第10話 村人ですが、死者の時間について考えました
村の外れの丘。
ミレイアの弟、ノアの墓はそこにあった。
墓を掘り返し、棺の蓋を開ける。
中には、焼け焦げた遺体が横たわっていた。衣服はほとんど残っておらず、身体のあちこちが黒く炭化している。
僕はすぐには手を伸ばさなかった。
今までの実験とは、根本的に違う。
木片を戻したとき、僕が逆行させたのは、削られるという変化だった。植物なら、傷つくという変化だった。
どちらも、何が起きたのかは明確だった。
だが、人間はどうだ。
病気になる。身体が衰える。火傷を負う。呼吸が止まる。そして、腐敗する。
これらはすべて別々の変化だ。
それらを一つずつ逆行させれば、人間は生き返るのだろうか。
いや、それだけでは足りない。
死体を生きていた頃の姿に戻すことと、生き返らせることは同じではない。
身体の形を戻しても、意識が戻るとは限らない。
では、そもそも死とは何だ。
生きている間、身体の中では無数の変化が起きている。呼吸も、血液の循環も、細胞の活動も。死とは、その変化の一部が止まることなのか。それとも、生きているという状態を成立させていた変化の連なりそのものが途切れることなのか。
死者の時間を戻すとは、死体を元の形に戻すことではない。
生きていた時間の連なりを、再びつなぎ直すことではないか。
時間は、物の形を変えるだけのものではない。
変化を生み、その変化が次の変化を生んでいく。
ならば、その連なりを逆向きにたどることができれば。
僕は、ノアの遺体を見つめた。
今まで僕は、対象の変化を逆行させていると思っていた。
だが、本当は違うのかもしれない。
対象の過去へ戻しているのではない。
対象がたどってきた時間そのものに、干渉しているのだ。
「……やってみます」
ミレイアは何も言わず、弟の顔を見つめていた。
僕はノアの身体に手をかざした。
逆行させる。
腐敗だけではない。病も、火傷も、死に至るまでの変化も。
ノアという人間が、生きていた時間をたどる。
強く念じた。
遺体がわずかに震えた。
しばらくして、ノアの胸が動いた。
一度。
そして、もう一度。
止まっていた呼吸が戻っていく。
焼け焦げた身体は、そのままだった。黒く縮れた皮膚も、焼け崩れた顔も変わらない。
それでも、ノアの目が開いた。
ミレイアが息を呑む。
ノアの視線が、ゆっくりと姉の方へ向いた。
そして、ほんのわずかに笑ったように見えた。
「ノア……」
ミレイアの頬を涙が伝った。
僕も息を呑んでいた。
成功した。
死者の時間を戻すことができた。
だが、その直後だった。
ノアの指が、ぴくりと動いた。
一度だけではない。
指先が何度も、不規則に震え始めた。
「ノア?」
ミレイアが呼びかける。
ノアの目は開いたままだった。
僕は逆行を止めようとした。
だが、止まらない。
一度つながった時間の連なりが、僕の意思とは無関係に、さらに過去へ向かおうとしていた。




