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宝仙伝  作者: 神無月拓楼(旧HN現武壱)
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飛翔孔雀之章-後編

「・・・クロ・・・行こう!師匠の元へ・・・」


クロにそう言って、立ち上がった私は、今まで私たちが歩いてきた方向を見つめる。


私たちが行ったからって、勝てるって訳じゃない・・・


逆に足手まといになっちゃうかもしれない・・・


でも・・・


「・・・私は・・・行かなきゃいけない・・・そんな気がする。」


刹那さんに言われたからじゃなくて、私の中で何かが訴えてる気がする・・・


師匠たちと別れてからずっと感じていた不安・・・


師匠から離れちゃいけない・・・一緒に居ないといけない・・・そう感じていた・・・


でも・・・そう思っていても、師匠の邪魔はしたくないって思ったから・・・


だから私は・・・師匠の言葉を信じて、今ここに居る。


引き返せば、私の命の保証は出来ない事は解ってる。


それでも私は、師匠と一緒に居たいから・・・


覚悟を決めた私は、今来た道を引き返す為、一歩踏み出した。


「・・・主・・・我はその命に従えぬ・・・」


「・・・え?」


不意に返ってきた、クロの意外な返事に、私はその場で振り返って、クロに顔を向けた。


「・・・今主が向かっても、状況は全く変わらぬ・・・それどころか、宝仙の足枷になるは明白・・・なのに、何故行かれる?」


「そうかもしれない・・・でも私は・・・」


「それどころか、主の身も危険にさらされる・・・我等妖怪の間で、八岐大蛇を知らぬ者は居ない・・・我が神化したとて、勝てる見込みは少ない・・・」


「クロ・・・」


師匠と同じ事を言って、私を思い止まらせようとするクロ。


クロが私の事を、心配してくれるのは嬉しい・・・けど、私は・・・


「・・・それでも私は、行かなきゃいけないの・・・ごめんねクロ・・・」


そう言って私は、左耳に着けている孔雀明王珠を外すと、クロに差し出す。


「・・・クロ、今までありがとう・・・私の最後お願い・・・これを麗姫お婆ちゃんに届けて・・・もし私たちが負けて、明王珠が奪われても、一つでも渡さなければ、まだ勝機はあるって師匠が言ってたから・・・」


「主・・・そこまでの覚悟が有ると・・・そういう事か・・・」


「うん・・・ごめんね。」


クロはクロの道を・・・私は私の道を・・・


クロは野性に帰る事も出来たのに、それでも私と一緒に居てくれる事を選んでくれた・・・


「今まで、私の事を護ってくれてありがとう・・・私のわがままに付き合ってくれてありがとう・・・たとえここで別れても、クロは私の大事なお友達だよ・・・」


そう言って私は、クロに向かって笑顔を向ける。


泣きそうな気持ちを押し殺して・・・辛い気持ちを隠して・・・


「・・・主よ・・・我は主との約束を、一つ破る・・・」


「え?」


暫くの沈黙の後、不意にクロがそう呟いて、私は聞き返した。


「不肖、月狼族勾玉継承者、黒炎・・・我が命尽き果てるまで、その御身御守護を誓い候。」


「クロ・・・」


クロの本当の姿を知って、その姿を維持する為に、自分の命を削る事を知って、私はクロと一つの約束を交わしていた。


命を削ってまで、私を護る事はしないで・・・自分の身を、もっと大事にしてって・・・


今クロは、その約束を破るって言った・・・


でもそれを、私は止める事は出来ない・・・


私の覚悟・・・クロの覚悟・・・


「・・・ッ!!」


クロの言葉の意味を察した私は、きつくクロを抱きしめる。


ギュッと・・・強く・・・


「・・・行こう。」


「・・・御意。」


お互いの温もりを確かめ合いながら、静かにお互いの覚悟を確かめ合う。


絶対に生きて、また三人で旅を続ける為に、私たちは行くんだ・・・


『汝・・・我を忘れて貰っては困る・・・』


不意に頭に直接聞こえてきた声に、思わず苦笑してしまう。


・・・そうだよね・・・金華龍も、私の大事なお友達だよ・・・


私の大事な大事なお友達・・・大事な大事な仲間たち・・・


私は一人じゃない・・・だから、何にだって立ち向かえる・・・


新しい決意を胸に、孔雀明王珠を着け直し、私はクロの背中に飛び乗った。


「しっかり掴まっておられよ・・・」


「・・・うん。」


短い会話の後、クロは大地を蹴って走り出した。


景色はどんどん流れていく。


「場所は解る?!」


顔に当たる風に負けない様、大きな声を出してクロに聞いてみる。


「・・・おおよその見当は付く。恐らくは斐伊川の上流・・・八岐大蛇と須佐之男の決戦の地。」


「・・・みんなが心配・・・お願い、急いで!!」


「御意!」


私の言葉に応えて、クロは走る速度を更に上げる。


そして、私たちの向かう先に、強い妖気を感じ始める。


まだ大分距離はあるけど、確かに感じる強い妖気・・・


・・・ここからでも感じるなんて・・・金華龍!


『いつでも・・・』


「クロ、少しだけ速度を下げて。」


金華龍の返事を聞いて、クロにそう言うと、私は意識を集中して、両手で印を結ぶ。


「・・・舞い降りよ・・・金色なりし煌めく龍・・・」


そして目を瞑って、頭の中に浮かんでくる呪文を唱えると、胸の辺りが焼ける様に熱くなり始める。


「出でよ!金剛鬼神、金華龍!!」


そう叫んで目を開くと、熱くなった胸から、光輝く小さな玉が飛び出し、一際眩しい光を放つと、金色の髪をした巨大な鬼が、走るクロの隣に現れる。


やがて光が収まると、金色の鬼・金華龍は、大地を蹴って走り始めた。


「・・・みんな。私のわがままに付き合ってくれてありがとう・・・」


「我、主の為とあらば・・・」


「グルルル・・・・」


『我とてそれは同じ・・・』


クロの言葉と、頭に直接聞こえてくる金華龍の言葉・・・


涙が出るくらい嬉しくって・・・とっても嬉しくって・・・


「・・・主。」


「・・・うん。」


クロの呼びかけの意味を察した私は、力強く頷いて答えた。


「師匠ーっ!!」


そして、私たちが向かう先に居るはずの師匠に向かって叫んだ。


すると段々、師匠と師匠が対峙している人の姿が見えてくる。


「・・・往くよ・・・みんな。」


「・・・御意。」


「グアゥ・・・」


『仰せのままに・・・』


そう私がみんなに聞くと同時に、師匠が私たちに向かって走り出した。


「聖ッ!!逃げろオオオォォォーッ!!」


そして聞こえてくる、いつになく慌てた様な師匠の叫び・・・


「え?ッ!!」


ズブリ・・・


「ッ?!グオオオォォォーッ!!」


突然、金華龍の絶叫が辺りに木霊し、それと同時に、私の胸の辺りに鋭い痛みが走った。


何が起こったのか解らず、混乱する頭で金華龍を見てみると、何も無い空間から腕が生えて、その腕が金華龍の胸に突き刺さっていた。


そして、視線を降ろして、痛む胸を恐る恐る見てみると、ちょうど金華龍と同じ左胸から、血が吹き出ていた。


「・・・グポッ!」


胃から逆流した血を吐き出すと同時に、体から力が抜けていくのが解る。


そしてそのまま、クロの背中から、ずれ落ちる様に倒れ始める私の体・・・


「主!!」


「聖イイイィィィーーーッ!!」


クロと師匠の声が、とても遠くから聞こえてくる様な気がした。


し・・・ししょう・・・


ガチャン!


「キャッ?!」


乾いた音が辺りに響き、次いで小さな悲鳴が聞こえてくる。


「あぁ~・・・やっちゃったわ・・・」


ばつの悪そうな表情を浮かべながら、割れた湯飲みに向かってため息を吐く一人の女。


「・・・どうした鈴音?」


不思議そうな表情を浮かべながら、一人の男が居間から顔を覗かせる。


「兄さん・・・聖ちゃんの湯飲み・・・割っちゃった・・・」


顔を覗かせた男、兼道に向かって、鈴音は落胆の表情でそう呟いた。


「・・・おまえが粗相とは、珍しいな。」


「どうしよう・・・聖ちゃん、これとっても気に入ってたのに・・・」


そう言って鈴音は、割れてしまった花柄の湯飲みを、残念そうに見つめる。


「・・・兄さん直せる?」


暫くの沈黙の後、考え込んでいた鈴音は、期待に満ちた瞳で、自分の兄に顔を向けた。


そんな鈴音に兼道は、呆れた表情を浮かべながら、ため息を一つ吐いた。


「馬鹿言え・・・俺は鍛冶屋だぞ?陶芸家じゃねぇんだ・・・」


「う~ん・・・そうよねぇ~・・・兄さんだもんねぇ~・・・」


意味深な表情を浮かべながら、そう呟く鈴音に、兼道は頭を抱えながら、またため息を吐く。


「・・・おまえは・・・自分の兄に何を求めてるんだ・・・」


「フゥ・・・しょうがないわね。今度聖ちゃんが来た時に、新しい湯飲みを買いに行かなくっちゃ・・・」


「あぁ、そうしろよ。」


「兄さんのお小遣いで・・・」


「おい!」


聞こえるか聞こえないか位の鈴音の呟きに、兼道は素早く反応する。


「冗談よ冗談。」


軽く笑いながら鈴音は、睨む兼道にそう答える。


「・・・おまえの事だから、冗談に聞こえねぇんだよ・・・」


「何よもぅ~・・・減るもんじゃないんだし、良いじゃない。」


「いや減るだろう・・・」


『御免ください。』


ちょうどその時、母屋の玄関の方から、来客を告げる声が聞こえてくる。


「・・・兄さん。私ここ片付けるから、かわりに行ってきてください。」


「・・・解ったよ。」


来客とあって、それまでの会話を早々に切り上げる鈴音。


まだ何処か納得のいっていない兼道だったが、渋々鈴音の言葉に従う事にした。


「・・・誰だ?」


居間を出て、玄関に向かった兼道は、不機嫌そうに来客に向かってそう告げる。


「・・・おまえは確か・・・」


そして、その来客は、兼道にとっては、見覚えのある意外な人物だった。


「・・・確か、真夜だったか・・・宝仙が一度だけ連れてきた・・・」


「はい・・・お久しぶりです・・・兼道さん。」


そう言って真夜は、兼道に向かって頭を下げる。


そして、顔を上げて兼道に向ける真剣な表情から、ただならぬ気配を兼道は感じ取っていた。


「・・・何かあったのか?」


「・・・出雲の地にて、封印された八岐大蛇の首の一つが復活しました・・・そして今、宝仙さんと桜さんが、大蛇の首と戦っています・・・」


真剣な表情のまま、そう語る真夜の言葉に、兼道は腕組みしながら瞳を閉じた。


「・・・それで、何故俺の元に?」


「はい・・・兼道さん、いえ・・・六代目、和泉守藤原兼定殿・・・不躾なお願いと承知でお願いします・・・私に、魔を祓うと言われている、九字兼定をお貸しください・・・」


「兄さん、お客様は・・・あら?」


ちょうどその時、居間から姿を現した鈴音が、真夜の姿を見て、驚きの表情を浮かべて近づいていく。


「真夜ちゃんじゃない!どうしたの急に・・・桜さんも一緒なの?」


しかしすぐに笑顔を浮かべると、真夜に向かって嬉しそうに語りかけ始める。


だが真夜は、相変わらず真剣な表情で、兼道に顔を向けていた。


不審に思った鈴音は、兼道に顔を向ける。


だが兼道は、相変わらず腕組みをしたまま、難しい表情で瞳を閉じていた。


鈴音には、他人と目を合わせる事で、その者が何を感じているのかを、感じ取る能力がある。


しかし、目の見えない真夜では、その能力は発揮出来ず、兼道の様に、目を閉じている者の感情までを、感じ取る事は出来なかった。


「・・・宝仙と桜が、出雲で大妖怪と戦ってるんだそうだ。」


そんな鈴音に気を遣ってか、兼道が要点だけを掻い摘んで、鈴音にそう教えた。


「・・・お願いします・・・いくら宝仙さんでも、八岐大蛇に勝てる見込みなんて無い!私はすぐにでも・・・出雲に向かって、お二人の手助けがしたいんです・・・」


次いで、真夜の真剣な言葉に、兼道はゆっくりと瞳を開いた。


「・・・麗姫大僧正は、なんて言ってるんだ?」


「・・・機会を待てと・・・でも私は、その命令を無視してでも、出雲に向かうつもりです。どうか、九字兼定を・・・」


そう言う真夜を、兼道は真剣な表情で見つめていた。


ゆっくりと・・・まるで悪夢でも見ているかの様にゆっくりと・・・


胸から鮮血を吹き出しながら、聖がクロの背中からずれ落ちていく・・・


まるで時が止まったかの様に・・・俺とクロは、その光景をただ見ている事しか出来なかった・・・


・・・ドサッ・・・


そして、小さな音を立てて・・・聖の小さな体が、地面に落ちると・・・幻が消えるかの様に、金華龍の姿が消えていった・・・


「・・・主・・・」


「・・・聖・・・」


その一部始終を見ていた俺とクロは、呆然と呟いていた・・・


・・・俺は・・・あの少女に何をした・・・


死にかけていた少女に・・・生きる事を切望した少女に俺は・・・一体何をした・・・


俺は・・・俺は・・・


「聖イイイィィィーッ!!」


「ウオオォォォーッ!!」


俺とクロ、共に絶叫を上げながら、俺は倒れた聖の元へと・・・


「貴様アアアァァァーーーッ!!」


怒れる黒き炎と化したクロは、聖を貫いた神威へと立ち向かっていく・・・


そんな事はお構いなしに、俺は倒れた聖に駆け寄ると、その小さな体を抱き上げた。


「聖・・・聖!しっかりしろ!オイッ!!」


「ハッ・・・ハッ・・・ハッ・・・ハッ・・・」


抱き上げた聖は、青白い顔色で、断続的な呼吸を繰り返していた。


左胸から血が溢れ続け、玉の様な汗を浮かべながら、苦しそうに視線を彷徨わせていた・・・


俺が聖に施した、魂魄転身の法・・・


妖怪の魂をその身に宿し、それによって妖怪を使役したり、妖怪の生命力を手に入れる事が出来る・・・


だが・・・魂魄転身の法によって、妖怪の魂をその身に宿した者には、いくつかの制約を背負わなければならない・・・


その一つ・・・使役する妖怪が受けた傷は、そのまま宿主にも還る・・・


普通の傷ならば、妖怪の回復力によって、たちどころに傷は癒える・・・


だが妖怪の生命力とて、無限という訳でもない・・・


その回復能力を上回る傷を受ければ、致命傷になるし、場合によっては死に至る・・・


ましてや首を刎ねられては、どんな妖怪とて再生する事は不可能・・・


そして・・・ほとんどの妖怪・・・特に鬼の超回復能力は、心臓を起点にしている・・・


その起点を破壊されると言う事は、すなわち・・・『死』を意味する・・・


「・・・何故・・・戻ってきたんだ・・・」


胸が締め付けられる様な感覚を感じながら、絞り出す様に聖に向かって呟く。


最悪・・・こうなると解っていたからこそ、俺はおまえを連れて来たくなかったんだ・・・


「・・・ハッ・・・・・・ハッ・・・」


段々と・・・呼吸の回数が少なくなっていく聖が、不意に天に向かって手を差し伸べた・・・


その瞳からは光が感じられず、もうすでに目が見えていない様子だった・・・


俺がその手を握りしめると、安心したかの様な笑顔を、聖が浮かべた・・・


「ッ!聖!!」


だが次の瞬間・・・聖の体から力が抜け、まるで眠るかの様に目を閉じられていく・・・


それまで聞こえていた、断続的な呼吸音も・・・もう聞こえなくなっていた・・・


魂魄転身によって、妖怪の魂をその身に宿している者の死体は、塵となって現世に残る事はない・・・それも制約の一つ・・・


金華龍の魂が、まだ完全に消えていないからこそ、未だ塵になっていないだけ・・・


暫くすれば・・・聖の肉体は、塵になって消えていく・・・


「マハーマユーリ!」


俺は、聖の左耳に付いている、孔雀明王珠に手を添えると、梵字を描いて梵名を叫んでいた。


男である俺には、女にしか使えない孔雀明王珠を、扱えない事くらい解っている・・・


だが・・・無駄なあがきだと解っていても、僅かな希望に縋りたかった・・・


「・・・マハーマユーリ・・・クソッ・・・」


何度目かに梵名を呟いた後、自分の不甲斐なさを呪いながら、吐き捨てる様に呟いた。


何故だ魅鈴・・・何故俺にこれを託した・・・


『それがおまえにとっては、鍵になるからな。』


不意に過ぎった、魅鈴との最後の会話・・・


ふざけるな・・・何が鍵だ!護ると誓った女が死んでいくのを、指をくわえて見ている事しか出来ない・・・


胸が締め付けられる気がした・・・


鷲掴みにされ、握りつぶされる様な気がした・・・


こいつは・・・聖は俺と違い、これからだというのに・・・こんな所で死なせる為に、あの時俺は・・・死にかけたこいつを救った訳じゃないというのに!


ドクンッ!!・・・ツゥー・・・


一瞬鼓動が高まり、次いで頬に暖かい物が流れ始める。


「・・・涙・・・泣いているのか・・・俺は・・・」


物心付いた頃から、一度として流す事の無かった涙・・・


静菜と海淵に出会い、それまでの俺ではなくなっても、結局流す事が出来なかった涙・・・


海淵が死に、静菜が居なくなっても・・・俺が知る多くの人物が死んでも、今まで一度として流れる事の無かった涙・・・


『私は、聖ちゃんがあなたの言う、最後の掛けた部分じゃないのか・・・そう思っているんです。だから、あなたには聖ちゃんの側に居て欲しい・・・』


・・・おまえの言う通りになったよ・・・鈴音・・・


『・・・師匠って・・・泣けないんじゃなくて、泣き方を知らないだけじゃないのかな・・・』


あぁ・・・こんなに簡単な事だったんだな・・・


涙を流す事が出来なかった今までの分を、取り戻すかの様に流れ続け、聖の顔を濡らし続ける。


それを見つめながら、蘇ってくる言葉の数々に、心の中で呟きを漏らす・・・


『私は!私は師匠の事が好きなんだもん!好きな人の事を知るのに理由なんて無いもんっ!!』


聖・・・ッ!


不意に蘇った、ある日聖が勢いに任せて言った、突然の告白・・・


それを思い出し俺は・・・冷たくなっていく聖の体を、強く抱きしめた・・・


俺は・・・なんて馬鹿なんだ・・・いつもいつも、失って初めて・・・それが俺にとって、どれほど大事だったかに気が付く・・・


もっと早く気が付くべきだった・・・もっと早く・・・こうなる前に、応えてやるべきだった・・・


近すぎて・・・それがとても近すぎて・・・当たり前すぎて、気が付かなかった・・・俺の聖に対する想い・・・


俺は・・・聖、おまえの事が・・・ッ!


『ウオオオオォォォォーーー・・・・』


天高らかに・・・慟哭の叫びを上げながら・・・未だ流れ続ける涙も気にせず・・・


『ウオオオオォォォォーーー・・・・』


ただ俺は・・・次第に冷たくなっていく聖の体を・・・小柄な少女の体を・・・抱きしめていた・・・


「ガアアアァァァーーーッ!!」


怒りの咆吼を上げて、黒い炎の塊と化した黒炎は、神威を目指し突き進む。


「・・・ほぉ・・・」


その光景を、余裕の笑みを浮かべながら、手にした刀を構え直す神威。


そして、黒炎を覆い尽くす炎が爆ぜると、浅黒い肌をした男が、手にした槍で神威を穿つ。


ガキンッ!!


人と化した黒炎の突きを、難なく受け止めた神威は、笑みを浮かべながら鍔迫り合いの形に持ち込んだ。


「これはこれは・・・拙等を封じた須佐之男命の姉君・・・月読命の守護者殿・・・」


怒りの形相の黒炎の神経を、まるで逆撫でするかの様に、満面の笑みで神威が呟く。


「嫌味のつもりか・・・貴様だけは許さん!!」


ガキンッ!!


そう叫ぶや、黒炎は鍔迫り合いの状態から、力任せに神威の刀を弾くと、空いた左手を神威にかざす。


するとそこに、黒い炎の塊が現れ、神威を飲み込もうと、渦を巻きながら巨大化していく。


「・・・フッ。」


ドカッ!


だが神威は、おもむろに重心を後ろに傾け、黒炎の左手首を狙って蹴りを放ち、黒い炎の照準を空へと変えた。


次の瞬間放たれた炎の塊は、標的を見失い虚しく空へと放たれる。


・・・ドゴーン・・・


暫くして上空から、放たれた炎の塊が爆ぜる爆音が、辺りに虚しく響き渡った。


「チィ!」


すぐさま黒炎は後ろに跳んで神威と距離を取ると、重心を低くして体を限界まで捻る。


同時に、手にした槍に炎が纏う。


「ガアアアァァァーーーッ!!」


一瞬の間の後、神威に的を絞った黒炎は、咆吼と共に槍を放った。


ボボボボボ・・・ドゴオオオォォォンッ!!


放たれた槍の威力に、空気は悲鳴を上げ、着弾した瞬間、爆音と地響きで大地を揺るがした。


「・・・はぁ・・・はぁ・・・」


爆音と煙が収まると、大きく抉れた大地に、一本の槍が突き刺さり、今尚黒く燃えさかっていた。


そこに、神威の姿はない・・・


「・・・無駄・・・ですよ。」


「ッ?!」


不意に自分の真後ろから聞こえてきた声に、黒炎は振り向きざま大きく後ろに跳躍して、槍が突き刺さっている場所まで退く。


油断無く槍を持つと、いつの間にか移動していた神威に向かって、構えを取った。


「・・・気が済みましたか?凄い威力ですね・・・さすがの拙も、まともに喰らっては火傷では済まないもので・・・ね。避けさせて貰いましたよ。」


「・・・チィ・・・」


黒炎の放った槍によって出来た傷跡を一瞥し、神威はそう呟いた。


全く無傷の神威を前に、黒炎は苦々しく舌打ちする。


「・・・さすがは月読命の守護者・・・これが勾玉で引き出された月狼族の力ですか・・・」


そう言いながら、実に楽しそうに目を瞑る神威。


「・・・しかし惜しい・・・実に・・・ね。」


不意に目を開きそう呟いた神威の瞳には、狂気の色が伺えた。


「怒りで我を忘れている貴殿の攻撃を読むなど・・・至極簡単ですよ。」


「黙れ・・・殺すぞ・・・」


「フ・・・フフフ・・・そんな状態では、貴殿は拙に指一本触れる事など叶わない・・・まぁ、仕えるべき主君を護れなかったのですから、無理もないでしょうが・・・ね。」


「・・・殺す!!」


殺気を放ってそう言う黒炎に対し、神威は苦笑すると、おもむろに片手を持ち上げる。


ガシッ!!


「ッ?!・・・ガッ・・・」


神威が腕を上げた瞬間、その手が何も無い空間に吸い込まれ、黒炎の真後ろに現れると、無造作に黒炎の後ろ首を掴んで、黒炎の体を軽々と持ち上げる。


「・・・今の貴殿に、それが出来るのですか?」


グググ・・・


神威がそう言うと、黒炎の首を掴んでいた腕に、更に力が加わっていく。


「グッ・・・アアアァァァ・・・ッ!!」


ドカッ!


たまらず黒炎は、手にした槍を使って、神威からの戒めから逃れた。


「グッ・・・」


戒めから解放され、地面に崩れ落ちそうになった黒炎は、神威の手の痣が残る首を押さえながら、苦しそうに呻いた。


その光景を見て、以前余裕の笑みを見せている神威は、ゆっくりと刀を構え直した。


「・・・貴殿とは、ちゃんとした形で愉しみたかったのですが・・・今のままでは座興にしか過ぎません・・・ね。少々残念ですが、貴殿の主君の元へと・・・」


『ウオオオオォォォォーーー・・・・』


神威の言葉を遮って、不意に辺りに慟哭の叫び響き渡った。


その叫びに、神威は後ろを振り返って、その叫びの主を見つける。


「・・・ほぉ。」


意味深な呟きを漏らして、神威の興味はそちらに逸れたのか、動かない少女を抱きしめて哭く、宝仙へと向き直り、ゆっくりと歩き出した。


『ウオオオオォォォォーーー・・・・』


「・・・宝仙・・・聖・・・」


そして、同じくその光景を見ていた黒炎は、その者達の名を呟き、よろめきながらも立ち上がろうとする。


ズキン・・・


「ッ!!」


立ち上がろうとした瞬間、その胸に激痛が走り、顔をしかめた黒炎は、槍を杖の変わりにしてなんとか持ちこたえる。


「クゥ・・・怒りに任せた結果が・・・これ・・・か・・・宝・・・仙・・・」


だが黒炎がそう呟くと、霞の如く槍は消え去り、崩れ落ちる様に倒れ込んでしまった。


暫くして、黒炎の体が一瞬光り、元の巨大な狼の姿に戻ると、そのまま気を失ってしまった・・・


『ウオオオオォォォォーーー・・・・』


「ん・・・」


意識を取り戻した桜の耳に、宝仙の慟哭の叫びが聞こえてくる。


「・・・私・・・ッ!ツゥ・・・」


それと同時に蘇った痛みに、桜は顔をしかめながら、身を縮こまらせた。


「・・・そうか・・・私・・・」


『ウオオオオォォォォーーー・・・・』


「宝仙君・・・?」


再度聞こえてきた悲痛な慟哭に、叫びの主の名を呟く桜。


「ッ?!嘘・・・」


そして、桜の鋭敏な感覚は、宝仙の異変を感じ取っていた。


「霊力が・・・上がってる・・・」


『ウオオオオォォォォーーー・・・・』


天井を知らぬかの様に、上がり続ける宝仙の霊力に、桜は驚愕の呟きを漏らした。


「・・・素晴らしい・・・実に素晴らしいですよ・・・」


「ッ?!」


不意に聞こえてきた呟きに、桜は顔をそちらへと向ける。


そこには、宝仙の異変を目の当たりにして、嬉しそうに笑いながら立っている神威の姿があった。


神威の存在を確認した桜は、眉間に皺を寄せ、痛む体を押して立ち上がった。


「宝仙君に何をしたの?!」


よろめきながらも、立ち上がった桜は、神威に向かってそう叫んだ。


「・・・拙は別に何も・・・強いて言うならば、貴殿のお仲間の少女を殺めたくらいですか・・・・ね。」


「ッ?!聖さんを・・・そんな・・・」


『ウオオオオォォォォーーー・・・・』


神威の返答を聞き、驚愕の表情で呟く桜と、再度辺りに響き渡る宝仙の咆吼が重なった。


「フ・・・フフフ・・・何を驚いているのです・・・貴殿等は拙を倒したいのでしょう?何かを為し得る為には、代価を必要とする・・・拙を倒す為に、命を天秤に掛けたのは・・・貴殿等ですよ。」


「そんな・・・聖さんまで・・・」


面白そうに笑いながら、桜に向かって神威がそう呟く。


そして桜は、その場に崩れ落ちると、呆然と呟いた。


「・・・あぁ・・・テメェの言う通りだよ・・・」


そんな二人の会話に、低く鋭い声が割って入った。


「ッ?!宝仙君・・・」


宝仙の声を聞き、我に返った桜は、顔を宝仙へと向ける。


神威も同じように、宝仙へと顔を向けると、先程まで浮かべていた笑顔を消し、自然ときつい眼差しで宝仙を睨んでいた。


「・・・確かに聖の死は、俺達の・・・いや、俺の責任だ・・・テメェを殺す手立てがあるにも関わらず、自分の命惜しさに、ソレをしなかった俺の甘さが、聖を死なせた・・・」


そう言いながら、胸に抱いた聖を地面に横たえると、ゆっくりと幽鬼の如く立ち上がる宝仙。


「・・・ほぉ・・・拙を倒す手立てが、貴殿等にはあると言いたいのですか・・・興味が沸きますよ・・・実に・・・ね。」


背中越しに語る宝仙に向かって、神威が苦笑を浮かべながら答える。


「ッ?!」


ダンッ!・・・ズザザザアアアァァァーッ!!


だが次の瞬間、不意に宝仙がゆっくりと振り向くと、神威は後ろに大きく跳躍し、地面を擦りながら着地していた。


「・・・どうした・・・」


神威の行動を目にしても、全く動じた様子の無い宝仙は、低い声音でそう聞きながら、ゆっくりとした動作で体を神威に向ける。


「・・・フッ・・・フッフッフッ・・・」


一瞬の間の後、不意に神威が笑い出したかと思うと、体勢を整えて宝仙と対峙した。


「面白いですね・・・実に面白い・・・拙は初めて『恐怖』というものを感じました・・・それも人間相手に・・・ね。」


「・・・殺してやるよ・・・テメェを・・・跡形も無くこの世から消し去ってやる・・・」


そう言いながら宝仙は、桜から預かった腕輪を懐から取り出すと、それを桜に向かって放り投げた。


「宝仙君・・・あなたまさかアレを・・・」


ただならぬ宝仙の雰囲気に何かを察したのか、ハッとした表情で呟いていた。


「・・・どうやら拙は・・・眠れる獅子を、呼び覚ましてしまった様です・・・ね。」


額に汗を浮かべながらも、神威は楽しそうに笑いながら、独白していた。


「桜・・・おまえは、そこで寝てるクロを連れて、巻き込まれない場所まで逃げろ・・・」


神威を睨み付けながら、間合いを詰める為歩いていた俺は、顔を向けずに桜にそう告げた。


「・・・本気・・・なのね。」


暫くの間の後、俺の言葉の真意と覚悟を確認する様に、桜がそう呟いてくる。


「なら・・・私も付き合うわ・・・私達だけ生き残っても、寝覚めが悪いしね・・・」


俺が桜の前を通り過ぎようとした瞬間、苦笑を浮かべながら桜がそう答えてきた。


「・・・勝手にしろ。」


それだけ言うと俺は、桜の前を通り過ぎ、神威と対峙する為立ち止まった。


「・・・お話しは、済みましたか?」


「あぁ・・・テメェも覚悟は出来てるだろうな・・・」


凄味を効かせながら俺がそう呟くと、苦笑を浮かべた後、神威は腰に帯びた刀に手を添えた。


「・・・八大明王珠・・・禁じ手『滅巍怒』・・・明王珠の力を、人為的に暴走させ・・・それにより、空間に歪みを生みだし、全てを飲み込む穴を作り出す・・・」


おもむろに、右手に持つ不動明王珠が埋め込まれた五鈷杵を眼前に持っていくと、神威に見せびらかせる様にしながら、俺がこれから行おうとしている事を淡々と呟いていく。


「その穴は・・・物体・気体・液体に限らず、空間や時間・・・光と闇すら飲み込む・・・そして飲み込まれた先に待っているのは・・・完全なる『無』・・・いくらテメェでも、飲み込まれれば唯では済まないだろう・・・」


そう俺が言うと同時に、手にした不動明王珠に霊気を送りこみ始める。


すると不動明王珠が、目映い光を放ち始め、刻まれた梵字が、まるで生きているかの様に揺らぎ始めた。


「・・・明王珠を暴走させるだけならば簡単だ・・・だが術の発動には、もう一つの触媒が必要となる・・・それは、対象となる者の妖気・・・俺の霊気で暴走させ、テメェの妖気を喰らって発動する・・・つまり、この明王珠をテメェの体にぶつけなければ、『滅巍怒』は発動しない・・・この意味が解るか?」


「・・・成る程・・・術者も巻き込まれるという訳ですか・・・」


説明をし終わった俺に向かって、神威は目を伏せながらそう呟いた。


滅巍怒の効果範囲は、術者と対象の気の大きさに比例して拡大する。


俺の霊気と神威の妖気ならば、少なくともここら一帯を飲み込む規模になるだろう。


「・・・何故拙に、手の内を明かすような事を言うのですか?」


暫くの間の後、不意に神威がそう呟いてくる。


「・・・簡単な事だ。テメェは・・・昔の俺と同じく、戦い自体に快感を得る・・・そしてその快感は、自分の死をより身近に感じる毎に、大きくなる・・・」


神威の疑問に対し、俺は率直に感じていた事を述べた。


自分が不利になればなる程、その状況を愉しむ存在・・・戦いに魅入られた者達・・・


そう言う面では、俺と神威は似た者同士と言えた。


「・・・成る程。あからさまな挑発ですね・・・しかし、良いですね・・・実に良い。ですが解せませんね、貴殿には探している人物が居るはず・・・彼は言っていましたよ・・・貴殿を殺して良いのは、自分だけだと・・・」


思わせぶりな神威の言葉を聞いても、今の俺には全く興味が沸かなかった。


「・・・いい加減、自分に嫌気がさしてな・・・」


護っていると思っていた・・・まだまだ子供だと思っていた・・・


だがいつの間にか、護られていたのは俺の方だった・・・


俺が狂気に取り込まれそうになると、聖が俺をいつも引き戻してくれた・・・


こんな所で死んでいい奴じゃない・・・聖の様な人間は、何時の世に必要とされるだろう・・・


「・・・一度ならず二度までも、俺は信念を護れなかった・・・全く、死にたくなるぜ・・・」


「・・・それで、本当に死んでしまったら、意味も無いでしょう・・・理解出来ませんね。」


「別に・・・テメェに理解して欲しくなど無いさ。俺もただの人間だった・・・ただそれだけの事さ。それに、俺が死んだ後・・・この世がどうなろうが、俺の知ったこっちゃない。」


そう言って俺は、構えを取った。


今まで何度となく、自分の死を感じた事はあったが、今回ばかりは確実に死ぬだろうな・・・


死など怖くはない・・・俺は静菜と出会った日に、一度死んだ身だ・・・


・・・あんたとの約束・・・どうやら果たせそうにない・・・すまんな、海淵・・・


「・・・少々残念ですよ・・・真理に辿り着いた貴殿の力を見てみたかったのですが・・・しかし、何故でしょうね・・・拙は今、今まで以上に心が踊っていますよ。」


そう言って、嬉しそうに笑いながら、腰の刀の鍔を持ち上げる神威。


「・・・俺がテメェに明王珠を当てるのが先か・・・」


「拙が貴殿を制するのが先か・・・」


勝負は一瞬で決まる・・・そして、勝負がどちらに転んだとしても、俺の死は免れない・・・


今までにも、こんな状況に追い込まれた事は多くあった・・・


その度に俺は、死の恐怖よりも、心が躍る様な快感を強く感じていた・・・


だが今は、自分でも驚く程、強く自分の死を感じているにも関わらず、心穏やかな気分だ・・・


聖・・・すぐに俺も逝く・・・


「・・・往くぜ。」


ダッ!


そう呟くと同時、俺は大地を蹴って、神威に向かって走り出した。


十分にあった間合いは、一瞬で縮まり、神威の刀の間合いの一歩外で、霊鎧を纏い一気に懐に飛び込む。


ズザザザアアアァァァーッ!!


左足を踏み込むと同時、右手に持った不動明王珠を振りかぶり、一気に神威目掛けて拳を放つ。


その刹那、俺の視界に銀の軌跡が閃く。


ザシュッ!!


焼ける様な一瞬の痛みの後、右腕の感覚が無くなり、血しぶきを上げながら宙を舞う俺の腕を、視界の隅に捉えた。


「・・・腕一本・・・それで良いならくれてやるぜ・・・」


そう呟いた俺は、そのまま上半身の力だけで、今度は左の拳を神威に向かって放つ。


なにも俺が持っている明王珠は、不動明王珠だけではない。


神威の初手など、俺の予想の範囲内だ。


「フッ・・・あからさまな囮ですね・・・」


不意に神威がそう呟くと、何も無い空間から、刀の刃先だけが現れ、俺の左手首を目指す。


刃が俺の左手首に到達する瞬間、俺は神威に見せるかの様にして、握りしめた左拳を開いた。


ザンッ!ブシュウウゥゥーッ!!


遅れて、刀の刃先が俺の手首を切り落とし、そこから鮮血が吹き出る。


「・・・何?!」


一瞬遅れて、神威が驚きの表情を見せる。


そこに俺が元々持っているはずの、金剛夜叉明王珠は、切り落とされた掌の中には存在しなかった。


これも囮だ・・・


確かに俺は、最初から不動明王珠を囮にし、金剛夜叉明王珠を神威にぶつけるつもりだった。


だがその金剛夜叉明王珠を、俺は元々ある場所に隠していた。


これで・・・決める!!


心の中でそう思いながら、俺は腹に力を込めて、胃の中にある物を口に戻す。


「・・・プッ!!」


それを一気に、神威目掛けて吹き出すと、そこから光り輝く小さな球が現れる。


金剛夜叉明王珠以外の霊珠は、仏具か装飾品に飾られる様に埋め込まれている。


元々金剛夜叉明王珠も、他の霊珠と同じように埋め込まれていたのだろうが、何時の代からかは知らないが、俺の時にはすでに裸の状態だった。


その所為もあって、俺はいつも巾着に入れた状態で、明王珠を使っている・・・


神威との戦いの時も、ソレは例外ではない・・・


その事実を知らない神威は、こう思ったはずだろう・・・金剛夜叉明王珠もまた、他の霊珠同様、何かに埋め込まれている・・・と。


「固定概念に捕らわれた、テメェの負けだ・・・俺と一緒に、地獄の底に付き合って貰うぜ・・・」


「クッ!」


俺の言葉に対し、苦々しく呻いた神威の体に、俺の金剛夜叉明王珠がぶつかる。


さしもの神威も、咄嗟の事で対処出来なかったと見える。


キイイィィィーーーンッ!!


明王珠が神威の体にぶつかると、甲高い音を響かせながら、更に目映い光を発し始める。


瞬間、その光が黒く成ったかと思いきや、全てを飲み込む穴が現れる・・・


これで・・・俺も終わりか・・・


不意に、頭にそんな考えが過ぎり、ゆっくりと瞳を閉じた。


・・・コーン・・・


・・・?


暫くの間の後、何かが地面に落ちる音が聞こえてくる。


更に、滅巍怒が発動したにも関わらず、何の変化も無い事に不審を感じた俺は、目を開き状況を確認しようとする。


「・・・何故・・・滅巍怒が発動していない・・・」


何かが地面に落ちた音・・・神威に向かって放った金剛夜叉明王珠が、地面に転がっているのを見つけた俺は、呆然と呟いていた。


相変わらず光は発しているが、その光も段々と光量を下げ、力を失っていく様に見えた。


確かに発動したはず・・・なのにこれは・・・強制的に無効化された?


自分でも想定外の出来事だけに、神威の懐の中だと言う事も忘れ、必死に今の状況を理解しようと努める。


もし仮に・・・強制的に無効化されたのだとするなら・・・明王珠と同質の力を持った存在だけ・・・


「・・・聖さん・・・」


キュボッ!!


不意に、桜の呟く声が聞こえると同時に、空気の弾ける様な音を響かせ、光り輝く光球が俺を護る様に現れる。


「これは・・・孔雀明王珠・・・まさか・・・」


不意に神威を見てみると、呆然とその場に立ちつくし、俺の背後を見つめていた。


俺は、まさかと思いながらも、ゆっくりと振り返った。


「・・・聖。」


振り返った瞬間、目頭が熱くなり、また涙が溢れてくるのが、俺にも解った・・・


・・・寒い・・・


氷の様に冷たくなっていく体・・・


手も・・・足も・・・全く動かす事が出来ない・・・


・・・胸に空いた傷から・・・止めどなく血が溢れて、血と一緒に・・・力が抜けていく・・・


・・・ポタ・・・


不意に感じた、頬に伝わる暖かい雫・・・


暖かい・・・ここだけ暖かい・・・


『ウオオオオォォォォーーー・・・・』


・・・泣いてる・・・誰かが泣いてる・・・誰?


混濁して、何も考えられなくなっていく私の耳に、慟哭の叫びが届いてくる・・・


でもそんな事にはお構いなしに、暗い・・・とても暗い場所に、墜ちていく様な感覚が、襲ってくる・・・


そこはとても冷たく・・・孤独がはっきりと感じられる場所・・・


死・・・


何も考えられないはずの頭の中に、そんな単語が浮かんで消える・・・


命有る者に、やがて等しく訪れるもの・・・


冷たくて・・・でもどこか暖かい息吹・・・


私は一回、それを感じた事がある・・・


その時は・・・生きる事を強く望んだ・・・


・・・それが・・・御母様の望みだったから・・・


『じゃあ・・・今は?』


・・・解らない・・・


誰かに呼びかけられた気がして、何も考えられない私は、そう答えていた・・・


私が倒れてから、どれだけ経ったんだろう・・・


金華龍の魂が、段々弱くなっていく事だけは、何となく解る・・・


多分・・・感じられなくなったら・・・私も金華龍と一緒に消えて無くなる・・・


師匠は・・・無事かな・・・クロは・・・どうしたのかな・・・


『ウオオオオォォォォーーー・・・・』


また聞こえてきた慟哭の叫び・・・


その叫びが耳に届くと、不思議と・・・今までの想い出が、鮮明に蘇ってくる・・・


楽しかった事・・・辛かった事・・・


嬉しかった事・・・悲しかった事・・・


あぁ・・・この叫びは・・・この頬に感じる雫は・・・


トクン・・・


その時、潰されたはずの心臓の音が、聞こえてきた様な気がした・・・


『・・・このまま・・・終わりますか?』


終わりたくない・・・


そして、また聞こえてきた誰かの呼びかけに、はっきりとそう答えた。


トクン・・・トクン・・・


『・・・何故?』


護りたい人が居る・・・一緒に居たい人が居る・・・


ドクン・・・ドクン・・・ドクン・・・


段々と・・・呼びかけに応えるごとに、はっきりと聞こえてくる鼓動の音・・・


『・・・その人と一緒に居て、あなたは辛くないのですか?』


・・・辛い事もある・・・悲しい事もある・・・


ドクン、ドクン、ドクン、ドクン・・・


でも・・・同じくらい、楽しい事や嬉しい事もあるの・・・それに・・・


『・・・それに?』


師匠と一緒に居たいから・・・大好きな人たちと、これからも一緒に居たいから・・・だから私は・・・


ドクンッ!!


こんな所で死にたくない!!


一際力強い鼓動の後、混濁していた意識が、はっきりと鮮明になる。


私は・・・何時かの私と同じく、生きる事を切望した・・・


『・・・生を切望するのなら・・・愛する者が居るのなら・・・私はあなたに力を授けましょう・・・』


・・・あなたは・・・誰?


『その昔・・・『綾』と呼ばれた存在・・・あなたに翼を与える者・・・』


・・・翼・・・?


『・・・拡げなさい・・・そして飛びたちなさい・・・孔雀の翼は、あなたと共に在る事を望みます・・・』


あなたは・・・孔雀明王珠・・・?


振り返るとそこには、横たえた筈の聖の体が、淡い光を放ちながら、宙に浮いているのが見えた。


そして、その聖の体の周りを飛び交う、蛍の様な淡い光が二つ・・・


片方は、妖気よりも禍々しい鬼気を放つ真紅の光・・・


もう片方は、神々しい神気を放つ蒼白い光・・・


二つの異なる力が、聖の周りを飛び交っていた。


ヒュボッ!ヒュボッ!!


不意に、蒼白い方の光が、一瞬点滅したかと思うと、俺を包み込んでいる光球と同じ物が、桜の体も包み込んだ。


空気の弾ける様な音が、二つ鳴ったのが気になり、クロの方も見てみると、やはり同じ光球に包み込まれていた。


それと同時に、俺の切り落とされた筈の左手首が宙に浮き、元在った場所に収まる。


暫くして、切り飛ばされた右腕も同様に、元在った場所に収まった。


まさか・・・こんな短時間で・・・


さすがに神経は未だ繋がっていない為か、癒着した部分の感覚は無いが、見る見るうちに痛みが引いていく腕を、俺は呆然と見下ろしていた。


元々孔雀明王珠の『治癒』の力は、生命の再生能力を活性化させて、病や怪我を治す力だ。


なので、死滅した部分の治癒までは行えないし、ましてや切り落とされた部分の癒着など、こんな短時間で行えるはずもない。


今俺の腕を治したこの力は・・・まさに神憑り的な力と言える・・・


やがて、聖の周りを飛び交う二つの光が、速度を上げたかと思うと混ざり合い、透明で淡い光を放つ帯へと変わり、聖の体にまとわりついていく。


「・・・これが・・・彼の言っていた・・・不確定要素だと言うのですか・・・」


不意に、神威の呟きが聞こえてくる。


恐らくその言葉は、刹那が言った事なのだろう事は、俺にでも解った。


しかし・・・奴はこれを予測していたというのか・・・?いや、それは無いな・・・


今目の前で起こっている事は、現実では有り得ない事・・・


相反する力の融合・・・多くの者がそれを試し、挫折していった・・・


異なる力を融合させようとすると、反発し合うのが道理・・・ましてやそれが、対極する力ならば、反発し合う力も強くなる。


つまり・・・今聖が起こしている現象は、神の領域と言える・・・


それを刹那が想定していたとは、考えにくい・・・


だが現に、今目の前で起きているのは、現実では有り得ない事・・・


もし・・・聖が自分の力で、それをやっているのだとすれば・・・聖の存在能力は、俺以上と言う事になるな・・・


そんな事を思っていると、聖の体を包んだ帯が、一瞬神々しい光を放ち、聖の身体に変化が現れ始める。


戦う為には未熟な、幼い聖の体が、戦う為に最適な状態へと変化し、黒髪が金色へと変色していく。


それまで着ていた、黒を基調にした僧服は消え失せ、豪華な金色の装飾に彩られた鎧が、急所を護る様に装着されていく。


そして・・・その額には、鬼の証である細長い二本の角が現れ、聖はゆっくりと大地に降り立った。


それまで、聖の体にまとわりついていた帯は、羽衣へと変わり、まるで生きているかの様に、ゆらゆらと揺れていた。


「・・・美しい・・・」


その光景を見ていた神威が、惚けた様な呟きを漏らした。


いや・・・神威だけではない。


その光景を見ていた俺も、そして恐らくは桜も・・・今までの死闘が嘘の様に、その光景に魅入っていた。


『・・・我・・・再臨せし魂・・・かの少女の願い、叶えし者・・・』


不意に聖が、そう呟いたかと思うと、ゆっくりと瞳を開いていく。


開かれた瞳に力が宿ったかと思うと、きつい眼差しで神威を睨み付けた。


「・・・これ以上・・・誰も傷つけさせません!」


そう叫ぶや、羽衣を手にとって、それを眼前へとかざした。


「論舞!!」


聖の叫びに併せて、かざした羽衣が姿を変え始める。


羽衣の端と端が繋がったかと思うと、巨大な丸い奇剣へと変化し、聖はそれをゆっくりと構えた。


それと同時に、俺達を包み込む光球が、宙に浮かび上がり、変貌した聖の元へと引き寄せられていく。


「聖・・・」


聖の頭上を通り過ぎようとした時、俺はその名を呟いていた。


それから暫くして、俺と桜と未だ目を覚まさないクロは、十分離れた場所に集められ、それと同時に光球が弾けた。


「・・・宝仙君。」


「あぁ・・・」


不安そうな桜の呟きに、頷きながら腕を動かしてみる。


この短時間で、神経まで繋がってる・・・これならいけるな。


腕の具合を確認した俺は、切り落とされてからずっと手にしていた不動明王珠と、俺が運ばれる時に、一緒に運ばれていた金剛夜叉明王珠を手に取った。


やばいと思ったら、何時でも割って入れる様にしておかないとな・・・


「・・・師匠。私・・・頑張ります。」


不意に、俺がそんな事を思っていると、聖の声が聞こえ、顔を聖へと向けた。


「・・・フッ。あぁ・・・こっちの事は気にするな・・・遠慮無くやってこい。」


「はい!」


そう言って聖は、神威に向かって走り出した。


「・・・フッ。」


真剣な表情でにらみ合っていた兼道と真夜だったが、不意に兼道が苦笑を浮かべたかと思うと、腕組みを解いて真夜に近づいていく。


「フフ・・・」


それにつられ、二人の間にいた鈴音もまた、苦笑を浮かべ始めた。


「・・・何がおかしいんですか?」


その二人の行為に、真夜は幾分ムッとした表情を浮かべる。


「・・・いやすまん。あまりにも嬢ちゃんが、面白い事を言うもんでな・・・」


「面白いって・・・私は真剣に言ってるんですよ?!」


兼道の言い分を聞いて、怒りに任せて兼道に詰め寄る真夜。


「あぁ・・・解ってるよ。しかしな・・・俺にはどうしても、あの馬鹿がそんな妖怪にやられるとは思えねぇのさ。」


そう言うと兼道は、怒っている真夜の頭に手を置いて、苦笑を浮かべる。


「そうね・・・私も、兄さんと同じ意見よ。宝仙様が、そう簡単に負ける訳無いわ。」


そして鈴音も、柔らかい笑顔を浮かべながら、兼道の言葉を支持する。


「・・・お二人は、何も解ってません・・・」


そんな二人に対し、真夜は肩を戦慄かせながら、そう呟いた。


「・・・解ってない・・・か。なら聞くが、宝仙の勝てない様な相手に、嬢ちゃんが加わった程度で、勝てるというのか?」


「それは・・・だから強い武器が・・・破邪の刀と言われてる、九字兼定が必要なんじゃないですか!」


兼道の言葉に、一瞬怯んだ真夜だったが、尚も食い下がりそう答えた。


「・・・それが間違っていると言うんだ。」


「ッ?!」


だがその言葉も、兼道にため息混じりに否定されて、真夜の顔が一瞬強張った。


「・・・破邪と言われている銘刀も、結局の所凶器でしかない・・・二束三文の刀とてそれは同じ。そして使い手によって刀は、銘刀にも成ればただの鉄の棒にも成る。」


「・・・私じゃ、九字兼定を扱うに値しないと・・・そう言いたいんですか・・・」


「・・・ま、直訳するならそう言う事だ。これだけは覚えておくと良い・・・超一流と呼ばれる者達は、武器を選ばない・・・それこそ、農具や棒きれといった道具でさえ、彼等が扱えば、それは立派な凶器になる。自分の未熟な力量を、武器で補おうとするなら・・・おまえさんはまだまだ嬢ちゃんのままだ。」


兼道にそう言いきられ、真夜は返す言葉もなく、ただ黙って俯くだけだった。


そんな真夜の肩に、鈴音は優しく手を置くと、彼女の顔をのぞき込んで、笑顔を向けた。


「真夜ちゃん・・・信じてみない?宝仙様の事・・・」


「・・・え?」


「短い間だったけど、宝仙様と一緒に旅をしてたんでしょ?だったら・・・信じてみましょうよ、私達と一緒に・・・」


「あぁ・・・あの馬鹿が、そう簡単にくたばる訳無い。最悪負ける様な事になっても、相手を道連れにするだろうよ。」


「フフ・・・宝仙様って、結構負けず嫌いですもんね・・・」


「なんで・・・」


面白そうに、宝仙の事について話し合う二人に対して、真夜は重苦しい雰囲気で呟きを漏らした。


「なんで・・・お二人とも、そこまで宝仙様が勝つと、思えるんですか?」


真夜の質問に対し二人は、一瞬苦笑を浮かべると、真剣ながらも余裕を感じさせる笑みを浮かべた。


「・・・あいつの・・・昔の通り名を知っているか?」


その質問に対し真夜は、顔を横に振って否定した。


「『一騎当千の零』・・・俺も、噂くらいでしかその名を聞いた事は無かった・・・だが、あいつに出会って、何故そう呼ばれていたのか・・・その理由が解った。」


「それは一体・・・」


「あいつはな・・・例えどんな状況に追い込まれたとしても、必ず活路を見いだす・・・そしてその光明がどんなに小さくても、土壇場でそれを実行する、度胸と精神力を兼ね備えている・・・戦いの天才・・・それが、宝仙という男だ。」


「そうなった時の宝仙様は、怖いくらい強いわよ・・・それに宝仙様には、何物にも代え難い、聖ちゃんも居るしね。」


「あぁ・・・あいつ等なら、奇跡の一つや二つ、簡単に起こしそうだな。」


また面白そうに話し始めた二人を前に、真夜も思わず苦笑を浮かべた。


「・・・信じてるんですね・・・宝仙さんの事。」


そう呟く真夜に、鈴音はとびきりの笑顔を向けた。


「そんなの当然よ。だって・・・宝仙様も聖ちゃんも・・・私達にとっては『家族』なんですもの。」


そう言って鈴音は、母屋の玄関の中から、出雲の方角へと顔を向けると、哀愁漂う笑顔を浮かべた。


「ここが・・・あの二人の、帰ってくる家なのよ・・・」


「・・・ン・・・」


「・・・起きたか。」


不意に、今まで気を失っていたクロが呻くのが聞こえ、そちらに顔を向けないまま声を掛けた。


「・・・我は・・・ッ!奴は・・・」


「・・・今、聖が戦ってるよ。」


「何?!」


俺の一言を聞いたクロは、俺と桜同様、二つの光が激突している光景に目を向けた。


「・・・主・・・なのか・・・」


金色の光を発している、変わり果てた聖の姿を見て、呆然とクロは呟いた。


「驚くのも無理は無いさ・・・未だに俺自身、信じられない事だからな・・・」


それに俺はそう答えると、懐から煙管の入った箱を取りだした。


聖と神威・・・二人の戦いは、もはや人の領域を超えていると言っていい・・・


二人の間に割って入ろうとするならば、俺ならばまだ可能だろうが、下手な事をすれば聖の足を引っ張る事になるだろう・・・


これじゃ、いつもの立場と逆転だな・・・フッ、情けねぇ・・・


そんな事を思いながら、吸い込んだ紫煙を、ゆっくりと吐き出した。


「・・・でも、これで何とかなりそうね・・・」


不意に桜がそう呟くのが聞こえ、俺は彼女に視線を向けた。


「聖さんの方が、大蛇よりも霊気が強いわ・・・これなら倒せるわね・・・」


安堵の笑顔を浮かべながら、桜の言葉を聞き終えた俺は、激しくぶつかり合う二人にまた視線を戻した。


「・・・おまえには・・・そう感じるのか?」


「え?」


桜の言葉を否定するかの様に俺がそう言うと、その言葉が意外だったのか、俺の方に顔を向けてくる桜。


俺にしてみれば、聖と神威の巨大な気の正確な違いなど解らない。


だが桜の感知能力は信頼出来るので、彼女がそう言うのであれば、その通り聖の方が上なのだろう。


だが、戦い全般に言える事だが、何かしらの能力が突飛しているからと言って、それで必ずしも勝てる訳ではない。


「・・・聖の方がやや押され気味・・・それを聞いても、同じ事が言えるか?」


「宝仙君あなた・・・あの早さが見えるの?」


そう聞かれ、俺は黙って頷いて見せた。


確かに聖も神威も、神速の領域で戦っていては、普通の人間には、何が起こっているのかすら解らないだろう。


おそらく、桜の鋭敏な感覚を持ってしても、どう動いているのかを感じるのが精一杯・・・と言う所だろう。


だが俺も、霊鎧の力によって、神速の領域に達したのだ・・・それ相応の動体視力が無ければ、まともに目標を捉える事など出来ない。


「・・・我も宝仙の意見と同意だ・・・このままでは、いずれ主の身も危険だ・・・」


「・・・確かに・・・な。何の訓練も無しに、ほとんど偶然で、聖は手に余る力を手に入れたんだ・・・今の聖は、力に振り回されそうになっているのを、必死で押さえ込もうとしている・・・それに何より聖は、戦いの経験が絶対的に不足している・・・いくら互角以上とは言え、戦いにおいての駆け引きでは、神威の方が数段上・・・これでは時間の問題だ・・・」


努めて冷静に、今目の前で繰り広げられている戦いの状況を分析し、端的に桜に告げる。


「そんな・・・煙管なんて呑んでる場合じゃないじゃない!早く聖さんの加勢に加わらないと・・・」


「だから今考えてるんだろうが・・・まぁ落ち着けよ。それとも、あの中に飛び込んで、聖の足を引っ張りたいのか?」


「それは・・・そうだけど・・・」


俺の言葉を聞いて、意気消沈した桜を余所に、煙管を銜え、紫煙を吸い込む。


考えると言っても、もうすでに俺の中で、考えは大方纏まっている。


おもむろに、懐に仕舞っている短刀を取り出した俺は、それを鞘から引き抜き、刀身を見つめる。


独特の雰囲気を醸し出す、銘の無い妖刀・・・


これを受け取った時、何時かこの妖刀が、俺に必要になると言われた・・・


そして俺は、それが刹那と対峙した時だろうと、ずっと思っていた・・・


だが・・・聖の変身を見て、その何時かというのが今なのでは無いかと思った。


これが俺にとって、吉となるか凶となるか・・・それは俺次第・・・なら、今使わせて貰おう。


「・・・さて。」


妖刀を一旦鞘に戻し、煙管の葉を捨てて箱に戻すと、苦笑を浮かべながら、桜に顔を向ける。


「状況はあまりにも不利・・・だが、このまま指を銜えて、聖に任せきりにしているよりかは、いくらかマシな考えだが・・・下手すりゃ死ぬかもしれんぞ・・・それでも乗るか?」


俺が桜にそう聞くと、不敵な笑みを浮かべながら、頭を上下に振ってみせる。


「もちろん・・・今何もしなかったら、私は格好悪い大人だわ。」


「フッ・・・そうかい。おまえは?」


そう言って今度は、クロに顔を向ける。


「・・・そんな事、聞かずとも解るだろうが・・・いちいち聞くな。」


不機嫌そうにそう言うクロに、肩を透かして苦笑してみせる。


「よし・・・先に言っておくが、何が起きても振り返るなよ。」


俺がそう言うと、桜もクロも、黙って頷いて見せた。


「んじゃ、反撃開始と行こうか。」


そして俺達は立ち上がり、激突する二つの光を見据えた。


「どうしました?あなたの実力は、その程度なんですか・・・」


「クッ!」


楽しそうに笑いながら、刀を振り回す八岐大蛇を見据えながら、私は呻いていた。


この人・・・強い!


どこから現れるか解らない刀の刃先・・・乱れ飛ぶ妖気の塊・・・


それを何とか手にした円形奇剣・輪舞で、現れた瞬間受け止め、はじき返し続ける。


負けずに放った私の気弾も、この人が放つ気弾によって、相殺されてしまったり、当たる寸前で空間に飲み込まれてしまう。


早さは互角・・・でも、力では敵わない・・・どうしよう・・・


「ッ!!ハアアアァァァーッ!!」


戦い続ける中で、挫けそうになる心に活を入れて、思い切り大蛇に向かって突っ込んでいく。


ガンッ!ギンッ!!


「フフフ・・・・」


余裕を感じさせる笑みを浮かべ、私の斬撃は難なく防がれる。


「実に愉しいですよ・・・ここまで拙に食い下がってくるとは・・・ね!」


ザシュッ!!


「ッ?!」


その瞬間、背中に鋭い痛みが走り、顔をしかめる。


・・・大丈夫!こんなのただのかすり傷!!


そうは言っても、戦い始めてからずっと増え続けている傷は、私の方が多かった。


せめて、どこから刀の刃先が出てくるかだけでも解れば、こっちも対処が早くなるけど、それが出来ない以上、どうしようもない。


せめて・・・力を溜める隙さえあれば・・・


遠ざかって、最大級の攻撃を放っても、多分空間に吸い込まれるか、空間を移動して避けられるだけだと思う。


逆に今みたいに、近づいた状態で力を溜めるには、それだけの時間が作れない・・・


「フッ・・・手詰まりといった表情ですね・・・」


「クゥ・・・」


悔しいけど・・・この人の言う通りだ・・・どうすれば・・・


「ヴァジュラヤキシャ!!」


『ッ?!』


突然聞こえてきた声に、私も大蛇も、視線を聞こえてきた方へと向ける。


「・・・フッ。」


すると私達の間に、師匠が投げつけた五鈷杵が通り過ぎ、大蛇は後ろに跳んで、私との距離を開いた。


「師匠・・・」


私も、突然の師匠の介入に、その場に立ち止まり呟いた。


「・・・やはり割り込んできましたか。」


「フッ・・・俺との決着・・・まだだったよな・・・」


そう言うと師匠は、右手に持った五鈷杵を、目の前にかざして、左手で梵字を描いた。


「アチャラナータ・・・」


梵名を静かに唱えると、手にした五鈷杵が、光り輝く刀へと形を変えた。


「・・・良いでしょう・・・二対一で、お相手しましょう・・・」


今まで戦っていた私を置いて、話はどんどん進んでいく・・・


師匠・・・もしかして囮になるつもりなんじゃ・・・


「あぁ・・・そうしてくれると、ありがたいね・・・」


そう言って師匠は、腰を落として、光の刀を担ぐ様にして構える。


「フフフ・・・」


『ッ!!』


不意に、大蛇が笑ったかと思うと、一瞬にしてその姿を消し、師匠の目の前に姿を現した。


「師匠ーッ!!」


その光景を目にした私は、慌てて大地を蹴って、大蛇目指して走り出した。


「・・・さすがに、良い所で邪魔されて、黙っている程お人好しでもないので・・・ね。」


「チィッ!」


師匠に向かってそう呟く大蛇に対して、苦々しく舌打ちした師匠は、刀を降り始めていた。


でもそれよりも早く、大蛇は師匠に向かって、刀を振り下ろしていた。


駄目・・・間に合わない!!


「師匠ーーーッ!!」


ズブリ・・・


『ッ?!』


次の瞬間、師匠の体を確実に切り裂く筈だったのに、大蛇の刀は、幻でも切ったかの様に、師匠の体をすり抜けていた。


そして、その大蛇の背中に突き刺さった、一本の短刀。


私は、何が起こったのか解らず、大蛇の手前で立ち止まった。


「・・・これは・・・」


驚きの表情を浮かべながら、背中に刺さった短刀を、肩越しに見下ろしている大蛇。


「・・・五大明王陣、幻影投射陣・・・テメェがさっき言った言葉を、そのまま返してやろう・・・気付かなかったか?俺達の動きに・・・」


その声と同時に、師匠の姿が消えて、大蛇の背後に、短刀を握りしめて笑っている師匠の姿が現れる。


「クッ!」


ドウンッ!!


師匠の姿を確認した大蛇は、師匠を睨み付けると、振り向きざまに師匠に向かって気弾を放った。


「グゥッ!!」


「師匠!!」


それを両手を交差させて防いだものの、師匠の体は簡単に宙を舞って、崖の方に吹き飛ばされていく。


このまま行けば・・・崖の下に落ちちゃう!


そう思って、師匠を助けようと、大地を蹴っていた。


「馬鹿野郎!振り向くな!!」


「ッ?!」


私の行動を見て師匠が、叱る様にそう叫ばれ、私の体がその場で硬直した。


「往け!聖!!」


師匠の想いに応える為にも・・・師匠の作ってくれた好機を活かす為にも・・・


「・・・はい!」


ここで、立ち止まっちゃいけない!!


「く・・・なんだこの刀は・・・抜けない?!」


大蛇に向き直ると、必死になって、背中の短刀を抜こうとしている姿が目に飛び込んでくる。


あれは師匠の妖刀・・・


狙いはあの妖刀・・・そう思った私は、手にした輪舞を前へかざすと、刃の部分に両手を当てる。


意識を集中して、輪舞が小さくなっていく姿を思い浮かべながら、ゆっくりと両手で円を描き、そこにありったけの霊気を送り込む。


キイイィィィーーーン・・・


輪舞が小さくなっていくにつれて、目映い光を放ちながら、甲高い音が響きわたる。


後はこれを、あそこに打ち込むだけ!!


照準を定めて、意を決して大地を蹴る。


「ッ?!チィ・・・」


私の思惑が解ったのか、舌打ちしながら、大蛇が体を捻ろうとする。


「・・・私の事も、忘れないで欲しいわね・・・」


「ッ?!」


声が聞こえてきたと思った瞬間、師匠の幻が消えた辺りから、今度は桜さんが飛び出してくる。


「クンダリーッ!!」


すかさず桜さんは、両手に持った呪符を大蛇目掛けて放つと、数十羽の鳥たちが一斉に飛びたった。


「オーンッ!!」


カッ!!ジャラジャラジャラ・・・


すぐさま印を結んで叫ぶと、飛びたった鳥たちが一斉に光り、そこから光の鎖が現れて、大蛇の体の自由を奪っていく。


「クゥッ?!」


現れた鎖を引きちぎろうと、大蛇は藻掻くけど、幾つも重なる鎖にてごずっていた。


「私の・・・全霊力よ・・・そう簡単に・・・破られてたまるものですか・・・」


そう呟いて桜さんは、力つきた様にその場に崩れ落ちていった。


「なら吹き飛ばす迄ですよ!!」


大蛇が叫んだかと思うと、その体が赤い光を放ち、一点に集中していくのが解った。


まずい!!


「・・・それが出来ればな。」


ドンッ!!


「ッ?!ぐぉ・・・」


今度はクロの声が聞こえてくると、大蛇の体がくの字に曲がって、赤い光がみるみる消えていった。。


桜さんが崩れ落ちた後ろに、人の姿のクロが立ちはだかり、大蛇のお腹に槍を打ち込んでいた。


「・・・卑怯・・・ですね・・・」


「・・・そう言ってられる状況でもないんでな・・・」


そう呟いてクロは、崩れ落ちた桜さんの体を持って、後ろに大きく跳んだ。


「今だ!放て聖!!」


クロにそう言われた瞬間、光の鎖が消えて、狙うべき短刀の場所が現れる。


そこに、目映い光を放つ輪舞をかざして、溜めていた霊気を一気に放出させる。


「ハアアアァァァーッ!双魂!!金剛烈破アアアァァァーーーッ!!」


ドウウウゥゥゥーーーンッ!!


轟音を轟かせて、強烈に光る輪舞から、光の奔流が神威の背中に注がれる。


「グッ・・・お・・・オオオオォォォーッ!!」


バキキキィィィーーーンッ!!


大蛇の絶叫と、師匠の短刀が砕ける音が辺りに響き渡り、大蛇の体が、私の放った光の奔流の中へと飲み込まれていった。


「・・・師匠!!」


光の奔流が消え、全てを放ち尽くした私は、休む暇無く体を翻すと、崖に向かって走り出した。


ドウウゥゥゥーーーンッ!!


「グッ・・・お・・・オオオオォォォーッ!!」


崖上が見えなくなり、状況が確認出来なくなってすぐに、崖の上から目映い光と轟音、神威の絶叫が聞こえてきた。


・・・どうやら・・・うまくいった様だな・・・


崖下へと頭から落ちていきながらも、そんな事を思い、胸をなで下ろした。


崖下に目を向けると、そこは都合良く岩がむき出しになっており、このまま落ちれば、さすがの俺も確実に死ぬだろう。


何とかしたくとも、神威の攻撃を両手で防いだお陰で、無くなりこそしなかったものの、両手ともボロボロの上、あばらも何本か逝った様だ・・・


おまけに、幻影投射陣と、桜とクロの気配を消す為に、隔絶空間陣という、二つの最高位の五大明王陣を、同時に発動させた。


神威程の大妖怪を欺く為に、その二つの陣は通常よりも霊気の密度を上げていた。


終いには、神威の攻撃を防ぐ時に、残りの霊気を使ったので、もう俺の体力は底を尽きていた。


・・・万策尽きた・・・か。まぁ良いさ・・・聖が無事なら・・・それで良い・・・


そんな事を思いながら、目を閉じて自嘲気味に苦笑する。


俺には、こんな最期がお似合いなのかもしれないな・・・


「師匠ーーーッ!!」


「ッ?!」


不意に、天から聞こえてきた声に目を開くと、俺に向かって突っ込んでくる、金色の髪をした女の姿が目に飛び込んできた。


「聖・・・」


その女の名前を呟くと、聖は俺の体に飛びついてくる。


ズシン・・・


そして大地に激突する寸前で、体の向きを変えて着地すると同時に、天空目指して大きく飛翔する聖。


「よかった・・・間に合った・・・」


涙を流して、俺の顔を覗き込みながら、聖はそう呟いてくる。


「・・・ったく。無茶しすぎなんだよ、おまえは・・・」


そんな聖に俺は、苦笑を浮かべながらそう呟くと、聖が俺の胸に頬を添えてくる。


「師匠・・・師匠の声、ちゃんと・・・届きましたよ・・・」


それは恐らく、俺が聖の体を抱きしめ、情けなく泣き叫んでいた時の事だろう・・・


「・・・全く、情けねぇな・・・これなら崖から落ちて死んでた方が、幾分マシだったかも・・・な。」


聞かれた事への羞恥からか、心にも無い事を言いながら、また苦笑する。


「・・・聖。」


「はい?」


不意に聖に呼びかけると、俺の胸から顔を上げて、不思議そうに俺を見つめてくる。


「おまえが死んだと思って・・・気が付いた事がある・・・これが好きという感情なのか、愛なのかは正直まだ解らんが・・・それでも・・・」


それに構わず俺は、聖に対して、俺の胸の内を淡々と語っていく。


伝えなくてはいけない・・・この想いを・・・二度と後悔しない為にも・・・


なによりも、何時かの聖の想いに、俺はまだ答えを出してはいない・・・


だからこそ・・・伝えよう・・・おまえに・・・この想いを・・・


「おまえは・・・俺にとって、何物にも代え難い・・・一番大切な存在だ。」


「・・・師匠・・・ッ!」


そう最後に締めくくると、聖は大粒の涙を流しながら、顔をくしゃくしゃにしていた。


「ったく・・・なんで泣くんだよ。」


「だって・・・私、嬉しくって・・・」


そう言いながら、俺の体に廻した腕に、更に力がこもるのが解った。


「ッ!ツゥ・・・」


聖の行為によって、アバラに鋭い痛みが走り、顔をしかめる。


「だ、大丈夫ですか?」


それに対し聖が、慌てて腕の力を少し緩めた。


「・・・あぁ。大丈夫だ・・・」


俺のその呟きと共に、崖の上へと降り立つと、今まで俺達が神威と戦っていた場所に目を向けた。


大地は抉れ、至る所から煙が上がっている光景を見て、あの轟音の凄まじさを改めて感じた。


「・・・ようやく・・・終わったな・・・」


その光景を見て、ただそう呟いていた。


陽が沈み始め、辺りが朱み始めた頃、一つの長い戦いの幕がようやく閉じた・・・


「それでは頼んだぞ・・・鳳。」


「はい。我が眷属を使って、早急に各地に伝達いたします・・・」


バササササ・・・


そう言って飛びたった鳳を、穏やかな笑みを浮かべながら、翁は見送った。


「ふぅ・・・なんとか、戦は回避されたのぉ~・・・しかし、あのお嬢ちゃんがやられた時は、どうなるかと思ったが・・・」


そう言いながら翁は、鳳が飛びたった方角から視線を外した。


「・・・妾の言った通りだったろう・・・何も心配はいらんさ。」


不意に聞こえてきた声に、翁は声の聞こえてきた方へと視線を向ける。


そこには、年の頃五、六歳程の、愛らしい少女が、歳に似合わぬ目つきで、笑みを浮かべながら翁を見ていた。


「・・・久しぶりだな・・・魅鈴・・・いや、参の首と言った方が良いかのぉ?」


翁の呟きを聞いて、少女は苦笑を浮かべながら、翁へと近づいていく。


「・・・久しいな翁・・・今は、美優と言う名前だ。」


「ホッホ・・・五、六年ぶりか・・・」


「あぁ・・・妾の前の体が滅びてからだから、その位になるか・・・」


美優と名乗った少女は、そう言うと自分の右腕を眼前へとかざして、苦笑を浮かべた。


「・・・子供の体というのは、何度経験しても、おかしな感覚だな・・・それに毎回猫を被るのも、なかなかどうして・・・肩が凝る。」


「ホッホ・・・」


美優の言葉を聞いて、面白そうに笑っていた翁だったが、すぐに顔を真剣な表情へと変えた。


「・・・これで、本当に良かったのか?」


「・・・あぁ。これで良かったのさ・・・妾が人として転生を始めて、もう六百年以上になる・・・最初は妾も、妾達の本体を蘇らせる為に、妾自身の本体から一部を切り離し、人として転生し・・・妾達の怨敵、八大明王衆へと近づいた・・・だが妾は、人に恋をしてしまった・・・」


まるで、遠い昔を懐かしむ様に、幼いはずの少女は、目を細めて遠くを見つめる。


「今尚、妾が人として転生を繰り返すのは、妾自身が背負う事を望んだ罪・・・姿を変え、性別を変えて、時の移ろいと共に、旅をしてきた・・・だが皮肉な事に、そのお陰で肆の首の復活を、いち早く察知出来た・・・本当に、皮肉だな・・・」


「・・・そうじゃのぉ・・・儂等の様に、先読みが出来る者は、視えた事の全てを、当事者達に教える事は禁忌・・・儂等は、事が起こるまで、動いてはならぬ・・・歯がゆい事じゃて。」


残念そうに、顔を俯かせて、翁はそう呟いた。


「極々僅かな希望じゃった・・・しかし、あの者は乗り越えてくれた・・・」


「・・・妾は信じていたさ・・・宝仙の事を・・・もし、本体が蘇れば・・・妾も壱の首に従わねばならないからな・・・妾も宝仙と同じく、もうあの頃の妾には戻りたくはない・・・だからこそ、妾は宝仙に全てを託したのだ・・・」


「ホッホ・・・さすがのお主でも、その体では神威と対等に渡り合うは、不可能じゃからのぉ・・・」


翁の言葉に、美優は苦笑を浮かべながら、顔を縦に振って肯定した。


「人を好きでいたい・・・人の可能性に賭けてみたい・・・たとえそれが、妾達の存在理由に反する事だとしても・・・そう思っていたいのだ。」


「・・・良いのではないのかのぉ・・・その想いがあったからこそ、お主は孔雀明王珠を扱えたのじゃからな・・・」


翁のその呟きに美優は、恥ずかしそうに目を閉じながら、肩を透かして苦笑する。


「神威も悪い奴ではないんだがな・・・奴は妾達の中でも、最も純粋な奴だ・・・強い者と戦いたい・・・ただそれだけが望みで、自力で封印を解いたのだからな・・・この世を滅ぼす事など、奴は本気で望んではいない・・・だが奴もまた、壱の首には逆らえんのだ・・・」


残念そうに、美優が独白すると、そこで会話は途切れてしまった。


「・・・さて、そろそろ帰るよ・・・あまり遅くなると、親が心配するんだ。」


暫くの間の後、夕日が傾き始め、辺りが暗くなり始めた頃、美優はそう呟いた。


「ホッホ・・・そうか・・・そうじゃな。親はあまり心配させるべきではないな・・・」


「あぁ・・・それにこれから先は、宝仙自身の問題・・・もう妾達が口出す事でも無いだろう・・・」


「・・・そうじゃな。刹那の動向は気がかりじゃが・・・」


翁が言い終わると、美優は背中を向けて歩き出した。


「ではな・・・少なくとも暫くは、会う事も無いだろう・・・さらばだ、翁・・・」


「うむ・・・さらばじゃ・・・気を付けてな・・・」


別れの挨拶を済ませ、それきり美優は振り返る事もなく、その場を去っていった。


切り立った崖の上、不意に黒いモヤが現れたかと思うと、次第にそれが人の形に変わり、紅い髪の少女が現れた。


「・・・不確定要素・・・まさか土壇場で、あんな力を発現するとはな・・・」


紅い髪の少女、刹那は、真剣な面もちで、崖の上から見える景色に視線を向けると、一人そう呟いた。


「宝仙・・・おまえは、静菜よりも・・・その少女を選ぶのか・・・」


どこか哀愁漂う表情で、刹那はまた、うわごとの様にそう呟いた。


「・・・刹那様。」


不意に聞こえてきた声に、刹那は顔を戻すと、そこには左目が手鏡程の大きさの、丸い鏡が埋め込まれた老人が、かしずいた状態で刹那に顔を向けていた。


「・・・雲外鏡か。」


老人の名前を呟いて、刹那は懐に手を入れ、神威から受け取った手鏡を取り出すと、それを雲外鏡に向けて放り投げた。


「扉を開く鍵は手に入れた・・・その他の首尾はどうだ?」


手鏡を雲外鏡が受け取るのを確認し、刹那はそう話を切りだした。


「はい・・・全て滞りなく進んでおります・・・」


「そうか・・・神威が倒された今、今度は俺達が、俺達のやり方で目的を果たす番だ・・・」


そう言って刹那は、雲外鏡に背中を向けると、ゆっくりと歩き出した。


「・・・東の長の呼びかけに応じた、十二支の神獣族・・・その眷属達の御処分、如何致しましょうか・・・」


「放っておけ・・・無駄に争う事も無いだろう・・・」


「・・・では、あの生き残りの明王衆達は、どうされるおつもりで?」


立て続けにそう問われ、刹那はその場で立ち止まった。


「あの者達・・・放って置くにはあまりに危険・・・どうか御命令を・・・」


次いで聞こえてくる雲外鏡の言葉に、刹那はその場でゆっくりと振り返った。


「・・・今はまだ時期ではない・・・奴等との決戦の地は決まっている。それまで、手出しは無用だ・・・他の三人にも言っておけ・・・」


「しかし・・・」


「聞こえなかったか・・・手出しはするな・・・」


尚も食い下がろうとする雲外鏡に、苛立たしげに刹那は、殺気と妖気が入り交じった視線を向け、低い声音でそう呟いた。


「・・・か、かしこまりました・・・」


刹那のあまりの迫力に、雲外鏡は怯みながらも、姿勢は崩さずそう答える。


雲外鏡の返答を聞き、殺気と妖気を解いた刹那は、顔を前へと戻しまた歩き出した。


「・・・下手に奴等に手を出せば、火傷くらいで済まないのは俺達の方だ・・・それをよく肝に銘じておけ。」


「・・・はっ・・・申し訳ございません・・・」


「準備を進めてくれ・・・俺もすぐに向かう。」


「はっ・・・」


刹那にそう答え、雲外鏡は刹那が見えなくなるまで、その場でかしずいていた。


それに構わず刹那は、何かを考えているのか、俯き加減で黙々と歩き続けていた。


「・・・約束を果たす時は近いぞ・・・宝仙。俺は・・・『蛭子島』で、おまえが来るのを待っている・・・」


不意に、確認する様にそう呟くも、立ち止まることなく、そのまま刹那は、その場から去っていった。


バササササ・・・


「・・・これで良いわね。」


事の顛末を、江戸に居る麗姫に知らせるべく、飛び去っていく式紙を見送った桜が、そう呟いて振り返ってくる。


俺も、聖の肩を借りながら、式紙が飛んでいくのを見送っていた。


元の姿に戻ったクロは、聖の傍らで寄り添う様に座っていた。


「・・・フ・・・フフフ・・・」


不意に聞こえてきた、消え入りそうな笑い声に、聖に支えられながら振り返る。


そこには、胸の部分から下が完全に消え去り、胴体しか残ってない神威が、面白そうに笑っていた。


神威の下半身、消え去った部分からは、細かい光の様な粒子が、こぼれ落ちる様に天に向かって昇っていた。


「全く・・・ここまで拙を愉しませてくれるとは・・・ね。」


「・・・神威・・・おまえに聞きたい事がある。刹那は何処だ・・・」


俺がそう聞くと神威は、静かに目を閉じて、陽が沈みかけ、赤く染まった空へ顔を向けた。


「さて・・・ね。そこまで拙は知りません・・・しかし・・・一つだけ解る事があります・・・」


そう言って、ゆっくりとした動作で顔を元に戻し、俺達に視線を向けてくる神威。


「彼の目的・・・それが、彼を追う手がかりになるかどうか・・・それは知りませんが・・・ね。」


「奴の目的だと・・・?」


俺がそう聞き返すと神威は、真剣な表情で頷いてくる。


「・・・拙等の・・・八岐大蛇の存在理由・・・それは一体なんだと思いますか?」


「・・・この世界の破壊。」


暫く考えた末、神威の質問に俺はそう答えた。


「その答えは・・・半分正解ですが・・・半分違いますよ。貴殿等は、思った事がありませんか?この世界は・・・矛盾だらけだと・・・光と闇・・・正義と悪・・・妖怪と人間・・・何故分け隔てる必要があるのか・・・理解し合えぬのかと・・・」


その疑問は、この世界の根本にあるもの・・・


誰もがその矛盾を感じているだろう、だがその疑問を直視しようとする者は少ない。


「この世界が生まれてから・・・常にその矛盾は、この世界の根本に存在する・・・拙等は、それを生み出した神々と相反する存在・・・拙等は、その矛盾を取り払う為に、生まれた存在なのですよ・・・須佐之男命は、拙等を倒す事が出来たにもかかわらず、封印する事しか出来なかった・・・何故だと思いますか?」


「・・・矛盾を作り出したのが神ならば、自分達の矛盾である八岐大蛇を、倒す事は出来ない・・・」


「フッ・・・察しが良いですね・・・」


質問に俺がそう答えると、神威は面白そうに笑いながら答えてくる。


「・・・やり方や結果は、拙等とは違う様ですが・・・彼の目的もまた、この世界の矛盾を取り払う事・・・少なくとも、拙の解る事はこのくらいですよ・・・」


「・・・そうか。」


必要な事を聞き出し、そこで俺と神威との会話は途切れた。


俺との会話の間も、神威の体は消失しており、すでに胸の上辺りまで消え去っていた。


「あの・・・神威さん。」


不意に、俺を支えて立っていた聖が、神威に向かって声を掛けた。


「聖さん・・・でしたね。なんでしょうか・・・」


それに対し神威は、不思議そうな面もちで、聖の呼びかけに応える。


俺もまた聖に顔を向けると、どこか悲しそうな表情で、神威を見つめていた。


「あの・・・私と約束してくれませんか?」


「約束・・・ですか?」


「はい・・・もう人も妖怪も襲わないって・・・そうしたら私・・・」


「ちょ・・・聖さん・・・」


聖が何を言おうとしているのか、それが解ったのだろう桜は、慌てて聖に声を掛けようとする。


「・・・聖の好きな様にさせてやれ・・・」


俺もまた、聖が何を言いたいのかを察し、桜に声を掛けて制止させる。


「で、でも・・・」


桜が納得いかないのも無理はない・・・だが、この戦いを制したのは聖だ。


聖がそれを望むのならば、それを止める事は誰にも出来ない。


「・・・フッ・・・フッフッフ・・・面白い方ですね・・・貴殿は。拙は貴殿を殺そうとしたのですよ?それなのに・・・拙に情けを掛けようと言うのですか?」


神威もまた、聖の真意を察して、面白そうに笑い出し、聖に向かってそう告げた。


「解ってます・・・でも私・・・誰かが傷付くのを、見たくないんです・・・それが人でも、妖怪でも・・・みんな手を取り合えるって信じてるから・・・」


切実にそう語る聖に、いつの間にか神威は、笑みを消していた。


「・・・泣いて・・・いるのですか。」


そして、確認するかの様に紡がれた、神威の呟き・・・


神威の言う通り、聖は泣きながら言葉を発していた。


とても悲しそうに・・・


「・・・誰も・・・命を奪う権利なんて無い。誰にも奪わせたくない・・・それが、私が戦う理由なんです。」


涙を流しながらそう語る聖を前に、神威はまた空に顔を向けた。


「・・・少し、昔話でもしましょうか・・・もう六百年程昔になりますか・・・拙等八岐大蛇の八つの首の内、参の首がこの世界に人として転生したのですよ。」


「え?!」


不意の神威の一言に、桜は驚きの声を漏らした。


神威の言葉の真偽は定かではないが、さすがに俺も、虚をつかれ驚きを隠せない。


「・・・参の首の転生を知ってるのは、その両隣である拙と弐の首のみ・・・弐の首は、なかなか気むずかしい方で・・・ね。拙も、そんな事をいちいち他の首の方々に教える義理も無いので・・・拙等は、八匹で一匹の妖怪・・・ですがお互い、あまり干渉し合わないので・・・ね。ともあれ、その事実を知っているのは、ごく僅かなんですよ。」


俺達の驚きなど構わず、淡々と語り続ける神威。


その間も神威の体は、刻一刻と光の粒子へと変わっていく。


「・・・参の首は、長い年月を掛けて、封印された状態で自分の一部を切り離し、人として転生する術を編み出した・・・そして、彼の目的もまた、拙と同じく封印された本体の復活でした・・・」


そこまで言って神威は、空に向けていた顔を、俺達へと戻した。


「そして彼は、始めて封印を解いて復活した大蛇の首を倒した、当時の明王衆へと近づいた・・・しかし彼は、そこである女性と出会い、恋に落ちてしまった・・・拙は当時、あまりにも退屈だったので、使い間の目を通して、彼の事を見てたのですよ・・・」


「その大蛇の首は・・・それからどうしたんだ?」


俺がそう聞くと神威は、困った様な表情を浮かべて、苦笑してみせる。


「・・・拙等の事も忘れて、人としてその生涯を閉じたのでは無いでしょうか・・・ほんの気まぐれで、彼を見ていただけだったんで・・・ね。途中から興味が無くなったので、それ以上詳しい事は知りません・・・しかし・・・何故でしょうね・・・今なら彼の気持ちが、解る様な気がしますよ・・・」


そう言って神威は、聖に向けて笑みを浮かべた。


「それじゃ・・・約束してくれますか?」


神威の言葉を聞いて、聖の声が僅かに弾むのが解った。


だが神威は、そんな聖を余所に、首を横に振っていた。


「・・・申し出は嬉しいんですが・・・その約束を、拙は守る事は出来ないでしょう・・・」


「そんな・・・」


神威の返答を聞き、今度は逆に重苦しい程、聖の声音が沈んだ。


「・・・そんな残念そうな顔をしないで下さい・・・貴殿等との戦いは、本当に心躍る一時でした・・・十分愉しめましたよ・・・それに、拙は死ぬ事はありません・・・本体が死なない限り・・・ね。」


首の下辺りまで、体が消えているにも関わらず、神威は実に満足そうに笑っていた。


「取り決めがあるからこそ、何事も面白いのですよ・・・勝負は貴殿等の勝ち・・・そして敗者は、ただ消えるのみ・・・お預かりしている明王珠は、滝の裏側の洞窟の中に・・・」


光が顎まで来たかと思うと、残った神威の体が、淡い光に包まれ始める。


『そこには、巫女の方々もいらっしゃいます・・・早く行って差し上げてください。それでは・・・』


その言葉を最後に、残った体の全てが光の粒子に変わり、天へと登っていった。


「・・・これで本当に、終わったのね・・・」


「・・・あぁ。」


その光を見送っていると、不意に桜がそう言ってくる。


その言葉に呟きを漏らし、俺は聖に顔を向けた。


「・・・自分の信念を守ろうとしたんだ・・・よくやった・・・誇りを持て。」


俺の言葉に、無言で頷いてくる聖の頭に、痛む腕を堪えながら手を乗せる。


「・・・さて、これからどうしたものか・・・」


刹那の手がかりが掴めると思っていたが、結局足取りは掴めぬまま・・・


まぁ、奴の目的が解っただけマシだが、ここから先、どう動くべきか・・・


「・・・とりあえず、明王珠と巫女達を解放しにいきましょ。それに悠君を弔ってあげなきゃ・・・」


暫くの沈黙の後、不意に桜が、そう言って歩き始めるのが気配で解った。


「・・・そうだな。」


桜の呼びかけに応え、俺も振り返ろうとするが、俺を支えて立っている聖は、未だ動こうとはしなかった。


「・・・どうした聖?」


「あの・・・師匠。私・・・刹那さんに会いました。」


「ッ?!なんだと・・・」


思いもよらないその一言に、さすがに驚きを隠せない。


「本当なの?聖さん・・・」


桜もまた、驚きの声を上げながら、俺達に近づいてくるのが気配で解った。


「はい・・・それで、師匠に伝えてくれって、言われてた事があるんです・・・」


チッ・・・あの野郎・・・回りくどい事をする・・・


いつも俺の近くで、ちらつく影に苛立ちを覚え、心の中で舌打ちする。


「・・・それで、奴は何と言ってたんだ?」


「・・・神の居ない日に、神の子の地で再会しよう・・・って、言ってました。」


「神の居ない日・・・神の子の地・・・」


聖の言葉を復唱し、暗号めいたこの言葉の意味を考える。


神の居ない日・・・っと言うのは神無月の事だろう。


今が文月なので、神無月までには約三ヶ月と言った所か。


しかし・・・


「神の子の地・・・何処だ?」


恐らく、古事記や日本書紀に出てくる、伊邪那岐と伊邪那美の二神が生み出した、子供達の事を意味するのだろう。


だとするなら、大八島国と六島の何処かと言う事になるが・・・だとするなら、この国全域を探す羽目になるだろう。


今から神無月までの期間・・・その三ヶ月以内に探せと言う事か・・・無理な話しだな。


何の手がかりもなく、しかも時間的制約まで付けられたとなれば、ほぼ不可能な話だ。


「神の子・・・もしかしてそれって、水蛭子の事かしら・・・」


「いや、あれは、供としては含まれてはいない・・・流れ着いたとされる場所は、幾つもあるが、どれも信憑性に欠ける場所ばかりだ。」


不意の桜の呟きに、俺がそう答えると、不意に首を横に振られてしまった。


「・・・確かにそうね・・・でも、神話の元となった、壁画が存在する島があるとしたら・・・呪われた島と呼ばれて、誰もその島の事を語ろうとしないのだとすれば・・・そしてその島の名前が、『蛭子島』と呼ばれてるとしたら?」


回りくどくも、何処か確信めいた言葉に、俺は思考を中断し、桜を見据えた。


俺が旅を始めて六年・・・静菜と海淵と共に、旅をしていた日々を併せれば九年になるが、そんな島の話は一度として聞いた事は無い。


だがもし、その島が実在するのだとすれば・・・


「・・・詳しい場所を教えて貰おうか。」


もし・・・その島が実在するとしたら、十中八九そこだと、俺の中で何かがそう訴えている。


「良いわよ・・・けど、一つだけ条件があるわ。」


「・・・なんだ。」


不意の一言に訝しがりながらも、俺はその条件とやらを聞く事にする。


「私も、一緒に行くわ。刹那・・・静菜の目的が、この世の破滅だとしたら・・・何としても阻止するわ。あの子の為にも・・・」


「桜さん・・・」


桜の決意を聞き、俺の隣で聖が、呟くのが聞こえてきた。


何時か同じような事を言われ時の事を思い返し、その時の経験からして、こうなったら桜はテコでも動かない事は解っている。


それに桜が居れば、得にこそ成れ損には決して成らない・・・これ以上頼もしい女は、そうは居ないだろう。


「・・・勝手にしろよ。俺におまえを止める権利なんざ無いさ・・・」


特に反対する理由もなく、俺は桜の条件をすんなりと承諾した。


いつの間にか、完全に陽は沈み、夜の蚊帳が辺りを支配する頃、俺達の旅に一人、新しい仲間が加わった。


ドドドドド・・・


滝の裏側の洞窟内、岩をくり抜いて作られた牢には誰も居らず、数日前までそこに置かれていた筈の大瓶は、すでに運び出された後だった。


ただ滝が落ちる音だけが、洞窟内に響き渡る空間に、不意に気泡の様な光が現れる。


それが次第に大きくなり、人の形をしたかと思うと、そこから倒されたはずの神威が姿を現した。


「フゥ・・・やれやれ。再生するのに、一週間も掛かってしまいましたね・・・」


苦笑を浮かべながら、そう呟いた神威は、不意に洞窟内を見渡し始める。


「・・・見事に、何も無いです・・・ね。」


『肆の首よ・・・これは一体どういう事だ・・・』


神威がそう呟くと同時、洞窟内に低い声が響いてくる。


「これは壱の首・・・どういう・・・とは、どういう事でしょうかね?」


それに対し神威は、洞窟の天井を見上げながら、聞こえてきた声に戯けた質問で返した。


『とぼけるなよ貴様・・・よくものこのこと舞い戻って来られたものだ!』


また聞こえてきた違う声に、神威は鼻で笑って、目を閉じた。


「捌の首・・・拙は言ったと思うのですが・・・ね。拙のやり方が気に入らなければ、貴殿が準備を進めてください・・・とね。」


『貴様・・・』


『止めぬか・・・肆の首よ、まだ我等が復活する為の時間は、幾ばくかの猶予がある・・・解っておろうな?』


最初に聞こえてきた声の、どこか脅す様な口調に、神威は顔を引き締める。


「・・・また一からやり直せ・・・と言う事ですか?」


『決まっているだろう!』


「・・・そうでね・・・」


そう呟いて神威は、洞窟の入り口へと体を向けた。


『今ならば・・・奴等を倒すも容易いだろう・・・』


「・・・そうかもしれません・・・ね。ですが、お断りしますよ。」


聞こえてくる声にそう答えると、神威はゆっくりと歩き出した。


『何だと貴様!それはどういう事だ!!』


神威の返答を聞き、辺りに姿無き怒鳴り声が響き渡る。


「どうもこうも・・・言葉の通りですよ。取り決めをするからこそ、愉しいんですよ・・・そして拙は勝負に敗れた・・・拙は元々、本体の復活など、それほど興味は無いんで・・・ね。一度は壱の首の顔を立てましたが、これ以上拙が貴殿等に奉公する義理も無いでしょう?」


『貴様・・・よくもぬけぬけと!』


『待て捌の首・・・肆の首よ・・・それが汝の答えか?』


「えぇ・・・」


『もし・・・この先我等の本体が復活した際、汝に死よりも辛い苦痛が襲うとしても・・・か?』


その一言を聞いて、立ち止まった神威は、不敵な笑みを浮かべながら、振り返って洞窟の天井を見上げた。


「フッ・・・拙はね、今が愉しければ、それで良いんですよ・・・」


『・・・ならば、好きにすれば良い・・・時代が我等を望む時、我等は必ず復活する・・・その時を・・・楽しみにしている事だな・・・』


「えぇ・・・それでは、その日が来るのを、愉しみにさせて頂きますよ・・・それでは・・・」


その言葉を最後に、また洞窟内には滝が落ちる音だけが響き渡る。


神威はその後、二度と振り返る事もなく、洞窟を後にした。


その後神威は、何かに導かれるかの様に、宝仙達と死闘を繰り広げた場所へと足を運んだ。


その時の傷跡が生々しく残る大地が、繰り広げられた死闘の凄惨さを、雄弁に語っていた。


その場所をゆっくりと歩きながら、神威は一人、その時の事を思い出していた。


「・・・愉しかったですね・・・実に、愉しかった・・・」


不意にそう呟くと、神威は立ち止まり、昼の空を見上げる。


「さて・・・ようやく自由に成れた身・・・何処に行きましょうか・・・ね。」


太陽の日を浴びながら、そう言って笑う神威の表情は、何処か清々しかった。


「・・・人も妖怪も、手を取り合える・・・命を奪う権利など無い・・・ですか。」


不意に、目を細めながら、独白する様にそう呟いて、神威は視線を元に戻した。


「・・・甘いですね・・・実に・・・しかし拙は、そんな甘い考えの少女に、負けてしまいましたし・・・ね。少しだけ、その考えに付き合うのも、悪くはないでしょう・・・」


自嘲気味にそう呟いたかと思うと、後ろを振り返り、歩き始める神威。


「・・・この國は、拙には些か小さい・・・大陸にでも足を運ぶ事にしましょうか・・・ね。」


その呟きを最後に、神威の姿は虚空へと消えていった。


それ後、神威の行方を知る者は、誰一人として居なかった・・・


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