# 第8話 苔むす洞と、迷わないスキル
# 第8話 苔むす洞と、迷わないスキル
見習いになって、一か月が過ぎた。
毎日一回の無料ガチャは、俺の朝の楽しみになっていた。
朝ごはんの前に、縁側で一回。ほとんどが白いカプセルで、出てくるのは塩一袋だったり、包帯だったり、毛糸玉だったりした。毛糸玉はルルのお気に入りになって、今では猫じゃらしと並ぶ宝物だ。
魔石で回したガチャでは、三つ目の「小石投げ」が出た。
> **小石投げ+1 → 小石投げ+2**
> 投げた小石の威力が、さらに上がる。
おかげで今は、俺の石一つでスライムの核を割れるようになっていた。トーマは「俺の出番が減った」と口をとがらせたけれど、そのぶん一日に倒せる数は倍になった。
そして、三日前の無料ガチャで、こんなものが出た。
> **【N】スキル「方向感覚」**
> 自分がどの方向を向いているか、
> どれだけ歩いたかが、なんとなく分かる。
> 迷わない。
「迷わない、か」
正直なところ、そのときはあまりぴんと来なかった。ルーヴェンの町で迷子になったことなんて、一度もない。
その使い道が分かったのは、ガルドさんのこの一言がきっかけだった。
「明日、苔むす洞に入る」
---
苔むす洞は、町の北にある小さな丘の中腹に、ぽっかりと口を開けている洞窟だ。
ルーヴェンの冒険者にとっては、一番最初に入るダンジョンとして知られている。出てくる魔物は弱いものばかりで、奥に行っても三階までしかない。
それでも、ダンジョンはダンジョンだ。
「中では、絶対に俺の前に出るな」
洞窟の入り口で、ガルドさんはいつもより低い声で言った。
「ダンジョンは、外とは違う。暗い。狭い。音が響く。何より、帰り道が分からなくなる。迷ったら、それだけで死ぬことがある」
トーマが、ごくりとつばを飲み込んだ。
「明かりは俺が持つ。お前らは、俺の背中だけ見て歩け。いいな」
「はい」
フードの中で、ルルが小さく身じろぎした。
洞窟の中に、一歩、足を踏み入れる。
ひんやりとした空気が、肌にまとわりついてきた。土と水と、少しカビのような匂い。
そして、思っていたよりも明るかった。
「わあ……」
壁にも天井にも、びっしりと苔が生えていた。その苔が、ぼんやりと淡い緑色に光っている。まるで、洞窟全体が小さな星空みたいだった。
「光苔だ。だから、ここは苔むす洞と呼ばれている」
ガルドさんが、手にしたランタンを少し掲げた。
「明るいからといって油断するな。苔の光が届かない場所もある」
---
洞窟の中は、思っていたよりもずっと入り組んでいた。
道は何度も枝分かれして、上ったり下りたり、右に曲がったり左に曲がったりする。似たような岩壁ばかりで、十分も歩くと、自分がどこから来たのか分からなくなりそうだった。
――普通なら。
「……あれ」
歩きながら、俺は不思議な感覚に気づいた。
分かるのだ。
今、自分が入り口からどっちの方向にいるのか。何歩くらい歩いてきたのか。さっきの分かれ道を右に曲がって、少し下って、今は北東に向かっている。頭の中に、ぼんやりと線が引かれていくような感じだった。
これが、方向感覚。
「どうした、レン」
「いえ。あの、ガルドさん。俺たち、今、入り口から北東に百二十歩くらいの場所ですよね」
ガルドさんの足が止まった。
振り返って、俺の顔をじっと見る。
「……なぜ分かる」
「三日前に、ガチャで方向感覚ってスキルが出たんです。歩いた方向と距離が、なんとなく分かるみたいで」
ガルドさんは、しばらく黙っていた。それから、腰の袋から古びた羊皮紙を取り出して、ランタンの明かりにかざした。
「ギルドにある、苔むす洞の地図だ」
のぞき込むと、洞窟の道が線で描かれていた。でも、ところどころ線がかすれていたり、途中で途切れていたりする。
「ずいぶん古い地図でな。苔むす洞は、何年かに一度、崩れたり、新しい道ができたりする。今の洞窟とは、合わないところがある」
ガルドさんは地図を指でたどって、小さく眉を寄せた。
「この地図だと、ここは行き止まりのはずだ」
確かに、地図の上では、この場所の少し手前で線が終わっていた。でも、目の前の道は、まだ奥へと続いている。
「レン」
「はい」
「お前、この洞窟の道を、紙に描けるか」
---
その日から、俺の仕事が一つ増えた。
ガルドさんにもらった薄い紙の束と、炭の棒を持って、苔むす洞を歩く。分かれ道に来るたびに立ち止まって、方向と歩数を書き留める。
最初はうまくいかなかった。頭の中では分かっていても、それを紙の上の線にするのが難しい。曲がり角の角度がずれたり、道の長さがちぐはぐになったりした。
「十歩を、指一本の幅にしろ」
ガルドさんが言った。
「全部を同じ決まりで描け。そうすれば、あとで見たやつにも分かる」
「なるほど……」
前世で言う、縮尺だ。決まった比率で描けば、地図は正確になる。
十歩で指一本。曲がり角は、方向感覚で感じたとおりの角度で。分かれ道には印をつけて、どっちに何があったかを書き込む。
道を進みながら、たまに魔物にも出会った。
天井からぶら下がっている、手のひらくらいの洞窟コウモリ。ガルドさんが「目を狙え」と言うので、小石を投げると、ぱちんと当たって落ちてきた。
岩陰から飛び出してくる、角の生えた大きなネズミ。トーマが木剣で叩き落とした。
どちらも、スライムと同じように、ときどき小魔石を落とした。
ルルはずっと、俺のフードの中で大人しくしていた。ときどき顔を出して、光る苔をじっと眺めている。苔の光が、空色と金色の目に映って、きらきらと揺れていた。
---
洞窟を出たのは、日が傾き始めたころだった。
外の空気が、とんでもなく新鮮に感じる。トーマは入り口の横の草の上に大の字に寝転がって、「生きてるー」とつぶやいた。
俺は、膝の上に紙を広げた。
炭で描いた線が、何本も枝分かれしながら紙の上を這っている。何度も描き直したせいで、あちこち黒く汚れていた。きれいとは言えない。
でも、今日歩いた苔むす洞の一階が、ほぼ全部そこにあった。
「見せてみろ」
ガルドさんが、俺の手から紙を受け取った。
夕日の中で、ガルドさんは長いこと黙って紙を眺めていた。古い地図と見比べて、指でなぞって、また見比べる。
それから、ぽつりと言った。
「……よく描けている」
「本当ですか」
「ああ。俺が覚えている今の苔むす洞と、ほとんど同じだ。古い地図にない道も、ちゃんと描いてある」
ガルドさんは、紙を丁寧に折りたたんで、俺に返してくれた。
「レン。明日、それを清書して、リゼに見せろ」
「リゼさんに、ですか?」
「ギルドは、新しい地図を欲しがっている。苔むす洞は見習いが最初に入るダンジョンだからな。正しい地図があれば、迷うやつが減る」
迷うやつが、減る。
その言葉が、胸の奥に静かに落ちてきた。
ガルドさんは、「迷ったら、それだけで死ぬことがある」と言っていた。俺の描いた地図で、誰かが迷わずにすむなら。
「……はい。きれいに描き直します」
ガルドさんは小さくうなずいて、町の方へ歩き出した。
その大きな背中を追いかけながら、俺はフードの中のルルに小声で言った。
「迷わないスキル、だってさ。すごいの出たかもしれない」
「るる」
ルルは、当然でしょ、と言いたげに、俺の首筋に頭をこすりつけた。
(第8話 終わり)
---
**【ガチャ記録】第8話まで**
ガチャを授かってから 34日目 / ガチャLv.2
回した回数:合計21回(無料15回・魔石6回)
今回出たもの
- 魔石ガチャ:【N】スキル「小石投げ」(重複で小石投げ+2に)
- 無料ガチャ:【N】塩一袋×2、【N】包帯×2、【N】毛糸玉、【N】木のスプーン、【N】縫い針と糸、【N】手ぬぐい、【N】乾燥豆(一袋)、【N】ボタン一袋、【N】石けん、【N】紙の束、【N】炭の棒、【N】スキル「方向感覚」
これまでに出たもの
- 特別枠【祝福の一回】:【N】子猫
- スキル:小石投げ+2、方向感覚
- 食べ物・レシピ:【R】大きな燻製ハム(孤児院の晩ごはんに)、【N】じゃがいも(一袋)、【N】乾燥豆(一袋)
- そのほか:【N】革の小物袋、【N】猫じゃらし(ルルの宝物)、【N】塩一袋×2、【N】包帯×2、【N】毛糸玉(ルルの宝物)、【N】木のスプーン、【N】縫い針と糸、【N】手ぬぐい、【N】ボタン一袋、【N】石けん、【N】紙の束(地図の下書きに)、【N】炭の棒




