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3/13

第3話 村人ですが、大切な人を救えませんでした


村の鐘が鳴った。


一度。二度。三度。


昼食の時間を知らせる鐘ではない。


「魔物だ! ゴブリンが来たぞ!」


村の入口から男の叫び声が響いた。


主人公は家を飛び出した。


広場には、すでに村人たちが集まっていた。子供を抱えて走る母親。家の扉を閉める老人。手に農具を持ち、村の入口を見つめる男たち。


「どこから来たんだ?」


「森の方だ! 数は分からん!」


主人公は周囲を見回した。


リーナがいない。


「リーナは?」


そのとき、村の外れから悲鳴が聞こえた。


「いやあああっ!」


聞き覚えのある声だった。


主人公は走った。


村の外れ、物置小屋の近くに三匹のゴブリンがいた。


一匹がリーナの腕をつかみ、地面に押さえつけている。もう一匹は彼女の服を乱暴に引っ張っていた。


「やめて! 離して!」


リーナは必死に抵抗していた。


腕を振り回し、足で蹴り、相手の顔に爪を立てようとしている。上着はすでに裂けていた。


ゴブリンたちは彼女の抵抗を面白がるように笑っていた。


「リーナ!」


主人公が叫ぶ。


ゴブリンたちがこちらを向いた。


その一瞬、リーナの目と主人公の目が合った。


「来ないで!」


彼女は叫んだ。


「逃げて!」


主人公は足を止めなかった。


頭の中で、昨日までの実験がよみがえる。


小石の時間を遅くした。


薬草の時間を止めた。


世界全体を止めたこともある。


できるはずだ。


やれるはずだ。


「止まれ!」


何も起きなかった。


ゴブリンは動いている。


リーナも動いている。


世界は何ひとつ変わらない。


「止まれ!」


もう一度。


今度はゴブリンの腕に意識を集中させた。


ほんのわずかに、動きが鈍った。


しかし、それだけだった。


ゴブリンはすぐに動き出す。


「くそっ!」


主人公はさらに走った。


一匹が立ち上がり、こちらに向かってきた。


手には錆びた刃物が握られている。


主人公は時間を遅くしようとした。


今度は自分の周囲。


いや、刃物だけだ。


いや、ゴブリンの腕だけ。


何を対象にすればいい?


どうすればいい?


考えろ。


考えろ。


考えろ。


刃物が振り下ろされた。


主人公は横に転がった。


刃先が地面をえぐる。


間に合わない。


何も間に合わない。


その間にも、リーナの悲鳴が聞こえていた。


「いや! 触らないで!」


ゴブリンの手が彼女の服に伸びる。


リーナは相手の腕に噛みついた。


ゴブリンが怒り、彼女の頬を殴りつける。


鈍い音がした。


リーナの身体が地面に倒れる。


「リーナ!」


主人公は叫んだ。


もう一度、時間に干渉する。


今度こそ。


ほんの一瞬でいい。


一瞬だけでいいから。


止まれ。


止まれ。


止まれ!


ゴブリンの動きが、ほんのわずかに遅くなった。


だが、完全には止まらない。


そのわずかな変化に、主人公は気づいた。


遅くなっている。


確かに遅くなっている。


けれど、足りない。


まったく足りない。


ゴブリンの一匹が、近くに転がっていた大きな刃物を拾い上げた。


リーナは地面を這って逃げようとした。


「いや……やめて……!」


主人公は走った。


走りながら、時間を遅くしようとした。


今度は対象を絞る。


刃物。


ゴブリンの腕。


リーナの身体。


何でもいい。


何か一つでもいい。


「止まれえええ!」


一瞬、刃物の動きが鈍った。


しかし、止まらなかった。


ゴブリンは刃物を振り下ろした。


主人公の視界に、リーナの姿が映った。


そして、悲鳴。


次の瞬間、リーナの身体が大きく跳ねた。


主人公はようやく彼女のもとにたどり着いた。


地面には血が広がっていた。


リーナは声も出せず、ただ自分の脚のあった場所を見つめていた。


「……え?」


彼女の声はかすれていた。


「なに……これ……?」


主人公は言葉を失った。


ゴブリンが再び刃物を振り上げる。


そのとき、遠くから男たちの怒声が聞こえた。


「そっちだ!」


「囲め! 逃がすな!」


村人たちが駆けつけてきた。


ゴブリンたちは一瞬だけ迷った。


その隙に、主人公はリーナのそばに膝をついた。


「リーナ! リーナ!」


返事はない。


彼女の目は開いている。


けれど、主人公を見ていなかった。


「大丈夫だ。大丈夫だから!」


何が大丈夫なのか、自分でも分からなかった。


彼は自分の上着を脱ぎ、傷口を押さえた。


手が震えていた。


止血しなければ。


誰かを呼ばなければ。


何かしなければ。


しかし、頭の中では別のことが繰り返されていた。


止められたはずだ。


いや、止められなかった。


もっと早く走れていれば。


もっと強く時間に干渉できていれば。


あと一秒。


たった一秒でよかった。


どうして。


どうして止まらなかった。


やがて村人たちがゴブリンを追い払い、村の外れに静けさが戻った。


リーナは担架に乗せられ、村の診療所へ運ばれていった。


主人公はその後ろを歩いた。


誰も何も言わなかった。


診療所の扉が閉まった。


主人公は外に立ち尽くした。


どれくらい時間が経っただろう。


やがて医師が出てきた。


「命は助かるでしょう」


その言葉に、主人公はわずかに息をついた。


しかし、医師は続けた。


「だが、脚は……戻せません」


主人公は医師の顔を見た。


何か言わなければならない。


何か聞かなければならない。


けれど、何も出てこなかった。


その夜、主人公は家に戻らなかった。


診療所の外に座り、朝まで動かなかった。


昨日まで、自分は世界の時間を止められると思っていた。


砂時計を止めた。


小石の落下を遅くした。


薬草の時間にも干渉した。


それが何だ。


目の前の一人さえ救えなかった。


時間を操れる。


それなのに、間に合わなかった。


主人公は自分の手を見つめた。


この手で何ができる?


何もできなかった。


ならば、できるようになるしかない。


時間とは何か。


なぜ流れるのか。


何をすれば止まり、何をすれば遅くなり、どうすれば戻るのか。


今までのように、面白半分に試している場合ではない。


もう二度と、こんなことを起こさせない。


そして、いつか。


失われたものを取り戻す。


主人公は夜明けの空を見上げた。


眠る気はなかった。


考えなければならない。


調べなければならない。


試さなければならない。


時間について、すべてを知るまで。

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