷では、顔馴染みのじいやが迎えてくれた。じいやがだいぶ小さくなった気がするのは、カーライルたちが大きくなったからだろうか。

 じいやは2人との再会を孫に会うかのように喜んでくれた。そして、応接室に案内する道すがらフィリスの様子を教えてくれた。


「最近、ようやっとベッドから出てられる時間が長くなって来ましてな。今は少しずつ体力作りをしておいでですよ」


 部屋に着くと、座っていたフィリスが立ち上がって挨拶をしようとしたが、楽にしてて良いからとカーライルは慌てて手で制した。

 

 あの頃は、フィリスの席は決まってベッドの上で、彼女の普段着は寝巻きだった。

 それが今、フィリスは応接室の椅子に優雅に座り、日常使いのシンプルなものとはいえ、ドレスを着てきちんと身支度をしていた。

 まるで、どんなに想像しても直接会うことのできない小説の人物が現実に出てきたような、不思議な気持ちをカーライルは感じていた。


「この度のお申し出ありがとうございます。私もお姉さまの事が気になってたんです」


 14歳になったフィリスは、カーライルの記憶よりもハキハキとした喋り方をしていた。

 でも、なぜかいつもフィリスからの手紙を読みながら想像する声と似てる気がした。


 フィリスの言葉を受け、クルードが「ディアナ嬢には絶対にばれないようにくれぐれもご内密にお願いします」と鬼気迫る真剣な顔で前置きをした上で、話を始めた。


「ディアナ嬢は、フィリス嬢の体調が整うまで殿下の婚約者の座を死守し、その後フィリス嬢に婚約者の座を渡すつもりです。そして、その為にはご自分が悪者になるつもりです」


「まさか、そんな!・・・たしかに私に婚約者の座を譲りたがっているのは知っていましたが・・・」


「婚約者の交代となれば、それなりの理由が必要ですし、必ず反発や混乱が起こります。それに、表舞台での経験がないフィリス嬢が突然婚約者になって、支持を得るのは難しいでしょう。それを見越した上で、ディアナ嬢は自ら泥を被るつもりなのです」


「それは・・・クルードの言う事は私もわかります。だから難しいと思っていたのです。でも、私が愚かにも願いを捨てきれずにいたから、お姉さまを追い詰めてしまったのかしら・・・」


 フィリスがそう言って悲し気に目を伏せると、今まで静かにただ座っていたカーライルがすっくと席を立った。と、大きな3歩でフィリスの傍まで行き、そこにひざまずいた。


「フィリス。先に一つだけ確認してしておきたい事がある。君は、俺の婚約者の座を望んでくれているのか。その為には君はこの安住の地から出なければならない。そして、王太子妃いずれは王妃となれば、魑魅魍魎の如き相手とも対峙しなければならない。それでも・・・」


「魑魅魍魎だなんて、王宮って本当に怖いところなのね」


 カーライルの突然の問いかけにフィリスは目を見開いたが、やがて目をゆっくりと2、3度瞬きし、カーライルを見つめたまま、ふんわりと目を細めてそう返した。


「私ね、小さい頃は自分が元気になるなんて思ってもいなかったから、自分はこの限られた空間の主人で、だから、穏やかに過ごせるのだと思ってたの。

 でも、違ったわ。体が丈夫になってきて、行動範囲が広がっても私は変わらなかった。私の聖域は私の部屋じゃなくて、私の心だったのよ。私の心を決められるのは私だけ。誰が何と言おうと何があろうと、それをどう取るのかは私次第なのだから、結局私は何にも煩わされる必要はないのよ」


 そうでしょう?とフィリスは笑みを深めた。


「だから、できる事なら国の中枢で自分の知識を活用してみたいと思ったし、もっと色々な世界を見てみたいと思った。そして、何よりあなたの隣に居たいと思ったのよ」


 フィリスが言い終わる前に、カーライルはフィリスの膝の上にあった彼女の両手を、自らの両手で包み込むように取り、そこに自らの額をつけた。そのまま、祈るように口にした。


「俺も、フィリスに隣にいて欲しい・・・」


 そんな2人の様子を、見守りながら、クルードはやれやれとすっかり冷えたお茶を飲んだ。

 そちらがまとまってくれないと、こちらの話も進められないんですよね。と、幸せそうな2人に、ついそんな皮肉の一つも言いたい気分だった。


 その後、ディアナと話をしたがるフィリスを説得し、ディアナが納得するにはとりあえずディアナの目論見を成功させる必要があること。それを見越した上で策を練る必要があることを共有し、3人は共犯者となった。



 ディアナを出し抜くのは並大抵ではなかったが、クルードとカーライルが寝る間を惜しんで暗躍し、フィリスが抜かりなくディアナの対応をして、やっとその日がやって来た。


 フィリスは、すっかり馴染んだ王宮の私室で、思わず笑みをこぼした。

 そんなフィリスに、カーライルが「どうした?」と目で問いかける。


「きっと今頃、お姉さまは馬車の中で烈火のごとく怒っておいでね。クルードは無事かしら?」


「心配ない。ディアナの炎は、クルードにとっては気持ちのいいの光みたいなもんだ」


 カーライルの返答に、今度は2人で目を合わせながらお互いにくすくすと笑い合う。

 長かった。本当に長かったけれど、やっとまた4人で居られるのだ。


「あなたとお姉さまとクルードさえ居てくれたら、私は何も偽ることなく素直な自分のままでいられるわ」


 フィリスの言葉に、そこは俺だけじゃダメなのか。と拗ねるカーライルを、なおくすくす笑いながら、フィリスは宥めた。


 後日、「貴方達、よくも私をコケにしてくれたわねえ?」と王宮に乗り込んでくるディアナの機嫌をとるのに一苦労するのだが、それはまた別のお話。


多くのブクマを頂いたのが嬉しくて番外編を書いてみました。


この話を読んでみてどうだったか、スクロールした広告の下にある☆で評価してもらえると嬉しいです!


本当はカーライルとクルードがディアナを出し抜くために暗躍する様子も書くつもりでしたが、長くなるのでバッサリ切りました。

また機会があれば、そこら辺も書きたいですね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] クルードとディアナが上手くいきそうで良かったですね ディアナは皇帝ファミリーに気に入られていたみたいだし本編中もクルードを男性として視野にいれていないようだったので3年の間に皇帝からこの男ど…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ