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宝仙伝  作者: 神無月拓楼(旧HN現武壱)
22/23

宝仙伝バレンタインサイドストーリー 『鈴の音色と人形』

「お買い物に行ってきますね。」


そう言って、居間に居る宝仙様と聖ちゃんに声を掛ける。


「あっ!私も行きます。」


私の一言に、早速喰らい付いてくる聖ちゃん。


「フフッ・・・えぇ、それじゃ行きましょうか。」


笑顔で私の所までやって来る聖ちゃんを見ていると、何となく微笑ましく思ってしまう。


「聖・・・おまえはこっちだ。」


「えぇ~っ!!」


ちょうどその時、作業小屋から戻ってきた兄さんが、聖ちゃんに向かって言う。


聖ちゃんは、これ以上無いと言う程に、不服を訴えていた。


「錫杖の寸法を測るんだよ・・・文句ならそこの宿六に言え。」


そう言って兄さんは、居間で静かに書物を読んでいる宝仙様を顎で指している。


「・・・妹に頭の上がらない奴に言われたくないものだな。」


兄さんを一瞥した宝仙様は、売り言葉に買い言葉で返していた。


まったく・・・この人達は・・・


「ほぉ~良い度胸じゃねぇか小僧。」


「ヤルか?不良中年。」


「ちょ、ちょっと師匠・・・」


いつもの二人のやり取りと解っていても、頭が痛くなるのを覚え、ため息を一つ吐く。


聖ちゃんに至っては、どうして良いのか解らず、二人の間に挟まれ、オロオロしている。


「・・・いい加減にしないと、私も怒りますよ。」


私は、出来るだけ低い声音で、二人にそう告げる。


「うっ・・・」


「む・・・」


私の顔をたじろぎながら見つめ、二人それぞれ呻きを漏らした。


「兄さんも宝仙様も・・・仲が良いのは解りますけど、いつもそれで本気の喧嘩になるんですから・・・いい加減にしないと、二人とも晩ご飯抜きですよ?」


『・・・すまん。』


私の雰囲気に呑まれ、二人とも謝罪する。


二人一緒に謝罪の言葉が出る辺りは、やはり似たもの同士だからなのだと、一人納得する。


「じゃ・・・私は、お買い物に行ってきますので。」


何事もなかったかの様に、笑顔を浮かべながらに言う。


「聖ちゃんは兄さんに付いていってあげてね。」


「は、は~い。」


顔を聖ちゃんに向けて言うと、何となく聖ちゃんが怯えている様に見えた。


・・・そんなに怖い顔だったかしら・・・?


ふと、そんな事を考えていたら、いつの間にか兄さんと聖ちゃんが、そそくさと玄関に向かっているのを発見した。


・・・なにもそんなに怯えなくても・・・


なんとなく、そんな事を考え、肩を落胆させる。


居間には、私と宝仙様が取り残された。


相変わらず、書物を読んでいる宝仙様を見て、ある考えが浮かんだ。


「宝仙様?」


「・・・なんだ?」


私の問い掛けに、宝仙様は顔を上げて私を見てくる。


「お買い物に行ってきます。」


「・・・あぁ、解ってるよ?」


それだけ言って、また顔を書物へと戻す宝仙様。


「・・・晩ご飯。」


独り言のようにポツリと呟いてみる。


すると、宝仙様の表情が、みるみる渋いものへと変わる。


「・・・解ったよ。付き合えば良いんだろ、付き合えば。」


「フフッ・・・殿方からの申し出となれば、仕方ないですわね。」


宝仙様の申し出に満足した私は、笑いながらそう言った。


「・・・いつも思うんだがな・・・鈴音、頼むからその性格を直してくれ・・・」


「あら、何の事でしょうか?」


宝仙様の言葉に、とぼけながら答える。


宝仙様は、諦めた様な表情で、深いため息を吐いていた。


「・・・こうやって、宝仙様と二人で歩くなんて、随分久しぶりですね。」


「・・・そうだな。」


江戸へと向かう竹道を、宝仙様と肩を並べて歩く。


「聖ちゃん、最初に会った頃とは、随分見違えましたね。」


「・・・そうだな。」


「えぇ・・・最初は、宝仙様と旅なんかして、大丈夫か・・・なんて、思った事も有ったんですよ?」


そう言いながら、横を歩く宝仙様を見てみる。


私の言葉に宝仙様は、苦笑気味に、肩をすくめていた。


「・・・酷い言われ様だな。」


「フフッ・・・確かに、言い過ぎですね。でも・・・聖ちゃんは、そんな私の心配なんか余所に、ちゃんと大人の女性になってました。」


「あいつの姉貴分としては、残念かい?」


「そうですね・・・残念半分、嬉半分っと言った所ですね。それが今では・・・フフッ。」


「フッ・・・あいつをたきつけて、あんな事を言わせるとは・・・おまえらしいよ。」


そう言って宝仙様は、苦笑しながら言ってくる。


「たきつけただなんて、人聞きの悪い・・・背中を押したと言ってください。それに・・・」


「それに?」


「出会いがどんな物であれ、人を好きになるのに、理由なんて無いじゃないですか。それこそ、あの時の聖ちゃんの様に、周りが見えなくなる程、宝仙様の事を慕っている・・・男冥利に尽きるんじゃないんですか?」


そう言って、宝仙様の表情を伺うと、なんとも神妙な表情になっていた。


「・・・俺にはよく解らん。誰かを護りたい・・・そう思うのが愛だというのなら、俺が静菜に抱いた感情は、愛だったのだろう。だがそれなら、海淵に抱いた感情も愛だと言える。少なくとも、俺は男色家では無い。」


「では・・・聖ちゃんの事は、どう思っているのですか?」


「・・・さぁな。同じだとも言えるし、同じではないとも言える。俺にはよく解らんよ。」


「少なくとも・・・そう思うのでしたら、それもまた愛だと言えるのではないでしょうか。」


「・・・そう・・・言えるのか?」


「えぇ・・・」


そこで会話は止まり、私たちは無言で江戸の街へと向かう。


「・・・おまえは、酷い女だな。」


突然宝仙様はそう言って、立ち止まった。


少し離れた場所で振り返り、私は宝仙様を見つめる。


「そして・・・不思議な女だ。」


そう呟いて、宝仙様は天を仰いだ。


「静菜を護れなかった俺に・・・おまえは聖を護れと言う。俺にしてみれば・・・酷な話だ。俺の立つ側に、聖を連れ込みたくないと思っているのに、おまえは連れて行けと言う・・・だが、おまえに言われて、その気になっている俺が居る・・・不思議な事に・・・な。」


宝仙様の言葉を聞きながら、私も同じように天を仰いだ。


「・・・私は、聖ちゃんが宝仙様を、こちら側に連れ戻してくれる・・・そう思っているんです。現にあの村で、あなたは・・・聖ちゃんに救われた・・・そう言いましたよね?」


そう言って、数日前の事を思い返す。


「あぁ・・・あの時、聖が俺の腕にしがみ付いていなければ・・・また俺は、戦いの中に自分の居場所を求めていたかもしれん。」


「私は、聖ちゃんがあなたの言う、最後の掛けた部分じゃないのか・・・そう思っているんです。だから、あなたには聖ちゃんの側に居て欲しい・・・それに、あなたは護れなかったと言いますが、私と兄さんを護ってくれたじゃないですか。」


そう言って、顔を宝仙様へと戻す。


そこには、身じろぎすらしないで、ただジッと私を見つめている宝仙様の姿。


「別に私は、あなたに英雄になれと言っている訳じゃありません・・・ただ忘れないで欲しいだけです。あなたのその手で、少なくとも私も兄も救われました・・・感謝しています。」


そこで、感謝の念を込めて、深くお辞儀をする。


「・・・何故、おまえはそこまで俺の事を思う?」


そう言ってくる宝仙様に対し、私は自嘲気味に苦笑しながら、頭を上げる。


「フフッ・・・やはりあなたは、朴念仁ですね。」


聖ちゃんにはああ言ったけど・・・私は、あなたの事を・・・


「・・・私も兄も、あなた達の事を家族だと思っているんですよ。それに・・・一度言われてみたかったんですよ。宝仙様の様な殿方に・・・酷い女だと。」


「鈴音・・・」


それ以上想ってはいけない・・・この方の事を・・・


自らを戒める様に、そう強く思いこむ。


私が素直になる事は、許されない・・・それが私のケジメであり・・・懺悔だから・・・


「兼道さん。」


「・・・なんだ?」


聖の寸法を計り終え、聖用の錫杖の長さを計算していた俺に、暇を持て余している聖が声を掛けてきた。


「兼道さん達が、師匠と出会ったきっかけって、どんなものだったんですか?」


「・・・急にどうした?」


唐突にそんな事を聞いてくる聖に、俺は顔をそちらに向けた。


「いえ・・・考えてみたら、聞いた事無かったなって思って。」


そう言ってくる聖に、俺は暫く考え込んだ。


「ふむ・・・まぁ、減るもんでもないし、教えてやっても良いんだが・・・」


「だが?」


俺の語尾が気になったのか、不思議そうに聖が聞き返してくる。


「人には・・・他人に知られたくない過去がある・・・それを知りたいと言う事は、相手の事を受け止めるだけの覚悟が必要だ。」


「それって・・・」


俺の言葉を聞いて、聖が不安そうな表情をしてくる。


「別に・・・おまえに知られたくないって事じゃないんだ。むしろ、おまえにはいつか話そうと思っていたし、知る権利がある。」


「権利?」


「あぁ、少なくとも・・・俺も鈴音も、おまえの事を家族の様に思っている。もちろん、宝仙の事もだ。だからだろう・・・俺達の出会いを知って、おまえがどう反応するのか・・・俺達の見方を変えるんじゃないのか・・・そう思うと、なかなか話せなくてな。」


俺達が出会った時の事を、思い返しながら言う。


聖を見てみると、真剣な表情で黙って聞いていた。


「人の過去を知った時に、一番恐い事は・・・それまでの相手との関係が変わってしまう事・・・良い意味で変わるのなら、それに越した事はない・・・だが、逆によそよそしくされると、話した方も辛いものだ・・・」


「・・・教えてください。」


不意に、聖が真剣な表情で言ってくる。


「私の事を、家族だって言ってくれて・・・とっても嬉しいです。だから・・・もっと知りたい・・・兼道さんと鈴音さんの事を。」


「・・・あぁ。」


そう呟いて、作業小屋の天井を仰ぐ。


「出会いを話すには、鈴音の生まれた境遇から話すのが早いな・・・」


「生まれた境遇・・・?」


俺の言葉を復唱するように呟く聖に、俺は頷いて見せた。


「あいつには、生まれながらに、ある種の才能があった。」


「才能?」


「あぁ・・・あいつは、目を合わせた人の心が、鈴の音の様に聞こえるらしい・・・そんな才能も有ってか、あいつは昔から、他人との距離に線を引きがちだった。」


「心が読める・・・って言うことですか?」


「そんな所だな。俺達の家は、和泉守藤原兼定の末裔って事も有って、色々な奴が親父を訪ねてきた。処刑人を介錯する為だとか、それこそ有名な人斬りだとか・・・な。」


「・・・辛いですね・・・私だったら、耐えられないかもしれません・・・」


そう言ってくる聖に、俺は天井に向けていた顔を戻した。


「普通の奴だったらそうさ、耐えられるはずもない。現に・・・鈴音もそうだった。あの頃のあいつは・・・俺達家族以外とは、ほとんど口も聞かず、家に引き籠もりがちだった。そんな鈴音を、俺はどうにかしたかった・・・だが・・・俺は俺で、親父に刀鍛冶としての教育を叩き込まれていた。」


そこまで言って、俺は静かに目を瞑った。


「・・・十二年前・・・鈴音が十歳、俺が十六の時だ・・・俺達の家に、強盗が押し入ってきた・・・そいつの目的は、九字兼定・・・笑えねぇ話しさ・・・ご先祖様は、後に生まれてくる家族の為にと作った宝刀が・・・後の家族の俺達に、災いをもたらせた・・・」


そう言って、自嘲気味に苦笑する。


「兼道さん・・・」


瞑っていた目を開いて、聖を見てみる。


悲しそうに俺のことを見つめてくる聖と目が合い、笑ってみせる。


「おまえが気にする事じゃない・・・俺が話したいだけだ。だからそんな顔をするな。」


「・・・はい。」


聖の返事に満足し、俺は真剣な表情で聖を見つめる。


「俺はその時、親父に頼まれて買い物をしていた・・・そして、俺が戻ってきた時に目にした光景は・・・鈴音を抱きかかえ、全身から血を流し、動かなくなっていたお袋と、お袋の腕の中で、必死にしがみ付きながら泣いていた鈴音・・・そして、右目から血の涙を流しながら、傷だらけになりながらも、必死にお袋と鈴音を護っていた親父の姿だった・・・」


言いながら、拳を強く握っていたことに気が付き、手から力を抜く。


開いた手のひらには、びっしりと汗が浮かんでいた。


「俺が帰ってきた時、強盗は・・・手に入れた九字兼定で、試し斬りをしていた・・・俺は無我夢中になって、大釜の中に突っ込んであった作りかけの刀を手に持って・・・殺した。」


そう呟くように言って、今尚癒える事のない左手の火傷を見つめる。


「その火傷・・・その時のだったんですね。」


「あぁ・・・俺は、その時初めて人を殺した・・・震えたよ。熱された鉄の熱さと共に、人の肉が裂ける感触・・・肉の焼ける匂い・・・所構わず吐いた・・・腹の中の物が無くなっても、黄色い胃液を吐き続けた。」


その時の感触と、胃液の苦さを思い出しながら目を瞑る。


「お袋は助からなかった・・・親父も、その時受けた傷の所為で、二度と刀を打つ事は出来ない体になっちまった。俺は俺で、左手が使い物にならなくなる所だった・・・だが・・・一番深刻だったのは鈴音の方だった。あいつはそれ以来、誰とも話す事を辞めちまった。」


「え・・・?」


「言葉が話せなくなったんだよ。お袋の死ぬ間際を・・・段々と冷たくなっていく体温を、あいつは直に感じていた・・・無理もない事だと俺も思うさ。」


そう言って、俺は沈黙した。


聖は、相変わらず真剣な表情で、俺が話を再開するのをジッと待っていた。


「・・・それから二年経った。」


暫くの沈黙の後、俺はそう言って話を再開させた。


「相変わらず、親父の刀鍛冶の修行は続いていた。その合間を縫って俺も親父も、鈴音に言葉を取り戻させようと躍起に為っていた。だがその甲斐も無く、あいつは喋らなかった・・・喋ろうとする意志はあいつにも有ったんだがな・・・それでも、俺か親父と一緒になら外に出られる様には為っていた・・・そんなある日の事だ。」


そこまで一気に話し、一拍置いて聖の様子を伺う。


全く表情を変えずに聞いていた聖を見て、俺はおもわず苦笑してしまった。


「俺の付き添いで、鈴音を街まで連れて行った時の事だ。その時見つけた露店の中に、人形を扱っている所があってな・・・鈴音は、その中の一つを物珍しそうに見つめていた。それを見た俺は、迷うこと無くその人形を買ってやった。鈴音は・・・すごく嬉しそうに、その人形を抱きしめていたのを、今でも覚えている・・・そして、それから暫くして、鈴音が言葉を取り戻したんだ。」


「・・・良かったですね。」


暫くの間、一言も喋らずに聞いていた聖が、そこでようやくポツリと呟いた。


「・・・それが・・・そうでもなかったのさ。」


俺は、両手を組んで、そこに顎を載せながら、聖の言葉を否定した。


「え・・・?」


聖は、俺の呟きに戸惑いを浮かべながら言葉を漏らした。


「その直後からだ・・・街にある噂が流れ始めた・・・」


「噂・・・?」


聖の呟きに、俺は顔を縦に振ってみせる。


「『藤原鈴音は、十三までしか生きられない・・・』ってな。」


「なんで・・・誰がそんな噂を・・・」


それを聞いた聖は、怒っているような、悲しんでいるような顔を見せる。


この少女は、自分の事では無いというのに、まるで自分の事の様に怒ったり泣いたりする、


それが聖らしいと言えばそうなのだろう。


そういう聖の性格が嬉しいと思う反面、俺達を不安にもさせる。


何時か、その性格が仇となる日が来るのではないか、そう思ってしまう。


確かに・・・宝仙の言う通り、こいつは優しすぎる。


「・・・話は最後まで聞け。」


俺は、そう言って聖をなだめる。


聖も一応は納得し、話を聞く体勢に戻った。


「噂が流れ始めた直後は、俺もおまえの様に怒ってな・・・誰が元なのかを探した。だが見つからなかった。たかが噂話、結果的にはそう思う事にしたんだ。だが、いつの間にか噂の内容が変わり始めた・・・『藤原鈴音は、十三の誕生日に殺される・・・』ってな。それを機に、鈴音はまた引き籠もりがちになり始めた。」


そこで、俺は深いため息を一つ吐いた。


「それで・・・どうしたんですか?」


「噂を信じた訳ではないが・・・鈴音が不憫で仕方なくなってな・・・俺と親父が話し合った結果、夜逃げ同然に故郷を捨てて、江戸へと来たんだ。」


「・・・そうだったんですか。」


そう呟いて、聖は悲しそうな表情を見せる。


こいつも俺達と同様、逃げるように故郷を去らなければならなかった事は、宝仙から聞いて知っている。


故郷を捨てる辛さ・・・か。


そんな事を思う自分に自嘲する。


「江戸に着いて、暫くは安穏と暮らす事が出来た。」


「・・・暫く?」


「何度か江戸へと来た事はあったが、俺達を知る者はほとんど居ないにも関わらず・・・鈴音の誕生日が迫るに連れ、またあの噂が流れ初めた。」


「え・・・」


俺の言葉に、聖は驚きを隠せないでいるようだった。


「・・・そして・・・不安の中、鈴音は誕生日を迎えた・・・」


日時が変わるまで、鈴音の誕生日が後わずかと迫った夜。


少し肌寒く、風が強かったのを今でも覚えてる。


居間の囲炉裏を俺達は囲みながら、日付が変わるのを今か今かと待っていた。


親父の手には、先祖が作った九字兼定があった。


たかが噂・・・そうは思っても、やはり俺も親父も不安だった。


鈴音は、不安そうに俺の手を強く握りしめ、俺もまた、不安を少しでも取り除ければと、強く握り返していた。


揺らめく炎が、俺達家族を照らす中、遂に鈴音は、誕生日を向かえた。


「・・・お兄ちゃん・・・」


不安そうに、俺の存在を確かめるように呟いてくる鈴音。


そんな鈴音の頭を、俺はゆっくりと撫でてやった。


「大丈夫だ・・・」


こいつだけは・・・妹だけは絶対に護る。


俺も親父も、そう強く思っいながら、鈴音に向かって声を出していた。


もしかしたら、あの時の大丈夫は、俺自身に言い聞かせていたのかもな・・・


暫く経っても、何も起こらない事に、俺達は安堵のため息を漏らした。


だがその直後だ。


ズル・・・ズル・・・


「ッ!!」


何かを引きずるような音を、俺は耳にして戦慄した。


見れば、親父は青ざめて、居間の入り口に顔を向けていた。


「い・・・いや・・・」


鈴音は、その音に気が付いた瞬間、震えながらに俺にしがみ付いてきた。


ズル・・・ズル・・・


尚もその音は、大きくなり、居間に近づいているのが解った。


そこにいた誰もが、空耳であって欲しい・・・そう思っていた。


だが、その願いは虚しく消えていった。


「・・・兼道・・・鈴音を連れて、窓から逃げろ・・・」


親父は、痺れてうまく動かせない筈の右手で、九字兼定を抜き放ちながら言った。


「親父・・・」


「お父さん・・・」


俺達の不安など余所に、親父は俺達に満面の笑みを向けてきた。


「早く行きなさい鈴音・・・お父さんの事は心配するな・・・」


「おと・・・お父さん!」


親父のそんな顔を見て、鈴音は遂に泣き出してしまった。


鈴音は、親父の心の音を、聞いてしまったんだろう。。


かく言う俺も、親父の覚悟に気が付いていたがな・・・


「・・・頼むぞ兼道!」


「親父・・・解った・・・」


「ヤダ・・・ヤダよ!お父さん!!」


そう呟いて俺は、嫌がる鈴音を無理矢理抱きかかえて、外に出た。


「お兄ちゃん!ヤダよ!お父さんが・・・死んじゃう・・・」


「馬鹿野郎!おまえを護れなかったら・・・最期までおまえを護ったお袋に・・・俺も親父も、合わす顔が無ぇんだよ!!」


「ッ!!」


俺の腕の中で暴れる鈴音に、俺はそう叫んだ。


「・・・走れるな。」


・・・コクン・・・


俺の問い掛けに、鈴音は項垂れるように応えてきた。


俺は、鈴音の手を引いて、江戸の街に繋がる竹道を走った。


その直後だ・・・


『グワアアアァァァーッ!!』


「ッ!!」


辺りに響き渡る絶叫。


紛れもなく・・・その声は、親父の声だった。


「お父さん・・・」


「止まるな鈴音!」


「けど・・・けど・・・」


絶望的な顔で、家の方に顔を向けて立ち止まった鈴音の手を、強く引いたが鈴音は動かなかった。


ズル・・・ズル・・・ズル・・・


その直後に、また聞こえてきた何かを引きずる様な音。


「ッ!!鈴音!」


その音を聞いて、鈴音はようやく走り出した。


鈴音の手を強く引いて、俺達は江戸の街に入った。


ズルズルズル・・・


相変わらず音は、俺達の後について聞こえてくる。


心なしか、どんどん迫っている様な気さえして、俺は後方を振り返った。


そこには、九字兼定を引きずりながら、俺達に迫ってくる人形が居た。


それは・・・俺が鈴音に買い与えた人形だった。


何がなんだか解らず、俺の頭は混乱した。


あれが噂を流したのか・・・あれが鈴音を殺すというのか・・・


そんな考えが、頭を過ぎっては消えていった。


俺は、その人形から逃れようと、更に足に力を込めた。


「キャッ?!」


だが、それがいけなかった。


「ッ!!鈴音!」


走り続けていた所為で、鈴音の体力は限界だった。


無理に速く走らせようとした結果、鈴音はつまずき、その場で転倒してしまった。


ズルズルズル・・・


「ッ!!」


そんな事はお構いなしに、人形は俺達に迫ってくる。


「クソッ!」


それを見た俺は、人形に向かって走り出した。


念の為にと、懐に忍ばせて置いた短刀を抜き放ち、人形に向かって行った。


人形が斬りかかってくれば、短刀で防ぐ。


一撃でも良い、人形に蹴りでも入れれば、バラバラになる筈だ。


そう頭の中で結論付けて、一気に人形との間合いを詰める。


「兄さん!」


「オラアアアァァァ!」


俺が近づいても、人形は全く反応を示さなかった。


これならいける・・・そう思って、人形に蹴りを入れた。


だがその蹴りは、結局空振りに終わった。


人形の姿が、俺の目の前から掻き消えたんだ。


「しまった!」


そう叫んで、後ろを振り返った俺の目には、鈴音に躍りかかる人形の後ろ姿が飛び込んできた。


「キャアアアァァァーッ!!」


「鈴音!」


元々人形の目的は、鈴音ただ一人。


離れるべきじゃ無かった・・・手を離すべきじゃ無かった・・・


俺の心の中には、後悔の念が押し寄せていた。


「すずねぇぇぇーッ!!」


間に合わない・・・そう思った。


人形は、手にしていた九字兼定を、鈴音目掛けて振り下ろしていた。


俺の目には、その銀の軌跡が、恐ろしい程遅く感じ、悪夢でも見ている様だった。


そして、そこに割って入った、もう一本の銀の軌跡。


ガキンッ!!


金属のぶつかり合う音を響かせながら、あいつが現れた。


鋭く吊り上がった眼と、無造作に伸びた髪。


強い意志を感じさせる瞳と、強く引き結ばれた口元。


年季の入った鎧を身に纏い、人形の一太刀を、長刀で受け止めていた宝仙の姿。


「全く・・・嫌な気配を感じると言われて、付き合わされればこれか・・・」


あいつはそう呟いて、人形を押し退けた。


「静菜・・・さっさとその娘を連れてけ。」


宝仙は、押し退けた人形から目を離さずにそう呟いた。


「もぉ~言われないでも解ってるよ止水。大丈夫?立てる?」


そして、宝仙の言葉を聞いて、頬を膨らませながら現れた静菜。


「は、はい・・・」


鈴音の反応に、静菜は満面の笑みを浮かべていた。


「そっか・・・こっちは大丈夫だよ~止水~」


「・・・そうかよ・・・そいつは良かったな。」


二人のやり取りを聞いてか、それだけ呟いた宝仙が、人形に向かって駆けだした。


その光景を呆然と見ていた俺は、我に返って鈴音に駆け寄っていった。


「鈴音!」


「お兄ちゃん・・・」


鈴音の無事を確かめた俺は、真っ先に鈴音を抱きしめていた。


「良かった・・・」


「お、お兄ちゃん・・・苦しいよ。」


俺達の光景を見てか、静菜の声が聞きこえてきた。


それを聞きながら、鈴音の苦しそうな声を聞きながらも、無事に居る妹の存在を、俺は必死に確認していた。


「それから暫くして、先代宝仙・・・海淵殿が現れて、人形を葬り去った。海淵殿は、親父の亡骸も丁重に葬ってくれた・・・」


「随分、懐かしい話しをしてますね・・・」


「あぁ・・・全くだ。そんな歳でも無いというのにな。」


「えぇ?!」


不意に聞こえてきた声に、聖は驚きながら振り返った。


「フンッ・・・おまえ等と違って、俺はそろそろ歳なんだよ。」


そう言って、俺は現れた二人を鼻で笑う。


外に繋がる作業小屋の入り口に、二人は立っていた。


そして、そこから入ってくる夕陽の日差しから、大分時間が過ぎていた事に気が付かされる。


「師匠・・・鈴音さん・・・」


突然現れた二人に、聖はどんな顔を向けているのかは、俺からは見えない。


だが、声から察すれば、恐らく戸惑っているのだろう。


「・・・なんて顔してんだよ、おまえは。」


そう呟いて、宝仙は聖に向かって苦笑していた。


「そうよ・・・聖ちゃん。」


そう言って、鈴音は聖に近づいて行く。


「私は・・・聖ちゃんに、そんな顔で見られたくないわ・・・」


優しく微笑んで、鈴音は聖を抱きしめる。


「言ったろ・・・俺は、おまえに俺達の見方を変えて欲しくない・・・と。」


「そうよ・・・いつまでも、そんな顔をしてたら・・・私泣いちゃうからね?」


鈴音はそう言って、戯けた表情で聖に微笑んでいた。


「ごめんなさい・・・私・・・」


「ううん・・・良いのよ。誰だって、いきなりは戸惑うものだから・・・」


「でも・・・」


「うん?」


「辛く・・・無いですか?」


一瞬言うのを戸惑ったのか、聖はつっかえながらにそう切り出した。


その問いに対し鈴音は、聖の戸惑いを吹き飛ばす様に、微笑んでいる。


「フフッ・・・それはね・・・私も、宝仙様同様・・・静菜さんに救われた一人だからよ・・・」


「え・・・?」


「・・・全てが終わってから・・・私はまた家に引きこもってしまったの・・・そんな私に、静菜さんは・・・笑いながら自分の事を教えてくれたわ・・・それを見た私は・・・あぁ・・・この人は、強いなぁ・・・って思ったの。」


昔を懐かしむ様に、鈴音はそう呟く。


「どうして、そんなに自分の事を笑って話せるのかって聞いたら、静菜さんが笑いながらこう言ったの・・・今を楽しまなかったら、損でしょ?ってね。要は気の持ち様なんだって、気が付かされたわ・・・」


「鈴音さん・・・」


「ほらほら、そんな顔しないの。ね?」


そう笑いながら言って、鈴音は聖の頭を、自分の胸で抱いていた。


当の聖は、そんな鈴音にしがみ付いていた。


「・・・世話になったな。」


「色々ご迷惑おかけしました。」


そう言って、聖ちゃんと宝仙様が、それぞれお礼を言ってくる。


宝仙様と聖ちゃんの手には、それぞれ真新しい錫杖が握られていた。


「いえいえ・・・また、いらしてくださいね。」


そう言って、私は笑顔を向ける。


「渾身の作だ・・・無くすなよ?」


兄さんは兄さんで、笑いながらそんな事を言っていた。


「フッ・・・あぁ。すまないな・・・こいつの分まで作らせて。」


「なに・・・俺が作りたくて作ったんだ・・・気にするな。」


「ありがとよ。」


二人のやり取りを見ていると、よくいがみ合ってる二人とは思えない事が希にある。


それだけ、この二人の波長はよく合っているのかしら・・・


そんな事を口走ったら、二人とも必ず否定するだろう。


そんな二人のやり取りを、同じように見ていた聖ちゃんに、そっと顔を近づける。


兄さんと宝仙様の二人に、聞こえるか聞こえないか位の声音で、そっと耳打ちする。


「兄さん、聖ちゃんの錫杖を、凄く楽しそうに作ってたのよ?」


「そうなんですか?」


「えぇ・・・少し見ない内に、随分成長したなって・・・宝仙様もね、そう言ってたわよ。」


「ふぇ?!」


それを聞いた聖ちゃんの顔色が、みるみる赤くなっていく。


フフッ・・・本当に、かわいいわね・・・


「・・・まんざら、宝仙様を落とす事も出来るんじゃないかしら?」


悪戯っぽく笑って、最後にそう呟いた。


「えっ?!いや、あの・・・その~・・・」


しどろもどろに為って、答えに困っている聖ちゃんを見て満足する。


「・・・聞こえてるんだがな・・・」


不意に、宝仙様が不機嫌な声音で、私たちの会話に入ってくる。


「あらあら。聞こえてましたか?」


「わざとらしいな・・・ったく。」


そう言って宝仙様は、諦めた様な顔で嘆息していた。


「んじゃ・・・そろそろ行くわ。」


「あぁ・・・元気でな。」


「さようなら・・・鈴音さん、兼道さん。錫杖、大事にしますね!」


「元気でね、聖ちゃん。」


そう言って、私たちは笑顔で別れた。


いつかまた会う日まで・・・暫くのお別れ・・・


二人が見えなくなるまで、私はずっと手を振っていた。


「・・・本当に、良かったのか?」


不意に、兄さんが私に尋ねてくる。


顔を兄さんに向けると、心配そうに私を見つめてくる兄さんの姿。


「・・・宝仙の事・・・まだ好きなんだろ?」


「・・・良いんですよ。」


そう呟いて、もう見えなくなってしまった、聖ちゃんと宝仙様が歩いていった方角に、顔を戻した。


「・・・私は・・・酷い女ですから・・・これがケジメでもあり・・・懺悔なんです。」


「・・・静菜なら・・・今のおまえを見たら、きっと怒るぞ・・・『自分の気持ちに素直になれ』・・・って、必ず言うと思うがな。」


そう言ってくる兄さんの言葉に、首を振って応えた。


「・・・静菜さんが許してくれたとしても・・・私が・・・私自身を許せないんですよ・・・」


「鈴音・・・」


宝仙・・・止水さんと、静菜さんの間に、私の入り込む余地なんて無かった。


止水さんは、静菜さんに向けていた顔を、私には向けてくれなかった。


でも・・・いつかはこの胸の内を、止水さんに伝えようと思っていた。


それで・・・止水さんが、少しでも私の事を意識してくれるのなら・・・それだけでも満足だった・・・


「・・・止水さんが、僧服を纏って私たちの前に現れた時・・・『止水』では無く、『宝仙』と呼んでくれと言われた時・・・静菜さんが消えたと言われた時・・・思ってしまったんですよ・・・私は・・・」


そう独白している内に、哀しみがこみ上げてくる。


「静菜さんが・・・居なくなって・・・良かった・・・なんて・・・ッ!!」


必死に堪えていた涙が、そこで流れ始めた。


泣いている所を、見られたく無かった私は、顔を背けて嗚咽を漏らす。


「鈴音・・・」


「だから・・・だから、私・・・酷い・・・女ですよね・・・」


「・・・すまなかった・・・もう何も言うな・・・」


そう言って、兄さんは私の肩に手を置いてくる。


「・・・宝仙様が何度目かに、聖ちゃんを連れてきた時、気が付いたんです。静菜さんに向けていた表情をしている・・・って。だから私・・・聖ちゃんが宝仙様の言う、最後の欠片になってくれる・・・そう思ったんです。」


私が宝仙様の言う、最後の欠片になりたかった・・・


けど、私には無理だという事は解っていた。


だからせめて・・・宝仙様の欠けた部分が埋まる事が、今の私の望み・・・


「・・・お節介ですよね・・・」


「もう良い・・・解ったから・・・もう何も言うな・・・」


「・・・聖ちゃんが・・・恋をしている事に気が付いて・・・また・・・お節介しちゃいました・・・」


そう呟いた所で、兄さんが私を強く抱きしめた。


「・・・もう良い・・・もう良いんだ・・・帰ろう・・・俺達の家へ・・・」


「・・・はい・・・」


そう答えて、私は涙を拭いて、笑顔を作って振り返った。


「あの二人・・・今度は、何時帰ってきますかね?」


「フッ・・・今旅立ったばっかりで、もうそんな心配をするのか?」


私の問いに、兄さんは苦笑しながら答えてくる。


「フフッ・・・良いじゃないですか。何時帰ってきても良い様にしておきたいだけですよ。だって・・・」


そこまで言って、また二人が去った方向に顔を向けた。


「・・・私たちにとって、あの二人は家族なんですから・・・」


心からそう思いながら、もう見えなくなってしまった二人に、想いを寄せる。

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