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第12話 村人ですが、時間の使い方を覚えました


ノアの身体は、もう動かなかった。


棺の中には、崩れた骨と黒い粉のようなものが残っていた。


ミレイアは、ずっとそれを見つめていた。


「……終わったんですか」


「ああ。もう動かない」


彼女は何も言わなかった。


弟を二度失った。


一度目は、炎の中で。


二度目は、僕の手によって。


僕はノートを開いた。


逆行は、対象の変化を過去へ向かわせる。


そして、さっきの現象は、その反対だった。


対象の変化を未来へ向かわせる。


ただ時間が進むのを待つのではない。時間の進み方そのものを速める。


時間加速。


僕はその言葉を書き留めた。


これまで、時間を止めること、遅くすること、逆行させることを別々に考えていた。


しかし、違う。


時間の流れを遅くも速くもできる。進む向きさえ変えられる。


僕は時間そのものに干渉していたのだ。


「帰りましょう」


ミレイアが言った。


僕はノートを閉じた。


墓を元に戻し、丘を下りた。


帰り道、彼女は一度も振り返らなかった。


その夜、僕は眠れなかった。


ノアの身体が暴れる音が、何度も頭の中で蘇る。


ミレイアが押さえつけていた姿も。


僕が手をかざし、時間を進めた瞬間も。


考えれば考えるほど、手の感触が生々しくなった。


翌日、ミレイアが訪ねてきた。


「少し、お邪魔してもいいですか」


「ああ」


彼女は椅子に座った。


しばらく、二人とも何も話さなかった。


「昨日のこと、後悔していますか」


「分からない」


「そうですか」


彼女は膝の上で指を組んだ。


「私も、分かりません。あの子に会えたことは嬉しかった。でも、最後は……」


そこで言葉が止まった。


僕は彼女の手を見た。


昨日、ノアを押さえつけていた手だった。


指先には、まだ力が入っているように見えた。


「……ところで」


ミレイアが顔を上げた。


「あなた、最近ちゃんと食べていますか?」


「食べているよ」


「何を?」


「パンとか」


「それは食べ物の名前であって、食事の内容ではありません」


「野菜も食べている」


「何の野菜ですか?」


「……野菜だ」


彼女は小さくため息をついた。


「まったく。薬草の研究をしている人間が、自分の食事には無頓着なんですね」


「薬草の研究と食事は関係ないだろ」


「ありますよ。栄養が偏れば体調を崩します。体調を崩せば研究も進みません」


「それは困るな」


「でしょう?」


ミレイアは持ってきた籠を机に置いた。


「今日は薬草を届けに来たんです。それと、少し食べ物も」


「薬草?」


「乾燥させたものです。あなたが時間を止めた葉っぱとは違いますけど」


「それは比較実験に使えそうだ」


「ほら、すぐ研究の話になる」


彼女は笑った。


僕もつられて笑った。


「そういえば、あなたの研究はどうなったんですか?」


「時間を進めることができた」


「進める?」


「逆行の反対だ。対象の変化を速めることができる」


「それなら、熟していない果実を一瞬で熟させることも?」


「試していない」


「薬草の乾燥も?」


「それも試していない」


「では、何を進めたんです?」


「……死体の変化を」


ミレイアは一瞬だけ黙った。


「そうでしたね」


「うん」


「では、今度は生きているものでも試してみたらどうですか?」


「生きているものか」


「薬草なら、私も協力できます。成長の速さを変えられるなら、面白いことが分かるかもしれません」


「確かに。枯らすだけじゃなく、成長を進められる可能性もある」


「ただし、私の薬草を全部枯らしたら怒りますからね」


「失敗したときは?」


「怒ります」


「成功したときは?」


「それは結果を見てから考えます」


「ずいぶん厳しいな」


「貴重な薬草なんですから、当然です」


ミレイアは籠から小さな包みを取り出した。


「これは実験用です。失敗しても構いません」


「ありがとう」


「ただし、成功したら私にも教えてくださいね」


「ああ。もちろん」


彼女は椅子に座り直し、机の上のノートを覗き込んだ。


「それにしても、相変わらず字が汚いですね」


「読めるだろ」


「読めますけど、読みやすくはありません」


「研究の内容が大事なんだ」


「記録も研究のうちですよ」


「分かった。次から気をつける」


「本当ですか?」


「たぶん」


「たぶん、ですか」


彼女は笑った。


僕も笑った。


久しぶりに、誰かとこんな話をした気がした。

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