第19話 調査隊と、静かすぎる森
第19話 調査隊と、静かすぎる森
九十九回目は、トーマの誕生日の次の朝に、魔石で回した。
縁側で、手のひらの小魔石を数える。ちょうど、十個。
四つは、ベルンさんが「ガチャに使え」と残してくれたものだ。残りの六つは、今朝、トーマが俺の手に押しつけてきた。「魔石、俺も集めるから」と言ったあの日から、自分の取り分の中から、少しずつ取っておいてくれたらしい。
「九十九回目は、魔石で回すんだろ。ケーキのお返しだ」
トーマは、そう言って、そっぽを向いた。
今朝の無料ガチャは、回さない。これを回せば、九十九回目。そこで止める。
魔石を、一つずつ光の中に入れていく。
『所持魔石:10個
ガチャを回しますか? [はい] [いいえ]』
[はい]。
ころん。白いカプセル。
『【N】革の水筒
水がたくさん入る、丈夫な水筒。』
「……水筒かよ」
トーマが、がくっと肩を落とした。
「水筒は大事だぞ。森で水がなくなったら死ぬ」
ダンさんの口まねをすると、トーマはふき出した。ベルンさんに話したら、きっと、はっはっはと笑われるだろう。
『これまでに回した回数:99回』
「……止めた」
画面の数字を確かめて、俺は小さくつぶやいた。
次の一回が、百回目だ。
今日からは、無料ガチャも回さない。もったいないけれど、決めたことだ。百回目は、本当に必要になるときまで、取っておく。
そのかわり、これから取れた魔石は売って、院長先生に塩を買って渡す。それも、決めたことだ。
次の朝、いつもの癖で縁側に座って、ガチャの画面を開きかけた。慌てて手を引っこめると、膝の上のルルが、不思議そうに俺を見上げた。
一覧の一番下の、丸いドームの影は、灰色のままだった。
◇ ◇ ◇
ギルドから呼び出しがあったのは、その三日後のことだった。
奥の部屋には、ギルド長のハロルドさんと、ガルドさん、それから知らない冒険者が三人いた。
一人は、背の高い、三十歳くらいの男の人だった。背中に長い槍を背負っている。もう一人は、深い緑色のローブを着た、若い女の人。杖を持っているから、魔法使いだろう。最後の一人は、がっしりした体つきの、口ひげを生やしたおじさんで、大きな盾を壁に立てかけていた。
「森の調査隊を組む」
ハロルドさんが、前置きなしに言った。
「こちらは、オスカーの隊だ。ルーヴェンで一番腕の立つ冒険者たちだ」
「オスカーだ。よろしく」
槍の男の人が、軽く手を上げた。それから、緑のローブの女の人が「セシルです」、口ひげのおじさんが「ボリスだ」と名乗った。
「それにガルドが加わる。森の奥まで行って、何が起きているのかを確かめる」
ハロルドさんは、俺の方を向いた。
「レン。君にも、来てもらいたい」
「え……」
頭が、真っ白になった。
「森の中は、苔むす洞よりもずっと迷いやすい。木ばかりで、目印がない。何日も歩くことになる。だから、正確な地図が描ける者が欲しい」
ハロルドさんは、俺の描いた苔むす洞の地図を、机の上に広げた。
「君の地図は、ギルドのどの地図よりも正確だ。それに、方向感覚のスキルがあれば、森の中でも迷わずに帰り道が分かる」
「もちろん、前には出さない」
オスカーさんが、穏やかに言った。
「君の仕事は、後ろで地図を描くことと、帰り道を覚えておくことだけだ。戦うのは、俺たちの役目だ」
「それと、その猫だ」
ガルドさんが、低い声で言った。俺のフードの中から顔を出していたルルを、顎で示す。
「そいつは、危ないものの気配が分かる。苔むす洞で、二度、俺たちを助けた」
セシルさんが、目を丸くしてルルを見つめた。ルルは、知らん顔をしてあくびをしていた。
「報酬も、きちんと出す」
ハロルドさんが、机の上で指を組んだ。
「地図係として、帰ってきたら銀貨五枚。森で描いた地図は、それとは別に、ギルドで買い取る」
銀貨、五枚。
苔むす洞の地図は、一階も二階も、銀貨一枚ずつだった。それでも、初めてもらったときは、思わず声が裏返った。
その、五倍だ。
塩も、冬の薪も、たくさん買える。真っ先に頭に浮かんだのは、ひだまりの家の、台所の棚だった。
でも、すぐに、背中がひやりとした。
見習いの子どもに、それだけ払う。それは、森の奥が、それだけ危ないということだった。
「……院長先生に、話してきてもいいですか」
「ああ。もちろんだ」
ハロルドさんは、静かにうなずいた。
◇ ◇ ◇
「だめです」
ひだまりの家に帰って話すと、院長先生は、すぐにそう言った。
いつもの穏やかな声じゃなかった。
「レンは、まだ十二歳よ。見習いになって、半年もたっていない。森の奥なんて」
院長先生は、エプロンの端を、ぎゅっと握りしめていた。
「お塩なら、まだ買えるって言ったでしょう。銀貨のために、あなたが危ない目にあうことなんてないの」
「分かってます。報酬のために行くんじゃ、ありません」
俺は、院長先生の目を見た。
「怖いです。本当は、行きたくないです」
それは、本当だった。ガルドさんの話を聞いてから、森という言葉を聞くだけで、背中が冷たくなる。
「でも、もし本当に、十五年前と同じことが起きているなら」
声が、少し震えた。
「何が起きているのか、早く分かった方がいい。早く分かれば、それだけ早く準備ができる。門を守る準備も、ひだまりの家の、みんなを守る準備も」
院長先生は、黙って俺を見ていた。
「俺にできるのは、地図を描くことと、迷わないことだけです。でも、それが、役に立つなら」
長い沈黙があった。
食堂の入り口で、トーマが、ユーリの剣を握りしめて立っていた。
「院長先生。俺も行きます」
「トーマ」
「レンの護衛です。ガルドさんにも、ハロルドさんにも、もう頼んできました。レンの横から、絶対に離れません」
院長先生は、二人の顔を、何度も見比べた。
それから、目を閉じて、深く息を吐いた。
「……ガルドさんの言うことは、必ず聞くこと」
「はい」
「危ないと思ったら、すぐに逃げること。地図より、自分の命を大事にすること」
「はい」
「それから」
院長先生は、俺とトーマを、両腕でぎゅっと抱きしめた。
「必ず、帰ってきなさい。二人とも」
院長先生の腕は、少しだけ震えていた。
◇ ◇ ◇
調査隊は、六人と一匹で、森に向かった。
オスカーさんが先頭。その後ろにボリスさん、セシルさん。それから、俺とトーマ。最後尾に、ガルドさん。
荷物の中には、ガチャで出た堅焼きパンと、革の水筒が入っていた。院長先生が、パンを布にくるんで、一人分ずつ持たせてくれたのだ。
草原の端の、石の列を越える。
見習いになってから、ずっと「ここから先は行くな」と言われてきた場所だった。一歩越えたとき、体の奥で、何かがきゅっと縮むような気がした。
森の入り口は、思っていたよりも明るかった。
背の高い木々の間から、木漏れ日が差し込んでいる。足元には、落ち葉が厚く積もっていて、歩くたびにかさかさと音がした。
方向感覚で、頭の中に線を引く。石の列から、北東へ。
炭の棒で、紙に書き留める。木ばかりで、目印がない。だから、大きな岩や、倒れた木や、小さな沢を見つけるたびに、印をつけていった。
◇ ◇ ◇
半日ほど歩いたころ、セシルさんが、ふと足を止めた。
「……静かすぎない?」
言われて、耳を澄ます。
風が、木の葉を揺らす音。自分たちの足音。それだけだった。
「鳥の声が、しない」
オスカーさんが、低い声で言った。
「この辺りの森なら、昼間は、もっとうるさいくらいに鳥が鳴いているはずだ。リスも、ウサギも、見かけない」
「みんな、逃げたんだ」
ガルドさんが言った。
「森の奥から、外へ。……十五年前も、そうだった」
誰も、何も言わなかった。
少し進むと、木の幹に、爪あとがついていた。苔むす洞の三階で見たのと同じ、四本並んだ深い溝。それが、何本もの木に、点々と続いていた。
全部、森の奥へ向かっていた。
ルルは、ずっと、俺のフードの中で耳を立てていた。でも、まだ毛は逆立っていない。
「ルルが落ち着いているうちは、近くには何もいない」
ガルドさんが、オスカーさんに言った。
「この猫の様子が変わったら、すぐに止まれ」
「分かった」
オスカーさんは、真剣な顔でうなずいた。大人の、それもルーヴェンで一番の冒険者が、子猫の様子を本気で頼りにしている。なんだか、不思議な気持ちだった。
◇ ◇ ◇
その夜は、森の中の、少し開けた場所で野営をした。
焚き火を囲んで、堅焼きパンをかじる。固くて、なかなか噛み切れない。でも、噛んでいるうちに、じんわりと小麦の甘さが出てきた。
「このパン、うまいな」
ボリスさんが、感心したように言った。
「ガチャで出たんです」
「ガチャ?」
ボリスさんが首をかしげると、トーマが、待ってましたとばかりに説明を始めた。子猫が出たこと。小石投げが出たこと。ハムが出て、晩ごはんが一品増えたこと。はちみつケーキのレシピが出たこと。
セシルさんが、くすくすと笑った。
「面白いスキルね。強いのか弱いのか、よく分からないけど」
「弱いです」
俺は、正直に言った。
「でも、毎日、少しずついろんなものが増えるんです」
セシルさんは、焚き火の明かりの中で、俺の顔をじっと見た。それから、ふっと優しく笑った。
「それって、きっと、すごく強いことよ」
焚き火の向こうで、ガルドさんが、黙って火に枝をくべていた。
夜が更けて、見張りの番が回ってきた。オスカーさんとガルドさんが、交代で起きていてくれるらしい。俺とトーマは、毛布にくるまって、横になった。
眠れなかった。
森の夜は、本当に静かだった。虫の声すら、しない。
フードの中から、ルルがそっと抜け出して、俺の胸の上に乗ってきた。
いつもの重さ。いつもの温かさ。
でも、ルルは丸くならなかった。座ったまま、森の奥の暗闇を、じっと見つめていた。
空色と金色の目に、焚き火の炎が、小さく揺れていた。
その尻尾の先だけが、ほんの少し、ふくらんでいた。
(第19話 終わり)
――――――――――――
【ガチャ記録】第19話まで
ガチャを授かってから 107日目 / ガチャLv.3
回した回数:合計99回(無料83回・魔石16回) ※99回で止めて、100回目は取ってある
今回出たもの
・魔石ガチャ:【N】革の水筒
これまでに出たもの
・特別枠【祝福の一回】:【N】子猫
・スキル:小石投げ+2、方向感覚、生活魔法:着火(少し上達)
・装備・道具:【R】革の小盾、【R】丈夫な雨合羽、【SR】風読みの投石紐、【R】丈夫な革の胸当て(レンが着用)、【N】砥石
・食べ物・レシピ:【R】大きな燻製ハム(孤児院の晩ごはんに)、【N】じゃがいも(一袋)、【N】乾燥豆(一袋)×4、【N】干しいも×3、【N】小麦粉(小袋)×2、【N】乾燥ハーブ×2、【N】レシピ「じゃがいももち」(院長先生に)、【R】干し果物の詰め合わせ(ダンとニコにも)、【R】堅焼きパン(大箱)、【N】レシピ「はちみつケーキ」
・そのほか:【N】革の小物袋、【N】猫じゃらし(ルルの宝物)、【N】塩一袋×7、【N】包帯×8、【N】毛糸玉×2(ルルの宝物)、【N】木のスプーン×2、【N】縫い針と糸×5、【N】手ぬぐい×6、【N】ボタン一袋×3、【N】石けん×5、【N】紙の束×7(地図の下書きに)、【N】炭の棒×6、【N】木のコマ(小さい子たちに)、【N】釘一袋、【N】ビー玉一袋(小さい子たちに)、【R】厚手の毛布(孤児院に)、【N】革ひも×2、【N】丈夫な縄、【N】木の器×2、【N】青葉草の種(孤児院の庭に)、【N】丈夫な靴ひも、【R】大きな布地(院長先生が子どもたちの服に)、【N】指ぬき、【N】革の手袋(投石紐の練習用に)、【N】ろうそく十本、【N】青葉草の束(ダンの家に)、【N】鉄の鍋(孤児院に)、【N】生活魔法の入門書(着火が少し上達)、【N】革の水筒
読んでいただき、ありがとうございます。
百回目は、本当に必要になるときまで取っておきます。
そして、レンたちは、静かすぎる森へ向かいました。
次回は〔明日の朝7時〕に更新します。
ここから、少しシリアスな展開が続きます。
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