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宝仙伝  作者: 神無月拓楼(旧HN現武壱)
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外伝 八大明王衆・軍荼利明王珠継承者 第十二代目『水蓮』桜之章

私は、生まれつき目が見えない。


けど、今までそれを不幸だと思った事は無かった。


何故なら、他の五感で、十分に『観る』事が出来たし、何より私には、その他に第六感が備わっているからだ。


人に言わせれば、目が見えないだけでも、十分不幸だとよく言われる。


けど私は、今までそれを不幸だと思った事は無い。


それはこれからも、同じ事だった。


静菜が、初めてあの男『止水』を連れてきた時、最初に感じたのは、その体に染みついた血の匂い。


そして、おびただしい数の怨念。


一体、どれだけの人間を、この男は殺めてきたのだろう・・・


それだけで私が、その男を嫌いになる理由は十分だった。


暫くして、その男が一人で本山にやって来た時、海淵様が死んだ事を知った。


そして静菜が、その男の前から消えたと知った。


正味な話し、いい気味だと思った反面、海淵様を殺したのは、この男では無いかという疑念が生まれた。


それは、仕方のない事だと思う。


何故なら、その男の体から、真新しい血の匂いを、私は嗅いでしまったからだ。


私には解る・・・私にしか解らない世界がある。


私の瞳は、私が生まれてからずっと、光を灯した事は無い。


しかし、全くの闇と言う訳でもない。


犬と同じ程の嗅覚、猫と同じ程の聴覚、大気の動きや、風のうねりさえも解る触覚。


そして、どんな微弱な妖気や霊気も感じられる、繊細な霊感。


それらの感覚を総動員すれば、何処に何があるのか、誰が居るのか、手に取る様に解る。


こういうのを、『心眼』っと言うのだろうか。


そういう事もあって、私には、彼の言葉を信じる事は出来なかった。


だけど、私が尊敬する人達は、皆彼の事を、一目置いている様子だった。


そして私の親友・巴に至っては、彼に恋心を抱いていた。


私が何度も考え直してと言っても、巴は全く聞く耳を持たなかった。


それどころか、私が彼を避けているのを知って、仲を取り持とうと、何かと努力をしていた。


だけど、私はどうしても、彼を受け入れる事が出来なかった。


結局、私も巴も、意地っ張りの似たもの同士から、親友になれたようなものだ。


お互いの性格をよく理解しているので、私達の関係は、壊れる事はなかった。


彼が、本山にやってきて、二年の年月が流れた。


その年の春、彼は正式に八大明王衆入りを果たした。


長い明王衆の歴史の中で、九人目となる二十歳での明王衆入り。


確かに霊力だけなら、私とは、比べ物にならない位、桁外れに高い。


そして、武術に関しても、僧兵院を束ねる不動明王珠継承者、火蛇様と互角に渡り合う程の実力者だ。


たとえ彼が、招かれざる者だったとしても、遅かれ早かれ、明王衆入りを果たす事は、確実だっただろう。


だけど、私にはどうしても納得がいかなかった。


幼い頃から本山で育った私は、私を拾ってくれた麗姫様を目標に、明王衆の一員になる事を目指していた。


幸い私は、生まれた時から、霊気を宿していた。


それも、将来明王衆入りを、有望された程だ。


それなのに、ポッと出の新参者が、たった二年で明王衆入りを果たした。


いくら彼が、先代宝仙・海淵様の選んだ後継者だったとしても、納得の出来る事じゃない。


しかも彼は、厳粛な任命式をぶち壊して、自分勝手に去っていった。


それから、星峰院の呼び出しも無視し続け、全くの音沙汰無し・・・


私は、ますます彼の事が嫌いになった。


「第十二代目『水蓮』継承者・・・桜。前へ・・・」


「・・・はい。」


彼が本山から居なくなって半年、麗姫様の後釜として、私も明王衆入りを果たした。


「・・・まさか、あんたがここに居るとはな・・・てっきり解任後は、星峰院に入るものだと思っていた。」


意外な場所で再開した初老の尼に、苦笑しながら、俺はそう言った。


旅費の申請にと立ち寄った江戸で、本山での顔なじみに出会うとは、予想だにしていなかった。


「・・・半年ぶりだと言うのに、その憎まれ口・・・変わらんな、お主は・・・」


先代、軍荼利明王珠継承者、第十一代目『水蓮』麗姫は、そう言いながら、同じく苦笑を浮かべていた。


「いや・・・そうでも無い。この半年、初めて一人で旅をして・・・一人で世間を見て回って思った・・・変わったな・・・と。」


些細な争い事や、くだらない権力者など、昔の俺だったら、気にも止めなかっただろう。


だが、そう言った場面に出くわした時に、見て見ぬ振りが出来ない奴等を、俺は知っている。


そして俺は、そいつ等と旅をしていた。


今でも、自分から関わろうとは思わない・・・だが、いつの間にか、その渦中の中に居る事が、しばしば在る。


いつの間にか、俺はそいつ等に感化された様だ。


全く・・・笑えない話だ。


「・・・生きるという事は、変わると言う事だ・・・主は変わった・・・儂も又、変わった・・・」


「フッ・・・かもな。」


向き合って座っていた俺達は、互いに苦笑しながら、出されていた茶を啜った。


「・・・それで、あんたはどうしてここに居る?実際、あんたなら星峰院からお呼びが掛かっても不思議じゃない。」


「フフッ・・・まるで儂が、ここに居てはいけない様な言いぐさだな。」


麗姫は、俺の率直な質問に、穏やかな笑みを浮かべながら、そう答えてくる。


不意に麗姫は、笑みを消して、真剣な表情で俺を見据える。


「確かに儂は、『阿弥陀』に選ばれた・・・だが、星峰院の動きが、ここに来て活発になった・・・今までは、魅鈴様が居た御陰で、均衡が取れていた・・・だが今は、最長老『釈迦』の私物になり始め、妖怪排除の色が強くなっている。それに対して長老『薬師』と『大日』が、『釈迦』の暴走を抑えようと、躍起になっているが・・・釈迦の下には、太元帥明王珠継承者、十三代目『創始』が居る・・・今儂が、『阿弥陀』を名乗って、この微妙な構図を突いてしまえばどうなるか・・・」


「・・・そうか。」


「・・・魅鈴様が、孔雀明王珠を持って居なくなった事は、不幸中の幸いと言えよう。儂が加わっても、この構図は崩れ、孔雀明王珠が、『釈迦』の押す候補者に渡っても、崩れてしまう・・・今は、静観するしかない。」


そう言って麗姫は、深いため息を一つ吐いた。


・・・確かに微妙だな。


妖怪排除を訴える者は、昔から多く居た。


それは、本山に居る大抵の者が、妖怪に家族を殺されている者が多い所為だ。


だが、それと同じ位に、共存を訴える者も居る。


そして、俺を含める現明王衆の半数以上が、共存派と言える。


だが厄介なのは、明王衆の長にして、星峰院の守護者、太元帥明王珠継承者、十三代目『創始』嶽羅は、排斥派だと言う事だ。


今までは、三大明王珠の継承者、不動明王珠『火蛇』巌と、孔雀明王珠『綾』魅鈴が居た御陰で、嶽羅を抑えていた。


だがそこに、次期孔雀明王珠継承者候補が現れた。


百を超える魅鈴が、孔雀明王珠を継承し続けてこれたのは、彼女の特異な力と、今まで彼女以外に孔雀明王珠の力を、引き出せる者が現れなかったからだ。


それが突然、魅鈴の任期切れを理由に、形だけでも継承させようという話が浮上した。


何時死んでもおかしくないババアに持たせておくよりも・・・か。解らんでも無いが、魂胆が見え見えなんだよ。


「・・・弱気なあんたは、らしくないぜ。あんたがそこまで気負う事でもないだろう。」


麗姫に向かって、苦笑を浮かべながらそう言う。


「フン・・・全く・・・構図の外に居るお主は、気楽で良いな。」


麗姫に、呆れながらにそう言われ、俺は笑うしかなかった。


確かに俺は、明王衆の一員ではあるが、部外者と言っていい。


金剛夜叉明王珠継承者は、四代目の不始末の所為で、許可無く本山に立ち入る事を禁じられた身。


それ故、代々先代から法力を学ぶのが常だった。


だが俺の場合は、先代が死んでしまった上、元々法力など学ぶつもりもなかった。


だが、都合上必要になったので、本山に無理矢理押しいる事にした。


結果、邪魔者扱いされながらも、一応は継承者と認められ今に至る。


そんな俺に、本山の勢力争いなど関係無いし、関わるつもりも毛頭無い。


「・・・だが、今は気負わざるをえない状況なんだよ・・・」


温くなった茶を一気に飲み干して、疲労が伺える表情で、麗姫はそう切り出した。


「・・・?」


茶を飲み干そうとして、湯飲みを持った手を止めて、訝しがりながら麗姫に目を向ける。


「・・・桜に、妖怪退治の命が出たのだ・・・」


桜とは、親を亡くして、麗姫に拾われて以来、麗姫を親の様に慕い、麗姫も又、自分の子供の様に慕っていた。


そして、麗姫の後釜として選ばれた、現軍荼利明王珠継承者、十二代目『水蓮』。


俺より年上の筈の、盲目の尼の事だった。


「それがどうかしたのか?」


そう言いながら、手にした湯飲みを口に付けて、一気に飲み干した。


桜は、今まで妖怪退治を一度としてした事は無いという話だが、彼女の実力を考えれば、心配するほどの事でもない様に思える。


伊達に、麗姫の後釜の、最有力候補とまだ言われた女だけの事はある。


「・・・桜が退治を命じられた妖怪の目星は、未確認ながらも大体解っている・・・恐らく、桜はそれを知らされてはいないだろう・・・極めつけが、命を出したのが『釈迦』だと言う事・・・」


麗姫の言葉を聞きながら、俺は思わず苦笑する。


「・・・あんたも変わらんな・・・」


「うん?」


「あんたのその遠回しな言い方・・・全然変わってねぇよ。」


「フン・・・性格など、早々変わる物でもあるまい・・・お主も、儂も・・・」


不満げに鼻を鳴らせて、そう言われてしまった。


「フッ・・・かもな。それで?」


「・・・その妖怪が通った後には、顔の皮を剥がされた死体が見つかっている・・・」


その言葉を聞いて、俺も顔を引き締めた。


「・・・百面鬼・・・」


「恐らく・・・な。」


俺の呟きに、麗姫の同意の呟きが続く。


百面鬼は、気性の荒い妖怪で有名だった。


残虐にして残酷・・・


百面鬼に出会った人間は例外なく、顔の皮を剥がされて殺されるか、人面瘡を寄生されて、眷属にさせられるかの、二つに一つと言われている。


「・・・その話が本当なら、確かに匂うな・・・」


「『釈迦』は、新米の桜を引き込もうとしているのかもしれん・・・出来ればあの子には、こんな身内の泥沼に引き込みたくないんだがな・・・」


「フッ・・・親馬鹿って言われるぜ。」


「フフッ・・・肯定しよう。そこでお主に相談がある・・・」


「・・・どうせ、俺に往けって言うんだろ?ったく・・・」


呆れながらにそう言って、俺は立ち上がった。


「ま、あんたには色々世話になったしな・・・これからも世話になるだろうから、ここいらで少し返しておくのも悪くない。」


「・・・すまんな。」


不意に麗姫が、重苦しい表情で、俺に対して謝罪してくる。


それは、俺と桜の関係を知っての謝罪だろう。


「・・・良いさ。別に俺は、気にしちゃいない。あいつの言う事は、間違っちゃいないしな・・・」


「・・・すまん。あの子は決して、悪い子では無いんだ・・・ただ少し、思い込んだら真っ直ぐすぎる性格でな・・・」


「あいつがいい女だってのは知ってるさ・・・だからこそ、『釈迦』に目を付けられたんだろうよ・・・んで、何処だ?」


「百面鬼の仕業と思われる死体は、真っ直ぐ京へと続いているとの事だ・・・桜はもう向かっている筈・・・」


「・・・解った。馬を借りる。」


そう言って、俺は部屋の障子を開いて、廊下へと出た。


「・・・はぁ。」


水の音を頼りに、河原へとやって来た私は、手頃な場所に座り込んで、深いため息を吐いた。


妖怪退治の命を受けて早三日、昼頃京へとやって来た私は、旅の疲れを取る暇なく、目標の捜索に乗り出していた。


しかし結局、一日費やしたというのに、妖怪の影も形も感じ取れなかった。


もちろん、街の人々にも聞き込みを行ったけど、噂にすらなっていない様だった。


京の都は、江戸と同じくらい広いので、完全に捜索し終わった訳ではない。


しかし、妖怪のやって来るだろう方角は、大方の見当が付いているので、そこを重点的に調べた。


・・・つもりだったんだけど。


「・・・ああ~もぉ~・・・」


うなり声を上げながら、抱えた膝に顔を埋めた。


どうやら私は、妖怪が京に着くよりも、かなり早く来てしまった様だ。


初めてのお役目で、少し舞い上がっていたのかもしれない。


「・・・だけど、考えようによっては・・・好都合ね。」


一人そう呟いて、膝に埋めていた顔を上げる。


本山の、しかも星峰院からの直々の命である以上、情報は確かな物の筈。


ならばいずれ、必ずここに妖怪はやって来る。


もしここで私が、妖怪を探しに京を離れたとして、運悪く出会う事が出来なかったら、それこそ京は、阿鼻叫喚の街になってしまう。


ならいっそ、ここを離れず網を張った方が、被害は最小限に減る。


それに、私以外にも、江戸から何人か法力僧を派遣させて、妖怪の調査はそちらにやらせるという話しだし・・・


私一人に任せてもらえないのは癪だけど、妖怪退治は、これが初めてなのだから仕方ない。


それに、それならそれで、派遣された人を利用するまで。


全神経を総動員すれば、直径三・四里位は感じ取れる。


もしその範囲内に、妖怪が現れれば、京に入る前に叩く事が出来る。


「う~ん!・・・よし。」


今後の算段を考え終わった私は、気分を変えるつもりで、軽く伸びをして立ち上がった。


体に感じる陽の暖かさや、風の冷たさから、もうすぐ陽が暮れるだろう。


完全に陽が沈む前に、今夜から暫く滞在する宿を探す事にした。


「・・・うん?」


暫く歩いていると、私の耳に何か荒そう様な声が聞こえてきた。


距離からして六十間程、街の喧騒とは逆方向、声が木々にぶつかっているのを考えると、どうやら森か林の様だった。


声の数は五つ、成人と言うよりは、まだ幼い子供の様で、全員男の子の様だ。


耳だけに頼るのを止めて、声が聞こえてくる辺りを中心に、意識を集中させる。


すると、どうももう一人誰か居る様で、どうも男の子達が、そのもう一人を囲んでいる様だった。


これは・・・喧嘩・・・と言うよりも、一方的な虐めね。


それを察した私は、いつの間にか声の聞こえてくる方向に向かって、走り出していた。


暫く走り続けると、声はより鮮明に聞こえ、不透明だった最後の一人が、女の子である事に気が付いた。


女の子を、寄って集って虐めるなんて、許せないわね・・・


そう思って、懐から三枚、符を取り出す。


心の中で、獣の姿を想像して、指先で梵字を描いて、手にした符を投げる。


「クンダリー!!」


梵名を叫ぶ事によって、梵字に込められた言霊を解放する。


すると三枚の符が、一カ所に集まり、想像通りの大きさの、獣の形を成す。


「行きなさい!」


「バウ!」


『狗』の式紙に命令を下して、先行させると、暫くしてから男の子達の悲鳴が聞こえてきた。


そのまま式紙に、男の子達を追いかけさせて、私は女の子の所へと急いだ。


「ヒック・・・ヒック・・・」


「・・・大丈夫?」


嗚咽を漏らす女の子に、優しく語りかけながら、手を差し伸べる。


しかし女の子は、ただ嗚咽を漏らすばかりだった。


「ふぅ・・・しっかりしなさい!」


「ッ?!」


私の一言に、女の子の体が一瞬戦慄いだのが解った。


「何時までも泣いてるんじゃないの!泣いてたって、何も解決しないんだから・・・ほら。」


そう言って、差し出した手を動かして、私の手を掴む様に促した。


そして、怯えながらも、女の子はおずおずと手を差し出してくる。


・・・この子。


女の子が差し出した、小さな手は、私の差し出した手を探す様に、見当外れの場所を彷徨っていた。


「あなた・・・眼が・・・」


その子が、私と同じ存在だと言う事に気が付くのに、それほど時間は掛からなかった。


窓枠に腰掛けて、京の町並みを見渡す。


さすが江戸・出雲と並ぶ、霊的都市だけの事はあって、妖怪の気配は、ほとんど感じられない。


・・・つまり、まだ百面鬼は、京に居ないと言う事か。


高位に属す百面鬼なら、いくら京が霊的都市だからといっても、近くに居るのならば、俺にでも感じられるだろう。


まぁ、俺の目的は、百面鬼の退治では無いので、いちいち気にする事でもないがな。


一人そう思い、苦笑しながら立ち上がった。


広くはない宿の一室を見渡し、行燈へと近づくと、油に火を灯す。


京に着いてからずっと、宿の窓から人の流れを観察していた。


しかし探し人は見つからず、結局夜を迎えてしまった。


まぁ、すぐに見つかるとは、俺も思ってはいない。


本格的に探すのは明日からにして、今日は休む事にしよう。


しかし・・・どうしたものか・・・


桜という女は、親代わりの麗姫並みに気が強い上、誇りも高い。


そんな女に、正直に話した所で、突っぱねられるのがオチだ。


やはりここは・・・隠してうまく立ち廻らなけりゃ駄目か・・・それも、出会えればの話だがな。


そんな事を思いながら苦笑して、部屋の外に出る。


飯が出来るまで、京の街でも散策しようと思った俺は、そのまま宿の玄関へと向かった。


運が良ければ、桜と出会う事もあるだろうし、ジッとしていても退屈なだけだ。


「・・・うん?」


一階へと通じる階段を下りている内に、下の階から聞き覚えのある声を耳にした俺は、声の主が確認できる所まで下りていく。


「・・・そう、ここも一杯なの・・・」


「ごめんなさいねぇ・・・」


声の主を確認した俺は、その場で立ち止まると、その主と、宿屋の女将とのやりとりを、暫く静観する事にした。


「・・・もうここら辺一体の宿屋は、全部廻ったんだけど・・・」


そう言う声の主の表情は、目元まで被った頭巾の所為で、確認は出来なかったが、口調から困った様子は伺えた。


・・・まさか、こうも簡単に出会うとはな・・・拍子抜けだな。


口には出さず、心の中で呟いて苦笑する。


その声の主は、俺が探していた桜本人だった。


「あらまあ・・・他にとなりますと、中央の方か・・・もしくは、西側になってしまいますねぇ・・・」


対して宿屋の女将も、困惑の表情を浮かべながら、頬に手を置いて、首を傾げていた。


「そう・・・」


そう呟いて、顎に手を添えた桜は、一人考えを巡らせている。


桜も女将も、俺がここに居る事に、全く気が付いていない様子だった。


いや、恐らく桜は気が付いているだろう。


だが、それが俺だと言う事までは、さすがの桜にも解らない筈。


昔からの癖で、常日頃から気配を消している。


完全に消す事は出来なくとも、ある程度霊力を抑える事が出来る様になった今の俺を、如何に鋭敏な感覚を持つ桜でも、俺だと判別する事は出来ないのだろう。


「どうしてもと仰るのでしたら・・・相部屋で宜しければ、ご都合させていただきますぇ?」


「・・・そう・・・ですか。」


暫くの沈黙の後、宿の女将がそう言って、話を切りだした。


それに対して桜は、複雑ながらも、仕方ないと言った感じで答える。


「・・・俺の部屋で良ければ、相部屋でも構わんが?」


それまで、沈黙を守って、二人のやりとりを見守っていた俺は、抑えていた霊気を放つと同時に、二人に声を掛ける。


「ッ?!」


それと同時に、桜の顔が俺に向けられる。


「あらまあ・・・申し出は嬉しいのですが、殿方と一緒というのは、さすがに・・・」


少し遅れて、女将も俺に顔を向けて、そう答えてくる。


もっともな意見に苦笑しながら、階下へと移動して、二人の傍まで歩み寄る。


「・・・なんであなたが、ここに居るのよ?」


二人の傍まで行った所で、吐き捨てるかの様に、桜にそう言われ、肩を透かしてみせる。


「・・・お知り合いなので?」


「あぁ・・・同門なんだ。まさかこんな所で、出会うとは思いも寄らなかったがな。」


女将に尋ねられて、真実半分、嘘半分で答える。


「そうなのですか・・・それでしたら、大丈夫ですかねぇ?」


俺の答えを聞いて、女将が桜に話を振った。


「・・・冗談じゃないわよ。なんで私が、あんたと同じ部屋で、寝泊まりしないといけないのよ。それなら、他の宿で相部屋を探すわ。」


そう言い捨てて、俺達に背中を向けて、外へと出ていこうとする。


「しかし・・・もう夕餉の時刻で、何処も忙しくて受け付けないと思いますが・・・それに、相部屋と言っても、結局は先に部屋を取った、お客様次第ですしねぇ・・・」


「・・・だったら、野宿でも何でもして、明日改めて宿を探します。」


「・・・それは止めた方が良い。今の京は、結構物騒だからな。」


「ですわねぇ。」


「~ッ!!」


俺達の忠告に対し、その場で立ち止まった桜は、肩を戦慄かせている。


全く・・・気の強い女だな。


そう思い苦笑しながら、後頭部を無造作に掻いてみせる。


「・・・ま、行くって言うんなら、止めはしないが・・・明日、宿を探すんだったら、夜明けまでの辛抱だろう?おまえが俺の事を嫌ってるのは知ってる・・・が、今のおまえは、ガキみたいに駄々をこねてる様にしか見えねぇな。」


「ッ!!」


俺の言葉に、勢いよく振り返った桜は、頭巾越しに怒気を放っている。


「・・・解ったわよ。」


暫くして呟かれた、俺の提案を受け入れる言葉。


全く・・・挑発されて、こうも簡単に乗ってくるとは・・・な。


俺に対しての、その意固地なまでの対抗心に、思わずまた苦笑してしまう。


こういう事に関して言えば、全くもって、扱いやすいと言えるだろう。


「ただし、私に指一本触れたら、容赦しないわよ・・・」


「フンッ・・・ただ女が抱きたいんなら、遊郭にでも行くさ。女将、夕餉を一人分追加・・・大丈夫か?」


桜との話しもそこそこに、女将に話を振る。


「えぇえぇ。何とか致します。お部屋の方で、お待ちくださいな。」


俺の質問に対し、にこやかな笑みを浮かべながら、宿の奥へと向かっていく女将。


話も纏まり、思いも寄らぬ形で、一部屋で二人分の宿代が手にはいるとあってか、上機嫌の様だ。


フッ・・・これだから商人って奴は・・・


そんな事を思ってから、桜に顔を向け直す。


「・・・なんで、あなたがここに居るの?」


先ほども聞かれた質問を、今度は一言一句ハッキリと言って、詰め寄ってくる桜。


「・・・言ったろ。まさかこんな所で、出会うとは思いも寄らなかった・・・ってな。旅の途中で、京にやって来た・・・ただそれだけだ。」


そして俺は、その問いに対して、嘘の答えを言うのだった。


布団の中に潜り込んでから、忙しなく寝返りを打っていた。


いくら知り合いとは言え、隣で異性が寝ているのだ、気にならない筈が無い。


しかし、当の相手は、私の事など全く意に介していない様で、静かな寝息が聞こえてきていた。


こうも意識されていないと、逆に癪に触る。


やっぱり私は、この男の事が気に入らない。


「・・・何でこんな男を、巴は好きになったのかしらね・・・」


ふとよぎった疑問を、呟いてみる。


その問いに答えられる筈の彼女は、ここには居ない。


今まで、一度として異性を好きになった事の無い私にとって、その答えは、海よりも深い気がした。


「・・・こんな男で、悪かったな。」


不意に呟かれた言葉を耳にして、寝ていた筈の男に顔を向ける。


「・・・起きてたのね。何?私が寝付くのを待ってでもいたの?」


「まさか。ただ女が抱きたいんだったら、遊郭にでも行く・・・単に考え事をしていただけだ・・・もう寝るさ・・・」


私の言葉に対し、彼はそう答えると、また静かな寝息を立て始める。


「・・・ねぇ。」


「・・・ん?」


放っておけば、本当に寝てしまおうとしていた男に、私は静かに声を掛けた。


「あなた、言ったわよね・・・旅の途中で、ここに来たって・・・」


「・・・あぁ。」


「じゃあなんで、ここに来ようと思ったの?」


「・・・理由が無いと、駄目なのか?」


「・・・本当はあなた・・・江戸から派遣されたんじゃないの?」


私の中のわだかまりを、彼にぶつける。


本当に、彼がここにやってきたのが偶然なら、あまりにも出来過ぎている。


そして何より、私はこの男の事を、信用していない。


何故ならこの男は・・・


「・・・そう言うおまえは、何でここに居るんだ?」


逆にそう問われ、どう答えて良いのか、一瞬戸惑ってしまう。


「・・・あなたに言う必要は無いわ。」


暫く考えた末、私は彼にそう答えた。


もし本当に、彼がここに居るのが、ただの偶然で、何も知らないのだとしたら、ここで私が妖怪退治の任を受けて、ここに居る事を喋る訳にはいかない。


この男の助けなど要らない、この男に弱みを見せない。


私の自尊心が、彼に話す事を拒んでいた。


「そうかい・・・だったら俺も、おまえに言う必要は無いな。」


私の答えを、逆手に取った嫌味ったらしい答え方。


ある程度、そう言われるとは思っていたけど、実際に言われると、やはり腹が立つ。


「・・・そう。ならもう良いわ・・・それじゃあ、質問を変えるわ・・・なんで、旅に出たの?」


「・・・まるで、尋問されている様だな。」


そう言って彼が、ため息を吐くのが、息づかいで解った。


「あなた・・・知ってるの?巴が今どんな気持ちで居るのか・・・」


怒りを抑えて、今ここに居ない彼女の代わりに、私はそう告げた。


それに対し彼が、布団から体を起こしたのが、気配で解った。


「・・・それが、おまえに何の関係がある?これは俺と巴の問題だ・・・おまえが口出しする様な事じゃない。」


「巴は私の親友なのよ!目が見えなくっても、あの子が悲しんでるのが、私には手に取る様に解るわ!!」


そう言って、私も布団を押し退けて、体を起こした。


「・・・おまえは俺にどうしろと言うんだ?俺にはやる事がある。それを捨てて、巴の傍に居ろと言いたいのか?」


「やる事?・・・笑わせないでよ。あなたのやってきた事といったら、ただ死体を積み重ねるだけじゃない!そんなあなたが、静菜を救う事が出来るって言うの?!」


「・・・何?」


「ッ!!」


ガシッ!!


私の言葉に、怒気を発しながら彼が呟くと、私の胸ぐらに向かって、手を伸ばしてくる。


それを払いのけようとするも、その抵抗は虚しく、簡単に胸ぐらを掴まれてしまう。


「は、離してよ!」


身の危険を感じながらも、気丈に振る舞い、彼に告げる。


すると彼は、以外にも素直に、私の言葉に従ってくれた。


「・・・おまえが俺を、毛嫌いしているのは知ってる。見下したい理由も知ってる。」


胸ぐらを掴むのを止めた彼は、静かに言葉を紡ぎ出す。


「知ってるですって・・・?あなたに私の何が解るのよ!」


「・・・なら聞くが、おまえに俺の何が解る?巴の何が解るって言うんだ?そうやって、自分の価値観をぶつけて、自分の考えが正しいと証明したいおまえに、他人の何が解るんだ?」


「ッ?!」


「結局・・・俺もおまえも、単なる赤の他人だ。それは、俺と静菜と海淵にも言える事・・・それぞれが、それぞれの考えを持つ『他人』でしかない。それはおまえにも言える事だ・・・おまえと巴と麗姫も、結局は『他人』・・・他人を、完全に理解する事など出来はしない・・・だから近づこうとする・・・理解しようとするんだ。それにも関わらずおまえは、自分の考えを言うだけ言って、俺の言葉は頭ごなしに否定する・・・終いには、自分の何が解るかだと?おこがましいにも、程があるぜ・・・」


「・・・なんですって・・・」


彼の言葉に、怒気を含んだ声音で、低く呟く。


それに対して彼は、私の怒りなど、全く意に介しては居ない様子で、布団に潜り込むのが気配で解った。


「そんなおまえに、話す事など無いし、咎めるつもりも無い・・・ただこれだけは言っておく。俺と巴の事に口出しされるいわれは無いし、俺と静菜の事に関しても、おまえが口を挟む余地は無い。」


「何を偉そうに・・・人殺しの分際で!」


「・・・好きな様に言えば良いさ・・・その手の言葉には、もう慣れた・・・」


その呟きを最後に、それ以降、私の言葉に何も反応を示そうとはしなかった。


暫く彼を罵っていた私は、終いには諦めて、もう一度布団を被る。


嫌な男・・・否定する訳でもなく、言い訳もしないで・・・


心の中でそう呟いて、次第に襲ってくる睡魔に従って、眠りに墜ちていった。


一夜明けて、桜はやはり、他の宿を探しに部屋から出ていった。


まぁ、こちらとしても、昨日の出来事は予想外だったし、何より俺も、あんな気の強い女と、四六時中一緒に居ては、俺も肩が凝る。


女心と秋の空と言う言葉通りの女である桜は、俺にとって、至極扱いやすい反面、至極扱いにくい。


いくら麗姫の頼まれ事とは言え、少々軽はずみすぎたかもしれないと、今更ながらに思ってしまう。


ま・・・そう言う女は、嫌いじゃないがな。


残暑の残る秋の青空を見上げながら、そんな事を考えて、道ばたで一人苦笑する。


桜程とは言えないにしても、百面鬼がこの京へと辿り着いたとしたなら、俺にでも解るだろう。


それまで・・・一応桜を見張りながら、旅の疲れでも癒す事にしよう。


一人そんな事を考えて、土手を歩き始める。


「・・・うん?」


暫く、川を下流に向かって歩いていた俺の目に、河原に集まっている、子供の群れを発見した。


あまり気にせず、そのまま歩いていると、その子供達の中心に、うずくまって居る少女を発見した。


さすがに少し気になり、その子供達のやりとりを、暫く観察する事にした。


・・・虐めか。


その子供達の、あまり穏やかではない行いに、深いため息を吐いてから、その子供達の所に向かって歩き始めた。


子供達は、一人の少女に向かって、寄って集って罵声を浴びせたり、手にした木の枝で突いたりしている。


全く・・・格好悪い事、この上無いな。


子供達の間近にやって来たにも関わらず、よほど熱中しているのか、俺の存在には全く気が付いて居ない様子だった。


「おい、ガキ共!」


俺が声を掛けると、ようやく気が付いたのか、子供達は一斉に俺に顔を向けてくる。


年の頃、八~九歳といった所の、十人程の男女が、同じく八~九歳の少女一人を虐めている様は、少々度が過ぎている。


「なんだよオッサン!」


・・・オッサン・・・そんな歳でも無いんだがな。


自分ではまだ若いつもりだが・・・いや、現に若いのだが、この子共達から見れば、確かにオッサンなのかもしれない。


「・・・寄って集って、一人相手に良いご身分だな。恥ずかしくないのか?」


先程の言葉に、苦笑しながら、小馬鹿にした感じで、そう子供達に聞いてみる。


頭ごなしに叱りつけるよりも、小馬鹿にして、見下した感じで言ってやった方が堪えるものだ。


「なんだよ!大人が俺達のする事に、口出しすんなよ!!」


早速食らいついて、ムキになって言ってくる子供に、目を向ける。


「フッ・・・大人だろうが、子供だろうが、分別って言うのがあるんだよ。まぁ、ガキには解らん事だろうがな・・・」


ガキと言う事を強調しながら、こみ上げてくる笑いを堪えて、もう一度小馬鹿にした感じで言ってやる。


「全く・・・情け無ぇな・・・集まらないと、たかが一人の女相手に、虐めもまともに出来ないのか?フッ・・・おまえ等の親は、一生懸命猿を育ててたようだな。」


「な、なにー?!」


俺の一言に、集まっていた子供達の中から、威勢の良さそうな子供が、四人程前に出てくる。


「や、やめようよ・・・」


それに対し、その他の子供達は、怯えた表情を浮かべながら、前に出てきた子供達に制止を呼びかける。


「うるさい!」


完全に頭に血が上っているのか、制止した子供に向かって、怒鳴り散らす子供。


・・・なかなか活きが良いな。


そんな子供達のやりとりを見て、思わずまた苦笑してしまう。


「フッ・・・全く・・・格好悪いな。おまえら、ちゃんと玉は付いてんのか?・・・けなされて、怒るくらいだったら、最初からくだらねぇ事してんじゃ無ぇよ、餓鬼が・・・」


そう言い放って、最後には、僅かに殺気を込めて、前に出てきた、活きの良い子供達を睨む。


「ヒッ!」


すると、さすがに怖じ気づいたのか、後ずさったり、腰を抜かしてしまう子供達。


・・・ほぉ。


ただ一人、震えながらも、今尚俺を睨んでくる子供が居た。


フッ・・・こいつは将来、有望かもしれんな。


そんな事を考えながら、その子供に近づくと、目線を併せる為しゃがみこんだ。


「なぁ・・・坊主。虐めよりも、楽しい事を教えてやろうか・・・」


「・・・え?」


そう言って、懐から小刀を取り出し、それを子供に無理矢理持たせる。


子供の表情を見てみると、これから何が起こるのか解らず、困惑している様だった。


・・・ッ!!


ズブリ・・・


「ヒッ!!」


そしておもむろに、子供に持たせた小刀目掛けて、自分の左手を振り下ろす。


全く予想だにしていなかった状況に、その場にいた子供達全員が、真っ青な表情で、息を飲むのが解った。


ポタッ・・・ポタポタッ・・・


俺の左掌を貫通した小刀は、手の甲から少しだけ刃先を覗かせつつ、傷口からは、止めどなく鮮血が滴り落ちている。


「あ・・・あぁ・・・あっ・・・」


「・・・解るか坊主・・・この滴り落ちる、血の感触が・・・肉の裂ける感覚が・・・その手に、ハッキリと感じるだろう。人を傷つけるというのは、こういう事だ。」


そう言って、坊主が小刀を離さない様、小刀を握っている坊主の右手を、貫いた左手で握りしめる。


そして、空いた右手で、坊主の左手を掴むと、僅かに覗かせている小刀の刃先の上へと持ってくる。


「ッ?!」


「手を開け・・・そしておまえも感じろ。この痛みを・・・他人の痛みを知らない奴は、強く成れん・・・強くなりたいのなら手を開け。そしてその傷に誓いを立てろ。自分よりも弱い者を虐げるよりも、自分より強い奴に、戦いを挑む男に成ると・・・」


小僧の瞳を見据えながら、ゆっくりと、しかし力強く語りかける。


「おまえには・・・この傷を受けるだけの、勇気はあるか?」


最後にそう聞くと、小僧の左掌が、震えながらもゆっくりと開かれる。


そしてその開かれた掌を、小刀の刃先に向かって、ゆっくりと降ろしていく。


・・・ブツッ!


「ッ!!くぅ~・・・ッ!!」


肉の裂ける音の後に、小僧の痛みを堪える声が漏れる。


それに構わず、尚もゆっくりと降ろしていく。


俺の左手の甲と、小僧の掌が密着した所で、右手を離して、小僧の左手を自由にする。


「・・・坊主、名前は?」


「・・・飛燕。」


「良い名だな・・・飛燕、その名に恥じぬ男に成れ。」


そう言って、右手を飛燕の頭に置いて、何度か軽く叩いた。


「・・・さて。」


ズリュ・・・


そう呟いて、飛燕の左手ごと、串刺しになった左手を引き抜いて立ち上がった。


飛燕に渡していた小刀を取り上げると、それで気が抜けたのか、その場で尻餅を付いてしまう。


それには構わず、左手から滴る鮮血と、右手にもった小刀の血糊を、両腕を大きく上下に振って、振り払う。


小刀を左手に持ち替えて、空いた右手を懐に入れると、そこから手拭いと、革で出来た小刀の鞘を取り出す。


小刀を鞘に戻し、懐に仕舞うと、またしゃがんで、飛燕の左手の傷口に、手拭いをあてがい、簡単な治療を行う。


まぁ、それほど深い傷でも無いし、刀匠・六代目藤原兼定が打った小刀だ。


完全にとまでは言えないが、目立たない程には塞がるだろう。


手当も終わり、尻餅を付いている飛燕を立たせて、体に付いた下草を払ってやる。


「・・・いくらガキのする事とわ言え、物事には限度ってのがある・・・調子に乗って、いつまでもこんな事をして、その内でかいしっぺ返しを受ける事になったら、文句も何も言えんぞ・・・おまえ等だって、一端の人間なんだ。ここいらで、理性を働かせるのも大事な事だぞ?ほら・・・」


そう言って、飛燕の背中を押して、彼を待つ子供達の方へと向かわせる。


そして俺は、虐めを受けていた少女の前に立つと、右手を差しだした。


・・・この娘。


そこで初めて、この少女が虐めを受けていた理由に気が付いた。


少女は、これだけの騒ぎが起こったにも関わらず、周りで何が起こったのか解っていない様子だった。


ただ状況を確認しようと、顔を左右に振り、不安げにその場に座り込んでいた。


決して、光を宿す事の無い瞳、砂とほこりを被った、質素な服。


・・・そう言う事か・・・


子供とは、思った事がすぐ表に出る、無邪気で残酷な存在だ。


あの子供達と、この少女の違いは、目が見えない・・・たったそれだけの事。


しかし、たったそれだけの事とは言え、あの子供達にとっては、それが大きな違いだったんだろう。


自分達とは違う存在であるこの少女を、排除しようとした・・・あたかも、人と妖怪の構図の様に・・・


「・・・立てるか?」


少女にそう聞くと、ようやく俺の居る場所に顔を向けてくる。


「ぁ・・・は、はい!」


そして、俺の存在を確認しようとして、差し伸べられた手を掴むと、少女を起こしてやる。


そして、少女の体を、所在なさげに立っている子供達へと、向けさせてやる。


「おまえ等・・・まだそこに居るって事は、この子に何か言いたいんだろ?飲み込んで、腹を壊す事は無いと思うが・・・今の内に、言って置いたらどうだ?」


「・・・ごめんなさい。」


暫くの沈黙の後、最初に沈黙を破ったのは、左手に手拭いを巻いた飛燕だった。


『ごめんなさい・・・』


それに続いて他の子供達も、少女に向かって謝罪した。


そんな子供達とは対照的に、少女はどうして良いのか解らず、戸惑っている様子だった。


「・・・どうする?許すか許さないか・・・おまえが決めろ。」


そう言って、少女が転ばない様、出来るだけ優しく、少女の背中を押した。


「・・・あ、あの・・・私・・・痛いのは、嫌いです・・・だから、みんなの事・・・怖かったです・・・でも、みんなが謝ってくれて・・・私・・・うまく言えないけど・・・嬉しい・・・です。」


この子供達が、本当の意味で仲直りするには、時間が掛かる事だろう。


だが、きっかけは出来た・・・後は、この子供達が、時間を掛けて解決していかなければならない事だ。


子供とは、無邪気で残酷な存在だ・・・だが裏を返せば、無垢で素直とも言える。


全ては、互いが互いに、理解し合おうとする事から始まる。


大人の様に、無粋な駆け引きや、損得勘定が無い分、より互いに近づき合おうとする。


そして、大人には大人のやり方がある様に、子供には子供のやり方がある。


ここから先は、俺の口出しする事じゃ無ぇな・・・


そんな事を考えて、苦笑しながら、子供達のやりとりを見守っていた。


今日から、暫く滞在する宿を、早々に決めた私は、一人の少女を捜し求めて、京の街を歩いていた。


昨日出会った、私と同じく目の見えない少女・・・真夜の事を。


私が真夜と出会った時、彼女は、同世代と思われる男の子達から、虐めを受けていた。


私にも、そう言った経験が在るので、今日も何処かで虐められてるのではないか・・・それが気になって、彼女の事を探していた。


まだ昼前にも関わらず、京の街は、とても賑わっていた。


その人並みに乗って、商店の並ぶ大通りを、耳を頼りに歩いていく。


これだけの人混みの中、たった一人の小さな存在を見つけだすのは、至難の業だ。


それは、目が見えていたとしても、同じ事だろう。


それに彼女は、私程感覚が鋭くない様なので、もしかしたら、こんな大通りには、近づかないのかもしれない。


そう思った私は、通りを外れて、昨日彼女と出会った川の方向に、足を向けた。


川に向かって、暫く歩いていると、前方から小さな子供達の集団が、元気に走ってこちらに来るのが解った。


足音の数からして、約十人くらいだろうか。


子供達は、私の横をすり抜けて、通りの方へと去っていった。


・・・?


一瞬、血の匂いを嗅いだ様な気がして、その場に立ち止まって、去っていく子供達に顔を向ける。


・・・まさか・・・ね。


少し気にはなったが、そんな訳無いと思い、気を取り直して、川へと向かった。


「・・・ほぉ、花を売っているのか。」


ッ!!


暫く歩いていくと、聞き覚えのある男の声を聞いて、その場で立ち止まる。


あの男・・・なんで・・・


その声の主は、私が最も苦手とし、最も嫌いな存在。


声の聞こえてきた感じから言って、だいたい四十間前後の距離。


まだかなり離れているので、あまり良くは聞こえないが、誰かと会話でもしている様子だった。


「あ、はい。私のお家の周りで、採れたお花なんです。」


ッ!!どうして、真夜があいつと一緒に・・・


彼の後に聞こえてきた、今私が探している少女の声。


その声を聞いた瞬間、私はすでに、歩き始めていた。


「ふむ・・・秋桜か。よかったら俺に、三つ程売ってくれないか?」


「三つ・・・ですか?」


「あぁ・・・駄目か?」


「あ、いえ。どうぞ・・・」


「いくらだ?」


「そ、そんな・・・御代なんて、結構です・・・助けていただいたのに・・・」


・・・彼が助けたですって?


近づくに連れて、彼等の会話の内容が、ハッキリと聞こえてくる。


「・・・俺は別に、そんな大した事をした覚えは無い。もしおまえが、それを気にしていたとしても、それとおまえの商売とは、何の関係も無い・・・そこら辺のケジメは、しっかり付けろ。ほら・・・」


「・・・ッ!こ、こんな沢山・・・駄目ですよ!こんなに・・・私には受け取れません!」


「フッ・・・値段が解らないんじゃ、仕方無いだろ?俺には、それだけの価値はあると思うし・・・それに、生憎と今それしか、手持ちが無いんでな。」


「で、でしたら、せめておつりを・・・」


「フッ・・・一両崩せる程、手持ちはあるのか?」


「そ、それは・・・」


「いや・・・すまん。無粋な事を、言っちまったな。」


「いえ・・・」


「・・・だったら私が、真夜の代わりに、おつりを立て替えるわ。」


そう言って、ようやく二人の元に着いた私が、彼等の会話に割って入った。


正直、彼と関わり合いたくは無かったけど、そこに真夜が居るとなれば、話は変わってくる。


私の声に反応して、真夜が顔をこちらに向けるのが、気配で解った。


「・・・その声、桜さんですか?」


「えぇ。」


「・・・知り合いなのか?」


「あ、はい。昨日助けて貰ったんです。」


「・・・そうか。」


そう呟いて彼が、立ち上がるのが、気配で解った。


そしてそのまま、河原に沿って歩き始める。


「あ、あの!」


真夜もそれが解ったのか、彼に向かって声を掛ける。


それに反応して、彼は立ち止まった。


「・・・言ったろ?この花には、それだけの価値があると・・・どうしてもって言うんなら、そうだな・・・十年後、良い女になてったら、酌でもしてくれ・・・良い女に酌された酒程、うまい酒は無いからな・・・」


そう言って、彼は去っていった。


「・・・本当、嫌な男。」


彼が去っていく方向に向かって、そう呟いた私は、真夜の隣に座り直した。


「何があったか知らないけど、あまり彼とは、関わらない方が良いわよ?」


「・・・え?どうしてですか?」


「どうしてって・・・それは・・・」


彼の事を、何も知らない彼女に、どう説明して良いのか解らず、口ごもってしまう。


さすがに、この少女に、彼の正体を教えて良いのかどうか、戸惑ってしまう。


「・・・彼はね、女を泣かせる様な男なのよ・・・それも、私の親友をね。」


「桜さんは、宝仙さんとお知り合いなんですか?」


「えぇ・・・不本意だけどね・・・」


そう呟いて、深いため息を一つ吐いた。


「・・・さっき、彼に助けられたって言ってたみたいだけど・・・」


先ほどの、彼等の会話の中で、気になった事を、真夜に聞いてみる。


「あ、はい・・・実はさっきまで、みんなに虐められてたんです・・・そこに宝仙さんがやって来て・・・」


「そう・・・」


やっぱり、彼女はまた、昨日の様に虐めを受けていた。


それを助けたのが、よりにもよって、私の一番嫌いな人物。


彼女を助けるのは・・・彼女を救えるのは、私しか居ないと思っていた。


昨日出会ったばかりで、大げさな表現かもしれない・・・けど、彼女は私と同じで、目が見えない・・・それだけで、そう思うには、十分だった。


「それで、みんなが私に、謝ってくれたんです。今までごめんねって・・・それが私、とっても嬉しくて・・・」


「・・・え?」


私だと思っていた・・・この少女を救えるのは、私だけだと・・・


同じ境遇で、同じ苦しみを分かち合える、私だけだと・・・


「そっきまで、みんなと遊んでたんです・・・いつも、仲間外れだったから・・・いつも一人で、泣いてばかりだったから・・・みんなと遊ぶのが、あんなに楽しかったなんて、初めて知りました。」


「そ、そう・・・」


私の横で、本当に楽しそうに喋る真夜に、私はそれだけ呟くのがやっとだった。


この子の虐めの原因は・・・深い物の筈なのに・・・彼は、それを簡単に取り除いたって言うの・・・?


信じられなかった・・・信じたくなかった・・・


あんな、人殺しを生業としてきた様な男が、私よりも優れているだなんて・・・


「け、けど・・・そうだとしても、結局一時的な事だわ!」


「・・・え?」


「だって、そうでしょ?私達は、目が見えない・・・普通の人とは違うのよ?!私も小さい頃、あなたと同じ様に虐められていたから解るのよ!だから・・・だから私が・・・」


「・・・どうして・・・そんな事・・・言うんですか・・・?」


「ッ?!」


私は今・・・この子に、何を言ったの・・・?


彼に負けたくない、そう思う一心で、真夜に言ってしまった言葉を思い返し、深く後悔する。


「わ、私・・・違うの!違うのよ?!私はただ・・・」


「・・・宝仙さんが、言ってました・・・私と、みんなとの違いは、ただ目が見えないだけだって・・・目が見えない事が、そんなに大事なのかって・・・確かに私は、他のみんなとは違います・・・けど、私みたいに、目が見えないのに、みんなより一杯努力して・・・一杯頑張って・・・そして、みんなに認められた、すごい女の人を知っているって・・・そんな人に成れって、宝仙さんが言ってました・・・それって、桜さんの事ですよね・・・」


「ッ!!」


彼が・・・そんな事を・・・?


「私、こんなだから・・・大人の人達には、邪魔者扱いされたり・・・同情されたりしてきたけど・・・宝仙さんは、今までの大人の人達とは、違ってました・・・誰にでも、とても厳しくて・・・とても暖かい感じがしました・・・」


「・・・私・・・私は・・・」


「宝仙さんが、どんな顔なのか知りたくって、触らせて貰ったんです・・・ちょっと怖い顔でしたけど・・・でも・・・思った通りの顔でした・・・」


そう言って、真夜が立ち上がるのが、気配で解った。


「私・・・もう行かなきゃ・・・それじゃ桜さん・・・宝仙さんに会ったら、ありがとうございましたって、伝えて置いてください。」


「待って!!」


立ち去ろうとする真夜の服を掴んで、私は彼女を引き留めた。


「・・・ごめんなさい・・・真夜・・・そんなつもりは無かったの・・・」


そう彼女に謝罪するも、彼女の立つ方向に、真っ直ぐ顔を向ける事が出来なかった。


「・・・同情されるのには・・・慣れてますから・・・」


「ッ?!」


その一言を聞いて、掴んだ服を離してしまう。


そしてそのまま彼女は、手にした杖を頼りに、通りの方に向かって、去っていった。


私は・・・私は、なんて・・・なんて愚かなんだろう・・・


知っていたはずなのに・・・


彼女は私と同じ・・・そう思いながらも、私が一番、彼女の事を同情していた・・・


その事を、嫌と言う程思い知らされて、私の心は、今にも押しつぶされそうになっていた・・・


京の街から、少し離れた森の中で、岩の上に腰掛けて煙管を呑む。


紫煙を大きく吸い込み、暫く肺に留まらせた後、ゆっくりと吐き出す。


・・・あまり、乗り気じゃなかったんだがな・・・


そんな事を考えながら、一人苦笑する。


恐らく、今日中・・・もしくは明日中に、百面鬼はやって来るだろう。


ここらで張っていれば、いち早く百面鬼の存在に気が付く筈。


桜の影で、うまく立ち回るつもりだったが、俺の想定する最悪の場合に備え、本腰で動く事にした。


「・・・フゥー・・・」


もう一度煙管の紫煙を吸い込み、同じようにまたゆっくりと吐き出す。


それ以外に、特にやる事も無いので、手持ちぶさただった俺は、左掌の傷の具合を診る事にした。


もう傷口からは、血も止まって、カサブタになっていた。


そのカサブタを剥がして、傷の具合を伺う。


もうすでに、傷も塞がりかけている様だ。


これならば、一刻もしない内に、完全に塞がるだろう。


『・・・無茶をする・・・』


不意に、頭に直接響く様な声に、思わず苦笑してしまう。


うるせぇよ・・・


その声の主、金色夜叉に向かって、心の中でそう呟いた。


暫く、煙管の味を愉しみながら、金色夜叉の小言を聞いている内に、陽も傾き始めてくる。


・・・うん?


その時、こちらにやってくる、一つの気配に気が付いた。


何者かがやってくる方向に顔を向け、一応周りにも警戒する。


そして、茂みをかき分けてやって来たのは、予想外の人物だった。


「・・・こんな所で・・・何してるのよ・・・」


鼻まで被った頭巾と、俺と同じ僧服を纏った、一人の尼。


声の感じからは、いつもの覇気は感じられず、どこか疲労している様にも見える。


「・・・別に。おまえこそ、どうしてここに?」


「・・・あなたを、ずっと・・・探してたわ。」


俺の問い返しに、桜はそう答えると、ゆっくりと俺の元目掛けてやってくる。


「俺を?」


いつもの桜からは、考えられない言葉に、一瞬驚きながらも、腰掛けた岩から飛び降りる。


「・・・何か用か?」


目の前までやって来た桜を、もう一度よく観察してから、そう聞いてみる。


先程別れた後に、何があったのか・・・見当も付かないが、憔悴しきった様な桜を見るのは、これが始めてかもしれない。


「・・・どうして・・・」


「うん?」


暫くの沈黙の後、絞り出す様な声で、呟かれた桜の言葉。


「・・・どうして・・・どうして、あなたみたいな人が・・・皆に認められるのよ・・・」


「・・・どういう意味だ?」


「どうして・・・私じゃなく、あなたなのよ!!」


「桜・・・」


「気安く名前を呼ばないでよ!!人殺しの分際で・・・罵られたら、否定しなさいよ!言い訳の一つでも言ってみなさいよ!!なんであんたみたいなのが、のうのうと生きてるのよ!!」


それは、桜の今までの、俺に対する鬱憤と嫌悪。


何が彼女をそうさせたのか解らないが、今の桜はまるで、自分の思い通りにならない事に、癇癪を起こした子供の様だった。


「おい!桜!!」


そんな桜の両肩を掴んで、大きく揺さぶる。


「嫌・・・嫌ー!!離してよ!」


「いい加減にしろ!!」


「ッ!」


一際大きく俺が怒鳴ると、怯えた様に身を強張らせる桜。


「・・・おまえは、今俺に言った様な事を・・・真夜にも言ったのか?」


「ッ!!」


・・・図星か。


「・・・言葉には、意味という力がある・・・おまえにそんな気は無くとも、相手を傷つける事だってあるんだ・・・」


「・・・偉そうに言わないでよ・・・」


俺の言葉に、桜は顔を背け、そう呟いた。


「・・・俺が偉そうなら、おまえは何だ?自分の事を、相手に認めて貰おうと躍起になって・・・目の見えない自分の方が、他の者達よりも優れていると、証明したくて・・・そんな自分が、実は一番、目が見えない事を、知らずに重荷に感じている・・・」


「ッ!!」


俺の確信めいた言葉に、背けた顔をもう一度俺に向けてくる。


「・・・あなたに私の何が解るの・・・私の想いの、何が解るって言うのよ!!」


桜は、そう叫ぶと、自分の顔を覆う頭巾を、右手で掴んで取り払った。


「どう?見なさいよ・・・笑いなさいよ!これが私の素顔よ・・・瞼を開く事すら出来ない私の・・・これが素顔なのよ!!」


初めて見る桜の素顔。


眉間に皺を寄せ、開く事の出来ないと言う瞳からは、静かに涙がこぼれ落ちている。


「俺は昨日、互いが互いを、完璧に理解する事など出来ない・・・そう言ったな。だがそれは、自分自身にも言える事だ・・・自分の思っている事と、心の底で思っている事は、違うものだ・・・」


そう言って俺は、桜の後頭部に腕を廻して、ゆっくりと自分の胸に、泣いている顔を押しつけた。


「・・・だからあまり、そうやって自分で、自分を傷つける物じゃない・・・」


「ッ!!フッ・・・ウッ・・・」


「・・・おまえは言ったな・・・何故罵られて、言い訳しないのかと・・・それが、まごう事無き事実だからだ・・・自分が犯した罪が、一生を賭しても償えない事くらい、理解しているつもりだ・・・言い訳して、格好悪く生きるよりも・・・おまえみたいな、真っ白い奴に責められて、格好悪くのうのうと生きる事を、俺は選んだ・・・別に、何時死んだって、俺は構わない・・・もし俺が手を掛けた者の遺族に殺されるのなら、それはそれで本望だ・・・だが今は・・・今はまだ、死ぬ訳にはいかない・・・俺が止水と名乗っていた頃に、やり残した事があるんだ・・・奴との決着を着けるまでは・・・俺はまだ、死ぬ訳にはいかないんだ・・・」


俺の胸で、嗚咽を漏らし続けている桜が、聞いているのかどうかは解らない。


だが俺は、子供の様に俺の胸で泣く桜に、俺の本心を伝える事にした。


「おまえは聞いたな・・・何故巴の前から居なくなったのか・・・と。もし、俺が全てを投げ出して・・・あいつの元に居たとして、本当にあいつが喜ぶのか?そう言う女だったのか?巴が、俺の何を好きになったのか知らんが・・・少なくとも、今の『俺』を好きになってくれたんだろ・・・なら、俺が俺であり続ける事が、あいつの想いに応え続ける事にも繋がる・・・そう思った所で、結局独りよがりなんだがな・・・だが、互いに自分に嘘を着いて、それで幸せになるとも、俺には思えない・・・」


「・・・でも私は・・・私・・・は・・・」


嗚咽混じりに、俺の胸に頭を押しつけた桜が、言い聞かせるかの様に、そう呟いてくる。


俺は、桜の頭に廻した腕に、少し力を加えて、強く抱き留める。


「おまえが其処まで背負う事じゃない・・・巴がそれほど弱い女じゃない事は、おまえが良く知っている事だろう・・・巴自身が、気持ちに整理を付けようとしているからこそ、おまえに何も言おうとはしない・・・だからおまえが、巴の気持ちを代弁した・・・だがそれは、巴の気持ちに反するんじゃないのか?」


「ッ!!」


「巴はおまえの親友なんだろ?なら・・・信じてやれ・・・」


「ウッ・・・クゥ・・・」


そう俺が言うと、桜はまた泣き始める。


本山で桜は、麗姫の後釜としてしか見られず、尚かつ、眼の事で色々と陰口が囁かれていた。


そんな桜にとって巴は、麗姫以外で初めてと言える、自分を個人として視てくれる存在だった。


だからこそ桜は、自分でも知らずの内に、巴に対して、引け目の様な感情を抱いている節があった。


だから俺には、桜が必要以上に、巴の事を自分の事の様に、感じている様に見えた。


だが・・・そんな必要は無い・・・巴は、そんな事をおまえに望んで、友になった訳じゃない・・・


「ウッ・・・ウゥ・・・」


夜の蚊帳が訪れる頃、森の中には、桜の小さな嗚咽と、秋虫の合唱だけが、この場を支配していた。


「遅くなっちゃった・・・」


そう呟いて真夜は、家路を急いでいた。


今日の仕事を終えた真夜は、帰りがけに、昼に遊んだ子供達に捕まった。


昨日の今日で、幾分不安が残っていた真夜だったが、その不安は危惧に終わった。


真夜を見つけた子供達は、もう一度真夜に謝罪すると、また明日も遊ぼうと言ってくれた。


ただそれだけの事だったが、真夜にとっては、それが何よりも嬉しかった。


その後、陽が暮れて子供達も家に帰るまで、たわいもないお喋りに華を咲かせていた為、帰りが遅くなってしまったのだった。


杖を頼りに、足場の悪い道を、真夜は進み続ける。


彼女の家は、京から少し離れた場所にあった。


家と言っても、ほとんど山小屋と言って良い場所で、病気を患った祖母と二人で暮らしていた。


真夜の両親は、真夜が生まれてすぐに亡くなったと、祖母から聞かされていた。


しかし真夜は、祖母が嘘を吐いている事を知っていた。


彼女の両親が、目の見えない真夜を捨てて、去っていった事を。


しかし真夜が、こうも真っ直ぐ育っているのは、ひとえに祖母のお陰と言えるだろう。


「明日は、お婆ちゃんに、何か性の付く物を食べてもらおっと。」


そう言って、昼間宝仙に貰った一両を、大事そうに握りしめながら、先を急ぐ真夜。


暫くして、真夜と祖母の暮らす家に着いた。


『チッ・・・まずいまずい・・・』


「・・・え?」


家に入ろうとして、入り口に手を掛けた真夜は、家の中から聞こえてきた、知らない男の声に驚いて、動きが止まってしまう。


『ったく・・・年寄りの皮は不味い・・・ま、腹ごなしにはなったから、丁度良いな・・・』


「・・・おばあ・・・ちゃん・・・?」


中から聞こえてくる声に、恐怖を感じ、その場で震える真夜。


逃げなければ、そう思うも、中に居るはずの祖母が気がかりで、その場から立ち去る事が出来ない。


かと言って、家の戸を開けて、中に入るだけの勇気も、真夜には無かった。


『糞坊主共・・・しつこいったらありゃしねぇ・・・この分だと、京に張ってそうだな・・・』


「ッ?!」


中から聞こえてきた単語に、真夜の脳裏に、宝仙と桜の事が過ぎった。


幸い、中の男は、まだ自分の事には気が付いていない様子。


そう思った真夜は、今来た道を引き返して、二人を呼んでこようと歩き始めた。


ガラガラガラ・・・


「何処に行くんだい?お嬢ちゃん・・・」


「ッ!!」


不意に、家の戸が開かれて、中の男が真夜に向かって、声を掛けてきた。


それに息を飲みながらも、真夜は、恐る恐る振り返って、家の戸の辺りに顔を向けた。


「ツレないなぁ~おじちゃんと、良い事しようぜ・・・」


「い、いや・・・イヤアアアァァァーッ!!」


身の危険を感じた真夜は、悲鳴を上げながら、京の都目掛けて走り出した。


「俺が鬼か・・・クックック・・・俺は鬼ごっこが好きなんだよ。」


走り去っていく真夜の背中を見つめながら、男がそう呟いた。


「い~ち・・・に~い・・・さ~ん・・・し~い・・・」


不意に数を数え初めた男は、両目を瞑って、腕を組んで壁に寄り掛かる。


「・・・きゅうじゅきゅ・・・ひゃく・・・クックック・・・死の鬼ごっこの始まりだぜ・・・お嬢ちゃん。」


数を数え終わった男は、そう呟くと同時に、目を開いて、真夜が去っていった方目掛けて、走り出した。


「・・・ん・・・」


深いまどろみの中、次第に意識が覚醒し始める。


気怠さを感じながら身を起こすと、私の体に掛けられていた羽織がずれ落ちる。


「・・・起きたか。」


不意に呼びかけられて、そちらに顔を向ける。


「私・・・」


「泣き疲れて、今まで寝てたんだよ。ほら・・・」


そう言って、彼が私に何かを差しだしてくるのが、気配で解った。


差し出された物を受け取ると、それがいつも私が被っている頭巾だと言う事が解った。


そっか・・・私・・・


頭巾を受け取って、ようやく先程のやりとりを思い出して、頭巾を強く握りしめ俯く。。


こんな男に、弱みなんて見せたくなかった・・・


実力で彼に勝てない事なんて解ってる。


でも、心だけでも・・・今まで、そう思ってきた。


でもそれも結局、独りよがりでしかなかった。


今日ようやく解った・・・私が今まで、彼に対して抱いていた感情は、『嫌悪』ではなく『嫉妬』なのだと・・・


「・・・何時までそうしてんだよ。」


「・・・え?」


不意に、彼にそう聞かれ、頭巾を握りしめながら、顔を彼に向ける。


「・・・ったく。いつもの調子はどうした?」


半ば呆れ気味に言う彼に、私はまた、俯いてしまう。


「私・・・真夜に酷い事を言ってしまったわ・・・」


そう呟くと、自然と涙が溢れ始める。


「あなたの言うとおりだった・・・私は結局、自分の価値観を認めて貰いたくて・・・真夜に押しつけて・・・真夜の気持ちが判るはずなのに・・・考えてなかった・・・」


「・・・それは、取り返しの効かない、遅い事なのか?」


「え?」


そう聞かれて、また顔を彼に向ける。


「顔を上げろ、前を見据えろ、泣いてる暇があるんだったら考えろ・・・真夜に悪いと思っているんだったら、どうすれば償えるのか・・・それを考えろ。」


「・・・謝って、許してもらえる様な事じゃ・・・」


「だから諦めるのか?」


「ッ!!」


「いいか桜・・・何時までもそこに座り込んで、泣いていても、何も変わらない、何も解決しない・・・おまえは、可能性があるかもしれないのに諦める・・・その程度の女なのか?」


とても力強く、何処か挑発的な彼の言葉。


「・・・なんで・・・私、あなたに今まで、酷い事言ってたのに・・・」


「フッ・・・さぁな・・・ッ!!」


「ッ!!」


その瞬間、異様な気配を、私も彼も感じ取った。


今まで、集中していなかった為、かなり近くに妖怪がやって来るまで、全く気が付かなかった。


「・・・油断した。」


苦々しくそう呟いた私は、立ち上がって、手にした頭巾を被り直す。


「フン・・・ようやく御出なすったか。」


「・・・え?やっぱりあなた・・・知ってたのね?」


彼の言葉を耳にして、顔を向けて問いかける。


「・・・あぁ。もう隠してたって、仕方ない事だしな・・・麗姫に頼まれてたんだよ・・・」


「麗姫様に・・・ッ!!」


そう呟いて、京に近づいてくる妖気が、一つじゃない事を感じ取る。


「何よ・・・これ・・・十や二十じゃきかないわよ・・・」


今なお、おびただしく増える妖気の数に、戦慄を覚える。


「チッ・・・やはり最悪な結果か・・・いいか桜・・・おまえが追っていたのは、百面鬼だ。」


「百面鬼・・・あの百面鬼?!何であなたが、そんな事・・・」


「今はそんな事、説明してる暇は無いだろ。」


もし彼が言っている事が本当だとして、この数を私一人で相手するのは、到底無理な話。


時間が在れば、全てを相手する事も、可能だろうけど、そんな悠長な事をしていれば、間違いなく京に被害が及ぶ。


そうなれば、折角仲直りした真夜や、子供達にも被害が出る・・・


そんな事には、決してさせない!でも・・・私一人じゃ・・・


「あの・・・こんな事、あなたに頼める立場じゃ無いけど・・・その・・・」


恥を忍んで、彼に協力を求めようと、絞り出す様に声を出す。


もしかしたら、断られるかもしれない・・・今まで私が、彼にしてきた事を考えれば、それは当然だといえる。


正直に言えば、彼に助けを求める事は、今も少し気が引ける。


けど・・・今は、そんな事言ってる場合じゃない・・・


「・・・俺の名前は、宝仙だ。」


「・・・え?」


不意に、全く予想だにしていなかった言葉を聞いて、思わず聞き返してしまった。


「今までおまえ・・・俺の事、名前で呼んだ事無いだろ。」


「あ・・・」


確かに私は、彼の事を名前で呼んだ事はなかった。


抵抗もあったし、今までは彼の事を、蔑んだ目でしか見られなかった。


そんな事を考えていると、彼は、私が立ち上がった時に落ちた羽織を拾い上げる。


「それに最初から俺は、そのつもりでここに居るんだ・・・行くぞ、桜。」


そう言って彼は、無数の妖気を感じる方向に向かって、走り出した。


「・・・解ったわ、宝仙君。」


そう言って私も、彼に続いて走り始める。


そして私は、初めて彼の事を、名前で呼んだ。


「・・・一番強い妖気の出所は判るか?」


足場の悪い森を走りながら、不意に彼がそう聞いてくる。


私は、意識を集中して、無数に感じる妖気の、微妙な違いを判別していく。


「・・・私達の進行方向とは別に・・・少し離れた場所に一体・・・それが一番強いわ。」


「判った・・・おまえはそっちに行け、その他大勢は俺が片付ける。」


「な?!む、無理よ!!三十五体も居るのよ?!武器も無いのに、一人でだなんて・・・」


私も宝仙君も、手ぶらと言っていい。


けど私には、軍荼利明王珠を使う時に必要な霊符を、三百枚は持っている。


恐らく宝仙君も、懐に何らかの武具を持っている筈だろうけど・・・


「正確な数字どうも。恐らくその一体が、その三十五体を生み出した本体・・・そのまま放っておけば、また生み出す可能性が高い・・・」


「でも、確か百面鬼って、本体から別れた分身にも、分身を生み出す事が・・・」


「人面瘡を植え付けられたばかりなら、分身を作る事は出来ない・・・それに、対多数戦闘は、俺の最も得意とする分野だ。武器も、それなりだが在るし、勝算もある。でなけりゃ、こうなる事を予想してたのに、一人で待ってる訳無いだろ。」


「・・・鬼神を呼ぶの?」


そう言って、彼に聞いてみる。


歴代宝仙が、許可無く本山に立ち入る事が、出来なくなってしまった一番の原因。


「必要とあらば・・・な。」


「・・・解ったわ。」


そう言って私達は、二手に分かれた。


それぞれの戦いの場に向かう為に・・・


桜と別れた俺は、更に足に力を込める。


少し離れてはいるが、そう遠くはない。


これならば、百面鬼の集団が、京に着く前に仕掛ける事が出来る。


『汝・・・我を呼ぶか?』


不意に、頭に直接金色夜叉の声が響いてくる。


・・・いや、想定外の事でもない限り、おまえはお呼びじゃねぇよ。


『・・・左様か。』


俺の答えに対して、金色夜叉はそう答えて沈黙した。


更に先を急ぐと、森の出口が見えてくる。


その先は、草原だった筈・・・戦うには、お誂え向きと言えるだろう。


「ウワアアアァァァーッ!!」


ッ!!


不意に、辺りに響き渡る、甲高い悲鳴。


チィ・・・誰か居る様だな・・・


直感でそう判断した俺は、懐に手を入れて、小刀を指に挟んで四本取り出す。


森を抜け、草原に出るや、悲鳴が聞こえてきた辺りに顔を向け、それと同時に小刀を投げつける。


「ヴァジュラヤクシャ!!」


左指で金剛夜叉明王の梵字を描き、梵名を叫んで、込められた言霊の力を解放する。


同時に、投げた小刀が淡く光り、俺の意志の通りに動く。


休む間もなく、小刀を投げた方向に体勢を向けると、大地を蹴って走り始める。


体を向けた先、標的とおぼしき、何体か一点に群がった場所を見つけ、そこ目掛けて小刀を飛来させる。


間に合え!!


ドスドスドスドス!!


「オン!!バザラヤキシャ ウン!!」


一体に付き一本、小刀を突き刺し、間髪入れずに、金剛夜叉明王の真言を唱える。


ボシュボシュボシュボシュ!!


奇妙な音と、一瞬の目映い光と共に、小刀諸共百面鬼の分身四体を葬り去る。


先程までは、その四体が邪魔で見えなかったが、群がる百面鬼の間に、うずくまる小さな人影を発見した。


同時に、大地を蹴って、小さな人影に群がる百面鬼に飛びかかる。


「僧院式無明流・・・」


呟きながら、空中で体を捻る。


「龍爪!!」


右足での飛び薙蹴り。


バキッ!バキッ!バキッ!!


その反動を最大限に活かして、三回の回転蹴りを、手近な百面鬼に叩き込む。


地面に着地すると同時に、うずくまる人影の腕を掴む。


「うわっ?!」


間髪入れず、後ろに跳躍して、百面鬼の群れから、人影ごと離脱する。


二回三回と後ろに跳んで、間合いを計る。


「・・・おまえ・・・どうしてこんな所に・・・」


百面鬼共と、十分な距離を開けた所で、腕を掴んだ人影に目を向ける。


「あ・・・あの・・・お、俺・・・」


その人影は、昼間出会った、盲目の少女を虐めていた子供達の一人、飛燕だった。


「俺・・・か、かか・・・母ちゃんに・・・」


よほど恐ろしかったのか、震え上がって、うまく言葉を出せないでいる様だった。


フゥ・・・ったく。よりにもよってこれか・・・


一見した所、飛燕に人面瘡が着けられた様子もなく、怪我もかすり傷程度だろう事に、一安心する。


だが、完全に腰が抜けているのか、立ち上がろうにも、腰を浮かせる程度に留まっている。


・・・仕方ないか。


さすがに、子供一人抱えて戦うと為れば、この数相手にはかなり辛い。


かといって、放っておけば、かっこうの的だ。


俺達を囲む百面鬼の群れを見渡しながら、今後の算段を、簡単に組み立て始める。


顔や額、腕や胸元などに、人の顔の様な出来物が張り付いている者達。


百面鬼が生み出した人面瘡、それに取り憑かれた者は、神経を支配されて、百面鬼の眷属となる。


一度人面瘡を着けられると、救う事は不可能と言っていい。


いや・・・方法はある・・・だが・・・・


「・・・我々は、おまえを知っているぞ・・・」


不意に、俺に向けられた声に、訝しがりながら、声の出所を探る。


「この男の記憶の中に、おまえが居る・・・」


「この男の記憶の中にも・・・おまえが居る。」


その声と同時に、二人の男が、群れの中から出てくる。


俺の着ている僧服とは、若干違うが、紛れもなく俺と同じ宗派の僧服。


恐らく、桜が言っていた、江戸から派遣された者だろう。


「・・・そいつ等だけか?他に・・・仲間は居なかったか?」


「・・・ある者は逃げおおせた。」


「ある者は・・・我等が糧となった・・・」


・・・何となく、予想はしていたが・・・


「・・・そうか。」


そう言ってから俺は、体を飛燕に向け、懐に手を入れて、独鈷杵を五本取り出す。


その独鈷杵を、飛燕を中心に東西南北に一本ずつ、中央に一本突き立てる。


次に、指で五大明王の梵字を、順に描いていく。


「・・・五大明王陣、五天守護障壁陣。強制発動・・・」


俺がそう呟くと、地面に突き立てた独鈷杵が、光り輝く。


中央の独鈷杵が、一際強い光を放ち始め、その周りを囲む四つの光が結ばれ、面を形成し、四角錐の結界に変わる。


「飛燕・・・そこから、一歩も出るなよ。」


今尚怯える飛燕にそう言って、釘を刺しておく。


「う・・・うん。」


飛燕の返事を聞いてから、振り返り、飛燕と距離を取る為、歩き始める。


「・・・我々を相手に、たった一人で立ち向かうか・・・宝仙。」


俺の行動を見て、また別の百面鬼が、俺に声を掛けてくる。


どうやらこいつ等は、取り憑いた相手の記憶を、共有する事が出来る様だ。


「フン・・・軽々しく、俺の名を呼ぶんじゃねぇよ。」


「・・・ならば・・・零とお呼びしようか・・・」


「ッ!」


また別の所から聞こえてきた、聞き覚えのある名前に、さすがに面食らう。


声が聞こえてきた方向に目を向けると、一人の侍が、前に歩み出てくる。


「・・・零・・・一騎当千と謳われた者・・・この男の記憶に、恐怖として刻まれた名前・・・」


「・・・まさか・・・こんな所で、その名前を再び聞く羽目になるとはな・・・」


そう呟きながら、一人苦笑する。


「我々は・・・零の力を欲する・・・その一騎当千の力を・・・大人しく、我々の仲間と成れ。」


「ふざけるな・・・好きこのんで、そんな気色悪い肉塊を、着けられたがる馬鹿が居るか。」


「・・・そうか・・・ならば・・・」


侍がそう呟いた瞬間、その姿が揺らぎ、残像を残しかき消える。


「ッ!!」


次の瞬間、俺の背後に気配が生まれる。


「・・・実力行使、在るのみ・・・」


「チィ!」


振り向くと同時に、背後の侍に向かって、右肘を打つ。


だが、その右肘は、虚しく空を打つだけに終わった。


「・・・無駄だ。諦めろ・・・」


少し距離を置いた場所に現れた侍が、冷ややかに声を掛けてくる。


・・・どうやら、こいつ等全員、潜在能力を無理矢理引き出されている様だな・・・


今の侍の動きは、明らかに肉体の限界を超えている。


更に、相手の感情が希薄な為か、殺気も闘気も感じ取りにくい。


先程四体葬ったので、残りは三十一体の筈。


その全てが、今の侍と同等かそれ以上と考えると、明らかに不利・・・


「・・・仕方ねぇな・・・」


そう呟いて、今まで構えていた型を変える。


僧兵院、無明流の構えから、武神流六芸、始ノ型へと・・・


妖怪と戦う為の武術から、ただ相手を、殲滅する為だけの武術へと・・・


その気になれば、指一本でも人を殺す事が出来る殺人術。


「・・・生憎と・・・人の忠告を、素直に聞いて生きられる程、器用じゃないんでな・・・」


「・・・悪あがきだな・・・」


侍がそう呟いた瞬間、また姿が揺らいだ。


次の瞬間、俺の真正面に生まれる気配。


一瞬速く、俺は身を屈めて、両手の付け根を併せ、指を立てた掌ていを突き出す。


ズブリ・・・


瞬間、現れた侍の腹に、十本の指が食い込む。


武神流闘術の基本技の一つ、鉄指閃。


その威力は、岩をも貫く。


「無駄だ・・・我々に、痛覚は無い。」


まだ終わりじゃねぇんだよ・・・


冷ややかに掛けられる言葉に、苦笑しながら、頭の中で呟く。


「武神流闘術・・・餓王・・・咆吼掌!」


更に踏み込み、併せた両手を回転さる。


「オン!バザラヤキシャ ウン!!」


侍が後ろに吹き飛ぶ瞬間、真言を叫び、霊気を相手に叩き込む。


青白い光を発しながら、侍は吹き飛び、そのまま、二度と立ち上がる事はなかった。


・・・これで、残り三十・・・


構えを解いた俺は、他の百面鬼に向かって、ゆっくりと体を向ける。


「・・・俺が何故・・・一騎当千の称号を得たのか・・・その理由を、おまえ等に教えてやる。」


そう言いながら、懐に手を忍ばせ、鞘の代わりに布で包んだ、小刀の束を取り出す。


予備に持ってきた独鈷杵は、飛燕の結界を作る為に使ってしまい、手持ちの武器は、実質これだけ。


だが、これだけ在れば、牽制には十分だ。


「・・・この先に行きたければ、死ぬ気で俺を殺しに来い・・・さもなくば、くたばるのはおまえ等だ。」


圧倒的不利だというのに、何故か心が躍る。


いや・・・圧倒的不利だからこそ、心が躍るのか・・・


忘れる事など出来ない、俺が俺で居られる場所。


それはやはり、戦いの中に、身を置く事でしかないのかもしれない。


宝仙君と別れた私は、足場の悪い道を、ひたすら走り続けていた。


目指す先、一番強い妖気を感じる場所までは、距離にして約十町程ある。


しかし向こうは、真っ直ぐ京の街に向かって移動している為、その距離はなかなか縮まらない。


・・・仕方ないわね。


そう思い、懐から霊符を数枚取り出し、頭の中で、足の速い動物の姿を思い浮かべる。


その霊符を放り投げると同時に、空いている手で、軍荼利明王の梵字を描く。


「グンダリー!」


梵字の梵名を叫んで、込められた言霊の力を解放する。


すると、先程放り投げた霊符が、私の後方で一カ所に集まり、私が思ったとおりの形に変わる。


「ヒヒーン!」


鳴き声と共に、馬の式紙が私に追いつき、その背中に飛び乗る。


「行きなさい!」


私の命令に対して、式紙は速度を上げる事で応える。


本来なら、戦いの前に、余計な霊力を使う事は、あまり好ましくない。


例え相手が一人だとしても、油断が命取りになる。


しかし、相手が真っ直ぐ京に向かっている今の現状では、止む終えない事でもあった。


ッ!向こうは、始まったようね・・・


相手との正確な距離を測る為、意識を集中していた私は、宝仙君が向かった場所で、動きがあった事を感じ取った。


三十五体分在った妖気が、一気に四体減った。


・・・さすがね。


心の中で、宝仙君の力が、私よりも強い事に、改めて気が付かされる。


・・・負けていられないわ。


そう強く思い、行く手顔を向ける。


暫く、流れる風を感じながら、森の中を駆け抜けていく。


だんだんと、しかし確実に、相手との距離は縮まっていく。


『キャアアアァァァーッ!!』


え・・・?


不意に聞こえてきた、甲高い悲鳴。


今の声・・・聞き覚えが・・・ッ!!


「真夜!!」


その声の主に気が付いた私は、その名前を叫んでいた。


同時に、式紙に注いでいた霊力の量を増やし、更に速く疾走する。


真夜・・・そんな・・・まさか真夜が?


私の行く手、強い妖気を感じる場所と、声が聞こえてきた場所は、ほぼ同じ。


しかも、今まで動いていた妖気は、悲鳴が聞こえてきた後、動く気配はなかった。


私の脳裏に、最悪の結末が過ぎる。


その考えを、頭を振って否定しながら、先を急ぐ。


「真夜ーっ!!」


ようやく、目的の場所にたどり着いた私は、式紙から飛び降り、強い妖気を放つ百面鬼の本体と、その足下付近に倒れている、小さな人の気配を感じ取った。


その小さな人影は、全く起きあがる気配はなかった。


「う・・そ・・・嘘よ・・・」


愕然と呟き、意識を集中して、真夜と思われる人影の様子を伺う。


呼吸音だけでも・・・そう思って、聴覚を研ぎ澄ますも、息をしている様子は、全く感じられなかった。


代わりに、百面鬼の体から、咽せる様な血の匂いを嗅ぎ取る。


そ・・・んな・・・私・・・まだちゃんと、謝ってないのに・・・


真夜と思われる人影は、もう・・・手遅れだった・・・


その事実を知ってしまった私の目から、自然と涙が流れる。


「おやおや・・・やはりというか何というか・・・糞坊主のお仲間さんが、張っていた様だな。」


どこか軽い口調で、百面鬼の本体は、私に向かって、そう告げる。


「・・・あんた・・・許さないわ。」


その口調が、私の神経を逆なでし、沸々とした怒りがこみ上げてくる。


「・・・何怒ってるんだ?もしかして、このお嬢ちゃん・・・あんたの知り合いか?」


その問いには応えず、懐から霊符の束を取り出し、片手で広げる。


「・・・問答無用か。まったく・・・これからがお楽しみだって言うのに・・・邪魔されて気分が悪い。」


「ッ!!」


百面鬼が、最後怒気を含んだ声音で、そう告げると、動かない人影に、片足を置くのが、気配で解った。


「・・・その汚い足を・・・退けなさい。」


「あぁ?」


「退けなさい!!」


私がそう叫ぶと、馬の式紙が呼応して、百面鬼に向かって走り始める。


「おっと。」


ぶつかる寸前、百面鬼は横に跳んで、式紙と距離を取る。


「グンダリー!!」


霊符を持っていない手で、梵字を描いて、梵名を叫ぶ。


すると、馬の式紙が霊符に戻り、今度は三匹の猿に変化させる。


『キッキィー!』


木の多いこの場所では、馬よりも猿の方が、攻撃に適している。


猿達は、木を上手に伝いながら、三方向から百面鬼に襲いかかる。


「オン!アミリティー ウン ハッタ!!」


猿達が、百面鬼の周囲を囲んだ瞬間、軍荼利明王の真言を唱える。


ドン!ドドン!!


爆音を轟かせて、猿達は百面鬼諸共爆発する。


筈だったが、寸前で百面鬼の気配が移動した。


速い!けど、対処できないわけでもない!!


百面鬼の妖気は、すさまじい勢いで、私の後ろに回り込もうとしている。


私は、百面鬼が後ろを取るよりも速く、身を屈めると同時に、後ろに体を向ける。


「何?!」


さすがの百面鬼も、これには驚いたのか、私の目の前に現れた瞬間、驚きの声を漏らす。


それに構わず、霊符を持った腕を振り上げ、同時に梵字を描く。


「グンダリーッ!!」


梵名を叫ぶと同時に、手にした霊符を百面鬼目掛けて、投げつける。


「麗姫流、軍荼利明王呪!胡鳥乱舞!!」


バサバサバサ!


「ウオオォォォー?!」


大小様々の鳥型の式紙が、百面鬼の体を、全方向から襲う。


麗姫様が編みだし、最も得意とした、軍荼利明王珠の使い方の一つ。


百面鬼が、鳥達に気を取られている隙に、後方に大きく跳んで、間合いを取る。


「オン!!アミリティー ウン ハッタ!!」


着地すると同時に、真言を叫ぶ。


ドドドドド・・・


それに反応して、鳥達が一斉に爆音を轟かせる。


そしてその爆音の中から、一つの妖気が飛び出し、私と距離を置く。


そちらに顔を向けながら、もう一度霊符の束を懐から取り出した。


「・・・成る程、今までの雑魚とは訳が違うと言う事か・・・」


百面鬼がそう呟くと、異様な雰囲気が、辺りに漂い始める。


何事かと思い、五感を集中すると、百面鬼の体が、所々ふくれ始めているのが解った。


『ゲラゲラゲラゲラゲラ・・・』


そして、膨れあがった所から、無数に聞こえ始める笑い声。


「人面瘡・・・」


「俺が、少しでもおまえに触れれば・・・こいつがおまえの体に寄生する・・・そうなれば、めでたくお仲間っと言う訳だ。」


「クッ!」


苦々しくうめき、油断無く構える。


先程の攻防は、相手が油断していたので、触られずに済んだ。


しかし、今の攻防で、相手にもう隙は無い。


本当なら、先程の一撃で、倒せると踏んでいた私にとって、相手の力量を計りきれなかったのが失態だ。


「・・・行くぞ・・・ッ!」


百面鬼がそう呟くと同時に、何かに気を取られるのが解った。


そして私は、その隙を見過ごす程、愚かではない。


霊符を百面鬼に投げつけ、梵字を描く。


「グン・・・ッ?!」


梵名を叫ぼうとした瞬間、百面鬼が、全く見当違いの方向に向かって、移動を開始した。


・・・何?


さすがに予想していなかった私は、百面鬼の向かおうとした先を探る。


・・・嘘・・・宝仙君・・・


百面鬼が向かおうとする先、宝仙君が戦っている場所で、信じられない事態が起こっていた。


三十体以上居たはずの百面鬼の分身が、もう十を切っていた。


こんな短時間で・・・一体・・・


いくら分身とは言え、あれだけの数を、たった一人で相手して、しかもこんな短時間で、半数以上を倒した宝仙君。


その強さに、恐怖すら感じた。


「・・・グンダリー!」


私は、梵名を叫んで、今投げた霊符を使って、馬の式紙を作って、それに飛び乗る。


「・・・行きなさい。」


「ヒヒーン!」


式紙に命令して、百面鬼を追うべく、私も宝仙君の所に向かう。


一度後ろを振り返り、もう二度と動かない小さな人影に、顔を向ける。


・・・ごめんね真夜・・・後で必ず、供養するから・・・


そう思い、それ以上考えるのを止める。


今は・・・百面鬼を倒さなければ・・・


ドシャ・・・


「・・・安らかに、眠れ・・・」


最後の一体を倒し、そう呟いて構えを解く。


「す、すげぇ~・・・」


少し離れた場所に居る飛燕が、驚きの声を漏らすのが聞こえてきた。


「・・・別に、すごくなんか無いさ。こんな物・・・関心される様な事じゃない。」


そう言いながら、飛燕に向かって歩いていく。


同時に、飛燕を護る為に作った結界を解く。


「オッサン!俺に教えてくれよ!!」


結界を解いた所で、飛燕は立ち上がると、そんな事を言ってくる。


「ったく・・・馬鹿な事を言うな。俺はこれを、誰にも教えるつもりは無い。」


「なんだよケチー!」


俺の答えを聞いて、唇を尖らせて、拗ねた様に言ってくる飛燕。


そんな飛燕に、俺はしゃがみ込んで目線を併せると、飛燕の頭に手を置いた。


「飛燕・・・一度しか言わないぞ。アレは・・・人を殺す為だけに編み出された殺人術だ。武器も武術も・・・結局は人を傷つける為に存在する・・・それを扱う者によって、様々な可能性が生まれる・・・だが、結局『人を傷つける凶器』という根本は変わらない。」


そう言って、俺は立ち上がる。


「おまえは・・・自分が傷付く痛みを知った・・・人を傷つけるという意味を知った・・・本当に強くなりたいのなら、自分なりの強さを見つけろ。」


「・・・ごめんなさい・・・」


暫くの沈黙の後、呟かれた謝罪の言葉を聞いて、飛燕の頭を、軽く何度か叩く。


・・・さて。


「解ったら、早く家に戻れ・・・あまり遅くなると、親が心配するぞ。」


「オッサンは?」


そう言って飛燕は、先程までの戦いで、俺が負傷した傷に目線を向ける。


「あぁ・・・気にするな。そんなに深い訳でもない・・・すぐに治るさ。それより早くいけ。」


「・・・解った。」


そう言って飛燕は、京の街を目指して、ここに迫る妖気とは別方向に歩いていった。


戦いの最中、最後の一体を倒した辺りから、感じ始めた妖気。


俺が倒した分身共とは、明らかに格が違う事から、桜が感じ取った本体なのだろう。


それが、どういう訳だか、ここを目指してやって来る。


桜程正確に感じ取る事は出来ないが、直進してここを目指している訳でもなさそうだ。


恐らく桜が、百面鬼の本体を追って、追撃でもしているのだろう。


まぁ・・・どちらにせよ、これ以上飛燕を危険な目に遭わせる訳にもいかんな。


そんな事を思いながら、先程の戦いで受けた傷を見てみる。


それほど深い傷もなく、ほとんど血も止まっている。


手持ちの小刀は、全て使い果たしたので、今在る武器は、先程まで飛燕を護る為に使っていた、独鈷杵五本のみ。


・・・決め手が無いな・・・やはり、おまえの力を借りるかもしれんな・・・


『・・・何時でも。』


頭に直接響いてくる、金色夜叉の言葉に苦笑しながら、やって来る妖気を迎え撃つ為、そちらに顔を向ける。


暫くして、森の中から飛び出す一つの、大きな影。


「宝仙君!」


白い馬の背に乗った桜が、俺の気配を確認したのか、馬上から声を掛けてくる。


所々服は破れ、手には白い霊符を構えていた。


その後すぐに、ゆっくりとした足取りで、森の中から出てくる人影。


「・・・おまえか。俺の分身を全て葬ってくれたのは・・・」


顔の至る所、胸元や腕など、服に隠されていない、露出した肌の部分に、人の顔のような出来物が在る人型の妖怪。


「・・・そう言うおまえが、百面鬼の本体か?」


人型の妖怪、百面鬼に向かって、薄笑いを浮かべながら、そう聞き返す。


自分でも、なんとも意地の悪い事だと思っていても、皮肉の一つでも言わなければ、気が収まりそうにない。


百面鬼・・・その名の由来は、目の前にいる妖怪を見れば一目瞭然。


体中、数え切れない程の人面瘡を持つ妖怪。


その妖怪の存在を耳にした時は、何とも安直な名だと思った。


だが、その能力は間違いなく、高位に属すると言われている。


「宝仙君・・・」


不意に、桜に呼ばれて、顔をそちらに向ける。


もちろんその間、百面鬼に対しても注意を払う。


「・・・真夜が・・・真夜が・・・」


ッ!


「・・・そうか。」


それだけ呟き、顔を百面鬼に戻す。


「・・・地獄の底で、懺悔させてやる・・・」


「それはこっちの台詞だぜ旦那・・・よくも俺の分身を葬ってくれたな。」


そう言って百面鬼は、ゆっくりと俺に歩み寄ってくる。


どうやら、桜から俺に目標を変えた様だ。


「・・・おまえ・・・危険だな。」


「・・・それは、お互い様さ。」


そう言って俺も、百面鬼に向かって、歩き始める。


「宝仙君気を付けて!そいつに一瞬でも触られると、人面瘡を着けられるわよ!!」


そう言って桜は、手にした霊符を、いつでも投げられる様に構える。


その言葉を聞いて、俺の頭の中にある考えが浮かんだ。


横目で、先程迄戦っていた分身達に目を向けて、倒した侍の刀との距離を測る。


・・・アレを使うか。


一人そう思い、顔を百面鬼に戻す。


一定の距離を置いた所で、どちらからともなく立ち止まり、戦いの合図を待つ。


暫く睨み合いが続き、不意に、一陣の風が吹き抜ける。


風が止むと同時に、百面鬼の姿がかき消える。


それと同時に、俺は駆け出し、一気に刀を目指す。


先程まで俺が立っていた場所に、気配が生まれるが、それには構わず走る。


同時に、懐に仕舞った独鈷杵を取り出し、後方に向かって投げつける。


「ヴァジュラヤクシャ!」


「グンダリー!!」


ほぼ同時に、俺と桜は梵名を叫んでいた。


俺は、百面鬼の気配を感じる場所に向かって、独鈷杵を操る。


横目で桜の方を見ると、白い鴉が数匹、俺が独鈷杵を投げた場所目掛けて飛んでいく。


「邪魔をするな!!」


百面鬼の怒声と共に、俺の後ろで大気が震える。


衝撃波か!


百面鬼を中心に、円を描く様に膨れあがる気配に、更に足に力を込めて、直撃を逃れる。


俺が放った鈷杵と、桜が放った鴉がどうなったか、見ないでも解る。


「女・・邪魔だ!!」


その叫びと共に、俺の後方で生まれる、妖気の固まり。


それが、一直線に桜目掛けて放たれる。


バジジジ・・・


「桜!」


鼓膜を響かせる、嫌な音を聞きながら、桜に顔を向ける。


「だ、大丈夫!」


見ると、現れた時に乗っていた馬の式紙が、桜を身を挺して護っていた。


その事に、一安心しながら、ようやく刀に辿り着いた俺は、それに手を掛け引き抜く。


刀を手にした俺は、百面鬼と向かい合う為、振り返る。


振り返った先、目的の妖怪の姿は無かった。


瞬間、俺の刀の間合いに侵入する気配。


ヒュン!


それを頭で認識する前に、すでに体が反応していた。


だが、その斬撃は虚しく、虚空を斬るだけに終わった。


・・・チッ。


心の中で舌打ちし、現れた百面鬼に顔を向ける。


「・・・どうした?怖じ気づいたのか・・・」


薄笑いを浮かべながら、百面鬼に向かって、そう声を掛ける。


「何故だ・・・おまえ等、何故俺の動きに着いてこれる。おまえ等・・・一体何者だ。」


不意に、百面鬼が口にした言葉を聞いて、腹の底から笑いがこみ上げてくる。


同時に、先程から気になっていた考えが、確信へと変わった。


「やはりな・・・おまえが生み出した分身達は、取り憑いた者の記憶を共有していたが・・・どうやらおまえとは、繋がっていない様だな・・・」


そう言いながら、刀を真横に構え直す。


「俺達が何者かだと・・・?教えてやるよ。八大明王衆、金剛夜叉明王珠継承者・・・宝仙。その昔、修羅と呼ばれた者・・・」


「同じく、軍荼利明王珠継承者『水蓮』桜。あなたを、冥府へと誘う者・・・」


俺の後に続き、俺の隣に移動してきた桜も、自分の事を名乗る。


「私達二人を相手に、あなた一人で勝てると思わない事ね・・・」


「・・・一人?」


不意に、桜の言葉を聞いた百面鬼は、顔を歪めて笑顔を作り出す。


「違うな・・・二対二さ・・・」


「・・・え?」


その言葉を聞いて、桜が一瞬驚く。


「しかも・・・おまえ等には、打って付けの相手さ・・・」


ッ!


不意に感じた、こちらに向かってくる気配。


今まで、百面鬼に集中していた為、全く気が付かなかった。


桜も同じだったのだろう、横目で確認すると、気配を感じる方向に顔を向け、意識を集中している様だった。


「おまえらに・・・あのお嬢ちゃんが倒せるか・・・見物だな。」


「まさか・・・」


「てめぇ・・・」


その言葉を聞いて、俺も桜も、やって来る気配がなんなのかを悟る。


瞬間、森の中からそれは姿を現し、百面鬼の隣に着地する。


そして、ゆっくりと立ち上がったのは、まだ年端も行かぬ少女。


その少女の額には、しっかりと人面瘡が張り付いていた。


「真夜・・・真夜なの?」


さすがに桜は、動揺を隠しきれずにいるのか、その名で呼ばれていた少女に向かって、弱々しくその名を呼び続ける。


「真夜・・・」


「・・・我々は、おまえ達の事を知っている。この女が、その名で呼ばれていた事を知っている・・・」


「ッ!」


桜の問いに対し、真夜と呼ばれていた少女は、虚ろな目でそう答えてくる。


それを聞いた桜は、愕然とその場にしゃがみ込んでしまった。


「私が・・・もっと早く着いていれば・・・私が・・・私の所為で真夜が・・・」


・・・心理作戦か・・・舐めた事をしてくれる・・・


桜のその姿を見て、憤りを感じた俺は、殺気を百面鬼を睨む。


「・・・いい加減頭に来たぜ。テメェ・・・楽に死ねると思うなよ・・・」


「・・・成る程。おまえには逆効果だったか。」


殺気を一切隠さずそう呟くと、百面鬼は、薄笑いを浮かべたまま、そう答えてくる。


それに答えず俺は、刀の構えを自然体に変える。


多くの古流剣術に見受けられる、最も攻防に適した構え。


「真夜・・・今楽にしてやる・・・」


そう呟き、百面鬼と真夜に向かって、一歩踏み出そうとする。


「待って!!」


不意に、俺の袴の裾を掴んで、桜がそう叫んでくる。


「待って・・・あなた・・・真夜を殺すつもり・・・?」


横目で確認すると、桜の頭巾は地面に落ち、目を閉じて泣いている桜の顔が、俺に向けられていた。


「おまえも解っているだろう・・・それ以外、あの子を救う方法は・・・無い。」


そう言って俺は、袴の裾を掴んでいる桜の手を、無理矢理振り払い、一歩踏み出す。


「ッ!!待って!」


そう叫んで桜は、いきなり立ち上がって、俺の前で仁王立ちして、行く手を塞ぐ。


「あの子は真夜なのよ!それを殺すって言うの?!」


「桜・・・ッ!」


桜の後ろ、百面鬼の姿が不意に消えると、左側面にいきなり現れ、桜に向かって飛びかかる。


「そんなに言うんだったら、あんたも仲間にしてやるよ!!」


そう叫びながら、右手を伸ばした百面鬼は、桜に触れようとする。


「チィッ!」


瞬間、俺は左腕を伸ばして、百面鬼の手と、桜の間に割って入る。


ガシッ!


「クッ!」


俺の伸ばした腕を、百面鬼に掴まれ、何かに刺されたような鋭い痛みが走る。


「宝仙君!」


桜の声に答える暇なく、右手に持った刀を持ち上げ、百面鬼に照準を合わせる。


「ハッハー!」


一瞬早く百面鬼は、俺の腕を離すと、笑い声と共に後方に大きく跳んだ。


次いで、右側に気配を感じて目を向けると、今度は真夜が襲いかかってくる。


俺は、刀を放して、空いた右手を桜の首に廻すと、俺と桜の立ち位置を変える。


ズブリ・・・


「グアッ!」


その直後、背中に感じる鈍い痛み。


「チィッ!!」


苦々しく舌打ちして、右手で後方の真夜に裏拳を放つ。


ゴッ!!


その裏拳はすんなり決まり、体重の軽い真夜の体は吹き飛んだ。


間髪入れず、桜の体を抱きかかえ、その場から脱出するする為、後ろに跳ぶ。


「ッ!」


そんな俺達に、百面鬼の執拗な追撃が迫る。


「グンダリー!!」


瞬間、俺に抱きかかえられた状態で、桜が霊符を百面鬼目掛け投げつける。


「オン!アミリティー ウン ハッタ!」


ドン!


霊符が式紙の形を成した瞬間、真言を唱えて爆発させる。


「チィ・・・」


さすがの百面鬼も、それには怯んだらしく、舌打ちして後ろに大きく跳んだ。


その隙に俺は、巨大な岩まで一気に走り、岩陰に身を潜める。


「・・・オン!」


間髪入れず俺は、身を隠した岩全体を包む簡素な結界を張る。


急ごしらえの小さな結界で、それほど時間稼ぎには成らないだろうが、それでも、当面の危機は脱した。


「・・・どういうつもりだ。」


抱きかかえていた桜を放し、一拍置いて、桜を睨み付けながらそう言う。


「・・・ごめんなさい・・・」


俺の言葉に桜は、肩を落とし、項垂れながら謝罪する。


「けど・・・あれは真夜なのよ・・・」


「・・・おまえだって解っているだろう・・・もう、救う手だてが無い事くらい・・・」


「ッ!!」


パシン!


俺の言葉を聞くや、桜は顔を上げて、俺の頬を平手で叩く。


「だから殺すしかないって・・・そう言いたいの?!どうしてあなたは、そう簡単に・・・見限れるのよ・・・」


「・・・見限る?見限るだと?!」


「ッ!」


その言葉を聞いた俺は、桜の胸ぐらを掴んで、顔を無理矢理俺の顔に近づけさせる。


「俺が見限っていると言うんだったら、おまえは何だ!目の前にある現実から、目を背けてるだけだろうが!!」


「ッ!!」


「受け入れられないんだったら、目を閉じ、耳を塞ぎ、口を噤んで生きろ!ついでに麗姫に明王珠を返還しろ!!」


そう言って、桜の胸ぐらを放す。


「おやおや・・・今度は仲間割れかい?」


不意に聞こえてきた、百面鬼の戯ける様な声に、岩越しに百面鬼を睨む。


すぐに攻撃してこない所を見ると、余裕のつもりなのだろう。


あるいは俺が、奴の分身になるのを待っているのか。


どちらにしろ、その言葉は、俺の神経を逆撫でした事に変わりない。


「外野は黙ってろ!!」


岩越しに百面鬼を一喝し、顔を桜へと戻す。


「・・・あなたが言ったんじゃない・・・もう諦めるのかって・・・私にそう言ったじゃない!」


不意に桜がそう言うと、立ち上がって、眉間に皺を寄せて俺を睨んでくる。


「確かにそう言った・・・確かに、真夜を救う手立ては、確かにある。」


そう・・・確かに、可能性なら一つだけある・・・


百面鬼の人面瘡ではないが、百面鬼と同質の能力を持った妖怪に、取り憑かれた人間を救った女が一人だけ居る。


「だったら・・・」


「・・・だがそれは、彼女がこの世に居ればこその話だ。」


「ッ!どういう意味よそれ・・・」


「・・・彼女は・・・魅鈴は・・・もうこの世には居ない・・・孔雀明王珠を使える者は、もう居ないんだ・・・」


「ッ!!」


八大明王衆、孔雀明王珠継承者、九代目『綾』魅鈴。


彼女の操る孔雀明王珠の力は、『癒し』と『浄化』の二つ。


その『浄化』で彼女は、妖怪の眷属にされた人間を、確かに救った。


だが今、その魅鈴はもうこの世には居ない事を知る者は、俺と麗姫以外居ない。


孔雀明王珠は、彼女の失踪と共に、行方不明扱いされているが、実際には俺が持っている。


だがその事を知る者もまた、俺と麗姫以外知らない。


孔雀明王珠は、かなり特殊で、女にしか扱えない上、持ち主を選ぶ。


だから俺には使えないし、今の桜にも使えないだろう。


「つまり・・・彼女を救う手立ては・・・殺してやるしか無いんだ・・・」


「嘘よ・・・ねぇ嘘でしょ?!そ、そうよ!だったら、人面瘡の部分を封印して・・・」


「おまえが今思いついた事は、もう試したさ!!可能性のある順に、俺が思いついた事は全てやった。一番可能性の高かった、封魔束縛陣でも無理だったんだ・・・」


分身達との戦いの最中、俺が思いつく限りの事はやった。


人面瘡だけを狙って、切り離しても、魔を封じ込める五大明王陣を使っても、人面瘡と肉体の神経の繋がりが強い所為か、皆苦しみながら死んでいった・・・


仮に、先に百面鬼を倒したとしても、今度は真夜が、新しい百面鬼の本体に変わるだけ。


「現実を見ろ・・・これが・・・今の俺達の限界なんだ・・・」


「ッ!・・・そんな・・・」


「・・・おまえの言うとおり俺は・・・人を殺しすぎて、簡単に見限る様な男さ・・・だからこそ、おまえに出来ない事を、俺は出来る・・・」


そう言って俺は、桜に背中を見せて、結界の外へと出ようとする。


その一歩手前で立ち止まり、肩越しに桜を見やる。


「・・・あの子はまだ・・・人を殺していない・・・ならせめて、そうなる前に・・・あの子の悪夢を終わらせてやる・・・もう俺には、それしか思いつかないんだ・・・」


そう言い終わった所で、ある閃きが頭に過ぎる。


・・・待てよ・・・俺の仮説が正しいとするなら、もしかすると・・・


「・・・桜、耳を貸せ。」


そう言って俺は振り返り、桜の耳に顔を近づけていく。


「・・・え?」


桜は、不思議そうに聞き返しながら、俺に顔を向けてくる。


そんな桜に俺は、苦笑を浮かべながら、百面鬼に聞かれない様に、桜の耳に口を近づける。


「確率としては低い・・・それこそ、雲を掴む様な思い付きだ。だが、現状を続けるよりかは、マシな考えだ・・・俺の仮説が正しければ・・・うまくいけば、真夜も助かる。」


「ほ、本当に?」


桜もまた、俺の意図する事が解ったのか、小声で驚いてみせる。


「あぁ・・・しかし、雲を掴む様な話だ・・・恐らく、刹那の一瞬の隙しかないだろう・・・俺達の息が合わなければ、一巻の終わりだ・・・それでも乗るか?」


俺がそう聞くと、桜は力強く頷いてみせる。


「それで真夜が・・・助かるかもしれないんだったら・・・私は何でもするわ・・・」


その言葉を聞いて、閃いた考えを桜に話す。


ほんの小さい光だが、俺達にはまだ、可能性が残っていた。


「お話しは終わったかい?」


私達が、結界を解いて、岩陰から出ると、笑いを堪える様な感じで、百面鬼はそう言ってくる。


「・・・どうやら、あんたの霊力がよほど強い所為か・・・まだ少し時間が掛かる様だ・・・出来ればその体、それ以上傷つけたくない。もっとも、色を付けて欲しいというのなら、望み通りにしてやるよ。」


宝仙君に向かって、相変わらず神経を逆撫でするような事を言ってくる百面鬼。


「黙れ下衆野郎・・・」


そんな百面鬼に対して、宝仙君が、怒りを込めて呟く。


・・・やっぱり宝仙君の言うとおり、気が付いていないみたいね・・・


確かに宝仙君は、先程私の所為で、百面鬼に腕を掴まれてしまった。


私も、宝仙君から話を聞くまでは、暫くすれば宝仙君も、真夜の様になってしまうと思っていた。


けど宝仙君には・・・いえ、歴代『宝仙』には、他の明王衆には無い力がある。


そのお陰で、幸運にも妖怪に寄生されないで済んだ。


「・・・なにか妙案でも思い浮かんだか?」


そう言って、私達に声を掛けてくる百面鬼。


その声色からは、明らかに余裕の色が伺える。


「・・・それに答える義務は無いわ。」


そう言って私は、精一杯虚勢を張りながら、懐から今持っている全ての霊符を取り出す。


刹那の一瞬・・・それに、全てを掛けるしかない。


「ハッ!言ってくれるな・・・」


そう言って百面鬼が、一歩踏み出すのが、気配で解った。


「・・・テメェの相手は、この俺だ。」


そう言って、宝仙君も一歩踏み出す。


「・・・解らないな・・・旦那の霊力が、どれだけ凄かろうと・・・一刻もしない内に、俺の僕になるというのに・・・俺は、聞き分けの悪い奴が嫌いなんだよ・・・」


「・・・俺も、テメェみたいな下衆野郎が、死ぬ程嫌いなんでな・・・誰がテメェの言い分なんざ聞くかよ。」


そう言う二人の間に、何時爆発してもおかしくない緊張が走る。


「馬鹿が・・・そんなに、その体に色を付けて欲しいんだったら、望み通りにしてやろう・・・」


『ゲラゲラゲラゲラ・・・』


そして、百面鬼の体から、再び聞こえてくる、無数の笑い声。


「フン・・・馬鹿はテメェだ。まだ気が付かないのか・・・俺が、おまえの僕に成るだと?」


そんな百面鬼に向かい、鼻で笑って、小馬鹿にした感じでそう言う宝仙君。


「・・・何だと?どういう意味だ・・・」


「フン・・・今見せてやるよ・・・慈悲も容赦もない、本物の悪夢ってヤツをな・・・」


宝仙君が、そう言うと同時に、彼を中心に張りつめた空気が流れる。


これから何が起こるのか察したのか、森がざわめき、野鳥達が飛び立つ。


「・・・蘇れ、金色なりし恐怖の具現者。」


「なんだ・・・これは・・・」


一人、これから何が起こるのか解らずにいる百面鬼は、辺りの異様な空気に、戸惑いを隠せずにいる様だった。


そして真夜は、何も語ろうとせず、動く素振りも見せない。


恐らく、宝仙君の読み通り、今の彼女は、百面鬼の分身として、生まれたばかりの為、命令が無ければ動けない様だ。


「金剛鬼神・・・金色夜叉!!」


ボコボコと、泡立つ様な音を響かせながら、宝仙君の足下辺りが、膨れあがるのが解る。


それと同時に、殺気よりも禍々しい、凄まじい鬼気を感じ取った。


「鬼神よ!我が腕と化せ!!」


宝仙君のその一言に、泡立つ様な音が消え、宝仙君の右腕の辺りに鬼気がまとわり付く。


「なっ?!」


・・・こんな・・・使い方があるなんて・・・


驚きの呟きを漏らす百面鬼。


さすがの私も、この事は予想外だったので、驚きを隠せない。


部分変化・・・歴代宝仙の中で、こんな事が出来る人が居ただろうか・・・


もし仮に、宝仙君が編み出したのだとすれば、彼の実力は、一体どれほどの物なのか、想像も着かない。


「・・・何惚けてやがる。」


「・・・え?」


不意に、宝仙君が私に声を掛けてきて、そこでようやく我に返る。


「手はず通り行くぞ・・・そっちは、任せたからな・・・」


「・・・解ってるわ・・・この命に代えても絶対・・・真夜を救ってみせるわ・・・そして、今度こそちゃんと謝らないとね。」


そう言って、最後に笑って見せる。


「フッ・・・調子が出てきたじゃないか・・・行くぜ。」


「えぇ!」


そう言うと宝仙君は、百面鬼目掛けて飛びかかる。


「チィ!行け!!」


それに反応して、百面鬼が真夜に命令を下す。


すかさず私は、手にした霊符を、真夜目掛けて投げつける。


「グンダリー!!」


宝仙君が走るよりも速く、小型式紙鳥類最速を誇る、燕が真夜に襲いかかる。


燕が真夜に当たる寸前、横に跳んで攻撃を避けられた。


「女ーっ!!」


怒り心頭の百面鬼が、私に向かって叫ぶ。


「余所見してんじゃねぇよ!」


「チィ!!」


「グンダリー!!」


宝仙君の攻撃を避けた百面鬼に、更に私の追撃。


「オオオォォォーッ!!」


百面鬼は、咆吼を轟かせたかと思うと、次いで百面鬼を中心に、膨れあがる妖気。


周囲諸共吹き飛ばす衝撃波に弾かれ、追撃として放った、燕の式紙は、脆く砕け散った。


・・・これで良し。


一人心の中でそう思い、次の行動に備え、精神を集中する。


・・・来る!


その時、私の五感が感じ取った、小さな気配。


その気配の動きを先読みして、右足を軸に回転する。


「真夜!」


一瞬遅れて、先程まで私の左半身があった場所に、手刀の突きが放たれる。


その突きを放った少女の名を叫んで、手にした全ての霊符を、辺りに散りばめる。


「グンダリーッ!!」


瞬時に梵字を描き、梵名を叫ぶと、散りばめた霊符が膨れあがり、式紙の姿に変わる。


「オン!!」


同時に印を結び、今回の切り札とも言える術を発動させる。


ジャラジャラジャラ・・・


次いで聞こえてくる、金属質を思わせる音。


「麗姫流、軍荼利明王呪!胡鳥乱舞二式!」


麗姫様が編み出した、胡鳥乱舞に、明王呪戒めの鎖の連続技。


小型の式紙同士に、戒めの鎖が結びつき、相手の全身を絡め取る檻を作る。


「はぁ・・・はぁ・・・」


・・・なんとか・・・成ったわね・・・後は・・・


そう思うと、鎖から逃れようとする真夜を中心に、四方向に一枚づつ、その中央に一枚霊符を置いて、各五大明王の梵字を、方角に併せて霊符に描いていく。


「ふぅ・・・もう少しの辛抱だからね・・・真夜・・・」


絶対に助けてみせる・・・救ってみせる・・・私は、ちゃんとあなたに、謝らないといけないから・・・


真夜は助かる、助けてみせる・・・


私は、そう強く思い込んで、来るべき時を待っていた。


「何なんだ!おまえは一体、何なんだーっ!!」


そう叫んで、百面鬼が妖気の固まりを、迫る俺目掛けて放つ。


俺は、鬼の力を一点に集中し、二周り程大きくなった右腕を構え、意識を集中させる。


そうする事により、右腕全体が熱くなり、目映い金色の光を放つ。


通常の召還時とは違い、一点に力を集中させている為に、光量・威力共に、通常の倍以上。


その光り輝く腕を振るい、放たれた妖気の固まりを、打ち砕いていく。


今の俺は、金色夜叉と精神融合と肉体融合を、同時にしているので、通常よりも五感が優れ、肉体の限界を超える動きが出来る。


つまり、奴がいくら早く動けようとも、奴の動きが手に取る様に解る上、追いつく事も可能。


さすがにこの状態は、解いた後の体に掛かる負担が強い為、通常では使わない事にしている。


精神融合だけなら、分身達との戦いの時でも使えたが、あまりに敏感すぎて、どうもしっくり来ないので、それも使わない事にしている。


正に、今の俺にとっての切り札の一つ。


「さっき言ったろ・・・その昔・・・修羅と呼ばれた男さ。」


「その修羅が、本物の鬼になったか・・・笑えねぇぜ!」


そう言って、先程と同じように、妖気の固まりを放つ百面鬼。


おれもまた、先程と同じように、放たれた固まりを、右腕で砕く。


「馬鹿の一つ覚えだな。見苦しいぜ・・・」


「クッ!」


苦々しく呻いて、更に後方に跳んで、俺の攻撃を避ける百面鬼。


その行動から、恐らくは予想外の出来事に、さすがの奴も戸惑っているのだろう。


だが、生憎とこれ以上付き合う程、俺も暇では無い。


それに、これ以上長引けば、奴とて冷静さを取り戻すだろう。


横目で、桜と真夜を見てみると、手はず通り、真夜を無傷で捕縛した様だ。


そろそろ頃合いか・・・手を伸ばせ。


『応じよう・・・』


頭に直接響く声の後、俺の右腕が百面鬼目掛けて、勢いよく伸びる。


「ッ!」


ガシッ!


着地寸前だった百面鬼の首を掴むと、今度は、勢いよく腕が元の大きさに戻ろうとする。


「ウオオォォォー?!」


戻ってくる腕に掴まれた百面鬼が、悲鳴を上げながら俺に迫る。


俺はその場で立ち止まると、左手を指を立てた掌ていの状態で構える。


「武神流闘術・・・狼牙。」


ズブリ・・・


「グアッ!」


腕が元に戻った瞬間、右腕を引くと共に左の掌ていを放ち、百面鬼の腹に指を突き刺す。


・・・やはり・・・こいつは、痛みを感じられる・・・


痛みに顔を歪める百面鬼を見て、冷静にそう分析していく。


これで、俺の考えは、八割方正しい事になる。


「クッ!これで・・・勝ったと思うなよ・・・必ず・・・殺してやる!」


「これ以上・・・おまえに構ってられる程、暇では無い・・・」


そう言って、百面鬼の首から手を放し、今度は顔を覆う。


桜と真夜が見えない様に・・・


「あばよ・・・」


ギリギリギリ・・・


そう呟いて、顔を覆った腕に、間を計りながら、ゆっくりと力を込めていく。


「・・・ッ!!ア!・・・アァ・・・」


一・・・ニ・・・三!!


「桜!!」


間を見計らい、桜の名前を呼ぶ。


グシャリ・・・ドサ・・・


同時に、右手に伝わる、ひしゃげる様な触感が伝わる。


その後に、首を無くした百面鬼が、力無く地面へと落ちた。


「五大明王陣!五天封魔束縛陣!!」


「キャアアアァァァーッ!!」


そして、ほぼ同時に聞こえてくる、桜の叫びと、真夜の悲鳴。


・・・どうだ。


やれる事は、全てやった。


これで駄目だったら、本当にもうお手上げだ。


俺達は神では無い。


もしこれで、万が一真夜が死んでしまったら、蘇らせる事など出来ない。


「アアアァァァ・・・」


次第に小さくなっていく悲鳴を聞いて、俺は後ろを振り返った。


「ッ!!宝仙君!!」


ッ!・・・駄目か・・・


桜の悲鳴じみた叫びを聞いて、最悪な結果が脳裏に過ぎる。


「取れた・・・取れたわ!!」


その後に続いた吉報に、面食らいながら肩をすくめる。


ったく・・・ヒヤヒヤさせんなよ・・・


一人苦笑して、二人の元へと近づいていく。


やはり、俺の考えは正しかった様だ。


歩きながら、そんな事を考えていると、五大明王陣の結界の光が消え、桜が真夜を抱きかかえるのが見えた。


「良かった・・・真夜・・・ちゃんと生きてる・・・ッ!ちょっと来て!!」


慌ただしい桜の呼びかけに、俺は歩く速度を少し上げる。


「・・・見て。」


桜の元に辿り着いて、言われたとおり指さされた場所を見てみると、そこには、蠢く肉片が地面に落ちていた。


「ギッ・・・ギギッギ・・・」


その肉片・人面瘡を、鬼の腕と化した右腕で摘んで、目の前へと持ってくる。


「・・・まだ生きてたか。しぶとい奴だな・・・」


「ば、馬鹿な・・・こんな事が・・・」


蠢く肉片・・・いや、百面鬼の本体は、恨めしそうにそう呟いていた。


「おまえと戦って、疑問に思った事が幾つかある・・・一つは、分身とおまえでは、感情の起伏が極端に違う事。二つ目、分身達は、記憶を共有していたのに、おまえとは繋がっていなかった・・・分身達の中にも、おまえの様に人面瘡を取り付ける事が出来る奴と、素手で戦った俺の事を、おまえは知らなかった・・・三つ目、如何に人間の肉体の限界を超えていようと、個体差は生じるにも関わらず、ほぼ均一だった・・・そしてさっきまで戦っていた、本体であるおまえとも、それほど差は無かった・・・この事から、一つの仮説が生まれた。おまえが分身を作る理由・・・それは、新しく強い肉体を作る為・・・俺の肉体が手に入ると思い込んでいたおまえの、嬉々とした顔もそれで納得がいく。」


「・・・何故、俺を引き剥がせると解った・・・」


「その仮説が正しいとすれば、体を無くしたおまえが、真夜の体に移るしか助かる方法は無い。その一瞬、人面瘡と真夜の肉体の繋がりが、一瞬弱まると踏んだのさ。」


「ッ!何故・・・その事が解った・・・」


「簡単さ・・・何も人間に寄生して、分身を作れる妖怪は、おまえだけじゃない・・・そしてそのほとんどは、本体が死ぬと同時に、人間に寄生させた媒介も消える事が多い。だから思ったのさ・・・さっきまで戦っていたおまえが一度死ねば、取り憑いた人面瘡も、おまえが移るまで、一旦死ぬんじゃないかってな・・・もし仮に、分身達との間を、自由に行き来出来るなら、もっと早く真夜の体に移った筈・・・」


「たったそれだけで・・・おまえは・・・一体何者だ・・・」


その台詞を聞いて、俺は肩をすくめ苦笑する。


「その台詞は聞き飽きたぜ・・・同じ台詞を、三度も言うのも何だし、違う答え方をしてやろうか・・・金剛夜叉明王の梵字、バジュラヤクシャとは・・・『金剛杵の威力を持つ夜叉』という意味だ・・・俺は、俺の気に入らない事全てに、鉄槌を下す・・・暴君だ。」


そう言って、人面瘡と化した、百面鬼の本体を放し、地面に落とす。


「おのれ・・・おのれ・・・」


そして、恨めしそうに呟き続ける百面鬼に狙いを定め、鬼の腕と化した右腕を振り上げる。


「おまえの敗因は二つ・・・一つは、俺達がこの地に居た事・・・もう一つは・・・俺達を怒らせた事だ。」


そう言って、振り上げた巨大な右腕を、百面鬼目掛けて打ち下ろす。


ズドンッ!!


轟音と共に、僅かな妖気は消え失せた。


「・・・地獄の底で、懺悔しな・・・」


「本当に行くの?」


「あぁ・・・俺の役目も、もう終わりだしな。長居する理由も無い。」


「そう・・・これから何処へ行くの?」


「そうだな・・・一度江戸に戻って、麗姫に報告したら、今度は北へ行こうと思っている。」


「・・・そう。」


そこで会話は途切れて、重苦しい沈黙が私達の間に横たわる。


百面鬼との死闘から、一夜開けた昼下がり。


私も彼も、いつもの日常に戻ろうとしていた。


けど私には、どうしても気がかりな事があった。


「・・・真夜の事、本当にあのままにしておくつもりなの?」


それが、いつもの日常に戻る事を、躊躇っている私の気がかり。


百面鬼の呪縛から、解放された真夜は、程なく目を覚ました。


しかし、彼女を待っていたのは、過酷な現実だった。


たった一人の肉親を、百面鬼に殺された真夜は、目覚めてから一人、自宅で泣き続けていた。


恐らく今も、あの子は泣いているのだろう。


そして皮肉な事に、百面鬼の人面瘡に取り憑かれた彼女の体に、ある異変が起こっていた。


一度、肉体の限界を超えた力を発揮した所為か、年端も行かない少女とは思えない力と、私と同等の鋭い五感を、幸か不幸か、彼女は手に入れる事が出来た。


相変わらず、目は見えない様だけど、それでも、普通に生活する分には、今までよりも快適に暮らせると思う。


けどその代償は、肉親の死という、あまりにも大きすぎる代償。


そして、いきなり手に入れた巨大な力に、彼女自身戸惑っている様だった。


そんな真夜に、私は、声を掛けて上げる事が、出来なかった。


その時の私は、また真夜に同情していた・・・


ただ声を掛けて、慰める事は出来るかもしれない・・・けど今の私には、それ以上の事は出来ない様な気がした。


昨日、彼女に言われた一言が、私の心に、重くのし掛かって、何も言えなかった。


偉そうな事を言って置いて、何も出来ない歯がゆさを感じていても、時間は勝手に過ぎていく。


私には、他にもやるべきお務めがある。


だから、何時までも京に居る事は出来ない・・・


けどこのまま京を去って、本当に良いのか、私には解らなかった。


「・・・これ以上、俺達に何が出来る?ここから先は、真夜自身が、答えを導きださなけりゃならないんだ・・・不用意に手を差し伸べれば、かえって傷つける事になる時もある。」


「・・・でも、私には・・・このままあの子を放っておけないわ・・・」


「・・・なら、好きにすればいいさ。」


そう言って宝仙君が、歩き始めるのが気配で解った。


「あの子だって馬鹿じゃない。何時までも泣いてれば、済まされるとは思っちゃいないだろうさ・・・」


それを最後に、宝仙君は、東海道の方へと向かっていった。


暫くの間、宝仙君が歩いていく方向に、顔を向けていた私は、不意に歩き始めた。


当て所もなく歩いていると、いつの間にか、今朝方まで、私と宝仙君で作った、百面鬼の犠牲者達の墓に辿り着いた。


昨日の死闘の場所から、少し離れた森の中に、少し大きな石が、幾つも立ち並んでいる。


その中の一つに、真夜の祖母も弔われている。


・・・本当に、このまま京を離れて・・・私は後悔しない?


今日何度目かの問いかけが、頭を過ぎる。


けど、結局答えは導き出せない。


暫くそこで黙祷を捧げて、私はまた歩き始める。


答えの出ない問いかけの、答えを探して・・・


『ヒック・・・ヒック・・・』


・・・真夜。


遠くから、少女のすすり泣く声を聞いて、自然とそちらに足が向いてしまう。


今の私に、彼女を救う事は出来ないかもしれない・・・けど、やっぱりこのままなんて・・・


足場の悪い道を、注意深く歩いていくと、次第に、聞こえてくる泣き声も大きくなっていく。


「ヒック・・・ヒック・・・」


暫くして、真夜の家に辿り着いた、未だ答えを出せずにいる私・・・


壁一枚越しから聞こえてくる、少女の泣き声・・・


そう言えば・・・初めてあの子に出会った時も・・・泣いていたわね・・・


あの時私は、何時までも泣き続ける真夜に、怒鳴りつけたんだっけ・・・


その時の事を思い出しながら、自然と私の手は、戸口に宛われていた。


「・・・妖怪なんて・・・妖怪なんて・・・みんな居なくなっちゃえばいいのに・・・」


ッ!


その時聞こえてきた、恨めしそうに呟かれた、真夜の声。


「桜さん・・・そこに居るんですよね?なんで・・・妖怪なんかが・・・この世界に居るんですか・・・」


「真夜・・・」


その言葉を聞いて、戸口に掛けた手が震える。


「なんでお婆ちゃんが・・・死ななければならないんですか・・・お父さんもお母さんも・・・目が見えない私を捨てて、行ってしまったけど・・・お婆ちゃんだけは・・・ずっと傍に居てくれたんです・・・とっても・・・優しかったんです・・・なのに・・・」


この傷付いた少女に、一体私に、何が出来るのだろう・・・


この子の受けた心の傷を、私に、癒す事が出来るのだろうか・・・


「真夜・・・これからは、私があなたの傍に居るわ・・・」


そう言って私は、意を決して戸口を開く。


「・・・え?」


家の中に入り、真夜の気配がする所へと、ゆっくりと歩いていく。


何も出来ないかもしれない・・・救う事は出来ないかもしれない・・・けど、それで諦めてしまったら、本当に何も出来ない・・・何も変わらない・・・


何も出来なくても、救う事が出来なくても・・・私が、彼女の傍に居る事は出来る。


ただ傍に居る事だけは・・・


「・・・それって、同情ですか?」


暫くして、真夜がそう私に聞いてくる。


「そう・・・かもしれない・・・私にも解らないわ・・・だから・・・」


そう言って私は、真夜の気配を感じる空間を、胸で抱きしめる。


「私と一緒に・・・旅に出ない?」


「え?」


私の思いがけない一言に、驚きの声を漏らす真夜。


「私には・・・あなたの傷を癒す事が、出来ないかもしれない・・・けど、だからって・・・全ての妖怪を憎まないでほしいの・・・勝手な言い分だって言う事は、解ってる・・・だけど知って欲しいの・・・私と一緒に・・・」


そう言う私の頭の中に、ある一人の男の事が過ぎる。


誰よりも真実を見つめようとして、誰よりも自分に正直に生きている、そんな人。


「彼に付いていけば・・・何時かあなたの傷も癒えるかもしれない・・・そして私も・・・自分自身の弱さと、向き合えるかもしれない・・・だから一緒に、彼の後を追わない?」


「彼・・・?」


「えぇ・・・」


京の街を出た俺は、一旦江戸に戻るべく、東海道を歩いていた。


麗姫に今回の事を報告し、それから先は、勝手気ままな野良暮らしに戻るつもりだ。


だが、今の俺には、気がかりな事が、一つだけあった。


「・・・このままで良いのか・・・か。」


真夜の事は、確かに俺も気がかりだ。


だが、区切りを着けられるかどうかは、結局真夜自身が着けなければならない。


とはいえ、気になるのも事実・・・


フッ・・・何を考えているんだかな・・・


昔の俺だったら、こんな事気にも止めなかっただろう。


やはり俺は、あいつ等に感化されすぎた様だ。


そんな事を考え、歩く足と止めて、今来た道を振り返る。


このまま江戸に向かったんじゃ、寝覚めが悪い事この上ない。


・・・ん?


その時、今俺が歩いてきた道の先に、白い馬に乗った女の姿が目に映った。


あいつ・・・フッ・・・


そしてその後ろに、小さな人影を確認して、肩をすくめて苦笑する。


一体、どうやって口説いたのか知らんが、どうやら俺は必要なかった様だ。


・・・待て。何であいつが、こっちに向かってくるんだ?


不意に過ぎった疑問に、顔をしかめて訝しがる。


江戸と本山では、向かう方向は全く逆だ。


麗姫に会いに行くというのなら、解らんでもないが、あいつは俺と違い多忙なはず。


まさか、麗姫に真夜を預ける訳でもあるまい。


責任感の強いあいつが、そんな軽率な行動を取るとも思えない。


なのに、それでも江戸に向かう理由が、俺には思い浮かばなかった。


「・・・やっと追いついた。」


そうこう考えている内に、俺に追いついた桜が、馬上から声を掛けてくる。


「宝仙君。私達これから、あなたに着いていくから。」


「・・・はぁ?」


いきなりそんな事を言われ、桜の言葉を理解するのに、幾分かの時間を要した。


「・・・何いきなり勝手な事言ってんだよ・・・」


「あぁ、もう決めたから。私達の事は気にしないで良いわよ?」


なんとも軽く言う桜の言葉に、軽い頭痛を覚える。


「・・・ちょっと待て・・・」


「あなたが何と言おうと、私達が勝手に付いていくだけだから。」


そう言って、桜と真夜を乗せた馬は、俺の横を通りすぎて、江戸に向かって歩き始めていた。


俺は、深く深くため息を吐いて、重い足取りで江戸に向かって、歩き始める。


「・・・おまえ・・・解ってるのか・・・俺について来るという事は、危険な目に遭う確率が増えると言う事だぞ・・・真夜を危険な目に遭わせたいのか?」


何となく、無駄とは解っていても、そう言わずには居られない。


案の定、俺に向けられた桜の顔は、どこか不適な笑みを浮かべていた。


「この子は私が護る・・・護ってみせるわ。」


一応予想していたとはいえ、そうハッキリと言われると、逆に諦めも着く。


どうやら、勝手気ままな野良暮らしは、暫くお預けの様だ。


「よ、よろしくお願いします・・・」


「・・・あぁ。」


何処か気恥ずかしそうに、言ってくる真夜に、苦笑を浮かべながらそう答える。


まぁ・・・成る様に成るだろう・・・


「えっ?!桜さんって、師匠と一緒に旅した事があるんですか?」


「えぇ・・・短い間だったけどね。」


麗姫様と宝仙君が話している間、私は、聖さんの話し相手をしていた。


話しの途中から聖さんが、宝仙君の昔の話を聞きたがっていたので、会話がそちらに流れてしまった。


おかげで懐かしい事を、思い出してしまった。


私が宝仙君を嫌っていた時の事、彼と真夜と一緒に、旅をしていた時の事。


あの頃の私は、まだほんの駆け出しに過ぎなかったわね・・・


「・・・二人っきりでですか?」


「・・・え?!」


不意に漏れた聖さんの呟きに、今度は私が驚きの声を上げる番だった。


聖さんの呟いた声音は、今までとは違って重く、心音も少し上がったのが解る。


あぁ・・・そう言う事ね。


その反応から、聖さんが宝仙君を、どう思っているのかを悟る。


フフ・・・宝仙君も、隅に置けないわね・・・


「二人っきりじゃないわ。私ともう一人・・・五年前だから・・・当時九歳の女の子と一緒に、三人でね。」


「あ・・・そ、そうだったんですか。」


私の答えを聞いて安堵したのか、照れた様に答えてくる聖さん。


「・・・でも、どうして今は、師匠と一緒に旅をしていないんですか?」


暫くして、最もな質問をされて、自嘲気味に苦笑する。


「・・・宝仙君と旅をして、半年位してここに来た時に、麗姫様に怒られたのよ。『何時までほっつき歩いてるんだ!』って。それで宝仙君との旅はお終い・・・私と女の子は、本山に戻ったの。」


麗姫様も、よく半年もの間、黙認してくれたものだと思う。


今にして思えば、明王衆のお務めを放って、旅をしていた頃が懐かしい。


色々な事があった・・・楽しい事、嬉しい事、悲しい事、辛い事・・・


私と宝仙君は、例えるなら水と油、決して混ざる事は無い。


その為か、しょっちゅう衝突していた。


でも充実していた・・・


「・・・あの。」


「うん?」


昔を思い出していると、不意に聖さんが、聞き難そうに声を掛けてくる。


「その・・・桜さんって、師匠の事・・・余りよく思っていなかったんですよね・・・」


「・・・えぇ。」


「その・・・今はやっぱり・・・師匠の事・・・」


・・・やっぱり気になるのかしらね。


甲斐甲斐しい程の、聖さんの反応に、思わず抱きしめたくなる衝動を覚える。


それを我慢しながら、聖さんに向けていた顔を、暖かい日の光を感じる方へと向ける。


「そうね・・・私は、宝仙君の事・・・今でも嫌いよ・・・」


「・・・え?どうして・・・」


私の答えが、よほど予想外だったのか、間の抜けた声で聞き返してくる聖さん。


そんな聖さんに、顔を向ける事なく、今の私が、宝仙君に抱いている感情を、隠さず伝える。


「・・・取れないのよ・・・彼から・・・血の匂いが・・・」


私の名は桜。


生まれつき目が見えない女。


そんな私には、目の見えない代わりに、その他の五感で、視える世界がある。


宝仙君の事は、誰よりも信頼しているし、認めてもいる。


しかし・・・私が彼を、好きになる事は、恐らく一生無いだろう・・・


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