第11話 村人ですが、時間を進めました
ノアの身体が震えていた。
最初は指先だけだった。
それが腕に広がり、肩が跳ね、やがて全身が激しく痙攣し始めた。
「ノア……?」
ミレイアが弟の顔を覗き込む。
焼け焦げた顔。皮膚は黒く縮れ、口元も歪んでいる。
それでも、先ほど確かに笑った。
姉に向かって、笑おうとしていた。
だが、その表情はもうなかった。
ノアは棺の中で暴れ始めた。
身体をよじり、手足を振り回し、何かから逃れようとするように激しくもがく。
「ノア! ノア!」
ミレイアが弟の肩を押さえた。
しかし、止まらない。
焼けた身体が棺の内側にぶつかる。腕が跳ね、脚が突っ張る。喉からは声にならない音が漏れていた。
死ぬ直前の苦しみが、戻ってきている。
炎に包まれた痛み。息ができない恐怖。逃げようとしても逃げられない絶望。
それらを、ノアはもう一度味わっている。
「ノア、もういいの……!」
ミレイアは弟の身体に覆いかぶさるようにして押さえた。
僕も反対側から肩を押さえる。
それでもノアは暴れ続けた。
「止まれ……!」
僕は逆行を止めようと、何度も意識を集中させた。
止まれ。
頼むから、止まってくれ。
しかし、何も変わらない。
逆行は続いている。
僕はノートを開いた。
時間を止める。
時間を遅くする。
時間を逆行させる。
これまでの実験を思い返す。
逆行とは、対象がたどる変化を反対方向へ進ませることだった。
ならば、その反対は何だ。
時間を元の方向へ進ませること。
逆行が止められないのなら、逆向きに進んでいる時間を、前向きに進めればいい。
僕はノアの身体に手をかざした。
逆行とは反対の変化を起こせ。
そう念じた。
何も起きない。
もう一度、今度は強く念じる。
ノアの身体の動きが、一瞬だけ止まった。
そして、皮膚の表面がわずかに変化した。
乾いていく。
焼け焦げた肉が、さらに縮んでいく。
時間が進んでいる。
それも、異常な速さで。
「……何をしているんですか」
ミレイアの声が聞こえた。
僕は答えられなかった。
ノアの身体は、さらに変化していく。
皮膚が剥がれ、肉が崩れ、骨が露わになる。骨もまた、乾いて脆くなっていった。
それでも、ノアはまだ動いていた。
ミレイアは泣きながら、弟を押さえ続けていた。
「もう……いいんです。もう、いいから……」
僕は手を引かなかった。
ここで止めれば、また逆行が続く。
もう一度、あの苦しみを繰り返させることになる。
だから、進めるしかなかった。
ノアの身体は、急速に朽ちていった。
やがて、激しく動いていた手足が力を失う。
最後に指先が一度だけ跳ねた。
それきり、何も動かなかった。
僕は手を下ろした。
静かだった。
ミレイアは弟の身体を押さえたまま、しばらく動かなかった。
逆行の反対は、時間を進めること。
時間は過去へも未来へも、干渉できる。
けれど、僕が見つけたものは、新しい力などではなかった。
僕は一度、死者を蘇らせた。
そして、もう一度殺した。
今度は、自分の手で。




