第20話 森の奥の、黒い柱
第20話 森の奥の、黒い柱
二日目の森は、一日目よりも暗かった。
木々が太く、背が高くなって、枝が空を覆い隠している。昼間なのに、夕暮れみたいな薄暗さだった。足元の落ち葉は湿っていて、踏むたびに、じゅく、と嫌な音がした。
木の幹の爪あとは、奥へ進むほど増えていった。
それだけじゃない。
折れた枝。踏み荒らされた下草。地面に残った、大きな足跡。犬のような足跡もあれば、ひづめの跡も、何かを引きずったような長い溝もあった。
全部、同じ方向に向かっていた。
「……集まっている」
オスカーさんが、足跡を見下ろして言った。
「群れが、どこか一か所に向かっている。この先に、何かがある」
方向感覚で、頭の中の線をたどる。石の列から、北東へ、ほぼまっすぐ。野営地からは、北へ少しずれて、また北東。
紙の上の線は、ずいぶん長くなっていた。
「レン。帰り道は分かるか」
最後尾から、ガルドさんが声をかけてきた。
「分かります。野営地まで、だいたい四千歩。そこから石の列まで、九千歩くらいです」
「よし。それを、絶対に忘れるな」
「はい」
◇ ◇ ◇
昼を少し過ぎたころ、ルルの様子が変わった。
フードの中で、ぴたりと動きが止まる。耳が、前に向かってぴんと立つ。
そして、首筋に当たる毛が、ゆっくりと逆立っていった。
「止まってください」
俺は、小さな声で言った。
前を歩いていたオスカーさんが、すぐに手を上げた。調査隊全員が、その場で動きを止める。
ルルは、前方の、少し小高くなった丘の方を見ていた。
「……何か、聞こえる」
セシルさんが、ささやいた。
耳を澄ます。
最初は、風の音だと思った。でも、違った。低い、うなるような音。それが、丘の向こうから、途切れることなく響いてくる。
何かの、息づかいのような。
たくさんの、何かの。
「ここからは、這って行く」
オスカーさんが、身をかがめた。
「音を立てるな。丘の上から、向こうを見るだけだ。見たら、すぐに戻る」
◇ ◇ ◇
落ち葉の上を、腹ばいになって進む。
湿った土の匂い。胸当ての革が、地面にこすれる感触。すぐ隣で、トーマが息を殺しているのが分かった。
丘の頂上の、茂みの陰。
オスカーさんが、そっと枝をかき分けた。
その向こうに広がっていたのは、大きな窪地だった。
まるで、森の真ん中に、巨大なすり鉢を押しつけたような場所。木は一本も生えていない。土がむき出しになって、黒っぽく湿っていた。
そして、その窪地を、魔物が埋め尽くしていた。
「――っ」
声が出そうになって、慌てて自分の口を押さえた。
草原オオカミ。何十匹もいる。灰色の背中が、波のようにうごめいている。
角イノシシ。牙トカゲ。苔むす洞で見た岩トカゲも、洞窟コウモリも、数え切れないくらい。見たこともない、熊のように大きな魔物も、何匹かいた。
百や、二百じゃなかった。
窪地の底が、ほとんど見えないくらいだった。
それなのに、魔物たちは、互いに争おうとしていなかった。オオカミのすぐ横に、イノシシが寝そべっている。牙トカゲの背中に、コウモリがぶら下がっている。
まるで、何かを待っているみたいに。
そして、窪地の真ん中に、それはあった。
◇ ◇ ◇
柱だった。
大人が何人も手をつないで、やっと囲めるくらいの太さ。高さは、町の教会の屋根くらいある。
色は、真っ黒だった。
いや、ただの黒じゃない。表面が、ぬらりと光っていた。光を吸い込むような、底の見えない黒。そして、その中で、ときどき、赤黒い光が脈打つように揺れていた。
どくん。どくん。
まるで、心臓みたいに。
「……魔石だ」
セシルさんの声が、震えていた。
「あれ、全部、魔石……? あんな大きさの魔石、聞いたことない……」
柱の根元に、魔物たちが群がっていた。何匹かが、柱の表面を舐めるようにしている。柱が脈打つたびに、その魔物たちの体が、少しずつ大きく膨らんでいくように見えた。
魔石を食って、大きくなるやつがいる。
苔むす洞の三階で、ガルドさんはそう言っていた。かじられた、スライムの核。
「あれが、群れを呼んでいる」
オスカーさんが、低い声で言った。
「森中の魔物を、あの柱が集めているんだ。そして、食わせて、大きくしている」
俺は、隣のガルドさんを見た。
ガルドさんは、窪地を見下ろしたまま、動かなかった。
顔から、血の気が引いていた。
「……十五年前は」
かすれた声だった。
「あんなものは、なかった。少なくとも、俺たちは見ていない。群れの数も……あのときより、多い」
◇ ◇ ◇
「戻るぞ」
オスカーさんが、静かに言った。
「見るべきものは見た。今すぐ町に戻って、ハロルドに知らせる。王都にも、すぐに使いを出してもらう」
全員が、うなずいた。
這ったまま、丘の頂上から、ゆっくりと後ろに下がる。一歩。また一歩。背中を見せずに。
心臓が、耳元でうるさいくらいに鳴っていた。
窪地の魔物たちは、こっちに気づいていない。うなるような息づかいは、変わらずに響き続けている。
丘の陰まで下がって、ようやく、オスカーさんが立ち上がった。
「よし。走らずに、急ぐ。レン、帰り道を」
「はい。こっちです」
方向感覚の線を、逆にたどる。南西へ。野営地まで、四千歩。
ルルの毛は、まだ逆立ったままだった。
いや、さっきよりも、ひどくなっていた。
フードの中で、ルルの体が、小刻みに震え始めた。
「……ルル?」
ルルが、フードから身を乗り出した。俺の肩の上で、後ろを振り返る。
丘の方を。
その瞬間だった。
森の奥から、声が響いた。
長く、高く、空気を引き裂くような声。
オオカミの遠吠えだった。
一匹じゃない。最初の声に重なるように、二つ目、三つ目。それが、あっという間に、十、二十と増えていく。森の木々が、びりびりと震えるような声の渦。
調査隊の全員が、凍りついた。
「……気づかれた」
ガルドさんが、剣を抜いた。
その手は、もう震えていなかった。
「走れ」
その声と同時に、背後の丘の上で、灰色の影が、いくつも立ち上がった。
(第20話 終わり)
――――――――――――
【ガチャ記録】第20話まで
ガチャを授かってから 108日目 / ガチャLv.3
回した回数:合計99回(無料83回・魔石16回) ※99回で止めて、100回目は取ってある
今回出たもの:なし
これまでに出たもの
・特別枠【祝福の一回】:【N】子猫
・スキル:小石投げ+2、方向感覚、生活魔法:着火(少し上達)
・装備・道具:【R】革の小盾、【R】丈夫な雨合羽、【SR】風読みの投石紐、【R】丈夫な革の胸当て(レンが着用)、【N】砥石
・食べ物・レシピ:【R】大きな燻製ハム(孤児院の晩ごはんに)、【N】じゃがいも(一袋)、【N】乾燥豆(一袋)×4、【N】干しいも×3、【N】小麦粉(小袋)×2、【N】乾燥ハーブ×2、【N】レシピ「じゃがいももち」(院長先生に)、【R】干し果物の詰め合わせ(ダンとニコにも)、【R】堅焼きパン(大箱)、【N】レシピ「はちみつケーキ」
・そのほか:【N】革の小物袋、【N】猫じゃらし(ルルの宝物)、【N】塩一袋×7、【N】包帯×8、【N】毛糸玉×2(ルルの宝物)、【N】木のスプーン×2、【N】縫い針と糸×5、【N】手ぬぐい×6、【N】ボタン一袋×3、【N】石けん×5、【N】紙の束×7(地図の下書きに)、【N】炭の棒×6、【N】木のコマ(小さい子たちに)、【N】釘一袋、【N】ビー玉一袋(小さい子たちに)、【R】厚手の毛布(孤児院に)、【N】革ひも×2、【N】丈夫な縄、【N】木の器×2、【N】青葉草の種(孤児院の庭に)、【N】丈夫な靴ひも、【R】大きな布地(院長先生が子どもたちの服に)、【N】指ぬき、【N】革の手袋(投石紐の練習用に)、【N】ろうそく十本、【N】青葉草の束(ダンの家に)、【N】鉄の鍋(孤児院に)、【N】生活魔法の入門書(着火が少し上達)、【N】革の水筒
読んでいただき、ありがとうございます。
次回は〔今日の19時〕に更新します。
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