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宝仙伝  作者: 神無月拓楼(旧HN現武壱)
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黄泉遍路之章- 『零』之巻

その昔、一騎当千と謳われた、一人の少年が居た・・・


最強を誇る殺人術と称される武神流六芸と、人並み外れた先読みのお陰で、齢十にして戦場を駆け抜けていた・・・


そんな少年に名は無く、親も居ない・・・


だが、少年を知る者達は、少年の事を『零』と呼んでいた。


少年と敵として対峙した者は、例外なく無へと帰る事・・・名も無く、親も居ない事から、少年には虚無を表す文字が、いつの間にか与えられていた。


そしてそれが、少年を現す最初の名となった・・・


やがて時は移ろい、少年は青年へと成長を遂げた。


移ろいと共に青年は、戦場を離れ二人の僧と旅をする事となった。


そして青年は、『零』から『止水』と呼ばれる様になった。


それが・・・青年を表す二つ目の名となった・・・


だがその名を青年に与えた僧達は、彼の前から姿を消し、代わりに青年は、これから自分の成さなければならない目的を手に入れた。


その時・・・初めて青年は、自分自信で名を決めた・・・


交わした約束を果たす為・・・僧達と過ごした時を忘れぬ為・・・自分の罪を背負う為・・・


無情なりし時の流れは、少年だった青年に、多くの出会いと別れをもたらした・・・


そしてまた時は移ろい・・・少年は大人へと成長した・・・


その昔、一騎当千とまで謳われた少年は、姿を変え名前を変えて・・・今も今生を流離っていた・・・


・・・・・・・・・


・・・・・・


・・・


ギィ・・・ギィ・・・


舵の軋む音を響かせながら、俺達を乗せた船は、遠くに見える一つの島へと向かっていた。


「・・・あれが蛭子島・・・」


後ろから、聖の確認する様な呟きが聞こえてくる。


呪われた島、蛭子島・・・今俺達が向かっている場所に、今まで俺が探していた者が居る・・・


すべての決着が着く日が、刻一刻と間近に迫っている。


そしてそれは、俺の旅・・・宝仙の旅が終わる時が、近づいているという事だ・・・


静菜・・・刹那・・・俺は・・・おまえ達を・・・


神無月第三日。



江戸を旅立って、早一週間。


私たちは蛭子島に向かうため、そこから一番近い海岸沿いの小さな村へとやってきた。


旅の途中、先に向かったと思っていた師匠は、一日ほど遅れて江戸を出たみたいで、私たちが旅立ってすぐ合流する事ができた。


だから今は、私と桜さんと師匠の三人で、村の入り口の前に立っている。


クロはいつもの様に、村の人たちに見つかるとまずいので、隠れて着いてきてもらっていた。


「・・・それで、これからどうしましょうか?」


不意に桜さんが、私たちに向かってそう聞いてくる。


「決まってるさ。どうにかして蛭子島まで船を出してもらうしかあるまい。」


桜さんの言葉に師匠はそう答えて、村の中に向かって歩き出した。


「・・・それしか無いわよね。」


それに続いて私と桜さんも、村の中へと向かって歩き始めた。


蛭子島は、この辺りに住んでいる人たちなら、誰でも知っている・・・呪われた島として。


だから誰もその話しはしたがらないし、船でそこまで行こうとする人も居ない・・・


という事は、私たちがいくらお願いしたとしても、そこまで船を出してくれる人が居るかどうか、そこが問題になってくる。


桜さんの式紙に乗って行けば簡単だけど・・・明王珠の力を、そんな風に簡単に使う事は良くない事だと思う。


どうしてもって言う時は、仕方がないかもしれないけど・・・


「とりあえず、夜になっても船を出してくれる奴が現れなかったら、式紙で直接行くしかないだろうな。」


「そうね。」


これからの事を相談しながら、私たちは村の奥へと歩いていく。


「・・・あれ?あの人だかり・・・何でしょうか?」


ちょうどその時、私たちの進む先に、村の人たちが集まって何かを見ているのに気が付いて、師匠と桜さんにそう言ってみる。


私の言葉を聞いて、師匠と桜さんも、人だかりに顔を向ける。


「・・・何か蛭子島に関係してるみたいね。」


私たちの居る場所から、人だかりまでまだ距離があるけど、桜さんの耳には、人だかりの僅かなざわめきから、何を話しているのかを聞き取ったみたいだった。


「ふ~ん・・・なるほど・・・案外、簡単に渡れるかもしれないわね。」


私には村の人たちが何を話しているのかは解らないけど、急に桜さんがそう言いだして、笑みを浮かべて私たちに顔を向けてくる。


「・・・成る程。確かに通り越し苦労で済んだ様だな。」


しばらくして、人だかりの側までたどり着いた私たちは、村の人たちが見ている物を目にした。


それは、一つの立て札だった。


「『蛭子島に住み着いた妖怪達の退治、および蛭子島内の見回りその他、腕に自信のある者を募集する』・・・用心棒って事ですか?」


立て札に書かれてある事を読み上げて、師匠にそう聞いてみる。


「・・・ま、そう言う事だろうな。希望者は、船着き場の迎えの船の船頭に言え・・・か。行ってみるか。」


「はい。」


「えぇ。」


立て札に書かれてある続きを、師匠が読み上げてそう言うと、私たちはまた歩き出した。


暫く歩き続けて、船着き場までやって来た私たちは、辺りを見回して立て札に書いてあった、迎えの船を探し始める。


するとちょうど、小さな小舟に腰掛けた、船頭らしいお爺さんを見つけて、そっちに歩いていく。


「すいませ~ん。」


「はい?何か御用ですかな。」


「立て札を見てきたんだが・・・蛭子島からの迎えの船とは、御老人の事で違いないか?」


「おぉおぉ・・・こうも早く、しかも御防様の御一行様が、やって来てくださるとは願ったりです。ささ、どうぞ船にお乗りください。」


お爺さんに促されて、師匠がまず船に乗り込んだ。


師匠に続いて私と桜さんも乗り込み、遠くに見える蛭子島に向かって、船はゆっくりと動き始めた。


クロは蛭子島まで泳いでくるって言ってたけど・・・大丈夫かな・・・


少し心配になって、今出発したばかりの村へ顔を向ける。


「・・・今回の妖怪退治の件・・・詳しくお聞かせ願いませんか?」


船が出てから暫くして、桜さんがお爺さんにそう話を切りだした。


「えぇえぇ・・・蛭子島は元々、自然界の妖気が集まりやすい場所という事もあって、この時期になると妖怪達が活発になるんですわ。」


「この時期・・・って言う事は、毎年なんですか?」


私がお爺さんにそう聞くと、お爺さんは首を縦に振って答えてきた。


「・・・神無月の所為か。」


「その通りです・・・」


不意の師匠の呟きに、お爺さんがため息混じりにそう答えてくる。


神無月・・・八百万の神様が、この時期になると出雲に集まる事から、出雲以外の場所に、神様が居なくなってしまうって言われている。


だから、『神様が居なくなる』と言う事で、この時期を神無月と呼んで、逆に出雲では、『神様が集まる』と言う事から、神有月って呼ばれてる。


「すべての妖怪が、悪さをするわけではありませんが・・・中には質の悪い妖怪も居ますし、オラ達も安心して暮らせないのですよ。ですから毎年、御神楽家の当主様が、本土から用心棒を何人も雇ってくださいましてねぇ・・・本当にありがたい事です。」


「・・・という事は、妖怪退治と言うよりも、あなた達の安全の確保が最優先・・・という事かしら。」


お爺さんの話しを聞いて、桜さんがそう質問した。


「えぇえぇ・・・これ以上の詳しい話は、当主さんに聞いてください。御防様方が滞在する場所も、御神楽家になると思いますから、その時にでも・・・」


「・・・その御神楽家って、村長さんなんですか?」


お爺さんの話しの中に出てきた、御神楽家について、私は質問してみた。


「えぇ・・・蛭子島の御神木なんかを管理している一族よ・・・確か今は、春香という女性が当主だった筈よ。」


私の質問に対して、お爺さんの代わりに桜さんがそう教えてくれた。


「おや・・・お詳しいですなぁ・・・蛭子島に、いらっしゃった事があるのですかな?」


「えぇ、一度だけ・・・」


「おぉ~そうですか。それは大変でしたでしょう・・・なにぶん辺鄙な場所ですし、陸の方々は蛭子島を恐れてますからなぁ・・・渡るだけでも、ずいぶん苦労したでしょう・・・」


「・・・まぁね。」


お爺さんの言葉を聞いて、桜さんは苦笑を浮かべながらそう答えた。


「さて・・・大分近づいて来ましたが、もう少し辛抱してくださいねぇ。」


そう言われ、視線を前へと戻すと、船着き場から小さく見えていた島が、はっきりと見えるくらいまで大きくなっていた。


ここから見える限り、砂浜らしい場所はどこにもなくて、木々が生い茂る小さな島。


木々が生い茂っていない場所には、村らしい場所も見えて、その村から少し離れた場所にお屋敷が見える。


島の中央は山になっていて、その頂上には大きな木が一本生えていて、周りは草原になっているのか拓けていて、他の木々は少し離れた所から生えていた。


そして不思議な事に、生い茂った木々の間から見える、神社にある様な赤い鳥居が、島を取り囲む様にいくつも・・・それこそ村の中にまで建てられている。


そしてもう一つ・・・ここからだと北に位置する場所に、ポツンと大きな岩山が、森の中から顔を見せていた。


そして・・・島全体を覆う妖気は・・・金華龍と精神融合していない、今の私にでも・・・まだ少し距離があるここからでも、強く感じられた・・・


「・・・あれが蛭子島・・・」


初冬の寒さか、蛭子島を見てか解らないけど、一瞬身震いしながらそう呟いた。


「・・・螺旋か・・・」


不意に師匠が、蛭子島を見つめながら、そう呟くのが聞こえてきた。


「・・・やっぱり気づいたみたいね。」


その師匠の呟きの意味が解ったのか、今度は桜さんがそう呟いた。


「・・・何か解ったんですか?」


私だけ何がなんだか解らず、師匠に向かって聞いてみる。


「ずっと気になってたんだ。いくら蛭子島が、自然界の妖気を集めると言っても、留まらせる事など普通考えられない。自然界に存在する妖気や霊気は、空気と同じだ・・・空気は風に流されるのが道理・・・つまり妖気や霊気だって、自然と流れるはず・・・だがあの島は、常に妖気が島全体を覆い、酷い時には瘴気になる・・・つまりあの島には、留まらせる何かが有ると言う事だ。」


「・・・御神木が妖気を浄化するんですよね?だったらその所為なんじゃ・・・」


ここに来る前に、桜さんから蛭子島の事は聞いている。


まだまだ勉強不足の私には、そう言う専門的な事は解らないけど、思った事を素直に口に出した。


「・・・効果的に力を働かせる為には、どうすれば良いか解るか?」


「え?」


いきなりそれまでの話と、まったく違う事を聞かれ、思わず聞き返していた。


「・・・答えは螺旋だ。回転を加える事により、力を効率よく働かせたり、倍加する事も可能だ。」


「それが何か関係でもあるんですか?」


「螺旋って言うのはね、力に関してだけじゃないの・・・気の流れにも、螺旋の効果は、多大な影響を与えるのよ。」


私の質問に対して、今度は桜さんがそう言って答えてくる。


「普通、螺旋と言えば右回転よね・・・これは力の流れを、円滑的に働かせると言う意味があるのよ。けど逆に左回転になると、螺旋の意味合いも逆になるの・・・流れを取り込み、増幅させて塞き止める・・・これがどういう意味だか解る?」


「・・・あ!」


桜さんの言葉を聞いて、ある事に気が付いた私は、もう一度蛭子島に視線を向けた。


そして私も、師匠が気が付いた事が解った・・・


蛭子島の中にいくつもある赤い鳥居・・・それは、蛭子島の左端から右に向かって、島の中心を目指す様に建てられていた。


「左螺旋に成ってる・・・」


その事に気が付いた私は、呆然とそう呟いていた。


「・・・あれを建てた奴は、逆螺旋の意味を理解した上で、何かの思惑によって建てたと言う事だ・・・」


その言葉を聞いて顔を向けると、師匠はきつい眼差しで、蛭子島をジッと睨みつけていた。


その表情に私は、得体の知れない不安を感じていた・・・


それでも、私たちを乗せた船は、確実に蛭子島へ向けて、ゆっくりと進んでいく。


きっと・・・みんなで無事にここを出よう・・・そう強く思いながら、私たちは遂に、蛭子島に足を踏み入れた。


「ささ・・・こちらでございます。」


船から下りた俺達は、船頭の老人の案内の元、御神楽家へと向かう道を歩いていた。


予想はしていたが、ここまで妖気が濃いとは・・・


実際ここまで妖気が強いと、この時期になると妖怪が凶暴になる理由も解る気がする。


ここまで濃ければ、下級の妖怪が影響を受けて、自我を失い暴れ出してもおかしくはない。


だが神無月だからと言って、いきなり妖怪が凶暴化する理由には成らない。


しかし、言葉に言霊がある様に、色や文字にもそれを表す力がある・・・


神無月・・・『神の居なくなる月』と言う意味にもまた、その通りの力が宿っている。


神が居なくなるとは即ち、妖気を抑える抑止力が弱まり、自然界を取り巻く気の均衡が崩れる。


実際、この時期にはここだけでなく、妖気が集まりやすい場所では、下級の妖怪が自我を失い暴れ出す事がある。


とは言え、下級の妖怪の中でも、極僅かが自我を失う事から、この時期に妖怪が凶暴化するのは、精神力の問題だと付け加えるべきだろう。


そして妖怪は、自然界に存在する妖気が強ければ強いほど、存在能力以上の力を発揮する事が出来る。


つまりそれが、この時期に妖怪が活発になるもう一つの理由だ。


人に害をなす妖怪・・・特に肉食の妖怪になれば、今は恰好の狩りの時期だと言える。


普段は人気の無い場所で、罠を張って獲物を待つ慎重な妖怪でも、この時期になれば人里まで降りると言う事が多々ある。


だからこそ、この時期はここの様に、用心棒を雇ったりする事は、さほど珍しくない。


妖怪にとって、神無月という時期は、良い意味でも悪い意味でも、妖怪達に影響を及ぼす。


まぁもっとも、刹那がそんな理由でここを選んだ・・・とは考えにくいがな。


羅刹から、刹那に関する情報を引き出す事は出来た・・・が、ここが刹那の指定した場所だという確証を得ただけにすぎず、奴が何を企んでいるかまでは、さすがに教えてはもらえなかった。


だが、羅刹の立場を考えれば、それだけでも十分ありがたい事だ。


口振りから、刹那と羅刹は主従関係では無いと推測されるが、それまで行動を共にしていた者を、結果的に裏切る行動に出てしまったのだ。


それなのに、俺に洗いざらい刹那の情報を話したとあっては、羅刹の武人としての誇りに傷を付ける事になる。


それでも、今まで不透明だった、刹那の事が解っただけ、収穫といえよう。


奴が俺の前から姿を消した後、大陸や西洋に渡り、そこで様々な呪術を身につけた事。


その呪術を用い、『キメラ』なる複合生命体を生成し、その中の最初の成功体を、クロが倒した事。


そして俺が倒した西洋の妖怪『狭霧』も、刹那が異国から連れてきたとの事だ。


今までの刹那の行動・・・そこに隠された法則を見つけられれば、奴の考えの先を読む事も可能だろう・・・


まぁ何にせよ、この島のどこかに刹那が居る事は間違いない。


焦る事はない・・・焦ればかえって、不利になる事さえ有るのだ。


それに、奴が何を目論んでいるのか・・・その手がかりは、この島自体に有るはずだ。


問題なのは、刹那の目的よりも、むしろ刹那の周りに居る三人の妖怪の方だろう。


さすがにこれも、羅刹は詳しく教えてはくれなかったが、その三人の妖怪は、間違いなく高位に属すると言っていた。


その中の一人は雲外鏡・・・俺と羅刹の勝負に、横槍を入れてきた妖怪だ。


後の二人が何者なのかは解らんが・・・襲われる可能性は十分ある。


「さぁ・・・こちらが、御神楽家です。」


今までの経緯や、これからの行動を整理していた俺は、船頭の言葉を聞いて、一旦思考を中断して前を見る。


案内された場所は、船上からも見えていたが、村から少し離れた場所に建てられた屋敷の前だった。


「ふわぁ~・・・立派なお家ですね~」


俺の後ろから、感心した様な聖の声が聞こえてくる。


・・・確かに。いくら島長とはいえ、こんな辺鄙な場所で、これほど大きな家は不自然だな・・・


聖の声につられ、見える範囲で屋敷を見渡した俺は、率直にそう感じていた。


村の中を通ってここまで来たが・・・お世辞にも裕福な島とは言えない。


旅人も来ない様なこんな場所にしては、それなりに活気はある様だが、それでも並ほどの村だった。


なのにこれほどの家・・・


「・・・すぐお呼びしてきますんで、少々お待ちくだせぇ・・・」


そう言って船頭は、家の者を呼びに、屋敷の中へと入っていった。


「ここに泊まれるんですか?」


「まぁ・・・そうなるんじゃないかしら。一応、私達の雇い主は、この家と言う事だし・・・」


「・・・まぁ、どこだろうと構わんさ。雨露さえしのげればな・・・」


二人に俺がそう言うと同時、屋敷の玄関に人がやって来る気配を感じた。


「・・・お待たせしました。私がこの家の当主、春香です・・・」


そして聞こえてきた声と同時に、先程屋敷の中へと姿を消した船頭と、その背後から現れた若い女性。


年の頃二十後半から三十前半ほど・・・どこかおっとりした雰囲気の、町娘風の女性だった。


「・・・あら、あなた様は・・・」


不意に、春香と名乗った女性は、桜に視線を向けると、驚いた様な声を漏らした。


「お久しぶりです。またご厄介になります。」


それに対し桜は、春香の反応にそう答えて、俺の前へと進み出た。


ここに一度来た事のある桜の事を、春香はしっかりと記憶していた様だ。


「それでは春香様、オラはこれで・・・」


「はい。ありがとうございます、権爺・・・」


そう言って、今俺達が来た道を引き返す為、歩き出した船頭に対し春香は、その後ろ姿にお辞儀して答える。


「・・・早速で申し訳有りませんが、用心棒のご依頼などの詳細を説明させてもらいたいのですが・・・そちらのお嬢様も、ご一緒で構いませんか?」


不意に春香は、聖に視線を向けると、そう聞いてきた。


春香が疑問に思うのも無理はない・・・武術の経験の無い素人が、用心棒を雇うのなら、見てくれから選ぶのは当然の事だ。


だが聖は、今や俺以上の強さを手に入れた・・・外見がそのまま強さに繋がる者など、ほんの一握りだ。


「・・・見栄えで選ばない方が良いですよ?この子の強さは、私が保証しましょう・・・」


春香の言葉に対し、桜がそう断言する。


「・・・あなた様がそう申すのでしたら、その通りなのでしょう・・・失礼しました。」


その言葉を聞いて、春香は聖に対し頭を下げた。


「い、いえ!そんな・・・気にしてませんから・・・」


それに慌てて、聖が春香に向かってそう取り繕う。


そんな聖に対し、春香は顔を上げると、微笑みを浮かべて聖に視線を向けた。


「・・・こんな所で立ち話も何ですから、どうぞ中へ・・・」


不意に春香はそう言って、俺達に背を向け、屋敷の中へと入っていく。


それに促され、俺達も屋敷の中へと入っていった。


長い廊下を、春香の先導の元歩いていくと、暫くして縁側へと出る。


縁側から外は、かなり広い庭になっており、軽い庭園と言った方が良いだろう。


・・・やはり、これほどの家・・・不釣り合いとしか言えんが・・・


この屋敷の外観、廊下の長さなどから、おおよその広さを考えると、位の高い武家の屋敷に匹敵しそうな広さになる。


土地は余っているのだから、別に問題は無いのだが・・・奇妙と言えば奇妙な事だ。


・・・うん?


縁側から見える庭から、視線を元に戻したその時、俺は視界の隅にある物を捕らえた。


「・・・これは・・・」


そのまま視線を天井へと向けると、そこには一面に広がる、見事な天井絵があった。


それも、古事記や日本書紀の物語を、題材にして描かれていると思われる物だった。


「・・・わぁ・・・すごい・・・」


俺につられてか、聖もまた天井に視線を向けて、感嘆の声を漏らす。


「・・・驚かれましたか?こんな辺鄙な村にこれほどの家はあまりに不自然・・・そう思われませんでしたか?」


「・・・よく解ったな。」


「し、師匠!失礼ですよ・・・」


春香の言葉にそう答えた俺に、聖が慌てて咎めてくる。


しかし春香本人は、さほど気にした様子もなく、頬に手を当てて柔らかく笑っていた。


「よく言われますので・・・それに、私も初めてこの島に来た時、同じ事を考えましたから・・・私はこの島の生まれでは無いもので・・・」


そう言って春香は、また廊下を歩きだしたので、それに続いて俺達も歩き出した。


「なぜこの家が、これほど立派なのか・・・その理由は、この天井絵が有るからなのです。桜様のお連れ様なので、ご存じかもしれませんが・・・この島にはかの古事記や日本書紀と言った、この國最古の歴史書の元となった壁画が存在します・・・言うなればこの天井絵は、それらの原本っと言った方が良いのでしょうか・・・ご存じの通り、古事記も日本書紀も、とても長い物語です・・・それを天井一面で納める事は出来ず、絵として天井に納める為には、必然的にこれほど大きな屋敷にしなければならなかった・・・そう伝え聞いております。」


「・・・成る程・・・な。」


廊下を歩きながら、そう語る春香に、一応疑問が解けたので、相づちを一つ打った。


「・・・こちらです。さぁ、どうぞ・・・」


そして俺達は、一つの部屋へと通された。


春香が出してきた座布団の上に、それぞれ座ると、俺達の対面に春香も腰を落とした。


「・・・早速ですが、今回の詳しい詳細を、ご説明いたします・・・とは言え、本職の方なので、この時期に妖怪が活発になるのはご存じでしょうから、そちらは省かせていただきますね。」


「あぁ・・・」


「ご依頼は簡単な物です。こちらの指定した期日の間、この島に滞在してもらい、島民達を妖怪達から護ってください。とはいえ、無益な殺生は、我々も望みません・・・倒すか否か、それはあなた方の判断にお任せします。それから、村を護っていただくのですが、念のため島の見回りやこの家の警護もお願いいたすと思います。」


「私たち三人だけでですか?」


春香の言葉に、素直に感じた疑問を聖がぶつける。


「阿呆・・・俺達だけで、そこまで手が回るわけがないだろう・・・俺達の他にも、用心棒を雇ってるんだろ?」


「えぇ。その点はご心配なく・・・見回りや警護は、夕食後からお願いいたしますので、他の皆様ともご相談なさって、役割を分担してください。昼間はご自由にしてて構いませんが、なるべくなら村やこの家から離れないようお願いいたします。それから、この島の滞在中の部屋は、こちらで用意させていただきますので、気兼ねなくご自由にお使いください。」


依頼の内容を説明し終えた春香は、最後に俺達に向かって、丁寧に頭を下げた。


「期間中、何卒この島をよろしくお願いいたします・・・」


「刹那様・・・奴等が島へと辿り着きました・・・」


「・・・そうか。結局羅刹は戻ってはこなかったな・・・」


「申し訳ございません・・・」


暗い洞窟の中、腕を組み壁により掛かった刹那に、片腕を無くした雲外鏡が傅いてそう答えた。


「・・・その事はもう良い。羅刹は義を重んじる男だ、宝仙に全てを話してはいないだろう・・・玉螺。」


「はいは~い。」


刹那の呼びかけに、脳天気な返事が洞窟内に響き渡り、一匹の猫が刹那の側まで駆け寄っていった。


八本の尻尾を持つ妖猫・玉螺は、刹那の側にやって来ると、その体が煙の様な物に変化する。


その煙がまた寄り集り、人の姿へと形成する。


「他の者達が、勝手に行動しない様に、おまえが見張ってくれ。」


一瞬にして人の姿へと変貌した玉螺に向かって、刹那がそう話を切り出した。


「は~い!解りましたご主人様!!」


「・・・蒼雷。」


玉螺の返事を聞いて、一つうなずいて見せた刹那は、今度は別の方向に顔を向けて呼びかける。


するとそこからまた、別の妖怪が無言のまま姿を現し、ゆっくりと刹那に近づいていく。


全身におびただしい数の傷が刻まれた、青白い体毛の巨大な虎。


「おまえは、雲外鏡の指示に従って、生け贄の選別に回ってくれ。」


「・・・解った、従おう・・・」


蒼雷の返答に頷いた刹那は、今度は雲外鏡へと視線を転じた。


「・・・手筈はおまえに任せる・・・第一の封印が解けるまでに、第二の封印を解く鍵・・・十二の贄に杭を打て。」


「三貴士は如何致しましょう・・・」


「すでに手は打ってある・・・それよりも、御神楽家が雇った用心棒達だが・・・」


「はい・・・そちらは『乱鏡』により呼び出した者達を向かわせようかと・・・一刻程しかこちら側に留められませんが・・・時間稼ぎには十分かと・・・」


「・・・任せる。」


雲外鏡の言葉を聞き刹那は、下を俯き目を閉じると、呟きを漏らした。


不意に、それまで寄りかかっていた壁から背を離すと、ゆっくりと瞳を開いていく。


鋭く冷たい・・・そんな瞳を、刹那はしていた・・・


「もうすぐ・・・時が満ちる。四日後、その時扉は開く・・・」


そう言うと刹那は、踵をかえして、闇に向かって歩き出した。


「アレの制御に、もう少し掛かる・・・後の事は頼むぞ、同志達・・・」


「ハハァッ!」


「は~い!」


そう言い残し、闇の中へと消えていく刹那に、雲外鏡と玉螺が返答する声が重なった。


「・・・往くぞ二人共・・・」


刹那が居なくなり、暫くして雲外鏡が、残りの二人に向かってそう呟き、立ち上がると歩き出した。


「・・・ま、御主人様の命令だし、ここは一つ雲外鏡の爺ちゃんに付き合ってあげますか。ねっ蒼雷?」


「・・・我はただ、契約に従うのみだ・・・」


玉螺と蒼雷、それぞれそう言うと、雲外鏡の後を追って歩き出したのだった。


通された部屋に荷物を置いてきた私は、今は御神楽家を出て、村に降りる道を歩いていた。


私たち一人一人に、部屋は宛われていて、荷物を置いて師匠の部屋を覗いてみたら、もうすでに師匠の姿はどこにもなった。


桜さんの部屋も、覗いてみたけど、桜さんもどこかに行っちゃった後だった。


もぉ~・・・二人とも声くらい掛けてくれれば良いのに・・・


そんな事を思っちゃうけど、二人とも何か思うところがあるんだと思う。


私も、泳いでここまで来るって言ってたクロの事が心配で、海岸に向かって歩いている所だった。


多分もうそろそろ、蛭子島に辿り着いている頃だと思うから、島の散策もかねてクロを迎えに行こうと、私は思いたった。


・・・それにしても・・・本当に不思議な島だな・・・


道を歩きながら、ふとそんな事を考えて、顔を上に向けた。


その視線の先には、船から見えていた、あの大きな鳥居があった。


島全体を覆う妖気もそうだし、あの鳥居もそう・・・なんでわざわざ、妖気をこの島に取り込む様な、仕掛けがしてあるんだろう・・・


この島にある鳥居は、全部で九十九本有って、それらが山に建てられた鳥居を始めとして、逆螺旋・・・左回りに立ち並んでいる。


でもその内、島が沈んで見えなくなってしまったのが、半分以上あって、今ではその鳥居は、島の裏側の海面から、数本分しか確認できないそうだ。


だから誰も、鳥居の正確な数は知らないらしいけど、その話が本当なら、この島は元々二倍くらいの大きさだった事になる。


そんな事を考えながら、村に降りる道を歩いていると、それまで見えていた鳥居のすぐ側までやって来ていた。


不意にその鳥居に足を向けて、その鳥居に近づき、そっと手を添えてみる。


・・・冷たい・・・


初冬の寒さの所為か、ひんやりとした感覚が、手を伝ってくる。


「・・・大きいなぁ・・・なんだか・・・吸い込まれそう・・・」


その鳥居を真上に見上げて、ぽつりと呟く。


・・・っと、こんな事してる場合じゃ無いや。早くクロを迎えに行こっと。


私がそんな事をしてると、クロの事を思い出して、気を取り直してまた歩き出した。


御神楽家から船着き場まで行くには、この一本道を下って、村の中を通らなくっちゃいけない。


さっきは御神楽家に行かなくちゃいけなかったから、あんまり村の様子を確認できなかったけど、クロを迎えに行った帰りにでも、少し見て回ろうと思っていた。


それに、もしかしたら師匠と桜さんも居るかもしれないしね。


そんな事を考えているうちに、私は村にやってきた。


村の中を船着き場に向かって歩く私に、村の人たちはみんな、物珍しそうな目を向けてくる。


村の人たちの視線を浴びているうちに、少し気恥ずかしくなってしまい、足早に船着き場へと向かっていく。


「・・・ふぅ。」


村の出口にさしかかった時、ちらりと後ろを確認してから、一つため息を吐いた。


こういう時、師匠が一緒に居てくれれば、ちょっとはマシだったんだけどな・・・


師匠だったら、好奇の目に晒されたとしても、全然気にしないでどんどん先に進んでいく。


私には、その師匠の図太さが、たまに羨ましいと感じる時がある。


・・・なんて、そんな事師匠の前で言ったら、絶対殴られそう。


不意にそんな考えが浮かんで、思わず舌を出して、一人でおどけてみる。


村を出ればすぐその先に、陸との行き来の為の船が泊まっている、桟橋が見えてくる。


ちょうど人の気配も無いので、クロの姿を目撃されずに済みそうだ。


私は桟橋の上で立ち止まると、目の前に広がる海を眺める。


・・・クロ、大丈夫かな・・・


季節は初冬、吹く風は肌寒く、海の水温も冷たい。


・・・ザパ。


クロの身を心配していたちょうどその時、桟橋から少し離れた場所から、大きな水音が聞こえてくる。


そちらに視線を向けると、海から岩場に上がろうとしているクロを見つけた。


「クロ!」


そう叫んで、海から出てきたクロに駆け寄る。


「・・・主。わざわざ迎えに来てくれたのか・・・」


「うん。大丈夫?」


私がそう聞くとクロは、海を泳いで濡れた体を激しく震わせて、体の水分を飛ばした。


「キャッ?!冷たい!」


ちょうどその時、水しぶきが少し私に掛かって、小さい悲鳴を上げる。


「・・・すまん。」


「アハハ!大丈夫だよ。」


私に向かって謝ってくるクロにそう言って近づき、クロの頭を撫でた。


「少し離れてくれ・・・完全に体を乾かす。」


そう言うクロに従って、私は少しクロから離れる。


するとクロの体が、黒い炎に変わり、辺りの温度が少し上がる。


でもすぐその炎が消えると、いつもの艶のある漆黒の体毛に戻っていた。


「すまん・・・」


その謝罪の言葉は、きっと私がクロを迎えに来た事への謝罪の言葉・・・


「ううん・・・良いんだよ。クロにばっかり、迷惑掛けちゃってるんだもん。クロが私の為にしてくれる様に・・・私だって、クロの為に何かしたいんだもん。」


そう言ってクロに近づき、その頭をまた撫でた。


「だから謝らないで・・・ね?」


「・・・御意。」


クロの言葉に満足して、目一杯の笑顔をクロに向ける。


「じゃぁ行こうか。」


そう言って私は踵を返し、村の方へと体を向ける。


「ちょっとだけ村の様子を見て回りたいんだけど・・・良いかな?」


そう言って私は、背中越しにクロに視線を向けた。


「御意・・・ッ?!」


クロが私の言葉に答えたちょうどその時、村とは全く逆の方向を睨みつけるクロ。


「・・・どうしたの?」


突然のその行動に、私は辺りを警戒しながら、クロに体を向けた。


「・・・いや、視線を感じた気がしたんだが・・・どうやら気のせいの様だ。」


そうクロが言うけど、未だに睨みつけた方角を見つめているクロ。


「・・・我の勘違いの様だ・・・すまん。」


暫くしてようやく、クロが私に顔を向けてそう言ってくる。


「・・・なら・・・良いけど・・・」


一瞬不安を感じて、言いよどみながら、もう一度クロに近づいていく。


「・・・何かあるんだったら、ちゃんと言ってね?」


「・・・御意。」


私とクロの間に取り交わされた、数々の約束・・・


クロが私を想ってくれるのと同じくらい、私もクロの事を想っている・・・


約束は、その人との絆だから・・・絆は、その人への想いだから・・・


隠し事なんてしたくないし、してほしくない・・・


胸を張って、私たちは友達って言いたいから・・・


「・・・それじゃ行こっか。」


気を取り直して、クロに笑顔を向けながら、私は村の方角へと向かって歩き出した。


錫杖を杖代わりにして、山道を歩いていく。


御神楽家から村へ降りる道とは、ちょうど反対の道を歩いていくと、この島のちょうど中心に位置する、神木がそびえ立つ山の頂上へと出るらしい。


他にも色々と見て回りたい場所はあるが、とりあえずはその神木とやらを、拝むのも悪くないと思い立ち、荷物を置いてすぐ行動に移った。


少し気になる事もあるしな・・・


いくら神木があり、それがこの島に集まる妖気を浄化するとは言え、それにも限界があるだろう。


加えて、逆螺旋による妖気の停滞・・・


恐らく、神木の力に誘われて、自然界に存在する妖気がこの島へと集まり、その集まった妖気を、逆螺旋という呪法により停滞させる・・・


つまり、この島には常に妖気が必要となる何か・・・あるいは、一定以上の妖気を、この島に常に停滞させなければならない、理由があると言う事だ。


そして神木の力によって、余った妖気を浄化させる・・・誰かが意図的に作った法則・・・


でなければ、妖気をこの島に留まらせるなどという、自殺行為にもなりかねない事を、するわけがない。


元々この島に住む住人達は、瘴気への抵抗も少なからずあるだろう。


だが普通の人間が瘴気を吸い込めば、たちどころに体の内側から腐ってしまう。


俺達の様に、霊気をその身に宿した者でも、長時間吸い続ければ危険な事に、変わりはない。


だがそう言った危険を冒してまで、そうしなければならない理由が、この島には有るはず・・・


そしてその手がかりは、神木にあると俺は睨んでいる。


ザッ・・・


山の頂上にたどり着き、そびえ立つ神木の前で立ち止まり、その木を見上げる。


正確な樹齢は解らないが、岩の様に野太い幹に、まるで天に向かい両手を広げているかの様に、数多に広がる枝の数々。


雄大とそびえ立つ巨大な桜・・・そこにはしっかりと、しめ縄が巻かれていた。


・・・一見普通の木だな・・・


その神木を目の前に、素直に感じた事を心の中で呟く。


妖気を浄化する神木と言われているのは確かの様で、この辺りには妖気よりも神々しい気を感じる。


だが、この木を目にして、その効果が確かだと言う事が解っても、やはりまだ疑問が残る。


この島に引き寄せられる妖気の量と、この木が浄化できる妖気の量・・・それは間違いなく、引き寄せられる妖気の量の方が多いだろう。


何かこの木の力を増幅させる様な物が無ければ、常に瘴気が覆う死の島になっていても、おかしくはないはず・・・


「・・・うん?」


そう思い、神木を見上げていた視線を、その周囲へと向けると、石で出来た柱を一本見つけた。


その石柱に近づいていき、おもむろに観察し始める。


高さはおよそ、子供の背丈ほどの大きさの、円柱状の石の柱。


材質が何なのか・・・そこまでは俺には解らないが、明らかに自然に出来た物ではない。


「・・・これは。」


不意に、その石柱の側面に刻まれた模様を発見し、食い入る様にその模様を見つめる。


そこに刻まれている模様・・・三日月と思える模様を中心に、それを彩るかの様に、様々な記号や模様が彫られていた。


・・・月の紋様・・・まさかこの石柱。


俺はある事に気が付いて、その石柱に向けていた視線を、また神木とその周囲に向けた。


そして今居る場所から、少し離れた場所に、同じ様な作りの石柱を二本見つけた。


その片方に近づき、先程と同じように観察し始める。


そして見つけた、先程とは少し違う模様・・・


作りはほぼ同じで、ある模様を中心に、その周りを彩る様々な記号や模様が刻まれている。


そしてその中心にある模様・・・津波を思わせる様な模様が彫られていた。


海の紋様・・・そしてもう一つの方は、確認しないでも解る・・・おそらく太陽が刻まれているのだろう。


太陽・・・月・・・海・・・それぞれの紋様が刻まれた石柱の意味する所・・・そして、その三本の石柱の、ちょうど中心に存在する神木の意味成す所・・・


「・・・伊邪那岐・・・そういう事か。」


再び神木を見上げて、俺はそう呟いた。


おそらくここは、三貴士の誕生を、そのまま物語っている場所なのだろう。


三貴士の誕生・・・黄泉の国から逃げ帰ってきた伊邪那岐命は、その穢れを祓う為、禊ぎへと入る事になる。


そしてその禊ぎに入る為に、それまで着ていた物を脱ぎ去る事により、その着物や装飾品より十二神生まれ、次いで禊ぎによって、伊邪那岐命の体から黄泉の国の穢れが流れ出る。


その穢れより二神、そしてその穢れを直す為に三神、更に穢れを落とす為に入った川から、三柱六神生まれた。


そして最後に、伊邪那岐命は顔を洗い、左目より天照大御神、右目より月讀命、鼻より建速須佐之男命が生まれた。


古事記と日本書紀では、僅かに違う部分もあるが、有名な三貴士の誕生の概要はこうだ。


そして伊邪那岐命が黄泉の国から逃げる際、桃の実を黄泉軍に投げつけた所、その実を嫌って一目散に逃げていった事に、伊邪那岐命は感謝して名を与えたと言われている。


古来より桃は、神聖な実として知られている。


ここに植えられている桜は、その桃と同じ品種だ・・・桜を桃に見立て、それを伊邪那岐命に見立てたとしても、不思議ではない。


成る程・・・これも儀式の一種か。


桜の木を見上げながら、心の中でそう呟き、視線を元に戻した。


この島に存在する、逆螺旋という呪方と同じで、この神木も見立てによる儀式により、その効力を増加させているのだろう。


本来儀式とは、封印された物を、解き放つ為の手段として思われがちだが、必ずしもそうという訳でもない。


儀式の本来の役割は、力を増幅させる為の手段と言った方が良いだろう。


八岐大蛇の首・神威が、封印された本体を復活させようとしたのも同じ事だ。


八十八人の生け贄、八つの大瓶、八人の巫女・・・これは恐らく、櫛名田とその姉妹達の見立てだろう・・・そして俺達の持つ八つの明王珠。


八岐大蛇の最大の特徴は、なんと言っても八つに分かれた頭にある。


そしてその『八』と言う単語が、八岐大蛇の復活に大きく関わってくる。


八岐大蛇にとって、八という単語は、己自信を表す様な数字だ。


そしてそれをいくつも集め、それらを生け贄とすれば、自ずと八岐大蛇の力となる。


封印を破る一番簡単な方法・・・それは、内側からその封印を破る事だ。


つまり、封印の力よりも、八岐大蛇の力が劣っている為、封印が解けないのならば・・・その八岐大蛇に、封印以上の力を与えれば、自ずと内側から封印を破れるのだ。


これが最も簡単な、封印を破る儀式の方法の一つだ。


だがここにある神木と、その周りを覆う石柱の場合は、伊邪那岐命が黄泉の国から戻り、三貴士を誕生させるまでの物語を、見立てる事によって再現し、神木の力を増幅させる儀式だ。


三貴士が生まれるまでにあった事・・・『穢れを落として生まれた神と、穢れを直す為に生まれた神』が、そのままこの神木の力を増幅させている。


落とすと言う事は、流すと言う事・・・直すと言う事は、正すと言う事・・・


その力の意味と近しい言葉によって、力の増幅を計る儀式により、この神木は能力以上の力を発揮していると言う事か・・・


何にせよこれで、疑問の答えが解った訳だが・・・考えれば考えるほど、よく解らない島だ。


そんな事を思いながら、俺は神木に背を向けて歩き出した。


大規模とは言えないものの、逆螺旋といい、この神木といい、何らかの呪的要因や装置が、探せばまだ多く見つかるかもしれない。


京や江戸の様に、呪的都市ならばいざ知らず、こんな辺鄙な島に、随分と大層な事だ。


妖気をこの島に留めるのもそうだ・・・まるでこの島自体が、何らかの術式に則って作られているかの様に思えてくる。


・・・待てよ・・・それは考えられるな・・・


不意に過ぎっただけの考えに、俺は足を止めてその場で考え始めた。


もしこの島が、何らかに則って作られているのだとすれば・・・それは間違いなく神話だ。


だとすればこの島には、神話に登場する何かが在るのかもしれない。


そしてそれを封印する為に、様々な術式を用い、この島自体を封印の為の結界にしている・・・


「考えられる・・・な・・・ッ?!」


不意に、辺りに敵意に満ちたいくつもの視線を感じ、おもむろに錫杖を構える。


この島自体を覆う妖気の所為で、相手が妖怪なのか人なのか・・・そこまで俺には解らないが、少なくとも十や二十では収まらない。


この島に来て、まだそう経っていない事を併せて考えれば、恐らく刹那の手の者だろう。


「・・・随分手荒な歓迎だな・・・だが、ちょうど良い。」


そう呟いて、何時相手が襲ってきても良い様に、重心を下に移し、どこから来ても対応出来る様にする。


・・・?


だが不意に、敵意に満ちた視線を感じなくなったかと思えば、俺のちょうど真正面の茂みから、一人の女が姿を現した。


無邪気な笑みを浮かべ、深紅の衣を纏った、大きい瞳が印象的な女。


一見普通の女だ・・・その頭に猫の様な耳と、尻の部分から生えた、これまた猫の様な八本の尻尾を除けば・・・


猫又か・・・


「やっほ~あんたが宝仙?」


無邪気な笑みを浮かべたまま、猫又の女は、いきなり俺に間の抜けた挨拶を浴びせてくる。


「・・・人に物を尋ねる態度では無いな。」


猫又の女に対し俺は、深いため息を一つ吐いて、戦闘態勢を解いた。


この女からは全く敵意が感じられない・・・刹那が今まで俺に散々遣ってきた手だ。


この猫又は、刹那が俺に向けて放った伝言者・・・恐らく、先程まで感じていた視線の主達も、この女が窘めたのだろう。


直感でそう悟り、俺は腰に手を当てて、猫又の女と対峙した。


「刹那は今どこに居る?」


凄んだ所で通用しないとは解っていても、一応殺気を交えてそう聞いてみる。


「・・・あたしが素直に、それを教えるとでも思う?」


「・・・だろうな。」


だがやはり、全く意に介した様子もなく、そう答えてくる猫又の女に、俺は肩を透かして苦笑を浮かべる。


「あたしの名前は玉螺。あんたの思ってる様に、御主人様・・・刹那様の手の者よ。」


相変わらず無邪気な笑顔を浮かべながら、玉螺と名乗った猫又の女は、自分の事を隠そうともせず俺に教えてくる。


「おまえが羅刹の言っていた、三人の内の一人か・・・」


「あら、解る?」


「フッ・・・解るさ。おまえのその尻尾・・・少なくとも八百年以上は生きてるんだろ。」


「・・・羅刹から、どの程度話を聞いてるのかしら?」


不意に玉螺が、今まで浮かべていた笑顔を消して、羅刹の事を聞いてくる。


玉螺の質問の真意は、恐らく俺がこの島や、刹那の目的に関して、どの程度羅刹から聞いているのか、それが知りたいのだろう。


だが、俺が羅刹に聞いている事と言えば、刹那の過去の事くらいで、この島に関してはほぼ聞いていないと言っていい。


「・・・この島の事、奴の遣ろうとしている事に関しては、特に聞いてはいない・・・と言うより、教えてはくれなかったさ・・・」


「本当に?あんた・・・羅刹を庇ってるんじゃないの?」


「フッ・・・お互い、そこまでする義理は無いと言う事さ・・・」


特に隠し立てする様な事でもないので、俺は苦笑混じりに正直に答えた。


「・・・どうやら嘘じゃないようね・・・御主人様の言った通りね、安心したわ。」


俺の言葉を聞いて、玉螺も納得したのか、小さく笑みを浮かべてそう呟いた。


「・・・それであんたは、どのくらい気付いてるわけ?」


それも恐らくは、この島と刹那の遣ろうとしている事についての事だろう。


「・・・何故そんな事を聞く。」


「別に?でも、御主人様が言ってたからね・・・あんたは恐ろしく頭の切れる男だって。」


「フッ・・・買い被り過ぎだな。おまえの期待に応えられる程、まだ解っちゃいねぇよ・・・始まったばかりだからな。」


玉螺の質問に、意味深な笑みを浮かべながらそう答える。


こちらの手の内を、全て教えてやるほど、俺はお人好しではないし、思わせぶりな態度を取る事で、思わぬ情報を相手から得る事もある。


「・・・食えない男ね。どこまでが嘘で、どこからが挑発なのか・・・底が見えないわ。」


俺の態度に玉螺は、苦笑を浮かべてそう言ってくる。


最初の脳天気な言動から、少しカマを掛ければ聞き出せると思っていたが・・・どうやら認識を改めなければならない様だ。


「そんなあなたに、一つだけ良い情報を教えてあげる・・・四日後・・・その日、あたし達の目的は達成される・・・」


「・・・四日後・・・」


確認する様に、その言葉を繰り返す俺に、不意に玉螺が俺に背中を見せた。


「それから御主人様からの伝言・・・『俺は千の闇を、この世に招く・・・』だって。」


背中越しに玉螺は、本来の目的であろう、刹那から受けていた伝言を、俺に向けて言ってくる。


千の闇・・・それが奴の目的の、手がかりになる・・・っと言うより、どちらかと言えばは、おそらく俺に向けての挑発。


伊邪那岐命と伊邪那美命が取り交わした、最期の会話の引用・・・


「・・・なら俺も、刹那に伝言を頼もうか・・・『おまえが千の闇を、この世に招くと言うのなら・・・俺はこの手で、千五百の闇を砕こう・・・』ってな。」


「・・・ほんと、食えない男ね・・・」


「刹那から聞いてないか?俺は底意地の悪い天邪鬼だってな・・・」


俺の言葉を聞いて玉螺は、肩越しに目を伏せて、そのまま視線を元に戻した。


「今は御主人様の命令だから見逃すけど・・・次に会ったら容赦しないわよ。」


それだけ言うと玉螺は、出てきた茂みから、森の中へと向けて歩き始める。


「・・・それはこっちの台詞だ。」


そんな玉螺の背中に向けて、俺はそう答えた。


暫くして、完全に玉螺の気配が消えた所で、俺は御神楽家の方角に体を向ける。


この島に着いたのが昼過ぎ頃だったので、辺りにはすでに夕日の朱が差していた。


用心棒として雇われている以上、あまり勝手な行動は出来ない。


これから御神楽家へ戻り夕食を終えたら、他の用心棒達と今夜の事で話し合わなければならない。


他の者達が、どの程度の手練れなのか解らんが・・・見回る範囲が広い以上、協力し合わなければ成らない。


正直面倒だが・・・戻るしかないか。


そんな事を思い、御神楽家へと戻る為歩き始めようと、足を一歩踏み出す。


「・・・なかなか興味深い話だったな。」


「ッ?!」


その刹那、不意に聞こえてきた声に、俺は玉螺が去っていった方とは逆の茂みに視線を向ける。


そこには、木にもたれ掛かりながら、俺に視線を向けている一人の侍の姿があった。


・・・この俺が・・・全く気付かなかっただと・・・


その男が俺に声を掛けるまで、俺は全くその男の存在に気が付いてはいなかった。


それどころか、この男の口振りからして、俺と玉螺の会話も聞いていたのだろう・・・


男の立ち位置は、俺にとっては死角にあたるが、玉螺とは真正面になる位置にある。


なのにその玉螺ですら、その男の存在に気が付いた様子はなかった・・・


俺の背中に、冷たい物が伝っていくのが解る・・・


対峙した事で解る、男の並々ならぬ威圧感・・・存在感・・・


これほどの気配を、全く感じさせないほど、この男は完全に断っていたと言わざるをえない。


「・・・そう身構えるな。拙者は敵ではない。」


そう言われ初めて、自分が錫杖を構え、戦闘態勢に入っていた事に気が付いた。


「・・・そう言われて、はいそうですかと、信じる馬鹿も居ないと思うがな・・・」


努めて平静を装い、男に向かってそう答える。


「・・・確かに・・・驚かせて済まなかった。そんなつもりは、無かったんだが・・・お主が妖怪と会話をしていたものでな・・・悪いとは思ったが、勝手に見定めさせてもらった。」


俺の言葉に対し、男は苦笑を浮かべると、もたれていた木から背中を離して、立てかけていた槍を手に持ち、俺に向かって歩んでくる。


「自己紹介が遅れた・・・拙者、天津槍次郎と申す・・・御神楽家に雇われた用心棒の一人だ。」


天津と名乗った男からは、全く敵意は感じられず、俺と同じく御神楽家に雇われた者だと言う事に、一応は納得して、構えていた錫杖を降ろした。


そして、近づいてくる天津を、油断無く見据えながら観察し始める。


年の頃、三十五・六と言った所か・・・力強い眉に、ややつり上がってはいるものの、どことなく人の良さそうな瞳。


肌の色は褐色よく、頬はやや痩け、厚い唇は力強く引き結ばれている。


岩の様に隆起した筋肉が、首筋から胸元まで確認出来、丸太の様に太い腕に、握りしめられた槍は、持ち手の部分に装飾が施され、先端が三つ又に分かれている。


そして何より一番印象的なのは、俺に気づかれた事により、押さえる必要の無くなったこの男の気・・・


全身から滲み出る様な、剣気と闘気が入り交じった独特の気は、まるでこの男の全身を、包み込んでいる様な錯覚さえ覚える。


どれだけの修羅場を潜れば、これほどの領域に達するのか・・・少なくとも、零だった頃の俺よりも、潜ってきた修羅場は多いに違いない。


「・・・お主の名は?」


「・・・宝仙だ。同じく御神楽家に雇われた・・・」


天津の質問に、当たり障りなくそう答えるが、まだ気を許した訳ではない。


俺が玉螺と話している所を見られた以上、少なくとも俺に不信感を抱いているはず・・・


俺がこいつの立場なら、それだけで十分警戒するに値する要素になる。


だが天津には、俺に攻撃を仕掛ける素振りは、今のところ無い・・・


先程こいつが言ったとおり、俺を見定め、安全と確信したか・・・


いや・・・それは無いな。となれば、今もまだ見定めている途中か、或いは他に何かあるのか・・・


俺も又、天津を見定めようと努める、この男の底は計り知れない・・・


だが漠然とだが唯一、俺の本能が訴えている事がある・・・


それは・・・この男は零だった頃の俺よりも強いという事だ。


剣の腕だけで言うならば、零だった頃の俺の方が、間違いなく強いと言える。


純粋な剣の勝負で言えば、今の俺では、凛に勝てるかどうかも怪しいだろう。


結局、今の俺の武術は、霊力やその他などの、第三の要素で補っているに過ぎない。


だが要は総合力の問題だ・・・今の俺が零よりも劣っているとは、微塵も思ってはいない。


しかしこの男はどうだ・・・一見、法力を使える様には見えないが、確かに感じる圧倒的な力・・・


もしかしたら、この男なら生身で、神威と互角に戦えたかもしれない。


「宝仙殿か・・・お主は、この島に何か他の用でもあって、来られたのか?」


不意に天津が、俺の顔を見据えながら、確信めいた質問をしてくる。


まぁ、どこから聞いていたかは知らんが・・・先程の玉螺との会話を聞いていたのだから、無理もない事だろう。


「・・・答えなければ駄目か?」


暫くの間の後、俺は天津にそう答える。


無理からぬ事・・・とは言え、事情を説明する義理も、こちらにはない。


「・・・いや、踏みいった事を聞いて、申し訳ない・・・そちらにも何か事情があるのだろう。」


・・・そちらにも・・・か。


天津の言葉の中に、気になる語句を見つけ、俺は心の中で呟いた。


「一見して、仲間同士という風にも見えなかった・・・だがここにいる間は、互いに背中を預ける者同士だ。許せよ・・・」


「解っているさ。こちらこそすまん・・・見逃してもらう様な形になってしまった。」


天津の言葉に感謝しながら、素直に謝罪の言葉を述べる。


天津の言っている事は正しい・・・いくら期間が指定され、短い間だったとしても、見ず知らずの者同士が共闘するのだ・・・互いに背中を預けるべき相手に対し、少しでも疑念が在れば、晴らすのが当然だろう。


もしそのまま放って置いて、実は敵でした・・・なんて、笑い話にも成らないからな・・・


だがそれは、天津にも言える事だ。


この男も又、俺達と同じように、金の為に用心棒を買って出た訳ではないと・・・何となく感じた。


・・・まぁ最も、そうだとしても気にしていられる余裕は、俺達には無いがな・・・


「・・・そろそろ御神楽家に戻るとしよう。他の者達も戻ってきている頃だろう・・・人数が増えた分、少しはこちらの荷が降りる。お主、一人でこの島へ?」


「いや・・・仲間が二人居る。今は・・・別行動だがな。」


「そうか・・・そうなると、全員で十二人か・・・」


「そんなに居るのか?」


「あぁ・・・拙者ともう一人が三日前に・・・それから一昨日に四人、昨日に三人・・・合計九人だ。なかなか癖の強い者も居るがな・・・」


癖・・・とはおそらく、少しは名の通った人斬りか・・・或いは見かけ倒しで、威勢のいいだけの馬鹿のどちらかだろう。


不特定多数の中から、名乗りを上げた者を用心棒として雇う場合、どうしてもそう言う者も混じってきてしまう。


そう言う場合、共に戦う上で、前者も後者も扱いに困るものだ。


前者の場合、自分の分け前を増やす為に、他の用心棒を殺す奴だって居るし、後者の場合、役に立つ所か、足を引っ張られてしまう場合もある。


そんな奴等も混じってるか・・・桜がキレなきゃ良いがな。


不意に心の中でそう呟き、思わず苦笑してしまう。


「お主は・・・まぁ大丈夫そうだな。」


「フッ・・・そいつは光栄だ。」


不意に天津が、見定めるかの様に、俺の全身を見回してそんな事を言ってくる。


その言葉に対し俺は、苦笑を漏らしながら、軽口で答えた。


気が付けば夕日は、海の向こう・・・水平線の彼方へと、落ちようとしていた。


村の様子を見て回ってきた私は、日が暮れそうになってから、御神楽家に戻ってきた。


さすがに人の居る所で、クロと一緒に歩く訳にもいかないので、途中からクロには隠れてもらっている。


後で私の部屋の障子を開けておかないとな・・・


そんな事を思いながら、御神楽家の長い廊下を、宛われた自分の部屋に向かって歩いていく。


その間、村の中を歩いた時の事を、思い出してみる。


村の中を一人歩いていた私は、やっぱり好奇の目が気になって、なかなか村の人たちと話す事が出来なかった。


けど見た感じ、やっぱり普通の村と大きな違いは見あたらなかった。


あるとしたらやっぱり、あの大きな鳥居・・・


師匠や桜さんから聞いて、その鳥居の事は解ってたけど・・・やっぱり違和感を感じちゃう。


あんなのが村の中に建ってたら、やっぱり邪魔だと思うんだけどなぁ~・・・


けどそれは、私が外から来たから変に思うだけで、ここの人たちは、やっぱり昔から在るんだから、それが当たり前だよね。


そう言えば、村で私たちをこの島まで送ってくれたお爺ちゃん・・・権爺って春香さんに呼ばれてたな・・・にも会えた。


この島の中で、唯一の顔見知りだって事もあって、挨拶した後色々お話を聞いてみた。


そして、お爺ちゃんのお話しを聞いてて、不思議に思った事がある。


それは、この島に来る前に、桜さんから聞いた蛭子島についての説明の中の一言・・・


この島は、年々水位が上がっていて、いつか島が完全に沈んでしまう。


その事を思いだした私は、何気なくお爺ちゃんに話した。


そしてお爺ちゃんの口から、思いも寄らない言葉を聞いた。


この島は元々、もっと大きな島だったはず・・・


と言う事は、今村やこの家がある辺りは、昔は高台になってた筈なんだ。


今まで旅してたから解るけど・・・海に面した村は、漁をする為にも、なるべく海の近くに村を作る。


この島も同じで、海の近くに村がある・・・でもそこは、昔は高台で海に出るには不便だったはず・・・


だから自然と、昔村があった場所は、もう海の底なんだと勝手に思いこんでいた。


けどお爺ちゃんが言うには、今まで村の場所を移した事なんて、一度も無いし聞いた事もないそうだ。


お爺ちゃんが子供だった頃は、この島ももう少し大きかったらしいけど・・・村の位置はその頃から変わっていないらしい。


お爺ちゃんの子供の頃だけじゃない・・・お爺ちゃんのお父さん、そのまたお父さんの頃からも、あの村はずっとあそこにあったそうだ。


と言う事は、この島の人たちは、ずっとずっと昔から、この島が沈んでいく事を解ってて、それで最初から高台に村とこの家を作ったんじゃないのか・・・そう私は思った。


だとすると・・・


・・・どうなるんだろう?


考えを自分なりにまとめようとしたけど、やっぱり師匠みたいにうまくまとまらない。


・・・私も本とかいっぱい読もうかな・・・


前に師匠が言っていた・・・何も解らない状況で、少ない手がかりを元に、いくつもの可能性を導き出す方法・・・


それは、バラバラになっている紙の切れ端を、何通りにも組み合わせて、足りない部分を補って、大きな絵を完成させる様な行為だって・・・


その為に必要な力・・・想像力と独創力。


それを養う為には、読書が一番良いって、師匠が言っていた事を思い出した。


「・・・あら、聖さん。」


不意に呼びかけられて、考えを止めて顔を上げると、私の歩く先に桜さんが立っていた。


「桜さん・・・どこ行ってたんですか?」


私がそう聞くと桜さんは、苦笑を浮かべて肩を透かしてみせる。


「ごめんなさい・・・あなたも誘おうと思ったんだけど、聖さんはクロさんを迎えに行くだろうって、宝仙君が言うものだから・・・一言言って行けば良かったわね。」


そう言って桜さんは、私に近づいてくる。


どうやら私の考えは、師匠にはお見通しだったみたいだ。


「クロさんは、ちゃんとここまで辿り着いたの?」


「あ、はい!今私の部屋の障子を開けに行こうと思ってたんです。ずっと泳ぎっぱなしだったみたいだし、今まで私に付き合ってもらっちゃったから、少しでも休んでもらおうと思って・・・」


「あ・・・そうだったの。ごめんなさい、呼び止めちゃって。」


「あ、いえそんな・・・」


そう言ってくる桜さんに、慌てて両手を振りながら、そう答える。


「・・・所で師匠はどうしたんですか?姿が見えませんけど・・・」


さっきの桜さんの言葉から考えると、師匠は桜さんと一緒に出かけたみたいだった。


でもその師匠の姿は、ここには無かったので、桜さんに聞いてみる。


すると桜さんは、私の質問に右手を口元に添えて、面白そうに笑い始めた。


「・・・宝仙君の事が、そんなに心配なの?妬けちゃうわね・・・」


「さ、桜さん!」


そんな風に言ったつもりは無いけど、いきなり桜さんにそんな事を言われて、急に顔が熱くなるのが解った。


「フフッ・・・冗談よ。」


「も、もぉ~・・・からかわないでくださいよ。」


私の反応を見て、きっと楽しんでるに違いない桜さんに、頬を膨らませながら抗議する。


「宝仙君とは、ここを出てすぐに別れたから、今どこに居るのか解らないけど・・・もうすぐ帰ってくるんじゃないかしら。他の雇われている人達も、何人か帰ってきて、広間に集まってるみたいだし・・・」


「桜さんは、広間に行かないんですか?」


不意に私がそう聞くと、一瞬桜さんの顔色が曇ったのが解った。


「あ・・・うん。どうもね・・・中には血の臭いが染みついてる人も居るから・・・」


歯切れ悪くそう答える桜さんの言葉を聞いて、ようやくここに居る理由が解った。


前に桜さんが言っていた・・・血の臭いが嫌いだって・・・


目が見えない桜さんの、目の変わりになる特殊な力の一つ・・・異常嗅覚。


私には感じない様な臭いも、桜さんははっきりと嗅ぎ分ける事が出来る。


「・・・ま、宝仙君と話す事もあるから・・・」


そう言って桜さんは、自嘲気味に苦笑してみせる。


「・・・それに、ちょうど彼、帰ってきたみたいだし。」


「え?」


そう言われて私は、後ろを振り返って、玄関に続く廊下の先に顔を向ける。


それから少し間をおいて、廊下を歩く足音が聞こえてくる。


それがだんだん近付いてくると、曲がり角から師匠が姿を現した。


「・・・こんな所で何やってんだ?」


私たちの姿を確認して、師匠が不思議そうに聞きながら、私たちの所まで近づいてくる。


「聖さんは可愛いって、話ししてたのよ。」


「ちがっ!」


突然の桜さんの言葉に、私はすぐさま桜さんに向き直った。


「って!どうしてそこでため息吐くんですか!!」


その直後に聞こえてきた、深いため息を吐くのが聞こえて、今度は師匠に体を向ける。


「・・・能天気で羨ましいと思ってな。」


そう言って師匠は、あきれた様な表情で、私に視線を向けてきた。


「あなた少し張り切り過ぎよ。何年も追い続けてきた相手が、すぐ近くに居る・・・気持ちは解らないでもないけど、少し楽にした方が良いわよ。」


私たちのやりとりをよそに、桜さんが師匠に向かってそう言葉を掛ける。


「・・・自分では、そんなつもりは無いんだがな・・・だが、そう見えるのなら、そうなのかもな・・・」


桜さんの言葉を聞いて師匠は、自嘲気味に苦笑を浮かべた。


そっか・・・そうだよね・・・師匠は今まで、ずっと刹那さんを捜してたんだもん・・・


何年もそうしてきた師匠・・・だからこそ、この島のどこかに居る刹那さんを、少しでも早く見つけだしたいと思う気持ちも解る。


「・・・それで、おまえの方は何か掴めたか?」


不意に師匠は、桜さんに向かって言って、話を切りだした。


私が後ろを振り向き、桜さんを見てみると、顔を横に振っているのが見えた。


「やっぱり駄目ね・・・この島全体が、妖気を放ってる様な物だから仕方ないけど・・・ここじゃ私の感知能力も、あまり役には立たないわ。けど、強い妖気を発している場所は、何カ所か在ったわ・・・それが刹那なのか、妖怪の群れなのか、自然に出来た物なのかは解らないけど。」


「・・・そうか。後でその場所を教えてくれ・・・それから、壁画のある場所も教えてくれ。」


「・・・そうなると、春香さんの許可が要るわね・・・解ったわ。でも今日はさすがにもう時間も無い事だし、明日一緒に行きましょう。」


「あぁ、解った。」


「わ、私も一緒に行きます!」


私を置いて、どんどん話が進んでいくので、思わず声を出していた。


一瞬二人の視線が、私に注がれたかと思うと、不意に師匠が、笑いながら私の頭に手を置いた。


「誰もおまえを置いて行くなんて、言ってないだろうが。」


私の頭を撫でながら、そう言っくる師匠。


「・・・やっぱり可愛いわね。」


後ろから桜さんが、そう言ってくる声が聞こえてきて、顔が熱くなるのを感じて、思わず俯いた。


「・・・それで、宝仙君の方は、何か掴めたの?」


「あぁ・・・それなりに・・・な。」


「それなりに・・・ね。」


桜さんの問いかけに、師匠がそう答え、確認する様に桜さんが答えた。


「用心棒達の中に、奴の手の者が居ないとも限らん。用心に超した事は無いだろう・・・俺達だけの時にでも話すさ。」


「解ったわ。それじゃ・・・そろそろ広間に行きましょうか。」


「あぁ・・・」


そこで会話を終えて、師匠と桜さんは広間に向かおうと、体を向けた。


「あ、そうだ。障子開けてこなくちゃ。」


話の内容を聞いているのに夢中になってて、すっかり忘れていた。


クロに休んでてもらおうと思って、私の部屋の障子を、開けに行く途中だったんだっけ。


「私、ちょっと行って来ますから、先に行っててください。」


そう言って私は、急いで部屋に向かう事にした。


「あぁ。」


背中に師匠の声を受けながら、自分に宛われた部屋を目指して、長い廊下を早歩きで歩いていく。


「ッ?!・・・っとと。」


ちょうど角を曲がろうとした時、目の前に食膳をいくつかまとめて持った、女の人とぶつかりそうになって、慌てて横に退いて道をあける。


その私の目の前を、食膳を持った女の人たちが、四人程通り過ぎていった。


あれが今日の私たちの御夕飯かぁ~いい匂いだったな~


「・・・あら、あなたは。」


女の人たちを見送ると、不意に声を掛けられて振り向くと、この家の当主の春香さんがそこに立っていた。


「え~っと・・・」


「あ、聖です。こんばんわ。」


まだ自己紹介していなかったのを思い出して、慌ててそう言って会釈した。


「こんばんわ。どうかされましたか?もうすぐお食事の用意が整いますが・・・」


「あの、ちょっとお部屋に用があって・・・」


春香さんの言葉に、当たり障りなくそう答える。


さすがにここでクロの事を話す訳にもいかないし、勝手にクロを泊めようとしている私にとっては、春香さんに罪悪感さえ感じてしまう。


「あら・・・失礼しました。」


「いえ、そんな・・・あれ?」


不意に、春香さんの足下に、春香さんの着物の裾を握りしめている、小さな女の子の姿を見つけた。


「あぁ・・・私の娘です。次女の舞・・・甘えん坊で、お昼寝から起きてから、ずっとこうなんです・・・」


私の視線に気が付いた春香さんが、そう言って舞ちゃんの事を紹介してくる。


「さぁ・・・舞。ご挨拶は?」


「・・・こんにちわ・・・」


お母さんの春香さんに促されて、聞こえるか聞こえないか位の声で、怯えながら舞ちゃんが、私に挨拶してくれた。


初めて見る私の事を、警戒してるのかな・・・


そう思って私は、膝を折って舞ちゃんと同じ目線になると、目一杯の笑顔を向けた。


「こんにちわ。」


笑顔を浮かべたまま、舞ちゃんに挨拶すると、舞ちゃんの小さな手を取って、右手の親指と人差し指で握手を交わした。


「舞ちゃんはいくつ?」


握手をしていた手を離して、目線はそのままでそう聞いてみる。


すると少し間を置いて、おずおずと指を三つ起てて、私に見せてくる舞ちゃん。


「三つなんだ・・・偉いね。」


その仕草の意味を理解して、舞ちゃんの頭を優しく撫でた。


頭を撫でると、ようやく舞ちゃんが、私に笑顔を向けてくれた。


その笑顔に満足して、私は立ち上がって春香さんに顔を向ける。


「可愛いですね。」


「えぇ・・・子供はこの位が一番、手が掛かりますが・・・この子達の笑顔を見ていると、どんな疲れも吹き飛んでしまいます。」


そう言って春香さんは、愛おしそうに舞ちゃんの頭を、優しく撫でていた。


その光景を見て私は、自分のお母様の事を思いだしていた。


「あ・・・度々済いません・・・御用がお有りでしたわね。」


「あ、そうだった。」


春香さんにそう言われて、自分が部屋に行こうとしていた事を思い出した。


「それじゃ私、部屋に行きますんで・・・舞ちゃん、またね。」


そう言って春香さんの横を通り過ぎようとすると、私の足に軽い抵抗がすがり付いてきた。


振り返って見下ろしてみると、私の右足に舞ちゃんがしがみついている所だった。


「おねえちゃん・・・どこいくの?」


私の足にしがみついた舞ちゃんは、私を見上げながら、不安そうにそう呟いてくる。


えっと・・・困ったな・・・


「あらあら・・・駄目でしょ?舞・・・お姉ちゃんご用が在るんだから・・・」


困った様な顔をして、春香さんが舞ちゃんの事を抱き上げた。


足の抵抗が無くなって、私はもう一度春香さんに向き直る。


「ごめんなさい・・・何度も足止めしてしまって・・・」


「いえ、そんな。謝られる様な事でもないですから。」


申し訳なさそうに言ってくる春香さんに向かって、手を小さく横に振りながらそう答えた。


「うぅ~・・・や~あ~!」


「こらこら・・・駄々をこねないの。もぉ・・・この子が、初めて会った人に懐くなんて、珍しいわね。」


腕の中で駄々をこねる舞ちゃんをあやしながら、春香さんがそう言ってくる。


それを聞いて私は、舞ちゃんに顔を近づけた。


「舞ちゃん。今日はもう遅いから、明日一緒にあそぼ?」


「・・・ほんとう?」


「うん!でも、お母さんの言う事を聞かないと、遊んであげないぞ?」


笑顔で悪戯っぽく私がそう言うと、舞ちゃんは口を尖らせて、下を俯いてしまった。


「・・・舞。」


「・・・うん・・・」


春香さんが呼びかけると、ようやく舞ちゃんが、首を縦に振ってくれた。


「じゃぁ約束。」


そう言って舞ちゃんに、自分の右手の小指を差し出した。


その小指に、舞ちゃんの小さい右手の、小指が掛けられる。


「ゆ~びき~りげんまん嘘付いたら針千本の~ます。指切った!」


最後に小指を離して、舞ちゃんと約束を交わし合った。


「・・・それじゃ私はこれで。」


「はい・・・ありがとうございました。又後ほど・・・」


「はい!」


最後に春香さんと、短い会話を交わして、私は自分の部屋へと向かう事にした。


「おね~ちゃ~ん!ばいば~い!」


「ばいば~い!」


後ろから聞こえてきた舞ちゃんの声に答えて、私は急いで自分の部屋へと向かった。


遅くなっちゃった・・・ごめんねクロ・・・


心の中でクロに謝り、部屋に招き入れてからもう一度謝ろうと誓って、長い廊下を早歩きで歩いていった。


グルルルル・・・


暗い部屋の中に、獣のうなり声が聞こえてくる。


まるで地の底より響いてくるかの様な、腹に響く低いうなり声・・・


そんなうなり声が響く中、一人の女が壁にもたれ掛かっていた。


女の紅蓮を思わせる髪が、部屋の唯一の明かりである篝火を浴びて、まるで本当に燃えさかっているかの様にすら見える。


赤い髪の女・・・刹那は、腕を組みながら、部屋の奥を睨みつけていた。


ギィ・・・


ちょうどその時、部屋の扉が軋みながら開き、そこから猫の耳の生えた女が、部屋の中へと入ってくる。


「御主人様。言いつけ通り、伝言してきました~」


無邪気な笑みを浮かべ、能天気な声を上げて、部屋の中に入ってきた女は、軽やかな足並みで刹那に歩み寄った。


「・・・そうか。玉螺、宝仙はどうだった?」


「ん~・・・女みたいな顔でしたよ?」


刹那の問いに対し玉螺は、暫く考えた末、そんな答えを出した。


「・・・いや・・・そう言う事を、聞いてる訳じゃないんだが・・・」


「アハハハ!解ってますよぉ~」


半眼になって玉螺に視線を向けながら、刹那は呆気にとられたかの様に呟く。


そんな刹那を、笑い飛ばすかの様に、玉螺が後を続けた。


だがすぐ真剣な表情になると、刹那に向かって意味深な笑みを浮かべた。


「・・・御主人様の言っていた通り、食えない男でしたよ。」


「・・・そうか。」


玉螺の言葉を聞いて、刹那は目を伏せ、どこか嬉しそうに笑っていた。


「そうそう、御主人様に伝言も預かってますよ。『おまえが千の闇を、この世に招くと言うのなら・・・俺はこの手で、千五百の闇を砕こう・・・』だそうです。随分な自信家ですね~」


「フッ・・・そうか。さすが宝仙だな・・・」


「え?」


宝仙からの伝言を聞き、不意に苦笑を浮かべて漏らした刹那の呟きに、玉螺が不思議そうに聞き返していた。


「俺は何も、宝仙を挑発する為に、わざわざ黄泉比良坂の誓いを引用した訳じゃない・・・もし奴が、まだ何も手がかりを掴めず、未だにろくな考えも、纏めていない様な状態なら、俺の伝言を貴重な情報として受け取った筈・・・」


そう言って刹那は、壁から背中を離し、組んでいた腕を解いた。


「加えて、奴が今まで散々探し回っていた俺が、目と鼻の先に居る・・・執念で何年も探していた俺が、手を伸ばせば届くかもしれない所に居るんだ・・・普通なら、自分でも解らない焦りを抱いて、減らず口を叩く余裕すら無かっただろう・・・だがあいつは、俺の伝言を挑発として受け取り、逆に俺を挑発してきた・・・少なくとも、何かしらの考えが、纏まっている証拠だ。」


「でも、羅刹はあいつに何も喋ってはいないんですよね?真に受ける訳じゃないですけど、あいつもそう言ってたし・・・」


刹那の言葉を受け、玉螺がそう聞き返した。


「あぁ・・・それは確かだろう。宝仙は、俺が何を企んでいるのか・・・何も知らずにここに来たのだ。少なくとも、ここに来るまではな・・・」


「じゃああいつは、御主人様の目的を、もう察しているって言うんですか?そんないくら何でも・・・」


笑いながら右手を大きく横に振って、玉螺は刹那の言葉を否定する。


「フッ・・・いくら何でも、さすがにそこまでは気付いていないだろう・・・だが宝仙は、この島の秘密に気付き始め、確実に俺に近づいて来ている事は確かだ。こんな短時間で・・・な。」


「そうですかね~?買い被りすぎだと思いますけど・・・」


「努めて冷静に、客観的に相手を分析するのは、戦いに置いて最も有効な手段だ・・・そして宝仙にとっては、それが驚異的と言っていいだろう・・・」


刹那はそう言い終わると、深く考え込む仕草を見せる。


「・・・この島が、神話に則って作られていると言う事には、気付いているだろう・・・漠然と、何かが封印されているとも・・・なら、少しの異変にでも敏感に反応してくるだろう・・・対応されると面倒だな・・・玉螺。」


「はい?」


「『乱鏡』で呼びだした者達で、奴等を攪乱すれば・・・恐らく宝仙は村に向かおうとする筈だ・・・何としてもそれだけは、食い止めなければならない。」


「・・・解りました。網を張って待ち伏せすれば良いんですね?」


「あぁ・・・すまん。」


「大丈夫ですよ。あたしを含めて、御主人様の成し遂げようとしている事に、命を捨てるくらいの覚悟は、みんな出来てるんですから。」


「玉螺・・・」


玉螺の言葉を聞いて、不意に刹那が呼びかけた。


「・・・ちゃんと戻ってきますから、そんな心配そうな顔しないでくださいよ。」


その呼びかけに玉螺は、刹那を安心させるかの様に、無邪気な笑みを浮かべて言葉を紡いだ。


「それじゃ、早速雲外鏡と打ち合わせしてきますね~」


そして玉螺は、最後に笑顔でそう言うと、刹那に背中を見せ、先程入ってきた扉から、部屋の外へと出ていった。


部屋の中では、一人取り残された刹那が、玉螺の出ていった扉を見つめていた。


「・・・俺はもう・・・後戻り出来ない所まで、来てしまったんだな・・・宝仙、おまえは・・・俺を・・・」


グルルルル・・・


暫くして、扉に向かって刹那が呟くが、最後の部分は、又聞こえてきたうなり声によって、かき消されてしまった。


御神楽家に雇われた俺達と、他の用心棒達は、大きめの広間へと通され、出された食事を堪能していた。


合計十一人が、それぞれ思い思いに食事を摂っていた。


見かけ倒しの者も居れば、今まで何十人斬ってきたのかも、知れない実力者まで居る。


そんな中に、夕方会った天津の姿もあった。


天津から聞いた話では、俺達を含め全員で十二人居るとの事だったが、一人だけその姿が見えない。


だが食膳は人数分の十二膳あり、残り一人の分は、天津のすぐ隣に置かれてあった。


姿を出さないだけか・・・或いは極端に人付き合いを嫌う者なのか・・・


見ず知らずの雇われ者同士が、この様に食事を摂る場合、大概二手に分かれる。


方や集まって騒ぐ者と、一人静かに食事を摂る者・・・


俺達の様に、元から仲間同士で、参加しているのなら話は別だが、そうで無い場合は、小動物が群れを作るのと同じだ。


広間のおよそ中央当たり、神経を研ぎ澄ませている猛者達とは対照的に、群れを作って騒いでいる馬鹿が、およそ三名程居た。


だが喧しいとは思っても、誰もそいつ等を咎めようとする者は居ない。


その者達を遠巻きに、他の用心棒達は、黙々と食事を進めている。


そして俺達も、三人で固まりながら、その馬鹿共から少し離れて食事を摂っていた。


「ってお話しを聞いたんですけど・・・師匠はどう思いますか?」


食事中、聖が村で聞いた事を、俺に話してくる。


よほど疑問に思ったのだろう、自分ではうまく考えが纏まらず、俺の意見が聞きたいらしい。


この島は、何時か完全に海の底に沈んでしまうと言われている。


だがそれでも、海に面した者達の、主な生活の糧は海の幸だ。


事実、俺達に出された食事の中には、海の幸がふんだんに使われている物もある。


そうなれば自然と、海岸沿いに居を構える様になるが・・・聖の話では、昔から村はあの場所にあったとの事だ。


・・・聖にしては珍しく鋭いな。


少しだけ感心しながら、心の中でそう呟き、頭の中でその話と、今解っているこの島の事を整理していく。


出来ればこういう話は、俺達だけの時の方が良いのだが・・・まぁ、騒いでいる馬鹿共のお陰で、他の者に聞かれる心配も低いだろう。


「・・・今解っている事と併せて、客観的に考えられる事は・・・この島の人間は、昔からその事を解っていた・・・と言うよりも、そうなる事を踏まえた上で、今の場所に村を作った・・・」


「え・・・っと・・・どういう事ですか?」


俺の言葉を聞いて、聖が不思議そうに聞き返してくる。


「・・・つまりだ。もしこの島の住人が、沈む事を解っていて、それでも尚今の場所に村を作ったとするなら、どうやってその事を知った?そもそもそんな島に住みたいと思うか?」


「あ・・・」


「ちょっと待ってよ。それじゃあ、この島が沈む原因になったのって・・・」


俺の言葉を聞いて、すかさず桜が会話に入ってくる。


そしてその桜の言葉に、俺は相づちを打った。


「俺が思うに、この島の住人は守人の末裔だろう。そしてその守人達が、逆螺旋の鳥居や、神木を植えたんだろう・・・自然にあんな物が、作られる訳がないんだからな・・・探せばまだ見つかるだろう。」


そこで一旦言葉を切って、食膳に置かれた盃に注がれた酒を、一気に飲み干した。


「・・・そう言った数多くの術式の中に・・・或いは、数多く術式を、作りすぎた所為で、島が沈み始めた・・・恐らくは前者だろうがな・・・」


「でも何でそんな事を・・・まるで自分の首を絞める様な行為じゃない。」


「そうまでしなければならない物・・・そこまでして、封印する必要のある物が、この島には眠っているんだろう。」


もっともな桜の疑問に、俺はそう答えた。


「それって、何なんでしょうね・・・」


聖が深く考え込みながら、そう呟くのが聞こえ、俺は腕組みしながら目を瞑った。


「・・・さぁな。だが、その謎を解く手がかりは、恐らく壁画にあるだろう。」


そこで会話は一旦とぎれ、広間で騒いでいる者達の声が、静まった俺達を包み込んだ。


「・・・確かに、それなら筋が通るわね・・・でもさすがね。こんな短時間で、そこまで推理するなんて・・・」


「だがまだ、単なる発想の域を出ないさ・・・それよりも、おまえが言っていた調査は、壁画についてと言っていたな・・・その時に、何か気が付いた事は無かったのか?」


「特に無かったわ・・・調査と言っても、壁画がある場所が、後どの位で海の底に沈むのか・・・それが主な調査目的だったから。」


「そうか・・・やはり自分の目で確かめるしかないな。」


「とりあえずその話は、又後にしましょう。夜は長いんだし、体力を付けておかないと・・・」


「そうですね。」


そう言って二人は、出された食事の残りを平らげるべく、橋を手に取った。


俺もまた、残された料理に手を付けるべく、箸を伸ばしていく。


「・・・うん?」


ちょうどその時、広間の襖が開く音が聞こえ、そちらに顔を向けた。


・・・女?


眠そうな目を擦りながら、あくびをかみ殺している女が、気怠そうに広間の中へと入ってきた。


おそらく、この家に雇われた十二人の最後の一人なのだろう。


黒を基調にした忍服をまとい、服の隙間から微かに確認出来る鎖かたびら。


頭の両側で縛られた髪は、起き抜けの所為だろうか、寝癖が付いているが、その割には唇にしっかりと紅が引かれている。


不意にその女の視線と、俺の視線がぶつかり合った。


っと言うよりかは、見知らぬ俺達を発見した・・・っと言った方がいいだろう。


俺達の存在を確認した女は、手近に居た天津と何やら話をし始める。


だがすぐに、残されていた食膳を手に持ち立ち上がると、おもむろに俺達の元へと歩み寄ってくる。


「アタイも一緒に良いかい?」


不意に、俺達のすぐ側までやって来た女は、俺達に向かってそう告げてくる。


その言葉に対し、連れの二人に視線を向けると、聖が食事の手を止めて、女を見上げている所だった。


一方の桜は、何も言わず黙って俺に顔を向けていた。


どうやら判断を俺に委ねるとの事らしい・・・


「・・・別に・・・」


「あ、はい。どうぞ・・・」


俺が言いかけた言葉を遮って、聖が笑顔で女に向かってそう答えていた。


ま、良いがな・・・


聖の反応に、俺が苦笑していると、やって来た女は、ちょうど俺と聖の間に腰を下ろした。


その時ちょうど、女の体から僅かに火薬の臭いが漂ってきた事に、俺は眉をひそめた。


「・・・ありがと。」


聖に向かい、片目を閉じ笑いながら、女が礼を述べる。


「悪いね、まさかアタイ以外にも、女がここ居るとは思わなくってさ・・・あんた達、今日来たんでしょ?」


「あ、はい。聖って言います。それでこっちが私の師匠で、こちらが桜さんです。」


女の言葉を聞いて、聖が俺達の分まで、笑顔で自己紹介をし始める。


先程廊下で、この中に刹那の手の者が居るかもしれんと、言ったばかりだというのに・・・


まぁ、聖らしいと言えばらしいが・・・こうまで警戒心が無いと、さすがに心配になってくる。


「アタイは妙。三日前になるかな・・・あそこで一人、黙々と食事してるごつい奴と、一緒の船で来たんだ。」


そう言って妙と名乗った女は、指で自分の後ろ・・・広間の真ん中辺りで騒いでいる三人組よりも向こう、天津が居る場所を指し示した。


成る程・・・それでさっき、天津と話していたのか・・・


「・・・今まで寝てたんですか?」


それまで、俺と同じく妙を見極めようとしていた桜が、不意に妙に質問を投げかける。


「あ~・・・まぁね。今日も朝方まで、見回りしてたし・・・それにここの子と、昼頃まで遊んでたから。それで疲れて眠ったら、気が付いたらこんな時間だったって訳。」


自嘲気味に妙は、自分がこの場に現れるのが遅れた理由を、言いにくそうにそう漏らした。


「へぇ~舞ちゃんと遊んでたんですか?」


その話題にいち早く反応を示したのは、他ならぬ聖だった。


そう言えば、俺達と廊下で別れた後、この家の娘に会ったと言っていたな・・・


「いや、アタイが遊んでたのは、その上の二人。舞ちゃんには懐かれなくってね・・・終いには泣かれるし。」


聖の言葉を聞き、妙は残念そうに笑いながら、呟きを漏らした。


「そうなんですか・・・上の二人には会いませんでしたけど、舞ちゃんとはすぐに仲良くなれましたよ。」


妙と聖が、この家の子供の事について話しているのを余所に、俺は桜に顔を向けた。


「・・・桜、そう言えばこの家の子供達の名前、まだ聞いていなかったな。」


なるべく二人には聞こえない様、桜に顔を近づけ、耳打ちする様な小声でそう聞いてみる。


周りの声はうるさいが、桜ならば聞き取れるだろうし、俺もそれなりには耳は良い方だ。


「あぁ・・・そうだったわね。」


『前にも言ったけど、この家に生まれる子供は、何故か常に三人・・・春香さんのご主人も、三人目が生まれて、計った様に亡くなられてるわ・・・』


桜も俺の意図を察したのか、聞こえるかどうかの声音・・・っと言うより途中からは、声には出さず、唇を動かして答えてくる。


一応俺には、読唇術の心得もある・・・その事を知っている桜が、妙を警戒し、確実に誰にも気付かれ無い方法を選んだ。


これならば、唇の動きを読まれない限り、話を聞かれる心配もない。


『そして、幼名とは別に三貴士の名が与えられる・・・長女の藍が天照大御神、次女の舞が月讀命、それからその間に長男が居て、その子の名は戒、建速須佐之男命・・・』


「・・・先代の他の兄弟達に、子供は居ないのか?」


不意に過ぎった疑問を桜にぶつけると、無言のまま顔を横に振られてしまった。


『・・・これも何故か解らないけど・・・生まれてくる子供は必ず、女の子が二人、男の子が一人・・・つまり春香さんの旦那さんにも、二人の姉妹が居たわ・・・けど、二十歳を迎える前に亡くなったそうよ・・・先代だけじゃない・・・その前も、前の前も・・・姉妹は嫁ぐ事無く亡くなり、長男は次の世代を産み落として亡くなる・・・その繰り返しだそうよ。』


「・・・それも呪い・・・か。」


「・・・おそらくね。春香さんの様に、陸から嫁を娶るのも、この御神楽家の習わしみたいだしね・・・」


これ以上、唇を動かすだけの会話は不要と思ったのか、桜が声を出して喋り始めた。


他の二人・・・事情を知らぬ者と、聖に聞かせるには、あまりに酷な内容だな・・・読唇術で話して正解か・・・


決して終わる事の無い、呪いの螺旋・・・何も知らずその中心に居ると言う事は、どんな気分なのだろうか・・・


いや、何も知らぬのだから、何も感じないか・・・知った時の絶望は、計り知れない物になるだろうがな・・・


何も知らずに背負う事・・・知って初めて、背負った物の大きさに絶望する気持ち・・・俺にはそれがよく解る。


俺に武神流を叩き込んだジジィが、俺に何を求めていたのか・・・当時の俺は、それを知ろうとすら思わなかった。


だが時と共に、ジジィが何を考えていたのか・・・何となく解る様になった。


武神流は、最強を称する殺人術・・・だが人が扱う以上、最強など存在しない・・・


何故ならば・・・人には『心』がある・・・


『心』は時に、その者の枷となり・・・時に、その者に力を与える・・・


一瞬の判断の誤りが、戦場では死に繋がる・・・例え、最強を称する殺人術の使い手と言えど・・・


だからこそジジィは、作り上げたかったんだ・・・心の無い人形を・・・それまでの武神流を超える存在を・・・


慈悲も慈愛も・・・怒りと憎しみ、悲しみさえも無い、本物の殺戮人形・・・それが、一騎当千とまで謳われ、零と呼ばれていた頃の俺だ。


だが俺は、静菜と出会い、零の犯した・・・自分の背負った罪の大きさに気が付いた・・・


そして聖と出会い・・・遠い日の自分を、取り戻す事が出来た・・・


これからも俺は、罪を背負い生きていくだろう・・・この命が尽き果てる、その日まで・・・


「・・・どうしたんですか?二人とも・・・内緒話しなんかして・・・」


不意に聖に呼びかけられ、頭の片隅を過ぎった考えを振り払う。


「いや・・・ちょっとな。これからの事について、少し相談をな・・・」


適当な事を言って、お茶を濁しながら、俺は残った食事を片付け始める。


桜もそれ以上は何も言う風でもなく、同じく残りの食事に手を付け始めた。


「・・・おまえも喋ってばかりいないで、早く食い終われよ・・・でないと片付けられないだろ。」


「あ、はーい。」


俺の言葉を聞いて、聖もまた食事の続きに入る。


そして妙は、会話が途切れたので仕方なくと言った風に、豪快に食事を口にかき込み始めた。


ちょうどその時、俺達に向かってくる気配を感じた。


振り向かずとも解る・・・それまで広間の中央で、騒ぐだけ騒いでいた三人組が、下卑た笑い声を漏らしながら、俺達の元までやって来ていた。


「・・・何の用だ?食事は静かに摂りたいんだが・・・」


俺は振り向かず、肩越しで一瞥してから、先程までの騒ぎに対する皮肉を込めて、そう呟いた。


「ヘッヘッヘ・・・兄ちゃんよ、一人で綺麗所を総取りとは、羨ましいじゃねぇか・・・」


三人の内の一人・・・その中で一番ガタイの良い男が、卑しい笑みを浮かべながら、俺に向かってそう言ってくる。


「俺達も混ぜてくれよ・・・独り占めなんてずるいぜ。」


・・・随分と酒が入っている様だな。


何を考えているのか知らんが、別の男がそんなくだらない事を言ってくる。


「チィッ・・・またか。」


その男の言葉に、妙が嫌悪感を感じさせる舌打ちを打った。


どうやらこいつ等の、この様な行動は、今日に始まった事でも無い様だ。


「消えな。酒臭い息振りまいてんじゃないよ・・・」


それまで聖と談笑していたのが嘘の様に、凄みを効かせて男達を睨みつける妙。


だが男達は、全く意に介した様子もなく、相変わらず下卑た笑みを浮かべていた。


「ツレねぇなぁ~・・・一緒に仕事する仲間じゃねぇか。」


また違う男が、妙の言葉にそう答え、その視線で妙の体をなめ回し始める。


こういう馬鹿共は、増長すると質が悪い・・・


「ねぇ・・・何で誰も、何も言おうとしないのよ。」


不意に桜が、不機嫌そうな声音で、俺に向かってそう聞いてくる。


まぁ、用心棒として雇われた経験の無い桜にとっては、仕方のない事かも知れない。


キレずに我慢してくれているのは、今の状況ではありがたい事だが・・・


「・・・別に不思議がる事でもないだろう。俺達は金で雇われただけで、仲間という訳でもない。雇われ主の依頼に、応えれば良いだけだ・・・仕事の時は、極力協力し合うが、それ以外の時は不干渉・・・それが暗黙の了解だ。」


俺達に絡んでくる男達のみ成らず、広間の中に居る者全てに聞こえる様、わざと声を幾分大きくして、桜の疑問に答えていく。


「理由は簡単・・・こういう馬鹿共は、殺し合いに成れば、真っ先に殺されるだろうし、そうならなくとも依頼が終われば、それまでの関係だ。何の得にも成らないこんな下衆共の相手など、いちいち誰もしたがらないと言う訳さ。」


「・・・何だと~?!」


グイッ!


俺の言葉が、よほど頭に来たのか、一番ガタイの良い男が、俺の胸元を掴んで、片手で軽々と持ち上げた。


「師匠!!」


「大丈夫よ、宝仙君なら・・・まったく、わざわざ相手を怒らせるだなんて、悪趣味にも程があるわね・・・」


今の俺の状況を見ても、全く動じていない・・・それどころか、やや呆れ気味の桜が、聖を制してそう言ってくる。


その言葉を聞き、持ち上げられた状態で、自嘲気味に苦笑を浮かべた。


「おい優男・・・何笑ってんだよ、テメェ・・・」


俺の笑みを見てか、俺を持ち上げた張本人が、凄みを効かせてそう言ってくる。


「・・・すまんな。誰でも本当の事を言われれば、怒るもんだよな・・・礼儀って物を知らないんでね、勘弁してくれや。」


遠回しに悪態と皮肉を込めながら、俺は見下す様に、俺を持ち上げる男にそう告げる。


「テメェ・・・」


不意に男の腕に、更に力がこもり、完全に俺の足が宙に浮き、高々と持ち上げられる。


「・・・それとな。」


そうされると同時、首が圧迫され、息が詰まりそうになるが、それでも俺は構わず、丸太の様に太い男の手首に手を添え、そう呟くと同時に男の手首を締め上げる。


「ッ?!グアアアァァァーッ!」


ギリギリギリ・・・


「何時までも・・・俺の胸ぐらを掴んでるんじゃねぇよ・・・」


手加減無しに、男の手首を締め上げると、案外簡単に悲鳴を上げ、俺の戒めが解かれる。


胸ぐらを掴まれていた戒めから解放された俺は、そのまま男の手首を捻りあげ、その背中を押して、他の二名の方へと突き飛ばした。


「グ・・・グオオオォォォ・・・」


突き飛ばされた男は、つんのめりにつまずき、うずくまりながら手首をさすって、うめき声を上げていた。


「テ、テメェ!」


「一つ、忠告しておこう・・・」


他の二名が、何か言おうとするのを遮り、俺が凄みを効かせてそう告げると、二人ともその場で押し留まった。


「おまえ等以外の、ここに居る全員・・・おまえ等が束になっても、勝つ事などできんぞ・・・あまり羽目を外しすぎて、これ以上の反感を喰わない事だな・・・」


俺が殺気を込めてそう言うと、残った二人が忙しなく辺りを見回し始めた。


あれだけの騒ぎだ・・・いくら我関せずとは言っても、こいつ等を鬱陶しいと思っている者は、少なからず居る。


「俺も・・・あまり気の長い方じゃないんだ・・・たまに、どうでもよくなる時がある・・・そうなった時、痛い思いをするのはおまえ等だ・・・と言う事を忘れるなよ。」


そう言って男達に背を向け、自分の食膳の前に腰を下ろした。


背後から、情けない声を上げて、その場から立ち去っていく男達の気配が、背中越しに伝わってくる。


・・・まぁ、これだけ脅しておけば良いだろう。


「・・・師匠、やり過ぎだと思いますよ?」


暫くして聖が、避難めいた声を上げるが、あえて無視した。


ガシッ!


「ッ?!」


残り僅かとなり、もうすでに温くなっているみそ汁を、一気に飲み干そうとした瞬間、突然俺の肩に腕が回され、その弾みで飲みかけのみそ汁がこぼれた。


横を見てみると、何やら面白い物でも見るかの様に、妙が俺の肩を引き寄せていた。


「あんた、面白い奴だね・・・わざわざあんな事して、あいつ等の身の安全を促すなんて・・・」


「・・・何の話だ?」


「とぼけなさんなって。ああ言えば、あいつ等も少しは大人しくなるだろう・・・正直、あんたの言う通り、アタイもあいつ等には苛ついてたんだ。他の奴等だってきっとそうさ・・・血の気の多そうなのが多いからね。その証拠に、あいつ等に向けた、殺気混じりの視線を、背中越しでもビンビン感じた。あんたも感じてたんだろう?」


確かに俺は、あの男達に向けられていた、殺気のこもった視線を感じていた。


聖にはまだ、それを感じられるほどの能力もなく、殺気を放っていた者達が、ほぼ達人級の者達ばかりだったので、桜ですら感じられなかっただろう。


当の殺気を向けられていたあの男達は、視線すら感じていなかった様なので、問題外なのだが・・・


だがその殺気を感じられると言う事は、この妙という女も、徒者ではないと言う事になる。


最も、不特定多数を用心棒として雇う場合、こうまで格差がはっきり出るのは珍しいと言える。


「雇い主の家で、あいつ等を殺すつもりも無いだろうけどさ・・・でも多分、あのままだったら、遅かれ早かれ誰かに殺されてたかもね・・・見回り中に、妖怪に襲われた事にすれば簡単だし。だからそうなる前に、あんたはわざと声を大にして、あいつ等とアタイ等・・・双方に警告を発した・・・所詮金で雇われてるアタイ等だ・・・それなのに、金にもならない殺しをして何になる・・・自分の力量も計れない様な奴に、アタイ等がわざわざ手を下すまでもない・・・そう言いたかったんだろう・・・違うかい?」


「・・・買い被り過ぎだな。そんな事をして、俺に何の得がある?」


「・・・無駄な血は見たくない・・・そう言う事の裏返しだと、アタイには感じたけど?」


「・・・それこそ買い被りだ。」


そう呟いて、残りのみそ汁を一気に飲み干し、それ以上は何も語るまいと、口を固く閉じた。


正直に言えば、今妙が言った事は、当たらずとも遠からずだ。


好きこのんで、あいつ等の命を助けた訳ではないが、かと言ってこのままにしていれば、間違いなく死人が出る。


これで奴等が大人しくなれば良し、そうならないのならば、学習能力も無いただの馬鹿で片づけるも良し、怒りの矛先を、俺ではなく第三者に向けるようなら、それはそれで始末する口実が出来て良し・・・っと思っただけだ。


もしこれが、金で雇われた用心棒同士ではなく、どこぞの酒場の喧嘩なら、もっと楽なんだがな・・・


懐から箱を取り出し、中に仕舞われた煙管を手に持ちながら、そんな事を考える。


「・・・フッ。あんた気に入ったよ。」


不意にそう言われ、妙が俺の耳にその顔を近づけてくる。


「どうだい・・・アタイの男にならないか?」


「ブッ!!・・・フ・・・フッフフフ・・・」


俺の耳元で、他二人に聞き取られない様、小声で囁いてくる妙の言葉と同時、不意に桜が吹き出すと、堪えようとする笑い声が聞こえてきた。


「え?何の話ですか?」


一人聖だけ、状況が飲み込めないのか、突然吹き出した桜と、俺と俺の耳元に顔を寄せている妙を、不思議そうに見回していた。


「・・・誘いは嬉しいが、あんたとの火遊びは、火消しが難しそうだ・・・気が付いたら全身火達磨なんて、洒落にも笑い話にもならん・・・遠慮するよ。」


「え?え?火遊び・・・?」


遠回しな俺の言葉に、更に混乱したのか、聖が忙しなく俺達を見回す。


そんな聖に、未だに笑いを堪えている桜が、耳打ちで説明し始める。


・・・余計な事を・・・


完全に今の状況を楽しんでいる桜を一瞥しながら、心の中で毒吐く。


「そう・・・それは残念・・・折角、くノ一のとっておきを、披露しようと思ったのに・・・」


また耳元でそう囁かれ、次いで俺の腕に、柔らかい感触と、固い感触が同時に広がる。


見ればふくよかな妙の胸が、俺の腕に押しつけられており、固い感触は、服の下に着込んだ鎖かたびらの様だった。


・・・確かに、それは少し味わってみたいかもしれんな。


熟れた果実を思わせる様な、妙の見事な体を一瞥して、そんな考えが頭に浮かんだ。


「・・・だが、やり終わった後に、パックリ喰われるのはごめんだな・・・」


妙の淫靡さを感じさせる流し目の奥・・・そこに、小さくゆらゆらと燃える炎を感じ、俺はそう答えた。


「酷い言い方・・・人を蟷螂みたいに言わないでよね。でも・・・それはそれで燃えそうね。」


そう言って妙は、更に妖艶な笑みまで浮かべる。


自分でそう言わせておいてなんだが、我ながらうまい例え方だ。


この女を、他の何かで表すとするならば・・・蟷螂。


俺は蟷螂の雄の様に、事が終わったと同時に、雌に頭から喰われる最期なんざごめんだ。


そんな事を考えながら、俺もまた妙に口元を広げただけの笑みを向けた。


・・・ガシッ!


そんな妙との駆け引きをしていると、今度は反対側の腕に、何かがしがみついてきた。


確認するまでもないが、一応そちらに目を向けると、頬を思い切り膨らませ、今にも泣き出しそうな瞳で、顔をやや上気させた聖が、俺にしがみついていた。


どうやら桜に説明されて、ようやく話の内容を理解したのだろう。


「あら・・・両手に花で、羨ましいわね。」


一人桜だけが、今の俺の状況を笑いながら静観し、嫌みを込めてそんな事を言ってくる。


「・・・事態を更にややこしくした張本人が何を言う・・・」


俺もまた、桜に向かって、嫌みを込めてそう言い返すも、この状況ではどう見ても俺の負けだ。


暫くの間、桜の冷やかしと、妙の妖艶な伽の誘いと、聖のお粗末な妙への対抗が続いた。


反論する気も失せた俺は、とにかく煙管を銜えようと、二人の戒めから抗うが、二人とも思いの外しつこく、結局今夜の見回りの話し合いが始まるまで、その状況は続いてしまった・・・


神無月第四日深夜。



「ほらほら、何時までもふて腐れてないのよ。」


御神楽家の大きな庭の敷地内の一角で、座り込んで拗ねている私に向かって、桜さんが呆れた風にそう言ってくる。


「だって・・・師匠が妙さんと一緒なんですよ?何かあったらどうするんですか・・・」


手頃な石に腰掛けながら、両膝に両肘を付いて、あさっての方向に顔を向けて呟いた。


「仕方ないでしょ・・・話し合いで決まったんだから。」


御夕飯を終えて、今日の見回りの話し合いが行われてから数刻経つけど、日付が変わった今でもその事がずっと納得いってなかった。


「だって師匠・・・妙さんの誘惑、ずっと拒んでたくせに、妙さんと見回る事すんなり承諾するなんて・・・」


「それが仕事なんだから・・・いちいち相手なんて、選んでられる訳ないでしょう。」


相変わらず愚痴を漏らす私に、桜さんの言葉が続く。


見回りと言っても、私と桜さんは御神楽家の警護を任されているので、正直何もする事はなく、何かを話していないと暇でしょうがなかった。


御神楽家周囲の散策も、桜さんが言うには、庭に居れば何か異変が起きても、すぐ解るとの事なので、私たちはこうして庭に陣取っていた。


この島に来てから、桜さんの感知能力は、ずいぶん制限されてしまったみたいだけど、それでもこのお屋敷の敷地くらいだったら、なんて事はないみたい。


それに、お屋敷の屋根の上で、クロが目を光らせているので、もしもの時でもすぐに対応出来る。


でもそうなると、本格的に何もする事はなくなり、暇を持て余して話す内容と言えば、御夕飯時のあの一件になってしまう。


「うぅ~・・・私が師匠と一緒だったら良かったのに・・・」


そう唸りながら、地面に置いた錫杖を、片足で突っつく。


「女の子が唸らないの。宝仙君の事だから、そんな心配なんてしなくても大丈夫よ。」


「男はみんな狼だって、鈴音さんが言ってましたよ!」


その言葉に私は、すかさず後ろを振り返って、そう言い返した。


「・・・否定はしないけど・・・あの子の場合、面白がって言っている風に思えるんだけど・・・兼道さんの事もそうだし・・・」


私の言葉に桜さんは、苦笑気味にそう言ってくる。


「・・・そう言えば、桜さんって、兼道さんの事どう思ってるんですか?」


不意の桜さんの話題に、理性が興味に負けて、私は意地の悪い笑みを浮かべながら、そう聞いてみた。


「な、何よ急に・・・」


不意に話題が変えられて、桜さんがあからさまに動揺し始めたのが解った。


「・・・桜さん、兼道さんの事どう思ってるんですか~?」


桜さんのその反応に、私は更に大きく笑みを浮かべて立ち上がり、ゆっくりとにじり寄る様に、桜さんに近づいていく。


桜さんの反応を見る限り、きっと桜さんも、兼道さんの事を意識してるんだと思う。


私たちが江戸に居る間・・・もしかしたら、兼道さんが桜さんを送っていったあの夜に、二人に何かがあったのかも知れない。


「ちょ、ちょっと・・・どうしてそんな事聞くのよ・・・」


「だって、私ばっかり桜さんにからかわれるんじゃ、不公平じゃないですか~」


「うっ・・・」


にじり寄る私の言葉に、後ずさる桜さんが、一瞬言葉に詰まった。


「桜さん・・・本当のところ、兼道さんの事、どう思ってるんですか?」


ふざけるのをやめて、私はもう一度桜さんにそう聞いてみる。


すると桜さんは、ついに観念したのか、ため息を一つ吐いて、頭巾から見える口元だけで苦笑を浮かべた。


「・・・素敵な男性と思ってる・・・って、こういう言い方じゃ、結局逃げよね・・・」


自嘲気味にそう言って、桜さんは月が浮かぶ空へと、顔を向けた。


「聖さんを見てると、たまに忘れそうになるけど・・・明王衆は家族を持つ事を、許されていないわ・・・巌様や海淵様の様に、妻子が居る事を隠していた人は、確かに歴代の明王衆の中に居たわ・・・けど・・・」


そこまで言って、空に向けていた顔を、私へと戻す桜さん。


「私の尊敬する人は・・・男になど目もくれず、お務めを果たしたわ・・・そして、お務めを終えた今でも、独り身を通している・・・とても恰好良い女性なのよ。私もそんな風になれたら・・・なんて思う事があるわ。」


「・・・そうかな。」


桜さんの言葉を聞いて、私は桜さんから視線をはずして、背中を向けた。


「え・・・?」


背中越しに、桜さんが呟く声を受けながら、今度は私が空を見上げる。


「なんだか桜さん・・・無理してるみたいに見えます。きっと、桜さんの尊敬する人も、今の桜さんを見たら同じ事を言うと思いますよ。少し前に、師匠に言われたんです・・・おまえは、俺の為に強くなるのかって・・・そんな事、俺は望んでいないぞって・・・」


そこまで言って、私は後ろを振り返って、桜さんに笑顔を向ける。


「麗姫お婆ちゃんだって、きっと同じ事を言うと思いますよ。」


そしてもう一度、空を見上げた。


「私たちは、一人一人違う人間・・・そんなの当たり前・・・考え方や想いが違うのも当然・・・憧れるのも良いけど、もっと大事なのは・・・自分の気持ちに素直になる事だと思います。」


「・・・聖さんの言う事は、確かに正しいと思うわ・・・けど、本山が崩壊したとは言え、私達は明王衆・・・それは決して変わる事のない事実・・・今それを変えてしまったら、他の者に示しがつかないわ。」


不意にそう言われて、私は顔を元に戻した。


「それで諦めるんですか?だから諦めるんですか・・・仕方のない事だって・・・それこそ本当に逃げですよ。」


「聖さん・・・」


「人を好きになるのって、理屈じゃないじゃないですか。人の事なんて関係ない・・・体裁なんて気にしない・・・」


そこまで言って私は、桜さんに微笑みを向ける・・・


「本当の恋って、周りが見えなくなるんですよ・・・なんて、鈴音さんの受け売りですけどね。」


そう言いながら私は、照れ隠しに笑いながら俯いた。


けどすぐに顔を上げて、もう一度桜さんに微笑みを向けた。


「命短し、恋せよ乙女・・・ですよ。」


最後に私がそう言うと、桜さんは可笑しそうに、口元に手を添えた。


「・・・それも、鈴音さんの受け売り?」


「はい!」


「フフ・・・本当、あなた達は仲が良いのね・・・」


「それを言うんだったら、桜さんと真夜さんだって、同じじゃないですか。」


「フフ・・・そうね。」


自然とこぼれる笑顔と笑い声を弾ませて、お互いそう言い合う。


その時、不意に初冬の・・・しかも夜の風に似つかわしくない、生温い風が吹いた。


「・・・っと。その話は、また後にしましょうか・・・」


そう言う桜さんは、相変わらず笑みは浮かべていたけど、その頬には確かに一筋の汗が伝っていた。


「・・・ですね。」


私の頬にも、冷や汗が伝わっているのが解る・・・


悪寒を感じながらも、私はゆっくり後ろを振り返った。


「気を付けて・・・今もまだ、何の気配も無いわ・・・」


「はい・・・」


油断無く辺りを見回しながら、桜さんの呟きに答える。


気配はまるで感じない・・・けど、何かが居る事だけは解る・・・


今まで、こんなの感じた事がない・・・得体の知れない気配を、私も桜さんも確かに感じていた。


「主・・・」


その時、屋根の上で待っていたクロが、さっきまで私が座り込んでいた場所に、音もなく地面に着地して、その場所に置いてあった私の錫杖を後ろ足で蹴った。


それを私は受け取って両手で構えると、クロがその場で飛んで、私の横に着地する。


「ありがと。」


錫杖に対してのお礼をしても、辺りの警戒は解かない。


「気を付けられよ・・・我も何も感じぬ・・・」


「・・・解ってる。」


クロの言葉に頷きながら、いつでも相手が現れても良いよう、精神を集中させていく。


妙な気配を感じてすぐに、金華龍との精神融合は果たしてる・・・けど、全く何も感じない。


相手が何なのか、どこに居るかも解らないで、私達は固まって三方向を警戒する。


「・・・オ・・・オォォォ・・・」


「ア・・・アア・・・アァァァ・・・」


不意に聞こえてきた、掠れたようなうなり声・・・


「・・・来る。」


桜さんの言葉とほぼ同時に、庭の敷地の外、夜の森の暗がりから、ゆっくりと何かが姿を出した。


そしてその姿に、私は思わず息を呑んだ・・・


「何・・・あれ・・・」


蛭子島の中心に位置する山に、まるで鎮座する様にそびえ立つ神木の側に篝火が焚かれ、その周囲に三人の男の影があった。


その手元にはそれぞれ、各々の武器が携えられている。


その者達は宝仙達同様、御神楽家に雇われ、夕飯時に騒ぎを起こした三人だった。


他の用心棒達は何も言わなかったが、誰一人として彼等と組む者も居らず、彼等はそれで、初めて身の危険を感じていた。


そんな彼等に、この島に最初にやってきた用心棒でもある、天津の計らいもあり、神木の見張りに着く事になった。


「クソッ・・・面白くもねぇ。」


三人の内の一人、一番体格の良い男・・・夕飯時に、宝仙に軽々と手首を捻りあげられた男が、篝火の側に座り込んで、苦々しく吐き捨てた。


「何が忠告だ偉そうに・・・きっちり囲っちまえば、あんな優男一人訳ねぇよ・・・なぁ?」


一人不機嫌そうにそう呟いて、体格の良い男は他の男達に同意を求めた。


「・・・変な考えおこさん方が良いんじゃねぇか?」


「そうだぜ・・・あの男だって、あんたを軽々とあしらったんだ・・・ただの坊主じゃねぇよ、ありゃぁ・・・」


その言葉に、他の二名は口々に難色を示す。


「チッ・・・クソ忌々しい・・・」


その言葉を聞き、話題を振った当の男は、苦々しく舌打ちを打った。


「フゥ~・・・こりゃ~暫く後を引くぜ?」


体格の良い男の反応に、別の男がもう一人に向かってそう呟いた。


その言葉に対し、話を振られた男も、ため息混じりで頷く。


「・・・ここの見張りに着いてから、ずっとあんな調子だしなぁ・・・当たり散らさないだけマシとは言え、いい加減聞き飽きたぜ・・・」


体格の良い男に聞こえないよう、片方の男が小声でそうぼやき、もう一人もそれに頷いた。


「おまけにこの島、何もねぇしよぉ~・・・一月もこんな所で過ごすなんて・・・やっぱ来るんじゃなかったぜ・・・」


「あぁ・・・同感だ・・・報酬が良いって聞いて来てみた物の、海の上に浮かぶ孤島だし・・・おまけに島中鳥居だらけで、不気味で仕方ねぇ・・・」


「若い女も少ねぇし・・・楽しみと言えば、酒くらいだな。」


「・・・女。」


口々にそう言う二人の男の言葉を聞いて、体格の良い男が不意に呟きを漏らした。


「そうだ・・・あの女だ。」


卑しい笑みを浮かべながら、低い声音で凄むように呟く男の声に、他の二名が視線を向ける。


「あの男の仲間の女・・・確か屋敷の見張りだったよな?」


「あ・・・あぁ。」


「それがどうしたよ。」


不意に振られた話題に、二人の男が不思議そうに聞き返した。


しかし体格の良い男は、何を考えているのか、更に大きく嘲るように笑うと、徐に立ち上がった。


「あの女共・・・犯っちまわねぇか?」


「お、おい・・・」


「そりゃいくらなんでもまずいだろ・・・」


思いも寄らない一言に、二人はあからさまに動揺を見せている。


「そうだぜ!そんな事すりゃ、あの男・・・本気で俺達を殺しにかかるぜ!」


「あぁ・・・あいつの目見ただろ?ありゃ、十や二十じゃ数え切れない人を殺してきた・・・本物の人斬りの目だぞ。」


二人が男を思い留まらせようと言うも、男の目にはすでに、狂気の炎が宿っていた。


「フン・・・何を怯えてやがる・・・人質を獲っちまえばこっちのもんよ・・・あの女共・・・そうだな、まずはガキの方が良い・・・犯して犯して犯しまくる・・・そんで、そのガキを人質に、もう一人の女も犯す・・・あいつ等尼だしよ、間違いなく生娘だぜぇ?こんなおいしい話があるか・・・」


卑しく笑う男の口調に、他の二人も思わず生唾を飲み込んだ。


「あの優男・・・確かこう言ってたよなぁ?ここに居る奴等全員、俺達が束になっても敵わない・・・なんてよぉ・・・試してみようぜ、まずはあのガキから・・・」


「・・・お、おい・・・」


「あ、あぁ・・・」


他の二人が耳打ちし、まるで計ったかの様に、同時に立ち上がった。


それを同意と判断したのか、体格の良い男が無言のまま頷いて、御神楽家へと通じる方へと体を向けた。


その時、辺りに初冬とは思えぬ程、生暖かい風が吹いた。


しかもおかしな事に、それほど強い風と言う訳でも無いのに、煌々と燃えさかっていた筈の篝火が、何の前触れもなくかき消された。


「な、何だ?!」


突然の異変に、さすがの三人も動揺を隠しきれず、各々の武器を抜き放ち、背中合わせに円陣を組んだ。


「・・・オォ・・・オオォォ・・・オゥアァアァ・・・・」


「・・・ア・・・ァァアア・・・」


暫くの間を置いて、不意に不気味なうめき声が聞こえ始める。


「・・・な、なんだ・・・このうめき声・・・」


「こ、こんなの・・・昨日は聞こえてこなかったぞ・・・」


「ア、ア、アァァ・・・ア・・・オオゥゥ、ゥウウウゥ・・・」


三人の事などお構いなしに、尚も不気味なうめき声は、辺りに響き続ける。


だが一向に、そのうめき声の正体は、どこにも見あたらなかった。


「アァアァアァ・・・ウォゥゥォアゥ・・・」


「・・・く、来るならきやがれ!!」


一向に姿を見せない声の主に、痺れを切らしたのか、突然体格の良い男が声を張り上げた。


「・・・?」


それから暫くの沈黙・・・体格の良い男の叫び声の後、突然うめき声は聞こえなくなった。


「・・・な、何だったんだ?今の声・・・」


更にそれから暫くの沈黙が続き、不意に安堵の表情で、男達の一人が声を漏らした。


「さ・・・さあな・・・とにかく、何も無いんなら・・・」


ドスン・・・


体格の良い男の言葉を遮るように、不意に重たい物が、地面に落ちる様な音が聞こえてくる。


それは、男達のすぐ側から聞こえてきた・・・


それが何なのか確認しようと、音が聞こえてきた方に、体格の良い男が目を向ける。


もう一方の男もまた、音の方へと視線を転じ、それが何なのかを理解するのに、暫く時間を要した。


「・・・ヒッ!」


「なっ・・・」


音の正体が何なのか・・・それが解った瞬間、二人の表情に、驚愕の文字が張り付いた。


「ヒ・・・ヒイイィィィーッ!!」


二人の視線の先・・・そこには、三人の内の一人の、体を真っ二つに断ち割られた、死体が転がっていた。


二つに切り裂かれた男の表情は、苦痛も無かった様に普通そのもので、自分が死んだ事すら気付いていないのかも知れない。


「い、一体・・・何が・・・ッ?!」


その死体を目の前に、後ずさろうとしていた男の表情が、不意に強張る。


男がゆっくりと視線を下に向けると、胸から鋭い刃が突き出ていた。


だが不思議な事に、その部分からは、血が一滴も滴り落ちる気配はなかった。


「な・・・なんだ・・・これ・・・ヒッ?!」


男が自分の胸から突き出ている刃を、呆然と見つめていると、不意に刃が、男の頭を目指して、ゆっくりとせり上がり始める。


「な・・・なっ!ちょ・・・まっ!!」


刃が男の脳天まで達した瞬間、胸の辺りから体が二つに割れて、男が前のめりに倒れ込んだ。


だが斬られた筈なのに、血は一滴も吹き出ず、切り口の断面から、臓器がはっきりと確認出来た。


そして間を置いてようやく、まるで思い出したかのように、切り口から血が流れ始め出した。


「・・・い、一体・・・何が起きたというのだ・・・」


異様な光景の一部始終を目撃していた体格の良い男は、刀を正眼で構えたまま、後ずさり始める。


篝火が消えた事により、月の照らす光のみでは頼りなく、薄闇が視界を覆っている。


その中で男は、賢明に彼等を襲った存在を探すが、一向に発見出来ずにいた。


「・・・冗談じゃねぇ・・・とんだ貧乏くじだ!これ以上付き合いきれるか!!」


暫く辺りを警戒していた男だが、周囲に何も居ないと判断するや、身を翻してその場から立ち去ろうとする。


「ッ?!」


その瞬間、男の視界が二回三回と反転した。


・・・ボスン。


暫くの浮遊感の後、顔を横殴りにされたかのような衝撃を受け、それが地面なのだと解るまでに、暫くの時間を要した。


何が起こったのか解らず、状況を確認しようと男が視線を転じた瞬間、男の視界に首の無い人の体が、その場で立ちすくんでいるのを発見した。


「・・・お、俺の体・・・」


そしてそれが、自分の体だという事に気が付いた瞬間、男は白目を剥いて絶命した。


それが・・・男の目撃した最期の光景だった。


草木も眠る丑三つ時・・・っと言うには少し早いが、俺と妙は御神楽家より南に位置する、森の中を延々と歩いていた。


夕食後の話し合いの結果、俺と妙は南の森の巡回に当たる事になった。


この森以外にも、村の警備に二人、御神楽家に二人、神木の周り三人、神木のある山を中心に、北側に二人、東側に一人と配置された。


そして聖と桜は御神楽家に、神木の警護には問題の三人が配置され、そのしわ寄せに天津が、一人で東側の森を巡回している。


もっとも、天津ならば一人でも何の問題もないだろう。


逆に問題なのは、神木に配置させた三人の方だ。


この島で最も護らねばならない場所は四カ所、村と御神楽家、それに神木と壁画がある北側の森だ。


その一角である神木に、あの威勢だけ良い三人組を配置させた事に、問題が在るのは火を見るに明らかだ。


だが、話し合いの席に、依頼主である御神楽春香も同席しており、人数が多い方が有利との意見と、天津の計らいから、あの三人は神木の護衛に当たる事になった。


まぁ、依頼主がそれで良いと言うので在れば、別に構わないだろう・・・


不意に、俺の歩く振動に併せて、手にした錫杖と共に、首に掛けている巨大な数珠が、雑音を発し静寂を壊した。


すぐさま空いている手で、その数珠を掴み雑音を殺す。


・・・だから持って来たくなかったんだがな・・・


この島を目指す旅に出る前、麗姫から託された残り全ての明王珠。


その全てを、この島に滞在中に使うとも思えないが、だからと言って部屋の中に置いておく訳にもいかない。


そこで桜の提案により、俺達三人で八つの明王球を、分散して持つ事になった。


その中で大威徳明王珠は、他の宝珠の中で一番巨大かつ重量がある。


その事から桜に、無理矢理押しつけられる形で、これを任されてしまった。


なので今俺の手元には、元々ある不動明王珠、金剛夜叉明王珠、そしてこの大威徳明王珠の三つある事になる。


そして聖にも、孔雀明王珠の他に、大元帥明王珠を・・・桜も軍荼利明王珠の他に、降三世明王珠と愛染明王珠の三つを所持している。


「ねぇあんた、さっきから一言も喋んないけど、何考えてるの?」


不意に横を歩いている妙が、俺に向かってそう聞いてくる。


「いちいち話すような事でも無いさ・・・」


横目で妙を一瞥し、俺はそう言って会話を終わらせようとする。


草木も眠るとはよく言ったもので、辺りは静寂そのものだ。


にも関わらず、不用意に会話をすれば、万が一の時、敵にこちらの位置が解ってしまう。


夜間戦闘に置いて、こんな事は初歩だ・・・忍である妙なら、そんな事は百も承知だろう。


「ちょっと~・・・こっちは暇でしょうがないんだから、なんか面白い話でもないの?」


にも関わらず、当の妙はすぐに会話を終わらせようとする俺に対し、非難の声を上げてくる。


「・・・無茶な注文をするな・・・何時我を忘れた妖怪に襲われるかもしれんというのに・・・」


「えー、だって・・・アタイ達が来てからというもの、妖怪なんて一回も現れないし・・・それに昨日まで一人で見回ってたのよ?もうアタイ暇で死にそうだったんだから・・・」


俺の言葉に対し、妙はふて腐れたような表情で、拗ねたようにそう言ってくる。


まぁ確かに、見回りを初めてから今まで、妖怪どころか動物の気配すら感じないこの状況で、最大の敵は暇だろう・・・


長時間黙々と、神経を尖らせて見回りをしても、これでは磨り減る一方だ。


妙の言いたい事も解る・・・だが・・・


「それで油断して、こちらが足下を掬われたら、意味が無いだろう・・・」


「・・・解ってるけどさぁ・・・でも暇じゃん?」


「・・・身も蓋も無い言い方をするな・・・」


妙の一言に、呆れながらため息を吐いて、そう呟いた。


この女と居ると、どうも調子が狂うな・・・


「それよりさ、一つ聞きたいんだけど・・・」


「・・・なんだ?」


「あんた、一騎当千の零って・・・知ってる?」


「・・・名前ぐらいはな。」


不意を付いた妙の一言に、さして動揺するでもなく、ため息混じりにそう答える。


「最強とまで言われたにも関わらず、ある日その姿を消した・・・その零が、僧になって旅をしてるって、風の噂で聞いたんだけど・・・」


「噂・・・だろ?まさか俺が、その零だとでも言いたいのか?」


思わせぶりな妙の口調だが、俺はそれを肯定するつもりもなく、そう言って誤魔化した。


誤魔化しきれたとは思っていないが、それでも肯定するよりかはマシだろう。


一騎当千の零といえば、昔俺が居た藩では、恐らく今でも知らぬ者は居ないだろう。


そして困った事に、昔は一騎当千という称号の所為で、命を狙われた事だって在る。


名が売れればそれだけ、自らの名を売ろうと挑んでくる者が、出てくるのは仕方のない事かも知れない。


が、いちいちそんな奴等を相手にしていられる程、俺も暇ではない。


なので、俺がその零だと、悟られないに超した事はない。


「・・・アタイ、少し不思議に思うんだけどさ・・・その噂が本当だとして、どうして零は御防様なんかになって、旅なんてしてるのかねぇ?・・・まさか、それまで自分が殺してきた者達への償い・・・って訳でもないだろうし・・・同じ御防様として、あんたならどう思う?」


相変わらず真剣な表情で、妙が俺にそう聞いてくる。


やはり俺が零だと、どこかで確信しているのだろう・・・


「・・・さぁな。本人に聞いてくれ・・・」


「チェッ・・・教えてくれても良いじゃない。別にアタイ、零と出会えたからって、勝負を挑む気も、言いふらす気も無いし・・・」


俺の一言に妙は、それまで浮かべていた真剣な表情から一転、拗ねたようにそう言って、頭の後ろで両手を組んだ。


「・・・ねぇ。」


「・・・今度は何だ?」


しつこく話しかけてくる妙に、少なからず憤りを感じながら、深いため息を一つ吐いてからそう聞き返す。


「あんたがここに居るのは・・・単なる偶然?それとも必然なの?」


「・・・それが今、何の関係がある・・・」


「ん~・・・特に関係はないけどさ。けど、気になるじゃない?それに暇だし・・・」


事も無げにそう言われ、俺はまた深いため息を吐いた。


その時、不意に生暖かい風と、不気味な悪寒が背筋を走り、俺はその場で立ち止まった。


「・・・ねぇ。」


妙も何かを感じ取ったのか、俺とほぼ同時に立ち止まり、辺りを警戒しながら呼びかけてくる。


「・・・良かったな、暇つぶしの相手が来たようだぜ・・・」


そんな妙に向かって、皮肉を込めた呟きを漏らしながら、重心を下に移して錫杖を構えた。


「・・・おぉ・・・ぉうぁあぁぁぁ・・・」


「・・・何?このうめき声・・・」


不意に聞こえてきた、不気味なうめき声に対して、妙が声を潜ませながらそう聞いてくる。


「・・・それに、何の気配も感じないわよ・・・」


「あぁ・・・解ってる。」


妙の呟きにそう答え、一旦構えを解いた俺は、声が聞こえてきた方へと、気配を殺しながら近づいていく。


妙の言う通り、声はすれども、不思議な事に気配は全く感じない・・・


だが、何かが居る・・それだけは確かに感じていた。


ゆっくりと木の陰に隠れながら、声のしてきた方へと近づき、その場から声の正体を探る。


「あ・・・あぁ・・・うぉぅあぁ・・・」


意外な事に、声の正体はすぐに発見出来た。


「ッ!何あれ・・・」


「おおおおぉぉぉ・・・あぅあぁぁぁ・・・」


俺と同じように、気配を殺しながらやって来た妙も、声の主を見つけて絶句した。


それは実に奇妙な生物だった。


例えるならそれは、まるで骨と皮で出来た、出来損ないの赤ん坊のような、姿形をしている生物だった。


頭髪の全くない頭は異様に大きく、大きく飛び出したかのような丸い瞳は、半分以上瞼で閉じられ、薄く開かれている。


抉れたかのような痩せこけた頬に、唇のない口元、鼻と耳も確認出来ず、変わりにそれらの部分には、変わりを成す穴が在るのみ。


一見して首もなく、胴と頭が直接繋がっている様だった。


肋骨が浮き出た胸元にも関わらず、腹だけは異様に膨れており、尻の部分から長い尻尾のような物が生えている。


腕も足も異様に短く、その代わりに指は異様に長いが、三本しか生えていない。


そしてその手には、その生き物の体よりも遥かに大きい、鋭利な鎌が握られている。


何ともちぐはぐな姿をした生物・・・それも二匹が、宙に浮かんで何かを探すように漂っていた。


「・・・何なのよアレ・・・あれも妖怪なの?」


「俺が知るか・・・とりあえず、ああいうのと友人にはなりたくは無いな・・・」


息を潜めながら、小声で聞いてくる妙に、俺は軽口を一つ叩いて返した。


「・・・あんなの目の前にして、良くそんだけ言えるわね・・・良い神経してるわよ。」


「うぅぅぅぅうぉうぁ・・・・」


それに対し妙は、半眼で俺を見やりながら、呆れた風にそう呟いてくる。


だがすぐに真剣な表情に戻り、視線を不気味な生物へと戻した。


「・・・で、何かを探してる・・・風にアタイには見えるんだけど、あんたはどう思う?」


「奇遇だな・・・俺にもそう見えるぜ。」


「・・・じゃぁ、何を探してると思う?」


「・・・俺達。」


「・・・やっぱり、そう思う?」


「あ、ぁぁぁ・・・ぅぅぅぅぅ・・・・」


妙の質問に俺がそう答えると、苦虫でも噛み潰したかのような表情で、頭を抱える仕草を見せ、妙はそう呟いた。


一概にそう決めつけるには、まだ早いが、直感で俺はそう思っていた。


気配もなく現れ、今も気配すら感じない・・・だがアレが手にしている鎌は禍々しく、憎悪すら感じる。


気配を放たない本体の変わりに、まるでその鎌が直接、殺気が放たれているかのような錯覚を覚える。


「・・・これからどうする?」


「どうするかと聞かれてもな・・・得体の知れない相手だ。もう少し様子を見るべき・・・と思うが。」


一応雇われている身として、アレが本当に敵であるのなら、俺達に逃亡の選択肢は無い。


「そんな悠長な事言ってられる?向こうはまだ、アタイ達の事気が付いてないようだし・・・ここは先手必勝で、一気にカタを付けるべき・・・でしょ?」


そう言って妙は、どこからか苦無を取り出し構えた。


「早まるな・・・あぁいうのは、俺の方が専門だ・・・」


「・・・確かにそうかも知れないけど、だからってこのまま・・・ッ?!」


そう言いかけて、妙の表情が一瞬強張る。


「・・・見つかったか。」


自分で確かめるようにそう呟くと、手にした錫杖を握る手に、自然と力がこもる。


それまで、うめき声を上げ、辺りを見回しながら彷徨っていた生物が、不意に俺達の居る一角を凝視して、その動きを止めていた。


そして、それまで閉じられていた大きな瞳が、ゆっくりと見開かれていく。


手にした鎌も、振りかぶるかのように構えられ、その姿はさながら死神を思わせる。


「・・・悠長に話なんかしてられる状態でもないわね・・・往くわよ。」


「チッ・・・仕方ねぇか。」


俺達がそう言うや、二匹の不気味な生物が、俺達に向かって突進してくる。


それを後ろに大きく跳躍して避け、戦いやすい場所へと移動する。


「お、おぉお・・・」


「ぅぅぅぅぅぅ・・・」


俺達の後を追って、またうめき声を上げながら、ゆっくりと姿を見せる不気味な生物達。


生物が姿を現した瞬間、間髪入れず先に仕掛けたのは、他ならぬ妙だった。


地を這うように身を低くして走りだすと、一直線にその生物を目指す。


俺は懐から鈷杵を取り出し、妙を援護するべくその生物達目掛けて投げつける。


「ヴァジュラヤクシャ!」


投げると同時、錫杖を持った手の指で、金剛夜叉明王の梵字を描き、梵名に込められた言霊の力を解放する。


すると、投げた鈷杵が淡い光を放ち、現れた不気味な生物に向かっていく。


その直後、俺自身も大地を蹴って、妙の後に続いた。


「ハッ!!」


地を這うように走っていた妙が、不意に急停止したかと思うと、手にした苦無を片方に投げつける。


それを確認した俺は、投げた鈷杵の軌道を、もう片方へと補正した。


「ッ?!」


その瞬間、俺は異変に気が付いた。


カッカッカッ!!


妙の投げた苦無が、完全に相手を捕らえ、直撃すると思われた瞬間、その生物の体をすり抜け、後ろ木に突き刺さった。


「ッ?!そんな・・・」


実体が無いだと?!


嫌な予感を覚えながらも、俺は自分が投げた鈷杵を操作して、標的は変えずそのまま向かわせる。


だが結果は妙の投げた苦無と同じく、当たると思われた瞬間、その生物の体をすり抜けてしまった。


間違いなく実体が無い・・・気配を感じないと思った理由はこれか。


それを確認し、直接攻撃は無駄と判断し、一旦その場で立ち止った。


「ッ?!妙!一旦退け!!」


ちょうどその時、妙がその生物と向かい合う形で、ゆっくりと立ち上がるのを見て、俺はすぐさま警告を発した。


「・・・実体は無いんでしょ?なら、別に無害じゃない・・・」


相手が実体を持たぬと知って、完全に油断しているのか、妙はその場で俺を振り返った。


ちょうどその時、不気味な生物が手にした鎌を、大きく振りかぶるのが見えた。


チィッ!馬鹿が!!実体が無いのに、俺達に挑んでくる必要が何処にある!


もしアレが、刹那の手による物なのだとすれば、恐らく呪いか何かの類だろう。


だとすれば、アレが手にしている鎌に、もし斬られればどうなるか・・・最悪の結末が待っている事は間違いない。


「そいつの狙いは俺達だ!避けろ!!」


俺がそう叫ぶと同時、その生物が振りかぶった大鎌を、妙目指して振り下ろした。


「チィッ!」


苦々しく舌打ちし、俺は錫杖を放り投げた。


森の中から姿を現した、不思議な生き物二匹と、私たちは正面から対峙していた。


現れた生き物は、大きな蜥蜴の様な姿に、その体よりも大きい鎌を手に持って、宙を漂うように浮いていた。


「・・・気を付けて。私には何も感じない・・・実体が無いわ。」


「え?」


不意に、横に居る桜さんが、小声でそう言いながら、懐から呪符の束を取り出した。


「しかし、あの鎌は本物だ・・・いや、鎌の先端だけと言った方が良いだろう。」


「えぇ・・・それは私にも解ったわ。」


桜さんの言葉を引き継いで、クロがそう言うと、桜さんは同意の言葉を口にする。


「・・・それじゃ、あの鎌に斬られれば・・・」


「怪我だけじゃ済まないわね・・・」


油断無く、現れた生き物に注意を払いながら、小声で会話をしていく。


突然現れて、その上実体が無いなんて言われて、私の頭は混乱寸前だった。


「・・・言葉が通じるかわかんないけど・・・」


そう呟いて私は、深呼吸を一つ吐いた。


「あなたたち何者ですか?私たちは、無駄な争いをしたくありません!」


言葉が通じるかも解らない相手だけど、意を決して私は、謎の生き物たちに向かって、そう聞いてみた。


けど、当の彼等は、私の呼びかけにもまったく無反応だった。


「主、無駄だ・・・奴等はこの世の生物では無い・・・」


「ッ?!それってまさか・・・禁呪?」


不意のクロの言葉に、桜さんは驚きながら聞き返した。


「断定は出来ぬが・・・恐らく・・・」


そう呟いてクロは、顔を振って現れた生き物を指し示す。


「あの鎌から、この世の物とは思えぬ、不気味な臭いが漂ってくる・・・黄泉か、もしくは噂に聞く、亜空間の住人・・・」


「亜空間の住人・・・」


クロの呟きに、桜さんが確認するように呟きを漏らした。


私には全然解らないけど、桜さんには思い当たるのが在るみたいだった。


「・・・来るぞ!」


不意のクロの呟きに視線を戻すと、現れた生き物の閉じられた瞳が、ゆっくりと開かれていく所だった。


「こっちの攻撃はすり抜けていくでしょうけど・・・あの鎌にさえ気を付けていれば、負ける事も無いわ。とにかく今は、倒せないにしても、ここを護るのが私達の仕事よ・・・」


桜さんの言葉に、私は無言で頷きながら、手にした錫杖を握りしめた。


それと同時に、生き物の目が完全に開かれると、鎌を振りかぶって私たちに襲いかかってくる。


「往くわよ!」


「はい!」


そう言って私たちは、三方向に跳んで、生き物との間合いを広げた。


「ッ!」


そして生き物は、私たちが散り散りになった途端、私と桜さんを目指して進路を変えた。


でもその生き物の早さは、それほど早くはなく、十分に対応出来る。


けど、私の持っている錫杖じゃ、あの生き物の鎌の攻撃を、受け止める事は出来ない。


・・・なら!


「舞い降りよ!金色なりし煌めく龍!!」


ここで金華龍を呼んでも、攻撃が当たらないんだったら、意味が無いかもしれない・・・


けど、師匠に教えて貰った、鬼神の別の使役方法を使えば、あの鎌の攻撃を防ぐ事は出来る。


「金剛鬼神!金華龍!!」


私の叫びに応えて、私の胸の辺りから、真っ赤な光を放つ小さな玉が現れる。


金華龍の魂とも言えるそれを、私は右腕で掴んだ。


「鬼神よ!我が腕と化せ!!」


カッ!!


「おぉうぁぅ?!」


私の叫びと同時に、右腕が金色に光り輝き、その眩しさからか、私に襲いかかろうとしていた生き物の動きが一瞬止まった。


そしてその光が収まると、私の右腕は異様な姿に変化していた。


私の身長と同じくらいの長さに変わり、岩のようにゴツゴツとした肌に、肘の辺りに鋭い角のような黒い突起物。


手のひらも、元々の倍以上に大きくなって、指にはそれぞれ鋭い爪が生えている。


『鬼の腕』・・・師匠が編み出した、金華龍の使役方法の一つだった。


ここに来る前も、練習の為に何回も遣らされたけど・・・自分の腕じゃないようで、やっぱり変な感じ。


師匠が言うには、金華龍の力を腕に凝縮する事によって、その威力が何倍にもに上がるらしい。


それだけじゃなくって、召還して金華龍が戦うのと違って、全身変化に近い感覚で、自分の意志通り操る事が出来る。


けどその反面、肉体の融合は全身変化よりも強くなっていて、変化を解いた後に掛かる体の負担が大きくなってしまう。


私だと、この状態から元に戻ると、全身の力が抜けたようになって、暫く動けなくなっちゃうけど、こんな場所で明王化する訳にもいかない。


・・・いくよ、金華龍・・・


『・・・御意。』


頭の中で金華龍とお話ししてから、鎌を持った生き物に対して、ゆっくりと構えを取った。


変化した右腕を前にして半身になり、左手で錫杖を持つ。


「ぉぉ、おあ・・・あぅあ・・・」


見るとその生き物は、最初に聞こえてきた、不気味な呻き声を上げながら、もう一度鎌を振り上げて、また私に向かって襲いかかってくる所だった。


「ハアアアァァァーッ!!」


私も叫び声を上げながら、ソレに向かって地面を蹴った。


ヒュンッ!ガシッ!!


「ツッ!」


迫る私に向かって、振り下ろされた鎌を、変化した右腕で掴むと、手のひらに鋭い痛みが走った。


鬼の皮膚を切り裂くなんて・・・ッ!!


背筋に冷たい物を感じながら、間髪入れずに掴んだ鎌を、生き物ごと一緒に力一杯投げ飛ばす。


すぐに手のひらを開いて見てみると、一筋の傷から血が流れていた。


けど、それほど深い訳でもないようで、傷はすぐに塞がって、もう痛みも感じない。


鬼の超回復能力だから、この程度で済んだんだ・・・やっぱり、錫杖じゃ無理みたい・・・


そんな事を考えながら、手のひらに向けていた視線を、投げ飛ばした生き物へと向けた。


「ぉおおおぉおおあぅ・・・」


見ると生き物は、迷うことなく私目指して、また鎌を振り上げ向かってきていた。


そのすぐ側まで近づいていた、クロになんて目もくれずに・・・


もしかしてアレって、私と桜さんだけを狙ってる?


「クロッ!私と桜さんだけが狙いみたい!だからクロは、私たちの援護に回って!!」


「御意。」


私の声に、クロが答えると、その姿を黒く燃えさかる炎へと変えた。


「・・・みたいね・・・クンダリー!!」


金華龍との精神融合のおかげで、敏感になっている私の五感が、少し離れた所に居る、桜さんの呟きを聞き取った。


それからどれくらいの時間が経っただろう・・・


御神楽家の庭先では、桜さんの式紙とクロの黒焔が飛び交い、その間を縫うように、私と二匹の不気味な生き物が、何度も交錯する。


相手に実体が無い以上、私たちにはアレを倒す事は出来ない・・・


何時終わるとも解らない戦いを、私たちは繰り広げていた。


けど異変は、突然訪れた・・・


ドクン・・・


「ッ?!」


不意に、私の心臓の鼓動が、一瞬不気味に高鳴った。


何・・・今の・・・


『汝・・・我との融合を、すぐに解かれよ・・・』


そしてその鼓動の直後に、頭の中に直接聞こえてくる金華龍の声。


金華龍?どうしたの急に・・・


思いもよらなかった金華龍の一言に、不思議に思いながら聞き返す。


けど、それから金華龍の声が聞こえてくる事はなかった。


不審に思いながらも、私は戦いの手を止めなかった。


「ハアアアァァァーッ!!」


二匹の生き物の持つ鎌に、私は迷うことなく右腕を振るおうとする。


その時・・・


『コロセ・・・』


ッ?!


いきなり頭の中に響いた金華龍の声に、私は地面を擦りながら立ち止まった。


「聖さん?!」


「主!!」


突然の私の行動に、桜さんとクロの呼びかけが聞こえてくる。


けど私は、それに答える事が出来なかった・・・


「あ・・・あぁ・・・いや・・・」


私の頭の中に、殺意や憤怒と言った負の感情が、止めどなく流れ込んでくる・・・


『コロセ・・・コロセ・・・ニンゲンヲ・・・コロセ・・・ヒトノ・・・ニクヲ・・・クラエ・・・』


「いや・・・いや・・・」


際限なく膨れあがる負の感情に、私は両手で頭を抱え込むと、その場で膝を付いてしまった・・・


何・・・これ・・・金華龍の心・・・なの・・・?


『汝・・・早く・・・我との・・・融合を・・・解かれよ・・・これ以上は・・・保たぬ!』


その時聞こえてきた、金華龍の理性の声・・・


『コロセ・・・コロセ・・・ヒトハワレラノカテダ・・・』


「・・・嫌・・・いやぁ~・・・」


それでも止まる事のない鬼の本能の声に、私は涙声になりながら、必死に抵抗する。


けど私の抵抗虚しく、次第に私の意識は朦朧としてくる・・・


「聖さん!!ッ?!クンダリーッ!!」


「聖!!」


ガキンッ!


不意に、私のすぐ側から聞こえてきた金属音に、ゆっくり顔を上げると、いつの間にか人の姿になったクロが、私に向けて振り下ろされた鎌を、手にした槍で受け止めていた。


「どうしたんだ聖?!」


「クロ・・・ッ!!」


横目で私を見ながら、声を荒らげて聞いてくるクロに、涙声でクロの名前を呼んだ。


その時、私の右腕の感覚が消えて、私の意志に反して勝手に動き始める鬼の腕。


そしてゆっくりとした動作で、鬼の腕が手を向けた先に居るのは・・・桜さんだった。


「嫌ッ!駄目ッ!!やめて・・・」


右腕を左手で抱え込みながら、必死にその向きを変えようとしても、私の左手と鬼の右手では、どっちの力が強いか明白だった。


『コロセ・・・コロスノダ・・・ナニヲマヨウコトガアルカ・・・ヤドヌシヨ・・・』


嫌ッ!!駄目ッ!!そんな事出来ないッ!!


『早く・・・我との融合を・・・早く!』


頭の中で、鬼の本能と私の抵抗、そして金華龍の理性が交錯する。


必死に抵抗する間も、私の意識はどんどん朦朧としていく。


融合を解こうとしても、もう私の意志では解く事が出来なくなっていた・・・


それどころか、鬼の腕から浸食するように、全身の感覚がどんどん無くなっていく・・・


このままじゃ私・・・私!


「イヤアアアァァァーーーッ!!」


真夜中にも関わらず、周りの事も気にせずに私は、月夜に向かって絶叫した。


そこで力つきて、私はゆっくりと前のめりに倒れ始めた。


「聖イイイィィィーッ!!」


「聖さーんっ!!」


薄れゆく意識の中で、クロと桜さんの声が聞こえたような気がした・・・


ズドンッ!!


錫杖を放り投げ、両手を前に突き出した俺は、妙を標的に一瞬だけ天の気の力を解放させる。


すると辺りに轟音が響き渡り、妙の体が地面に叩き付けられた。


悪く思うな・・・死ぬよりマシだろ。


心の中で妙に詫びながら、休む暇なく大地を蹴る。


一瞬にして霊鎧を纏い、一気に不気味な生物と妙の間に割り込む。


「おぉおぉぉぉ・・・」


「・・・黙れ。」


うめき声を上げる生物に向かってそう呟き、ソレが手に持つ鎌に左手をかざす。


同時に掌に重力の固まりを生成し、鎌の刃に狙いを定めて放つ。


ドヒュンッ!


その直後、手にした鎌と一緒に、不気味な生物は後ろに吹き飛んでいった。


妙に向けて、天の気を一瞬解放させた時、俺は確かにその目で確認した。


重力に圧されて、妙の体が地面に叩き付けられるのと一緒に、不気味な生物が手にした鎌も、確かに重力に圧されていた。


その事から、奴等は確かに実体が無いが、それは体の部分のみ・・・奴等が手にしている鎌、恐らく刃の部分だけは、実体がある・・・


それだけ解れば、戦いようもある・・・少なくとも、負ける事は無い。


不意に左半身の皮膚が、総毛立つような感覚を覚え、そちらを一瞥すると、もう一匹の生物が俺目掛けて、鎌を振り上げているところだった。


それを確認した瞬間、俺は右手で大威徳明王の梵字を描いた。


「・・・ヤマーンタカ。」


梵名を呟いた瞬間、月に照らされて出来た、周りに存在する全ての影が泡だったかと思うと、津波のように生物へと押し寄せた。


こんなに早く使うとは思わなかったな・・・


津波となって生物へと押し掛ける影は、その手にした鎌に絡まり、視界を覆うように、生物の全身に絡まっていく。


「・・・ぉぁうぉおおぉ?」


「・・・暫くそうしてろ。」


俺に襲いかかろうとした生物が、完全に黒い影に飲み込まれたのを確認し、そう呟いてから妙に顔を向けた。


「イ・・・イタタタタ・・・何なのよ一体・・・」


見れば妙は、四つんばいになりながら、頭を振って立ち上がろうとしている所だった。


「大丈夫か?」


「大丈夫じゃないわよ!まったく!!いきなり体が重くなったと思ったら、気が付いたら地面に叩き付けられてたのよ?!」


「・・・災難だったな。」


俺に向かって噛みつかんばかりの勢いで吠えてくる妙に、素知らぬ顔でそう呟いた。


「・・・あんた何かした?!」


俺の素振りを見てか、妙が俺を睨みつけると、凄みを効かせてそう聞いてくる。


「・・・何の事だ?おまえが勝手に倒れたんだろうが・・・」


説明するのも面倒なので、とりあえず惚けながらそう呟いた。


「・・・って、それは何?」


不意に、俺の背後にある黒い固まりを見てか、四つんばいのまま指差して聞いてくる妙。


「あぁ・・・俺達を襲ってきた奴の一匹だ。」


「え・・・?じゃぁもう一匹は?!」


「どっかに吹っ飛んでったよ。」


事も無げにそう言うと、未だに信じられないのか、妙は惚けたような表情で俺を見上げている。


「攻撃出来ない相手に・・・あんた何したの?」


「種も仕掛けもある、奇跡ってヤツをな・・・」


そんな事を聞いてくる妙に向かって、苦笑を浮かべながらそう答えると、俺は錫杖を拾いに歩き出した。


「・・・俺は村に向かう。気になる事があるんでな・・・」


錫杖を拾い上げ、肩越しに振り返りながら、妙にそれだけ告げる。


「え?!ちょっと!何勝手な事・・・」


「俺が居なくなって暫くしたら、そいつはまた動き出すだろう・・・そいつの持つ鎌に気を付けろ、そこだけは実体だ。」


口早にそう言って、俺は大地を蹴って走り始めた。


「ちょっとあんた!待ちなさいよ!!」


後方から妙が叫んでくるが、いちいち説明していられる時間も無ければ、取り合う暇も無い。


こうも早く、刹那が行動を起こすとはな・・・


正直、玉螺の言葉を聞いて、俺自身油断していた。


玉螺の言葉・・・四日後と言う言葉に、気を取られすぎていた。


術を使用する時、何かしらの代償を払わなければならない。


例えるならば、妖怪がその能力を使う為に、妖気を消耗するように・・・人が術を使う為に、霊気を消耗するように・・・


それは儀式にでも当てはめられ、何を消耗するのかで異なるが・・・大抵人柱を立てる場合が多い。


この島に何かが封印されているとして、それを解く為にも、儀式が必要になってくるとは思っていた。


その為に必要な贄は何処から・・・考えなくとも解る・・・村の住人がその犠牲と成る可能性が高い。


そして、あの突然現れた不気味な生物。


あの生物は、実体が無いだけで、鎌は間違いなく実体があった。


となればアレは、呪いの類ではなく、何者かによって呼び出された、この世界以外の住人。


攻撃が通じないと言う時点で、気が付くべきだった・・・アレは俺を・・・と言うよりかは、御神楽家に雇われた俺達を、足止めさせる為に、呼び出されたと考えるのが妥当だ。


その目的は簡単・・・生け贄の選別を終えるまでの、時間稼ぎ・・・


四日後・・・その日の前後に儀式が行われると思っていたが・・・完全に裏目に出たな、クソッ!


心の中で舌打ちして、村を目指して一直線に森の中を走っていく。


「ッ!!」


その時、森の闇の中に蠢く気配を感じて、俺は立ち止まった。


『・・・やっぱり、御主人様の言う通りだったわね。』


そして聞こえてくる、どこか陽気な声が、辺りに木霊となって響き渡る。


・・・この声・・・玉螺か!クソッ・・・完全に俺の行動が読まれてやがる・・・


心の中で苦々しく舌打ちし、手にした錫杖を構え直す。


聞こえてきた玉螺の声から察するに、こうなる事を刹那は読んでいたようだ。


『あんたには悪いけど・・・あんたを村に近づけさせる訳にはいかないの。ごめんね・・・』


「ハンッ!それで俺の裏をかいたつもりか・・・死にたい奴から来い。片っ端から潰してやる・・・」


『フフッ・・・強がりね・・・その言葉、そっくりそのまま返してあげるわよ。』


玉螺の言葉と同時に、辺りに感じる気配が、津波のように俺を目指して押し寄せてくる。


どうする・・・使うか・・・アレを・・・


現時点で、この状況を瞬時に突破出来る手段は一つ・・・羅刹との修行中に手に入れた、天の気とは別のもう一つの力・・・


ソレを使えば、この状況を瞬時に脱し、村へと急ぐ事が出来る。


村には確かに、他の用心棒が居るが、あの不気味な生物相手に、刹那達の手から村人を護るのは、困難と言っていいだろう。


奴等はそれほど甘くは無いが・・・ここでもし、奴等に生け贄を渡さずに済めば、こちらが奴等よりも優位に立つ事が出来る。


だが・・・あの力を使うと、暫く使えなくなってしまうという欠点がある・・・


刹那との戦いを想定すると、ここで浪費する訳にもいかない・・・どうする・・・


心の中で自問自答している間にも、押し寄せてくる妖怪達が、立ち止まってくれる事はない。


『ケエエエェェェーーーッ!!』


もうすでに、最前線の妖怪達は、深い森の闇から、異形の姿を現していた。


「チィッ・・・」


軽く舌打ちしながら俺は、構えた錫杖を握りしめる。


ギリギリだが、こんな所で手間を取られる訳にもいかんな・・・使うか!


覚悟を決めて、刹那との戦いの時の切り札を、使おうと決めたその時・・・


「避けなっ!!」


「ッ?!」


不意に聞こえてきた声に、俺は身を翻して、後方に大きく跳んだ。


その時視界の隅に、手鞠よりも一回りほど大きい球体を捕らえた。


その丸い球体には、紐状の物が生えており、その部分から火花が出ていた。


・・・おい・・・あれはまさか・・・


嫌な予感を感じながら、俺は着地すると同時に、衝撃に備える。


それとほぼ同時に、押し寄せる妖怪達の間に、その物体が投げ込まれた。


カッ!!ドゴオオォォォーーーンッ!!


その直後、眩いほどの閃光が迸り、大地を揺るがす程の爆音と爆風が、辺りに轟いた。


『グギャアアアァァァーーーッ!!』


その大爆発に飲み込まれ、妖怪達の断末魔の悲鳴が、夜の森の中に響き渡った。


爆風が収まり、その場所を見てみると、その威力で大地は抉れ、生き残った妖怪達も、その凄まじい威力に我を忘れていた。


「・・・ちょっと火薬の量間違えたかも・・・」


「・・・なんて代物持ってんだテメェは・・・」


不意に聞こえてきた呟きに、俺は肩越しで振り返り、声の主に向かって、呆れながらに呟き返した。


そこには、腰に片手を当てて、もう片方の手で鼻頭を掻きながら、自分の放った爆弾の威力に驚いている妙の姿があった。


「何よぉ~・・・折角助けてやったってのに、その言い草・・・」


俺の呟きがよほど不満だったのか、ふて腐れたかの様に、そう言ってくる妙。


「・・・一歩遅れてたら、あの中に俺も居たって事を忘れるな・・・ったく。」


そんな妙に言い返しながら、俺は顔を元に戻した。


夕飯時に、妙の体から僅かに臭ってきた火薬の臭い・・・何となく予想はしていたが、まさかこれほどの危険物だったとはな・・・


爆弾の威力によって出来た、抉れた大地をもう一度確認し、その威力の凄まじさを改めて確認する。


一個人で持つには過ぎた力・・・しかも困った事に、本人ですら予想以上の威力だというのだから、尚更質が悪い。


「・・・なんか、面白そうな事に巻き込まれてるみたいね。アタイが手を貸してやろうか?」


そう言って妙は、俺の隣まで歩み寄ってくると、懐から先程よりも幾分小さい爆弾を取り出した。


「フッ・・・後で体を請求されても困るぞ。」


そんな妙の言葉に、俺は苦笑を浮かべながら、軽口を叩いて答えると、懐から不動明王球を取り出す。


「別に・・・それは気が向いたらで良いわよ。それよりも・・・急ぐんでしょ?」


「あぁ・・・助かる。」


そう言う妙に俺は、素直に感謝を告げると、不動明王の梵字を描いた。


無駄に力を使う訳にもいかない俺にとっては、今の妙の力は、この上なく頼りに思えてしまう。


「・・・あんた達・・・そこを退かないと、アタイの爆尺玉の威力・・・文字通り骨の髄まで、味わう事になるよ?」


「無駄な時間は費やしたくないんでね・・・死にたくない奴は、どこを退け。」


俺と妙、共に対峙した妖怪達に向かって、殺気を放ち威嚇する。


だが奴等とて、このまま引き下がるとも思えない・・・


戦いは避けられない・・・なら、押し通るだけだ。


この島に来た時点で、俺と刹那の戦いの火蓋は、すでに切って落とされている・・・


言うなればこれは、奴との決着を着ける戦いの前哨戦・・・


今その戦い幕が、静かに開かれた。


『ケエエエェェェーーーッ!!』


草木も眠る丑三つ時を、半ばまで過ぎた頃・・・


深い夜の森の中に、妖怪達の雄叫びが響き渡った・・・

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