第18話 トーマの誕生日と、十五年眠っていた剣
第18話 トーマの誕生日と、十五年眠っていた剣
「トーマの誕生日?」
九十七回目の無料ガチャを回した朝、台所で院長先生に聞いて、俺は手を止めた。
「ええ。明日よ。十四歳になるの」
すっかり忘れていた。いや、正確には、ひだまりの家では、誕生日をそんなに大きくお祝いしたことがなかった。その日の晩ごはんに、ゆで卵が一つ増える。それくらいだ。
院長先生は、少しだけ申し訳なさそうに笑った。
「今年は、何もかも値上がりしてしまって。ゆで卵も、どうかしらね」
俺は、手の中の紙を見下ろした。
さっき、九十七回目で出たばかりのものだった。
『【N】レシピ「はちみつケーキ」
卵と粉と牛乳、それにはちみつ。
お祝いの日に。』
◇ ◇ ◇
「お祝いの日に、って書いてあるんだ」
その日の昼、苔むす洞の入り口で、ダンさんとニコさんにレシピを見せた。トーマは、ガルドさんと一緒に、見張りの冒険者に挨拶をしに行っている。
「明日がトーマの誕生日なんだ。トーマには、内緒で作りたい。でも、卵も牛乳もはちみつも、今はけっこう高くて」
ニコさんが、ぱっと顔を上げた。
「卵なら、うちにあるよ! うち、にわとり飼ってるの。四つくらいなら、なんとかなる」
「牛乳は、俺の家の近所の牛飼いのじいさんに頼んでみる。この前の腕の手当てのこと、母ちゃんがずっと『お礼しなきゃ』って言ってたし」
ダンさんが、自分の腕の布をぽんと叩いた。
「はちみつは……」
三人で、顔を見合わせた。
はちみつは、高い。ルーヴェンでは、遠くの村から商隊が運んでくるものだ。街道が危なくなってから、ほとんど見かけなくなった。
「……ベルンさんに、聞いてみる」
◇ ◇ ◇
「はちみつ、か」
ベルンさんは、眼鏡を指で押し上げて、カウンターの奥の棚を見上げた。
「あるにはある。小さな壺が一つだけな。だが、今は値が張るぞ」
「いくらですか」
ベルンさんが言った値段は、俺の手持ちの銅貨では、とても足りなかった。
俺は、腰の袋から、この数日で貯めた小魔石を取り出した。七個。ガチャ一回分にも足りない、半端な数だった。
「これと、交換してもらえませんか」
ベルンさんの眉が、ぴくりと動いた。
「坊主。それは、ガチャに使う魔石だろう。九十九回目まで、なるべく魔石で回すんじゃなかったのか」
トーマから聞いたのだろうか。それとも、この前ちょっと話したのを、覚えていてくれたのだろうか。
「回したいです。でも」
俺は、手の中の魔石を見つめた。
「ガチャで出たレシピに、お祝いの日に、って書いてあったんです。だったら、このレシピは、トーマのお祝いに使うのが一番いい使い方だと思って」
ベルンさんは、しばらく黙っていた。
それから、棚の上から小さな壺を下ろして、カウンターに置いた。
そして、俺の手から、小魔石を三つだけ取った。
「三つでいい」
「え、でも」
「残りの四つは、ガチャに使え。わしも、九十九回目に何が出るか、見たいんでな」
ベルンさんは、いつものように、はっはっはと笑った。
◇ ◇ ◇
次の日の朝。
九十八回目の無料ガチャで出たのは、白いカプセルだった。
『【N】砥石
刃物を研ぐための石。
きめが細かい。』
木剣しか持っていない俺たちには、使い道のないものだった。でも、なぜか、しまい込んでおく気にはなれなかった。俺は砥石を布でくるんで、そっと枕の下にしまった。
その日の夕方。
トーマは、ガルドさんに「今日は遅くまで投石紐の練習に付き合え」と言われて、草原に連れ出されていた。もちろん、ガルドさんにも、前もって頼んであったのだ。
その間に、ひだまりの家の台所は、大騒ぎになっていた。
ニコさんが持ってきてくれた卵を、四つ、ボウルに割る。ダンさんが運んできてくれた牛乳と、院長先生がとっておいてくれた粉を混ぜる。そして、ベルンさんのはちみつを、たっぷりと。
卵四つでは、十五人分には、とても足りない。院長先生は、粉と牛乳を少しずつ足して、生地の量を増やしてくれた。
「ふかふかにはならないけれど、みんなで食べられる方がいいでしょう」
小さい子たちは、交代で、泡立て器をぐるぐる回した。
「腕が、腕が……」
「ポポ、交代!」
「ミリィも、やる!」
生地を、ガチャで出たあの鉄の鍋に流し入れて、蓋をする。着火の火は、入門書を読んでから、少しだけ扱いやすくなっていた。弱い火で、じっくりと焼く。
やがて、台所いっぱいに、甘い匂いが広がり始めた。
はちみつと、卵と、焼けた粉の匂い。今まで、ひだまりの家の台所で嗅いだことのない匂いだった。
「いいにおい……」
ミリィが、うっとりと目を閉じた。
ルルまで、台所の入り口で、鼻をひくひくさせながら座り込んでいた。寝床の鍋を取られて、少しすねているようにも見えた。
◇ ◇ ◇
トーマが帰ってきたのは、日が沈んで、少したってからだった。
「ただいまー。ガルドさん、今日めちゃくちゃ厳しくて……」
食堂の扉を開けたトーマが、その場で固まった。
テーブルの真ん中に、こんがりときつね色に焼けた、鉄の鍋いっぱいの、丸いケーキが置いてあった。表面には、はちみつがつやつやと光っている。
その周りに、ひだまりの家の子どもたちが全員。院長先生。ダンさんとニコさん。それから、トーマの後ろから入ってきたガルドさん。
「トーマ兄ちゃん、おたんじょうび、おめでとう!」
小さい子たちの声が、そろった。
トーマは、口をぱくぱくさせていた。
「え、なに、え……?」
「トーマ、十四歳おめでとう」
俺が言うと、トーマは、ケーキと俺の顔を、何度も見比べた。
「これ、俺の……?」
「うん。ガチャで、はちみつケーキのレシピが出たんだ。お祝いの日に、って書いてあった」
「卵はニコさん、牛乳はダンさん、はちみつはベルンさん。焼いたのは、みんなでだよ」
トーマは、何か言おうとして、口を開いた。
それから、急に、くしゃっと顔をゆがめた。
「……っ、ずりいよ、こういうの」
トーマの目から、ぽろっと涙がこぼれた。慌てて腕でごしごしと拭く。でも、拭いても拭いても、止まらないみたいだった。
「俺、誕生日にケーキとか、初めてで……」
院長先生が、そっとトーマの背中に手を置いた。
「十四歳、おめでとう。トーマ」
そのとき、テーブルの下から、何かがころころと転がってきて、トーマの足に、ぽすんと当たって止まった。
毛糸玉だった。
その後ろから、ルルが出てきて、毛糸玉の横にちょこんと座った。そして、トーマの顔を見上げた。
「るる」
尻尾が、ぴんと立っている。どうだ、と言わんばかりの顔だった。
「ルルからも、プレゼントだって!」
ミリィが、ぱっと手をたたいた。
毛糸玉は、猫じゃらしと並ぶ、ルルの宝物だ。遊び終わると、いつも自分でくわえて、寝床まで持って帰る。その二つしかない毛糸玉の一つを、ルルは、自分からトーマの足もとまで転がしてきたのだ。
トーマは、しゃがみこんで、毛糸玉を両手でそっと拾い上げた。
「……ルルまで、ずりいよ」
涙声だったけれど、その声は、半分笑っていた。
◇ ◇ ◇
はちみつケーキは、少しずっしりしていて、甘くて、端っこが少しだけ焦げていた。
十五人で分けると、一人分は、指二本くらいの幅の、細い一切れだった。でも、みんな、一口ずつ大事そうに食べた。トーマは、泣きながら、笑いながら、「うまい、うまい」と何度も言っていた。
ルルには、トーマが「プレゼントのお礼な」と言って、自分の一切れから、はちみつのついていない端っこを少しだけ分けてやった。ルルは、喉をごろごろ鳴らしながら、それをぺろりと平らげた。
ケーキがすっかりなくなったころ、ガルドさんが、椅子から立ち上がった。
壁際に立てかけてあった、布にくるまれた細長いものを手に取る。家を出るときから、ずっと背負ってきたものだった。
「トーマ」
ガルドさんは、トーマの前に立って、その布をほどいた。
中から出てきたのは、一本の剣だった。
鞘は、古い革。でも、柄は手入れが行き届いていて、鈍く光っていた。
見覚えがあった。
ガルドさんの家の、壁際に立てかけてあった剣だ。あの、小さな鈴のついた首輪が、柄に引っかけてあった剣。
「ユーリの剣だ」
ガルドさんが言った。いつもより、ずっと低い声だった。
トーマの肩が、びくりと揺れた。雨の日に、ガルドさんの家で、俺たちが聞いた名前だった。
ダンさんとニコさんも、小さい子たちも、ユーリさんのことは知らない。それでも、いつもと違うガルドさんの声に、何かを感じたのだろう。急に笑顔の消えたトーマを見て、本物の剣に目を輝かせていたポポまで、ぴたりと口を閉じた。
院長先生は、胸の前で、そっと手を組んでいた。十五年前、森から帰らなかった若い冒険者のことは、この町の大人なら、みんな知っている。
食堂が、しんと静まり返った。
「十五年、誰にも使わせなかった。手入れだけは、欠かさずにしていた」
ガルドさんは、剣をトーマの前に差し出した。
「お前の剣術は、まだまだだ。だが、木剣じゃ、そろそろ足りなくなる。牙トカゲみたいなやつが出てきたら、木剣じゃ皮も通らん」
「でも、そんな大事な剣……」
トーマの声が、震えていた。
「大事だから、だ」
ガルドさんは、静かに言った。
「剣は、使われてこそだ。壁に立てかけておくために、あいつはこの剣を握っていたんじゃない。……あいつなら、きっとそう言う」
トーマは、しばらく剣を見つめていた。
それから、両手で、ゆっくりと受け取った。
思っていたより重かったのか、トーマの腕が、少しだけ沈んだ。
「……大事にします」
「大事にするな」
ガルドさんが、ぶっきらぼうに言った。
「使え。それで、生きて帰ってこい」
トーマは、剣を胸に抱きしめて、深く頭を下げた。
◇ ◇ ◇
帰り際、ひだまりの家の門まで、ガルドさんを見送りに出た。
外は、もうすっかり暗かった。
「ガルドさん。今日は、ありがとうございました。トーマ、すごく喜んでました」
「……ああ」
ガルドさんは、門の外で立ち止まった。それから、振り返らずに言った。
「あの剣を渡したのは、誕生日だからじゃない」
「え……」
「使う日が、近いうちに来るかもしれん。それまでに、少しでも手に馴染ませておけと、トーマに言っておけ」
ガルドさんの顔は、町の城壁の方を向いていた。その向こうの、暗い森の方角だった。
「……覚悟だけは、しておけ。お前もだ、レン」
それだけ言って、ガルドさんは、夜の道を帰っていった。
大きな背中が見えなくなるまで、俺は、門の前に立っていた。
◇ ◇ ◇
その夜、俺は枕の下から布の包みを取り出して、縁側にいるトーマのところへ持っていった。
今朝の無料ガチャで出た砥石。使い道がないと思っていたのに、今は、これ以上ないくらいぴったりの使い道があった。
隣で、ユーリの剣を膝に乗せて座っていたトーマが、こっちを向いた。
「それ、何だ?」
「誕生日プレゼントの、おまけ」
砥石を、トーマの手のひらに乗せた。
トーマは、砥石と、膝の上の剣を見比べて、それから、またちょっとだけ泣きそうな顔で笑った。
「ガチャって、ほんとに、ちょうどいいもの出すよな」
「たまにね」
トーマの腰のそばには、ルルにもらった毛糸玉も、大事そうに置いてあった。
そこへ、縁側の板の上を、小さな足音が近づいてきた。
ルルだった。
ルルは、毛糸玉のにおいを、くんくんとかいだ。それから、ぱくりとくわえると、何事もなかったように、すたすたと歩き出した。
行き先は、縁側の隅だった。院長先生が洗って、そこに置いておいてくれた鉄の鍋だ。ルルは、毛糸玉を鍋の中にぽとりと落とすと、自分もひょいと中に入って、くるりと一回まわってから、毛糸玉を抱えこむように丸くなった。
「……おい、ルル。それ、俺のプレゼント」
トーマが言うと、鍋のふちから、片耳だけがのぞいて、ぴくりと動いた。返事は、それだけだった。
「お祝いのあいだだけ、貸してくれたんじゃないかな」
「短すぎだろ、それ」
俺たちは、声を殺して笑った。小さい子たちは、もうとっくに眠っている。
ひとしきり笑ってから、俺は、なんとなくガチャの画面を開いた。
画面の端の数字は、九十八になっていた。
あと、一回で、九十九。
一覧の一番下の、丸いドームの影は、まだ灰色のままだった。
ガルドさんの言葉が、耳の奥に残っていた。
――覚悟だけは、しておけ。
その言葉の意味が分かったのは、それから四日後のことだった。
(第18話 終わり)
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【ガチャ記録】第18話まで
ガチャを授かってから 102日目 / ガチャLv.3
回した回数:合計98回(無料83回・魔石15回)
今回出たもの
・無料ガチャ:【N】レシピ「はちみつケーキ」、【N】砥石
これまでに出たもの
・特別枠【祝福の一回】:【N】子猫
・スキル:小石投げ+2、方向感覚、生活魔法:着火(少し上達)
・装備・道具:【R】革の小盾、【R】丈夫な雨合羽、【SR】風読みの投石紐、【R】丈夫な革の胸当て(レンが着用)、【N】砥石
・食べ物・レシピ:【R】大きな燻製ハム(孤児院の晩ごはんに)、【N】じゃがいも(一袋)、【N】乾燥豆(一袋)×4、【N】干しいも×3、【N】小麦粉(小袋)×2、【N】乾燥ハーブ×2、【N】レシピ「じゃがいももち」(院長先生に)、【R】干し果物の詰め合わせ(ダンとニコにも)、【R】堅焼きパン(大箱)、【N】レシピ「はちみつケーキ」
・そのほか:【N】革の小物袋、【N】猫じゃらし(ルルの宝物)、【N】塩一袋×7、【N】包帯×8、【N】毛糸玉×2(ルルの宝物)、【N】木のスプーン×2、【N】縫い針と糸×5、【N】手ぬぐい×6、【N】ボタン一袋×3、【N】石けん×5、【N】紙の束×7(地図の下書きに)、【N】炭の棒×6、【N】木のコマ(小さい子たちに)、【N】釘一袋、【N】ビー玉一袋(小さい子たちに)、【R】厚手の毛布(孤児院に)、【N】革ひも×2、【N】丈夫な縄、【N】木の器×2、【N】青葉草の種(孤児院の庭に)、【N】丈夫な靴ひも、【R】大きな布地(院長先生が子どもたちの服に)、【N】指ぬき、【N】革の手袋(投石紐の練習用に)、【N】ろうそく十本、【N】青葉草の束(ダンの家に)、【N】鉄の鍋(孤児院に)、【N】生活魔法の入門書(着火が少し上達)




