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宝仙伝  作者: 神無月拓楼(旧HN現武壱)
23/23

HP一周年記念ショートストーリー 『輪廻の死神-Transmigration Of The Death-』

目を開くと、そこには見慣れた景色が広がっていた。


変わらない街並み、いつもの風景・・・


ただ一つ、違う所があるとすれば、それは・・・


「・・・どうして?・・・なんで、誰も居ないの・・・?」


誰も居ない・・・人の気配も無ければ、車の騒音も全く無い世界が、そこに広がっていた・・・


正確な時間は解らないけど、辺りが暗くない事から、夜でない事だけは間違いない。


なのに・・・まるで世界から取り残されたかの様に、高層ビルに覆われた街の中心に、私はぽつんと立っていた・・・


異様な光景が、目の前にあるにも関わらず、何故か私は、取り乱す事なく、ただ辺りを見回していた。


誰か・・・誰か一人でも見つけられれば、この世界から抜け出せる・・・そう思って。


けど・・・その願いは虚しく、誰の姿も発見する事が出来なかった・・・


どれくらいの間、そうしていただろう・・・


やがて私は、誰かを捜す事を止めて、どうしてこうなってしまったのかを、必死で思い出そうとしていた・・・


「確か・・・今日は日曜日で・・・祐司と水族館に行く約束してて・・・それから・・・ッ?!」


幼なじみで、去年の春からつきあい始めた、彼の名前を呟いた瞬間、私は全てを思いだした。


そうだ・・・私は祐司との待ち合わせ場所に向かってて・・・それから・・・


「・・・思い出した様だね。」


「ッ!誰?!」


不意に聞こえてきた女性の声に、声の聞こえてきた方へと顔を向ける。


そこには、空中に座る様に浮かんでいる、黒い服を着た女の子が、冷たい目つきで私を見下ろしていた。


「初めまして・・・君が美緒だね?随分探したよ・・・」


「・・・あなた・・・誰?」


「ボクはユリス・・・君達の世界で言うと・・・そうだね、死神と言うのが一番近いかもね。」


「・・・死神・・・?あなたみたいな女の子が?」


私がそう言うと、ユリスと名乗る女の子は、目を伏せてため息を吐いてきた。


「・・・人とは愚かだね・・・目に見える事が全てだと思いこみ、目に見えない事には、全く気づこうとしない・・・ボク等にとって、性別なんて物は無いよ・・・つまり、男でもあるし女でもある。君が一度ボクの事を、女だと認識したから、そう視えるだけ・・・」


「・・・何を言ってるの?」


目の前に居る、少女と言っても言い過ぎではない女の子に、疑惑の目を向けながら、そう呟いた。


「・・・解らない人だね・・・つまり、ボクが君に声を掛けた瞬間、君はボクの事を人だと認識した・・・そしてボクの声が、幼く女の子の様に聞こえたから、子供の女だと認識した・・・ここでは、その者の認識が大きく反映される・・・そう言う世界なのさ。」


そう言ってユリスは、両手を振って辺りを示した。


それにつられて、私はまた、誰も居ない街を見渡す。


「・・・ここはどこなの?」


「もっともな質問だね・・・ここは、君達の世界で言う所の、多重世界っと呼ばれる場所さ。」


「多重世界・・・?」


その単語には、聞き覚えがあった。


確か・・・もしかしたら、あったかもしれない世界・・・パラレルワールド・・・だったかしら・・・


「・・・君には資格があるからね・・・1から説明しないといけない決まりなんだ。よく聞いてくれよ・・・」


不意にユリスにそう言われ、思考を中断して顔を向ける。


「・・・まず第一に、君はもう死んでいる・・・それは思い出しているね?」


「・・・えぇ。」


決定的な一言を言われながらも、私は至って冷静にそう答えていた。


今自分が置かれている状況は、全然現実味が感じられないけど、それでも冷静でいられる自分が、とても不思議だ。


「・・・正確には、200X年、8月○日日曜日、午前11時31分24秒・・・赤信号にも関わらず、横断歩道に突っ込んできたトラックに撥ねられ、その約2時間後に死亡・・・享年19歳・・・間違いないね?」


「えぇ・・・そうよ。」


努めて業務的に、そう言ってくるユリスの言葉に、私は項垂れる感じで頷く。


祐司との待ち合わせに遅れそうで、急いでいた私の目の前に、対向車線が赤信号にも関わらず、止まる気配の無いトラックを目にした。


そして、横断歩道には、渡り始めている人が何人か居て、そのトラックに気が付いた人は、急いで渡ろうとしていた。


渡る前に、そのトラックに気が付いていた私は、横断歩道の手前で立ち止まっていた。


そのまま、その場所から動いていなければ、私は恐らく助かっていた・・・


「・・・君が庇った子は、かすり傷程度で済んだようだよ。」


「・・・そう。良かった・・・」


そのトラックに気が付いて、横断歩道から逃げようとした人達の中に、足をもつれさせて、その場で転んでしまった、小学生くらいの男の子が居た。


その瞬間、頭で考えるよりも先に、体が勝手に動いていた。


その結果・・・私は死んでしまった・・・


「災難だったね・・・トラックを運転していた人間は、重度の薬物中毒者だったみたいだよ。トラックの運転中、禁断症状が出て、事故が起きたんだ・・・お悔やみ申し上げるよ。」


「・・・意外だわ。」


「何がだい?」


「人間みたいな事を言うのね・・・」


私がそう言うと、ユリスは、渋い顔をしながら、ため息を吐いてくる。


「・・・それなら君もそうだよ。普通、自分が死んだと知って、冷静でいられる人間なんて少ないよ・・・それよりも、話しを元に戻そうか。次にボクについてだけど・・・ボク等は、君の様な魂を、次の世代に受け継がせる為に存在する・・・」


「受け継がせる・・・?」


「そう・・・君達の世界では、輪廻転生と呼ばれてるのかな・・・つまり、君を生まれ変わらせる役目を、ボクが負っている訳。」


「それって・・・」


その言葉を聞いて、少なからず喜んでしまった。


元々私は、幽霊だとか、そういうオカルト系は、全然信じていなかったけど、今自分が置かれている状況は、夢や幻では無い事だけは確かだ。


なら、輪廻という物があっても、不思議ではない。


「・・・喜ぶのは勝手だけど、最後まで説明は聞いて欲しいね。君一人に、あまり手間を取る訳にもいかないんでね・・・必ずしも、次に生まれ変わる時が、人だとは限らない・・・」


「・・・え?どういう事?」


不意の一言に、不安を感じた私は、ユリスに聞き返していた。


「本来、この世界の魂の量は一定なんだ。減る事は有っても、増える事は無い・・・ある一定のサイクルで、ここと現実世界を行き来しているんだ。もちろんそれには、動物や虫も含まれている・・・つまりは、君の前世は、虫かもしれないし動物かもしれない・・・そして来世も然り。」


「それじゃあ・・・私の来世って、一体・・・」


「悪いけど、それは教えられない決まりなんだ・・・自暴自棄に成られても困るしね。」


相変わらず業務的なユリスの言葉に、さっきまでの喜びは、完全にかき消されてしまった。


「さっき私に、権利があるって言ったわよね・・・それから減る事は有ってもって・・・それってどういう事なの?」


不意に過ぎった、さっきのユリスの言葉に、私は質問を投げかけた。


ユリスは確かに、最初私に権利があると言った。


そしてさっきの言葉の中の、気になる節。


もしかしたら、私は何かを選ぶ事が出来るのかもしれない・・・そう思って、私はユリスに質問していた。


「・・・良い所に気が付いたね。」


そう言うとユリスは、指を三本立てて見せた。


「3万人・・・これが何の数だか解るかい?」


いきなりそう言われて、暫く考えてはみたものの、その答えは結局解らず、ユリスに対して首を横に振った。


「君の国だけでの、年間の自殺者の数だよ・・・愚かだと思わないかい?」


そう言ってユリスは、嘲るかの様に冷笑を浮かべた。


「元々生物は、決められた寿命を持って生まれる・・・人間だったら、人間の時間でほぼ80年程だ。それから、個々の人間によって、生まれた境遇、その後の生活などで、寿命が縮まったり延びたりする。例えば・・・元々体の弱い人間が、体に害のある物を摂取すれば、寿命が縮まるのは当然だよね・・・その逆もまた然り・・・と言う事さ。」


「でも・・・みんながみんな、天寿を全う出来る訳じゃないでしょ?例えば病気だったり、事故だったり・・・」


「そう・・・その通りだ。だが病気は、寿命と同じさ。しかし、事故や故意による過失によって、命を落とす者は別だ。多くの場合は、その者が選んだ行動の結果、そういう結末を迎えてしまうんだ・・・けど、希にイレギュラーが起きる・・・それが君さ。」


「イレギュラー?」


「そう・・・君は本当ならあの時、死ぬ筈では無かった・・・君が助けた子供こそが、あの時死ぬ筈だった・・・」


「ッ?!」


その言葉を聞いて、思わず息を飲んだ。


「希に居るんだよ・・・君の様に、有る筈の無い選択肢を、無理矢理作って選んでしまう者がね・・・だがそういう者の為に、ボク等が存在する。」


「・・・どういう意味?」


「寿命や、病気・・・そして君の様に、イレギュラーじゃ無い事故や事件などで死んだ者は、ここには来ないで、そのまま転生するんだよ。ここに来れる者は、君の様な存在か、自殺者・・・どちらかなんだ。」


「・・・もしかして、魂が減る理由って・・・」


ユリスの話を聞いていく内に、私の中の疑問が、少しずつ溶け始めていた。


「・・・君はなかなか、勘が鋭い様だね・・・そう、魂の減る理由・・・ボク等は、自殺者を転生させるつもりは無い。自分で命を捨てる様な人間に、来世などは存在しない・・・もっとも、イレギュラーな要因による自殺なら別だけどね。」


「・・・冷たい言い方ね。」


相変わらず業務的なユリスの態度は、私には冷たい様に感じ、そのまま口に出していた。


「人間がどうなろうと、ボクには関係無いよ・・・ただ与えられた事をするだけさ・・・」


私の言葉に、ユリスは怒った風でもなく、ただそう呟いてきた。


その言葉が、何処か悲しそうに聞こえて、私は彼女に罪悪感を覚えた。


「・・・大体の説明も終わったし、話しを元に戻そうか。陳腐な台詞だけど・・・ボク等は、君の様な人間に、最後の選択肢を与える為に存在するんだ・・・」


「最後の選択?」


「そう・・・例えば、来世で人として生まれ変わりたいと望むなら、それも可能だよ。もちろんここでの記憶や、君の今までの記憶は消えるけどね。」


「・・・何でも良いの?」


「・・・実現が可能ならね。現実世界の時間を遡らせてくれだとか、生き返らせてくれとか・・・そう言うのは無理だけどね。」


一瞬頭に過ぎった考えを、先にユリスに言われて、虚しく希望は消えてしまった。


「・・・だけど、決められた時間内なら、現実世界に干渉する事は可能だよ。」


「本当?!」


その言葉を聞いて、思わず勢いよく聞き返してしまう。


それに対してユリスは、ゆっくりと首を縦に振った。


「・・・家族に伝えたい事があるっていう人間は、結構多いからね。だけどそれを選べば、来世は決められないよ・・・どうする?」


分厚い雲が、朝から空を覆い、今にも雨が降りそうだった。


予報では、大型の台風が近づいて、明日には本格的に上陸するそうだ。


台風の影響で風も少し強く、何時降り出すかも解らない雨の所為で、人通りもあまり少ない。


なのに俺は、傘も持たずに、今日もここへと足を運んでしまう。


美緒が事故に遇ってから、一週間が過ぎた。


あの日、美緒と約束した時間が過ぎても、あいつは待ち合わせ場所には現れなかった。


変わりに、あいつの親から電話をもらい、美緒が事故に遇った事を知った。


すぐに病院に駆けつけた俺を待っていたのは、手術中のランプが灯った、酷く冷たい扉だった・・・


手術室の前で、美緒の両親は、祈りながらランプが消えるのを待っていた。


そして、俺の両親と妹は、不安を押し殺しながら、美緒の両親を励まし続けていた。


他にも、美緒が助けた小学生くらいの男の子とその母親が居たが、その時の俺には、全く気付かなかった。


その時の俺は、ただ現実を受け入れられずに、冷たい扉を前に立っている事しか出来なかった。


そして今も、美緒が死んだという現実を受け入れられずに、毎日ここに足を運んでいる・・・


美緒の事故から一週間が経ち、事故現場には多くの花が供えられている。


供えられた花は、日を追う事に増え続け、今では山の様な状態になっている。


日頃の美緒の人柄の良さが、こんな形で現れるとは、なんとも皮肉なものだ・・・


俺よりも一つ年上の幼なじみだった美緒は、小さい頃から俺や妹の姉貴分として、よく面倒を見てくれた。


元々世話好きだった美緒は、学校でも人気者で、友人も多かった。


学校以外でもその本領は発揮されて、良く人助けを進んでやる様な奴だった。


そしてそれに俺と妹が、いつも振り回されていた。


けど、決して嫌だと思った事は無かった。


小・中・高と、同じ学校に進学して、いつも俺の隣に美緒が居て・・・


何をするでも、いつも一緒で・・・俺にとって美緒は、幼なじみ以上の存在だった。


だから・・・美緒が高校を卒業する時、思い切ってあいつに告白した。


幼なじみという曖昧な関係を、卒業したくて・・・俺自身に、ケジメを着けたくて・・・


俺の告白に美緒は、嬉しそうに涙を流しながら、首を縦に振ってくれた。


それから、高校3年になった俺と、大学に進学した美緒とは、一緒に居られる時間は少なくなった。


それに、幼なじみから恋人の関係になっても、今までの関係と、それほど変わらなかった。


それから、めでたく俺も、美緒と同じ大学に受かり、また一緒に居られる時間は、増えると思っていた。


ゆっくり変わっていけば良い・・・全てはこれから・・・笑いながらあいつはそう言ってくれた。


俺もそう思っていた・・・その矢先に、事故が起こった・・・


「・・・やっぱりここに居たんだ。」


不意に、聞き慣れた声を聞いて、後ろを振り返る。


そこには、ツインテールで眼鏡を掛けた少女が、悲しそうな表情で立っていた。


「・・・美幸。」


俺が妹の名前を呟くと、美幸がゆっくりと近づいてくる。


「お兄ちゃん・・・これ・・・」


そう言って、美幸は手にしていた傘を、俺に差し出してくる。


「・・・早く帰ってきてね・・・」


「あぁ・・・ありがと。」


そう言って、差し出された傘を受け取ると、俺に背中を向けて、美幸はその場から去っていった。


美幸もまた、仲の良かった美緒との別れを、未だ受け入れられずにいる。


それだけ、美緒の存在は、俺達にはとても大きかった。


・・・受け入れろって言う方が、無理な話なんだよな・・・


去っていく美幸の背中を見つめながら、不意にそんな考えが頭を過ぎった。


美幸の背中が見えなくなるまで見送った後、また事故現場へと顔を向ける。


ポツッ・・・ポツッ・・・


どれくらいそうしていただろうか・・・街灯に電気が灯り始めた頃、空から降ってくる水滴が、俺の顔を濡らす。


「・・・帰るか。」


そう呟いて、美幸が届けてくれた傘を開いて、後ろを振り向き、重い足取りで家路に着いた。


台風の影響で元々風は強かったが、いよいよ雨まで降ってきたとあって、人通りは更に少なくなっていた。


夜には、本格的に雨風が強くなると予報されていたので、もうすでに店じまいを始めている所もある程だ。


街行く人も、雨から逃れようと、慌ただしい様な気さえする。


だが俺は、そんな事にも構わず、俯きながらゆっくりと歩いていた。


慌ただしく移り変わるこの世界から、俺一人だけ取り残された様な気がしてならない。


もしかしたら、美緒が事故にあった日から、俺の中の時計は、壊れてしまったのかもな・・・


そんな事を考えながらも、それならそれで良いとさえ思ってしまう。


「ッ!」


その時、すれ違う人達の中で、俺が良く知った匂いを嗅いだ様な気がして、一瞬鼓動が高鳴った。


美緒がいつも使っていた、柑橘系のシャンプーの匂い。


そんな訳が無い・・・そう思いながらも、その場から一歩も足が動かなかった。


だが俺には、振り返るだけの勇気も無かった。


よくあるシャンプーの匂いだ・・・美緒の訳が無い・・・美緒はもう居ないんだ・・・


そう頭では解っていても、振り返ってその事を確認するだけの勇気が、どうしても沸かない。


もし・・・美緒の死を認めてしまったら、俺は・・・


「・・・どこ行くの?祐司・・・」


・・・とうとう美緒の幻聴まで聞こえてきたか・・・重傷だな。


雨音に混じって、美緒の声を聞いた様な気がして、苦笑しながらその場から立ち去ろうとする。


バシン!!


「ッ!!イッテェ!!」


いきなり背中に痛みを感じて、その場で飛び跳ねた。


「ちょっと、返事くらいしなさいよね。もぉ~・・・」


次いで聞こえてくる、呆れた様な感じの美緒の呟き。


その声を聞いて、心臓の鼓動が、早鐘の様に早くなる。


痛む背中をさすりながら、ゆっくりと振り返っていく。


そこには・・・


「・・・み・・・お・・・?」


「うん・・・」


「・・・美緒・・・なのか?」


「うん・・・そうだよ・・・」


「・・・ッ!」


抱きしめていた・・・


二度と離したくないと思った・・・


「美緒・・・美緒オオオーッ!!」


自分でも情けないと思う程、視界は涙で滲み、俺はむせび泣いていた。


そんな俺の背中に、美緒の腕が廻される。


「・・・大丈夫だよ・・・私は・・・ここに居るよ・・・祐司・・・」


そして、まるで子供をあやす様に、ゆっくりと俺の背中をさすってくる美緒。


ただ・・・雨に濡れる事も構わず・・・道行く人の視線も構わず・・・俺達は抱き合っていた・・・


「祐司・・・待ち合わせに、一週間も遅れちゃったね・・・」


「バカ・・・遅すぎだよ・・・」


そう言って、美緒の体に廻した腕に、更に力を込める。


「うん・・・ごめんね・・・」


「・・・良いよ・・・待つのには、慣れてるから・・・」


美緒は、いつも俺との約束などそっちのけで、困ってる人を見ると、そっちを優先していた。


だから俺は、いつ現れるかもしれない美緒の事を、いつも待っていた。


「・・・俺との約束・・・破った事が無いおまえだから・・・俺は待っていられるんだからさ・・・」


「・・・うん・・・祐司・・・大好きだよ・・・」


「俺もだ・・・美緒・・・」


まるでそれが合図の様に、どちらからともなく、お互いに唇を近づけて、口づけを交わした。


どれくらいその場で抱き合っていただろう・・・


ただ、あの後美緒が、俺の腕を引っ張って、行きたい場所があると言い出した。


それに俺は、黙って頷くと、雨の中を二人で彷徨い始めた。


美緒が行きたがっていた場所・・・それは、俺達が幼い頃から、一緒に過ごした想い出の場所ばかりだった。


近所の児童公園から、二年前まで俺達が一緒に通っていた高校・・・


まるで、想い出巡りでもする様な美緒に、聞きたい事は沢山あったが、結局俺は何も聞けず終いだった。


その理由は、美緒は最初に、俺に言った言葉・・・


『今日の私は、シンデレラなんだよ・・・』


ただその一言で、全てが解った様な気がした・・・


限りある時間の中で・・・美緒は・・・俺に会いに来た・・・


それが解った瞬間、俺は何も聞けなくなった・・・


聞いてはいけない様な気がした・・・聞けば今すぐにでも、幻の様に消えてしまう様な気がしたから・・・


夜もだいぶ更けた頃、中央公園へと俺達はやって来た。


いつも、二人で遊び歩いた日には、必ずの様にここにやって来て、その日一日の出来事を、陽が暮れるまで思い返すのが、俺達の暗黙のルールだった。


つまり・・・もうすぐ、美緒との別れの時間が、迫っている・・・


小雨の所為で、まるで人気の無い中央公園の遊歩道を歩いて、モニュメントの前までやって来た。


近くに設置されている時計に目を向けると、時間は11時40分を過ぎていた。


いよいよ、押し迫った美緒との別れ・・・


モニュメントを照らす様に、上向きに設置されたライトに、赤い傘を差した美緒は近づいていく。


そのモニュメントを背景に、美緒は振り返った。


美緒の隣に行こうと思えば、行けた筈・・・


なのに俺は、まるで金縛りにでもあったかの様に、その場から動く事は出来なかった。


「・・・祐司に、3つのお願い事があるの・・・聞いてくれる?」


不意に美緒が、微笑みを浮かべながら、俺にそう言ってくる。


「・・・行かないと・・・駄目なのか?」


ここで、別れないといけないと言う事は、美緒自身が一番解っている事・・・


だが俺は、こみ上げてくる悲しみを押し殺して、そう聞いてみた。


それに対して美緒は、微笑みながら、首を縦に振った。


「・・・お願い事って・・・なんだ?」


かすれる声で、そう聞き返すと、美緒は目を瞑って、深呼吸を一つする。


「・・・1つ・・・私の分まで、長く生きてください・・・いつまでも・・・私の好きな祐司のままで・・・」


「あぁ・・・」


「2つ・・・私の分まで、幸せになってください・・・大好きな祐司が、幸せなら・・・私も幸せだから・・・」


「・・・ッ!あぁ・・・」


時間が経つに連れて、堰を切った様に、涙があふれ出す・・・


見ると美緒もまた、俺の様に涙を流していた・・・


「それから・・・3つ目・・・私の事・・・」


覚えてる・・・いつまでも覚えているさ・・・


「・・・忘れてください・・・」


ッ!


予想外の言葉に、思わず自分の耳を疑った。


「・・・最初から・・・私は居なかったと思ってください・・・そして・・・新しい恋をしてください・・・」


その後に続く、悲痛な美緒の言葉。


その言葉を聞く度に、俺の心は締め付けられ、身が切り刻まれる様な気がした。


「・・・ふ・・・」


次第に怒りがこみ上げ、肩が戦慄くのが自分でも解る。


「ふざけんな!!」


そう叫んで、美緒に詰め寄っていく。


「来ないで!!」


「ッ!」


そして、辺りに響き渡る、美緒の悲痛な叫びを聞いて、俺の体がまた金縛りにあったかの様に、その場で硬直してしまう。


「来ないで・・・お願い・・・来ないで・・・」


見ると美緒は、顔をくしゃくしゃにして、悲しそうに泣いていた。


ただ俺は、美緒に近づく事も出来ずに、その光景をただ見ている事しか出来なかった。


今すぐにでも、美緒をこの手で抱きしめたい・・・そう思っても、まるで何かの力が働いているかの様に、その場から動く事すら出来なかった。


「・・・この体は、所詮仮初め・・・消える瞬間を、あなたに見られたくないの・・・だから来ないで・・・」


「美緒・・・」


悲しそうにそう言う美緒に、俺は何も言い返せなかった。


「お願い・・・もし、私の事を思ってくれるんだったら・・・後ろを振り返って・・・そして、前を見て歩きなさい・・・あなたの人生を歩んで・・・私と祐司は、もう一緒には歩けないの・・・だから・・・私の事は忘れて、新しい良い人を見つけて・・・それがこれからを生きていくあなたの義務よ・・・」


「・・・出来る訳無い・・・おまえを忘れる事なんて、俺には出来ない!俺は・・・生涯・・・おまえだけを愛し続ける・・・今までがそうだった様に、これからもそれは変わらない・・・」


「祐司・・・」


「それが間違っていると、おまえは言うかもしれない・・・だが俺には、美緒以外を好きになるなんて考えられない・・・」


何も迷う事など無い・・・何も恐れる事など無い・・・


ただ・・・美緒が愛おしい・・・


その気持ちに、嘘は無い・・・


「・・・解ったわ・・・」


暫くの沈黙の後、考え込む様にして俯いていた美緒が、不意にそう呟いて顔を上げた。


「祐司・・・あなたの気持ち・・・とても嬉しいわ・・・」


「美緒・・・」


「・・・でも・・・駄目・・・あなたが行かないと言うのなら、私が行くわ・・・さようなら・・・」


「ッ!!美緒!!」


突然そう告げて、美緒は走り出した。


時計を確認すると、時刻は11時57分を過ぎていた。


美緒の言葉通りなら、後3分たらずで美緒は消えてしまう。


美緒の後を追おうと試みるが、相変わらず俺は動けなかった。


今すぐ追いかけて、もう一度美緒を抱きしめたい・・・それが俺の望みだった。


「クソッ!クソオオオォォォ!!美緒!!美緒オオオーッ!!」


『・・・追いかけたいのなら、そうすれば良い・・・選択権は君にあるよ・・・例え、その先に何があっても・・・』


ッ!!


不意に、頭の中に直接、声が聞こえた様な気がした。


そして、その直後に自由になる体。


前のめりに倒れ込みそうになるのを必死で堪えながら、傘を放り投げて俺は美緒を追いかけた。


「美緒!」


「ッ!!祐司・・・来ないで!!」


ただがむしゃらに追いかけていた。


それに気が付いた美緒は、更に走る速度を上げた。


雨の中の遊歩道を、美緒を追いかけて走り続ける。


それほど長くは無い遊歩道は、すぐに終わりを迎え、その先に公道が見えた。


後少し・・・もう少しで、美緒の腕を掴む事が出来る。


美緒の腕を掴んで、そして抱きしめる・・・美緒が消えるその瞬間まで・・・


「美緒ッ!!」


ガシッ・・・


「ッ!!」


美緒の腕を掴んだ俺は、そのまま美緒を引き寄せて、雨に濡れた体を抱きしめる。


「・・・美緒・・・」


「バカ・・・何で追いかけてくるのよ・・・」


「おまえが消えるまで・・・こうしていたかったからに決まってるだろ・・・」


「祐司・・・」


「美緒・・・ッ!!」


その時、視界の隅に、俺達に向かってくる目映い光が見えた。


それを頭で理解した瞬間、俺は美緒を突き放した。


「ッ!!祐司!」


あぁ・・・そうか・・・あの言葉の意味は、こういう事か・・・


美緒の声を聞きながら、まるでスローモーションの様に近づいてくる、車のハイライトを見つめながら、驚く程冷静な自分に苦笑する。


さっき頭に直接響いた言葉の意味が、ようやく解った・・・


キキキイイィィィーーーッ・・・ドン!!


「・・・ヒック・・・ヒック・・・」


また誰も居ない世界に、戻ってきてしまった私は、戻ってきてからずっと泣き続けていた・・・


「祐司・・・ゆうじ・・・」


私が消える瞬間、私の目の前で、車に撥ねられてしまった祐司・・・


すぐに駆け寄ろうとした私は、その瞬間現実世界から消えて無くなった。


何も出来なかった・・・


「・・・災難だったね。」


不意に聞こえてきた、何の感情も感じられない呟きに、その声の主、ユリスを睨んだ。


「・・・災難ですって・・・軽々しく言わないでよ!!」


そう叫んで、私は立ち上がった。


「なんで・・・どうして祐司が死なないといけないのよ!!なんで・・・祐司が・・・」


「・・・君が選んだんだよ。結末はどうであれ、君が選んだからこうなった・・・ただそれだけの事さ。」


相変わらず業務的なその態度に、次第に怒りがこみ上げてくる。


「・・・君の責任なんだよ。君の軽率な行動の結果なんだ・・・それなのに、ボクに当たるのは筋違いじゃないのかい?」


パシン・・・


ユリスが言い終わるや、彼女の頬を、私は平手でぶっていた。


「勝手な事言わないで!あなたが私の前に現れなかったら・・・こんな事にはならなかったわ・・・生き返らせてよ・・・祐司を・・・ヒック・・・」


「・・・ボクは最初に言ったはずだよ・・・人がどうなろうと、ボクには関係無い・・・ボクはボクの役目をするだけ・・・君に対しての、ボクの役目は終わった・・・さぁ、輪廻を始めようか。」


「ッ!」


ユリスの言葉に、彼女を見てみると、両手を私にかざしているユリスの姿が見えた。


「待って!私はどうなっても構わないわ・・・だから祐司を!」


「・・・それは叶わぬ願いだ・・・君以外にも、最後の選択権を待っている者が居る・・・あまり君一人に手間を取る訳にも行かないんだ・・・」


ユリスがそう言うと、私に向けてかざした両手に、黒い穴の様な物が現れた。


「お願い・・・お願いよ・・・祐司を・・・祐司を・・・」


言っても無理だと解っていても、それでも言わずにはいられない。


遂に私は泣き崩れながら、ユリスに懇願し続けていた・・・


「・・・と、言いたい所だけどね。」


「・・・え?」


不意に呟かれたユリスの言葉に、顔を上げて彼女を見てみる。


見てみると、私に向かって微笑んでいるユリスの姿が、私の目に飛び込んできた。


初めてユリスが、感情を表した様に私には見えた。


気が付くと、自室のベッドの上に、俺は寝転がっていた。


・・・いつの間に帰ってきたんだ・・・?


不意に過ぎった疑問に、サイドテーブルに置かれた時計を見てみると、12時ちょうどを示していた。


時間を確認した俺は、ベッドから身を起こした。


その時、違和感を感じた・・・


時計の時刻と、外の明るさから、夜でない事は確かだった。


なのに、何の音も聞こえてこない。


いつもなら、居間からテレビの音が聞こえてきたり、鳥の鳴き声や、車の騒音が聞こえてきても良いはずだ。


なのに・・・まるで世界から俺一人だけが取り残されたかの様に、辺りは静寂が支配していた。


もう一度、サイドテーブルに置かれた時計を見てみる。


すると、相変わらず12時ちょうどを指し示している目覚まし時計が、そこにあった。


秒針さえも動いていない時計を見て、時が止まっている様な気分になった。


「・・・やぁ、君が祐司だね?」


「ッ!」


不意に聞こえてきた声に、自室のドアに目を向けると、いつの間にかそこには、一人の少女と・・・


「美緒・・・」


「祐司・・・ッ!!」


いきなり美緒が、俺に飛びつく様に抱きついてくるのを受け止めた。


その時、俺は全てを思いだした・・・


美緒が死んだ事・・・死んだはずの美緒と再会した事・・・そして・・・


「・・・そうか・・・俺も死んだのか。」


「ヒック・・・ごめんね・・・ごめんね祐司・・・」


「・・・泣くなよバカ・・・」


俺の胸で泣きじゃくる美緒の背中をさすりながら、あやす様にそう言う。


「でも・・・でも私の所為で・・・祐司が・・・」


「おまえの所為じゃない・・・俺がしたかったから、こうなっただけだ・・・」


そう言って、美緒の事を抱きしめた。


力加減を間違えると、壊れてしまいそうな、儚い美緒の事を・・・


「・・・あの時の声・・・キミだね?」


不意に、美緒と一緒に現れた少女に顔を向けて、俺はそう呟いた。


あの時、美緒が走り去ろうとした時、頭の中に直接響いた声の後に、それまで動けなかった体の自由を取り戻した。


その時聞いた声と、今そこに居る少女の声は、よく似ていた。


「初めまして・・・ボクはユリス・・・輪廻を司りし者・・・」


簡単な自己紹介をしたユリスは、美緒にも聞かせたであろう事を、俺にも説明し始めた。


ここが何処なのか・・・何故美緒が蘇ったのか・・・


にわかには信じがたい話しだが、実際に目の当たりにした者としては、信じない訳にもいかない。


そして、説明の最後にユリスは、俺に最後の選択をする様迫った。


「・・・それは、どんな事でも良いのか?」


「現実可能な事なら・・・ね。さっき説明したから解るだろうけど、生き返らせてくれと言うのは無理だよ・・・」


事務的にそう言うユリスに頷く。


そんな事は、どうでも良い・・・美緒を残して、俺一人蘇った所で意味が無い・・・


「・・・祐司・・・」


不安そうに、俺の胸の中で呟いてくる美緒に、安心させる様に笑顔を向けて、その頭を撫でる。


「・・・俺の望みは・・・一つだけだ。」


意を決して、考えていた事を言う為に、ユリスに向かって口を開いた。


「・・・それが、君の最後の選択だね・・・」


202X年、8月・・・


夏の日差しを受けながら、私は祐司との待ち合わせの場所に向かっていた。


時刻は、11時30分・・・祐司との待ち合わせは11時だから、約束の時間はもう過ぎている。


「ハァ!ハァ!」


額に浮かぶ汗を拭う事も忘れて、去年祐司に貰った腕時計を気にしながら、待ち合わせの場所へと急ぐ。


余裕を見て、10時少し前に家を出たのに、私のいつもの悪い癖が出てしまった。


待ち合わせの場所に向かう途中、迷子の男の子を見つけたり、道に迷ったお婆さんを見つけたり・・・


でも、いつもの事だから、きっと祐司は許してくれる・・・と思う。


そんな事を考えながらも、急いで待ち合わせの場所へと向かう。


大きい交差点が見えてきた時、青信号が点滅し始め、赤に変わってしまう。


「はぁ・・・はぁ・・・スゥ~・・・フゥ~・・・・」


横断歩道の手前で止まった私は、呼吸を整えようと、胸に手を当て、深く深呼吸する。


少しだけ落ち着いた私は、そのまま信号が変わるのを待っていた。


暫くして、信号が青に変わると、それまでそこで待っていた人達が、一気に横断歩道へとなだれ込む。


私もその流れに乗って、向こう側へと渡ろうとする。


あそこまで行けば、祐司との待ち合わせの場所までは、もうすぐそこだ。


キキキィィィーッ!ドゴンッ!!


その時、もの凄い轟音が辺りに響き渡った。


驚いてそっちに目を向けると、一台の車がガードレールに突っ込んで、ボンネットから白い煙を吐き出していた。


周りに居た人達も、それには驚いたようで、みんな私と同じように、顔をそっちに向けていた。


見たところ、横断歩道を歩いていた人達の中には、怪我人は居ないようなので、多分脇見運転による事故だろう。


・・・車を運転していた人は、大丈夫かな?・・・救急車と警察・・・はもう呼んでるみたいね。


遠くからなので、はっきりとは見えないけど、携帯でどこかに連絡している人達が何人か居るので、多分大丈夫だろう。


『・・・早く行った方が良いんじゃない?』


「・・・え?・・・あっ!急がなきゃ!!」


暫く観察していた私は、不意に誰かの声を聞いた気がして、振り返った。


でもそこには、私に声を掛けてきた様な人は誰も居なかった。


その時ちょうど、視界の隅に青信号が点滅をし始めるのが見えたので、急いで横断歩道を渡りきった。


そして、立ち止まることなく、祐司との待ち合わせの場所へと急ぐ。


「ハァ!ハァ!」


ようやく見えてきた駅の時計台の下に、祐司の姿を確認して、走る足に更に力を込めた。


祐司の所まで行ったら、まず最初に謝って・・・それから・・・それから・・・


頭の中で、これからの事を考えながら、祐司の元へと急ぐ。


「ハァ!ハァ!祐司~ッ!!」


私の声に気が付いた祐司が、彼に駆け寄っている私に向けてきたその顔は、ちょっとだけ怒っているように見えた。


でも・・・きっと大丈夫・・・私たちは、きっとこれからも・・・共に歩んで行くに違いないから・・・


「・・・まったく・・・世話の焼ける人達だね・・・」


眼下の街並みを見下ろして、ユリスは苦笑しながら呟いた。


「それにしても・・・彼女は、つくづく運の無い人だ・・・少し間違っていたら、また同じ運命を辿る所だったよ・・・」


そう言ってユリスは、呆れたようなため息を一つ吐いた。


「アフターケアは、これで最後だよ・・・これ以上ボクが関わると、ボクが怒られるんだからね・・・」


誰に言うでもなく、ユリスがそう言うと、ユリスの体が段々と、霞が拡がる様に薄れていく。


ユリスが何を言いたいのか、何をしたのか、それはユリス自身にしか解らない事・・・


「・・・『美緒と共に、また同じ道を辿りたい』・・・か。それが君の選択肢なら、その望みを叶えよう・・・ボクはユリス・・・輪廻の代行者・・・君達の様な人間の為に、門は開くんだよ・・・」


そう最後に言い残して、ユリスは現実世界から、完全に消え去った。

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