第29話 騎士団と、銀貨五枚
第29話 騎士団と、銀貨五枚
王都の騎士団が着いたのは、次の日の朝だった。
銀色の鎧を着た騎士たちが、百騎ほど。朝日の中を、街道から土煙を上げてやってきた。
門の前で、先頭の騎士が馬を止めた。
そして、門の前に横たわっている、家ほどもある大きな体を見て、しばらく動かなかった。
「……これを、町の者だけで?」
「町の者だけで、だ」
ハロルドさんが、ひしゃげた門の前で、胸を張って言った。目の下に、真っ黒なくまができていた。
「群れは昨日の昼、森へ散った。あとは任せたい。森の奥に、これを生んだものがある」
騎士団は、その日のうちに、オスカーさんたちの案内で森へ向かった。オスカーさんは、出かける前に、俺の描いた森の地図を、大事そうに鞄にしまっていった。
◇ ◇ ◇
その朝の無料ガチャは、白いカプセルだった。
『【N】包帯』
「……また、包帯」
思わずつぶやくと、隣でリゼさんが笑った。
「また、じゃないわよ。今、町じゅうで一番足りないものよ、それ」
包帯は、そのまま治療院に届けた。神官様は、いつものように静かにうなずいて、大事そうに棚にしまってくれた。
ルルが目を覚ましたのは、その日の昼だった。
詰所の毛布の上で、ぐーっと前足を伸ばして、大きなあくびをした。それから、とことこと俺の膝に上ってきて、「みゃあ」と鳴いた。
いつもの声だった。
「おなか、すいた?」
「みゃあ」
干し魚を一皿。ぺろりとたいらげた。
二皿目。ぺろりとたいらげた。
三皿目を出したところで、さすがに心配になってきた。
「ルル、そんなに食べて、大丈夫?」
「あれだけのことをしたんだ。腹も減るだろう」
いつの間にか後ろに立っていたガルドさんが、紙の包みを一つ、皿の横に置いた。
中身は、言うまでもなかった。
「……たまたま、ですか」
「たまたまだ」
ルルは、四皿目の干し魚に、迷わず顔をつっこんだ。
◇ ◇ ◇
夕方、教会から、子どもたちが帰ってきた。
ひだまりの家の門をくぐるなり、ミリィが、まっすぐ俺に向かって走ってきた。
「レンにいちゃん! ルル!」
ミリィは、俺の腰にしがみついて、それから、フードの中のルルをのぞきこんだ。
「ちゃんと、帰ってきた」
「うん。約束したから」
「トーマにいちゃんも?」
「おう、ここだ」
トーマが、ポポをひょいと肩車しながら言った。ポポは、二の門が破られかけたときについた、盾のふちの欠けたところを見て、「かっこいい」と目を輝かせていた。
院長先生は、門のところで、子どもたちが全員入るのを見届けてから、俺とトーマの前に来た。
それから、二人まとめて、ぎゅっと抱きしめた。
三日前と同じように、何も言わなかった。
でも、三日前とは、腕の力が違った。
◇ ◇ ◇
報酬が渡されたのは、それから二日後だった。
ギルドの奥の部屋で、ハロルドさんが、机の上に小さな革袋を二つ並べた。
「約束の報酬だ」
一つ目の袋を、俺の前に押し出す。
「地図係として、銀貨五枚。森の地図は、別にギルドで買い取る。あの地図がなければ、群れの通り道も、柱の場所も分からなかった。騎士団も、あれを頼りに森に入っている。銀貨二枚だ」
二つ目の袋。
「トーマ。護衛として、銀貨三枚。君がいなければ、レンは森から帰ってこられなかったと、ガルドから聞いている」
トーマは、目を丸くして、袋とハロルドさんの顔を、何度も見比べた。
「お、俺にも、ですか」
「当然だ」
それから、ハロルドさんは、もう二つ、袋を並べた。
「こっちは、門を守った報酬だ。緊急依頼の決まりどおり、一日につき銀貨一枚。二日分で、銀貨二枚。見習いも、大人も同じだ。ダンとニコにも、あとで同じだけ渡す」
ハロルドさんは、俺の前の袋を、指で軽く叩いた。
「それから、レンには、上乗せがある」
ハロルドさんは、机の下から、もう一つ袋を出した。今までのどの袋よりも、ずっと大きかった。
「胸の光る頭を六匹。あの大きいのの背中の塊を七本。最後の一本は、オスカーの槍と一緒に。あの塊は、壁の上の大人の誰にも割れなかった。お前にしか倒せん相手だった」
ハロルドさんは、袋を、俺の前に置いた。
「銀貨六十枚だ。大人の冒険者の、三か月分の稼ぎになる」
「ろ、六十……」
声が、裏返った。
苔むす洞の地図が、一枚、銀貨一枚。それを、六十枚分。頭の中で数えようとして、途中で分からなくなった。
「多すぎます、俺、見習いで……」
「見習いかどうかは関係ない。やったことに払う。それが、ギルドの決まりだ」
ハロルドさんは、それから、トーマの方を向いた。
「トーマにも、上乗せが二枚。門が破られたあと、二の門の前から、最後まで一歩も下がらなかったと、ボリスから聞いた。よく頑張った」
トーマは、口を開けたまま固まっていた。それから、俺の前の大きな袋と、自分の袋を見比べて、にっと笑った。
「お前、すげえな」
「……トーマだって」
ガルドさんの言葉を思い出した。生きて受け取れ。死んだやつには、払えん。
門を守った人たちは、みんな、生きて受け取れる。十五年前とは、違う。
俺は、目の前の袋を、そっと持ち上げた。
ずしりと、重かった。
調査隊の話を聞いた日、俺は、塩や冬の薪のことを考えた。それから、この額の大きさは、森の危なさなんだと気づいた。
今なら、その意味が、もっとよく分かった。
「……ありがとうございます」
「礼を言うのは、こっちだ」
ハロルドさんは、少しだけ笑った。
「それから、苔むす洞が、また入れるようになったら、三階の地図の続きを頼みたい。リゼが、ずっと待っている」
◇ ◇ ◇
ひだまりの家に帰って、いつものように、地図の代金の半分を、院長先生に渡した。
それから、報酬の袋を、テーブルの上に置いた。
「これも、冬の薪に……」
「レン」
院長先生が、俺の言葉を、そっと止めた。
「地図のお金は、ありがたくいただくわ。薪は、それで十分足りる」
院長先生は、報酬の袋を、俺の手に戻した。
「でも、これは、あなたが命をかけて受け取ったお金よ。何に使うかは、あなたが決めなさい」
「……俺が」
「そう。あなたが」
俺は、袋を握ったまま、しばらく考えた。
塩。薪。小さい子たちの冬の靴。ダンさんとニコさんへのお礼。それから、ルルの干し魚。
全部、思いついた。でも、すぐには決められなかった。
「すぐに決めなくていいのよ」
院長先生が、くすりと笑った。
「慎重で、計画を立てるのが好きなのは、昔からでしょう」
◇ ◇ ◇
その次の日、ガルドさんに呼ばれて、トーマと二人で、町の外れの墓地に行った。
ガルドさんは、まだ左の肩から胸に包帯を巻いていた。神官様が言っていたとおり、深い傷は、ひと月はかかる。それでも、杖をつかずに、ちゃんと自分の足で歩いていた。
墓地の奥の、大きな木の下に、小さな墓石があった。
刻まれていたのは、二つの名前。
ユーリ。
それから、クロ。
ガルドさんは、墓石の前に、しばらく黙って立っていた。
手の中には、小さな鈴のついた首輪があった。家の壁に、十五年間かけてあった首輪だ。
ガルドさんは、それを、墓石の上にそっと置いた。
ちりん、と、鈴が鳴った。
「ユーリ」
低い声だった。
「今度は、全員で帰ってきたぞ」
それだけ言って、ガルドさんは、また黙った。
トーマが、一歩前に出た。腰の剣を、鞘ごと外して、両手で持った。
「ユーリさん。剣、使わせてもらいました」
トーマの声は、少し震えていた。
「抜いたけど、振り下ろさずにすみました。ルルと、レンと、オスカーさんたちが、間に合ったから」
トーマは、剣を、もう一度腰に戻した。
「これからも、大事に使います」
フードから、ルルがするりと抜け出した。
とことこと墓石の前まで歩いていって、首輪の横に、ちょこんと座った。
それから、墓石に、額をこすりつけた。
ちりん、と、鈴がもう一度鳴った。
ガルドさんは、何も言わずに、その小さな背中を見ていた。
目が、少しだけ赤かった。
◇ ◇ ◇
そのとき、目の前に、光の画面が開いた。
自分で開いたわけじゃなかった。
『【ガチャレベルが上がりました】
ガチャLv.4 → Lv.5
・出てくるものの種類が増えました。
・魔石ガチャを、十回まとめて回せるようになりました。
・十回まとめて回すと、おまけでもう一回回せます。』
「……っ」
声が出そうになって、慌てて口を押さえた。
十回、まとめて。
十連だ。
しかも、おまけつき。十回分の魔石で、十一回。
前世で、何百回と押したボタン。十連なら、一回ずつ回すより、少しだけ得をする。そういうものだと、前世の俺は知っていた。この世界のガチャにも、ちゃんと、それがあった。
でも、胸の奥が、勝手に、どきどきしていた。
それから、すぐに我に返った。
十回分。小魔石、百個。銅貨にして、三百枚。
今までの俺には、ずいぶん遠い数だった。
でも。
今は、銀貨がある。
ひだまりの家の、俺の寝床の下。昨日もらったばかりの、ずしりと重い袋。銀貨三枚で、十連が一回。袋の中には、その二十倍以上が入っている。
頭の中で、勝手に計算が始まった。一回なら。二回なら。いや、いっそ――
ベルンさんの店の棚に並んだ、小魔石の箱が目に浮かんだ。光る画面。十一個のカプセルが、ころころと、いっぺんに転がり出てくるところ。
回したい。
胸の奥で、前世の俺が、ボタンに手を伸ばしていた。
でも、同じ袋の中には、小さい子たちの冬の靴も入っている。院長先生の薪も。ルルの干し魚も。
それに、あれは、門の上で命をかけて受け取ったお金だ。ガルドさんの言葉が、頭の中でよみがえる。生きて受け取れ。
回したい。でも。
でも、回したい。
「どうした、レン。変な顔して」
トーマが、横から俺の顔をのぞきこんだ。
「……ガチャのレベルが、上がった」
「お、よかったじゃん。何が増えたんだ?」
「十回、まとめて回せるようになった。しかも、おまけで一回多く回せる」
「へえ、お得じゃん」
「そう、お得。……だけど、魔石が百個いる」
「百個って、銀貨三枚だろ。お前、今、銀貨持ってるじゃん」
「……持ってる。だから、困ってる」
トーマは、しばらく俺の顔を見て、それから、ぷっと吹き出した。
「お前、ガチャのことになると、ほんとに変な顔するよな」
後ろで、ガルドさんが、低く笑った。
声を出して笑うガルドさんを、俺は、初めて聞いた気がした。
「お前が門の上で稼いだ金だ。何に使おうと、お前の勝手だ」
ガルドさんは、墓石の方を見たまま、言った。
「……ただし、院長に叱られん程度にしておけ」
それは、止められているのか、背中を押されているのか、よく分からない言葉だった。
墓石の前で、ルルが、こっちを振り返って、「みゃあ」と鳴いた。
秋の風が、墓地の木の葉を、さらさらと揺らしていた。
(第29話 終わり)
――――――――――――
【ガチャ記録】第29話まで
ガチャを授かってから 121日目 / ガチャLv.5
回した回数:合計105回(無料89回・魔石16回) ※100回目(天井)は第25話で使用済み。次の天井は1000回目
今回出たもの
・無料ガチャ:【N】包帯、【N】塩一袋、【N】紙の束、【N】手ぬぐい
これまでに出たもの
・特別枠【祝福の一回】:【N】子猫
・スキル:【N】小石投げ+3、【N】方向感覚、【N】生活魔法:着火(少し上達)、【N】生活魔法:そよ風
・装備・冒険の道具:【SR】風読みの投石紐(第28話で切れた)、【R】革の小盾、【R】丈夫な雨合羽、【R】丈夫な革の胸当て(レンが着用)、【N】砥石、【N】革の小物袋、【N】丈夫な縄、【N】丈夫な靴ひも、【N】革の手袋(投石紐の練習用に)、【N】革の水筒
・食べ物:【R】大きな燻製ハム(孤児院の晩ごはんに)、【R】干し果物の詰め合わせ(ダンとニコにも)、【R】堅焼きパン(大箱)、【N】じゃがいも(一袋)、【N】乾燥豆(一袋)×4、【N】干しいも×3、【N】小麦粉(小袋)×2、【N】乾燥ハーブ×2、【N】塩一袋×8
・レシピ・本:【N】レシピ「じゃがいももち」(院長先生に)、【N】レシピ「はちみつケーキ」、【N】生活魔法の入門書(着火が少し上達)
・手当て・身の回り:【N】包帯×9、【N】手ぬぐい×7、【N】石けん×5
・布・裁縫:【R】厚手の毛布(孤児院に)、【R】大きな布地(院長先生が子どもたちの服に)、【N】縫い針と糸×5、【N】ボタン一袋×3、【N】革ひも×2、【N】指ぬき
・台所・家の道具:【N】木のスプーン×2、【N】釘一袋、【N】木の器×2、【N】鉄の鍋(孤児院に)
・紙・灯り:【N】紙の束×8(地図の下書きに)、【N】炭の棒×6、【N】ろうそく十本
・庭:【N】青葉草の種(孤児院の庭に)、【N】青葉草の束(ダンの家に)
・おもちゃ・ルルの宝物:【N】猫じゃらし(ルルの宝物)、【N】毛糸玉×2(ルルの宝物)、【N】木のコマ(小さい子たちに)、【N】ビー玉一袋(小さい子たちに)




