第13話 村人ですが、時間の仕組みを考えました
机の上には、三つの小石と、一枚の枯れかけた葉が並んでいた。
僕はノートに線を引いた。
時間を止める。
時間を遅くする。
時間を逆行させる。
時間を進める。
これまでにできたことを並べてみると、ずいぶん増えたように思える。
けれど、どれも別々の能力として扱っているだけで、根本的な仕組みは分かっていない。
「また難しい顔をしていますね」
顔を上げると、ミレイアが籠を抱えて立っていた。
「いらっしゃい」
「こんにちは。今日は何をしているんですか?」
「時間について考えている」
「いつも通りですね」
彼女は籠を机の端に置いた。
中には数種類の薬草が入っている。
「今日は実験用の薬草を持ってきました。約束しましたからね」
「ありがとう。助かるよ」
「ただし、全部枯らしたら怒ります」
「分かっている」
「本当に?」
「……努力する」
「そこは断言してください」
ミレイアは呆れたように笑い、向かいの椅子に座った。
僕はノートを彼女に見せた。
「今までの実験を整理していたんだ。時間を止めることも、遅くすることも、逆行させることも、進めることもできた」
「はい」
「でも、これらは本当に別々のものなのかな」
「どういう意味です?」
「例えば、砂時計を考えてみてくれ。砂が落ちるのを止めれば時間停止。ゆっくり落とせば時間減速。反対向きに動かせば逆行。速く落とせば時間加速」
「そうですね」
「つまり、僕は砂時計に四種類の能力を使っているんじゃない。砂の動き方を変えているだけなんじゃないか」
ミレイアは少し考えた。
「砂の動き方を変えることと、砂の時間を変えることは同じなんですか?」
「そこが問題だ」
「砂時計をひっくり返せば、砂は反対側に落ちますよね」
「それは容器の向きを変えただけだ」
「では、砂を手で反対側に戻せば?」
「それも時間を逆行させたわけじゃない」
「ずいぶん面倒ですね」
「面倒だから研究しているんだ」
「なるほど。では、私は砂時計をひっくり返す係にします」
「何のために?」
「あなたが考えている間に、砂が全部落ちてしまわないように」
「それは時間を止めればいい」
「食事の時間も止めるんですか?」
「食事は別だ」
「便利な研究ですね」
ミレイアは笑った。
僕も笑いながら、ノートに四つの言葉を書き直した。
方向。
速さ。
「そうか……」
「何か分かりました?」
「時間の方向と、変化の速さは別々に考えられるんじゃないか」
僕は紙の上に矢印を描いた。
「変化が過去へ向かうのか、未来へ向かうのか。それとは別に、変化がどれくらいの速さで進むのかがある」
「つまり?」
「逆行は、変化の方向を過去へ向ける。加速は、変化の速さを上げる。減速は速さを下げる。停止は、速さをゼロにする」
ミレイアは矢印を眺めた。
「では、時間を止めるというのは、変化の速さをゼロにすることなんですね」
「ああ」
「それなら、時間を遅くするのも、止めるのも、同じ仕組みなんですか?」
「そう考えられる」
「では、時間を止めることができるなら、ほんの少しだけ動かすこともできる?」
僕は彼女を見た。
「……できるかもしれない」
「どうして驚くんですか。あなたが今言ったことですよ」
「いや、そこまで考えていなかった」
「考えてくださいよ」
彼女は呆れた顔をした。
僕は小石を一つ手に取った。
「試してみよう」
小石を机に置き、その時間を遅くする。
以前なら、これで十分だった。
だが今回は、さらに干渉を弱めてみる。
小石の表面を観察する。
何も起こらない。
「どうです?」
「まだ分からない」
「小石が動いたら教えてくださいね」
「動かす実験じゃない」
「では、何の実験です?」
「変化の速さを、ほんの少しだけ変える実験だ」
「小石の変化なんて、見て分かるんですか?」
「分からないかもしれない」
「それでは実験になりませんね」
「……そうだな」
ミレイアは笑いをこらえている。
「何がおかしい?」
「いえ。小石をじっと見つめて、何も起きないことを確認している人がいるので」
「君だって薬草を観察するときはじっと見ているだろ」
「薬草は観察すると変化が分かりますから」
「小石だって変化している」
「では、何が変化しました?」
「……分からない」
「ふふっ」
僕は小石を机に戻した。
どうやら、観察できない変化を確かめる方法も考えなければならない。
「でも、面白いですね」
ミレイアが言った。
「何が?」
「時間の速さを変えられるなら、同じ一日でも、対象によって過ごす時間が違うということですよね」
「ああ。対象にとっての時間が変わる」
「それなら、あなたが私より速く時間を進めたら、私が一日過ごす間に、あなたは何日も過ごせるんですか?」
「理屈の上では」
「それは嫌ですね」
「どうして?」
「私が一日しか年を取らないのに、あなたは何日分も年を取るんでしょう?」
「そうなるかもしれない」
「では、あなたが先におじいさんになってしまいますね」
「それは困るな」
「私が若いままなのも、少し気まずいです」
「君だって時間を操作すればいい」
「私は薬草を育てるので忙しいんです」
「時間の研究は?」
「あなたに任せます」
あまりにも堂々と言うので、僕は思わず吹き出した。
ミレイアも声を上げて笑った。
彼女が笑うのを見るのは、悪くなかった。
ノアのことがなくなったわけではない。
あの日の出来事を、二人とも忘れてはいない。
それでも、こうして笑うことはできる。
僕はもう一度ノートに向かった。
「もう一つ、試したいことがある」
「今度は何です?」
「対象全体ではなく、一部分だけに干渉できないか考えている」
「一部分?」
僕は薬草を一本取り出した。
「例えば、この葉っぱの先端だけを加速させる。あるいは、茎だけを逆行させる」
「そんなことができるんですか?」
「まだ分からない。でも、時間を操作する対象を細かく指定できるなら、可能性はある」
「葉っぱの先だけ枯らすんですか?」
「そうだ」
「それは何の役に立つんでしょう」
「……まだ分からない」
「またですか」
「研究というのは、そういうものだ」
「便利な言葉ですね」
彼女は薬草を僕の手から取り上げた。
「では、これで試してください。これは葉が傷んでいるので、少しぐらい失敗しても構いません」
「いいのか?」
「ただし、茎まで枯らしたら失敗です」
「分かった」
僕は葉の先端だけを意識した。
対象を絞る。
葉全体ではなく、先端の一部分。
そこだけの時間を進める。
集中する。
しばらくして、葉の先端がわずかに縮んだ。
「おっ」
「変化しました?」
「ああ。先端だけ、少し乾燥した」
ミレイアが身を乗り出した。
葉を受け取り、茎や葉の根元を確認する。
「本当ですね。ここだけ乾いています」
「できた……」
「すごいじゃないですか」
彼女は素直に感心した。
僕は葉を見つめた。
対象全体の時間を操作するのではなく、対象の一部分に干渉する。
これは大きな進歩だった。
「これなら、薬草の傷んだ部分だけを取り除くこともできるかもしれない」
「切り取らずに?」
「ああ。傷んだ部分だけを加速させて、乾燥させたり、変化を進めたりできる」
「それは便利ですね。薬草の保存にも使えるかもしれません」
「もっと細かく制御できれば、傷の治癒を進めることも……」
そこまで言って、僕は口を閉じた。
人間の身体。
第七話の記憶がよみがえる。
一部分だけを指定できたとしても、そこには無数の変化がある。傷を治す変化だけを進められるとは限らない。
ミレイアも、僕の顔を見ていた。
「焦らなくていいと思います」
「……ああ」
「まずは薬草で練習しましょう。人間の身体で試すのは、まだ早いです」
「分かっている」
「本当ですか?」
「本当だ」
「では、約束してください」
「何を?」
「私の薬草を使うときは、必ず声をかけること」
「それだけ?」
「それだけです。あなたは目を離すと、何でも勝手に実験しますから」
「そんなことはない」
「以前、私の乾燥棚の葉っぱを全部止めたでしょう」
「あれは保存実験だ」
「そのせいで、乾燥の進み具合が分からなくなりました」
「結果として保存できた」
「乾燥できなくなったんです」
「……そうだったな」
「忘れないでくださいね」
彼女は少し得意そうに笑った。
僕も笑った。
その日は、夕方まで実験を続けた。
葉の先端だけを加速することには成功したが、範囲を小さくしすぎると干渉が不安定になった。逆行についても同じように試したが、まだ狙った場所だけを戻すことはできなかった。
それでも、確かな進歩だった。
時間を止める。
時間を遅くする。
時間を逆行させる。
時間を進める。
それらは別々の能力ではない。
対象に起きる変化の方向と速さを操作している。
そして、その干渉する範囲も変えられるかもしれない。
ノートの最後に、僕は書き加えた。
時間への干渉は、方向・速さ・範囲を指定できる可能性がある。
「今日はずいぶん進みましたね」
ミレイアが言った。
「ああ。君のおかげだ」
「私がいなかったら、まだ小石を眺めていたかもしれませんね」
「それは否定できない」
「否定してくださいよ」
彼女は笑った。
窓の外は、もう夕暮れだった。
「そろそろ帰りますね」
「また来てくれ」
「薬草が必要なんですか?」
「それもある」
「それも?」
「話し相手がいると、研究が進む」
ミレイアは少し目を丸くしたあと、笑った。
「では、次はもっと難しい質問を持ってきます」
「望むところだ」
「答えられなかったら?」
「考える」
「答えられるまで帰りませんよ」
「それは困るな」
「ふふっ。では、また」
彼女が帰ったあとも、僕はしばらくノートを眺めていた。
研究は進んだ。
それだけではない。
誰かと考え、話し、笑う。
そんな時間も、悪くないと思った。




