第30話 今日も、縁側で
第30話 今日も、縁側で
ガチャのレベルが上がった、その夜。
俺の頭の中は、十連のことでいっぱいだった。
十一個のカプセル。小魔石、百個。銀貨三枚。寝床の下の、ずしりと重い袋。
今ある銀貨で、十連は、何回回せるだろうか。いや、その前に、ベルンさんの店に、百個も小魔石があるだろうか。
あれこれ考えながら、寝床にもぐりこんだ。
胸の上に、ルルが乗ってきた。その重さと温かさを感じたとたん、まぶたが、すとんと落ちた。
戦いの疲れは、まだ、体のどこかに残っていたらしい。
考えごとの続きは、一つもしないまま、朝になっていた。
◇ ◇ ◇
次の日の朝は、いつもどおり、縁側で無料ガチャを回した。
鉄の鍋の寝床から出てきたルルが、あくびをしながら、膝の上によじ登ってくる。
『本日の無料ガチャ:1回』
手を伸ばす。くるくると回る絵。ころん、と白いカプセル。
『【N】石けん』
「……石けん」
いつもの、白。いつもの、日用品。
それなのに、今朝は、カプセルが一つしか出てこないのが、なんだか物足りなかった。
十一個、いっぺんに転がり出てきたら。
頭を振って、石けんを台所の棚に置きにいった。
◇ ◇ ◇
昼前、トーマと一緒に家を出た。
ギルドの前まで来たところで、トーマが、盾を背負い直した。
「俺、これからボリスさんのとこ。ギルドの裏庭で、盾の革の張り替え、教えてくれるんだってさ。レンは?」
「……ちょっと、ベルンさんの店に」
「ふうん。何買うんだ?」
「……いろいろ」
トーマは、少しだけ俺の顔をじっと見た。でも、何も言わずに、「じゃあな」と手を振って、ギルドの中へ入っていった。
俺は、一人で、ギルドの裏通りに入った。
フードの中で、ルルが、もぞりと動いた。
◇ ◇ ◇
気がつくと、俺は、ベルンさんの店の前に立っていた。
扉の前で、行ったり来たりした。三往復した。
靴に穴のあいた子たちの顔が浮かんだ。院長先生の、あかぎれのある手が浮かんだ。それから、光る画面が浮かんだ。
回したい。でも。
でも、一回くらいなら。
一回だけ。十連を、一回だけ。それで、ちゃんと、やめる。
俺は、扉を押した。
「おや、レン。いらっしゃい」
カウンターの奥で、ベルンさんが眼鏡を押し上げた。
「小魔石を、百個ください」
「百個?」
ベルンさんは目を丸くして、それから、くすくすと笑った。
「ちょうどいい。門の前で倒れた魔物の魔石が、ギルドからどっさり回ってきたところでね。今なら、いくらでもあるよ」
銀貨を三枚、カウンターに並べた。指が、少しだけ震えていた。
◇ ◇ ◇
ひだまりの家に帰ると、家の中は、しんと静かだった。
院長先生は、小さい子たちを連れて、教会に出かけていた。戦いのあいだ避難していた人たちの寝床の片付けを、町じゅうで手伝っているのだ。
本当は、俺とトーマも行くつもりだった。でも、朝ごはんのときに、院長先生に止められた。
「あなたたちは、二日も門の上と門の前で戦ったのよ。片付けは、町の大人と、ほかの子たちでやります。今日は、ゆっくり休みなさい」
いつもの、やわらかい声だった。でも、言い返せる声ではなかった。
大きい子たちは、みんな院長先生と一緒に出かけた。夕方まで、帰ってこない。
トーマは、まだギルドの裏庭で、ボリスさんに盾の革の張り替えを教わっている。休めと言われたのに、じっとしていられなかったらしい。
……人のことは、言えないけれど。
家にいるのは、俺と、ルルだけだった。
……ちょうど、よかった。
縁側に、小魔石の袋を置いた。
ルルが、膝の上から、画面をのぞきこむ。
『魔石ガチャ:十連(おまけ1回)』
前世で、何百回と見た文字。
息を吸って、手を伸ばした。
画面の中で、ガチャの絵が、いつもより大きく、くるくると回った。
そして、カプセルが、ころころころころと、いっぺんに転がり出てきた。
白。白。白。青。白。白。白。白。白。白。
それから、おまけの一つ。
白だった。
「……」
一つずつ、開けていった。
塩。手ぬぐい。包帯。ろうそく。石けん。縫い針と糸。干しいも。紙の束。
青いカプセルからは、厚手の外套が出てきた。羽織ってみると、俺の体にちょうどいい大きさだった。冬の見張りでも、これなら寒くない。
白いカプセルの一つからは、スキルが出た。
『【重複】スキル「生活魔法:着火」が強化されました。
生活魔法:着火 → 生活魔法:着火+1』
そして、最後の、おまけの一つ。
『【N】塩一袋』
「……塩」
十一回回して、青が、一つ。
前世でも、よくあった。十連を回して、虹どころか金も出ずに、画面の前で天井を仰いだことが、何度も。
でも、不思議と、悔しくはなかった。
塩が二袋。冬の外套。それに、着火も、少しだけ育った。
重ねれば、ちゃんと、育つ。
「……みゃ」
膝の上で、ルルが、塩の袋をちょいちょいとつついた。
「それは、ルルのじゃないよ」
画面の端の数字を見た。『これまでに回した回数:117回』。次の天井まで、まだ、八百八十三回。
寝床の下の袋は、まだ、ずしりと重かった。
一回だけ。そう決めたはずだった。
◇ ◇ ◇
夕方、出てきた日用品を両腕に抱えて、台所に行った。
院長先生は、かまどの前で、晩ごはんの支度を始めるところだった。
「先生、これ」
テーブルの上に、どさりと並べる。塩が二袋。包帯。手ぬぐい。ろうそく。石けん。縫い針と糸。干しいも。紙の束。
「まあ、こんなにたくさん」
院長先生は、目を丸くして、一つずつ手に取った。
「塩が二つも。助かるわ。冬の前に、野菜をいろいろ漬け込んで準備できるわ」
それから、ふと手を止めて、俺の顔を見た。
「……今朝の無料ガチャは、石けん一つだったわよね?」
「……」
「レン。銀貨、何枚使ったの?」
「……三枚です」
院長先生は、しばらく黙って俺を見ていた。
それから、くすりと笑って、塩の袋を棚にしまった。
「そう。三枚ね」
叱られは、しなかった。
たぶん。
◇ ◇ ◇
「先生、かまどの火、俺がつけます」
照れかくしに、そう言った。
かまどの前にしゃがんで、細い薪と、焚きつけの枯れ枝を組む。
指先を、そこに向けた。
着火。
ぽっ、と、指先に火が灯った。
前よりも、明らかに大きかった。入門書を読んでから、ろうそく二本分くらいになっていた火が、今は、三本分くらいある。それに、火の色が、少しだけ濃い。
焚きつけに近づけると、ぱちぱちと音を立てて、すぐに火が回った。いつもなら、何度か息を吹きかけないと燃え移らないのに。
「あら、早いわね」
院長先生が、後ろからのぞきこんだ。
いつの間にか、ミリィとポポも、台所の入り口から顔を出していた。
「レンにいちゃんの火、おっきくなってる!」
「もう一回! もう一回やって!」
もう一度、指先に火を灯してみせると、二人がきゃあっと声を上げた。
フードの中から、ルルが顔を出して、火のにおいをくんくんと嗅いだ。それから、ひげの先が熱かったのか、慌てて首を引っこめた。
重ねれば、ちゃんと、育つ。
ろうそく一本分から始まった火が、三本分になった。
◇ ◇ ◇
その夜、寝床の中で、ガチャの一覧を、上から順番に開いていった。
これまでに出たもの。百十七回分の、全部。
小石投げ。最初の一回。柿の木の下で、みんなで笑ったスキル。あの石が、あいつの背中の柱を割った。
方向感覚。苔むす洞の地図を描いて、銀貨をもらった。森から帰る道も、これで見つけた。
着火。乾燥ハーブ。そよ風。三つ合わせて、コウモリの群れを追い払った。
包帯。ガルドさんの血を、少しでも止めた。
塩。石けん。手ぬぐい。ひだまりの家の台所の棚を、毎日埋めてくれている。
鉄の鍋は、ルルの寝床になった。紙の束は、地図の下書きになった。猫じゃらしと毛糸玉は、ルルの宝物だ。
外れだと思ったものも、ほとんど、どこかで役に立っていた。
◇ ◇ ◇
それから、紙の束を一枚と、炭の棒を出してきた。
前世のガチャ好きの、悪い癖だ。結果を見ると、数えたくなる。
無料ガチャは、九十回。そのうち一回は天井だから、それを除くと八十九回。白が八十四。青が五。
魔石ガチャは、二十七回。白が二十二。青が四。金が一。
青より上が出たのは、無料なら十八回に一回くらい。魔石なら、五回に一回くらい。
やっぱり、魔石ガチャの方が、ずっと出やすい。
もう一つ、数えてみて気がついたことがあった。
スキルだ。
小石投げは、三回とも魔石ガチャで出た。着火も、二回とも魔石だった。魔石ガチャ二十七回のうち、五回がスキル。
無料ガチャでスキルが出たのは、九十回で、方向感覚とそよ風の二回だけ。
「……魔石の方が、スキルが出やすい?」
二十七回なんて、数としては少なすぎる。前世の俺なら、これだけで言い切ったりはしない。偶然かもしれない。
でも、もし、本当にそうなら。
紙の上の数字を、しばらく眺めた。
青と金のカプセルから出たものも、並べて書いてみた。ハム。革の小盾。投石紐。胸当て。外套。
ハムは、ひだまりの家のみんなで食べた。盾はトーマの腕に合っていた。投石紐と、胸当てと、外套は、俺の体にぴったりだった。
ガチャは、俺と、俺のまわりの人の暮らしに合うものを出してくれる。神官様が言っていた「暮らしに寄り添うスキル」というのは、たぶん、そういうことなんだろう。
◇ ◇ ◇
前世でも、ガチャは好きだった。
でも、あのころのガチャは、画面の中の数字だった。出てきたキャラクターも、武器も、画面の外には一つも出てこなかった。
この世界のガチャは、違う。
出てきた塩は、誰かの晩ごはんになる。包帯は、誰かの傷を押さえる。鍋は、ルルの寝床になる。石は、町の門を守った。
回すたびに、誰かの暮らしが、ほんの少しだけ変わる。
だから、俺は、前世よりも、ずっと、このガチャが好きだ。
◇ ◇ ◇
それから、スキルの欄の、二つの名前を見た。
生活魔法:着火+1。生活魔法:そよ風。
ガチャから出た魔法は、まだ、この二つだけだ。ろうそく三本分の火と、洗濯物を乾かす風。
小さな魔法だ。
でも、祝福の儀で魔法のスキルを授かるのは、二十人に一人くらいだと聞く。戦いで使えるほどの魔法となれば、もっと少ない。セシルさんのような人は、町に、ほんの何人かしかいない。
その魔法が、ガチャからは、出てくる。
生活魔法の入門書には、水を出す魔法のことも書いてあった。治療院の扉の隙間からは、神官様の治癒の光が漏れていた。
ガルドさんの傷を、すぐにふさげる光。誰かを守れる魔法。
あの夜、毛布の中で、喉から手が出るほど欲しいと思った。
今も、思っている。
もし、魔石ガチャの方が、スキルが出やすいのなら。
もし、着火やそよ風の仲間が、一覧のどこかで待っているのなら。
「……ガチャって、無駄づかいじゃないよな」
声に出してみると、なんだか、それらしく聞こえた。
紙の上の数字も、そう言っているような気がした。
胸の上で、ルルが、片目だけ開けた。
◇ ◇ ◇
そう。無駄づかいじゃない。
オスカーさんは、新しい槍の穂先を、鍛冶屋さんに頼んでいた。ボリスさんは、へこんだ盾を直しに出していた。ニコさんは、矢を百本、買い足していた。
冒険者は、稼いだお金で、武器を買う。直す。そうやって、次も生きて帰ってくる。
俺の武器は、ガチャだ。
だったら、ガチャに使うのは、ほかの人が剣を買うのと、同じじゃないだろうか。
「……同じ、だよな」
ルルは、何も言わなかった。尻尾の先だけが、ぱたん、と一度、毛布をたたいた。
その尻尾を見ていたら、なんだか、言い訳をしている自分が、急に恥ずかしくなった。
……いや。認めよう。
いろいろ理由をつけているけれど、結局、俺は、十連を回したいだけだ。
魔石ガチャの方が、青や金が出やすい。たぶん、本当だ。スキルが出やすいのも、たぶん、そうだろう。白いカプセルの日用品が、みんなの役に立っているのも、本当だ。魔法が欲しいのも、本当だ。
全部、本当だ。
でも、一番の理由は、そのどれでもない。
画面の中で、ガチャの絵がくるくると回る、あの瞬間。カプセルが転がり出てきて、色が見えるまでの、ほんの一呼吸。白か、青か、それとも。
あの、胸の奥がどきどきして、指先まで熱くなる感じ。
前世で、何百回と味わった。この世界に来ても、毎朝、縁側で味わってきた。今日の昼、十一個のカプセルがいっぺんに転がり出てきたときは、それが、十一倍になった。
あれを、もう一回、味わいたい。
それだけだ。
「……しょうがないよな。ガチャ好きなんだから」
ルルが、ふん、と小さく鼻を鳴らした。ガルドさんに、少しだけ似ていた。
◇ ◇ ◇
でも、全部は、だめだ。
それは、分かっていた。前世の俺は、それで、月末にもやしを食べていた。
寝床の下から、袋を引っぱり出して、毛布の上に銀貨を並べた。
地図係の五枚。森の地図の、院長先生に渡した残りの一枚。門を守った二枚。上乗せの、六十枚。
六十八枚。
まず、半分。三十四枚は、ひだまりの家のぶんだ。小さい子たちの冬の靴。薪。いざというときのための蓄え。ここには、絶対に手をつけない。
残りの三十四枚が、俺が自分で使っていいぶん。
でも、これも全部じゃない。新しい投石紐の代わりも、いつかは要る。冬の手袋も。ダンさんとニコさんへのお礼も。
だから、そのまた半分。
十七枚。
ここまでなら、ガチャに使ってもいい。
十連一回が、銀貨三枚。十七枚なら、五回。
もう、一回回した。
だから――
「……あと、四回」
毛布の上に並んだ銀貨を、四つの山に分けた。三枚ずつ。余った二枚は、袋に戻した。
完璧な計画だった。
たぶん。
膝の上で、ルルが、あきれたように大きなあくびをした。
(第30話 終わり)
――――――――――――
【ガチャ記録】第30話まで
ガチャを授かってから 122日目 / ガチャLv.5
回した回数:合計117回(無料90回・魔石27回) ※100回目(天井)は第25話で使用済み。次の天井は1000回目
今回出たもの
・魔石ガチャ(十連・おまけ1回):【N】塩一袋×2、【N】手ぬぐい、【R】厚手の外套、【N】包帯、【N】スキル「生活魔法:着火」(重複で生活魔法:着火+1に)、【N】ろうそく十本、【N】石けん、【N】縫い針と糸、【N】干しいも、【N】紙の束
・無料ガチャ:【N】石けん
これまでに出たもの
・特別枠【祝福の一回】:【N】子猫
・スキル:【N】小石投げ+3、【N】方向感覚、【N】生活魔法:着火+1、【N】生活魔法:そよ風
・装備・冒険の道具:【SR】風読みの投石紐(第28話で切れた)、【R】革の小盾、【R】丈夫な雨合羽、【R】丈夫な革の胸当て(レンが着用)、【R】厚手の外套(レンの体に合う大きさ)、【N】砥石、【N】革の小物袋、【N】丈夫な縄、【N】丈夫な靴ひも、【N】革の手袋(投石紐の練習用に)、【N】革の水筒
・食べ物:【R】大きな燻製ハム(孤児院の晩ごはんに)、【R】干し果物の詰め合わせ(ダンとニコにも)、【R】堅焼きパン(大箱)、【N】じゃがいも(一袋)、【N】乾燥豆(一袋)×4、【N】干しいも×4、【N】小麦粉(小袋)×2、【N】乾燥ハーブ×2、【N】塩一袋×10
・レシピ・本:【N】レシピ「じゃがいももち」(院長先生に)、【N】レシピ「はちみつケーキ」、【N】生活魔法の入門書(着火が少し上達)
・手当て・身の回り:【N】包帯×10、【N】手ぬぐい×8、【N】石けん×7
・布・裁縫:【R】厚手の毛布(孤児院に)、【R】大きな布地(院長先生が子どもたちの服に)、【N】縫い針と糸×6、【N】ボタン一袋×3、【N】革ひも×2、【N】指ぬき
・台所・家の道具:【N】木のスプーン×2、【N】釘一袋、【N】木の器×2、【N】鉄の鍋(孤児院に)
・紙・灯り:【N】紙の束×9(地図の下書きに)、【N】炭の棒×6、【N】ろうそく十本×2
・庭:【N】青葉草の種(孤児院の庭に)、【N】青葉草の束(ダンの家に)
・おもちゃ・ルルの宝物:【N】猫じゃらし(ルルの宝物)、【N】毛糸玉×2(ルルの宝物)、【N】木のコマ(小さい子たちに)、【N】ビー玉一袋(小さい子たちに)




