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宝仙伝  作者: 神無月拓楼(旧HN現武壱)
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双月転臨之章前編

・・・十年前

ザシュッ!

「ッ!!ギャアアアァァァー!」

小さな集落に、男の悲鳴が響き渡る。

腕を切り落とされ、その場にうずくまる男の後ろに、鎧を着た一人の小柄な青年が立っていた。

年の頃、十四・五と言った所か、その顔立ちからは、まだあどけなさが残っていた。

その青年の手にした刀からは、真新しい鮮血が滴り落ちている。

うずくまった男に青年は、冷たい眼差しを投げかけ、おもむろに刀を振りかぶる。

「・・・死ね。」

ザシュ・・・

青年の刀が、男の脳天を切り裂くと、男はそのまま死に絶えた。

「な・・・何をするんだ零!」

青年と同じ鎧を着込んだ男達数名が、刀を抜き放ち、青年を取り囲む。

「・・・その名で俺を呼ぶな。」

抑揚のない声を男達に投げかけ、青年は先程斬りつけた男の正面で腰を抜かしている少女に眼を向ける。

「・・・早く行け。」

「え?!あ・・・は、はい!」

少女が立ち去るのを確認し、青年は取り囲んでいる男達を見回す。

「き、貴様!何をしたか解っているのか?!」

「・・・蛆虫を一匹殺した位で、ゴチャゴチャうるせぇんだよ。」

そう言って、青年は手にした刀を男達へと突き付ける。

「・・・俺達が倒すべき相手は、敵国の兵共であり、こんな村の女子供では無いはずだ。」

冷たい青年の目は、並んだ男達を順に見つめる。

その青年の仕草に、男達はたじろぎ、後ずさる。

「な、何を言うか!こんな事はどこでも行われている事じゃないか!そんなことにいちいち文句を言ってどうする?!」

青年と真っ正面から対峙していた、髭を生やした侍が非難の声を上げる。

その顔からは、幾分怯えているようにも見える。

「・・・そんな事?」

髭を生やした侍の言葉を聞き、青年は男達に向かって一歩踏み出す。

「あいつが生きて指揮していた隊では、こんな事は一度も行われなかったんだがな・・・」

ゆっくりと言葉を紡ぎながら、同じように一歩二歩とゆっくり歩く。

「敵国の村だからと言って、食料を奪い・・・女子供を慰み者にする・・・山賊よりも質が悪いな・・・」

尚も歩き寄る青年からは、すさまじい殺気が放たれ、それを察知した男達は、ジリジリと後ずさる。

「こ、こんな事をして、ただで済むと思っているのか?!」

後ずさる男達が、手にした得物を各々構える中、先程の髭面の男が叫ぶ。

「・・・別に?ゴミを清掃するだけの事に、何か問題でも有るのか?」

青年の言葉に、男の顔から先程までの怯えは消え、怒りの形相に変化する。

「ゴミだ、蛆虫だの・・・貴様!これは立派な反逆・・・」

ザシュッ!

髭面の男が言い終わる前に、その男の首は胴体から切り飛ばされていた。

目にも止まらぬ早さで、青年が一気に間合いを詰めたかと思った瞬間、銀の軌跡を残して青年が男の前に立っていた。

周りの男達には、何が起こったのか全く解らないのか、ただざわめきが起こっていた。

「れ、零!きさまああぁぁぁーっ!!」

一拍置いて、青年の隣にいた男が斬りかかる。

青年は、その斬撃を難なく外すと、男の心臓目掛けて突きを放つ。

ブシュ・・・

刀を通して、肉を裂く感覚が、青年の手に届く。

「でやあああぁぁぁーっ!」

深く突き刺さった刀を抜きながら後方を一瞥すると、今度は別の男が迫ってくる。

その男の構えから、斬撃は唐竹だと判断した青年は、左足を軸に、半回転して外す。

一瞬の差で、先程まで青年が立っていた場所に刀が振り下ろされる。

青年は、回転した時の威力を殺さず、そのまま斬りかかってきた男を横薙ぎに斬りつける。

ザンッ!

回転の威力も加わり、男の胴体は鎧ごと真っ二つにされ、一瞬で絶命した。

一人二人三人と、襲ってくる男達を次々と斬り殺す。

人とは思えぬ身のこなしと、その小柄な体からは想像も付かない力で、屈強な男達を一撃で絶命させていく。

いつの間にか、青年の鎧は、斬り殺した男達の血で朱に染まり上がる。

その姿はまるで、修羅の様であった。

ドシャ・・・

「ひっ!!」

また一人絶命し、最後に残った男は、腰を抜かしてその場に尻餅をつく。

「た、助けてくれ零!仲間じゃないかー!!」

情けなく慈悲を求めてくる男に、青年は切っ先を向ける。

「戯れ言を・・・苦しまぬよう一瞬で終わらせてやるよ。」

青年の目には、慈悲の色など全く無く、汚い物でも見ているようだ。

「な、なぁ・・・頼むよ・・・この事は誰にも言わない!!だから、なっ、なぁ?」

「・・・言いたい事は、それで終わりか?」

そう呟くと、青年は手にした刀を振りかぶる。

青年の行動を見て、男は眼を見開く。

振りかぶり、振り下ろそうとした瞬間。

「止めなさい!!」

不意に聞こえた女の声に、青年は手を止めて、声の聞こえてきた方に顔を向ける。

そこには、年の頃十二、三の、僧服に身を包んだ幼い尼が、きつい目つきで青年を睨んでいた。

漆黒を思い浮かばせる様な艶やかで、短い黒髪は、癖毛なのか、外に跳ねている。

強い意志を讃えた大きな瞳と、細い眉毛は吊り上がり、口元をきつく結んでいる。

「何故このような事をするのですか?!」

「関係のない奴は黙って・・・」

ズブ・・・

言いかけた言葉が宙を舞い、肉を裂く鈍い音が耳に届いた。

「へっへへ・・・」

青年は、顔を男に戻すと、男の手には、いつの間にか刀が握られていた。

その刀が、青年の腹部に深々と突き刺されていた。

「あぁっ!」

幼い尼の居た方向からは、悲痛な声が聞こえてくる。

そんな状況の中、当の青年は、狼狽した様子もなく、ただ静かに自分の腹と刀を握りしめた男を交互に見やる。

青年の腹部からは、止めどなく血が流れ落ち、致命傷である事が伺える。

「なんて事を・・・」

「やった!殺ったぞ!あの零を、この俺がー!」

刀を握りしめた男は、その場で小躍りでもしそうな勢いで喜んでいる。

「・・・そんなに嬉しいか?」

浮かれきっている男とは対照的に、冷静な様子の青年は、呟きの後、手にしていた刀を男の首筋に添える。

チャキ・・・

「へ?」

状況が飲み込めないでいるのか、男の間の抜けた声が聞こえてくる。

「・・・なら、その喜びと共に・・・死ね。」

ブシュッ!!

「・・・ガッ!」

男の首筋に添えられていた刀を引き、喉を切り裂くと、後ろに仰向けに倒れ込む。

切り裂かれた喉からは、勢いよく鮮血が吹き出し、青年を更に朱に染め上げる。

青年は、感情の籠もらない瞳で、男の最期を見届けると、おもむろに、自分の腹部に刺さっている刀を引き抜く。

引き抜くと同時、栓を失った傷口からは、先程よりも勢いよく血が溢れ出す。

「大変!早く止血しなくちゃ!」

いつの間にかこちらまで駆け寄ってきていた尼が、青年の体を支えようと手を差し伸べてくる。

パシンッ!

「キャッ!?」

差し伸べられた手を、平手で打ち付け、青年は、幼い尼を睨み付ける。

「・・・俺に触るな。」

「え・・・?」

それだけ言うと、青年は、顔を背け歩き出す。

「そんな怪我で、どこに行くの?!」

「・・・あんたの知ったこっちゃ無いだろ。」

腹部を手で押さえながら、青年は集落の外れの森へと向かって行く。

「これで俺もようやく死ねる・・・くそったれな、こんな世界から・・・」

青年の独白が宙を舞い、幼い尼の耳にも入る。

その言葉を聞いた尼の顔が、怒りの形相へと変わり、後を追う様に走り出す。

青年を追い越し、両手を広げて青年の前に立ちふさがる。

「なんでそんな事言えるの?!どんな理由が在れ、あなたは人を殺してしまったのよ?!あなたには罪を償う義務があるわ、だから・・・生きて償いなさい!!」

幼い尼の叫びが、小さな集落に響き渡る。

その叫びを聞き、青年は足を止める。

「・・・あんたの言い分はもっともだ・・・だがな・・・そういう台詞は・・・偽善者共にでも・・・説いて・・・ろ・・・」

青年は、言い終わるや、その場で両膝を着き、刀を杖にして体を支える。

「グボッ!」

胃から逆流した血が、青年の口から勢いよく吐き出される。

「ッ!ちょっと待ってて、すぐ宝仙様を呼んでくるから!」

それだけ言い残すと、幼い尼は、青年の横を通り過ぎ去っていく。

「・・・チッ、もう・・・体に・・・力が・・・入ら・・・ねぇ。」

ドサ・・・

無理に立ち上がろうとした結果、体勢を崩し、横に倒れてしまう。

「クッ・・・クッククク・・・ハッハハハハハ・・・ゲホッ!ゲボッ!」

何が可笑しい訳ではなく、ただ自然と笑いがこみ上げてくる。

最期の力を振り絞って、仰向けに寝ころび、空を仰ぐと、透き通る様な青い空が眼に飛び込んでくる。

「ゴホ・・・ゴホ・・・はぁ・・・良い・・・天気だな・・・」

呟きがこぼれ、重くなってゆく瞼をゆっくりと閉じる。

「・・・こ、今生の・・・今際の言葉が・・・良い・・・天気・・・っか。クッ・・・ククッ・・・」

目を瞑ると、体を浮遊感が襲い、深い眠りに誘う。

周りに人の気配を感じたものの、もうすでに耳は聞こえないのか、静寂だけが支配する闇の世界。

唇に何かが触れた気がしたが、それが何なのかを確認する気も青年には無かった。



江戸の外れの竹林を師匠と歩く。

宿を出て、一刻くらい経っただろうか。

私たちの間に、会話は一切無かった。

いつもなら、師匠の隣を歩いているはずなのに、今日に限っては後ろを歩いていた。

何か喋らなければ・・・そう思うけれども、何を喋って良いのか解らない。

聞きたい事があるはずなのに、その事を聞けない私。

今朝早くに、師匠は返り血を浴びて帰ってきた。

そして、早朝の江戸の街を騒がせた殺人事件。

それに師匠が関わっていたのか、もしそうなら、どうしてそんな事になってしまったのか。

私にはそれを確認する事が出来なかった。

ただ俯いて、師匠の後を歩く。

どことなく、いつもと雰囲気が違う師匠を前に、言いかけた言葉を飲み込んで、また俯いてしまう。

今朝からずっとこんな調子だった。

「・・・何か言いたそうだな。」

いきなり師匠から話しかけられて、俯いていた顔を上げて師匠を見る。

そこには、肩越しから私を伺っている師匠の後ろ姿があった。

ここからでは、今師匠がどんな顔をしているのかまでは解らない。

怒っているのか・・・もしかしたら呆れているのかもしれない。

「いえ・・・」

何故か師匠を直視出来ない私は、それだけ言うと、また顔を伏せてしまった。

「・・・そうか。」

短い会話の後、師匠はそれ以上何も言ってこなかった。

また私たちの間に沈黙が横たわる。

手を伸ばせばすぐの距離な筈なのに、まるで見えない壁がそそり立っているような錯覚を覚える。

考えてみたら、私・・・師匠の事何も知らないんだ・・・

私の知らない師匠の過去。

師匠の口から、昔の思い出話なんて聞いた事がなかった。

そんな、今更な事を考えていると、いたたまれない想いがこみ上げてくる。

私には・・・やっぱり話してくれないのかな・・・

今朝の事もそうだけど、師匠の事を純粋に知りたい。

それが私の素直な気持ちだった。

私たちは、ただ黙々と歩き続ける。

そう言えば、クロを呼ぶのをすっかり忘れていた。

私は、辺りを伺って、人が居ない事を確認すると、いつの間にか私の後ろを歩いているクロを発見した。

クロが降り立っていた事にすら気が付いていなかった私。

それだけ物思いに耽っていたみたいだ。

何か話しかけなければ・・・そう思うけれど、結局思いついた言葉を口に出す事が出来ない。

いつも通りに接する事が出来ないもどかしさを感じながら、私が師匠をどう思っているのか考えてみる。

その答えは、多分とっくに出ているはずなのに・・・

師匠を信じきれていない私が、そこに居た。



暫く歩き続けると、俺達が向かっている前方の空に、狼煙の様な白煙が立ち上っているのが見えてくる。

どうやら留守ではないらしい。

それを確認した俺は、竹林の道を外れ、細い小道へと入る。

不意に、前方から人の気配を感じ取り、その場で足を止める。

ドンッ!

「イタッ!」

いきなり立ち止まった所為か、後ろを歩いていた聖が、俺の背中にぶつかる。

何をやってるんだか・・・

「・・・ちゃんと前を見てろよ。」

「す、すいません・・・」

後ろの聖を一瞥すると、俯いて謝ってくる彼女の姿が目に映った。

ったく、辛気くさい顔をして・・・言いたい事があるんだったら、はっきり言えば良いものを。

口には出さず、そんな事を思って軽く嘆息して、先程感じた気配を確認する。

「・・・あら、宝仙様。」

「よう。」

俺達の良く知った人物の登場に、軽い挨拶を交わす。

長く腰まで伸びた髪の先に、輪が結ばれている。

俗に言う『玉結び』と言われている髪型だ。

凛々しさを漂わせる顔立ちで、確か俺よりも年下だった筈だ。

赤を基調とした着物が良く似合っている、清楚な女。

「こんにちわ、鈴音さん。」

俺に遅れて、聖も鈴音に挨拶を返す。

「こんにちわ、兄に御用ですか?」

「まぁな。」

顔見知りとの簡単な挨拶を済ませ、俺は鈴音の来た方向、白煙の立ち上っている場所に顔を向ける。

「お呼びいたしますか?」

「いや、俺が直接行くよ。すまんがこいつの相手をしてやってくれるか?」

鈴音の申し出を断り、後ろにいる聖を指して答える。

「えぇ、構いませんよ。」

「そう言う事だ。鈴音と時間を潰しててくれ。」

「・・・はい。」

聖の答えを確認し、二人を置いて俺一人で先を進む。

憂いを帯びた聖の顔色が気にはなったが、とりあえず用件を済ますべく目的地へと向かった。

暫く歩き続けると、前方から金属を打ち付ける甲高い音が聞こえ始めてくる。

更に進むと、山小屋の様な建物が見えてくる。

山小屋と言っても、母屋が他にちゃんと有り、ここは作業場に過ぎないのだが。

作業場の入り口まで進み、中を覗く。

覗くと同時に、室内に立ちこめる熱気に、思わず顔をしかめてしまう。

熱気の原因は、室内に設けられた巨大な釜。

その釜の炎をジッと見つめて動かない一人の男を見つけ声を掛けようとする。

「・・・誰だ?」

こちらが声を掛ける一瞬先を越され、俺は肩をすくめ苦笑する。

「・・・久しぶりだな、兼道。」

「宝仙か・・・生臭坊主が何の用だ?」

「フッ・・・酷い言われようだな。」

相変わらずこちらを振り向きもせずに答えてくる兼道の物言いに、嘆息混じりの苦笑を浮かべながら、用件を手短に話す。

「実はな、錫杖を河に落として無くしちまってな。すまんがまた前と同じ物を作ってくれ。」

「・・・随分簡単に言ってくれるな・・・まぁ作る事に問題は無いが、早くても十日はかかるぞ。」

相変わらずこちらには顔を向けず、おもむろに釜の中の赤く熱された鉄の棒を取り出したかと思うと、鉄槌で打ち付けて伸ばし始める。

カァーンッ!カァーンッ!

鉄槌で打つたびに、作業小屋の中には、金属の打ち合う甲高い音が響き渡る。

「・・・まぁしょうがないか。」

兼道の指定してきた期日を受け入れると、今度は別の用件を口にする。

「出来るまで、また厄介になっても良いかな?」

ジュワァーッ!

俺の言葉を聞いた兼道は、今まで鉄槌で打ち伸ばしていた鉄の棒を、水瓶に突っ込むと、そこで初めてこちらを振りかえった。

顔立ちはやはり兄弟だからだろう、鈴音と面影が似ている。

ぼさぼさ頭に、無精髭。

幾分くたびれた作業着を身に纏っている。

正確な歳は忘れたが、三十路前だったはずだ。

「・・・俺が断った所で、鈴音が勝手に泊めようとするだけだ・・・勝手にしろよ。」

兼道は、拗ねた様な感じで答えてくると、水瓶に突っ込んでいた鉄の棒を、また釜に入れ直す。

「ありがとよ。」

そんな様子を見ていた俺は、また苦笑を浮かべ素直に感謝して、作業小屋を後にする。

あまり長居をして、仕事の邪魔をする訳にもいかず、荷物を置きに母屋の方へと歩いていく。

勝手知ったる何とやらと言う所だろうか。

母屋に入った俺は、荷物を適当に置くと、聖達が帰ってくるまでの暇つぶしにと、書物が置かれている棚を順に眺めて、めぼしい物を探す。

「・・・古事記か・・・相変わらず良い趣味をしている。」

そう言って、本棚から古事記を抜き取り、中を読み始める。

数度読んだ事があるが、何度読んでも興味深い書物だ。

世界が本当にこの通りに作られたとは思っていないが、俺の興味を引くのは事実だ。

さすがに原本を読んだ事は無いが、ここに書かれている物も、今まで読んだ内容と同じだろう。

「天地の初め」から始まり、「伊邪那岐と伊邪那美」「天照大御神と速須佐之男命」と順に読んでいく。

俺は、時間が過ぎるのも忘れ、黙々と古事記を読み続けていた。



師匠と別れた後、私は鈴音さんに連れられて、江戸の街へと戻ってきていた。

クロは、鈴音さんと会った辺りから姿を隠しているみたい。

後でちゃんと紹介しておかなくっちゃ。

通りを歩く私たちの耳には、そこかしこで話し込んでいる人達が目に付いた。

どうやら、早朝起こった殺人事件の事を話しているみたいだ。

亡くなった方は、とても偉い人だったのかな・・・

そう思うと、何となく憂鬱な気分になってきちゃう。

「どうしたの?顔色が優れないみたいだけど。」

鈴音さんが、心配そうに私を見ている事に気が付いて、慌てて取り繕う。

「あ、いえ。何でもないんです・・・」

「そう?・・・何か悩み事が有るんだったら、遠慮しないで言ってね?」

「はい・・・」

鈴音さんは、私の事を気遣って、そう言ってくれる。

鈴音さんになら言えるかもしれない。

一瞬そう思ったけれども、結局口に出す事が出来なくなって、俯いてしまう。

「・・・宝仙様の事で悩んでるの?」

「えっ?!」

鈴音さんの問い掛けに、思わずびっくりして顔を上げる。

「フフッ、やっぱりね。」

そう言って、鈴音さんは悪戯っぽく笑うと、一軒の茶屋を指差す。

「少し休んでいきましょう?」

私の返答を聞かずに、そのまま茶屋へ入ってしまった。

一瞬どうしようか迷ったけど、結局鈴音さんの後に付いて茶屋へ入る。

「いらっしゃいませ~」

茶屋へと入ると、鈴音さんは適当な場所に陣取って待っていてくれた。

私は、鈴音さんの対面に座る形で腰掛ける。

「私は・・・草餅と緑茶で。聖ちゃんは?」

「あっ・・・同じ物でおねがいします。」

店員のお姉さんに注文を通す。

鈴音さんに顔を向けてみると、両手を組んで、その上に顎を乗せてにこにこして私を見ていた。

私は、何となく気恥ずかしくなって、鈴音さんの顔を直視出来なくなって、俯いてしまう。

どことなく、私の事を見通している様な鈴音さんの態度に、恥ずかしいやら居心地が悪いやらで、今にも店を飛び出したい気持ちでいっぱいだ。

暫くそうしていると、店員さんが注文の品を持って、私たちの元までやってきた。

「お待たせしました~」

どことなく間延びした店員さんの声の後に、私たちの目の前に、鮮やかな緑色の草餅と、湯気の立ち上る緑茶が置かれる。

「ここの草餅おいしいのよ?さっ食べましょう。」

「・・・はい。」

鈴音さんに勧められ、草餅を一口食べる。

口に入れた瞬間、よもぎのほろ苦さと独特の香りが、口いっぱいに広がり、一瞬遅れてあんこの甘みが広がる。

「・・・おいしい!」

「フフッ、そうでしょ。」

こんなにおいしい草餅は、今まで食べた事がなかった。

あまりのおいしさにびっくりして鈴音さんを見てみると、優しい微笑みを浮かべながら、私の事を見ていた。

「それじゃ私も。」

そう言って、同じように一口草餅を頬張ってみせる鈴音さん。

「ん~っ!おいしい~!」

鈴音さんは、草餅のおいしさを顔全体で表現する。

そんな彼女を見ていると、次第に可笑しくなって、ついつい顔がほころんでしまう。

「兄さんにも食べさせたんだけどね、『甘すぎて食べれない。』って言うのよ?」

「アハハッ!多分師匠も同じ事言いますね。」

さっきまでの憂鬱な気持ちが嘘の様に、自然と笑みがこぼれてくる。

鈴音さんには敵わないな。

そんな事を思って、暫く二人で談笑しあう。

鈴音さんのお兄さんの事、師匠の事、江戸の事。

たわいない世間話に花を咲かせていると、あっという間に一刻ほど過ぎていた。

話の種も尽きかけた頃、不意に鈴音さんの表情が変わる。

「・・・悩み事、宝仙様の事でしょ?」

「・・・はい。」

急に振られた話の内容に、今度は素直に頷いてみせる。

こういう時、ちょっとずるいなって思ってしまう。

「私で良ければ聞いてあげるよ?ため込んでるのって・・・辛いでしょ?」

「・・・うん。」

一人っ子だった私にとって、姉妹が居るってよく解らないけれども、もしお姉さんが居るとしたらこんな感じなのかな・・・

私の心にまとわりついていた物が、今では綺麗さっぱり無くなっている。

「・・・私、師匠の事が良く解らないんです。」

そう言って、私はポツリポツリと鈴音さんに胸の内を語り出す。

「よく考えたら・・・私たち、もう二年も一緒にいるのに、私・・・師匠の事何も知らない事に気付いて・・・なんだか不安で・・・師匠から、私と出会い以前の事って、聞いた事なくって・・・」

鈴音さんは、ただ黙って、私の言葉に耳を傾けている。

私は、塞き止められていた物が無くなったかの様に、そのまま続ける。

「・・・今朝、師匠が寝ずに宿に戻ってきた時、僧服に血が付いてて・・・今朝の事件を聞いた時、もしかしたらって思ったんですけど・・・それについても結局聞けなくって・・・」

周りを見回して、他に誰か聞いている人がいないかを確認してから、小声で話を続ける。

「もしそうだとしたら・・・どうしてそうなっちゃったのか・・・とか、聞きたかったんですけど・・・聞けなくって。」

「・・・そうだったの・・・」

それまで黙って聞いていた鈴音さんが、暫く考え込みながら、難しい顔をしていた。

「そっか・・・ねぇ、聖ちゃん。」

「はい?」

なにか考えがまとまったのか、それまで浮かべていた難しい表情は消えて、優しい笑みを湛えて聞いてくる。

「聖ちゃんは、なんで宝仙様と旅を続けているの?」

「え・・・?」

その問いが、全く予想していなかったものだった為、今度は私が考え込む事になった。

暫くあれこれ考える。

「えっと・・・私は師匠に助けられたから、その恩返しって言うか・・・」

二週間ほど前に、師匠に同じ様な事を聞かれたのに、今度はうまく答えられなかった。

「・・・本当にそれだけ?」

「え・・・?」

鈴音さんの含みのある問い返しに、また考え込まされる。

違う・・・そんなのはただの理由・・・私が師匠と一緒に旅を続ける理由は・・・

「宝仙様が、人に過去を話さないのは・・・多分恥ずかしいとか知られたくないとか、そんな理由じゃ無いと思うよ?」

「え・・・?」

「過去と未来・・・そして今この瞬間。聖ちゃんは何が大事だと思う?」

鈴音さんが何を言いたいのか、私にはよく解らなかった。

それは私がまだ子供だからなのかな・・・

「・・・宝仙様は、多分今この瞬間が一番大事だと思ってるんじゃないかな?過去は変えられないし、未来なんて誰にも解らないんだし・・・あの人の眼は・・・遠い未来に想いを寄せている訳じゃなく・・・過ぎ去った過去を懐かしんでいる訳でもなく・・・常に今を見定めてる・・・そんな眼をしてるわ。」

そう言って、鈴音さんは、眼を細めて私を見つめてくる。

「本当に話したくない事は誰にでもあるけど・・・もし宝仙様の過去が、聖ちゃんが思っている以上の物だとしたら、聖ちゃんの宝仙様を想う気持ちは変わる?」

「そ、そんな事無いです!」

鈴音さんの問いを、少し慌てて否定する。

そんな私を見て、鈴音さんは満面の笑みを浮かべてくる。

「でしょ?過去がどうであれ、宝仙様は宝仙様なんだし・・・聖ちゃんは聖ちゃんよ?・・・過去があるから今がある。そして、そんな宝仙様だからこそ、聖ちゃんが一緒に旅をしたいと思った・・・それで十分じゃない?」

「・・・そうですよね。」

鈴音さんに話して良かった・・・

何となく、晴れやかな気分が私を包み込んで、今までこんな事で悩んでいたのかという気持ちになってくる。

もういつも通りの関係に戻れそう・・・

そう考えると、思わず顔が緩んでしまう。

「・・・宝仙様の事・・・好きなんでしょう?」

「はい・・・って!えええぇぇぇーーーっ!!」

全く予想していなかった質問に、思わず大声を上げて立ち上がる。

あまりにも大きく反応してしまったため、周りの人や、店員さんの視線をヒシヒシと感じる。

「そっそそ、そんな事無いですよ?!だ、大体私たちは仏に仕える身なんですから!!」

あまりにも突然だった為、油断しきっていた。

しどろもどろになりながら、顔が上気してしていくのが自分にも解った。

そんな私を、楽しそうに見つめながら、ニコニコしている鈴音さんが恨めしい・・・

「フフッ、私は師弟として言ったつもりだったんだけど?」

「す、鈴音さん!!」

「ウフフッ、冗談よ。」

鈴音さんは、悪戯っぽく笑ってそんな事を言ってくる。

不意にその顔が真剣な眼差しに変わる。

「・・・御仏に仕える以前に、聖ちゃんだって女の子なんだから、少しくらい我が儘言っても良いのよ?」

「・・・これ以上我が儘言ったら、師匠迷惑しちゃいますよ。」

自嘲気味に呟いてから、席について落ち着く。

先程感じた視線は、私が席に着いたためか、もう感じなくなっていた。

「そうでもないわよ?殿方は恋する乙女の我が儘には弱いって、昔から相場は決まってるんだから。」

「す、鈴音さん!」

「ウフフ・・・」

鈴音さんの顔がまたほころんだかと思うと、またからかわれる。

さっきまでの真剣な顔はどこえやら・・・

それでも、私の心には一つの決心が付いた。

聞こう、師匠の事を・・・そして、『刹那』って人の事も・・・私はもっと、師匠の事を知りたい。

今から私は、師匠にまた我が儘を言う事に決めた。



兼道達との夕餉を済ませた俺は、腹ごなしの散歩と称して、外に出ていた。

ザザザザザァ・・・・

一陣の風が吹き抜け、周りの竹林を揺らめかせる。

肌を刺すような風の寒さから、もう秋も終わり、其処まで来ている冬の訪れを知らせてくれる。

「・・・フゥー・・・」

竹林の生い茂る一画に立ちつくしていた俺は、目を瞑って深呼吸をする。

おもむろに、後ろ腰に差していた短刀を手に持ち、抜刀の構えを取る。

二週間ほど前に、翁から受け取った銘のない妖刀。

最初にこれを抜き放ち、使用した時感じたが、この妖刀に俺の意識は取り込まれそうになった。

本音を言えば、こんな厄介な代物は、早々に手放したかったのだが、翁の言葉が気になり、結局未だ俺の元にある。

これを受け取ってから、ほぼ毎晩の様に、こうして妖刀を使いこなそうと努めていた。

その甲斐も有ってか、今では最初よりも持っていられる時間が、かなり延びた。

俺の性分じゃ無ぇよな・・・

ふと頭を過ぎった考えに苦笑する。

ザザザザザァー・・・

再び風が吹き抜け、ゆっくりと笹の葉が舞い落ちてくる。

ヒュッ・・・ヒュッヒュッ・・・

舞い落ちてくる笹の葉を、正確に妖刀で切り裂く。

風が吹き抜け、笹の葉が舞い落ちる度に、刃が届く範囲の物は、全て切り裂いている。

単調な作業は続く。

「・・・ッ?!」

不意に感じた手の痛みに、それまで手に持っていた短刀を、取りこぼしてしまう。

「つぅぅぅ・・・ふぅ・・・」

地面に刺さっている短刀にため息を浴びせると、鞘に収め腰に戻す。

「・・・覗き見とは、あまり良い趣味では無いな・・・」

先程から感じていた気配の主に、俺は振り向かずに声を掛ける。

「俺の新しい趣味さ・・・って、自分で言ってて虚しくなるがな。」

気配の主、兼道の軽口を聞きながら、そちらに体を向ける。

兼道は、少し離れた場所から、俺を見ていた。

「・・・久しぶりに、一杯やろうぜ。」

「フッ・・・そうだな。」

兼道の誘いに、苦笑しながら頷くと、二人並んで母屋へと戻る。

母屋に戻った俺達は、居間の囲炉裏を囲みながら杯を交わす。

囲炉裏の炎の爆ぜる音を聞きながら、二人で黙って酒を煽る。

お互い、昔話に花を咲かせる歳でも無い。

ただ沈黙が支配する場所で、こうやって飲むのが好きな者同士。

こいつとは、聖と出会う以前からの付き合いだけに、お互いどんな奴かは理解しているつもりだ。

以前鈴音に『女心の解らない似たもの同士の堅物。』と言われた事がある。

鈴音を交えて、飲んだ事があったのだが、この場の雰囲気に耐えかねた鈴音が、酔った勢いで吐いた台詞だ。

それ以来、鈴音は俺達と酒を飲む事はなくなった。

まぁ今では聖が居るので、そっちはそっちで楽しくやっている様だが。

「・・・まだ追っているのか?」

不意に沈黙を破り、兼道が聞いてくる。

「・・・あぁ。」

「・・・そうか。」

短い会話の後、また沈黙が訪れる。

不思議な事に、別段重い雰囲気にはならなかった。

酒の席での、いつも通りの会話。

懐から煙管の入っている箱を取り出すと、慣れた手つきで葉に火を着ける。

「・・・いつものやつとは違うんだな。」

俺の手に納められた煙管を見て、不思議そうに聞いてくる。

俺は煙管を銜えて、紫煙を吸い込むと、暫く肺に留まらせて、ゆっくりと吐き出す。

「・・・愛用のやつが壊れてな・・・貰ったのさ。」

呟く様に答えて、手に握られた新しい煙管を見つめる。

昨日出会った、柚葉の形見。

助けようと思えば助けられた、新しい俺の罪。

「・・・大切に使ってくれと言われたよ・・・」

また呟きを漏らし、煙管を口に銜える。

「・・・その人は、どんな人なんですか?」

不意に聞こえてきた声に振り向くことなく、紫煙を吸い込む。

「・・・良い女さ・・・てめぇの命より、誇りを選んだ・・・馬鹿で、息が詰まるほど美しく、恐いくらいに・・・良い女だった。」

「・・・そうですか。」

声の主は、俺の隣に座り込むと、囲炉裏の炎を見つめている。

「私・・・師匠に聞きたい事がたくさんあるんです。」

今朝とは違い、どこか吹っ切れた様な表情の聖は、唐突にそんな事を聞いてくる。

「・・・何だ?」

何となく、その先に続きそうな言葉を思い浮かべ、目を瞑って再度紫煙を吸い込む。

「私は・・・もっと師匠の事を知りたい・・・師匠の思い出話が聞きたい・・・それから・・・『刹那』って・・・誰ですか?」

「・・・過去の話し・・・か。まぁそれは良いがな・・・奴との事は、おまえには関係ない事だ。」

目を瞑ったまま、紫煙を吐き出しそう告げる。

「関係有ります!」

急に声を荒らげた聖に、さすがに驚き、立ち上がっていた聖の顔を見上げる。

突然の事に、兼道も俺と同じように、聖を見上げていた。

聖の顔は、怒った様な、泣きそうな様な顔をしていた。

俺は、仕草だけでため息を吐くと、無造作に頭を掻きむしる。

「・・・おまえを巻き込みたくないんだよ。出来る事なら、おまえには普通の生活に戻ってほしい、今でもそう思ってる。・・・おまえは、俺とは違って、闇に生きるべき人間じゃない。」

「なんでそんな事言うんですか!・・・私は、師匠を助けたい・・・今もそう思ってます。」

聖の物言いに、自分が苛立ちを感じている事が解る。

いつもの聖とはどこか違う気がして、苛立っているのか。

それとも、酒の席を邪魔されて苛立っているのか、自分でも解らない。

もしかしたら、今朝の出来事を引きずっているのかもしれない。

「・・・なんで其処までこだわる・・・俺の過去を知った所で・・・奴と俺の事を知った所で、おまえに得なんぞ・・・」

「あるもんっ!!」

俺の言葉を遮り、いつもよりも幾分幼い口調で叫ぶ聖に、目を丸くする。

「関係だってあるし、得だってあるもんっ!!」

「あのなぁ・・・おまえいい加減に・・・」

「私は!!」

呆れながらに呟く俺の言葉を遮り叫ぶ聖。

今まで、こんなに感情を露骨に表した事がない為、言いかけた言葉を飲み込むほか無かった。

「私は!私は、師匠の事が好きなんだもん!好きな人の事を知るのに、理由なんて無いもんっ!!」

一息でそう叫びきり、肩で息を整えている聖。

そんな聖を、俺と兼道は目を丸くして絶句する。

暫しの沈黙が流れ、我に返ったのか、耳まで真っ赤にした聖が、俯いて所在なさげに立っていた。。

「・・・プッ!クックック・・・」

沈黙を先に破ったのは兼道だった。

急に吹き出したかと思うと、その後に来る笑いを必至に堪えようとしている。

「クッククク・・・」

俺もそれに続いて、こみ上げてくる笑いを必至で堪える。

だが、そんな俺達の抵抗など虚しく、こみ上げてくる笑いからは逃れられなかった。

「ギャハハハハハッ!!」

「ワーッハハハハハッ!!」

俺達の笑い声を聞いて、聖は小さい体を、更に縮こまらせて俯いている。

暫くの間、俺と兼道の笑い声が居間を支配する。

「兄さんも、宝仙様も!いつまで笑ってるつもりですか!」

いつの間にかやって来た・・・おそらく最初から隠れていたのだろうが・・・鈴音の怒鳴り声で、俺達は必至に笑いを堪える。

だが、結局押し殺した笑い声が、口からこぼれてしまう。

「鈴音さ~ん・・・」

それまで、頼りなさげに佇んでいた聖が、鈴音の登場により、涙目になりながら、彼女の胸へと飛び込んで行く。

「・・・まさか、二人していきなり笑い出すなんて・・・さすがに予想してませんでしたわ。」

鈴音は、胸に顔を埋めている聖の頭を撫でながら、俺達を睨み付けていた。

「クックック・・・いや、すまんすまん。まさか、いきなりあんな事を言われるとは思わなかったものでな・・・プッ!」

俺は、睨んでいる鈴音に謝罪したが、聖の姿を見るなり、先程の事を思い出して吹き出してしまう。

「ど、どうするんだ宝仙!クックック・・・じょ、嬢ちゃんがここまで言ったんだ、それに応えてやれよ。」

兼道に至っては、他人事なので、完全におもしろがっている。

「うぅ~・・・クロー!」

鈴音の胸に抱かれたまま、聖は恨めしそうに唸なったかと思うと、突然クロを呼び寄せた。

開かれたままになっていた戸から、音もなく現れたクロが、聖の横に立つ。

不意に、聖が今尚笑いを堪えている俺達を指差したかと思うと、突然クロが襲いかかってくる。

「クックック・・・ちょ、ちょっと待て!は、腹が・・・プッ!」

「ま、待て嬢ちゃん!俺が悪かったから・・・クッククク・・・」

照れ隠しからの聖の行動に、俺と兼道は再度吹き出す。

俺は、腰に差していた妖刀を、逆手に持ち、逆刃でクロの爪を受け止める。

兼道は、這う様に鈴音と聖の元まで行ったが、間髪入れずに、女性陣に叩かれていた。

「うぅ~っ!師匠も兼道さんも大っっっ嫌い!!」

最後に聖がそう叫ぶと、それに呼応するかの如く、クロが容赦ない体当たりをしてくる。

・・・こいつ本気で俺の事殺そうとしてねぇか?

そう思った俺は、囲炉裏の炎に気を付けながら、応戦する。

相変わらず、顔の筋肉は緩みきっているが・・・

このトンチキ騒ぎが収まったのは、一刻ほど過ぎた頃、本気で突っ込んでくるクロを、聖がようやく止めてからだった。



「・・・さて、どこから話したもんかな。」

囲炉裏の炎を見つめながら、不意に師匠が呟きを漏らしてくる。

炎の暖かさを肌で感じながら、私は師匠の話しに聞き耳を立てていた。

鈴音さんと兼道さんは、何も言わずに黙っている。

クロは、興味がないのか、私の隣で伏せっている。

「俺には、俺を表す物は何も無かった・・・家族も、名前も・・・な。物心付く前から俺は、俺を拾ったジジィに戦う術を叩き込まれていた。」

初めて聞く師匠の生い立ちに、私は驚き戸惑う。

「暫くして、そのジジィも死んでな・・・ようやく解放されたと思った・・・だがな。それはまだ、ほんの入り口でしかなかったんだ。」

「・・・入り口?」

「あぁ・・・地獄の・・・修羅の道の入り口さ。」

修羅の道・・・それがどんな物なのかを想像してみる。

けど、私の想像なんかきっと足下にも及ばないんだと思う。

「ガキ一人で世の中生きていく事など到底出来るはずもない・・・そんな俺に差しのばされた手・・・それが入り口だった・・・戦という修羅の道のな。」

私が生まれる前には、大きな戦が沢山起こったと聞いた事がある。

多分それに師匠は身を置いていたんだろう事は、私にも理解出来た。

鈴音さんの言うとおり、私の想像なんか足下にも及ばない話だ・・・

「沢山の敵と、同じ数だけの同胞の屍を乗り越えてきた・・・なま暖かい血を啜った事や、ドロを食って飢えを凌いだ事もあったな・・・激しい戦だったにも関わらず、俺は生き残った・・・」

幼い頃の師匠が、どうして生き残れる事が出来たのか・・・

ただ、運が良かったのか・・・それが、師匠の実力なのか。

私には到底解らない事・・・

「生まれてからなのか・・・戦を生き抜いた所為なのか・・・気が付いた頃には俺の顔は、能面みたいな顔になっていたよ・・・泣く事も、笑う事も無く・・・生に固執していた訳でも無く・・・死を恐れること無く・・・」

そこで師匠は、自嘲している様な笑みを浮かべている。

子供の頃から、そんな風に生きてきたのだったら、そうなっても仕方ないのかもしれない。

泣く事も笑う事も出来ないなんて、どんな気分なんだろう。

そんな事を考えてしまう自分が、酷く嫌な子に思えてしまう。

不意に、鈴音さんを見てみると、何を言う訳でもなく、複雑そうな'顔で囲炉裏の炎を見て、ジッと話を聞いている。

兼道さんは、一人でお酒を飲んでいた。

多分二人は、師匠の過去を知っているんだと思う。

「俺は、特に名前なんて欲しいと思った事は無かった。だがいつの間にか俺を知る者は『零』と俺の事を呼ぶ様になっていた。不本意な名だ・・・虚無を表す文字・・・家族も無く、名前すら無く・・・何も無い俺には打ってつけだったかもしれないがな・・・」

「何も無いだなんて・・・そんな・・・」

師匠の言葉に、目頭が熱くなるのを感じる。

師匠は・・・私と同じだ・・・ううん、私よりももっと・・・

今にも泣き出しそうな私を見たのか、不意に、私の頭に師匠が手を置いて撫でてくれる。

「バ~カ、泣くんじゃねぇよ。」

「でも・・・でも・・・」

しゃくり上げる私を、師匠は優しく撫でてくれる。

それがとても気持ちよくて・・・とても安らいで・・・

私が泣きやむのを待ってから、また師匠は自分の過去の話を、ポツリポツリと語り出した。

「今から十年ほど前・・・俺に手を差し伸べた男が死んで、新しい部隊に入った時の事・・・任務の為、ある藩に先遣隊として赴いたんだが・・・まぁ、どこにでもある話だが・・・先遣隊は敵の村で略奪をし始めた・・・それを見た俺は、その先遣隊を壊滅させた。」

きつい眼差しで、炎を見つめた師匠が、吐き捨てるかの様に呟く。

そうゆう所は、昔と変わってないんだなと思い、少し安心する。

「不覚にも俺は、その時現れた女に気を取られ・・・致命傷を受けて・・・死んだ。」

「え・・・?」

突然、師匠の口から、信じられない言葉を聞いた私は、思わず声を上げて訝しがる。

「・・・死ぬ筈だった。死んで、俺を取り巻く、くそったれな現実は終わる筈だった・・・」

その言葉を聞いて、初めて師匠と出会った事を思い出す。

死ぬ筈だった私・・・生きる事を切望した私・・・

「そこで俺は、先代とあいつに出会ったんだ・・・」

そこで師匠は、目を瞑って何か深く考え込む様な仕草をする。

暫くの沈黙の間、囲炉裏の炎が爆ぜる音が、ひどく耳障りに感じた。



死んだと思った、これで何もかも終わったと思った。

気が付いた俺がまず最初に見た物は、気張りの天井。

辺りは薄暗いが、窓から差し込む光によって、その時が昼間だと言う事は確認出来た。

ゆっくりと身を起こした俺は、まず最初に、今自分の置かれている状況を確認した。

どこかの小屋の中、そこに敷かれた布団に、俺は上半身裸で寝かされていた。

視線を落として、傷を受けた筈の腹を見てみた。

だが、あの時受けたはずの傷が、綺麗さっぱり消え失せ、痛みも全く感じなかった。

俺は、傷を受けた時の事を思い出して、状況を整理しようと努めた。

仲間から受けた傷は、確かに腹部を貫通し、内蔵を損傷していたはず。

出血の量も考えて、まず助かるはずもなければ、傷が消え失せるはずもない。

にも関わらず、傷が消えていた為、頭が混乱しそうになっていた。

その時、不意に人の気配を感じた俺は、小屋の入り口へと視線を移した。

一拍置かれ、小屋の戸が開いて、見慣れぬ二人・・・いや、片方は俺が傷を受けた時に割り込んできた女だったが、もう一方は全く見覚えのない初老の男だった。

「やぁ、起きたんだね。」

そんな事を言って、男は俺に挨拶をしてきた。

年の頃四十、五十と言った所か、結局実年齢は聞いた事はなかったがな。

剃髪の頭に、少し垂れ気味の眼。

年相応の皺が刻まれた、やや痩せこけた男だった。

「初めまして、私の名は海淵だ。」

そう言うと海淵は、人当たりの良さそうな笑顔を俺に向けてくれた。

「・・・私は静菜。」

海淵の後ろに並んだ形で、静菜がそう言ってきた。

短めの髪に、意志の強そうな大きな瞳。

癖毛のため、外に大きく跳ねた髪の少女。

そういや・・・あいつは、癖毛をいつも気にしていたな。

十二・三位だと最初は思ったが、改めて見ると、十歳かそこいらにしか見えなかった。

あいつのあの時の顔は、拗ねた様な・・・怒った様な・・・そんな感じだったな。

「君の名は、なんと言うんだい?」

二人が自己紹介し終わった為だろう、海淵は俺の名を聞いてきた。

「・・・名前なんてねぇよ。」

俺は、それだけ告げると、そのまま立ち上がって、その場を去ろうと思った。

「・・・世話になったな。」

何故俺が助かったのか・・・その事も気にはなったが、それ以上に生き延びてしまった事に、つまらないといった感じしか持てなかった。

このまま藩に戻った所で、反逆罪で死刑にされるのが関の山だろう。

ならばこのまま流浪人にでも成ろうか・・・そんな事を思っていたな。

「待ちなさいよ!」

不意に、静菜が大声で叫んだと思ったら、俺に詰め寄ってきた。

「・・・あの時は、ごめんなさい。あなたが村の人達を護っていたなんて知らなかったから。」

俺が傷を受けた時の事を素直に詫びる辺りは、随分と律儀な奴だと思ったよ。

別に俺は気にしてなかったんだがな、あいつが現れて気を取られたのは、俺の油断な訳だし。

「でも、だからって人を殺めて良い理由になんか成らないわ!」

そう叫んで、静菜は俺を睨んできた。

あいつが俺を怒っていた理由はそう言う事だった。

それを聞いても俺は、全く動じることなく、なんの感慨も沸かなかった。

「・・・あの時も言ったろ。そう言う事は、偽善者共にでも説いてろ。俺達の住む世界を知らない奴が、口出しなんかしてんじゃねぇよ。」

そう言って俺は、静菜の横をすり抜け、その場を去ろうとした。

だが、静菜はしつこく食い下がり、何度も俺の行く手を塞いできた。

「私が偽善者だって言うんだったら、あなたは何様のつもりなの?!」

「・・・邪魔だ。」

「あなたには罪を償う義務があるわ!」

「・・・どけよ。」

「二人とも、その位にしなさい。」

それまで事の成り行きを見守っていた海淵は、困った顔をしながら俺達の口論の間に割って入ってきた。

「君には、話さなければ成らない事が有るんだ。今どこかに行かれても困るんだよ。」

「・・・俺には関係ない事だ。」

「関係有る事だよ。」

はっきりとそう告げられ、鬱陶しい思いで海淵を睨み付けるも、全く動じなかった。

相変わらず俺の行く手を塞ぎ続けている静菜の所為もあって、俺はとりあえず話を聞く事にした。

何故俺が生き延びたのか、俺に一体何が起こったのか、話の内容としてはそんな所だ。

結局の所、二人の旅に同行しろ・・・そう言う事だった。

最初は俺も断ったが、それならば、俺の行く先に付きまとうと言われたよ。

ガキの時分ならいざ知らず、自分の事は自分で決められるつもりだった。

「・・・何故俺を助けた?」

海淵の話が終わる頃には、すっかり夜になっていた。

話を聞き終わり、俺は一番気になっていた事を、海淵に聞いた。

「・・・あなたに世界を見せたくなったのです。」

一拍置いて、海淵はそんな事を言ってきた。

「・・・世界?」

俺はその答えに理解出来ずに、そのまま聞き返した。

「あなたの歩んできた道が、どんな物なのか・・・私たちには計り知れないでしょう。ですが、そんな歳で、笑って死ねるなんて・・・悲しいではないですか。」

「・・・余計なお世話だ。」

「・・・あなたには、そうかもしれませんね。ただ・・・あなたが思っているほど、この世はそんなに悪くはない・・・それを知ってみたくは無いですか?」

「・・・興味無いな。」

俺にはそんな事関係無い、俺を取り巻く現実は変わらない。

あの時の俺は、そう思っていた。

今思えば、酷く狭い了見のクソガキだなと、自分でも思うよ。

「・・・そうですか。静菜、すみませんが薪を取ってきて欲しいのですが。」

「あ・・・はい、解りました。」

それまで静かに話を聞いていただけだった静菜が、薪を取りに外へと出ていき、小屋には俺と海淵の二人だけになった。

「・・・あの子、いくつに見えますか?」

静菜が居なくなり、変な質問をされたが、俺は最初に感じた年齢を口に出す。

「十二・・・三。そんな所だろ。」

俺の答えを聞いた海淵は、どこか含みのある笑顔を俺に向けてきた。

「・・・ああ見えて、彼女は十八なんですよ。」

それを聞いて、さすがに俺も驚き、海淵を見つめた。

決してあり得ない事では無いだろうが、それでも彼女の言動や姿からは、素直に頷けなかった。

顔立ちも幼い上、どこか子供臭い事を言ってくる様な女が、俺よりも年上だと言うんだからな・・・信じられなかったよ。

不意に、海淵が真剣な表情になり、俺の顔を見つめてきた。

「君にお願いがある・・・彼女を・・・静菜を護って欲しい。」

「・・・何?」

いきなりそう言われ、さすがに俺も困惑したよ。

「あの子は・・・普通の人間ではない。半妖・・・人でも、妖怪でもない。その中間の存在・・・」

彼女が幼く見えたのもその所為だった。

つまりは・・・妖怪の血が混ざっている為、人よりも成長する速度が遅く、人よりも長く生きられる。

それが彼女の正体だった。

「・・・何故俺が。」

その日初めて会ったばかりの俺が、何故そんな事をしなければならないのか・・・誰でもそう思うはずだ。

「何故・・・か。そうだな・・・あの子にはこれから、幾多の困難が襲いかかるだろう・・・私は、そんなに長く生きられないだろう・・・それに、私ではあの子の力には成れない・・・だから、私の代わりにあの子を護って欲しいんだ。」

まるで、自分の死期を悟っているかの様な海淵の物言い。

あの時の俺は、単に彼が病にでも掛かっているのだろう・・・そう思っていた。

「君にとっても悪い話では無いと思うよ。」

「・・・何故そんな事が言い切れる。」

「他者と交わる事で・・・君は、君に必要な物が、手に入るはずだ。」

今でも俺には、彼のあの時の顔が、脳裏に鮮明に残っている。

泣きそうな、それでいて暖かく優しい・・・そんな笑顔だった・・・



「それが・・・先代、第十二代目宝仙・海淵と、その弟子、静菜との最初の出会いだった。」

そう言うと、師匠は煙管の葉を丁寧に変えて、煙管の煙をゆっくりと吸い込んでいる。

初めて教えて貰った師匠の過去の話し。

私は今まで、宝仙というのが師匠の名前だとばかり思っていた。

なんだか・・・複雑な気分・・・

私が望んで聞いたのに、知らなければ良かった・・・そう思う私が居る。

気持ちを紛らわす様に、隣で伏せっているクロの頭をそっと撫でてみた。

クロは、自分から頭を押しつけて、気持ちよさそうに眼を細めている。

「・・・それで、師匠はどうしたんですか?」

「どうしたって訳でもなかったんだがな・・・結局、金色夜叉を返すまでという条件で、あいつ等と共に過ごした。そして、俺は『止水』と呼ばれる様に成った。『明鏡止水』から取ったとか言ってたな・・・それが俺を証す二つ目の名前となった。」

『零』『止水』『宝仙』・・・

それが全て、師匠を表す言葉で・・・師匠が今ここにいる証で・・・

「それから三年、色々な事を学ばされたよ・・・確かに、先代・海淵の言うとおり、静菜が俺にもたらした物は多数有った。自尊心が強いくせに・・・寂しがり屋で、子供っぽくって・・・どこにでも居る様な、普通の女だったよ。」

師匠の微笑みは、静菜さんに対しての顔なんだろうな・・・

私が感じた気持ちは、静菜さんに対する嫉妬だったと思う・・・

「・・・師匠は、静菜さんの事が・・・好き・・・なんですか?」

師匠の顔を見ていて思った考え・・・

どうしても聞いておきたい事、聞かなければならない事。

私は、心のどこかで、師匠に否定してくれる事を望んでいる。

「・・・あいつはそんなんじゃねぇよ。」

そこまで言うと、師匠は両目を瞑って煙管を銜えて、また煙を吸い込む。

「あいつは・・・俺にとっては欠片だよ。」

「欠片・・・?」

紫色の煙を吐き出しながら、呟く様に言い返してくる。

私は、師匠の言っている事が理解出来ず、そのまま聞き返した。

「・・・俺の欠けた部分を補ってくれた・・・戦う事しか、人を殺す事しか出来なかった俺が、あいつに出会って変わっていった・・・」

それは多分、好きとか愛とかを超越した存在・・・

私じゃ・・・敵わないな・・・

自嘲気味にそう思い、苦笑を浮かべる。

「・・・静菜さん達は・・・今、どこに居るんですか?」

私の何気ない一言で、師匠の顔が急に険しいものに変わる。

その表情を見て、私は後悔した。

その人は・・・静菜さんと海淵さんは・・・もうこの世には居ないんじゃないか・・・

「遠い所さ・・・遠い、遠い・・・遠すぎて夢でしか逢えない場所。」

「ごめんなさい・・・」

やっぱり・・・静菜さんは・・・もう・・・

「・・・宝仙。誤解を招く様な言い方は辞めろ。」

それまで、ずっと黙っていた兼道さんが、不意に口を挟んでくる。

「だが・・・事実だ。あいつは死んだ・・・先代も・・・」

「・・・だから、嬢ちゃんにも解る様に説明してやれと言ってるんだ。」

師匠と兼道さんの言っている事の食い違いを感じ、困惑した私は、二人の顔を交互に見つめる。

「・・・俺は、奴を・・・刹那を倒さなければならない・・・例え差し違えてでもな。」

「え・・・?」

今まで以上に、険しい表情の師匠を見つめて、驚きと共に声が漏れる。

「・・・答えになってねぇよ。」

兼道さんは、師匠に呆れた様に呟くと、頭を掻きむしってみせる。

「・・・宝仙様。」

今までのやりとりを、黙って見つめていた鈴音さんが、不意に口を開いてくる。

「もし、まだ聖ちゃんを巻き込みたくないと仰るのでしたら・・・それは間違っていますよ。」

「あぁ?」

淡々と語り出す鈴音さんを睨み付けながら、師匠がそちらに顔を向ける。

「聖ちゃんは、それを覚悟の上で宝仙様の事を知りたがっているんです。もし、宝仙様がこれ以上聖ちゃんを巻き込みたくないのでしたら・・・」

そこで一旦言葉を切って、鈴音さんは私の方を向いて、微笑んでくる。

「・・・宝仙様が、聖ちゃんを護ってさしあげれば宜しいのではないでしょうか?」

「護れ・・・か・・・」

鈴音さんの言葉を聞いて、師匠は俯く様にして黙り込むと、そのまま暫く考え込んでいる。

「・・・聖。」

「は、はい!」

「そんなに知りたいか?・・・俺の罪を・・・俺が奴を追う理由を。」

考えがまとまったのか、師匠が私を見つめて、私の決意を聞いてくる。

例え・・・静菜さんに敵わないとしても・・・私は・・・

「私は・・・私は、これからもずっと・・・師匠とずっと居たいです。」

師匠を見つめ返して、私は、私の意志を答える。

これが私の答え、私の想いは変わる事なんて無い。

「クックック・・・聞きたいかと問われて、一緒にいたいと答えられるとわな・・・全く、女とは厄介な生き物だな。俺の手には負えない様だ。」

私の答えを聞いて、師匠は苦笑を浮かべながら、私の頭を二・三度軽く叩いてくる。

「知りませんでしたか?女は欲張りな者なのですよ・・・特に、好きになった殿方に対しては。」

私と師匠のやりとりを、微笑みを浮かべながら言ってくる鈴音さん。

その言葉を聞いて、先程の告白を思い出して、また顔が赤くなるのを感じる。

「なるほど・・・な。おまえもそうなのかな?鈴音。」

不意に質問されて、鈴音さんは苦笑を浮かべると、その視線を兼道さんへと移した。

「私は、手の掛かる兄だけで十分ですよ。」

「俺はガキじゃねぇぞ・・・」

「フフッ・・・似た様な者ではないですか。」

兼道さんはそう言ってそっぽを向いてしまったが、どうやらまんざらでもない様子だった。

そんな二人を見ていると、とても仲の良い兄弟なのだと言う事が、改めて解った。

「フッ・・・妹に掛かっては兼道も形無しだな。」

「その台詞、おまえにだけは言われたくねぇな。」

二人の罵り合いを見て、私と鈴音さんは思わず笑い合う。

「・・・聖。これだけは覚えておけ。」

「はい?」

不意に真剣な表情で私に視線を移してきた師匠。

「今後・・・俺と共に旅を続けるのであれば・・・いつかおまえも覚悟を決めなければならない時が来る・・・その事を忘れるな。」

「・・・覚悟?」

確認する様に聞き返した私を見て、師匠は力強く頷いてくる。

「おまえはもう、一人で金色夜叉・・・金華龍を呼び寄せる事が出来る・・・自分の意志でな・・・」

私には、師匠が何を言いたいのか、あまり理解出来なかった。

「どう話せばいいかな・・・」

そう言って、師匠は瞑想するかの様に目を瞑り、また呟く様に語り出した。



あいつ等と出会って三年の月日が流れた。

その頃にはもう金色夜叉を使役出来る様になっていた。

だが結局、俺はあいつ等と共に旅を続ける事にした。

別に、命を助けられたから・・・とか、そんな理由じゃ無い。

言葉にするならば・・・俺の居場所はあいつ等と共にある・・・そんな所か。

家族という物を知らない俺にとっては、あいつ等が家族の様な物だったのかもな・・・

俺が、今の俺に成るのに、三年という時間は、変わるのに十分すぎる時間だった。

『静菜を護ってやってくれ。』そう、海淵に言われては居たが、誰かの指図でそんな事はしたくない。

俺は・・・俺の意思で静菜を護りたいと、その頃には、そう思っていた。

毎日が充実していた・・・

だが、あいつ等との別れは突然やって来た。

ある日、静菜が高熱を出して、二・三日寝込んでしまった。

意識が朦朧としている所為か、うわ言をずっと口にしていた。

山の中腹当たりの簡素な山小屋だったんだが、 持っていた薬も底を付き、やむなく麓まで薬を調達する事にしたんだ。

最初は、海淵が取りに行くと言っていたんだが、看病なら、俺よりも海淵の方が良いだろうからな・・・

無事薬を手に入れた俺は、雨が降り出しそうな夜道を急いで戻って行った。

「薬を持ってきた。」

山小屋の簡素な扉を、荒々しく開けて中に入った俺を出迎える声は無かった。

小さな山小屋の中に、あいつ等は居なかった。

一瞬、海淵が背負って村まで下りたのかとも思った。

だが、それならば戻る途中で出会うはずだ。

そう思った俺は、数刻前まで静菜が寝かされていた場所を触ってみた。

「・・・まだ暖かい・・・」

それだけで、二人が山小屋を出てから、それほど経っていない事が解った。

「雨が降りそうだって言うのに・・・あいつ等・・・」

注意深く、慎重になりながら辺りを見回した。

そこで俺は、ある事に気が付いたんだ。

「・・・俺の刀が・・・無い?」

あいつ等と出会った頃は、寝る時ですら手放さなかったが、その頃には、旅路以外では持ち歩かない様にしていた。

確かに壁に立て掛けて置いた筈の俺の刀。

それが無くなっていた為、嫌な予感が頭を掠めた。

「・・・うん?」

そんな俺の足下に、小さな玉が転がって居る事に気が付いた。

それを拾い上げた俺の中で、嫌な予感が更に大きくなった。

「なんでこんな物が・・・」

透き通る様な丸い玉の中心に、凡字が描かれているそれは・・・

八大明王衆の証でもあり、海淵が護らなければならないはずの霊珠。

金剛夜叉明王の力を操るのに必要不可欠な、肌身離さず持ち歩かなければならない物。

居ても経ってもいられなくなった俺は、山小屋を飛び出す様に出ると、意識を集中して、辺り探った。

その時、一陣の風が吹き抜けて、その風に乗って、俺の最も嗅ぎ慣れた匂いがやって来た。

「・・・クソッ!」

俺は、その風がやって来た方角に足を抜けると、森の中を無我夢中で走り出した。

そんな俺の頭には、幾通りの最悪の結末が過ぎった。

それらを必至に振り払いながら、俺は走った。

やがて・・・開けた場所に出た俺が見た光景は・・・

「・・・何だよ・・・これ・・・」

まず最初に眼に飛び込んできた物は、倒れている海淵と・・・その横で、俺の刀を手に持って、佇んでいる静菜の後ろ姿だった・・・

海淵を中心に、赤い水たまりが出来、静菜の手にした刀からは、鮮血が滴り落ち、血溜まりに波紋を作っていた。

あまりにも現実味のないその光景に、俺の頭は錯乱状態に陥っていた。

俺の存在に気が付いた静菜が、ゆっくりとした動作で、こちらに振り返ってきた。

「・・・遅かったな、止水。」

「ッ!!・・・誰だおまえ・・・」

姿形こそ静菜だったが、あいつと違う点が、一つだけあった。

あいつの髪は、漆黒を思い浮かばせる様な黒髪だったが、そこに立って居たのは、紅蓮を思い浮かばせる真紅の髪の女だった。

よくよく見れば、目つきや表情も違っていた為、そっくりな他人だと思っていた。

「俺か?俺の名は・・・刹那。」

「刹那・・・だと?」

刹那と名乗ったその女は、男口調で答えながら、薄笑いを浮かべながら俺を見ていた。

「・・・静菜は何処だ!」

俺の殺気を込めた怒声に対し、刹那は全く動じた様子もなく笑いを堪える様な仕草を見せていた。

「案外と鈍いなおまえ・・・静菜なら、ずっとおまえの目の前にいるよ。」

「何?!」

「俺の妹が、随分と世話になったな。」

「妹・・・だと?」

刹那の言葉に、俺は一瞬耳を疑った。

静菜に姉妹が居たなんて話は、全く聞いた事が無かったからだ。

「まぁ・・・正確には、静菜と共に生まれてくる筈だった魂・・・と言う所かな。妖怪の力を濃く受け継いだ・・・な。」

「な・・・んだと・・・」

静菜は、半妖と言う事以外、、普通の人間と全く変わらなかった。

いや・・・人間よりも人間らしいと言った方が良いかもしれんな・・・

だが、刹那は違った。

何というか・・・飢えた獣の様な瞳と、妖怪独特の妖気・・・

それが同一人物だというのだからな・・・信じる事など出来るはずもなかったよ。

あの時の俺は、刹那の放つ妖気に飲み込まれそうになっていた。

「おまえには・・・感謝しているよ止水。」

「・・・感謝・・・だと?」

刹那の放つ妖気に当てられて、息も絶え絶えだった俺は、何故か高揚感を感じていた。

「そうだ・・・おまえと静菜が出会ったお陰で・・・俺は、こんなに早く自由に成れたんだからな・・・」

「・・・ど、どう言う・・・事だ。」

俺の姿を見てか、刹那は笑っていた・・・仰々しく。

「おまえの放つ殺気が・・・俺の妖気と呼応したのさ・・・そのお陰で、静菜みたいな無垢な心に、だんだんと『闇』が芽生え始めた・・・そして、俺の封印は解かれたのさ。」

「ッ!!・・・し、静菜は・・・」

「静菜か?静菜ならもう居ないよ・・・」

「な、なん・・・だと?」

「脆いものだな・・・人間の心と言うのは。尊敬する男を・・・自分の手で殺した罪悪感から・・・正気に戻ったあいつは、勝手に消滅しちまったぜ。」

「な・・・」

刹那の言葉を聞いて、俺の中に怒りがこみ上げ初めた。

最初に出会った時、死を受け入れようとしていた俺に対して、怖じ気づくことなく『生きろ』と言い放った様な奴だ。

命の大切さってやつを、真っ直ぐな瞳で説法する様な女だった・・・

そんな奴が、正気を失っていたとはいえ、自分の手で、尊敬する師を殺してしまった・・・

想像を絶する苦しみだろう・・・

「てめぇ・・・ッ!!」

怒りにまかせて駆け出し、俺は刹那の顔を殴りつけようとした。

元は、静菜の体だとは解っていたが、殴らなければ気が済まなかった。

だが、俺の拳は刹那に届く事はなかった。

「・・・まぁそう怒るなよ・・・俺にも計算外の事だったからな。」

刹那は、軽々と拳を外すと、そのまま跳躍して巨大な岩の上に座り込んだ。

刹那が立っていた場所から、そこはかなりの距離がある。

静菜の体は、もう人間の体ではなかった。

「チッ!!」

「グッ!・・・し、止水・・・」

「ッ!海淵!」

「ほぉ・・・まだ生きてたのか・・・」

もう事切れた後だと思っていた海淵の呟きに、俺は急いで海淵の体を支えた。

「出血が酷い・・・クソッ!」

海淵の容態は、一刻を争う物だった。

普通ならば、もう助からないだろうが、俺が聖に施した様に・・・俺が助かった様に、金色夜叉を海淵に移せば助かる・・・

そう思った俺は、海淵の顔に自分の顔を近づけた。

「ま、待て・・・無理だ・・・い、一度使役出来る様になった者は・・・儀式で返還しない限り・・・移す・・・事は・・・出来ない・・・」

「黙ってろ!やってみなくちゃ解らねぇだろ!」

それは、俺も知っていた事だ・・・一度鬼神を使役した者は、ちゃんとした手順で儀式による返還をしない限り、移す事は不可能。

使役できるようになった時に、海淵からさんざん説明を受けていたからな・・・

だが、それ以外にもう海淵が助かる術はないのも事実だった。

「そ、それに・・・私には、男と接吻する・・・趣味は・・・無い・・・」

そう言って、苦痛に歪んだ顔に、無理矢理笑顔を浮かべながら、海淵は俺を見ていた。

「馬鹿野郎・・・こんな時に、そんな冗談言ってんじゃねぇよ・・・」

そんな海淵を見て、俺も同じように無理矢理笑顔を浮かべた。

・・・そうしなければいけない・・・そう思った。

「た、頼みがある・・・止水。あ、あの子を・・・静菜を・・・助けてやって・・・く・・・れ・・・」

「・・・海淵?」

虚ろな瞳で、目線が正しく定まっていない海淵の眼には、もう俺の姿は映っていなかっただろう・・・

「あの子・・・を・・・静菜・・・刹那・・・を・・・」

うわごとの様に同じ言葉を繰り返しながら、海淵の最期の言葉を聞いた。

蚊の鳴く様な・・・俺にしか聞こえなかった最期の言葉。

俺が初めて知る・・・恐らくは、静菜さえも知らない真実。

『私の・・・娘を・・・娘を、救って・・・やって・・・』

それが・・・海淵の今生の言葉だった・・・

俺は、息絶えた海淵の見開かれた瞳を、閉じてやると、そのまま地面に横たえた・・・

「・・・あんたの願い・・・俺が聞き受けたぜ・・・」

「・・・死んだ・・・か。」

そう言ってくる刹那を睨み付けながら、ゆっくりと立ち上がった。

不思議と・・・俺は刹那が放つ妖気に当てられる事もなくなっていた。

「・・・救ってやるぜ・・・静菜・・・」

「・・・救う・・・か。まぁ待てよ。俺はおまえに感謝してると言ったはずだぜ?どうだ、俺と一緒に来ないか?」

そう言って刹那は、おもむろに自分の着ていた僧服に、俺の刀を宛ったかと思うと、ズタズタに切り裂いた。

たちどころに、刹那の・・・静菜の上半身が、月明かりの元に晒された。

静菜の体は、二十一歳とは思えないほど幼く、胸の膨らみなどほとんど無かった。

「俺は知ってるぞ・・・静菜の中からずっと見ていたからな・・・静菜がおまえをどう想っていたのかを・・・おまえはそれを知っていたはずだ・・・」

そう言うと、刹那は、開いていた片方の手で、無造作に自分の乳房を揉みしだき始めた。

「・・・止めろ・・・」

「俺と共に来い・・・止水。そうすれば、この体・・・好きなだけ抱かせてやるぞ・・・?」

淫猥な・・・常軌を逸した笑みを湛えながら、そう言ってくる刹那に、俺の怒りは爆発寸前になる。

「静菜の口から・・・下衆な言葉を・・・吐くなー!!」

そう叫んで、俺は再度刹那に跳びかかって行った。

だが、やはり同じ結果に終わり、距離を詰める事すら出来なかった。

「クックック・・・何だよ止水・・・良いのか?この体の初めてが、おまえの知らない何処の誰ともしれない様な男になっても・・・よ?」

「・・・その名で、俺を呼ぶな・・・」

「ほぉ・・・何故かな?止水とは、静菜の付けた名前だろう?」

「あぁ・・・そうだ。だがな・・・その名は、静菜と海淵が居なくなった今と成っては・・・意味を成さない名前だ。」

「ならば・・・なんと呼べば良いんだ?」

俺は・・・静菜と海淵に出会うまで・・・名前など欲しいと思った事は無かった・・・

「俺の・・・名は・・・」

その時、俺は初めて自分の名を決めようと思った。

誰の物でもない、俺が・・・これから生きていく為の・・・俺があいつ等と共に過ごした証として・・・

護ると決めた女を、逆に追い込んでしまった俺の贖罪を込めて・・・

俺の罪を忘れない為に・・・背負う為に・・・

刹那を・・・静菜を救う者としての名を・・・

「俺の名は・・・宝仙だ!!」

「・・・成る程、それが貴様の新しい名前か。」

「・・・今は、どんな事をしても・・・金色夜叉を呼んだとしても、おまえには敵わないだろう・・・だが、これだけは覚えておけ・・・静菜を救い・・・貴様を倒す者の名前を!」

あの時の俺は、本能的に悟っていた。

『今のままでは敵わない』そう俺の本能が訴えかけていた。

それだけ、奴の妖気は半端じゃなかった。

「ならば次ぎに巡り逢う時を・・・楽しみにしているよ・・・宝仙・・・一緒に来てくれると、思っていたんだがな・・・」

こいつは、俺に危害を加えるつもりはない・・・俺に対して、全くと言っていいほど殺気がなかった。

何故だかは、解らないが・・・その時はそう感じていた。

「・・・あばよ・・・宝仙。こいつは、餞別として貰っとくぜ。」

そう言い残し、刹那は、俺の刀と共に、段々と霞んでいき・・・俺の前から姿を消した。

暫く、刹那が立っていた場所を眺めて、突っ立っている内に、土砂降りの雨が降り出した。

あたかも、泣けない俺の気持ちを、代弁するかの様な雨は・・・俺の体を濡らし続けていた・・・



「その後、海淵の遺体を丁重に葬り、本山に戻った俺は、何かに取り憑かれたかの様に法力の修練を重ねた。その甲斐も有ってか、二年足らずで金剛夜叉明王呪継承者へと任命された。」

全てを語り終えた俺は、火の消えてしまった葉を捨てて、煙管を箱へと戻した。

「元々、明王呪を継承した者は、あやかしを連れていてはならない決まり事だからな。本山では、あまりいい待遇とは言えなかったな・・・任命された瞬間、山から追い出された様な物だった。」

本来ならば、鬼を宿した俺自身の立ち入りは禁止されていた。

長老会のクソジジィ共は、俺から宝珠を取り上げ、それで終いにしようとさえしていたが、何人かはり倒して無理矢理本山に入った。

そんな俺に、結局折れたのは向こうの方だった。

「・・・まぁ、俺にとっては好都合だったがな。それからは・・・俺が各地を巡る旅の理由は、刹那を探す事・・・それだけだった。」

「静菜さんは・・・本当に、海淵さんが親だと・・・知らなかったんですか?」

不意の聖の呟きに顔を向けると、何やら沈痛な面もちで俯いている。

本当に、馬鹿正直だな・・・己の事では無いというのに、まるで自分の事の様に感じているのだろう。

「・・・さぁな。今となっては・・・確認する方法も無いしな・・・今思えば、俺と出会う前から、海淵はそうなる事を予測していたんだろう・・・遅かれ早かれ、そうなる事を・・・な。」

「そんなのって・・・」

そう呟いた後、目尻に涙を湛える聖。

そんな聖の頭に、軽く手を置くと、きめ細かな髪を梳かす様に撫でる。

「おまえが気にする事じゃない。海淵は、そうなる事を解っていて、それを選んだんだ・・・おまえが泣く事じゃない。」

もしかしたら、聖は自分の母親と重ね合わせてるのかもしれない。

聖を護る為、その身を挺したと聞いた。

おそらく海淵も、自分の身を挺して静菜を救いたかったんだろう・・・だが、その願い虚しく、海淵は息を引き取った・・・

「・・・後は、おまえも知っての通りだ。おまえと出会って・・・あちこちを巡ったな・・・」

「・・・師匠は・・・」

「うん?」

「師匠は・・・刹那・・・静菜さんと出会う事が出来たら・・・どうするんですか?」

そう言って、聖は俺の顔を見つめてくる。

涙を堪えていた所為か、聖の瞳がやけに潤んでいた。

「・・・さっきも言ったろ。俺はあいつを倒さなければ・・・」

「それで・・・本当に・・・良いんですか?」

俺の言葉を遮り、聖が言ってくる。

涙を必至に堪えている・・・今にも泣き出しそうな表情で・・・

「・・・師匠が旅をする理由は・・・静菜さんを元に戻す方法を・・・」

「・・・もう寝ろ。」

今度は俺が聖の言葉を遮り、腰を浮かせて立ち上がる。

「・・・そんな方法があるんだったら・・・とっくに海淵がやってたさ・・・」

それだけ呟き、閉められた居間の戸に手をかける。

「あ・・・」

そんな俺を見てか、悲痛な聖の呟きが漏れた。

「・・・一つだけ、確かな事がある。」

そう言って立ち止まると、肩越しに聖に声を投げかけた。

「・・・俺の欠片は・・・まだ完全に埋まっていない・・・そんな俺には・・・愛ってやつがいまいち理解出来ないんだ・・・」

それが俺の、聖の気持ちに対する答えだった。

「え・・・?」

「・・・もし、俺が・・・誰かの為に涙を流す事が出来たなら・・・解るかもしれないな・・・」

それだけ言い残し、俺は居間を出た。

海淵が死に、静菜が居なくなっても・・・俺は泣く事が出来なかった。

今も・・・昔も・・・もしかしたらこれからも・・・

「・・・俺が旅をする理由・・・か。」

そう呟いて、暗く肌寒い廊下を一人で歩く。

刹那を・・・静菜を追う旅の中で・・・俺は、俺の欠けた部分を埋めたいのかもしれないな・・・

ふと、そんな考えが頭を過ぎり、苦笑する。

今夜から暫くの間泊まる部屋、兼道の部屋に着くと、着の身着のまま、二つ並んで敷かれていた布団の片方に寝転がる。

僧服の袴の内側に備え付けられた小物袋に手を突っ込み、小さな巾着を引っ張り出した。

巾着の口を開き、逆さまにして中の物を手のひらに出す。

一つは、飾りに小さな玉が付けられた女物の耳飾り。

それを巾着の中に戻すと、もう一つ、小さな玉を、親指と人差し指で持ち、目の前へと持ってくる。

金剛夜叉明王の凡字の刻まれた小さな玉。

俺が海淵から受け継ぎ、海淵の形見にもなってしまった宝珠。

それを暫く見つめて物思いに耽る。

暫くそうしていると、兼道が部屋の中に入ってきた。

そこで俺は、思考を停止させると、宝珠を巾着の中へと収めた。

兼道は、何を言う訳でもなく、俺の隣に敷かれた布団に潜り込む。

「・・・いつまでも辛気くさい顔してねぇで、さっさと寝ろ。」

「・・・あぁ、そうだな。」

それだけ言い合うと、俺達は眠りにつく事にした。

目を瞑ると、すぐさま睡魔に襲われる。

それに逆らうことなく、俺は深い眠りに堕ちていった。



布団にくるまりながら、さっき師匠に聞いた話を何度も思い返す。

頭まで被った掛け布団の隙間から、クロの大きな頭が見える。

鼻の辺りを撫でながら、色々考えてみる。

師匠が旅をする理由、静菜さんや海淵さんの事、私の事・・・

おんなじ事が、頭の中でぐるぐると巡っている。

「・・・眠れない?」

不意に、隣で寝ていると思っていた鈴音さんが、私に話しかけてきた。

「あ・・・ごめんなさい・・・」

「フフッ・・・良いのよ、気にしなくって。」

そう言って、鈴音さんが身を起こす音が聞こえたので、私も同じように身を起こした。

「・・・なんか・・・色々考えてたら、眠れなくって・・・」

「そう・・・」

そう呟いて、鈴音さんはクロの体をなで始めた。

クロは、嫌がる素振りも見せずに、成されるままにしていた。

「鈴音さんは・・・知ってたんですか?」

それはずっと気になっていた事。

私よりも、師匠との付き合いが長い二人は、知っていて当然なのかもしれない。

「うん・・・静菜さんの事も、海淵様の事も知ってるわ・・・私たちが宝仙様達に出会ってから・・・もう八年に成るから・・・」

そう言って、鈴音さんは難しい表情を浮かべていた。

「五年くらい前になるかしら・・・二年くらい振りに私達に会いに来たと思ったら、僧服を纏っていてね・・・兄に錫杖を作って欲しいって言ってきたの・・・その時海淵様達の事を聞いたわ・・・」

「・・・そうなんですか・・・」

「あ、誤解しないでね。私たちは、宝仙様と旅をしていた訳でもないし・・・それに、知っていた人が急に居なくなったから・・・私が問いただしたのよ。聖ちゃんと初めて会った時、宝仙様言ってたわ・・・あいつは巻き込みたくないって・・・だから、言わないでくれって・・・」

私の呟きに、鈴音さんは慌てて取り繕ってくる。

そんな鈴音さんを見て、少し可笑しくなってクスリと笑う。

「解ってますよ。」

「・・・なんだかんだで・・・あれで宝仙様も、聖ちゃんの事思ってるのよ。静菜さん以上に・・・」

そう言って、鈴音さんは私に微笑みを浮かべてくれた。

「そうなのかな・・・」

そう思うと、私の意志とは関係なく、頬が緩くなってしまう。

「そうよ・・・じゃなかったら、静菜さんにしか向けてなかった表情を、聖ちゃんに向けないもの。」

「え?」

鈴音さんの言葉に、一瞬びっくりした。

そんな私を、鈴音さんは、楽しそうな表情で口元に手を当てて笑っている。

「フフッ・・・いつも一緒にいるから解らないでしょうね・・・宝仙様は・・・自分の事にも鈍感だから、解ってないでしょうけど・・・結構解りやすいわよ?」

悪戯っぽく、からかう様な口調で言ってくるけど、私にはそれが嬉しくなかった。

「・・・それって、師匠は・・・私を静菜さんの代わりだと思ってるって・・・事ですか?」

「え?」

私の呟きに、今度は鈴音さんがびっくりした様な表情になった。

私の心は、やるせない思いで一杯だった。

鈴音さんから顔を逸らして、下を俯く。

そんな私の頭に、鈴音さんの手が優しく撫でる。

「・・・宝仙様がそんな風に聖ちゃんを見てるって、本気でそう思う?」

「私には・・・よく解りません。」

「・・・誰かが誰かの代わりに成らないって事を、よく理解している宝仙様が・・・そんな事思うはず無いでしょ?あの人は、そう言う事をよく理解している・・・」

優しく、諭す様に言ってくる鈴音さん。

ゆっくりと、何度も何度も私の頭を撫でてくる。

「静菜さんと聖ちゃんは、全くの別人よ・・・それぞれに良い所があって・・・悪い所もある・・・そして、それに宝仙様は惹かれた・・・私たちよりも、宝仙様と同じ時間を共有してる聖ちゃんが・・・一番理解してるんじゃないのかしら?」

やっぱり・・・鈴音さんには敵わないな・・・

私よりも師匠の事を、よく見ている、改めてそう思いしらされた。

「そうですよね・・・師匠が、そういう風に私を見る事無いですよね・・・」

そうだよね・・・師匠が、そんな風に人を見る事は無いって、解ってる事なのに・・・

「フフッ・・・そうよ。そういうのが、一番嫌いな方だもの・・・」

そう言って、二人で笑い合う。

「鈴音さん。」

「うん?なぁに?」

そうしている内に、私の中で確信にも似た思いがこみ上げる。

それを今、鈴音さんにぶつけようと思った。

「鈴音さんも、師匠の事好きなんですか?」

「フフッ・・・そうね。私も好きよ、宝仙様の事。」

やっぱり・・・

「・・・でも、聖ちゃんのそれとは違うわ。」

「・・・え?」

「私は、宝仙様の事が、人間として好きなのよ。恋愛とかじゃ無くって・・・なんて言えばいいのかな・・・」

そう言うと、鈴音さんは暫く考え込む仕草を見せる。

少しの間考え続けて、ようやく答えを見つけたのか、私の方に顔を向けてくる。

「世の中には、いい人も悪い人も居るけれど、宝仙様は、その中間に居る様な人だから・・・かな。」

解る様な解らない様な答えに、今度は私が考えさせられる。

「太極図の様な・・・光と闇が、同じ分だけせめぎ合ってる・・・そんな心を持ってる人だから・・・そんな感じかしら。」

「ん~・・・?」

「フフッ・・・それに私は、さっきも言ったけど、朴念仁は兄だけで十分よ。」

そう言って、一人でクスクス笑い出す。

それに吊られ、私も同じように笑い出す。

結局、私たちが眠りについたのは、外が白くなり始めた頃だった。



「・・・ねみぃ・・・」

早朝の冷たい空気を体に感じながら、江戸の街へと戻ってきた。

昼の喧騒とは裏腹に、朝の江戸は静かなものだ。

暫く歩き続け、兼道の家とは真逆に位置する寺院へとたどり着く。

寺特有の無駄に長い階段を登っていく。

寺院の境内まで辿り着くと、小坊主達が朝の日課の掃き掃除に勤しんでいた。

「・・・どちら様でしょうか?」

俺の姿を確認した小坊主が、俺の姿を訝しがりながら尋ねてくる。

年の頃は、聖と同じくらいだろうか。

「宝仙が来た・・・そう先代に伝えてくれ。」

「ほ、宝仙様?!し、暫くお待ちください!!」

俺の名前を聞いた幼い坊主は、驚愕した様子で、慌てて本殿の方へと駆けだしていった。

まぁいつもの事なので、気にせず俺も本殿へと歩いていく。

本殿に入り、いつも通される部屋へと向かう。

「・・・貴様、よくものこのことやって来たものだな・・・」

寺院の長い廊下を歩いていると、不意に現れた坊主にそんな事を言われる。

見るからに豪勢な作りの僧服を身に纏い、少し太り気味の老僧。

名前は忘れたが、俺が本山に戻った時に、真っ先にはり倒した奴だった事だけは、記憶している。

「・・・なんだ、あんたここに飛ばされたのか?」

そう言うと、俺は老僧に向かって鼻で笑ってやる。

「き、貴様・・・」

それを見た老僧の顔は、みるみる赤くなり、怒りを露わにしている。

綺麗に剃髪された頭部まで赤くなっている様は、まさに茹で蛸の様だった。

「貴様の様な者が、この寺院に何の用だ!」

「何・・・ちょっとした資金調達だよ。」

俺がこの寺院に出向いた理由を告げる。

「資金調達だと・・・?貴様の様な奴にくれてやる金なんぞ無い!さっさと去れ!!」

「・・・なんで、てめぇにそんな事言われなくちゃならないんだよ。俺が会いに来たのは先代だ、てめぇに用は無ぇよ。」

全く、このジジィは相変わらずの様だな。

俺がこいつをはり倒した理由も、この傲慢な態度が気に入らなかった為だった。

「それとも・・・また殴り倒されたいか?あの時みたいによ・・・」

そう言って、薄笑いを浮かべながら言ってやる。

そんな俺を見てか、明らかに動揺した様子の老僧。

「二人とも・・・その位にしなさい。」

「せ、先代様・・・」

一触即発の俺達の間に割って入ってきたのは、物腰の低い老婆。

この寺院の責任者としては、あまりにも簡素な着物を纏った尼だった。

「久しいの、穀潰し。」

「フッ・・・相変わらず、しぶとく生きてるみたいじゃねぇか、クソババァ。」

そう言って、お互いに笑い合う。

「貴様!先代様に向かって、その無礼は何だ!」

そう叫んで、老僧は俺に詰め寄ってくる。

「いいんじゃよ、権幻。」

「し、しかし!」

「これが儂等のいつものやりとりなんじゃ。」

「・・・解りました。」

まだ納得いかない様子の権幻は、彼女の手前、渋々引き下がる。

あぁそうだ・・・そんな名前だったな。

今更ながらに思い出した老僧の名前。

興味のない事なので、すぐに忘れてしまうだろうが、一応頭の片隅に書き留めておく。

「そろそろ来る時期だと思っておった所じゃ・・・まぁ入れ。」

そう言って、部屋の戸を開けて、手招きをしてくる。

俺は、それに応えるべく、立ちふさがっていた権幻の横を通り抜けようとする。

「・・・いい気になるなよ、小僧。」

「フッ・・・あの時のあんたの顔、今でも覚えてるぜ、泣きっ面に蜂って感じだったしな。」

吐き捨てるかの様に言ってくる権幻に対し、余裕の笑みで言い返す。

「クッ!!」

恨めしそうに呻くと、権幻は、その場を去っていった。

俺は、権幻を見送る事もなく、招かれた部屋へと入っていった。

部屋へと入り、敷かれた座布団の上にあぐらをかいて座る。

「改めて・・・久しいな宝仙。」

そう言って、彼女も座布団の上に座る。

「麗姫殿も、変わりない様子で・・・」

先程の罵り合いの様な挨拶とは裏腹に、きちんとした挨拶を交わす。

これもいつもの通りだ。

「今日は・・・あの子は来ていないようじゃの。」

「あぁ・・・まだ寝てるよ。」

あの子というのが聖の事だと理解して、そう答える。

「そうか・・・残念じゃな。若い娘とお茶を啜るのも、なかなかオツなんじゃがな。」

そう言われ、二人が並んで縁側で茶を飲み合っている姿を想像してみる。

なんとなく、違和感を感じない組み合わせに、思わず失笑してしまう。

「・・・どういう話をしているのか、全く想像がつかんな。」

「世間話を、いつもしておるよ。あの子は、面白い子じゃな・・・」

「フッ・・・確かにな。」

昨日のやりとりを思い出し、また失笑する。

「早速ですまんが・・・」

「解っておるよ、資金の事じゃろ。いつも通り、申請しておこう。」

「そうか・・・後、すまんが少し前借りをしたいんだが・・・」

「ほぉ・・・珍しいの、お主がそんな事を言ってくるとは・・・」

資金の話しもそこそこに、俺の申し出を、意外といわんばかりに言ってくる麗姫。

そんな俺を見て、俺は頭を掻きながら苦笑を浮かべる。

「まぁ・・・馬鹿弟子と約束をしちまってな・・・路銀もほとんど底をついちまってな・・・」

それは、江戸に着く前の街道で、聖にせがまれた事だった。

あまり気乗りではないのだが、昨日からの聖の様子から、気分転換が必要と感じていた。

我ながら、図々しい申し出だと思う。

「ホッホッホ・・・成る程な・・・まぁそれは良かろう。」

面白そうに笑いながら言ってくる麗姫。

「すまんな。」

「なぁに・・・良い良い。話は変わるが・・・昨日の早朝の事件・・・あれはお主か?」

不意に、真剣な表情に成ったかと思うと急にそんな事を言ってくる。

「現場の近くで、僧服を纏った男が目撃されておるのじゃ・・・」

「あぁ・・・俺がやった。」

昨日の事件、それは、紛れもなく俺が行った所行。

それを素直に認めると、麗姫はため息を一つ吐いた。

「そうか・・・まぁ、あの熊八と言う男は、奉行所も手に負えない様な男じゃったからの・・・」

そう言って、暫く考え込む仕草を見せる麗姫

「・・・まぁ、そちらはなんとか手を回しておくとしよう。」

「色々迷惑を掛けてすまんな・・・」

そう言って、俺は素直に麗姫に頭を下げる。

「なぁに・・・良い良い。」

そんな俺を見て、麗姫は人の良さそうな笑顔を向けてきた。

麗姫とは、本山にいた頃からよくして貰った。

今でもこうして、世話に成りっぱなしで、俺が頭の上がらない人物の一人だった。

「それはそうと・・・お主に一つ仕事を頼みたいんじゃが。」

そう言って、さも今思い出したかの様に言ってくる。

そんな麗姫見て、俺は苦笑を浮かべるしかなかった。

「どんな仕事だ?」

「なぁに・・・妖怪退治・・・じゃよ。ここから北東に馬で一日位の場所に、小さな村がある事は知っておろう?」

「あぁ、何度か通った事がある。そこの周辺に妖怪が住み着いたのか?」

俺は、思いついた事を聞いてみたが、麗姫は、かぶりを振って否定した。

「周辺ではない・・・村にじゃ。二週間ほど前から、その村との交流が途絶えての、奉行所が出張ったらしいんじゃ・・・じゃが、その出張った者達は全滅・・・辛うじて戻ってこれた者の話では、村人が、死人となり彷徨っていると言うのじゃ。」

「・・・ここの者は、行ったのか?」

「うむ・・・その報告を受けて、五人の僧兵と、法力僧を派遣した・・・じゃが、帰ってきたのは法力僧一人だけじゃった・・・その者も、酷い重傷での・・・」

そこまで言うと、悲壮感を漂わせて俯いてしまった。

自分の判断で部下を死なせてしまった事が、相当堪えているようだ。

「・・・なんて顔してんだ。元軍荼利明王珠継承者、十一代目水蓮の名が泣くぞ・・・もっと気丈に振る舞ったらどうだ?」

「・・・そうじゃな・・・すまんな。」

そう呟いて、彼女は苦笑を浮かべながら顔を上げる。

「いや・・・」

「それで・・・引き受けてくれるか?」

そう言われ、俺は暫く考え込む。

「報酬は三十両じゃ。悪い額では無かろう?」

「確かに・・・な。」

報酬額には一切文句はない。

これで申請分と併せれば、暫くは路銀に困る事もないだろう。

だが・・・

「・・・お主が妖怪退治に気乗りしない理由は、儂も知っておる・・・じゃがな。もうすでに一つの村が犠牲になっておるんじゃ・・・このままにして置く訳にもいかんじゃろ?」

知っている・・・か。

この世に生まれてきてはいけない者なんて居ない・・・人であれ、妖怪であれ・・・

人と妖怪の共存・・・それが静菜の夢だった。

馬鹿みたいに真っ直ぐな瞳で、そんな夢を本気で語っていた。

そんなあいつだったから、俺は変われた。

そんなあいつだからこそ、俺は護ろうと思った。

「・・・何故、俺だ?本山に他の連中でも遣わせて貰えば良いんじゃないのか?」

俺の素朴な疑問に、麗姫は苦笑を浮かべる。

「本山にはもう、使いの者を出してある。おそらく、二・三日中に明王衆の誰かがやってくるじゃろう・・・じゃが、それでも解決出来るかどうか・・・」

「何故そう思う?」

「先に討伐に行かせた法力僧は、明王衆候補まで上り詰めた者じゃ。現明王衆と遜色しないほどのな。」

確かにそれでは、明王衆が一人や二人来た所で、勝てるかどうか怪しいかもしれない。

「だがそれは、俺とて同じ事だ。」

「・・・儂はそうは思っておらん。儂の知る限り、歴代宝仙・・・いや歴代明王衆の中でも、お主は最強じゃ。力も・・・技も・・・そして心も。」

「・・・買い被りすぎだ。」

彼女は、人を増長させる様な冗談は一切言わない。

その為、本気で言っているのだろうが、素直に喜べない。

戦場を駆け抜けていた頃に比べれば、確かに体は仕上がっている。

だが、あの頃に比べれば、俺は確実に弱くなっていると、自分でも自覚している。

「ホッホッホ・・・そうかの?」

「そうだよ・・・」

「じゃが、お主はこの依頼を受けるはずじゃ・・・」

そう言って、麗姫は確信めいた事を言ってくる。

「何故、そう言いきれる?」

「・・・お主が江戸に現れなければ・・・確かに他の明王衆の力で解決させたじゃろう・・・じゃが、お主は現れた。」

「・・・回りくどいな。」

俺の呟きに、彼女は、苦笑を浮かべてくる。

「ただ一人、戻ってきた法力僧の証言じゃ・・・死人共は口々に『ほうせん』っと呟きながら、今生を彷徨っていたそうじゃ・・・」

その言葉を聞いて、俺は立ち上がる。

全く・・・最後の最後でそんな事を言ってくるとは・・・人が悪い。

「・・・馬を用意してくれ。」

「ホッホッホ・・・おやすい御用じゃ。」

そう言って、俺に続いて彼女も立ち上がる。

二人並んで、部屋を出た俺達は、そのまま長い廊下を歩いていった。


双月転臨之章後編に続く。


(04.11.25)

by.神無月拓楼

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