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宝仙伝  作者: 神無月拓楼(旧HN現武壱)
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黄泉遍路之章- 『止水』之巻

神無月第四日深夜。



『キミに伝えなきゃいけない事がある・・・』


ザザザザ・・・


夜の闇が支配する森の中を、全速力で走り抜ける。


妖怪達の包囲網を突破した俺達は、休む暇なく村を目指していた。


「そんなに急いで村に何があるって言うの?!」


「村の住人が危ない!とにかく急げ!!」


後方からの妙の呼びかけに、振り返ることなくそう答える。


「そんな心配しなくても、村の警護にあたってる二人が居るじゃない!」


「あの不気味な生物が、俺達の元だけに現れたとは限らんだろう!何も知らずに戦えば、おまえと同じ結果を招くだけだ。」


「ッ!あんた何を知ってるの・・・」


「・・・話せば長くなる・・・今は急ぐぞ!!」


妙の疑心を晴らす事もせずに、ただひたすらに走り続けていく。


『それは過去にあった・・・今に繋がる真実・・・』


暫くして、ようやく森を抜けた俺達は、そのまま村の中へと入っていく。


そこでようやく走るのをやめて、辺りを警戒しながら村の奥へと進んでいく。


ちょうどその時、まるで計ったかのように月に雲が掛かり、より一層夜の闇が深くなった。


真夜中の村は、不気味なほど静まりかえり、一瞬俺の直感が間違いだったとさえ思うほどだった。


だが、俺の直感に間違いはなかった・・・


村の中央辺りにさしかかった時、今までに何度となく嗅いできた匂いが漂ってきた。


それは・・・まごう事なき血の臭い・・・


その血の発生元を見つけ、警戒しつつもそちらに体を向けた。


「・・・やはりか。」


『キミは・・・知らなきゃいけない・・・知る義務がある・・・』


そこまで近付いた俺が目にしたのは、鋭利な刃物で体を三分割された、男の死体だった。


そして俺は、その男に見覚えがあった。


御神楽家に雇われた、十二人の用心棒の内の一人・・・


その死体の状況から見て、俺達の前に姿を現した、あの不気味な生物に殺られたのだろうと推測される。


恐らくだが、この島に居る・・・刹那の配下の妖怪達は、俺を足止めする為に、罠を張って待ち伏せしていた。


その事から考えれば、やはりあの生物が行ったと考えるのが妥当だろう。


しかし・・・もう一人は何処だ・・・


この村の警護にあたる事になったのは二人・・・この男とは別に、もう一人居るはずだ。


しかしその男の姿は、何処にも見受けられない・・・


あの生物の正体を知り逃げたか・・・それとも・・・


「ちょっと宝仙!こっちに来て!!」


不意に妙に呼びかけられ、そちらを振り向くと、村の中に建てられた鳥居の近くから、俺に向かって手招きしている彼女の姿を見つけた。


嫌な予感を覚えながらも、俺は妙へと近づいていく。


近づくに連れ、焦げたような匂いを嗅ぎ取り、顔を一瞬しかめる。


「どうした?」


「これ・・・」


そう言われ指差された先に、その匂いの元を発見した。


「これは・・・」


一体どうすればこの様になるのか・・・そこには、炭化しかけた人の死体が転がっていた。


その死体を目の前に、俺は徐にしゃがみ込んで、暗がりの中その死体を観察していく。


手とおぼしき部分に、抜き身の刀を握りしめている事から、恐らくはこの村を警護していた、もう一人の用心棒だろう。


生きたまま全身を、業火で焼かれた様なその手口から察するに、あの生物の仕業とは考えにくい。


あの生物の仕業でないとすれば・・・恐らくこの男を殺ったのは、羅刹の言っていた三人・・・その最後の一人。


・・・ポタッ・・・


『私達は二人で一つ・・・一人で二つの存在・・・』


炭化しかけた死体の観察をしていると、不意に水の滴る音が聞こえてきた。


その音は、それほど離れた場所から聞こえてきた訳ではなかった。


・・・ポタッ・・・


尚も聞こえてくる水音・・・徐に立ち上がると俺は、鳥居へと向かって、ゆっくりと歩き出した。


「ちょ、ちょっと!どこ行くのよ・・・」


村の異様な状態に、さすがの妙も錯乱気味なのか、俺が歩き出すのに併せて追い縋ってくる。


それに構わず俺は、鳥居の真下までやって来た。


ここまで来れば、嫌でも匂ってきやがる・・・


ポタッ・・・


水音がすぐ近くで聞こえてくるのと同時に、それまで月を覆っていた雲が晴れ、月明かりが妖しく鳥居を照らし出す。


『私の好きは・・・彼女の想いで・・・私の願いは・・・彼女の祈りで・・・』


「・・・間に合わなかった。」


月明かりの元、浮かび上がった鳥居を見上げて、俺はそう呟いた。


「・・・そ、そんな・・・」


妙も俺と同じく、それを見つけ絶句する。


鳥居の頂上部分・・・そこには老人が磔にされ、両手を広げた状態で、首を掻き斬られ絶命していた。


その両手の掌には楔が穿たれ、その傷から流れ出る血は意外と少ない事から、すでに体内の血は、ほとんど出尽くしているのだろう。。


ポタッ・・・ポタッ・・・


だが今尚、僅かに流れ出た血が、遥か下の地面に広がる、赤い水たまりに落ち、波紋を広げていた。


「・・・クソッ!」


ガツンッ!!


まるで何かの罪を犯して、磔にされた罪人を思わせる様な光景から目を逸らし、俺は苦々しく吐き捨てて、鳥居を力の限り横殴りにする。


もっと早く気付いていれば・・・そもそも俺が、村の警護にあたっていれば・・・みすみすこんな結果を招かずに、済んだかも知れないと言うのに・・・


全ては俺の読み違い・・・焦りから生まれた隙・・・その結果がこれだ。


だが・・・今更そんな事を言っても、詮無き事だと言う事は、俺自身が一番よく解っている事だ。


『止水・・・キミには義務があるよ・・・私達の今までを知る義務が・・・』


「宝仙!」


不意に、村中に響き渡るような声で呼ばれて、俺はそちらに視線を向けた。


視線の先には、聖と共に居るはずのクロが、夜の闇に紛れて来る所だった。


「ッ?!妖怪!!」


「待て!あれは俺の仲間だ。」


「え?!」


クロの姿を見るや、何処からか苦無を取り出した妙に対し、俺が制止の声を上げると、訝しがる瞳で俺を見つめてくる。


妙が訝しがるのも無理はないが、それより今はクロの方が問題だ。


いつもは聖に付き従っているクロが、その側から離れて、俺の元までやって来るとは、何か異変が起きたからに違いない。


「・・・何があった。」


俺の元までやって来たクロに向かって、俺が手短に用件を聞いた。


「・・・主が倒れた。」


「ッ?!聖が・・・何故?」


「解らぬ・・・亜空間の住人とおぼしき生物が現れ、我等が応戦していたのだが・・・急に主の様子がおかしくなり、そのまま意識を失ってしまった・・・」


俺の疑問に対し、クロが端的に状況を報告してくる。


クロの話しの中に出た、亜空間の住人とは恐らく、俺達の所にも現れたあの不気味な生物の事だろう。


「やはりそっちにも出たか・・・それで、そいつ等はどうした?」


「主が倒れてから暫くして、亜空間の住人達は消えた・・・現れてから、おおよそ一刻ほど経った頃だ。」


「そうか・・・それで、聖と桜は?」


「今、主を部屋へと運んで貰っている・・・おまえにも知らせるべきと判断し、我はおまえの匂いを辿って来た。」


「そうか・・・」


クロの話を聞き、思考を巡らせていく。


話しの断片では、何故聖が気絶したのか・・・聖の霊力から考えるに、金華龍が暴走した・・・とは考えにくい。


だが、あの不気味な生物が、急に姿を消した理由は何となく解る。


この世の生命体では無い存在を、こちら側に留めさせられる時間が切れた・・・そう考えるのが妥当だろう。


それよりも問題は、俺の行動が完全に刹那に読まれ、裏目裏目に出ていると言う事だ。


やはりここは、状況を整理する為にも、一度戻った方が良さそうだな・・・聖の事も気になる。


「・・・ひとまず、御神楽家に戻ろう。」


暫く考えを巡らせ、そう結論付けて、俺は妙とクロに向かって呟いた。


「ちょっと待って!訳も解らずここまで着いてきたけど、一体何なのよあんた!何か知ってるんでしょ?!これはどういう事なの!なんで妖怪が仲間に居るのよ!!」


それまで事の成り行きを見守っていた妙が、身振り手振りを交え、矢継ぎ早に質問を俺にぶつけてくる。


「それに、アタイ達は雇われの身なのよ?そんな勝手な事出来る訳無いじゃない!!ちゃんと説明してくんなきゃ、アタイだって納得いかないわよ!!そいつが、奴等の仲間じゃないって保証はあるの?!」


まるで子供が癇癪でも起こしたかのように、辺り構わずわめき散らしながら、妙が手にしている苦無をクロに向ける。


そんな妙にクロが向き直り、威嚇する様に牙を剥いた。


一触即発の二人の間に、俺が入る事により制止させ、妙に向き直り見据える。


「・・・解った。後でちゃんと説明する。とにかく今は、他の者達と合流する方が先だ・・・それで良いか?」


「・・・解ったわ。」


俺の言葉に、未だ納得がいっていない妙だったが、現時点ではそれが最良と判断したのか、呟きを漏らして、苦無を懐に仕舞った。


「・・・それは良いとして、この人達はどうするのよ・・・このままにしておく訳にもいかないでしょ。」


不意に、俺から視線を逸らして、重苦しい表情でそう呟いてくる妙。


無理もない・・・俺達は、島民を護る為に雇われた・・・にも関わらず、みすみす死人を出してしまったのだ。


やりきれない思いから、先程の様な言動に達してしまったのだろう。


「・・・どちらにしろ人手が要る・・・それに、犠牲者がこれだけとは、限らんしな・・・」


「・・・そう・・・ね。」


そう呟いて妙は、ゆっくりとした動作で歩き始め、俺とクロの前に進み出た。


「・・・さっきは・・・ごめん。少し言い過ぎた・・・」


不意に妙が立ち止まったかと思うと、振り返りもせずに謝罪の言葉を述べ、こちらの返礼を待たずにまた歩き出した。


それに続き、俺とクロも歩き出す。


『そしてキミは・・・答えを出さなくっちゃいけない・・・私達のこれからに対しての答えを・・・』


御神楽家へと向かう道すがら、不意に初冬の肌寒い風が吹き抜けた。


『止水・・・』


「・・・うん?」


その風が吹き止むと同時、誰かに呼ばれた気がして、俺はその場で振り返った。


だが視線の先には誰も居なく、何の気配も感じなかった。


・・・気のせい・・・か。


「・・・どうした?」


俺が立ち止まったのを訝しがってか、クロの呼びかけが聞こえてくる。


「・・・いや、何でもない。」


すぐにそう答え向き直り、また歩き出した。


「主が気掛かりだ・・・一刻も早く戻るぞ。」


「あぁ・・・そうだな。」


クロの言葉に頷きながら、俺は歩く速度を少し上げた。


『私は傍観者・・・キミと彼女の行く末を見守る事しか出来ない・・・何も出来ない私だけど・・・キミに伝えないといけない事が、たくさんあるんだ・・・』


「どうしてあたしを戻したのよ!雲外鏡!!」


篝火の焚かれた部屋の中に、猫又・玉螺の声が響き渡った。


「何じゃ・・・いきなり喚きちらしおって・・・」


そんな玉螺に対し、呼ばれた雲外鏡は不思議そうに振り返った。


「何だじゃないわよ!一体どういう了見で、あたしを戻したのかって聞いてるのよ!!」


雲外鏡の反応がよほど不満だったのか、玉螺は更に声を荒らげる。


それに併せ、玉螺の八つの尻尾の毛が、一気に総毛立ち大きくなった。


「あぁ・・・その事か・・・」


「その事って・・・ちょっとあんた!あいつ等の所為でみんなやられたのよ?!それなのにそんな事って・・・」


雲外鏡の言葉を聞いて、一瞬面食らった様な表情を浮かべた玉螺だったが、すぐに食いつかんばかりの勢いで詰め寄っていく。


「・・・言い方が悪かったのなら謝ろう。しかしお主だけでも、無事で良かった・・・」


「何が良かったのよ!二人よ・・・たった二人の所為で、ほとんどの仲間がやられたのよ?!あたしが残っていれば・・・」


「あの男を倒せた・・・か?それは無理じゃな。」


「ッ?!」


雲外鏡の呟きに、玉螺は言いかけた言葉を飲み込んで、目の前にいる老人を睨みつけた。


「あの者は、神威との戦いに生き残り、羅刹と対等に渡り合ったのじゃ・・・その力は、最上級の妖怪に匹敵するじゃろう・・・お主が出ていった所で、良くて相討ちが関の山じゃ・・・」


「それでも・・・仲間を見捨てるよりかわマシよ!!」


その雲外鏡の言葉に、今度はすぐさま反論する玉螺。


「頭を冷やせと言っておる。玉螺よ・・・儂等の目的は、扉を開く事・・・多少の犠牲は致し方のない事じゃ。」


「だからって・・・こんなの・・・」


「儂等にはそれぞれの役割がある・・・ここでお主を失う訳にはいかぬ。それに・・・刹那様もそれを望んではおられまい・・・解ってくれ・・・」


「ッ・・・」


雲外鏡の諭す様な物言いに、玉螺は遂に反論する事をやめて、その場で項垂れてしまった。


「確かにお主が言う様に、被害は甚大じゃ・・・じゃが儂ならば、あやつを倒す策がある・・・儂に任せてはくれまいか・・・」


「・・・信じて良いんでしょうね?」


玉螺の呟きに対し、雲外鏡は力強く頷く事によって答えた。


「・・・解ったわよ、雲外鏡・・・」


それを見た玉螺は、ゆっくりと目を閉じると、眉間にしわを寄せながら、気持ちを落ち着かせる様に深呼吸を一つすると、絞り出すかの様にそう答えた。


「後の事は儂に任せて、お主は刹那様のお側に居れば良い・・・」


「・・・そうするわ。」


酷く疲れた様な表情の玉螺は、雲外鏡の言葉に従い、外へ通じる扉へと体を向けた。


そしてそのまま、玉螺は外へと出ていき、部屋の中には雲外鏡が一人取り残された。


「・・・フンッ・・・小娘の腰巾着が、童の様に駄々をこねおって・・・」


玉螺が外へ出て暫くしてから、不意に雲外鏡が不機嫌そうに、呟きを漏らした。


「扉を開いた先・・・その先にある力の事も知らぬ愚か者共が・・・まぁせいぜい利用させて貰おうか、ヒッヒ・・・」


今まで刹那達には見せた事もない、意地の悪そうな笑みを浮かべながら、残された右腕を懐に忍ばせ、そこから硝子の固まりの様な物を取り出した。


それを眼前まで持ってくると、更に笑みを大きくさせて、取り出した物を見つめている。


「・・・あやつの執念も、大した物じゃなぁ~・・・どれ、三年ぶりの再会といこうか・・・のぉ?」


取り出した物に向かって、意地の悪い笑みを向けながら、一人そう語る雲外鏡。


雲外鏡の持つその硝子の固まり・・・その中心には、掌ほどの人形の様な物が埋め込まれていた。


朝日がようやく昇る頃、俺達は御神楽家の屋敷の前に集まっていた。


屋敷に戻ってすぐ、聖の容態が気掛かりだった俺は、そのまま部屋へと行って様子を見てきたが、健やかな寝顔の聖を見て、俺の心配は通り越し苦労で済んだ様だ。


それから、聖に付き添っていた桜を連れ出し、屋敷の前へと場所を移してから、妙に俺達の事を掻い摘んで説明した。


あまり無関係の人間を巻き込みたくはないので、詳細は教えられなかったが、一応は妙も納得してくれた。


それから、改めて桜を交え、聖が気を失った時の状況を、もう一度詳しく詳細を聞いている内に、すっかり夜も明け今に至る。


「・・・そうか、『鬼の腕』を発動したのか・・・」


事の顛末を、一部始終聞き終えた俺は、確認する様にそう呟いた。


「えぇ・・・でも、最初は本当に、何ともなかったのよ・・・それなのに急に、頭を抱えてうずくまってしまったの。」


俺の言葉に対し桜も、先程俺に話した内容をもう一度繰り返した。


「・・・そうか。それで聖が倒れたのか・・・」


クロから話の概要を聞いた時点では、何故聖が倒れたのか解らなかったが、これでようやく合点がいき、呟きを漏らした。


「・・・どういう事?まさかあの状態に成ったから、聖さんが倒れたって言うの?」


俺の呟きを聞いて、桜が不思議そうに聞き返し、それに頷いて答える。


「『鬼の腕』は本来、短期決戦を想定して編み出した使役方法だ。あの状態は、鬼の力を腕に集中する事により、威力を数倍に上げる事が出来る。だがその代わり、精神的・肉体的にも酷使され、長期戦闘には向かないという欠点がある。それは使役者と鬼神・・・肩の付け根を境目にした為、双方の繋がりもそこに集中している。そして腕以外の部分は生身ままだ・・・生身の部分を、『鬼の腕』の感覚に併せる為に、鬼神との精神融合は通常よりもかなり強い状態になり、身体能力も限界まで引き出されている・・・だが聖は、まだ成長過程の途中だ。長時間の使用は控えるよう、言って置いたんだが・・・」


「それは解ったけど・・・でもあの時の聖さんは、何かに怯えている風に見えたわ・・・」


俺の説明を聞いても、未だに納得がいっていない風の桜に対し、俺はもう一度頷いた。


「それは簡単な事だ・・・鬼神が暴走したからさ。」


事も無げに俺がそう言うと、さすがに驚いたのか、唖然としながら俺に顔を向けてくる桜。


「暴走・・・とは少し違うが、感じとしては同じだろう。」


「でも・・・聖さんの霊力は、鬼神を使役出来るまでに成長したんでしょ?それなのに・・・」


俺の言葉に、戸惑いながらも桜が口を挟んでくる。


その言葉に対し、俺は桜から視線を外して、あさっての方角に視線を向けた。


「確かに、聖の霊力は鬼神を使役出来るまでになった。だがそんな事は問題じゃない・・・むしろ問題はこの島の方だ。」


「え・・・?どういう事よ。」


「この島に集まってくる妖気・・・ここまで濃いと、妖気と言うより鬼気に近い。と言う事は、鬼神にも何らかの影響が出ると言う事だ。」


桜のもっともな質問に、俺は端的にそう答えた後、深いため息を一つ吐いた。


「これは予想だが・・・恐らく、『鬼の腕』によって、精神的に磨り減った状態の聖の意識に、島の影響を受けた鬼の意識が流れ込んできた・・・本来の精神融合なら、戦いの最中は表層意識くらいなら感じられるが、『鬼の腕』によって精神的に強く繋がり過ぎて、深層意識まで流れ込んできたのだろう。それを、精神的に磨り減った状態の聖が、塞き止められる訳がないし、鬼の本能を受け止めるなど、聖には無理な話だ・・・結果、制御が出来なくなり、聖の防衛本能が働いて、強制的に融合を解除した・・・そんな所だろう。」


「・・・確かに、あの時の主は、彼女に腕の矛先を向けていた・・・」


それまで、黙って会話を聞いていたクロが、不意に俺の言葉を肯定するかの様に呟いた。


「ちょ、ちょっと・・・怖い事言わないでよ・・・」


何の確証もない俺の推理だったが、それを裏付ける証言が出て、聖に牙を向けられた張本人である桜は、あからさまに動揺しながら後ずさった。


「ちょっとちょっと!いつまで精神だの融合だの、訳わかんない事言ってんのよ!!」


聖の身に起きた事を話し合っていた俺達の間に、話しに着いてこれず、すっかり蚊帳の外だった妙が、苛立たしげに声を荒らげ、割って入ってくる。


「もう朝日も昇ったって言うのに、誰一人戻って来ないのよ?!もしかしたらみんな、あの出来損ないの蜥蜴みたいなのに、殺られたかもしれないって言うのに・・・もう少し緊張感を持って貰わないと困るわね。」


そのまま妙は、俺達の反論も待たず、地団駄を踏みながら、眉間に皺を寄せて言い放った。


確かに、見回りは夜明けまでで、日が昇ったら御神楽家に戻る事になっていた。


なのに未だ、誰一人として戻って来ないと言う事は、最悪・・・いや、あの男は必ず生きているだろう。


最悪の結果を想定していた俺だったが、すぐさまその考えを否定した。


「・・・出来損ないの蜥蜴・・・か。成る程、言い得て妙だな・・・」


不意に、神木へと繋がる道の方から、俺達に向かって声が投げかけられた。


声のしてきた方へと振り返り、俺達は声の主を確認する。


「天津!」


その声の主を確認するなり、妙がその男の名前を呼んで駆け寄っていった。


やはり生きていたか・・・


「大丈夫だったの?!あんたん所にも、あの変な化け物が現れたんじゃないの?」


天津に駆け寄るや、妙は矢継ぎ早に問いただし始めた。


「あぁ・・・拙者の元にも、確かに現れた。」


妙の質問にそれだけ答えると、天津は俺に顔を向けてくる。


「・・・面妖な仲間をお持ちの様だな・・・宝仙殿。」


一瞬、クロを一瞥してから、俺に向かってそう言ってくる天津。


それに対し俺は、肩を透かして苦笑してみせた。


「・・・こいつは普通の妖怪とは違う・・・古の神々を守護する一族の末裔・・・今は訳合って、俺の馬鹿弟子に仕えている。」


妙にも説明した事を、今一度天津に説明する。


「・・・成る程。拙者も噂程度には聞いた事があるが・・・」


そう言いながら天津は、俺から視線を背けてクロに向けた。


「こっちからも質問良いか?」


そう言って俺は、天津に話しを振った。


「・・・何かな?」


「・・・あんた、何処まであの化け物の事を知っている?」


「え?」


俺が天津に向かってそう言うと、桜が不思議そうに俺に顔を向けてきた。


それに構わず俺は、天津に向かってゆっくりと近づいていく。


「・・・何故、そう思われる?」


そんな俺を見据えながら、天津が静かに聞き返してくる。


「理由はいくつか在るが・・・敢えて言うなら、妙の『出来損ないの蜥蜴』・・・と言う言葉に対してのあんたの言葉と、あの化け物が、俺達全員を狙って現れた事に対して、まるで不思議がらなかった事だ。」


問いかけに答えながら、俺は天津の眼前で立ち止まった。


「あんたは俺達とは違い、一人で行動していた・・・俺達全員を狙った事に対して、知る要素が少なすぎる・・・だがあんたは、その事に反応するよりもまず、妙があの化け物を見てくれで呼んでいた事に反応した・・・少なくとも、あの化け物の正体を知らなければ、そのような言動は取らない・・・そう思ったからでは理由にならないか?」


そう言って天津に対し、俺は口元を歪めただけの笑みを浮かべた。


だがそうは言ったものの、俺の言葉は何の確証もなく、ただの思い過ごしと言う可能性の方が強い。


ここで天津が知らぬ存ぜぬと言えば、それ以上追求のしようがないし、そうなれば俺は馬鹿丸出しだ。


だが俺がそう思った理由は、天津に言った事の他に、もう二つ気になる事があったからだ。


その理由の一つは、やはり天津の言動にある。


昨日初めて会った時もそうだったが・・・これ程の実力者にしては、あまりにも無警戒過ぎる・・・っと言うよりは、わざとらしい言動が多い事。


それは先程、天津に言った理由が正にそうだ・・・仮にもし、俺があの生物の事を知っていたとして、他の者に知られたくない事情が在れば、芝居を打っていただろう。


昨日の会話にしても、この島に金以外の理由・・・来なければならない事情があったと、自分で言っていたようなものだ。


何故そんな回りくどい事をするのか・・・考えられる事は一つ、天津は未だ俺の事を計りかねている。


まぁそれは、俺も同じなのだが・・・一方的に試されるのは、あまり気分のいいものでもない。


そしてもう一つの理由・・・俺が疑った瞬間、一瞬だったが確かに天津は、口の箸を筈かに動かした。


自分の思惑通りの展開なのか・・・俺の反応が、想像通りだったのか・・・


それは解らんが、これでもし天津が否定しようものなら、俺の中でこの男は『腹黒』で決定だ。


そんな事を考えていた俺だが、当の天津はと言うと、暫くの沈黙の後、どちらともとれる様な曖昧な苦笑を浮かべ始めた。


「・・・カマを掛けるのならば、もう少し相手の出方を伺ってからでも、遅くはないな・・・」


不意に、苦笑を浮かべたまま、俺の疑惑を肯定する言葉を口にした天津。


「フン・・・悠長にそんな駆け引きをする気はないな・・・すでに犠牲者も出ているんだ。」


そんな天津を鼻で笑いながら、俺は腰に手を当てて、静かにそう告げた。


「・・・その様だな・・・確かにお主の言う通り、拙者はアレの事を知っている・・・」


俺の言葉を聞き、それまで浮かべていた笑みを消すと、真剣な表情でそう答えてくる天津。


「ちょっと・・・それって・・・」


「どういう事よそれ・・・」


妙と桜にしてみれば、思いがけなかった事なのだろう・・・戸惑いながらに、天津に対して呟きを漏らした。


だが天津は、二人の呟きには答えず、俺から視線を外そうとはしなかった。


「・・・互いに持っている情報を交換すべき・・・と思うが・・・どうか?」


「あぁ・・・良いぜ。」


天津の言葉にそう答え、まずは俺から今この島で起こっている事、一度妙に話した事を天津にも伝える。


「・・・成る程。この島に何かが眠っていると言う事は解った・・・その刹那という妖怪が、その封印を解こうとしているのだな・・・」


「あぁ・・・それが何なのか迄は、現段階では解らんがな・・・」


一通り説明し終えた俺は、天津の呟きにそう答えた。


「状況は理解した。そうか・・・村人にも被害が出てしまったか・・・」


俺と妙が遭遇した、妖怪達との戦い・・・その後俺達が、村に向かって見た光景も知ると、天津は残念そうに呟いた。


その呟きを聞き、俺の拳に自然と力が加わっていく。


「・・・俺の知っている事、持っている情報はこの位だ・・・」


「そうか・・・ならば今度は拙者の番だな・・・」


そう言って天津は、静かに瞳を閉じて、ゆっくりと深呼吸を一つ吐いた。


「・・・昨夜、拙者等を襲ったあの奇怪な生物・・・あれは、この世とあの世の境目の住人だ・・・お主の説明の中にもあったが、アレを呼び出せるのは・・・雲外鏡・・・」


「・・・雲外鏡が?」


天津の言葉を聞き、俺は確認するように聞き返した。


雲外鏡・・・鏡の付喪神にして、刹那に最も近い三人の内の一人・・・そして俺と羅刹の私闘に、横槍を入れた張本人・・・


付喪神の中でも上位に位置づけられ、鏡を使った呪術が得意と言われているが、その能力の詳細は不明・・・解明されている事は一端と言っていい。


俺の行く手を遮るように現れた妖怪達・・・その道を作ったのも雲外鏡だろう。


「そして拙者は、その雲外鏡を追い、この地までやって来た・・・」


「雲外鏡を?」


俺が知っている雲外鏡の情報を整理していると、不意に天津がそう呟き、その呟きに桜が反応した。


そこまで詳しく雲外鏡の事を知っているのならば、考えられない話しではない。


「そうだ・・・雲外鏡の能力は、一般に知られているのは極僅かだ。お主達が知らぬとて不思議ではない・・・雲外鏡は用心深いからな・・・拙者が追っている雲外鏡が、お主達の敵と同一かは定かではないが・・・知っておいて損は無かろう。」


桜の呟きに、天津は顔をそちらに向けて答えた。


「雲外鏡の能力には、鏡の他にある制約があるのだ・・・それは、その時の時刻によって、使える呪術が異なると言う事だ。」


「・・・つまり奴の使える呪術は、最大で十二と言う事か・・・」


天津の説明を聞き、俺は思った事をそのまま口に出しすと、天津は無言のまま頷いた。


「・・・じゃぁ、あの生き物がいきなり姿を消したのは、使える呪術の時刻を過ぎたから?」


「左様・・・雲外鏡は、歳を重ねる毎に、使える呪術が増えてゆくのだ・・・付喪神に成り立てでは、使える呪術も一つか二つと限られているそうだ。そして昨夜のアレは、『乱鏡』と呼ばれる呪術によって、呼び出された異世界の影・・・雲外鏡が丑三つ時に使える、中級程の呪術だ。」


「あんなのを呼び出せて、まだ上があるのかい・・・」


桜の質問に答えながら、説明を続ける天津に、妙が呆れたようなため息を吐きながら、合いの手を入れた。


「・・・私達の中に今まで、そこまで雲外鏡の事に、詳しい者なんて居なかったわ・・・よくご存じなんですね。」


不意の桜の何気ない一言を聞いて、天津は自嘲気味に苦笑を浮かべた。


「・・・気の遠くなる時間を、たった一匹の妖怪を求めて旅してきたのだ・・・嫌でも詳しくなる。」


そう言うと天津は、右手を開いて視線を落とした。


俺には、天津の気持ちがよく解る・・・例え何年だろうと、何十年だろうと・・・


諦めるという選択肢もあっただろう・・・だがそれを選ばず、俺も天津も今ここに居る。


「・・・百余年・・・仮にこの島に居る雲外鏡が、拙者が追う奴では無くとも・・・これからも拙者は、探し続けるのだろうな・・・」


「・・・えぇ?!」


「ひゃ、百年?!」


不意の天津の言葉に、一拍置いて桜と妙の反応が重なった。


俺もまた、想像していた年数よりも一桁多く、さすがに驚きを隠せず、天津の全身をなめ回す様に見つめた。


「・・・アタイにはどう見ても、三十後半位にしか見えないんだけど・・・あんた一体いくつよ?」


妙のもっともな質問に、天津は苦笑を浮かべた。


「自分の歳など、もうすでに覚えてなどいない・・・それだけ長い年月を、拙者は生きてきたのだ。」


「・・・それが雲外鏡を追う理由か?」


天津の姿を見ていた俺は、ある考えが浮かび、そう質問していた。


天津の話を元に考え、その上で天津が雲外鏡を追う理由・・・それが天津の体にある・・・そう俺は考えた。


「・・・確かに拙者の体は、お主が思う様に・・・雲外鏡の力により、時間の流れを失った・・・」


そんな俺の考えを見透かしてか、天津が静かにそう答える。


・・・やはり・・・か。


「・・・拙者の体に施された呪いは、雲外鏡の操る呪術の中でも、最も高位とされている・・・『姿写し』と呼ばれる呪術だ。この呪いに掛けられると、掛けられた相手は・・・時の流れから外れてしまうのだ。拙者は当時、三十八・・・だったか。その時から拙者は、殺されなければ死ねぬ体になってしまったのだよ・・・」


そう言いながら天津は、また視線を自分の手に移し、その手を一度閉じ、ゆっくりと開いた。


時の流れの外に居る者・・・殺されれば死ぬと言う事は、不老不死という訳でも無いのだろうが・・・永遠とも言える時間を彷徨うとは、どんな気持ちなのだろうか・・・


周りの者は全て老いていく中、一人そのままで生きていく・・・考えただけでもゾッとする。


希に権力者などで、永遠の命を欲しがる馬鹿が居るが、少なくとも俺は、そんな物欲しくもない。


そして天津も、進んでそんな体になった訳でもないだろう・・・だからこそ、その呪いを掛けた存在を、気の遠くなる時間を掛けて追い続けているのだ。


「・・・しかし、拙者が雲外鏡を追う理由は、それだけではない・・・お主は、何故その刹那と言う妖怪を追う?」


不意にそう問われ、俺は天を見上げた。


「・・・果たせなかった約束を果たしに・・・俺自身が起てた、誓いの為に・・・あんたは?」


一拍置いてそう答え、再び天津に視線を転じ、右手を差し出した。


「・・・奪われし時を取り戻す為だ。」


俺の言葉にそう答え天津は、差し出した俺の右手を、自分の右手で力強く握りしめた。


「敵の敵は味方・・・とはよく言ったものだな。」


軽口を一つ叩きながら、俺は天津に苦笑を向ける。


「フッ・・・全くだ。」


それに対し天津も、苦笑を浮かべて応えた。


「・・・さて・・・話も纏まった事だし、そろそろ行動に移るとしようか。」


不意に天津が、それまで握っていた俺の右手を離して、話を切りだした。


「・・・そうね。それでどうするつもり?」


天津の言葉に、同意を示した桜が、俺に話しを振ってくる。


「そうだな・・・そろそろ村人達も起き始める頃だ・・・騒ぎになる前に、犠牲者を弔うべきだろうな・・・」


「ならば拙者が村に行こう。」


俺の提案に天津が、すかさず申し出た。


天津のこの反応の早さは、俺にこの場を仕切れと言ってるのだろう。


そんな事を思い、軽くため息を一つ吐いた。


「・・・それから、ここまで待っても他に誰も戻って来ないと言う事は、最悪の結果なんだろう・・・分かりやすい所で、神木の見張りの三人組か・・・妙、頼めるか?」


「・・・ま、しょうがないね。解ったよ・・・死体をここまで運んだら、アタイ寝るからね?」


妙ならば俺が仕切っている事に文句を言うと思ったが、以外と素直に応じてきた。


「あぁ・・・それから、他にも犠牲者が居るかもしれん・・・」


「・・・解ってる。見かけたらちゃんと連れてくるわよ。」


俺がそう言うと、暗い表情でそう呟く妙。


・・・まだ引きずってるか・・・無理もないな。


「私も村に行きましょうか?」


不意の桜の申し出に、俺は振り向きながら、考えを巡らせる。


「・・・いや、桜はこのまま御神楽家に戻り、春香に事の顛末の説明をしてくれ・・・それから、聖の事も頼む。村には俺が行く。北側の見回りに行った用心棒達は、クロに・・・」


「・・・我が村に行こう。」


不意にクロが、俺の言葉を遮り、そう申し出てきた。


「我がここに居ても、主の世話は出来ん・・・それに、北側の岩場に例の壁画があるのならば、ちょうど良かろう・・・」


「確かにそうだが・・・おまえが村に出入りすれば、無用な騒ぎが起きるぞ。」


クロの言う通り、本来なら俺が北側に行ければ良いのだが、ここで妙に村に行って貰うのも考え物だ。


とは言え、そろそろ住人達が起き始める時分という事もあり、クロに行って貰うのもやはり考えてしまう。


「その点なら気遣い無用・・・おまえの服を貸してくれれば、神化して村に入る。主との修行の成果で、ようやく勾玉の力を制御できるようになった。問題ない・・・」


「それで拙者も異論は無い。人手が多い方に越した事はないが、ここは皆で分担した方が良いだろう。」


俺の言葉に対しクロがそう反論し、追い打ちに天津の言葉が続く。


「・・・気になる事が在るのだ。良いから黙って我に任せろ。」


更にそう言われ、俺は後頭部を掻きながら、深いため息を吐いた。


「・・・解ったよ。好きにしろ馬鹿犬・・・」


そう言って俺は、クロの要求に応じて、予備の僧服を取りに御神楽家へと入った。


浅黒い肌をした若い男・人化したクロは、鋭い目つきで村の中を見回していた。


宝仙の僧服を身に纏い、犬の様な耳を隠す為に、桜の頭巾を被っているが、僅かに伺える肌からは、彼が人化した際に浮かび上がる痣は見受けられない。


その手にも、いつもなら槍が携えられている筈だが、今は大きな風呂敷包みを手にしていた。


村の中には、まばらに人の姿も伺え、すでに死体に気付いているのか、ざわめく声がクロの耳にも届いていた。


「・・・やはり、すでに人目に付いているようだな・・・」


「・・・その様だな。」


不意に、クロと並んでいた天津が呟きを漏らし、それにクロが答えた。


「それでは拙者は、磔にされたという御老人を降ろしに行く。クロ殿には、殺害された見回り衆をお願いしたい。」


「・・・あぁ。ちょうど俺も、そっちに用があるんだ。」


「・・・用?それは、お主が言っていた気になる事と、何か関係があるのか?」


クロの漏らした一言に、天津が不思議そうに聞き返した。


「・・・思い過ごしであって欲しい・・・正直そう思っている事だ。」


その質問にクロは、天津に顔も向けずに、真剣な表情で辺りを見回していた。


「・・・左様か。ともあれ、早く遺体を弔おう・・・」


「・・・そうだな。」


天津の言葉にクロが同意し、そのまま歩き始める。


暫くクロが歩いていくのを見送った天津も、村の中にそびえる鳥居目指して歩き始めた。


天津と別れたクロは、そのまま人だかりが出来ている場所へと向かう。


「・・・すまない、そこを通してくれ。」


人だかりへと近づいたクロは、不意に村人達に声を掛けた。


その声に反応し、村人達は一斉に振り向き、視線がクロへと集中した。


村人達がクロの姿を確認すると、人だかりが二手に分かれ、その合間をクロは縫う様に通っていった。


そしてその先にあった物は、三分割にされた人間の死体だった。


その死体の側まで行くと、クロは徐に手にした風呂敷包みを広げて、その上に死体を無造作に置き始める。


「お、御防様・・・これは一体どういう事じゃ・・・」


クロが淡々と作業を進めていると、不意に人だかりから、不安げな声が発せられた。


「・・・御防様・・・か。」


その言葉を聞き、クロは苦笑を浮かべながら、小さく呟いた。


「そのお方は、島長が雇ってくだすった用心棒の方なんでしょう?何故この様な事に・・・」


何も言わないクロに、村人達の不安は一層募り、追い縋る様に尚も言葉が発せられる。


「・・・すまないが、俺からは何も言えない・・・」


そんな村人達に、クロはそう答えると、風呂敷に包んだ死体を持ち上げ、踵を返して歩き始めた。


無表情のまま、遺体を担ぎ上げたクロに、村人達は恐れながらに道を開けた。


そしてクロは、もう一体の用心棒の遺体を目指して、村の中を歩いていく。


「・・・?」


黒こげになり、炭化しかけた遺体の側までやって来た時、クロはそこより少し離れた、村の出口付近に何かを見つけ、風呂敷を遺体の側に置いてからそ、ちらへと向かっていった。


「・・・チッ。やはりか・・・」


それが何なのかを確認したクロは、その場で舌打ちしながら、その光景を見渡した。


クロが目にした光景・・・それは戦いの痕跡だった。


所々に、何かが弾けたかの様な、拳ほどの円形状に焦げた跡と、鋭い大きな爪痕がいくつも残っていた。


不思議な事にその焦げ跡は、外側だけが黒く煤け、内側は綺麗な状態だった。


恐らくは、黒こげにされた用心棒の物だろう血痕も、所々伺える。


殺された用心棒は、ここで何者かと死闘を繰り広げ、無惨にも焼死したのだろう・・・


「・・・となると、あの視線も奴か・・・狙いは・・・俺か。」


不意に、死闘の痕跡の残る光景を見つめ、クロが一人そう呟いた。


「クロ殿!」


暫くクロが、その光景を見つめていると、後ろから天津に呼びかけられ、クロはその場で振り返った。


見れば天津も、先程のクロと同様、大きな風呂敷包みを担いでいた。


「こちらは終わった。そちらは・・・」


クロの側まで来た天津も、クロがそれまで見ていた光景を見つけ、言いかけた言葉を飲み込んだ。


「これはまた・・・これがお主の言っていた、気になる事か・・・?」


「・・・あぁ。」


天津の言葉に、暫くの間を置いてクロが呟きを漏らす。


それからまた暫くして、クロは後ろを振り返り、黒こげにされた遺体に近づいた。


そしてクロは、先程遺体の側に置いた風呂敷を再び広げ、そこに用心棒の遺体を乗せる。


死体を風呂敷で包み終わると、それをずれ落ちない様慎重に持ち上げ、肩に担ぎ上げると、反対側の出口に向かってクロは歩き始めた。


それに併せて、天津がその後を追って歩き始める。


「・・・この近くには、他に犠牲者も居ない様だ。」


「・・・その様だな。それにしても、あれ程の死闘の後だ・・・誰一人気が付かぬとも思えんのだが・・・」


クロの言葉に頷きながら、天津は気になっていた事を、そのまま口に出した。


「・・・結界でも張って在ったんだろう・・・空気の振動を無くす類の結界をな・・・」


その問いにクロは、事も無げにそう答えた。


「成る程・・・それで合点もいく。」


天津がそう呟くと、二人の間に沈黙が訪れた。


「・・・差し支えなければ、拙者にも気が付いた事を、教えていただきたいのだが・・・」


暫く、黙々と歩いていた二人だが、不意に天津がそう話しを切り出した。


「・・・手強い相手さ。因縁を辿れば、神話の時代にまで遡る・・・」


不意に振られた天津の言葉を聞いても、特に気にした様子もなく、クロは静かにそう告げる。


「・・・とにかく、一度戻って宝仙の元に行く・・・ついでに、他にも犠牲者が居たら、運んでくる・・・」


「ふむ・・・解った。拙者も、他に犠牲者が居ないか、見て回ろう・・・」


短い会話の後、二人は御神楽家へと向かっていった。


北側の森にやって来た俺は、早々に二人の遺体を発見し、問題の洞窟の前までやって来ていた。


そこはちょうど、この島に来た時に船上から見えていた大きな岩山だった。


「・・・ここか。」


そう呟いて俺は、風呂敷に包んだ二人の遺体を地面に置いて、洞窟へと近づいた。


「・・・かなり深いようだな・・・」


洞窟の入り口から中を伺い、そう呟いてから持ってきた松明に火を着ける。


火の着いた松明を、洞窟の入り口から差し込み、もう一度中を伺う。


「・・・待ち伏せは・・・無いようだな。」


暫く洞窟の奥に意識を集中し、気配を探るが、俺の通り越し苦労で済んだようだ。


そのまま俺は、一応警戒は解かぬまま、洞窟の中へと入っていく。


「・・・これか。」


洞窟内に入り、暫く進んだ所で立ち止まり、俺はそれを見つけた。


それほど広くはない洞窟内に、所狭しと描かれている壁画は、まるで子供のいたずら書きかと思うような物だった。


右の壁から順に、天井を伝い左の壁に達し、そこからまた天井を伝い右の壁に戻る・・・その繰り返しで繋がっているようだ。


とりあえず俺は、右の壁に描かれている壁画を中心に、洞窟の奥を目指す事にした。


御神楽家の天井絵と比べれば、さすがに見劣るものの、それは確かに神話の物語を描いている物だった。


天地の始め・・・この柱を挟んで、二人描かれているのは・・・伊邪那岐と伊邪那美の婚姻か・・・


國産み、三貴士の分治と物語は進んでいき、洞窟の奥に差し掛かった辺りで、物語は終わりを告げた。


どうやらこの壁画に描かれているのは、古事記や日本書紀の中でも、神武天皇以前の出来事までのようだった。


しかし、御神楽家の天井絵には、神武天皇以降の物語も描かれている。


正確な年代測定は俺には出来ないが、少なく見積もっても、あの御神楽家の天井絵は千年・・・この壁画はそれ以上前といったところか・・・


どこに何が描かれているのかを、だいたい確認した俺は、もう一度天地の始めの場所へと戻り、今度は丹念に一つ一つの壁画の内容を調べ始めた。


「・・・うん?」


俺が暫く壁画を調査していると、ある違和感を感じて、その場面を食い入るように見つめる。


その場面はちょうど、天井部分に描かれていたので、先程は見落としてしまっていた。


俺が違和感を感じた場面・・・それは、大きな門の様な物をまたいで、二人の人物が背中合わせに立っている場面だった。


その前後の壁画を見て察するに、どうやらその場面は、黄泉比良坂から伊邪那岐が逃げおおせ、冥界の入り口を千引の岩で塞ぎ、妻である伊邪那美と、最期の会話を交えた場面のようだ。


古事記にも確かに出てくる場面だが、気になるのは、ここには『岩』ではなく『門』が描かれていると言う事だ。


本来ならば、伊邪那岐命は冥界の入り口を、巨大な岩で塞ぐはず。


だがここには、四角く両開きと思われる門が描かれている。


挙げ句、その門の中心には、対極図のような模様が掘られていた。


仮にこの壁画が、現存するこの国の歴史書の元になった壁画だとして、ここまであからさまに異なる記述がされるだろうか。


古事記や日本書紀の原本を読んだ事はないので、もしかすれば写し書き・但し書きの課程で、少しづつ変わっていったとも考えられるが・・・


そう思い直し俺は、壁画の調査を再開した。


もし他にも、俺の知る内容と違う箇所があるようならば、御神楽家の天井絵も調査した方が良いだろう。


春香の話を聞く限りあの天井絵は、この壁画の最初の写しだそうだ。


つまりは、最古の歴史書の原本と同等と言えるだろう。


ならばその天井絵と、この壁画の内容を照らし合わせ、もし違う箇所があるようならば、それがこの島の秘密である可能性が高いと、俺はそう考えていた。


この島に何かが封印されている・・・そう考えてはみたものの、それが何なのかは未だ解らない。


だが封印とは、存在を封じると言う事であって、その存在が消えたという訳ではない。


しかしその存在が明るみになれば、封印した事に意味が無くなってくる。


だからと言って、忘れ去られるのもかえって危険なのだ・・・万が一、その封印が破られた時、封印し直す為にも、何らかの方法で伝えられているはず・・・


そう考えると、この壁画とあの天井絵は、まさに打ってつけと言える。


もし仮に、この壁画の内容を後世に残したいのならば、古事記・日本書紀で事足りるはずだ。


だがそれとは別に、この島に壁画の写しを作ったのは何故か・・・


それこそ、この島に封印された存在を示す鍵・・・その可能性は十分に考えられる。


「・・・うん?」


尚も壁画を調べていると、また違和感を感じる部分を発見した。


それは左側の壁の下・・・少し大きな岩肌が飛び出している部分。


その岩の部分だけ、壁画が描かれてはいなかった。


両隣の壁には、その岩が在る位置にも絵が描かれているにも関わらず・・・文字通り所狭しと描かれている壁画の中で、その部分だけが空白だった。


しかし俺の知る限り、岩の上に描かれた場面と、その次の場面は途切れている訳ではなく、単に書き辛かっただけなのかも知れない。


だが他の岩肌も、お世辞にも書き易いとは言い難い・・・


単なる考え過ぎと言われれば、そうなのかもしれないが・・・その岩が何故か気になり、俺は入念に調べ始めた。


その時、俺はある事に気が付いた・・・


「・・・この岩・・・裏に何か書いてあるのか・・・」


その岩と岩の間に、明らかに人為的な傷を見つけた。


徐に俺は、手にした松明を床に置くと、その岩に両手を添えて、動かそうと試みる。


「・・・クッ!くぅ・・・このっ!」


動かそうとは思っても、周りの壁画を傷つける訳にもいかないので、引き寄せようとするが、これがなかなか難しい。


「ぬ・・・ぬうぅぅぅ・・・ッ!!」


ズ・・・ズズズズ・・・


暫くその岩と戯れていると、ようやく根負けしてくれた岩が、重い音を響かせながら、少しづつ移動し始める。


「クッ!・・・ふぅ。」


ようやく岩の裏側が確認出来る程の隙間が出来た頃、俺は岩から手を離して、深いため息を一つ吐いた。


これをまた元の状態に戻すのかと考えると、少しだけ陰鬱になってしまうので、とりあえず今はその事を忘れる事にする。


一息吐いた俺は、地面に置いた松明を拾い上げ、出来たばかりの隙間を松明で照らし、岩の裏側の様子を観察し始める。


「ッ!これは・・・」


岩の裏側に描かれた壁画・・・それが何なのかを察した俺は、食い入るようにそれを見つめた。


裏側に描かれていた物・・・それは、この島の地図だった。


もちろんその地図は、今のこの島の物ではなく、過去に確かに存在したであろう、この島の本来の姿を描いた物だった。


その地図には、村や御神楽家、神木などが記号で記されており、それらは大きな島の輪郭の、ほぼ中央に固まっている。


そこに描かれている位置関係などは、聖が昨夜言っていた通り、全く変わっていない事などが解り、今の島の状態と併せ考えると、およそ二倍半っと言った所か。


そしてもう一つ、大きな発見があった。


蛭子島の隣・・・場所から言って、ちょうど俺が居る北の森より、更に北上した場所に、蛭子島とは別の島がそこには刻まれていた。


島とは言っても、そこに描かれている蛭子島の大きさに比べれば、ほんの小島ほどの大きさで、今の蛭子島を更に二周りほど小さくした位だろうか。


そこに描かれているもう一つの島・・・それはこの島から、とても近しい位置にあるようだった。


「・・・だが、昨日神木の山の上から見た限りでは、この島は見る影も無かった・・・」


そこに描かれている島と、この蛭子島は・・・おそらく繋がっている・・・


年々海に沈んでいるとされる蛭子島・・・この島が、今は見る影もない理由・・・蛭子島とこの島が繋がっていると考えれば、その説明も付く。


そして、この蛭子島が沈んでいくのは、何らかの術式かその副産物と考えていたが・・・この島ではなく、今は見る影もない島を、封印する為だとすればどうか・・・


「・・・考えとしては、悪くないな・・・うん?」


不意に過ぎった考えに、独り言のように相づちを打った時、暗がりでよく見えなかったが、その地図の下に何か文字が書かれている事に気が付いた。


気付くと同時に、俺は隙間に松明を差し込み、そこに書かれている文字を確認する。


字自体かなり古く、所々掠れている上、古字を訳さなければならない。


「ったく・・・今ほど魅鈴に感謝したいと思った事はないぜ・・・散々読まされた文字と同じだ。」


ふと昔の事を思い出し、一人苦笑しながら口に出した。


本山に居た頃読んだ、呪術の秘伝書に書かれていた文字と、そこに書かれている文字は同じだった。


その頃の俺は、まだ読み書きが少々出来る程で、古字が読める訳もなく、魅鈴に頭を下げた事があった。


「・・・『水蛭子、淡嶋図』・・・か。」


そこに書かれている文字を読み上げ、もう一度壁画に目を向ける。


予想はしていたが、ここに描かれているもう一つの島は、やはり淡嶋か・・・


それを確認し俺は、続きを読む為もう一度文字に目を向けた。


「・・・『彼地へ赴く・・・開く・・・四つの鍵・・・されど全ての鍵を・・・無かれ・・・光と闇交わり・・・が覆う・・・』・・・これでは何の事だかわからんな・・・」


所々完全に掠れ、これ以上の解読は不可能なようだった。


それでも収穫はある・・・『彼地』と『四つの鍵』・・・恐らくこの語句が、この島に隠された何かの手がかりだ。


もし仮に、刹那がやろうとしているのが、ここに書かれた内容の物だとすれば、四つの鍵の一つが、あの鳥居に磔にされた村人の生け贄なのだろう。


そしてこの文の中で、もう一つ気になる語句がある。


「・・・光と闇交わり・・・どういう意味だ?」


それがどうしても気になり、その場で考え始める。


光と闇・・・ッ!まさか・・・


俺はある事に気が付き、先程まで自分が調べていた、天井の壁画に向き直った。


そこには先程確認した、対極図のような模様の描かれた門を挟んで、背中合わせに対峙する伊邪那岐と伊邪那美が描かれている。


本来ならば、岩を挟んで対峙していなければならない筈なのに・・・


「まさか・・・この島に封印されている物とは・・・千引の岩・・・なのか・・・」


刹那の伝言・・・それを聞いて、俺は真っ先に挑発と受け取っていた。


もちろん挑発の意味もあったんだろう・・・だがそれよりも、奴は黄泉比良坂の誓いを引用し、俺がどう反応するかで、俺の心理状態を探ると同時、俺に最大の手がかりを与えていたのだ。


この島に来た直後・・・少なくとも、何かが封印されていると思う前ならば、恐らく俺は素直に、その言葉を手がかりとして受け取っていただろう。


チッ・・・俺を手玉にとるか・・・嘗められたものだ。


心の中で毒吐きながら、俺はまたこの島の地図へと顔を向けた。


過ぎた事を気にしていても仕方がない・・・奴の先を・・・裏をかくには、その四つの鍵とやらが何なのか・・・何処にあるのか・・・知る必要がある。


そう思い、更にその壁画を調べる事にした。


壁画に描かれた、島の見取り図には、御神楽家や村、神木などが記号で記されている他にも、いくつかの記号が描かれている。


先程は暗がりで、単なる傷だと思っていた、いくつもの小さな線状の印は、どうやらこの島の鳥居を指しているようだ。


そして今俺が居る場所は、その壁画では菱形で表されていた。


次に淡嶋の方を調べ始める。


蛭子島に比べれば、かなり小さいその島は、自然に出来た物なのか、人工的に傷つけられたのか、判断しにくい傷が在るくらいで、これといって記号は描かれていなかった。


一応確認の為、松明を岩の隙間に差し込み、もう一度よく見てみる。


ほとんど自然に出来た傷に見えたが、炎を差し込んだ事によって、その傷の奥は、水平な状態になっている事に気が付いた。


長い年月の所為で、切り口が崩れてしまっただけのようだ。


これと同じように、切り口が崩れた物は他に無いか、入念に調べてみたが、特に見あたらなかった。


一通り見終わり、新しく発見した崩れかけた印を観察すると、どうやら元は菱形の中央をくり抜いた状態だったようだ


大きさも、ちょうどここを表す菱形と同じくらいで、くり抜いているかいないかの違いだけのようだ。


「・・・この場所に、淡嶋に関連した物が在るのか・・・?」


不意にそう呟いて、俺はおもむろに立ち上がり、洞窟の外目指して歩き出した。


この場所に、淡嶋に関連した何かがあると思った理由は三つ・・・


一つは、この二つの記号の他に、類似する記号が無い事と、この二つの記号が、まるで入り口と出口に見えたからだ。


淡嶋にも、ここと同じような壁画があるのならば、わざわざ中をくりぬく必要はないし、この他に中をくりぬいた記号も無かった。


長い年月で、切り口が崩れてしまう事は、容易に想像が出来るというのに・・・無闇にくりぬけば元の形が、判別できなくなってしまう。


それなのに、わざわざくりぬいたのは何故か・・・


そして二つ目、ここを表す記号と、淡嶋に記された記号は、ほぼ同一線上に描かれていた事だ。


二つの記号が類似している事と併せて考えると、何か意図的な物を感じてしまう。


そして三つ目・・・これはここに来た時から思っていた事だ。


確認するまでもないが、この島は今も尚沈み続けている。


この島の先人達は、それを知りながら尚、この島に村を作った・・・ご丁寧に、何百年か先でも住めるよう高台に。


つまり、この島で重要な場所は、全て高台に作られているはずだ。


その中でもさらに重要な物・・・神木は、この島で最も高い位置に存在している。


そこまで考えがまとまると同時、俺は洞窟の外へと足を踏み出し、後ろを振り返って岩山を見上げた。


後何百年か先に、この島が完全に水没するまでの間に、封印が解けてしまったら・・・その時、封印し直す為の装置が、海の底では意味がない。


「・・・このくらいなら問題はないだろう。」


岩山の状態を確認しそう呟くと、手にした松明を消してから向き直り、むき出しの岩肌に手を掛けた。


それを手がかりに、おもむろに岩山を上り始める。


岩山はほぼ垂直に近かったが、手がかりになる場所をしっかりと確認すれば、登れない事もない。


力を使えばもっと簡単に登れるが、この程度の事でわざわざ使うようでは、ありがたみも薄れてしまう。


「ッ?!うぉっ!!」


ボロッ・・・がらがらがら・・・ズシンッ!!


暫く岩山を上っていると、不意に左手を伸ばした岩の一角が崩れ落ち、岩は地面に叩きつけられた。


瞬間的に身を翻し難を逃れた俺は、右腕一本で体重を支えながら、眼下へと視線を移した。


「・・・やれやれ・・・うん?」


気を取り直し、視線を山頂へと戻した時、先程岩が崩れ落ちた部分から、横穴の入り口が現れている事に気がついた。


「・・・どうやら当たりのようだな。」


そう呟いて俺は、そこまでよじ登ると立ち上がり、横穴の奥を目指して歩き始めた。


その横穴は、人一人がやっと通れるほどの通路で、明らかに人の手が加えられている事が確認出来る。


方角で言うとちょうど北側の海に向かう形で、その横穴は延びているようだった。


穴の中はそれほど暗くはなく、進む先から潮風が吹いてくる事から、どうやら外と繋がっているようだ。


それから暫く横穴を歩くと、進行方向から外の光が差し込んできた。


「・・・これは・・・」


そこに広がる光景を目にして、俺は知らずのうちに呟いていた。


そこはちょっとした広間になっており、思った通り外に繋がる入り口からは、北側の海が一望できた。


広間の天井にも、巨大な縦穴が口を広げ、岩山の山頂と繋がっているのか、その穴から日の光が差し込んでいる、


そしてその広間の中央部分、天井の穴から差し込む光に照らされ、子供ほどの大きさの台座が鎮座していた。


この広間自体、長い間風雨に晒されていたのだろう、室内は苔だらけで、潮風も混じってやたらと青臭かった。


広間の中を一通り見渡した俺は、不意に台座へと近づき、おもむろに調べ始めた。


その台座の材質は、周りと同じ種類の岩で出来ているようで、形状は四角柱、その頂点に何かを立て掛けるかのような、突起物が二つ確認できた。


そして俺は、視線を苔だらけの台座の側面へと向ける。


「・・・文字が刻まれているな。」


台座も苔だらけだったが、暫く調べていた俺は、僅かに見える元々の肌から、壁画の洞窟で見つけた地図に刻まれたのと、同じ文字を見つけた。


台座に生えた苔をむしり、何とか読む事が出来ないかと試みる。


「・・・『太陽と月が死す時、我を台座に納めよ。さすれば海は断ち割れ、彼地へ赴く導と化す。汝求めるならば、我は只、天空より舞い降りし矢を放つ窮と化す也。』・・・」


台座に刻まれた文字を読み上げ、俺は北側の海が望める横穴に顔を向けた。


「・・・これで、はっきりしたな。」


そこから見える海を見つめ、俺はそう呟いた。


刹那の目的は、神話の時代・・・伊邪那岐命が黄泉の国から逃げた際、追っ手から逃れるために塞いだ、黄泉の入り口・・・千引の岩の封印を解く事。


そしてそれは、この島ではなく、今は海の底で眠る淡嶋に存在する・・・


この台座は、おそらく四つの鍵の一つで間違い無いだろう。


正確には、この台座に納められる何かだろうが・・・それは刹那の手中にあると見て、間違いないだろう。


まだ気になる事はあるが・・・そこまで解れば、もうここに居る必要も無いだろう。


そう思い俺は、先程自分が通ってきた道を辿り、外へと出る事にした。


俺が感じた気になる事・・・『太陽と月が死ぬ』と言う部分と、『天空より舞い下りし矢』という部分だ。


前者はおそらく、時期か時間を示し、後者はその時に起きる何かを、暗示しているのだろう・・・


だがそれが解っても、台座に納めるべき鍵が、俺の手元に無いのならば意味がない。


ここで張っているのも一つの手だが、それよりも残りの鍵が何なのか・・・それが解れば、こちらとしても対策の立てようもあり、よほど建設的と言えよう。


もうここに、これ以上望める物は無いと判断し、俺は岩山を降り始めた。


・・・ッ!


無事地面に降り立つと同時、僅かな気配を感じ取り、俺は後ろを振り返りながら構えた。


「・・・なんだ、おまえか・・・頼むから気配を消して、俺の背後を取るな・・・」


そこに居た者を確認した俺は、ため息混じりにそう呟き、構えを解いた。


そこには、元の狼の姿に戻ったクロが、茂みからこちらに向かって、ゆっくりと歩いてくる所だった。


「なんだ、迎えにでも来てくれたのか?」


黙ってこちらに向かって来るクロに、俺は軽口を叩きながら近づいていく。


「・・・勘違いするな。そんな訳が無いだろう・・・」


俺の軽口に対し、いつもの調子で返してくるクロに、俺は苦笑を浮かべながら、ため息を一つ吐いた。


「・・・軽口くらい叩かせろ・・・それより、何か用か?」


そう聞きながら、俺はクロに背中を向け、洞窟に入る際地面に横たえていた、用心棒の死体を包んだ風呂敷へと向かう。


「・・・貴様が言っていた、刹那の側近・・・その最後の一人の正体が解った。」


「ッ?!なんだと・・・」


思わぬクロの一言に、俺はその場で立ち止まると、振り返ってクロを睨み付けていた。


クロと別れた天津は、蛭子島の南に位置する森の中を、黙々と歩いていた。


事件の被害者が、他に居ないかどうか探しにやってきた筈だが、探す素振りは全くなかった。


それどころか、手にした槍を握りしめ、怒りの表情を露わにし、闘気と殺気が混じった独特の気を全身から発していた。


「・・・いい加減、姿を現したらどうだ・・・わざわざ人の居ない所まで来たのだ・・・」


不意に天津は立ち止まると、険しい表情のまま、独り言を呟くかの様に声を発した。


だが、その呼びかけに応える者は、天津の前に姿を見せなかった。


「・・・出てこいと言っておるのだ・・・雲外鏡!!」


一旦間を置いて、沈黙を破るかのように、怒気を孕んだ声音で叫ぶ天津。


「・・・フンッ相変わらず、忙しない男よのぉ~・・・天津よ。」


そしてその天津の言葉に、今度こそ応える声が聞こえてきた。


そしてその声の後に、森の中からゆっくりと姿を見せる、左目に鏡を埋め込んだ、片腕の老人。


瞬間、天津は身を捻り、手にした槍を雲外鏡に向かって投げ放った。


ガシャアアアァァァーンッ!!


天津の放った槍が、雲外鏡に突き刺さった瞬間、甲高い音を響かせながら、老人の姿が四散した。


「気安く拙者の名を呼ぶな・・・この下衆が。」


「・・・それは儂にとっては、最高の褒め言葉じゃな。」


天津の呟きの後、また雲外鏡の声が聞こえてきたかと思うと、次の瞬間、別の場所から全く無傷で姿を現す。


その事に天津は、さほど動揺を見せた素振りもなく、自分が放った槍を拾いに向かい、拾い上げると同時、雲外鏡と対峙した。


「・・・今更、拙者に鏡像越しで会いに来るか・・・相変わらずの小心振りだな。」


「・・・用心深いというのじゃよ・・・特にお主は、儂の話などろくに聞いた試しが無かろう?」


天津の言葉を聞いて、嘲るかのような笑みを浮かべながら、雲外鏡がそう返す。


その雲外鏡の態度に、天津はあからさまに苛立ちを露わにし、手にした槍を握る力が強まった。


「・・・下衆な貴様の言葉など、一聞の価値も無い・・・拙者はいい加減うんざりしているのだ・・・返して貰おうか、拙者から奪った全てを・・・」


「・・・これの事か?」


「ッ!」


天津の言葉に雲外鏡は、右腕を懐に入れて、そこから硝子の結晶の様な物を取り出した。


その硝子の結晶の中心には、掌に収まる程の大きさの、少女の姿をした人形が埋め込まれていた。


それを目にした途端、天津の表情が一変した。


「ヒッヒッヒ・・・そうじゃよなぁ~・・・お主はこれの為に、百年もの間・・・儂を追ってきたのじゃからなぁ~・・・欲しいんじゃろ?これが・・・」


そんな天津を、満足そうな表情で眺めながら、雲外鏡は楽しそうに語る。


「下衆ガガガァァァーーーッ!!!!」


ガシャアアアァァァーンッ!!


怒りの咆吼を上げ天津は、再び雲外鏡に槍を放つも、先程と同じように四散するだけだった。


「・・・良かったろぉ?儂が鏡像で会いに来て・・・さもなくば儂ごと、お主の可愛い娘は砕け散っておったからのぉ~ヒッヒッヒ・・・」


そして再び現れた雲外鏡が、天津に向かってそう語りかける。


「クッ・・・」


天津には、握り拳から血を流し、眉間に皺を寄せながら、どす黒い殺気を雲外鏡に向ける事しか出来なかった。


「ヒッヒ・・・返して欲しいじゃろぅ?お主の娘を・・・救いたいじゃろぅ?慈乃を・・・ならば、取引をせぬか?」


「・・・なんだと?」


不意の雲外鏡の言葉に、天津は殺気を放ちながら、不審がりながらも聞き返した。


天津が聞き返すと、雲外鏡は口の端を更に広げ嘲り笑う。


「何・・・簡単な事じゃ。あの宝仙という男を、殺して欲しい・・・さすれば、慈乃に掛けた呪詛を解こう。」


「巫山戯るな。拙者と貴様の因縁に、他の者を巻き込むなど言語道断だ。」


雲外鏡の提案に対し、天津は即答で拒絶を示す。


そんな天津の態度に、雲外鏡は意外そうな、驚いたような表情を向けた。


「ほぉ・・・良いのか?お主も知っておるように、儂を殺せばお主に掛けた呪詛は解ける・・・が、慈乃に掛けた呪詛は、永遠に解けなくなるぞ?折角の機会を、自ら棒に振るは愚者のする事じゃ・・・」


そう言って雲外鏡は、取り出した人形を再び懐に忍ばせる。


「それに、お主とて気が付いて居るのじゃろう?あの男は『一騎当千の零』・・・武神流六芸を極めし男・・・お主の相手には、相応しい相手じゃ・・・そうは思わんか?武神流槍術宗家、天津家の者よ・・・」


「・・・貴様の目的は一体なんだ。」


それまで、黙って雲外鏡の言葉を聞いていた天津だったが、怒気を押し殺しながら聞き返す。


「それをお主が知る必要はない・・・じゃが、約束は守ろう。お主が零を仕留めた暁には、慈乃の呪詛を解き、お主に返そうではないか・・・期待しておるぞ・・・」


パキイイィィィーンッ!


雲外鏡が最後にそう言い残すと、甲高い音を響かせて、その体が四散した。


後には、それまで雲外鏡の鏡像が立っていた場所を見つめている、天津のみが残された。


「・・・虎穴に入らずんば虎児を得ず・・・か。良いだろう、踊らされてやろうではないか・・・だが・・・」


そう言いながら、天津は槍を取りに向かい、拾い上げると同時、踵を返して歩き出した。


「・・・必ずしも、貴様の思い描いた通りに、事が進むとは限らんぞ・・・」


最後にそう呟き、天津は深い森の中へと消えていった。


「・・・そうですか・・・村の方々にも犠牲が・・・」


「はい、被害者の正確な数はまだ解りませんが・・・私達の力が至らず、この様な結果を招いてしまい、申し訳ありません・・・」


御神楽家の一室にて、向かい合わせに座る二人の女。


御神楽家当主・春香の残念そうな呟きに、桜は重苦しい声音で返した。


「いえ・・・村を護ろうとして、命を落とされた方々を、責めるつもりはありません・・・毎年、村からも用心棒の方々の中からも、犠牲者は必ず出ているんですから・・・しかし・・・」


そう春香が呟くと、二人の間に沈黙が横たわった。


「・・・それで、春香さんはこれからどうされるおつもりですか?」


暫くの沈黙の後、不意に桜が言葉を紡ぎ沈黙を破る。


「・・・どうと言われましても・・・正直、これからどうすれば良いのか、考えあぐねいている所です。警備の人員の事も考え、やはり新しく用心棒を雇うべきなのでしょうか?」


未だに考えが纏まっていないのか、困惑気味に桜にそう聞いた春香は、その直後に顔を伏せてしまった。


「今までにも、犠牲者は出ていましたが・・・このような短期間に、これだけの犠牲者が出たのは初めてで・・・」


そう言いながら春香は、左手で右腕の裾を掴んだ。


恐怖の為か、その体は小刻みに震えていた。


「・・・妖怪と対等に戦える人間は、本当に数少ないのです・・・どれほど名を上げた侍でも、それは結局人の世界での事・・・無闇に人員を増やしたとしても、二の舞になるのが関の山です。」


「・・・では・・・」


桜の言葉を聞き、春香は遂に項垂れてしまった。


「・・・しかし、このままという訳にもいきません。ですから、私達の宗派から応援を呼ぼうと思うのですが・・・どうでしょうか?」


桜の次の言葉を聞いて、春香は項垂れた顔を上げて、驚いた表情で彼女を見やった。


「・・・宜しいのですか?」


「もちろんです・・・とは言っても、少しごたついていて、あまり人員は望めませんが・・・それでも、状況が状況ですし、三十名程は望めると思います。しかし江戸からの派遣となりますので、少なくとも四日は掛かってしまいますが・・・」


「それでも構いません。どうか・・・どうかお願いします。」


そう言って春香は、桜に対して頭を下げた。


それに対し桜は、おもむろに立ち上がると春香に近づき、その肩に手を添えて顔を上げさせる。


「顔を上げてください・・・一度引き受けた依頼です。最後まで務めてみせますよ・・・」


「桜様・・・ありがとうございます・・・」


「礼を言うには、まだ早いですよ。とにかく、江戸から僧達がやって来るまでの間・・・これ以上犠牲者が出ないよう、私達も尽力します。」


そう言って桜は、春香に向かって笑みを向けた。


その時、桜の鋭敏な聴覚が、忙しない足音を捕らえ、彼女は廊下へと通じる障子へと顔を向けた。


「・・・どうされました?」


桜の行動を不審がってか、春香が不思議そうに声を掛ける。


ドタドタドタッ!!


それと時を同じくして、春香の耳にも、忙しない足音が聞こえてきた。


ピシャンッ!!


足音が部屋の前で止まったかと思えば、部屋の障子が勢いよく開かれた。


そしてそこには、肩を荒く上下させながら、険しい表情をした妙が立っていた。


「妙さん・・・」


「・・・どうしたのですか?そんなに慌てられて・・・」


突然現れた彼女に対し、桜と春香は困惑気味に声を掛ける。


「・・・今、戻ってきたんだけど・・・そしたら、家の戸口に矢文が突き刺さってたわ・・・」


そう言って妙は、その矢文を握りしめながら、二人に差し出した。


それを手近に居た桜が受け取り、そのまま春香へと渡す。


「・・・矢文には何と?」


目の見えない桜では、矢文の内容を読む事は出来ず、その内容を見たであろう妙に聞いてみる。


「・・・それは・・・」


がさがさ・・・


「ッ?!」


妙が言いにくそうに呟くと同時、握りしめられていた矢文を開き、内容を目にした春香は、息を飲んだ。


「そ・・・そんな・・・」


「ッ?!春香さん!」


愕然と春香が呟くと、次の瞬間彼女は気を失い、桜がその体を支えた。


「・・・『今夜、三貴士の身柄を引き取りに参る』・・・そう書かれてたわ・・・」


「ッ!なんですって・・・」


その直後、妙の口から告げられた矢文の内容に、桜の表情が強張った。


「刹那・・・あなたは目的の為なら、子供すらその手に掛けるというの・・・」


そう呟く桜の手に、自然と力が込められ、春香の体を支えている部分に、皺が多数生まれた。


・・・泣いてる・・・誰かが・・・泣いてる・・・


どうして・・・あなたは泣いてるの・・・?


『私は・・・何も出来ないから・・・ここから見ている事しか出来ないから・・・』


どうして・・・そんなに悲しそうな顔をしてるの・・・?


『私には・・・キミに託す事しか出来ないから・・・私達の今までを知って、キミはどんな答えを出すのか・・・』


あなたは・・・誰?


『そして・・・キミの出した答えを、私達は受け止めるよ・・・止水・・・』


あなたは・・・静菜さん・・・?


・・・・・・・・・


・・・・・・


・・・


「・・・んぅ?」


目が覚めると、そこは部屋の中だった。


「あれ・・・私・・・」


呟きながら、私は布団の中から身を起こした。


「・・・確か、変な生き物に襲われて・・・それから・・・ッ!」


そこまで呟くと、昨日の夜に起こった事が、頭の中で鮮明に蘇った。


そうだ・・・私、金華龍の意識に飲み込まれて・・・それで・・・


『気が付かれたか・・・』


昨日の事を思い返していると、不意に頭の中に直接、金華龍の声が聞こえてくる。


金華龍!大丈夫なの?


『・・・我よりも、汝の方はどうか?』


うん・・・私は大丈夫だよ。少しビックリしたけど・・・


『・・・左様か。』


私がそう言うと、どこか安心した様な金華龍の声が聞こえてきた。


どうやら元に戻ったみたいで、私も安心した。


『済まなかった・・・まさかここまで我に影響が及ぶとは・・・』


ううん・・・大丈夫。もう済んだ事だし・・・


済まなさそうに言ってくる金華龍に、私は努めて明るく振る舞う。


『・・・何にせよ、この島の中で我だけを呼ぶのは、もう止めた方が良い・・・次は、どう成るか解らぬ・・・』


うん・・・解った。


金華龍の言葉に頷いて、そこで会話は終わって、私は起きあがった。


部屋の障子に近づいて、開いて外へと出ると、もう陽はずいぶん高い所まで登っていた。


・・・どの位寝てたんだろう・・・おなか空いたな・・・


そんな事を思いながら、右手でお腹をさすった。


「・・・起きたのか。」


不意に呼びかけられて振り向くと、廊下の先に師匠が立っていた。


「師匠・・・」


「・・・居間におまえの分がある、取りに行くと良い。」


そう言いながら、私に近づいてくる師匠。


「あの・・・師匠。」


「うん?」


目の前に立ち止まった師匠を、私は見上げながら呼び止めた。


「その・・・」


何を言えばいいのか解らなくなって、私は言いよどみながら俯いた。


・・・ポンッ。


暫くの沈黙の後に、私の頭の上に、師匠の手が置かれる。


「ったく・・・何謝ってんだよ、おまえは・・・桜とクロから話は聞いてる。全く、無茶しやがって・・・」


「・・・ごめんなさい。」


呆れた様に言ってくる師匠に、私は小さく呟いた。


『鬼の腕』の使役方法を、師匠から教えて貰った時、散々長時間の使用は避ける様に言われていた。


けど私は、それを破って『鬼の腕』を使用しつづけた結果が、暴走を引き起こす原因となったのは、私にだって解る。


あの時は、何とか元に戻る事が出来たけど、もしかしたら私は、桜さんを攻撃していたかもしれない・・・


「俺に謝るより、桜に謝っとけよ・・・さすがにビビッてたみたいだしな。」


「・・・はい。」


私の考えを見透かした様に、師匠はそう言うと、私の頭を軽く二・三回叩いた。


「ま、おまえが無事で何よりだ・・・」


「あ・・・」


不意に師匠がそう漏らすと、今度は優しく私の頭を撫でてくる。


この位置からじゃ、師匠の表情は解らないけど・・・その手から伝わる温もりは、とても暖かく優しかった。


その手が不意に退けられて、私は師匠を見上げた。


「気が付いたんなら、クロにも顔を見せてやれよ・・・あいつも、かなり心配してたみたいだしな。」


苦笑を浮かべながら、師匠がそう言うとまた歩き出して、私の横を通り過ぎた。


「暫く仮眠を取る・・・夕刻に成ったら起こしてくれ。」


「寝てないんですか?」


「あぁ・・・」


「・・・解りました、おやすみなさい。」


私がそう言うと、師匠は肩越しに手を振って、自分の部屋へと入っていった。


それを見届けて私は、朝ご飯・・・って言うよりはお昼ご飯を食べに、居間へと向かって歩き出した。


「・・・聖さん。」


暫く廊下を歩いていると、不意に呼び止められて、私は後ろを振り返った。


「あ・・・桜さん・・・」


私が振り返った先、ちょうど部屋の一室から出てきた桜さんが、そこに立っていた。


私は小さく桜さんの名前を呟くと、体を向けて近寄っていく。


「・・・良かった。気が付いたのね・・・」


「はい。その・・・昨日は・・・」


「フフッ・・・良いのよ、気にしなくて。」


私が昨日の事を謝ろうとすると、それを遮って桜さんが、苦笑を浮かべながらそう言ってくる。


「でも・・・」


あのままもしかしたら、私は桜さんを攻撃してしまっていたかもしれない・・・


そう言いかけて、私は口籠もってしまった。


「・・・過ぎた事を、何時までもくよくよしないの。私は平気だったんだから、それで良いじゃない・・・ね?」


「・・・はい。」


私が言いよどんでいると、私の肩に桜さんが両手を置いて、優しく諭す様にそう言ってくれた。


その言葉・・・その桜さんの優しさに、私は精一杯の笑顔を向けて応えた。


「それよりちょうど良かったわ・・・出来れば聖さんに、この子の面倒を見て欲しいのよ・・・」


「え?」


不意に話題が変えられて、今さっき桜さんが出てきた部屋の中を覗くと、そこには布団の中で安らかに眠っている、舞ちゃんの姿があった。


「・・・さっきようやく眠ってくれたから・・・暫くは大丈夫だと思うんだけど・・・」


「良いですけど・・・春香さんはどうしたんですか?」


私がそう聞くと、桜さんは言いにくそうに、私から顔を背けた。


「・・・後で話すわ。今はとにかく時間が無いの・・・やる事をやるだけやって、私も少し仮眠を取りたいのよ・・・」


「・・・何かあったんですか?」


桜さんの態度を見て、私はますます気になって、もう一度聞いてみた。


すると桜さんは、暫くの沈黙の後、ようやく重い口を開いて、言葉を紡ぎ出そうとする。


「・・・村の人達の中から、犠牲者が出たのよ・・・用心棒の中からもね・・・」


「ッ?!そんな・・・」


その言葉を聞いて、私は愕然と呟いた。


そんな・・・私が眠ってる間に何が・・・


「・・・とにかく詳しい事は、後で話すわ・・・今は時間が惜しいの。他の二人は、今妙さんが見てるけど、後でここに連れてくる様に言ってあるから・・・」


「・・・解りました。私はここで三人を見てれば良いんですね?」


「えぇ・・・一応大丈夫だと思うけど、用心に越した事はないから・・・」


「はい。それじゃ私、すぐにお昼ご飯を取ってきますね!」


「解ったわ。それじゃ、お願いね・・・」


そう言って桜さんは、身を翻して廊下を歩いていく。


その後ろ姿を見送って、私は居間から自分のお昼ご飯を、急いで取りに向かった。


自分に宛われた部屋の中に、無造作に布団を敷き、その上にほぼ着の身着のままの状態で横たわる。


四・五日位ならば、寝ないでも活動は出来るが、それでも寝たと寝ないではやはり違ってくる。


少し寝て、起きればまた見回りか・・・いや、見回りよりむしろ、ここを護る方が重要か・・・


壁画の洞窟から俺が帰ると、待っていたのは昨夜の犠牲者の遺体と、春香が倒れたという知らせだった。


村の犠牲者の数は、総勢十二人・・・その全てが、島に点在する鳥居に、無秩序に磔にされていたそうだ。


死んだ用心棒の数と合わせれば、犠牲者の数は十九人にも上る。


その上、次はこの家の子供達だと言う、予告状まで来たのだ・・・春香が倒れるのも無理はない。


しかしどうする・・・この家に警護を集中すると言っても、昨日の今日で村を開ける訳にもいかない・・・


俺達が雇われた目的は、あくまでも村人の警護だ・・・昨夜あんな事件があった次の日に、用心棒が一人も居ないのでは、村人も安心して眠る事は出来ないだろう。


だが恐らく、刹那はもう村を襲う事はない・・・そう断言しても良いだろう。


だがそれを村人に話したとしても、納得する者は居ないだろうな・・・


そこまで考えて俺は、一人苦笑を浮かべる。


「気になる事があると、どうしても考え込んでしまう・・・悪い癖だな。」


天井に向かってそう呟き、俺はゆっくりと目を瞑った。


目を瞑ると同時、すぐに睡魔が襲い、俺は眠りへと墜ちていった・・・


・・・・・・・・・


・・・・・・


・・・


・・・ここは何処だ・・・?


気が付くと、俺は真っ白な世界の中心に立っていた。


先程眠りに着いたばかりだというのに、思考はやけにはっきりとしている。


「・・・あぁ、そうか・・・夢の中か・・・」


暫く考え込んで俺は、そう結論付けて呟いた。


希に、自分が夢の世界に居ると、気が付く時がある・・・


そう言う時は大抵、起きている時に厄介な事がある時などが多い。


なので俺は、夢の中だと気が付いた時は、必ずと言っていい程、夢の中でも考えているか、訓練するかのどちらかだ。


折角の夢の中なのだ・・・見たい夢でも在れば別だが、何もしないで過ごすのは損だ。


「・・・驚かないんだね。少し以外・・・」


「ッ?!」


その時、俺の夢の中で、俺に呼びかける声が響いた。


それも・・・俺のよく知った声だった・・・


・・・まさか・・・


「・・・静菜・・・」


ゆっくりと振り返ると、そこには思った通りの人物が、不思議そうに俺を見返している所だった。


外に大きく跳ねた、漆黒を思わせる短い黒髪と、大きい瞳が印象的な、年の頃十二・三程で、俺や聖と同じ僧服を纏った少女・・・


人と妖怪の狭間で・・・人と妖怪の共存を、涙を流しながら切望した少女・・・


在りし日のあの頃と同じ姿形をした静菜が、俺の夢の中に確かに存在していた。


「・・・フッ。やれやれ・・・これも、奴との決戦が迫った所為か・・・情けない。」


暫く黙って、夢の中に現れた静菜を見ていた俺だったが、不意に自嘲気味苦笑し呟いた。


夢の中に静菜が現れる・・・この島に刹那が居るからとは言え、自分でも知らずにここまで意識していたとは・・・そしてそれが、静菜が夢に出ると言う事で気が付かされる・・・全くもって女々しい事この上ない。


「・・・どうして情けないなんて言うの?」


不意に静菜が、俺の言葉を聞いてか、不思議そうに聞き返してくる。


夢の中の相手・・・俺の記憶が作り出した偶像相手に、俺は肩を透かせてみせた。


すると静菜は、まるで懐かしむ様な表情で、俺を見つめてくる。


「・・・変わってないね、止水・・・あの頃と同じ・・・元気だった?」


その言葉を聞いて俺は、笑みを消して真剣な表情で、静菜を見据えた。


「・・・どうしたの?」


そんな俺の態度を見てか、また静菜が不思議そうな顔で聞いてくる。


「・・・おまえは誰だ?」


この感じ・・・何時か何処かで感じた事がある。


忘れもしない・・・海淵の墓参りに向かう途中、幻術を操る西洋の妖怪、狭霧に襲われた時と、感じが似ている・・・


「えっ・・・」


俺がそう聞くと、静菜は一瞬驚いてみせるが、すぐに苦笑を浮かべた。


「用心深い所も、昔のままだね・・・私が本物かどうか・・・解らない?」


「・・・何?」


そう言われ、俺は眉をひそめた。


その時、俺と静菜の目が合った。


その瞳を真っ直ぐ見ていると、どこか懐かしいような・・・心地良い安心感を感じた。


この感じ・・・この感じは・・・まさか・・・


「・・・静菜・・・なのか?」


「・・・うん。そうだよ・・・止水。」


俺の呟きに対し、静菜は微笑みを浮かべながら、ゆっくりと頷いてみせた。


「・・・生きてるのか?」


不意に漏れた俺の一言に、静菜はあからさまに嫌な表情をする。


「もぉ~・・・そんな言い方って無いでしょ?失礼ね・・・人をお化けみたいに。」


そう言って、拗ねたようにそっぽを向く静菜。


その表情、その仕草の一つ一つが、あの頃のままで、俺は自然と笑みを浮かべていた。


「・・・おまえも変わらないようだな・・・そうか・・・生きていたのか・・・」


俺の言葉を聞き、静菜はゆっくりと近づいてくると、人差し指で俺を指さし見上げてくる。


「だから、そう言う言い方止めてってば・・・もぉ。」


「フッ・・・すまん。だが一つ解せん事がある・・・何故刹那は、あの時静菜が死んだと言ったんだ?」


俺がそう聞くと静菜は、一瞬苦笑を浮かべて、俺に背中を見せた。


「・・・嘘じゃないよ。少なくとも雪菜は・・・私が死んだと思ってる・・・今も・・・」


そう言って静菜は、数歩歩んで、俺と距離を取った。


「・・・どういう事だ?そして何故、俺の前に現れた・・・」


「・・・私は、キミに全てを伝えに来たの・・・あの日の真実を・・・」


「真実だと?」


俺がそう聞くと、静菜はその場で肩越しに振り返り、そのまま頷いてみせた。


「ねぇ・・・覚えてる?ある日の事・・・」


「・・・忘れる訳が無いだろう・・・」


静菜の言葉の意味成す所を察し、俺はそう呟いた。


忘れもしない・・・俺と静菜と海淵・・・俺達三人の旅が、終わりを迎えた日の事・・・


「・・・俺は、おまえを守ると誓ったはずなのに・・・その誓いを果たせなかった・・・」


「うぅん・・・そんな事無いよ・・・止水はいつも私を護ってくれた・・・私はそれで十分だよ。」


「だが俺は・・・俺の所為でおまえは・・・」


忘れもしない刹那の一言・・・俺という存在の所為で、無垢な静菜の心に、負の感情が芽生えた・・・


「・・・俺が・・・おまえを追い込んだのだ・・・すまない。」


今更そんな事を言っても、弁解にもならない・・・


そう思い俺は、言いかけた言葉を飲み込んで、顔を静菜から逸らし呟いた。


「・・・違うよ。止水の所為じゃない・・・」


暫くの沈黙の後、不意に静菜がそう呟き、俺は顔を上げた。


「私、言ったよね・・・真実を話しに来たって・・・誰の所為でもないの・・・あの日、宝仙様を・・・お父さんを殺したのは・・・私の意志なの。」


「ッ!!」


静菜の口から告げられた言葉に、俺は驚きを露わにし、顔を強張らせ息を飲んだ。


「海淵が父だと・・・知っていたのか?」


未だに頭の中は混乱し、何から聞けば良いのか解らなかったが、知らないうちに俺はそう聞いていた。


「・・・知らなかったよ・・・」


そう言って静菜は、再び俺に背中を向けた。


「でもあの日・・・私が熱を出して寝込んでいた時に、私の中に雪菜の記憶が流れ込んできたの・・・それで全てを知ったわ・・・お父さんの事も、お母さんの事も、雪菜の・・・姉さんの事も・・・ずっと、私が半妖だから、捨てられたんだと思ってた・・・でも違ったんだね・・・」


「静菜・・・」


それは、俺も始めて聞く静菜の思いだった・・・


「・・・全てを知って、始めて姉さんが私の体を借りて出てきた時と、同じ気持ちが私の中にも生まれたの・・・『憎悪』・・・虚無の一族に対する・・・お母さんを見捨てた、お父さんに対する・・・そして、それを今まで私に隠していた事に対しての・・・」


「・・・だがあの時の海淵には、そうするしか・・・」


海淵の手紙を読み、事の顛末を知っている俺は、静菜に対してそう答えた。


「解ってる・・・解ってるよ・・・でもね?どうしようも無かったの・・・私が起きた時に、止水の刀が目に入って・・・それで・・・私は・・・」


そう言いながら、肩越しに振り返る静菜は、静かに涙を流していた・・・


それを見て俺は、それ以上何も言えなくなり、そんな俺を見てか、静菜はその場で振り返った。


「・・・すっとね・・・私の中で、雪菜が呼びかけてたの・・・『もう止めるんだ・・・』って・・・本当は姉さん、復讐なんてもう考えていなかったの・・・でも私は、そんな姉さんの制止を無視して・・・」


静菜がそう言うと同時に、俺の脳裏にあの日の光景が蘇った。


それは、静菜も同じだったのか・・・沈痛な面もちで黙り込んでしまった。


「・・・そして私の精神は、その時の衝動で砕けたの・・・だから雪菜は、私が死んだと思ってる・・・」


「・・・おまえの言いたい事は解った・・・ならば何故、刹那は虚無の一族を滅ぼした・・・何故、俺に嘘を着いた・・・」


俺がそう聞くと、静菜はゆっくりと目を閉じて、両手を胸に添えた。


「・・・私の好きは、彼女の想い・・・彼女の願いは、私の祈り・・・罪滅ぼしのつもりだったんだよ・・・」


そう言って静菜は、閉じた瞳をゆっくりと開いた。


「私はずっと・・・雪菜の存在を、感じる事が出来なかった・・・こうなって始めて解ったの・・・今私が居る場所は、とても暗く・・・とても冷たい・・・ここに、ずっと雪菜は一人で居たんだよ・・・私の目を通して、外の世界に触れる事だけが、雪菜にとって唯一の心の拠り所だった・・・今の私が、そうであるように・・・」


そう言って、俺に歩み寄ってくると、静菜は俺の頬にその手を添えた。


「止水が本当の事を知ったら、きっとキミが悲しむ・・・そう思って雪菜は、自分を悪者に仕立て上げたの・・・虚無の一族を滅ぼしたのだってそう・・・私が消える瞬間、私が抱いた憎悪・・・それを私の代わりに、雪菜が背負ったの・・・私の体を乗っ取ってしまった、せめてもの償いに・・・」


「・・・すべて、おまえの為だったと言いたいのか・・・なら・・・」


「あっ?!」


そう呟いて俺は、自分の頬に添えられた静菜の手を掴むと、そのまま荒々しく引き寄せた。


「今まで奴がしてきた事は何だ!奴は巴に何をした・・・月神と月華に何をした!悲しみの連鎖を生み出し、多くの悲劇が生まれた・・・その目的は何だ!!」


「い、痛いよ・・・止水・・・」


強く手を掴んだ所為で、静菜は苦痛を訴え、俺は我を取り戻しその手を離し、顔を静菜から逸らせた。


「・・・すまん。おまえに当たっても、仕方のない事だな・・・」


「うぅん・・・私も、雪菜のやり方には納得がいかないから・・・でも、私には雪菜を責める資格なんて無い・・・」


そう言われ、静菜を見てみると、悲しそうな表情で俯く姿があった。


「・・・さっきも言ったよね・・・私の好きは、彼女の想い・・・彼女の願いは、私の祈り・・・やり方は私と違うけど、雪菜が成し遂げようとしている事は・・・私の夢そのもの・・・」


「ッ?!人と・・・妖怪の共存・・・だから人と妖怪を、掛け合わせた存在・・・人工的に半妖を、生み出したと言う事なのか・・・」


その言葉を聞き、俺がそう呟くと、静菜は小さく頷いて見せた。


「私達は、二人で一つ・・・一人で二つの存在・・・想いも願いも祈りも同じなの・・・ただ違うのは、考え方だけ・・・」


そう言って静菜は、俺に背中を見せると、おもむろに俺の胸の中に倒れ込んで、それを俺は両手で受け止めた。


「私が意識を取り戻したのは、一年くらい前かな・・・目覚めると同時に、私の中にそれまでの雪菜の記憶が流れ込んできたの・・・止水と別れてから、雪菜は色々な所を旅して、色々な知識を身につけたの・・・」


遠くを見つめ、うわ言のように言葉を紡ぎ出す静菜を、俺は黙って見下ろしていた。


「世界中を見て回った・・・けど、どこもそれほど違いはなかった・・・戦争、圧政、貧富の差・・・奪う人と奪われる人、搾取する人とされる人・・・相いれる事のない人と妖怪・・・どこも同じだった・・・」


「・・・平和なんてものは、結局人が望んだ定理だ・・・どんなに栄え、争いが無くとも・・・それは表側だけに過ぎない。見えない部分で、差別や争いは必ず起こる。結局、自分以外は全て他人でしかない・・・その他人を、どこまで信じられるか・・・だが他人と分かり合おうとすらしようとしない奴等が、この世界には五万と居る。そう言う奴等にとって、他人が苦しもうが悲しもうが関係ない。そう言う奴等に限って、人を束ねる地位に上り詰めるものだ・・・そんな奴等が唱える正義や平和など、何の価値もない・・・そんな悪循環が続く限り、この仕組みは永劫に続く。」


俺がそう言うと静菜は、彼女の肩に置いている俺の手に、自分の手を添え、悲しそうに俯いた。


「・・・同じ人なのに、どうして理解できないんだろう・・・雪菜はそれを考えたの・・・そして出した結論は・・・」


「この世界の・・・矛盾を取り払う事・・・」


次に続く言葉を受け継ぎ、俺がそう呟くと、静菜は黙って頷いた。


「・・・私は、人と妖怪の架け橋になりたいと思った・・・雪菜は、全てを一度無に帰して、神話の神々にもう一度、世界を作り直させようとしてるの・・・やり方は違うけど、人と妖怪の境界線を無くす、方法の一つだと雪菜は思ってる・・・」


「・・・どういう意味だ?何故黄泉の門を開く事が、世界を無に帰す事に繋がる・・・」


「・・・やっぱり、もうそこまで気が付いてるんだね・・・」


俺がそう聞くと、静菜は一瞬俺を見上げて、自嘲気味に苦笑した。


「黄泉の門は、この世とあの世の境界線・・・その境界線の封印を解けば、この世にあの世・・・つまり『死』が流れ込んでくる・・・そうなると、この世の理が崩壊して、世界は再び混沌に戻る・・・そう伝えられているの・・・」


「伝えられている・・・虚無の一族か。」


静菜の言葉を聞き、俺は思った事をそのまま口に出した。


すると静菜は、俺の呟きに対して、黙って頷き肯定した。


「・・・そうか・・・今俺がおまえと対話しているのも、おまえの『力』か・・・」


虚無の一族には、『闇』を操る以外にもう一つ、個々によって違う能力が備わる。


静菜と雪菜の母である、菜摘のもう一つの力は『幻影』・・・


妖怪の力が薄いとはいえ、静菜もまた虚無の一族の末裔に違いわ無い。


「・・・うん。私の力は『伝心』・・・私の想いを相手に伝える力・・・けど、私自身である雪菜には、この力は働かないんだけどね・・・」


そう言って静菜は、再び自分の胸に両手を置いて、ゆっくりと目を閉じた。


「今の私には、こうやって相手の夢の中に出て、話す事でしか伝えられない・・・でも夢だから、気が付かれなかったり、起きると覚えてなかったりする事もあるんだ・・・なんとか雪菜に、私の事を伝えようとしたんだけど、無理だった・・・」


「・・・そうか。」


そう呟いて、俺も静菜同様目を閉じた。


「聖さんだっけ?止水のお弟子さん・・・」


不意に静菜が、聖の名前を呼んだので目を開くと、悪戯っぽい笑みを浮かべて俺を見上げている所だった。


「さっきね、間違って聖さんの夢の中に出ちゃったの。それで、少しだけど記憶に触れちゃった・・・」


そう言われ、俺は思わず苦笑を浮かべて、肩を透かしてみせた。


「それで、どうだった?」


「うん・・・良い子だね・・・とっても・・・止水に対する想いが、凄くよく伝わってきたよ・・・」


そう言って静菜は、笑みを浮かべたまま瞳を閉じた。


その時、不意に蘇った、あの日刹那が言った一言・・・


『静菜がおまえをどう想っていたのかを・・・おまえはそれを知っていたはずだ・・・』


「・・・静菜・・・俺は・・・」


おまえの気持ちに気付いてやれずに、すまなかった・・・


そう言いかけた瞬間、俺の口元に静菜の指が添えられた。


「・・・それ以上は、言わなくて良いよ・・・解ってるから・・・」


柔らかく・・・優しく微笑みながら、静菜は俺にそう告げた。


「・・・止水は鈍感だからね・・・鈴音が、止水の事好きだったのも、気が付いてなかったでしょ・・・」


「・・・そう・・・だったのか?」


突然知らされた予想外の一言に、俺は戸惑いながら呟いた。


「フフッ・・・そうだよ。もぉ・・・」


そんな俺を見て静菜は、困ったような呆れたような笑顔を向ける。


その笑みを不意に消すと、静菜は俺の胸から離れた。


そして数歩分歩くと、その場で振り返る。


「・・・私が教えてあげられるのはここまで・・・あの日の真実も、今この島で起こってる事も、私が望んだ事だから・・・やり方は違うけど、私と刹那は同じ夢に向かってる・・・だから、これ以上の事はキミにも教えられない・・・そしてキミは、答えを出さなくっちゃいけない・・・」


「答え?」


「うん・・・真実を知った今、止水はどうするのか・・・何をするべきなのかを・・・止水がどんな答えを出したとしても、私は受け止めるから・・・私達は受け止めないといけないから・・・でも多分、止水の事だから・・・もう決まってるんだよね・・・」


「静菜・・・」


そう言って静菜は、寂しそうに笑っていた・・・


「でもこれだけは忘れないで・・・私と雪菜は、同じ存在・・・私の好きは雪菜の好き・・・本当は雪菜も、止水の事・・・誰よりも愛してるんだよ・・・」


「・・・また唐突だな。」


不意の告白にも、今度は驚かず苦笑を浮かべながら答えた。


「フフッ・・・そうだね。でもね・・・雪菜の想いと願いは、違う所にあるんだよ。」


「?どういう意味だ・・・」


「雪菜の・・・本当に望んでいる事は、全く違う事なんだ・・・そして雪菜自身、それに気が付いてないの・・・それを教えてあげられるのは・・・キミだけ・・・」


「ッ?!静菜!」


静菜がそう言うと同時、彼女の姿が徐々に薄れ始めた。


『キミとこうやって話せるのは、もしかしたらこれで最後かもしれないけど・・・私が伝えたい事は、全部伝えたから・・・』


寂しそうな笑みを浮かべ、静菜がそう呟いた。


『だから・・・もう伝えられないかもしれないから・・・最後に一言だけ・・・』


時を同じくして、俺の意識が次第に覚醒し始めるのが解った。


『・・・好きだよ・・・』


その呟きと共に、純白の世界は暗転した・・・


・・・・・・・・・


・・・・・・


・・・


「・・・また、答えられなかったな・・・」


目が覚めるとそこは、先程俺が眠りに着いた部屋だった。


部屋の中はすでに薄暗く、だいぶ日も沈んでいる事を、物語っていた。


夢から覚めても俺は、起きあがる気力も起きず、額に手をのせ目を瞑ると、深いため息を一つ吐いた。


スゥー・・・


その時、部屋の障子が開かれ、そこから聖が何も言わず入ってくる。


「・・・あれ?師匠、起きてたんですか・・・」


・・・そう言えば仮眠を取る前に、聖に起こしに来るよう頼んでいたな・・・


「・・・あぁ。今起きた所だ・・・」


聖を横目で一別し、俺はそう呟いて、もう一度目を閉じた。


聖が来たと言う事は、そろそろ時間なのだろうが・・・それでも、未だに起きる気力が湧かない。


「師匠・・・」


「・・・うん?」


不意に聖が俺に呼びかけ、俺は薄目を開けて聖に視線を向ける。


すると聖は、不思議そうな顔をして、俺の側まで来るとしゃがみ込み、俺の顔にその手を添えた。


「・・・泣いてるんですか?」


そう呟いて、聖は俺の頬をその手で撫でる。


・・・泣いて・・・いるのか・・・俺は・・・


「・・・何か、悪い夢でも見たんですか?あっ・・・」


心配そうに聞いてくる聖に対し、俺は苦笑を浮かべて、額に乗せていた手で聖の腕を掴んだ。


そのまま俺は聖を引き寄せ、その胸で抱き留める。


「・・・すまんが、暫くこうさせてくれ・・・」


聖の耳元でそう呟き、俺はさらに腕に力を込める。


「あ・・・は、はい・・・」


突然の俺の行動に照れているのか、聖は耳まで真っ赤にさせながらも、か細い声で俺を受け入れた。


・・・答えなど、この島に来る前からとうに出ていたはずだ・・・相手が誰だろうと、何だろうと・・・俺はこいつが・・・聖が護りたいと想うならば・・・俺はその想いを護る為に戦う・・・最悪、静菜と雪菜をこの手に掛ける事になろうとも・・・


ただ・・・俺にはその覚悟が無かった・・・どうすれば救えるのか、解らなかっただけに過ぎない。


俺の中で、答えはとうに出ていた・・・そして、夢の中で交わした静菜との会話のお陰で、これから俺が何をしなければならないのかが解った。


そう思い俺は、ゆっくりと瞳を閉じると、服越しに伝わる聖の温もりに、その身を委ねた・・・


薄暗い部屋の中で、俺達は暫くそのまま抱き合っていた・・・


神無月第四日夜



「・・・どうしたんだい?ずっと間抜け面晒して・・・」


「ふぇ?!」


不意の妙さんの一言に、私は慌てて振り返った。


振り向くと、私のすぐ側で屈んで、ジト目で睨んでくる妙さんと目があった。


「何か良い事でもあった訳?」


「い、いや!何もないですよ?!」


妙さんの言葉に、あからさまに動揺した私は、慌てふためきながら答えた。


妙さんにそう答えると、さっきの出来事がより鮮明に思い出されて、顔が一気に上気していくのが解る。


「・・・?どうしたの。」


「い、いえ・・・」


妙さんの不思議そうな呼びかけに、それだけ答えると、私は俯きながら押し黙った。


うぅ~・・・師匠がいきなりあんな事するから・・・これじゃ私集中出来ないよ・・・


「・・・この子いつもこんな面白い反応する訳?」


「根が素直なのよ。隠し事とかしても、すぐに顔に出ちゃう様な・・・」


「ふ~ん・・・」


不意に、妙さんの言葉に続いて、近くから桜さんの声が聞こえてきた。


今私達が居るのは、昨日と同じ御神楽家の庭の一角だった。


昨日と違うのは、私と桜さんとクロの他に、妙さんが居る事ぐらいだ。


私が師匠を起こしに行って、それからすぐに今日の見回りの話し合いになった。


その時に知らされたのは、この家の子供達が、刹那さんに狙われているという事だった。


だから今日は、この御神楽家を集中して護る事になった。


けど、昨日の今日で村の警護を疎かにするのは、村の人たちの不安を募らせてしまうので、村には天津さんが居る事になった。


それから、師匠も気になる事があると言って、一人神木のある山頂を護る事になっている。


けど二人とも、ここで何かが起きた場合は、すぐに駆けつけるって言っていた。


「しっかし・・・アタイにはよく分かんないけどさ、結界張ったって言ってたけど、本当に大丈夫なの?」


不意に妙さんがそう言うので、私は俯いていた顔を上げる。


見ると妙さんは、両手を腰に当てながら、辺りを見回している所だった。


「絶対とは言いきれないけど、それでも時間稼ぎにはなる筈よ・・・」


訝しがる妙さんに、桜さんの言葉が続いた。


私が桜さんから、子供達の面倒を見るよう頼まれたあの後、桜さんはこの家の周りに何重もの結界を張っていたそうだ。


これで少なくとも、子供達をさらおうと妖怪たちが押し寄せても、対抗するだけの時間稼ぎにはなるはずだ。


「けど、あんた達の話しじゃ、その刹那って奴の他にも、かなり強い妖怪が、最低でも三匹居るんでしょ?そいつ等がいきなり来たらどうする訳よ・・・」


「その時はその時よ。」


桜さんは妙さんにそう答えると、懐から手甲の様な物を取り出して、それを左手に取り付けた。


その手甲には、色々な飾りが彫られ、ちょうど手首にあたる部分に、小さな珠が埋め込まれていた。


「思いつく限りの事はやったわ・・・後は、成すべき事をやるだけよ。」


手甲を取り付けた腕を、顔の前にまで持ってきて、独り言の様に桜さんが呟いた。


その呟きを聞いて私は、地面に置いていた錫杖を手に取り、ゆっくりと立ち上がって、桜さんに近づいていった。


私が近づいている事に気が付いた桜さんが、顔を私に向けると、柔らかい笑みを浮かべた。


「・・・駄目ね。子供の事に成ると、どうしても余計な力が入っちゃって・・・」


「そんな事無いですよ。それはきっと、女の人なら誰でもそうだと思うし・・・きっと桜さんなら、良いお母さんになれますよ。」


「フッ・・・こら、大人をからかうんじゃないのよ。」


桜さんにそう言われ、私は悪戯っぽく笑ってみせた。


「きゃっ?!」


ちょうどその時、私は後ろから妙さんに羽交い締めにされて、軽く悲鳴を上げた。


「・・・アタイは?」


私の右肩に、妙さんが顔を置くと同時に、拗ねたような声が聞こえてくる。


「そ、そりゃもちろん!妙さんも良いお母さんになれますよ。」


「へぇ~嬉しい事言ってくれるね。」


慌てて私がそう言うと、妙さんは意地の悪そうな笑みを浮かべた。


暫くじゃれ合っていたその時、不意に嫌な気配を感じて、桜さんに顔を向けた。


すると桜さんは、頭巾から覗かせた口元を、きつく結びながらゆっくりと頷いた。


「・・・?どうしたの。」


一人状況が飲み込めていない妙さんが、不思議そうな表情で聞いてくる。


「・・・来たわ。それもこれは・・・」


「・・・まだかなり距離がありますけど・・・強烈な妖気が、こっちに向かってきています。」


私と桜さんがそう言って、ようやく状況が飲み込めた妙さんが、無言のまま私の肩に廻していた腕を退かした。


「その他にも二つ・・・こっちに向かってるようね。」


私では感じられない、微妙な妖気の違いを感じ取った桜さんが、私達にそう告げ、私は思わず固唾を呑んだ。


「ふ~ん・・・例の三匹か、頭領自らお出ましか・・・どっちにしろ好都合ね。」


桜さんの言葉を聞き、不適な笑みを浮かべながら、どこか楽しそうに妙さんが呟いた。


「・・・桜さん。」


「・・・えぇ。妙さんはここに残って、引き続きこの家の警護に当たってちょうだい。」


私が桜さんに呼びかけると、桜さんが妙さんにそう告げる。


「何勝手に決めてんのよ・・・アタイも行くわよ。」


桜さんの言葉に、妙さんはすぐそう言い返してくる。


けど桜さんは無言のまま顔を横に振ると、妙さんは眉根を一瞬つり上がった。


「・・・よく考えて。体術ではあなたに私達は敵わないでしょうけど、妖怪との戦いに関しては、私達の方が専門よ。それに相手は三人・・・その中に刹那が含まれているのか・・・その断定は出来ないけど、他にも仲間が居るはず・・・その時、あなたにはここを護って貰いたいし、最悪あの子達を連れて逃げて欲しいのよ・・・頼めるかしら。」


「妙さん・・・お願いします。」


桜さんの言葉に続き、私は妙さんに向かってお辞儀をする。


ここを開ける訳にはいかないし、戦いの場所にする訳にもいかない・・・


それに、今こっちに向かってきている三人の妖怪たちは、この島を覆う妖気の所為で、妖怪の気配が感じ取り難いはずなのに、それを物ともしない様な強烈な妖気を放っている。


妙さんがいくら強いとしても、霊気無しで対抗出来る相手じゃない・・・


「私たちの中で、妙さんが一番戦い慣れてると思うから、そんな人が残ってくれた方がきっと良いと思うし・・・」


妙さんに頭を下げながら、私は素直に思った事をそのまま言った。


「・・・フゥー・・・解ったわよ。あんた達の言う事の方が筋が通ってるし、それに・・・こんな所で仲間割れなんてしてる場合でもないしね。」


暫くの沈黙の後、妙さんは深いため息を吐いて、そう答えてくれた。


「・・・ありがとうございます、妙さん・・・舞ちゃんたちをお願いします。」


「解ってるって、こっちは任せときな。」


私の言葉に妙さんが、腰に手を当てながら、片目を瞑って笑いながら答える。


そして私は力強く頷いて応え、私と桜さんは妙さんに背中を見せて歩き出した。


その時、昨日と同じように家の屋根の上で待機していたクロが、音もなく私達の前に着地する。


私達がクロの横を通り過ぎると、クロが私の後ろについて歩き出す。


「二人とも、気を引き締めて行くわよ・・・」


「はい!」


桜さんの呟きに、私は気合いを入れるつもりで、言葉にして力強く答えた。


肌寒い夜の山頂に、一陣の風が吹き抜けていく。


俺は一人、神木のそびえ立つこの場所に、篝火も灯さず直立していた。


刹那は今夜、御神楽家の子供達を拉致するとの、怪文書を送りつけてきた。


恐らくその三貴士も、四つの鍵の内の一つなのだろう。


そして最後の鍵・・・俺はそれが、この神木にあるのではないかと考えていた。


もしそうだとして、三貴士の事と併せて考えると、十二人の生け贄の数も説明が着く。


この神木は、伊邪那岐命が黄泉の国から戻り、三貴士を誕生させるまでの物語を見立てている・・・俺はそう考えている。


そして、刹那の目的は・・・伊邪那岐命が黄泉の国から戻る際、その入り口を塞いだとされる、千引の岩の封印を解く事にある。


それと併せて考えると、十二の生け贄とは、伊邪那岐命が黄泉の国の穢れを落とす際、身につけていた物から生まれた、十二神を見立てているのではないか・・・


そして御神楽家の子供達・・・三貴士も四つの鍵の一つだとすれば、三貴士の誕生までを見立てているこの神木も、鍵である可能性は高い。


三貴士を誘拐すると予告しておいて、もう一つの鍵の封印を解く・・・片方に目を向け、もう片方を視野から逸らさせる・・・初歩の初歩と言えよう。


念のため、この場所も警戒しておくに越した事はない。


それに俺は、どうしても直接刹那と対峙して、個人的に確認したい事がある。


ならば、俺一人の方が好ましい・・・その方が、奴も俺の前に姿を現しやすいだろう。


そんな考えから俺は、ここで一人こうしているのだった。


もちろん、御神楽家の方で何かあれば、俺も駆けつけるつもりだが・・・その心配は無用だろう。


俺はあいつ等を、そこまで過小評価してはいないし、あいつ等の事を信頼している。


・・・信頼・・・か。昔の俺からは、考えられなかった事だな・・・


そんな考えが頭を過ぎり、一人苦笑する。


その時、御神楽家へと通じる道とは全く別の所から、何者かがやって来る気配を感じた。


気配を殺そうともせず、ゆっくりとこちらへと向かってくる気配からは、妖気は一切感じなかった。


・・・刹那か・・・それとも・・・


暫くして、その気配の主が、肉眼で確認できる所までやって来た。


その者は・・・


「・・・天津槍次郎・・・」


その男の名を俺が呟くと同時、天津は俺と一定の距離を置いて立ち止まった。


「・・・何故あんたがここに来た・・・村の警護はどうしたんだ?」


突然の天津の登場に、不信感を覚えた俺は、近づこうともせずその場から声を掛けた。


だが天津は、すぐには口を開かず、その場で目を伏せると俯いた。


暫くの沈黙の後、ようやく天津は顔を上げ、その全身から闘気と殺気の入り交じった、独特の気を俺に向けて放ってくる。


「・・・宝仙殿、お主に私怨は無い・・・がその命、拙者が頂戴いたす。」


「・・・雲外鏡に・・・会ったのか?」


天津の言葉を聞き、俺はさほど驚きもせず、そう呟いて返した。


天津の目的は、刹那の手下である雲外鏡を伐つ事にある。


だからこそ今朝、共闘を約束したはずだ・・・なのに今更、仲違いする理由があるとすれば、雲外鏡が天津に接触してきたと考えた方が妥当だ。


「・・・さすがに鋭いな。左様・・・拙者は雲外鏡と会った・・・お主の話していた雲外鏡は、拙者の探していたソレと同じだった・・・そして奴は、お主の命を拙者に要求してきた・・・」


・・・やはり・・・か。


天津の返答を聞いて、俺は心の中で呟いた。


そして浮かび上がる一つの疑問・・・


羅刹の時もそうだったが、雲外鏡は刹那の命に背いてまで、俺の命を狙っていると思って間違いない。


羅刹から聞いたが、刹那はこの島に俺達が来るまで、俺達に手出しするなと命じていたそうだ。


昨夜の事もそうだが、俺を待ち伏せしていた妖怪達は、珠螺が指揮していたが、当の珠螺はいつの間にか姿を消していた。


初めて珠螺と会った時、忠実に刹那の命令を聞いていた事から考えると、昨夜の待ち伏せは刹那の命のようだったが、姿を消したのは他の者の意志に思えてくる。


それに刹那自身、天津と雲外鏡との因縁を、利用しようとは思わないはず・・・俺と刹那、因縁は自身の手でケリを着けると、互いにそう思っているのだ・・・にも関わらず、こんな悪趣味な茶番を仕組むとは考えにくい。


だとすればこれは、雲外鏡独自の脚色・・・悪趣味にも程がある・・・


考えた所で、予想の域は越えないが・・・それでも俺には、雲外鏡は刹那とは別の絵を描いている・・・そう思えてならない。


そしてその絵に、一番邪魔な存在・・・それが俺なのだろう。


「・・・何故あんたは、雲外鏡の要求に応えようと思った・・・訳も解らず命を狙われるんだ・・・それ位聞かせてくれても良いだろう?」


俺がそう聞くと天津は、ゆっくりと目を伏せて、暫く考え込む様な仕草を見せた。


「・・・そうだな。とは言え、もう百年も昔の事だ・・・」


「・・・『奪われし時を取り戻す』・・・今朝、あんたはそう言った・・・だが俺には、あんたが自分の体に施された呪いを解く為、百年も雲外鏡を探していたとは思えない・・・『殺されない限りは死なない』・・・つまりは、何時でも死ぬ事は出来る・・・と言う事だ。」


天津の言葉を引き継ぎ、今朝の聞いた話の中から、自分が疑問に思った事をそのまま述べていく。


「百年という気の遠くなる様な時間を、あんたは一人で・・・しかも老いる事のない姿で、今までたった一つの目的の為に生きてきた・・・それがどれ程の苦行か・・・少し考えれば解る事だ。例え友と呼べる者が出来ても、自分の体はその者と同じ時間を過ごす事は出来ない・・・その事実に、心が折れそうになった事もあるだろう・・・その生活に疲れを感じた事もあるだろう・・・放棄しようと思えば、何時でも出来たはずだ・・・」


そこまで語り俺は、天津を見据えながら指差した。


「・・・だが、あんたはそれをしなかった・・・あんたは、誰の時間を取り戻したいんだ?」


「フッ・・・お主は不思議な男だ・・・まるで拙者の事を、昔から知っていた風に語るのだな・・・しかもその内容が、当たらずとも遠からずなのだから、尚更不思議で仕方がない・・・」


俺の言葉に天津は、苦笑を浮かべながらそう答えた。


「左様・・・お主が言う通りだ。人の心はそれほど強くはない・・・それは拙者とて同じ。しかし、拙者の折れそうになる心を、いつも支えてくれたのは・・・拙者の娘の慈乃だ。」


「・・・娘が居たのか。」


俺の呟きに、天津は無言のまま頷いた。


「・・・そうか・・・その娘も、雲外鏡の呪いで、時間を奪われたのか・・・」


「・・・それも、拙者より惨い呪いでな・・・冷たく暗い鏡の中で、身動き一つ取れず・・・唯一の救いは、意識が無いと言う事だけだ・・・今も娘は、雲外鏡の手の中に居る・・・」


そう言って再び目を閉じ、顔を天へと向け、ゆっくりと瞳を開く天津。


「お主の言う通り、拙者のみならば・・・この命、とうの昔に捨てていたかもしれんし、心が壊れていたかもしれんな・・・だがそうは成らなかった・・・慈乃があまりにも不憫でな・・・」


そう言って天津は、顔を俺へと戻し、鋭い眼差しで見つめてくる。


「・・・雲外鏡は、狡猾にして卑劣だ。誇りや自尊心と言った類の物を、奴は一切持ち合わせてはいない・・・自分の目的の為ならば、何でもする様な卑劣漢だ。もし奴と、戦う事になろうものならば気を付けよ・・・もっとも・・・」


そう言って天津は、手にした槍を構え、俺に向け闘気を放った。


そして俺には、天津のその構えに見覚えがあった。


紛れもなくその構えは、武神流六芸、槍術の初歩的な構えだった。


「拙者に・・・勝てればの話しだがな・・・武神流槍術皆伝、天津宗家が次男坊・・・天津槍次郎・・・最も、百年前の事だ・・・」


そう言って、一瞬苦笑を浮かべた天津だったが、すぐに顔を引き締め、俺を見据えた。


「さぁ、御相手願おうか・・・武神流六芸が使い手・・・一騎当千の零殿・・・」


そう言われて俺は、深いため息を一つ吐いてから、後頭部を無造作に掻きむしった。


「ったく・・・俺にはあんたとサシで、戦り合う理由も無いというのに・・・勝手に決めつけやがって・・・だが・・・」


そこで一旦言葉を途切り、俺は着ていた羽織を脱ぎ捨てる。


ズシン・・・


内側に仏具を括り付けていた為、見た目よりも大きな音を立てて、羽織が地面に打ち付けられると同時、今度は首に下げていた大威徳明王珠も同じく放り投げた。


ズシャ・・・


羽織に続き巨大な数珠も無くなり、俺の動きを制限する物は無くなった。


ようやく身軽になれたぜ・・・あいつを相手に、あんな物背負ってちゃ、まともに相手も出来ん・・・


そんな事を思い一人苦笑を浮かべるが、すぐに顔を引き締め、俺の前に立ち塞がる者を見据えた。


「・・・あんたが、俺の前に立ち塞がると言うのなら・・・俺は遠慮無く、あんたの屍を越えていくぜ・・・」


そう言って俺は、手にした錫杖を構え、天津と対峙した。


「先に断っておくぜ・・・俺は、妖気も霊気も持たぬ相手に、術を使うつもりはない・・・真剣勝負といこうや。」


「フッ・・・律儀な男だ・・・ならば、その錫杖の戒めを解いたらどうだ?一騎当千の零は、棒術の使い手では無かったと思うがな・・・」


不意にそう言われ、俺は思わず苦笑を浮かべながら、肩を透かして見せた。


「こいつの仕掛けを、刃を交えず一目で見破ったのは、あんたで二人目だよ・・・こいつも勘弁してくれ。こいつの封印を解く時が何時か・・・もう決めてるんだ。」


「フッ・・・そうか。お主とは、良い友に成れそうな気がしていた・・・」


「・・・俺もだ。」


天津の呟きに、俺は素直に答えた。


この男と俺は、何処か似ている・・・俺はそう思っていた。


「違う場所、違う出会いをしていれば・・・また違った今を迎えていたかもしれんな・・・」


「・・・あんたと、酒を酌み交わせなかったのが、酷く残念だ・・・」


「フフッ・・・拙者は下戸だ。」


「フッ・・・そうかい。」


今まさに戦おうとしているにも関わらず、俺達は穏やかな会話を取り交わした。


それも、次の一瞬で終わりを迎えるような、儚い会話を・・・


「・・・往くぞ。」


天津のその一言で、一瞬にして俺達を包む空気が変わる。


静寂が訪れ、張りつめた空気が辺りを支配する。


俺も天津も、対峙した状態のまま、一歩も動く事はない。


だが、すでに戦いの火蓋は切って落とされている。


張りつめた空気の中でぶつかり合う、俺と天津の闘気と殺気。


相手の気に飲み込まれぬよう、互いに相手の隙を伺い合いながら、相手の出方を待つ状態が続く。


俺も天津も、扱う流派は同じ・・・下手に手を出せば、裏をかかれるのは必至・・・それも、この膠着状態が続く理由の一つだろう。


だがそれ以外にもう一つ、先に手を出す事が出来ない理由が、俺にはあった・・・


・・・ここまでやりにくい相手は初めてだ・・・倒せる云々は別にしても・・・対峙して相手を観察していれば、普通試す価値の在りそうな手が、幾つか思い浮かぶってのに・・・


心の中でそう思い、手にした錫杖に自然と力が加わっていく。


だがこいつはどうだ・・・試すどころか、まるっきりどう攻めて良いのか、見当も付かない・・・この男の前では、全てが小賢しい小細工でしかない・・・あの神威でも、ここまでやりにくくは無かったってのに・・・


ゾクリ・・・


俺がそう思うと同時、背中におぞましい悪寒が走る。


俺には、目の前に居る男が、巨大な山に思えてくる。


今俺は、この男に恐怖を感じている・・・


俺は今まで、戦いの中で恐怖を感じた事はない。


それ所か、自分の死を感じると、心が躍るような高揚感すら感じていた。


だが俺は、初めて戦いの中で、相手に恐怖を抱いている・・・


だがだからと言って、まだ俺が負けた訳ではない・・・ならば、俺は俺の戦いをするだけだ。


見ろ・・・奴は動く・・・その瞬間を見逃すな・・・


気持ちを落ち着かせつつ、強くそう思いながら、瞬き一つしないで天津を見据える。


その時、俺達の間に一陣の風が吹き抜け、何処からか木枯らしが、俺達の間に吹きすさぶ。


・・・来る・・・ッ!!


そう思った直後、俺の背後に生まれる気配。


それを呼んでいた俺は、来るであろう攻撃に備え、すでに行動に移っていた。


ブオンッ!


風切り音を轟かせ、先程まで俺の首があった辺りに、天津の槍が横凪で通り過ぎる。


間一髪、身を屈んでその攻撃を避けた俺は、地面に片手を着くと同時、前に跳んだ。


槍は、基本的に刀よりも長く、小回りが利かない上、大振りになって隙も生じやすい。


その為、懐に入られれば死角になるし、紙一重で避ければ、反撃のしようもある。


だが相手も武神流の使い手・・・武神流槍術に、死角は無い。


ガコンッ!ドスンッ!!


俺が前に跳ぶと同時、背後で何かが外れたような音が聞こえたかと思えば、次いで大地に何かが激突する音が聞こえてくる。


俺は地面に着地すると、すぐさま体制を整え、背後を横目で確認する。


すると天津の槍が、三つの節に分かれ、それぞれが鎖で繋がれた三節棍へと変化し、三つ又に分かれている刃が、地面に突き刺さっていた。


「・・・さすが。この様な小細工は通用せぬか・・・」


その言葉に俺は苦笑を浮かべると、体を天津に向ける。


「・・・そりゃぁな。だがこちらも驚いた・・・まさか縮地が出てくるとは思わなかったぜ・・・」


俺がそう言うと、天津も苦笑を浮かべて応えた。


縮地・・・瞬歩とも呼ばれる、特殊な歩行方法だ。


この歩行方法は、初速から高速に達し、そこから更に速度を上げる・・・言うなれば、神速を越える神速。


そしてこの歩行方法は、誰でも使えるという訳ではなく、才能が無ければ決して真似する事の出来ない、幻の神業の一つだ。


その最高速度は、恐らく俺が霊鎧を纏った時と同等か、一度だけ使った、霊鎧と九字桜花斬の併用と同等・・・


もちろん俺には、その才能は無いので、縮地を使う事など出来ない・・・話し位に聞いていた程度で、実際に目の当たりにしたのは初めてだ。


「・・・これでも、霊術は使わぬと言うのか?」


不意に天津にそう聞かれ、俺は自嘲気味に苦笑した。


「確かに・・・霊力を使うのが卑怯とか、言っていられる場合じゃないな・・・今の攻撃を避けられたのだって、偶然に近い・・・」


そう言ってから、俺は手にした錫杖を構え直した。


「だが、いくらあんたが化け物じみていても・・・ここで霊力を使ったら、俺は俺の信念を曲げる事になる。そんな格好悪い事したくないぜ・・・」


「フッ・・・愚かしくもあるが、そこまで自分の信念を貫くと、逆に天晴れとしか言えんな・・・」


俺の言葉を聞き、天津は苦笑を浮かべながらそう呟いた。


「馬鹿にしてるようにしか聞こえないぜ・・・さぁ、続きをやろうか・・・ようやく、体も温まってきた事だしよ・・・」


「・・・良かろう。」


そう言って、天津が手にした三節棍の、真ん中の節を捻ると、元の槍の状態に戻り、構え直した。


ッ?!


天津が槍を構え直すと同時、彼の姿が虚空に消えた瞬間、俺の右隣に出現する。


「フンッ!!」


出現すると同時、天津は高速回転を加えた突きを俺に向けて放つ。


これは武神流槍術『転』!


「チィッ!」


ビリリッ!


間一髪、俺はその槍を紙一重で避けたが、回転する副え刃に、俺の僧服が音を立てて千切れる。


ちょうど懐の部分が切り裂かれ、そこに仕舞っていた煙管の入った箱と、不動明王球がこぼれ落ちた。


それに構わず、次の瞬間俺は、天津に向かう形で、彼の背中に廻ろうと跳んだ。


天津を相手に、紙一重で避けるのはかえって危険だ・・・近接戦闘に不向きな槍だが、彼の槍はそれを補う仕掛けが施されている。


だが、それでも全く死角が無いという訳ではない。


近接戦闘よりも更に近接・・・密着状態ならば、さすがの三節棍とはいえ、攻撃範囲が限られてくる。


だが恐らく、俺の行動は天津に読まれていると考えた方がよい。


考えられる天津の行動・・・恐らく、俺が後ろに廻ると同時に、三節棍へと槍を変化させ、俺の裏をかくつもりで後ろに跳びつつ体を捻り、遠心力を加えた一撃を放つ・・・そんな所か。


一瞬で考えを巡らせた俺は、天津の後ろに廻ると同時に、来るだろう攻撃に備え、錫杖を振りかぶる。


「ッ?!」


そこで俺は、自分の読み違いに気が付いた。


「フンッ!!」


ドゴッ!


「ガハッ!」


俺が天津の後ろに廻ると同時、俺の腹に回転する槍の尻が打ち込まれた。


ば、馬鹿な・・・返し手で・・・転だと・・・?!


鈍い痛みが腹に走ると、一瞬息が詰まりそうになる。


ガコン・・・


痛みを堪える暇すらなく、次の瞬間天津の槍の節が分かれる音を、俺の耳は聞き取った。


だが俺の体は、予想以上の破壊力の前に、言う事を聞かなくなっていた・・・


それでも天津は、容赦なく次の攻撃を俺に放つ。


バキッ!!


「グアッ!」


振り向きざまの威力と、遠心力を加えた天津の一撃が、無抵抗の俺の体を捕らえ、俺は横に吹き飛ばされた。


ドゴンッ!


神木から少し離れた、森の中まで吹き飛ばされた俺は、土煙を上げながら、地面を抉って着地した。


「う・・・うぅ・・・クッ!」


呻きを上げながらも、上体を起こそうとするとすると、俺の胸に鋭い痛みが走った。


・・・こりゃ、骨が逝ったな・・・


痛む胸を押さえながら、俺は何とか上体を起こすと、すでに目の前には天津が立っていた。


その手には、三つ又の槍と、俺の錫杖が握られている。


どうやら吹き飛ばされた瞬間、俺の手から放れたようだ。


「・・・これでも、使わぬと言うのか?霊力もソレも・・・」


ジャラン・・・


そう言うと同時、天津は俺に向かって錫杖を放り投げた。


俺はソレを掴むと、錫杖を杖代わりにして立ち上がった。


「・・・へっ・・・何度も・・・言わせるなよ・・・」


「・・・意固地なまでの執着心だ・・・拙者も、人の事は言えぬか・・・」


俺の返答を聞き、天津は苦笑を浮かべながらそう答えた。


だがすぐに、真剣な表情で俺を見据えると、手にした槍で俺を指し示した。


「お主は拙者には勝てぬ・・・いかんせん、地力が違いすぎる・・・」


「・・・はっきり・・・言うな・・・」


天津の言葉に対し、俺は痛みを堪えながら、無理矢理が笑みを浮かべると、そう答えた。


だが、天津の言っている事は正しい・・・それは俺が一番解っている・・・


だがそれでも・・・俺はこの男にはない物を・・・撃ち破る可能性のある力を持っている・・・


「・・・良い眼だ・・・お主が何を考えているのか、拙者が言い当てようか・・・」


天津の言葉を聞きながら、俺は意識を集中させ、神経を研ぎ澄していく。


すると、不思議と腹と胸の痛みが薄れていき、錫杖無しでも立てるようになった。


俺の精神が、肉体の限界を超え、一時的に痛覚を消し去ったのだろう。


「霊力もなく、お主の最も得意とする、得物が無い今・・・それでも拙者に勝てる見込みがあるとすれば・・・それは、武神流六芸、六奥義が一つ・・・第三奥義『轟』のみ・・・」


「・・・ご名答。」


天津の言葉に対し俺は、不適に笑みを浮かべると、半身になりながら、重心下にして錫杖を構えた。


左手を相手にかざし、その横に錫杖の先端が来るようにして、ぎりぎりまで引き絞る。


武神流六芸六奥義・・・剣技『九字桜花斬』に並ぶ、槍技・・・『轟』


この技も、零だった頃の俺では、体に掛かる負担が大きすぎて、放つ事すら出来なかった技の一つ。


「六芸を極めし者にしか扱えず、亜流派宗家には、決して伝わる事の無かった『六舞刃』・・・見せてみよ・・・そして拙者も、全身全霊を持ってそれに応じよう。」


そう言って、天津は俺と同じ構えを取った。


「武神流槍術奥義・・・『突』・・・縮地との併用が、拙者の全身全霊だ。」


天津がそう言うと同時、彼の全身から熱気が滲み出し、全身の筋肉が流動しているのが解る。


武神流槍術奥義『突』は、先程の『転』を昇華させた技だ。


そして『轟』もまた、『突』と同じく『転』が元となっているので、構えが同じなのは不思議ではない。


全てこの一撃・・・それで決まる・・・


「・・・逝くぞ・・・」


睨み合いの中、不意に天津は俺に向かってそう呟いた。


次の瞬間、虚空へと消える天津の姿。


同時に俺が後ろに跳ぶと、その瞬間俺の目の前に姿を現す天津。


「ヌオオオォォォーーーッ!!」


咆吼を轟かせ、天津は俺に向かって、超高速回転する突きを放つ。


「ハアアアァァァーーーッ!!」


俺もまた咆吼を上げ、天津の槍のその切っ先・・・その一点にのみ、狙いを定め錫杖の突きを放った。


ガガキンッ!!


互いに技を放ち合った俺達は、背中合わせに、技を放った状態のまま対峙した。


「・・・クッ!」


ブシュウウゥゥゥーーーッ!


次の瞬間、俺の右腕に鋭い痛みが走り、顔をしかめ呻くと、そこから鮮血が吹き出した。


ジャラン・・・


思わず右手に持った錫杖を取りこぼし、俺は右腕を左手で庇いながら、地面に膝を着いた。


『突』の超高速回転による、天津の槍の副え刃で、俺の右手の甲から腕の付け根までの肉が削ぎ落とされた。


・・・軌道を逸らし、掠っただけでこの威力・・・まともに喰らったら、胴体に風穴が空いていたな・・・だが・・・


「・・・これが・・・『轟』か・・・」


背後から天津の呟く声が聞こえ、俺はゆっくりと立ち上がった。


「・・・ぐぅ!」


ボンッ!!


そう言うと同時、背後から何かが破裂するような、音が聞こえてくる。


俺がゆっくりと振り返ると、右肩を押さえながら、天津がうずくまっていた。


天津が押さえた右肩からは、止めどなく血が流れていた。


「・・・螺旋、逆螺旋、直進・・・異なる突きを同時に放ち・・・それぞれの力の伝達が、ぶつかり合った瞬間・・・相手の内側から破壊する・・・絶妙な力加減でなければ、力の伝達が分散し、決して成立しない・・・しかし、それをうまく操れれば、任意の場所で力をぶつける事も可能・・・まさに神業だ・・・」


俺の放った『轟』の正体を、たった一撃受けただけにも関わらず、天津がそう語った。


天津の言う通り『轟』の正体とは、螺旋と逆螺旋の『転』を放った後、無回転の突きを放ち、それぞれの力の伝達を、相手の内側で故意にぶつけ合わせ、体の内側を破壊する技だ。


その威力は、武神流六芸の中でも、最高の破壊力を持つ。


「・・・お主がわざと後ろに跳んだのは、拙者の縮地の速度を僅かに削ぎ、技を放つだけの時間・・・そして、着地すると同時に前に跳び、直進の力の威力と伝達の早さを上げる為か・・・」


「・・・あぁ・・・いくら何でも、後ろに跳んだ状態で、十分な直線の力は出ないからな・・・」


天津の言葉に、俺は右腕の痛みを堪えながらも、そう答えた。


「・・・フッ・・・見事だ。さすが、一騎当千と呼ばれた男よ・・・」


「周りが勝手にそう言っていただけさ・・・」


天津の言葉にそう答え、布切れとかした僧服を裂いて、右腕をきつく縛り上げる。


出血は酷いが、これで少しは止血出来るはずだ・・・動かせない事もないとは言え、これでは暫く使い物にならんな・・・


傷の具合を確認した俺は、再度天津へと視線を向けた。


・・・?


その時、俺は天津が声に出さず、何かを喋っているのに気が付いた。


『これから拙者の身に何が起ころうと決して近づくな・・・』


読唇術で天津が何を言っているのか解ったが、その真意が解らず、俺は眉をひそめた。


そして俺は気が付いた・・・天津の真の目的に・・・


あぁ・・・そうか・・・


『・・・解った。後の事は任せろ・・・』


天津の真意を悟った俺は、声には出さず口を動かした。


それに対し天津は、右肩を押さえながらも、苦笑を浮かべ立ち上がった。


「・・・お互い、利き腕を負傷したんだ・・・もう引き分けで良いだろう・・・」


天津の真意を悟りながらも、俺はそう言って会話を再開させた。


「フッ・・・そうしたいのは山々だが・・・拙者には、どうしても退けぬ訳があるのだ。」


そう言いながら、天津は右手に持った槍を、左手に持ち替え構える。


その瞬間、俺達以外の存在の、俺達二人に向けられた殺気を感じた。


だが俺達は、それを感じながらも、微動だにしない・・・


何故なら・・・そうなる事を、俺達は予想していたからだ・・・


シュルルルッ!


『ッ?!』


その時、どこからともなく聞こえてきた風切り音・・・


ドブッ!!


「ぐぉっ!!」


一直線にその風切り音が向かってきたかと思えば、次の瞬間天津の胴体から飛び出す、三つ又の槍の矛先。


その瞬間天津は、手にした槍を取りこぼし、地面に膝を付いた。


「天津!!」


先程の天津の言葉を忘れ、思わず駆け寄ろうとする俺を、天津は手をかざして制止させ、俺は踏みとどまった。


そんな俺達のやりとりを余所に、天津の背後の木の陰から、ゆっくりと姿を表した、天津とうり二つ男・・・


「・・・フッ・・・何処までも・・・汚い奴よ・・・雲外鏡・・・」


その姿を、横目で振り返り確認した天津が、苦痛を堪えながら苦笑して呟いた。


「ヒッヒッヒ・・・言ったじゃろう?それは儂にとっては、最高の褒め言葉じゃと・・・」


そして、その男の影から、ゆっくりと姿を見せる老人。


・・・こいつが、雲外鏡か・・・


手鏡程の大きさの鏡が、左目に埋め込まれた、片腕の無い老人が、卑しい笑みを浮かべながら天津を見据えている。


「・・・だが・・・拙者の鏡身を・・・従えていると言う事は・・・貴様も・・・鏡像では無かろう・・・」


「フンッ!じゃからどうした・・・お主等死に損ないに、トドメをさしにわざわざ出向いてやったのだ・・・のぉ?」


そう言って、俺に対し同意を求めてくる雲外鏡。


「・・・黙れ・・・虫唾が走るんだよ。」


それに対し俺は、殺気を放ちながらそう答えた。


「フンッ!まぁ良い・・・この男を始末したら、次はお主の番じゃ・・・少し待っておれ。」


そう言って、雲外鏡は天津に視線を戻した。


「・・・フッ・・・フッフッフッ・・・」


その時、突然天津は笑いだし、雲外鏡は眉をひそめた。


「確かに・・・拙者は・・・もう、戦う・・・力など・・・残ってはおらん・・・だが、まだ解らぬようだな。追いつめられたのが・・・貴様だと言う事に・・・」


そう言いながら、天津は取りこぼした槍に、雲外鏡に悟られぬようにして、左手を添えた。


「・・・何じゃと?フンッ・・・死に損ないが、何を・・・」


「こういう事だあああぁぁぁーーーっ!!」


「ぬぅっ!」


手を添えていた槍を掴むや、天津は振り向きざまに、雲外鏡目掛け凪を放つ。


だが雲外鏡は、その攻撃を間一髪の所で避け、天津の槍はその手から放れ、後ろに広がる森の中へと、消えていった。


「フンッ!それで儂の隙を付いたつもりか・・・?その程度の悪あがきで、儂を・・・」


ガシャアアアァァァーン・・・


雲外鏡の言葉を遮り、不意に天津の槍が消えた方向から、何かが砕ける音が聞こえてくる。


その音に雲外鏡は目を見開き、後ろを振り返った。


「フッ・・・フッフッフッ・・・これで・・・貴様の退路は塞いだぞ・・・」


「クッ!貴様・・・小賢しい真似を・・・ッ?!」


雲外鏡が怒気を含みながら、天津に顔を向けようとした瞬間、俺は霊鎧を纏い、雲外鏡目掛け走り出していた。


それに感付いた雲外鏡は、俺との間に天津の分身を割り込ませる。


「邪魔だ!!退けえええぇぇぇーーーっ!!」


立ち塞がる天津の分身に対し、俺はそのままの勢いで、左手を突き出した。


ガシャアアアァァァーンッ!!


俺の左手が、天津の分身に突き刺さった瞬間、その姿は粉々に四散した。


とうの雲外鏡は、その僅かな間の内に、後ろに大きく跳躍して俺達との間合いを広げていた。


雲外鏡の事は一旦放っておき、俺は天津へと視線を向ける。


「・・・天津・・・」


見ると天津は、分身が消えた所為で槍も消えたのか、塞き止める物の無くなった傷口から、止めどなく血が溢れ、その身を力無く地面に横たえていた。


俺は天津の側にしゃがみ込むと、その身を左手でなんとか起こして、胴体に空いた傷の具合を見る。


もう・・・手遅れだ・・・


「・・・うっ・・・うぅ・・・」


その事を確認した俺の耳に、微かな天津のうめき声が聞こえてくる。


「・・・宝仙・・・殿・・・すまんな・・・拙者と・・・奴の因縁に・・・巻き込んで・・・しまって・・・」


「喋るな。傷に障る・・・」


苦しげに俺に語りかけてくる天津に、俺はそう呟いた。


そうは言ったものの、すでに天津の傷が、取り返しの付かない物だと言う事に、彼自身も解っているだろう・・・


「・・・これで・・・奴は暫く・・・鏡の道を創る事は出来ぬ・・・お主に・・・こんな事を頼める・・・立場ではない・・・と・・・解っている・・・が、どうか・・・」


「・・・あぁ。解ってる・・・後は俺に任せろ。必ず・・・奴を殺す・・・」


「・・・すまぬ・・・そしてどうか・・・娘に・・・慈乃に、立派な・・・墓を・・・建てて・・・くれ・・・」


「ッ!あんた、やっぱり・・・」


俺の呟きに、天津は苦しげながらに、自嘲気味に苦笑を浮かべた・・・


「・・・元々・・・拙者等親子は・・・この時代の・・・住人ではない・・・もう・・・拙者等に・・・帰る家も・・・無い・・・奴を倒しても・・・慈乃の呪いが、解けぬと・・・言うのならば・・・いっそ・・・拙者の手で・・・とな。そして・・・拙者も・・・それが・・・それだけの為に・・・拙者は・・・今まで生きていた・・・」


「・・・天津。」


「フッ・・・そんな・・・顔をするな・・・拙者のこの想いを・・・託せる者が・・・居る・・・それだけで、拙者は満足だ・・・それに・・・最強という華に・・・この身は・・・散らされたのだ・・・そう思えば・・・悔い・・・も・・・無い・・・」


そう呟く天津の瞳には、もうすでに光は宿っていなかった。


それだけでなく、心音や脈拍すら感じない・・・気力だけで、ここまで天津は喋っているのだ。


不意に天津は、俺に向けていた顔を、夜中の空へと向けると、見えないはずの瞳を細めた。


「・・・慈乃・・・父は・・・先に・・・往くぞ・・・だが父は・・・お主と・・・同じ・・・地に・・・は・・・逝けぬ・・・かも・・・しれん・・・が・・・な・・・」


「天津・・・きっと逝けるさ・・・そこまで、娘の事を思っているあんたなら・・・きっと・・・」


俺の言葉が聞こえたのかどうかは解らない・・・だが天津は、穏やかな笑みを浮かべて、息を引き取った・・・


その瞬間、自然と俺の頬に・・・一筋の滴が伝った・・・


俺は天津の体を、地面に横たえると、ゆっくりと立ち上がった。


「・・・逝ったか・・・これでようやく、百年の因縁も終いかと思うと、ちと寂しいのぉ~・・・ヒッヒッヒ・・・」


そんな俺を見て雲外鏡が、今の俺の気分を害する笑い声を口ずさむ。


「・・・安らかに眠れ・・・武神流槍術皆伝、天津槍次郎・・・今まで俺が相手した中で、最強だった男よ・・・」


雲外鏡の声を無視し、俺は天津に黙祷を捧げた。


そして、ゆっくりと・・・殺気と怒気と闘気・・・様々な気が入り交じった視線を、ゆっくりと・・・雲外鏡へと向けた。


「・・・おまえは殺す・・・地獄の底で・・・懺悔しろ・・・」


雲外鏡を見据えながら、俺はそう呟くと、すでに服としての機能を失った僧服を脱ぎ去った。


「・・・フン。威勢だけは良いのぉ・・・小僧・・・」


俺の呟きに、雲外鏡は鼻で笑うと、残忍な笑みを浮かべた。


「その腕で・・・儂を倒す事が出来るというのか?」


「フンッ・・・腕の事を言うなら、貴様も同じだろう・・・」


「減らず口を・・・」


雲外鏡がそう呟いた瞬間、その左目の鏡が輝き、俺の姿を映し出す。


そして、その光の中から、何かが姿を現した。


「儂の鏡身は・・・映し出した者の、最も強かりし時を映し出す・・・」


雲外鏡の呟きと同時に、光が収まると、そこには一人の少年が立っていた。


「・・・テメェ・・・」


その少年は、俺が最もよく知る人物・・・若かりし頃の俺・・・一騎当千の零だった。


「ヒッヒ・・・どうやら、今のお主よりも・・・昔のお主の方が強いようじゃなぁ~」


人を見下したかのような、傲慢な態度で、雲外鏡は底意地の悪い笑みを浮かべて、俺にそう告げた。


「安心せい・・・お主の仲間も、すぐに後を追わせてやろう・・・今頃、あの娘の作り出した最高傑作が、お主の仲間達を葬りに向かっている頃じゃろうて・・・」


「・・・だから・・・どうした・・・」


雲外鏡の喜々として語るその表情に、この上なく嫌悪感を感じながら、俺はそう呟いた。


「・・・だからどうしたと言うんだ・・・あいつ等が負けるなんざ、俺は微塵も思っちゃいねぇよ・・・それよりも、自分の心配をしたらどうだ?」


俺がそう言うと、雲外鏡はあからさまに不機嫌な表情で、俺を睨みつける。


「・・・随分な・・・」


「御託はいい・・・聞き飽きた・・・」


雲外鏡の言葉を遮り、俺はそう言うと、ゆっくりと構えを取った。


「俺が殺すと言った以上・・・おまえは殺す・・・慈悲も、容赦も、遠慮もない・・・本物の悪夢を・・・貴様に見せてやる・・・」


深い森の中、御神楽家から十分離れた場所で、私達は一人の女の人と対峙していた。


頭に猫の耳を生やして、お尻の部分にも同じく、いくつもの猫の尻尾を生やせた猫又の女の人。


多分、師匠が話していた、猫又の玉螺さんって人だと思う。


「へぇ~・・・あんたが聖って娘?御主人様から聞いてたけど・・・聖女って柄には見えないね。」


そう言って玉螺さんは、無邪気な笑みを浮かべながら、私をなめ回すように見つめてくる。


「・・・聖女?」


玉螺さんの言葉を聞いて、不思議に思った私はそう聞き返していた。


私の言葉を聞いて、不意に玉螺さんは、苦笑を浮かべて肩を透かせた。


「あぁ、あたし達の間での、あんたの呼び名よ・・・ま、これから死ぬあんた達には、関係ない事だけど・・・」


「ッ?!」


そう言って玉螺さんが、私達に向かって殺気を放ってくる。


「・・・気を付けて・・・まだ二人居るわ・・・」


「はい・・・私にも感じます。」


玉螺さんの殺気に、私たちはそれぞれ構えを取ると、私の横に立つ桜さんが話しかけてきた。


それに私は頷きながら答えると、手にした錫杖を、強く握りしめた。


「ッ?!クロ?」


突然、私の後ろに控えていたクロが、私の横を通り過ぎると、一人玉螺さんと対峙した。


「・・・何?」


不機嫌そうに玉螺さんが、クロに向かって呼びかけた。


「・・・貴様ではない・・・いい加減出てこい!貴様は我に用が在るのだろう・・・」


「え?」


不意にクロが、玉螺さんの更に後ろ・・・森の暗闇に向かって、声を投げかけた。


そして、そこからゆっくりと姿を現したのは、青白い体毛の巨大な虎だった。


その巨大な虎が姿を現すと、玉螺さんは無言のまま横に退いた。


「ッ?!まさか・・・神獣・・・?」


「え?!」


不意に桜さんが驚いた声を上げて、それを聞いた私は、クロとその虎を見比べた。


神獣・・・って事は・・・クロと同じ?でも・・・どうして・・・


「・・・やはりか。あの視線も貴様だな・・・建速須佐之男の爪・・・海虎族の者よ・・・」


「いかにも・・・お初にお目に掛かる・・・月讀命の牙・・・若き月狼族の者よ・・・」


私と桜さんの困惑を余所に、クロは現れた大きな虎と、会話していく。


「・・・玉螺・・・彼者は我の得物だ・・・手出しは許さぬ・・・」


「主・・・女・・・この者は、我が相手しよう・・・同じ三神獣の者として、対峙せねばならぬ・・・ここは譲ってくれ・・・」


ボッ!


バチバチッ!


クロと虎がそう言うと同時に、クロは体毛を黒い炎に変えて、虎の体には青白い雷が纏った。


「・・・クロ・・・」


「・・・心配無用だ・・・主。」


クロの身を案じて、私が呼びかけると、クロは顔だけで振り返ってそう答えた。


「・・・ま、あんたの気が済むようにすれば?けど、あんたまだ役目が残ってるんだから、ちゃんと戻ってくるのよ蒼雷。」


・・・役目?


不意に、玉螺さんが大きな虎・・・蒼雷さんに向かって、そう告げる声が聞こえてくる。


聞こえてきた玉螺さんの言葉の中で、気になる事を感じて、私は向こうに視線を移した。


「・・・言われずとも、解っているさ・・・」


玉螺さんの言葉に、蒼雷さんはそう呟くと、クロに向かって一歩歩み寄った。


「・・・我が名は蒼雷・・・海虎族、勾玉継承者・・・」


「・・・月狼族勾玉継承者・・・黒炎・・・」


蒼雷さんの言葉に呼応するように、クロもそう呟いて一歩踏み出した。


「その牙に誓い、我が爪にて汝を断ち割る・・・」


「その爪に誓い、我が牙にて汝を穿つ・・・」


「始まる・・・神獣同士の・・・戦いが・・・」


不意に、桜さんがそう呟くのが聞こえてきた。


けど私は、振り返る事もなく、クロと蒼雷さんを見つめていた・・・


ボワッ!!


バリバリバリッ!!


次の瞬間、それぞれ二人の体を覆っていた炎と雷が、その勢いを増したかと思うと、二人の姿を飲み込んだ。


その勢いが、段々収まっていくと、そこには二人の男の人の姿があった。


浅黒い肌と黒髪の、大きな犬のような、大きな耳と尻尾が生えた、人の姿に変化したクロ。


対して、青白い肌と白髪の、同じく猫のような、大きな耳と尻尾が生えた、人の姿に変化した蒼雷さん。


二人はお互いに、神話の神様を守護する一族・・・なのにどうして、戦わなければいけないの・・・?


不意に、心の中に過ぎった疑問・・・けど、その疑問に答えてくれる人は居なかった・・・


「・・・ここでは、他の邪魔になる・・・場所を変えようか・・・」


不意にクロが、鋭い眼差しで蒼雷さんを見据えながら、そう声を掛けた。


「・・・良かろう。」


蒼雷さんがそう答えると、二人は大地を蹴って、東へ方角へと向かっていった・・・


私が、クロが去っていった方向を、暫く見つめていると、不意に桜さんの手が私の肩に置かれた。


「・・・彼なら大丈夫よ。きっと・・・」


「・・・はい。」


その言葉に私は、苦笑を浮かべながら頷いた。


「そぉそぉ。どうせ心配するんなら、自分の心配をした方がいいわよ・・・」


私達に向けられたその声を聞いて、私も桜さんも、ゆっくりと玉螺さんに顔を向けた。


「・・・そうしても・・・私たちと戦うんですか・・・?戦わないといけないんですか?」


無邪気な笑みを浮かべている玉螺さんに、私はそう声を掛ける。


すると玉螺さんは、まるで面白い物でも見つけたみたいに、私の事を鼻で笑った。


「・・・あんた達・・・そのつもりで、ここに来たんじゃないの?御主人様の・・・私達の悲願を阻止しに・・・」


「その悲願って何ですか?それは子供まで巻き込まないと、叶えられない事なんですか?!」


「そうよ。だから・・・何?何かを得る為には、代償が必要でしょ・・・ただそれだけの事よ。」


「それだけって・・・」


事も無げにそう言う玉螺さんに、私は思わず絶句した。


すると桜さんが、頭巾から覗かせた口元をきつく結んで、私の前に進み出る。


「・・・そちらの言い分は、よく解ったわ・・・でも、例えどんな目的でも・・・子供を巻き込んで良い理由になんて成らないわね。」


「・・・フンッ。生意気な口聞くじゃない・・・なら、どうする訳?」


桜さんの言葉に、玉螺さんは桜さんを睨みつけ、殺気を込めながらそう呟いた。


「もちろん、あなたを倒すわ。」


そう断言して、桜さんは懐から霊符の束を取り出して、片手で扇のように広げた。


「桜さん・・・」


玉螺さんと桜さん、二人のぶつかり合う迫力に、私の入り込む余地など無さそうだった。


「・・・フッ・・・良いわ、元々そのつもりだったし・・・あんたはあたしが、直々に殺してあげる・・・」


玉螺さんがそう言うと、その手の爪が異様に長く伸びる。


そしてその伸びた爪で、玉螺さんは私を指差した。


「そしてあんた・・・あんたの相手を紹介してあげる・・・出といで『蛇将』・・・」


ズシン・・・


玉螺さんがそう呟くと、大きな地響きが、夜の森の中に木霊した。


「・・・来るわよ。」


「はい・・・」


ズシン・・・ズシン・・・


とても強い妖気を放つ何かが、ゆっくりとやって来る気配に、桜さんが緊張気味にそう呟いた。


ズシン・・・ズシン・・・バキバキッ!!


「グルルルゥゥゥ・・・・」


地響きと共に、森の木々をなぎ倒しながら、唸り声を上げながらそれは姿を現した・・・


「ッ?!何・・・あれ・・・」


全身に鱗が生えた、巨大な蜥蜴のような妖怪が、二本足で歩きながら、ゆっくりと森の中から姿を現した。


頭には牛のような角が生え、覗かせた口からは不揃いな牙が生えている。


バキバキッ!!


不意に、太い尻尾が忙しなく動き回り、周りの木々をなぎ倒した。


「グルルルゥゥゥ・・・グオオオォォォーーーッ!!!!」


「ッ?!」


尻尾が木をなぎ倒すのを止めたかと思うと、次の瞬間耳をつんざくような咆吼を上げ、堪らず耳を塞いだ。


「・・・キメラ。これが御主人様の研究の集大成・・・」


「あれが・・・キメラ・・・?」


巨大な蜥蜴の咆吼が止むと、不意に玉螺さんがそう言って、私は呆然と呟いた。


この島に来る途中、師匠からその事は聞いていたけど・・・でもこれって・・・


「キメラって言うのは、簡単に言うと・・・種類の違う動物を掛け合わせた化け物の事よ・・・御主人様の研究は、それを妖怪や人間に置き換える事・・・そしてこの『蛇将』・・・元になった妖怪の名は・・・『神威』・・・」


「ッ?!何ですって・・・」


「グルルルゥゥゥ・・・」


楽しそうに語る玉螺さんの最後の一言に、桜さんが呟く声が聞こえてくる。


そんな・・・あの神威さんを元に・・・そんな・・・そんなのって・・・


「フフフ・・・神威の実力は、あんた達がよく解ってるはずよね・・・けどこの蛇将は、本能しかないから、神威より質が悪いわよ・・・」


「・・・酷い・・・」


玉螺さんの言葉に、自分でも知らない内に、蛇将と呼ばれたキメラを見つめながら、私はそう呟いていた。


「こんなの・・・こんなのって無いよ・・・命は玩具じゃない!作り出す物なくて、育むものなのに・・・こんなの・・・可哀想すぎるよ・・・」


「聖さん・・・」


私の言葉に対し、桜さんが私に顔を向けてくる。


命は作り出す物なんかじゃない・・・産まれ育むべき、尊い存在・・・


なのにこの妖怪は、刹那さんの手で作り出され、ここまで成長させられた・・・自然の理に反した存在・・・


それは・・・とても悲しい存在だと思う・・・そう思うと、自然と涙が溢れてくる・・・


「なんで・・・なんでこんな事が出来るの・・・?この子は何の為に産まれてきたの・・・何の為に生きてるの・・・これじゃこの子が、可哀想すぎるよ・・・」


「・・・可哀想?命は玩具じゃない・・・ですって?フッ・・・フフフ・・・」


私の言葉を、玉螺さんが復唱するように呟くと、不意に可笑しそうに笑い出す。


けどすぐに、私たちに怒りの形相を向けてくる玉螺さん・・・その表情からは、憤怒と憎悪を感じた。


「笑わせるんじゃないよ!人間が・・・あんた達が行っている事を棚に上げて、よくそんな事が言えるわね!!」


「私たちが・・・行っている事・・・?どういう意味ですか・・・」


その迫力に、一瞬飲み込まれそうになりながらも、私は玉螺さんにそう聞き返した。


「フンッ!知らないって言うんだったら、教えてあげる・・・あたし達付喪神は、普通の妖怪とは違う・・・百年以上生きた動物や、使い込まれた物から産まれる妖怪・・・けどね、産まれてすぐのあたし達には、何の力も無いのよ。」


そう言って玉螺さんは、憎悪の込められた瞳を、ゆっくりと閉じた。


「特にあたし達猫ってのはね・・・昔から人間達の側で、暮らしてきたわ・・・人間に飼われる事も在れば、野良のまま街に住み着く事もある・・・そんなあたし達が、付喪神になり猫又になったら、人間達はどうすると思う?」


「どうするって・・・」


私がそう聞き返すと、玉螺さんは閉じた目をゆっくりと開いて、私たちをまた睨みつけた。


「気まぐれに飼っていた人間達は、掌を返したように、あたし達を捨て、蔑むわ・・・それならまだ良い・・・けど、中にはあたし達を売り飛ばして、見せ物小屋の見せ物にされたり、賭博の賭けの対象として使われたり・・・あたし達を慰み者にしたり、拷問に掛けて喜んでるような人間だって居る・・・」


「ッ?!そんな・・・嘘・・・」


玉螺さんの言葉を聞いて、私は愕然とそう呟いた。


「嘘を吐いてどうなるって言うのよ・・・それにそっちの人間は、思い当たる節があるみたいじゃない。」


そう言われて桜さんに顔を向けると、桜さんはきつく唇を噛んでいた。


「・・・彼女の言う事は・・・本当よ・・・妖怪を玩具にして、楽しんでいる人間は・・・少なからず居るわ・・・」


「そんな・・・」


桜さんの呟きを聞いて、私は胸が締め付けられるような、苦しみを感じた・・・


「別にこれは、あたし達猫又に限った事じゃないわ・・・下級の妖怪なんかを捕まえて、売りさばいてるような輩だって居るし・・・人間はあたし達の事を恐れ、怯えるけど・・・あたし達にとっちゃ、あんた達人間の方がよっぽど怖いわよ。だから開くのよ・・・扉を・・・」


「扉?」


「そうよ!御主人様は言ったわ・・・この世の全ての矛盾を取り払うって・・・一度全てを無に返し、神々にもう一度この世界を作り直させる・・・それが、あたし達の悲願・・・間違いだらけの世界なら、全部無に還ればいい・・・」


『ッ!!』


玉螺さんのその一言に、私達は息を呑んだ。


「それが、刹那の目的だというの・・・」


「そうよ。御主人様は神に間違いを認めさせて、もう一度この世界を作り直させようとしているのよ。争いや憎しみ・・・それが絶えない、この不毛な世界をね・・・」


「そんな・・・その為にみんなを犠牲にするって言うんですか・・・何の罪もない人や妖怪を巻き込んで・・・」


「人も妖怪も、生きているだけで罪よ・・・罪を犯さず生きている者なんて存在しない・・・その思いに共感出来たからこそ、あたし達は御主人様の下に集ったのよ。」


そう言う私の言葉を、玉螺さんは否定すると、そう断言した・・・


何の迷いもない瞳で・・・


確かにそうかも知れない・・・刹那さんの言ってる事は、正しい事だと思う・・・


でも、刹那さんのやろうとしている事は、勝算の無い勝負だと私は思った。


「・・・そうかもしれない・・・人も妖怪も、何処かで必ず罪を犯して生きてる・・・罪という定義自体、私たちが作り出したような物だから・・・」


「・・・聖さん?」


不意に私は語り始め、桜さんが訝しがりながらに、私に顔を向けてくる。


「でも・・・人も妖怪も、良い人はたくさん居る・・・私は今まで、たくさんのそんな人たちと、出会ってきた・・・だから私は思うの・・・きっと、その人たちとなら・・・人も妖怪も、手を取り合って生きられる世界が作れるんじゃ無いかって・・・」


「・・・不可能ね。少なくともあたしとあんたは、選んだ物が違いすぎるわ・・・」


静かに語る私を見据え、玉螺さんがそう断言した。


その言葉を聞いて、私の心の中に、悲しみがこみ上げてきて、私はゆっくりと俯いた。


「・・・そうかもしれない・・・私の言ってる事は、何の犠牲も払わないで、そんな世界を創りたいというきれい事・・・子供が駄々をこねるのと同じ・・・」


そこまで言って、ゆっくりと顔を上げ、私は玉螺さんを見据えた。


「想いだけじゃ、何も変わらない・・・解ってる・・・でも力だけじゃ、悲しみしか生まれない・・・想いだけでも、力だけでも駄目だから・・・」


そう言って私は、手にした錫杖を手放した。


「・・・刹那さんはすごいと思う・・・本当は刹那さん、すごく優しい人なんじゃないかって思う・・・だからこの世界の不条理を見て、傷ついたんだと思う・・・奪われる者の辛さ、苦しさは解るから・・・でもだからって、この世界を嫌いになってほしくない・・・あなたにも・・・」


そう言いながら、私は左手で孔雀明王の梵字を描いた。


「・・・命乞いでもするのかと思えば・・・やっぱりこうなるのね。ま、その方が解りやすくって、良いけどさ・・・」


「・・・本当は私・・・戦いたくなんて無い・・・痛いのも嫌いだし、人を傷つけるのも嫌い・・・」


私がそう言うと、玉螺さんは戯けたような笑みを浮かべて、ため息を一つ吐いた。


「・・・どこまでも、きれい事が好きな甘ちゃんね。」


「そんなの・・・自分が一番よく解ってる・・・でもそれが私・・・けど私には・・・護りたい世界が・・・護りたい人たちが居るの・・・」


そう言って目を瞑ると、私の大事な人たちが、脳裏に浮かんでくる。


鈴音さん、兼道さん・・・真夜さんに麗姫お婆ちゃん・・・沙希さんに夕凪さん・・・それに飛燕くんに凛さん・・・


クロに桜さん・・・そして・・・師匠・・・


みんな私の大事な人たち・・・かけがえのない、大事な人たち・・・


「戦って護る事しか、出来ないって言うんだったら・・・私は・・・私の想いの全てを賭けて、持てる力を全て賭けて・・・」


その人たちを・・・みんなと過ごした日々を、私は失いたくない・・・だから・・・


「・・・私は・・・戦う!」


ブォンッ!


私がそう宣言すると同時に、蛍のような淡い光が二つ、私の周りに現れた。


一つは、禍々しいまでの鬼気を放つ、真紅の光・・・


もう一つは、神々しいまでの神気を放つ、青白い光・・・


それぞれ違う二つの力・・・反発し合うはずの力が、私の周りを舞っていた。


「金華龍・・・孔雀明王珠・・・お願い・・・私に・・・力を貸して!!」


私の想いに反応し、二つの光は舞う速度を徐々に上げていく。


すると二つの光の軌跡が、一枚の羽衣に変化する。


それを私が掴むと、私の体が金色の光を放った。


「うっ!!」


「ぐわぉ?!」


その光に堪らず、玉螺さんと蛇将のうめき声が聞こえてきた。


暫くして、私の体から発せられていた光が収まると、私の体の変化は終わっていた。


私の体は、戦う為に最適な二十代くらいにまで成長し、体の至る所には、豪華な装飾が施された鎧が、私の体を護るように張り付いていた。


髪は金色に変色して、背中にはさっき掴んだ羽衣が舞っている。


そして私の額には、鬼の証でもある二本の鋭く長い角・・・


「・・・金剛鬼神、金色孔雀明王・・・再臨。」


そう呟いて、対峙する玉螺さんと蛇将を見つめる。


「・・・フン。面白いじゃない・・・蛇将。」


「グルルルゥゥゥ・・・」


ズシン・・・


玉螺さんの呼びかけに応えるように、蛇将が私たちに向かって、ゆっくりと歩み始めた。


「・・・桜さん。」


「・・・解ってるわ。彼女の事は私に任せて、あなたはあなたの思う通りにしなさい・・・」


「・・・はい。」


桜さんの言葉に頷くと、私は大地を蹴って、蛇将に向かって突っ込んでいく。


同時に、私の体が金色の光に包み込まれ、一瞬にして光の速度に達した。


ドンッ!


「グォ?!」


そのままの勢いで蛇将に体当たりをすると、そのままその巨体を、後ろに押し戻した。


「ハアアアァァァーッ!!」


バキバキバキバキッ!!


その勢いは止まらず、私は蛇将の体を押し戻し続けた。


あの場所じゃ、村と御神楽家から近すぎるし、私たちのぶつかり合いに、桜さんたちまで巻き込まれてしまう。


せめて人の居ない場所・・・被害が出ない場所まで、この子を連れて行かなきゃ。


そう思い、夜の森の中を、光を纏った私は、蛇将を抱えて突き進む。


バキバキバキッ!!ズズン・・・


十分離れた所で、私は蛇将を突き飛ばすと、地面に叩き付けられて土煙を上げる。


体の周りを覆う光を解いて、私はその場に着地すると、ゆっくりと顔を上げて、土煙を上げる場所を見据えた・・・

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