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黒薔薇姫は嵌められた

「ディアナ、お前を下賜することが決まったぞ」


 ユグダ皇帝と5妃が集まって開かれる恒例の茶会において、皇帝が何かのついでのような調子でディアナにそう告げた。


「下賜・・・ですか?」


 ディアナがユグダ帝国に輿入れしてから3年。

 こちらでの立ち位置も安定し、後はのらりくらりと余生を過ごそうと思っていたのだが。

 20歳にして、隠居老人のような心持ちのディアナには寝耳に水の話だ。


「ああ、独立気質の高いザハト地区はお前も知っているだろう。実は、あそこの長が隣国のアヤンと手を組んで反乱を企んでいたのがわかってな。

 しかも、王宮の高位貴族とまで繋がっており、事が起これば一大事だったのだが、それを未然に防いだ騎士がいてな。

 褒美に何がほしいと聞いたら黒髪の美女が良いと言うので、お前をやることにしたのだ」


 この国において、ディアナのような黒髪は珍しい。だからといって、猫の子をやるような気楽さでやられても困るのだが。

 ディアナが、じとりと見つめているのに気づいていないはずがないのに、皇帝はいけしゃあしゃあと言葉を続ける。


「決してお前を悪いようにする男ではないよ。理想的な里親だろう。それに、これ以上この王宮でくすぶっていても仕方ないだろう」


 里親ときたか。どうやら、ディアナが猫の子じゃあるまいしと思っているのはお見通しらしい。


 しかし、皇帝の言うとおりだった。


 ディアナは自分の望みを叶えるために、実質的な人質としてこの帝国にやって来た。もちろん、それだけでこの食えない皇帝が言うことを聞くはずもなく、取引条件として各国の機密情報と、皇帝が愛してやまない「古代ハワフェ神話」の各地に散らばる伝承を小出しにしてきた。

 それももう、ネタ切れだ。どうやら、用の済んだ小娘を王宮に置いておくほど大帝国の皇帝は慈悲深くはないらしい。


 まあいいか、余生をどこで過ごそうとも、そんなに違いは無いだろう。

 ディアナは動揺していた表情をすっ、と戻すと、静かに茶を飲んだ。

 何やら他の4妃が、生暖かい目で見てくるが何なのだろうか。娘を嫁に出すような気分なのだろうか。


 と、いつの間にかディアナの横に移動してきていた皇帝が、ディアナの肩を抱いてきた。

 そのまま、ディアナの柔らかい頬へと口付ける。


「なっ・・・!!!何をなさるんですか!?」


 ディアナの抗議を意に介せず、皇帝はディアナの肩を抱いたまま、鷹揚に笑う。


「ディアナ、お前は今度こそ本当に結婚するんだぞ。これぐらいで照れていてどうするのだ。余が少し慣らしてやろうか」


「けっ・・・結構ですわ!!!」


 ディアナは皇帝の腕から逃れようと必死に暴れるが、皇帝の腕はびくともしない。じゃれる子猫をあやすように、そのままディアナの頭を撫でてくる。


「なあ、ディアナ。余はお前を気に入っておる。計算高く勇気があり、何より目的の為に諦めるべきところを心得ている。そんなお前に、あいつはどう映るのだろうなあ?」


 黒薔薇姫と恐れられたディアナでも、この海千山千の皇帝には敵わない。

 今だって、ただただ人を揶揄からかうように笑うばかりなのだ。




 その日はすぐにやって来た。


 対外的には寵姫として知られるディアナの下賜にも関わらず、随分とあっさりとしたものだった。

 あれよあれよという間に準備は終わり、気づけばディアナは馬車の中だった。

 

 そして、結局あの日に聞いた以上の情報を知らぬまま。

 下賜される騎士にいざ会っても、呼ぶ名前すら知らないのだけれども、失礼にあたらないかしら。と、ディアナはため息をついた。

 まあ、黒髪の美女を所望した人らしいから、私の見目が目当てなだけで私自身に興味はないかもしれないけれど。


 出発して程なく、馬車が止まった。

 目的地に着いたにしては早すぎるのではないかとディアナが訝しんでいると、ドアが開き人が乗ってきた。


 乗ってきた人物を見て、気怠げだったディアナの表情が驚愕に変わって行く。

 対して、乗ってきた人物は落ち着いた様子でディアナの向かいの席に腰掛けた。そのまま、ディアナを見つめながら、にこりと微笑んだ。


「久しぶりですね。ディアナ嬢」


 夜会での社交辞令のごとき軽やかさで、男はディアナに挨拶をした。

 久しぶりどころではない。3年ぶりだ。しかも、この帝国にはいないはずの男だ。


「あ・・あなた、なんでここに居るの?カーライルの護衛はどうしたの?」


 表情を取り繕うのも忘れ、やっとそれだけを口にしたディアナに、男クルードは何てことないように答える。


「私は3年前からユグダ帝国に赴任しているのですよ」

「え?3年前!?」

「ところで、テレサ嬢からお手紙を預かってきております」


 クルードはそう言うと、ディアナに手紙を差し出した。

 それどころではなく、聞きたいことがたくさんあるディアナだったが、恩のあるテレサからの手紙を無視するわけにもいかない。

 ディアナは、ひったくるように手紙を受け取り、素早く中身を読んだ。



 親愛なるディアナ様


 ディアナ様、ユグダ帝国ではどのようにお過ごしでしょうか。


 私は最近、夜会ごとにディアナ様と小芝居をした昔を懐かしく思っております。

 ディアナ様がどれだけ容赦なく、かつ完璧であるかを知らしめ、令嬢たちの対抗心を削ぐと共に、地位の低い令嬢たちを私の取り巻きとしてまとめ、ゆくゆくはフィリス様の支持基盤とする。

 

 あなた様の采配は見事でしたわ。

 目論見通り、フィリス様への婚約者交代劇は大きな反対も起こらずにスムーズに行われました。


 そうそう。もう既にフィリス様が王太子妃となられて1年。地位は盤石となられましたので、ここ最近は当時のネタばらしを令嬢たちにしておりますの。


 私とディアナ様が険悪だったのはほんのお遊びで、本当はディアナ様が素晴らしい方で私は大好きだという事と、私はシャイで不器用なディアナ様のフォローをしたに過ぎないのに、その方達が思いがけず私の取り巻きとなってしまい、誤解を助長させたようです。とね。


 そんなことをして、フィリス様がお気に病まないかご心配ですか?

 フィリス様へのネタばらしは、クルード様がとっくにしておいでです。


 詳しくはご本人からお聞きくださいね。

 では、ディアナ様、久しぶりにお会いできるのを楽しみにしておりますわ。


テレサ



「な、なんですって!?クルード、ここに書いてあることは本当なの?フィリスにバラしたってどういうことなの!!」


 思わず、手元の手紙をぐしゃりと潰しながらディアナは詰め寄るが、クルードは平然とした様子で、もう1通の手紙を取り出した。


「続いて、こちらはフィリス妃殿下からの手紙になります」


 正直、手紙なんて読んでいる場合ではないが、この世にフィリスの手紙より優先すべきものなどない。ディアナはクルードを睨みつけながら、フィリスからの手紙を読み始めた。



 ディアナお姉様!きっと今頃怒ってらっしゃるわね。

 まずは、手紙の作法を無視してお書きすることをお許しくださいね。


 お姉様。私は今とっても幸せです。

 正直、お姉様が自分を犠牲にして私を幸せにしようとしていると知った時は、そんなことよりお姉様自身の幸せを優先してほしいと思ったわ。ちゃんとお姉様と私は話し合わなければと思っていたの。

 でも、クルードに言われてわかったの。お姉様は一度決めたことは何としてもやり遂げる性格だし、お姉様にとっては私が幸せになることが何よりも優先される願いだってことが。

 なので、私はお姉様が用意してくれた舞台に全力で乗っかることにしたわ。お姉様がお膳立てしてくれたものを、とことん利用して幸せになることにしたの。


 でもね。私が幸せになることがお姉様の幸せであるように、私の幸せにはお姉様が不可欠なのよ。きっと、自分から望んでユグダ帝国に行ったことにすることで、お姉様は自分の野望に忠実に生きて幸せだと私に思わせたかったんでしょうけど。私はお姉様が近くに居ないなんて耐えられないわ。


 しかも、お姉様は自分の幸せなんて考えたことがないでしょうから、お姉様の幸せはこちらで用意することにしたわ。と言うより、私が望むお姉様の幸せを用意したと言うべきかしら。


 お姉様、ご存知?お姉様が黒薔薇と呼ばれたのと比較して、私は白百合妃と呼ばれているの。姉妹なのに正反対だからですって。

 こんなにも似たもの姉妹なのに、おかしいわね。


 お姉様とカーライルとクルードと私。子供だったあの頃みたいに4人でお話しするのを楽しみにしているわ。


あなたの妹フィリス



 ディアナはフィリスからの手紙を読むと、思わず裏を見た。もちろん、裏には何も書かれていない。封筒にも何も同封されていない。でも、この手紙の内容だけではワケがわからない。


 とりあえず、先ほど握りつぶしてしまったテレサからの手紙を、椅子の座面で丁寧に伸ばし、そこにフィリスからの手紙を重ねた。

 そして、相変わらず静かに微笑むばかりのクルードを射殺さんばかりに睨みつける。


「一つずつご説明しますよ」


 ディアナから向けられる殺気などないかのように、クルードは淡々と喋り出す。


「まず、ディアナ様がユグド帝国に輿入れされるに当たって、王国から騎士が数名、帝国に派遣されたのはご存知ですか」


「ええ、帝国軍から軍事知識を学ぶのと、交流が目的だったわね」


「その時に派遣された騎士の中の1人が私です」


「ちょっと!!おかしいでしょう!カーライル殿下の腹心である護衛騎士のあなたが何で派遣されるのよ!」


「その節は、ユグダ皇帝には大変お世話になりました。皇帝から、帝国の重要機密にあたる軍事に関わること、生半可な騎士に来てもらわれても困る。と、強めに言っていただきましたので、さほど不審がられることもなく、私が赴任することができました」


 なんでもないように言うが、と言うことはユグダ皇帝もグルか!

 ディアナは呆れて物も言えずに口をパクパクさせた。


「テレサ嬢、いえ今はタイドス夫人ですが、テレサ嬢とお呼びしますね。

 あなたがユグドと取引をするつもりなのはわかっていましたから、テレサ嬢にも協力いただいて、私もユグド皇帝と取引をしていたのですよ。

 そして、ユグドの不穏分子を一掃するために私が各所をそそのかし、ユグド皇帝との約束通り一網打尽にして今に至ります」


 そろそろ、ディアナも勘づいてはいたが、やはりディアナが下賜される騎士とはクルードのことらしい。しかも、その手柄とやらは3年前かそれ以上前から仕組まれていたらしい。


「と言うことは、私とあなたは王国に帰ることになるのかしら?

 でも、いくらテレサが多少フォローしたとは言っても、悪名高い黒薔薇姫で出戻りの私を娶るなんて、あなたの立場が悪くなるのではなくて?」


「ご心配なく。今頃、王国ではあなたのことが発表されているはずですよ。

 あなたに危害が及ばないように、あなたは輿入れと偽ってユグド帝国に行ったが、実際は外交官であり、王国と帝国を取り持つ重大な任務をこなしていたと。2国間の憂いがなくなったため、晴れて帰国することになったと」


「はあぁぁあ〜〜〜〜??」


 人のシナリオを強引に改変して何をやっているのだ!

 ディアナは、揺れる馬車の中にもかかわらずクルードの胸ぐらに掴みかかると、憤怒の形相で詰め寄った。

 相変わらず落ち着き払ったクルードは、見事なバランス感覚だなと、場違いなことを思いながらディアナに微笑むばかり。


「ユグド皇帝とそこまで取引できているなら、わざわざ私を下賜させる必要なんてなかったじゃないの!!」


「違いますよ。あなたを下賜してもらうに値する手柄を立てられたからこそ、こちらの提案を飲んでくれたのですよ。そして、あなたを下賜された私が母国に帰るという方法をとることで、帝国内の混乱を最小限にしたんですね。さすが大帝国の皇帝は計算高いです」


 理解した。状況は理解したが、それでもディアナはワケがわからなかった。綿密に計画を練り、自分の思い通りに全て事を運んだはずだったのに、なぜ今になってこんなことになっているのか!


 ディアナが衝撃のあまり喋れないと見てとると、クルードは言葉を続けた。


「あなたは完璧でしたよ。だから、あなたの思い通りになるように見守りました。あなたがそれを達成しないと満足しないことは分かっていましたからね。でも、私はあなたが切り捨てた部分も諦めたくなかったのです。だから、ちょっと頑張ってみました」


「な、な、何が、『ちょっと頑張ってみました』なのよ!

 私が諦めた部分を勝手に全部拾って、持ってきて、何してくれてるのよーー!!」


 と、車輪が石でも轢いたのか、馬車ががくん、と大きく揺れた。 

 

 不安定な姿勢のまま、クルードに掴みかかっていたディアナはバランスを崩し、そのままクルードの胸に抱き込まれた。


「カーライルは国を優先し、あなたはフィリス嬢を優先し、お互いに自分のことは諦めようとした。ならば、私ぐらいは自分自身の欲望に忠実でいる覚悟を決めようと思ったのですよ」


 胸元で固まっているディアナをしっかり抱きしめながら、クルードはディアナの耳元に口を寄せる。


「随分と時間がかかりましたが、もう逃しませんよ」



 ちなみに、クルードが持ってきた手紙はもう一通あった。

 それは、カーライルからの手紙で、簡潔に一言、こう書いてあった。


 

 諦めろディアナ。クルードはお前より上手だ。

先日、初投稿した短編に評価やブクマを頂いたのが嬉しくて、つい書いてしましました。


このお話がどうだったか、下にスクロールして☆で評価していただけると嬉しいです。


読んでいただき、ありがとうございました。

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